[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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02 - 04/05 後輩との交流

1204/04/05(月) 放課後

 

ライノの白い花びらが舞い散る四月二週目。新入生たちの各教科ガイダンスも終わり、いよいよ本格的な授業が始まっていく時期になる。

部活動も動いているところはあるけれど、新入生の目に留まるといえばやはり18日の自由行動日が要となるだろう。そしてその日までに『こんな部活があるのか』と興味を持ってもらう、というのが前準備として必要になる。存在を知られていなかったら探してもらうことすら叶わない。

 

とはいっても、だ。私が一人で所属している新聞部はフェルマ美術教官の転勤により事実上の廃部となった。新しく来たメアリー教官はフェルマ教官が一昨年から担当されていた吹奏楽部・調理部・美術部をお一人で兼任されることが決まり、さすがにそこに新聞部も、と新任の方に頼む気にはなれなかった。

前年度空いていた人も今年復活した釣皇倶楽部の顧問になることが決まったようで、ARCUS特科クラスが発足したこともあり人手があるならそれの穴埋めに、ということで後任を引き受けてくれる教官はついぞ見つからなかった。フェルマ教官には謝られてしまったけれど、転勤先でお元気であればいいと思う。

それに例の事件の騒動もあったことでハインリッヒ教頭からは多少煙たがられていたし、対外的には実績らしい実績を残せていなかった、というのは私の不徳の致すところだ。かといって写真部に合流するというのも何だか違う気がするので、取り敢えず帰宅部ということでのんびり二年目を送ることに決めた。

 

特殊課外活動が消えた年度に部活動未所属というのも間抜けな話だと思う。まぁでも別軸からの話なのに妙に立て込んで忙しくなることもあれば、暇な時は探してもやることがない、なんてことは地元でもあったのでそういう巡りなんだろう。

まぁ、図らずとも出来た時間を使って、あの日クロウに語った夢への実現を探っていこう。

 

目下の作業としては前年度で最後に申請していた【部活動一覧臨時号】は掲示許可を取得しているので、今日はそれと生徒会の掲示物の張り直しの仕事をトワからもぎ取ってきた。どうせ学院内全域の掲示板を巡るのでそこに二十、三十の紙モノが追加されようとも大した違いじゃない。

 

「よっと」

 

用務員のガイラーさんから借りた背の低い脚立を肩にかけ、様々な掲示物と道具が入った箱を抱えて学生会館を出る。この状態で誰かとぶつかったりして転けると骨折しかねないので気をつけて運ぼう。まぁ極端に気配を消して学院内を歩く人もそうそういないだろうけれど。

取り敢えずの行き先は図書館かな。

 

 

 

 

図書館での作業も終わり、本校舎の方へ歩いて行こうとしたところで学生会館から白い制服の三人組が目の前を横切っていく。中心にいるのはすこし色の濃い金の髪の貴族生徒。見たことがあるような気がして立ち止まり、ああハイアームズ侯爵閣下の御子息殿だと思い出した。そういえばかなり歳が近い筈だったので、旧都から出てこられたのだろう。……あまりいい噂は聞かないので、近寄りたいグループではない。

 

「どうかしたのだろうか」

「へ?」

 

なので無難に立ち止まっていたら、背後からそんな声が聞こえてきた。振り返ってみると赤いベストを着用した男性生徒。横に立たれるとその身長の高さが如実にわかった。目元がこの状態だと見えないので、クロウよりたぶん高い。いやクロウも隣に立たれるとだいぶ表情は見えないけれど。……そう考えると、視線が合いやすいようにすこし屈んでくれているのかもしれない、と気が付いて内心照れてしまった。

 

「よければ手伝おう」

「あ、いえいえ。前の道を人が通っていたので危なくないよう立ち止まっていただけです」

 

重くて難儀していたと思われたのだろうか。嘘ではないラインの言葉を紡いだところで、物を渡して欲しいような風情で両腕を開かれてしまう。どうしたものだかな、とはっきり顔を上げたら、蒼穹のような青い瞳が柔和に微笑んで。

 

「……では、お言葉に甘えますね」

 

持っていた箱を渡すと、任せて欲しい、と彼は笑った。

 

 

 

 

「ああ、やっぱりガイウスくんはVII組の」

「ええ。面白そうなクラスです」

 

お互い自己紹介をして二年生だと分かった段階で謝られてしまいこれまたどうしたものだかと困ったら、先達者を敬うのは大切なことですから、と彼にとっての芯に関わることだったみたいなので素直にその謝罪は受け入れた。

代わりに敬語はナシで名前で呼んで欲しいと言われたので、そうすることにした。となるとVII組というか後輩勢は全員名前で呼ぶのを統一してもいいだろうかと考えて、いやそれは相手に対して不義理かなとも。敬語は、まぁ取れたり取れなかったりするだろう。

 

「セリ先輩は生徒会に所属されているんですか?」

「うん? ああ、友人が生徒会所属で、たまにこうして手伝ってるんだ」

 

生徒会認証印が捺された掲示物が詰まっている箱を見下ろしてガイウスくんがそう言うので、笑いながら訂正し、本校舎一階入って左手にある掲示板の前へ。

 

「この部活動紹介を張っていくついでにね」

「これを先輩が書かれたんですか」

「うん」

 

渡した紙に一瞬目を落としてガイウスくんは少しだけ興味深そうな表情をしてから、画鋲でそれを張ってくれた。

脚立を持ってはいるものの、高いところの張り替えはガイウスくんが行ってくれるようで、私は掲示するプリントをメモと照らし合わしながら抜き出していく方に集中する。

程なくして作業は終わり、次は保健室の方へ。ベアトリクス教官に挨拶をしながら掲示物を張り替え、今度は二階に。

 

「何か気になる部活でもあった?」

「美術部がすこし」

「絵を描いたりするってことでいいかな」

「はい。故郷で描いていたんですが、我流なもので習えたらいいと」

「なるほど」

 

メアリー教官なら親身に教えてくださるかもしれないけれど、部長に教わることを考えているならそれはたぶん無理だと思う。なんせあのクララが今年度美術部の部長になっているのだ。自分の作品を創り上げること以外に時間を払うとは到底思えない。

 

「美術部だと部長には頼れないと思うけど、美術の技法書とかは確か図書館にあったりしたからそっちの方を訪ねてみるのもいいかもね。あとはやっぱり顧問の教官とか」

「わかりました」

 

あ、とは言ってもVII組は現時点だと生徒手帳がないので本の貸与が出来ないのだったか。司書のキャロルさんにその辺の話って通っているのかなぁ。サラ教官がしてくれている気もしないから後で備品を返しに行くついでにトワへ確認しておこう。

 

「先輩は新聞部ですか?」

「そうだったんだけど、今年で廃部になって」

「廃部?」

「顧問だった教官が転勤して、代わりの方も見つからなくてね。なので今年は帰宅部です」

「写真部に入られたりはしないんですか?」

 

二階の談話スペース近くにある掲示板へたどり着き、二人で作業を開始したところで箱の中にある部活動紹介を手にしてガイウスくんが問いかけてきた。

 

「写真部は、去年見た時にちょっと違うなぁって思って」

 

去年見た写真部はトリスタや帝都の風景を導力カメラで散策撮影する部活で、自分がしたいこととは方向性が異なっていた。散策撮影は好きだけれど、部活動としてやりたいかと言われるとそういうわけでもない。

まぁ今年の部長にはフィデリオが就任したようなので、もしかしたら私の好きにやらせてくれるかもしれないけれどそれは職権濫用というものだろう。活動が濁るのはよろしくない。

 

雑談をしながらも作業は進み、一年生がよく見る場所ということで一階より掲示物は多めだったけれどここもつつがなく終えられた。

残るは修練場だけなのだけれど、どう歩いても均等に遠いので、美術室の前を通りながら中庭を経由して歩いていくことにした。脚立を返しに行くのが少し億劫なルートだけれどそれは仕方がない。

 

音楽室からはピアノの音がして、調理部は今日はお休みで、美術室からはあいも変わらず石を削る音が聴こえてくる。ガイウスくんが気になるのか耳をそばだてるので、少しだけ扉窓から覗いてみようか、と美術室の前で止まったりしつつ階段を降りていった。

 

「そうだ。VII組といえばARCUSだけど、使う機会はあった?」

「入学式当日にオリエンテーリングで旧校舎の地下で戦闘実地訓練のようなものを」

「問答無用で落とされたよね」

「もしや先輩も似たようなことが?」

「うん、私は前年度にARCUSのbeta版テスターをやっててね。今回みたいな特科クラスではないものの、その時も集められた全員が落とし穴で地下に案内されたんだ」

 

そう、ちょうど一年前の今頃。友人関係が構築されている四人の中に入ることが出来るだろうかと悩んだ時期もあったけれど、今ここにこうしている私はあそこで落とされて、試験運用に携わることが出来て本当に幸運だったと心の底から感じる。

あの半年は……いいや、一年は、掛け替えのない日々だった。私にとってだけじゃなく、みんなにとってもそうであったと信じられるほどの。そしてこれからもそんな日々であればいいと願ってしまいそうになるほどに。

 

「そうだったんですね」

「だからARCUSで何かわからないことがあったら相談に乗れると思うよ」

「助かります」

 

落とされた言葉に、ああ私も上級生になったんだなぁ、なんてぼんやりと実感した。

 

 

 

 

修練場の掲示板での作業を終え、もう後は生徒会室に戻るだけだからとガイウスくんを帰した。お礼になるかはわからないけれど、別れ際にARCUSの通信番号をメモ書きして渡しておいたので、何か困ったことがあれば連絡が来るかもしれない。何もなければないでそれは喜ばしいことだ。

 

生徒会室をノックし、馴染んだ気配の二つを察知しながら扉を開けると見慣れた顔がいた。

 

「お疲れ様、セリちゃん」

「お疲れ、セリ」

「新聞部最後の活動のついでだよ」

 

アンがいつものように、自分で持ち込んだ紅茶を優雅に飲みながらソファに腰掛けている。脚立を取り敢えず入り口近くに立てかけ、入って右手の長机に箱を置いてから使った備品をそれぞれ所定の位置へ。

 

「そうだ、セリも一口噛まないか?」

「内容による」

「金曜に全員で集まって晩を食べないかって話さ」

 

金曜日。自由行動日前日でもないし、わざわざ予定を立てるには中途半端だなと思考したところで思い当たることが一つあった。振り向くと二人とも笑っている。

 

「いいよ、一年だもんね」

 

四月十日。私たちが旧校舎地下に落とされた日だ。

 

「作るのもいいし、食べに行くのもいいかなぁ」

「トワの方は大丈夫なの? 最近忙しいみたいだけど」

「その日は早く帰るように頑張るよ!」

 

いつも頑張っている気がするのだけれどなぁ、と思うのは決して友人としての贔屓目ではないだろう。そんな自分を蔑ろにしてしまいがちな彼女の身体を案じているからこそ、アンも高頻度で生徒会室に出入りしているんだと思う。ただただ単純にトワの顔が好きというのも大いに関係しているだろうけれど、友人としてそこを疑いはしない。

 

「ま、その辺は男どもとも話し合って決めよう」

「ふふ、そうだね」

 

そんな会話を聞きながら備品収納を再開したところで、そういえばと思い出す。

 

「全然別の話なんだけど、VII組の生徒手帳ってもう暫くかかる?」

「うん、特急で入れてもらったみたいなんだけど、早くても来週末くらいかなぁ」

「何か訊かれでもしたのかい?」

「今日の掲示物の張り替えに通りかかったVII組の人が手伝ってくれて、雑談で図書館を勧めたりしたんだけど生徒手帳ないと本の持ち出し出来ないよなぁって気が付いて」

「あ、それならキャロルさんにお願いしてあるから大丈夫だよ。ありがとうね」

「さすがトワ」

 

いつも配慮が行き届いた細やかな仕事だ。というか特急でねじ込んでいると言うことはおそらく追加料金が取られていると想定出来るわけで、おおむね税金で運営されている(し、ARCUS試験運用は別途予算が出ているだろう)から税金の無駄使い、と言うことになるのだろうか。

学生の身で口を出すものではないかもしれないけれど、お金と人員スケジュールが関わることはもっと別の事務作業が得意な人が管理した方がいい気がする。サラ教官の資質として向いていないと言うのもあるし、そもそも担任教官を勤めている一人にすべてを求めるのはよくないのでそっちの方が現実的かつ効率的だろう。今回のは他の人が気付けた可能性もあったろうし。

とはいえ教員数や生徒会役員数と仕事の重さを考えた上で現実的かというと。

 

「……」

 

一生徒の懸念なんて学院側で既に承知しているだろう、とは言いたいけれどARCUSの想定外仕様部分のことを考えると一蹴するには僅かばかりの不安があるというのも確かな話で。

まぁ後でまた考えておこう。どうにかこうにかトワの負担が軽減出来る案を出したい限りだ。

 

「今日はもう二人とも上がりでいいのかい?」

「あ、私は用務員室へ脚立返しに行く」

「私はあと五分くらいかな」

「じゃあ久しぶりに三人一緒に帰ろう」

「それなら急いで返しに行ってこようかな」

 

ハインリッヒ教頭に見つかったら確実に目をつけられるし、そもそも私の速度で校舎内の角を曲がるのは危ないので、視界が開けている道ということで中庭を経由しよう。気配察知が完璧と驕るのはやってはいけないことの一つだ。

そんなことを考えつつ脚立を持って部屋を出ようとしたところで、セリちゃん、とトワの声。

 

「走るのはよくないからね」

「……はい」

 

どうやらお見通しだったようで釘を刺されてしまう。教頭以前の問題だったようだ。

 

 

 

 

安全速度で用務員室まで戻り、そこにARCUSの通信で正門集合となったようで合流したらクロウとジョルジュも揃っていた。クロウは技術棟や購買でたむろしていたようで、飯どうすっかなぁ、なんて。じゃあ久しぶりにキルシェでも行こうか、と提案したら全員乗ってきて笑ってしまった。

 

記念日でも記念日じゃなくても、一緒にいたいと思える仲間たち。

談笑するみんなを見て、心がじわりとあたたかくなる。

思い出をまた一つずつ積み重ねて、この一年が楽しく穏やかに過ぎますように。

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