1204/09/06(月) 放課後
いろいろあった八月末の新聞と正規軍の報告書とレポートを屋上で読み終え、一息つく。
例のクロスベル襲撃は帝国テロリストである帝国解放戦線と、共和国テロリストである反移民政策主義一派による合同襲撃だったようで、それぞれ大国に雇われていた猟兵などが始末をつけたと記録されていた。共和国の方はそのまま連れて行かれ、帝国解放戦線の方は……ただ一人を残して鏖殺だ。
そして自治州法では宗主国の委任状がある場合、猟兵が自治州内でテロリストの殺害を行なったとしても公的執行権による処刑として認めざるを得ないらしい。自治州は自治州内での事件を己で裁くことすら出来ないのだ。
これによりクロスベルはより一層治安維持に関して難題を突きつけられることとなるだろうと思った矢先、ディーター・クロイス市長はクロスベルの国家独立を提唱した。
地理的にも政治的にも不利である自治州が二大国に反旗を翻すということは、何某かの備えがあるという表明でもあるだろう。一体それが何なのかはわからないけれど。
そして帝国内で起きたガレリア要塞内での襲撃は関係者一同に緘口令が敷かれることとなり、政治的な思惑も加わって諸外国に発表はしないという判断が下された(前年度試験運用組は流れで知らされたというだけで、通常知ることはない)。
国外で猟兵を運用しテロリストを処刑した帝国が、あろうことかおなじテロリストに軍事的重要拠点を奪取されかけたなど醜聞もいいところだ。治安維持のために軍を駐留させ有事の際に助力するという話にも説得力が出なくなる。
合理的な判断だとは、思う。それを支持出来るかはまた別の話だけれど。
鞄に資料を仕舞い込もうとしたところで手が震えているのに気が付き、多少開閉させる。戦闘訓練の時には起こらないので、気が緩んだ時にうっすらと出るストレス反応だろう。トワが死ぬかもしれなかった事件からまだ一週間も経っていないから当たり前といえば当たり前か。
帝国解放戦線……テロリストらしく、目的の為なら手段を問わない集団。ノルドの事件も夏至祭でもそうだったけれど、規模が段違いに跳ね上がった。ガレリア要塞の襲撃なんて、通常叶うことじゃない。なんせ共和国に対する第一線だ。備えも練度も他地方に比べて数段上の場所。
「帝国解放戦線、リーダー、《C》」
それがあのオルキスタワーの襲撃と列車砲奪取の計画を実行した人間。仮面とコートに覆われ、声も顔も体格も全て隠されていた謎の人物。唯一わかっているのは暗黒時代の武器、双刃剣の繰り手だということぐらい。しかし幹部が顔を晒していることを考えると、身分を隠さなければいけない立場……帝国内の政治的重要人物の可能性もあるだろうか。
その資金力と行動力と目的人物からして貴族派と繋がっているという噂も出ているようだけれど、あくまで噂の域を出ない。長年政争をしているのだから水面下で争うということは基本中の基本でそうそう尻尾を出さないだろうし、掴まれそうになったら切る準備もしている筈。
まぁ、そういう政治的側面を排除した時、残る感情は一つ。
流れ弾だとしてもトワを殺そうとした。ただその一点において、帝国解放戦線は私の敵だ。
学院から出て坂道を下り、キルシェで晩御飯を食べるなり買って行くなりブランドン商店で安い食材でも見繕うなり、どうするかと迷っていたところでル・サージュから出てくるクロウが見えた。向こうも私に気がついたようでお互いに近寄っていく。
「何か買ったの? 秋物?」
手からぶら下がっている紙袋に視線を落とすと、あぁこれか、と少し掲げられた。
「VII組仕様の制服を受け取れって言われてよ」
VII組仕様。ということはつまり赤い特科クラスの制服だ。二ヶ月だけの在籍で、特別実習はあと一回だけなのに(加えてその実習が行われるかは今月半ばの理事会で最終決定されるというのに)、それでもクロウは赤を身に纏うらしい。団体行動としてそれは理に適っている。形がいくら同じでも色が異なれば団体の一員として見なすのが一瞬遅れるからだ。予算としても問題はないだろう。
それでも、私はなんだか、ひどく泣きたいような気分になった。十月が過ぎれば、十一月になれば、クロウは帰ってくるとわかっているのに。
「おい、大丈夫か?」
声をかけられてハッとする。
「うん、大丈夫。……ちょっと暑気あたりかな」
多少涼しくなってきたとはいえ、太陽がまだまだ元気に輝くこの季節。そう言ってもあまり怪しくはないだろう。
「ならいいけどよ」
「じゃあ帰ろうか」
そう言葉をかけた瞬間、クロウの帰る場所は第二じゃなくなったことを思い出す。今日はここでお別れ。そうだ。朝食を一緒に食べることも、夕食を共にすることも、なくなっていた。
このたった二週間だけでも寂しくなっているのに、これがあと丸々二ヶ月続く。わかっていたのにこんな言葉が出てくるだなんて、認めたくないんだな、なんて自嘲が内心こぼれた。
「ごめん、クロウは第三だったね」
「……晩飯来るか? たぶんシャロンさんなら一人増えてもどうにかしてくれんだろうよ」
誘いの言葉を受けて、シャロンさんなら、まぁそうだろう。何があっても狼狽えている姿はあまり思い付かない。VII組の人たちもある程度知っている人ばかりだし、私のことを邪険にはしないだろうと思う。いい人たちだから。それでも。
「ううん、使い切りたい食材があるから今日は遠慮しとくよ」
私は、一年生の中で居場所を見つけている君を、見たくはなかった。まるでずっとそこにいてしまいそうな、そんな気がして。クロウの水みたいな適応力の高さが好きだけれど、VII組に適応している姿を見るとそれが憎らしく感じてしまいそうになる。仲良くしているのは喜ばしいことなのに、君の幸福を祝うことが出来ない自分が見えそうで。
そしてこんな感情、どうやって伝えればいいのかわからないし、伝えた先でどうして欲しいのかもわからない。そんな結論も要求もない感情をぶつけられてもただただ困るだろう。
だから嘘をついて、第二の方へ爪先を向けるしかなかった。
1204/09/15(水) 放課後
「学院長が進行役を務める理事会において、全会一致で特別実習の続行が可決されたわ」
「それは何よりです」
いつも通りミーティングルームで教官に呼び出され、理事会の決定を告げられる。
ガレリア要塞の警備という意味も込めた実習だったとしても、列車砲奪還に対しての行動は浅慮ではなかったか、という話も出ていたと聞いたので延期か中止か、そういう進言もあるだろうと予想していた。
けれど予定通り、鋼都と海都への実習は行われる。
「全く、誰も彼もスパルタよねえ。学院祭だってあるのに」
「あは、去年私たちは強制じゃなかったですけど、VII組はクラスですもんね」
二年生は進路等々のことがあるため希望者のみ学院祭で出し物ということになっているけれど、代わりにか一年生はクラス単位での出展がほぼ義務付けられている。無論VII組も例外じゃない。
学院祭、懐かしいな。もうあれから一年か。
「ま、何も思い浮かばなかったらレポートの展示にでもしましょうか」
「それは……当の本人たちが嫌がりそうですけど」
そうねえ、と楽しそうに笑う教官はいつも通りだ。
「教官はスパルタだって言いますけど、ようは愛ですよね」
今の理事はアルバレア公子に、帝都庁長官レーグニッツ殿、RF社会長ラインフォルト氏だ。全員の身内がVII組に在籍し、命に関わる作戦を遂行した。家族心とするなら中止を進言してもおかしくはない。が、全会一致ということは紆余曲折あったにせよ全員が続行に理解を示したということに他ならない。
すなわち、彼らならやれると。特別実習をこなしつつ、それに圧迫される通常カリキュラムも規定通り修め、学院祭出展も出来ると信じている。
「ええ」
同意して笑う教官も、みんなのことを信じているのだろう。
「それじゃあいつも通り、チケットの手配とかやっておきます」
「あ、それに関してなんだけど、行きの手配は必要ないのよ」
「……教官、一体何を企んで……?」
思わず私が訝しむと、あたしの発案じゃないわよ!、と一枚の紙を差し出してきた。私の記憶違いでなければ皇室印が捺されている上に、責任者のところにはオリヴァルト・ライゼ・アルノールと見事な筆致で帝国第一皇子殿下の名が記されている。理事長でありVII組発起人とはいえここでこの名前を見ることになろうとは。
もうそれだけでくらくらする文書だというのに、これまた内容までくらくらするもので、なるほどこれは行きの鉄道手配は要らないな、と納得して書類を返した。
それなら私がやるのは復路の手配に、宿泊場所に関してはおそらく鋼都組はアリサさんがいるためRF社周りへお邪魔すると思うので主に海都での調整、後日渡されるだろう資料を導力端末で打ち込みレジュメの作成、と。まぁ往路復路の手配は一括でやっていたので、あんまり手間もやることも変わりはしない。そんないつものことをまた変わらず出来るというのは嬉しいことだ。
「ところで、ここ最近浮かない顔してるけど」
「それ他の人にも言われました。暑気あたりかなって」
体調管理しっかり出来てなくてすみません、と笑ったのに、サラ教官は決して笑い返してはくれなかった。心臓がぎゅっとなる。
「クロウのこと? それとも、トワのこと?」
そうして、鋭く言葉が飛んでくる。
そんなにわかりやすいのかなぁ、自分。斥候としてはちょっと情けない気もするけれど。それでも、踏み込まれたことを拒絶する相手ではないし、踏み込むと決めた教官に誤魔化しなど通用しないのも分かっている。だから。
「……両方、ですかね。トワのことはもう過ぎた話ですが」
素直に答えておくことにした。
「そう」
「でもクロウに関して教官を恨んだりはしてませんよ。単位が足りていないのは事実でしょうし、帝国で起きているあらゆることを考えたら実習で直面しかねない『何か』も想定内に収まるとはいかないでしょう。そんな中で土壇場にリンクが繋がりませんでした、なんて笑い話にもなりません」
戦術リンクは戦場での選択肢の幅を広げる。それはすなわち、正しく運用出来るなら生存率の向上も含まれる。クロウは今年度の頭からVII組と関わっているとはいえ、戦場で背中を預けられるかどうかというのは別の話になる。故に、信頼関係を築く為に生活を共にするというのは理解するし、そうするべきだとも思う。
ただ、私の感情がついていっていないだけで。そんな個人感情で他の人を危険に晒すなどあってはならないし、カリキュラム否定の根拠にもなり得ない。加えて期間が定められていると分かっているのなら、その地点が過ぎるのを待つのもいい。それで済む。
「それが熟慮した上での言葉ってのはわかるけど、ちゃんと自分を労るのも大切なことよ」
言いながら教官は、珍しく、大層珍しく、私の頭を撫でて、部屋を出ていった。
────今の自分は、そんなに己のことを蔑ろにしているように見えるんだろうか。
それならどうにかしたいのに、道筋すらも見えなくて、私はただ途方に暮れるばかりだ。
1204/09/19(日) 自由行動日 夕方
「おかえり、アン」
リィン君との手合わせの後、バイクでツーリングに出かけ技術棟に戻って来たところで外のベンチに座っているセリが見えた。こんなところで待っているなんて珍しいな、と思ったところで少し前に街道で止めたバイクの排気音で外に出て来たのかと理解する。全く相変わらずの察知能力だ。
「ただいま。私に用事でもあったのかい?」
転がしていたバイクを所定の位置に戻し諸々作業をしてバイクにシートをかけたところで振り向けば、セリは言いづらそうにしつつもハッキリと真っ直ぐ私を見上げて「うん」と肯定してきた。
「近いうち相談に乗ってもらいたいんだけど、予定どう?」
「今日でも構わないさ」
「そっか、ありがとう。じゃあこのまま私の部屋でいいかな?」
トワではなく私だけに相談というのも本当に珍しいけれど、その内容がおそらくあの男についてだろうというのは想像に難くない。どれだけ自分の恋人を不安にさせれば気が済むのか一回話し合うべきだろうか。拳で。
相変わらず整頓された部屋で靴を脱ぎ、道中の食堂から持ってきた水差しと共に座卓を囲む。セリは自分に注いだ水を一杯飲み干し、空になったコップを両手で掴んだまま見下ろして、もうあからさまに迷っている雰囲気を出しながら「その」と口火が切られた。
「すごい、心の狭いことを、言うんだけどね」
「うん」
とは言っても今までセリの心が狭かったことなどあった記憶がないので、他人が聞いたらそうでもないものをそうだと思い込んでいるだけじゃないのかと思案しつつ次の句を待つ。
「クロウがVII組に行って…………寂しい」
溜めに溜めた言葉はやはりクロウに関してで、やっぱりな、と一人気付かれない程度に嘆息した。まぁそれでもそれを自覚して、私に相談しようと決め、こうして言葉に出来たのはかなりの進歩じゃなかろうか。今までのセリだったらまず間違いなく溜め込んでいただろう。
私たちの言葉が少しでも届いていたのなら嬉しいが。
「それは……仕方ないだろう」
「いや、そうなんだけどさぁ!」
セリの反応に意味が取り違えられていることに気がついて片手を振る。言葉がよくなかった。
「違う違う。寂しくなるのは仕方ない、ということさ。なんせずっと一緒にいたのだし。だからセリがその感情を持つことに罪悪を覚える必要はない、と言いたくてね」
多少ちゃらんぽらんといえども、セリを大切にしたいという気持ちがあるのは見えていたし、セリも大切にされることに慣れてきて、このまま卒業まで全員変わらずにいられるだろうと思った矢先、あの単位取得失敗の話だ。
全くあれほど可愛い子たちがいるVII組に一人で編入なぞ羨ましくけしからん。許されるなら私もVII組に入ってアリサくん以外とも是非交流を深めたいものだが。
「……でも、なんか、クロウの成功を素直に祈れない気持ちになりそうで」
ようやくコップから手を放し、卓の上で頬杖をついてため息を吐くセリはひどく珍しい。あまりそういうだらけた姿を見せることはなかったのだけれど。それほどまでに参っていると見るべきか。
「そもそもあの男が成績を落とさなければよかった話だろう」
「それは、そう、だね」
「セリはよくやっていたさ」
付き合う前から勉強を見ている節はあったし、去年の冬前からは朝食を食べる頻度が上がったとクロウが笑っていたか。それでも出席についてはどうしようもない部分だ。なんせ私たちは全員クラスが異なるのだし、幼な子でもあるまいにそこまで他人が把握するものじゃない。
「……寮も異なっちゃったし、ご飯も一緒に食べられないし、でも、VII組に馴染む方が実習としてはいいと、思う、うん」
「そんな顔をして言っても説得力はないな」
行儀の良い言葉を連ねながらも真反対な拗ねた表情のセリが可愛らしくてつい笑ってしまった。するとじとりと湿度の高い視線が返ってくる。
「だって納得はしてないからね」
「フフ、確かに」
それは納得しなくてもいいところだ。むしろよくここまで耐えたとも言えるべき話な気すらしてくる。先月の実習で見送りに出てこなかったのもちょっとその辺りが関係しているのではないかな、なんて邪推まで出てくる始末で。
「それで『オレの荷物置いていっていいか』なんてさ!」
「でも許可したと」
ちらりと部屋の端を見やると、以前来た時には存在していなかった箱が数個、ひっそりと積み上げられている。
「……帰ってくるかなって信じたくて」
「心配性だな、セリは」
「心配にもなるよ。本人笑ってるから卒業出来るかどうかの瀬戸際な感じもしないし」
そのまま留年してリィン君たちと一年を共にすればいい、と揶揄した記憶はあるが、まぁセリからしたら気が気じゃないだろう。恋人だからという以前に、友人として。トワと似たようにセリもまた真面目だから。
「クロウだってセリと離れて寂しい筈さ。なんせあれだけ惚れていたんだから」
私も注がれていた水に口をつけて喉を潤すと、物言いたげなセリに気がついて、何も言わずに視線だけで先を促した。すると一瞬だけ瞼を下ろして迷ったそぶりを見せたものの、その小さな可愛い口が開かれる。
「……アンはさー、クロウが私のこと好きだっていつから思ってたの?」
水差しからおかわりを注ぎながら問われて、いつだったかな、と己の記憶に問うた。
「去年の……ティルフィルでの活動時には確信していたかな。だがうっすらとその前からそうだろうとは思っていた」
八月、セリの故郷であるティルフィルで行った実習の際、クロウがやたらとセリを眩しそうに見ていたのは今でも思い出せる。しかし思い返してみれば、もうその前からクロウにとってセリは安心して背中を預け合える戦術リンクの相性がいい相手以上の何かがあったのだろうと。
「おお……私が自覚するよりずっと早い……」
「セリはいつからクロウを好きだと?」
私としてはクロウの感情はうっすらと理解出来ていたし、クロウがセリに惹かれる理由もなんとなく分かる。
美しい貌だというのはもちろんのこと、その立ち振る舞いも清廉で高潔で、多くの人間が『こうありたい』とする善き人間の一つのモデルケースのような印象さえあった。だからこそ危ういと感じるところもなくはなかったけれど、共にいる中で改善されて来たと思う。
そしてそんなセリが、こういった可愛らしい感情を持つのはクロウだけだろうとも。
「えー……あれは学院祭前だったから……十月ぐらい?」
「なんだ、随分と遅かったんだな」
「自分の感情にも他人の感情にも疎いもので」
「確かに」
「そこは否定してよ」
「残念なことに否定する材料がないな」
トワと並んで学院の高嶺の花と言われていたことにも気が付いていない気がする。まぁクロウと付き合ったこともさることながら、例の統括試験で遠くから眺めているべき相手、という軟弱な結論を出した男どもは多いようで不躾な視線は少なくなっただろうが。
「ただそんなセリが、自分の感情を持て余し、あまつさえ私に相談してくると言うのだから相当だろう、今回のことは」
セリが何かを相談するなら真っ先にトワだと思っていたから正直わりと驚いていた。もちろん、頼られて悪い気はしないが。
「なんか、この話をするならトワじゃなくてアンの顔が浮かんだんだよねぇ」
「……それは光栄だ」
去年、試験運用を始めて直ぐの頃、セリは『貴族がこわい』と言っていた。『嫌い』ではなく『こわい』という感情から鑑みるに、昔貴族関連で何かあったことは容易く推測出来た。そしてそれがこの帝国では至極当たり前のように行われていたものだろうことも。
何らかの事件によって貴族の権力の強さというものを目の当たりにしていたからこそ、例のマキアス君のようなあからさまな嫌悪感を表出しないでいた。四大名門の人間である私が行動したらセリのような立場の人間は直ぐにへし折れてしまうから。自己防衛として正しくはある。
「まぁ、結局相談というか、愚痴を聞いてもらいたかっただけなんだ」
ため息をまた吐いて、セリがそうまとめるので私は笑う。
「それが自分で理解できているなら大丈夫さ。いつでも時間を空けよう」
告げると屈託なく「ありがとう」と疲れつつも嬉しそうに笑いかけられるので、抱きしめてしまいそうになるのをグッと堪える。今回は私の役目じゃない。
「しかしセリ、私もトワももちろんジョルジュも話を聞くだろうが、肝心の本人に伝える気はないのかな?」
すると直ぐさま表情が切り替わり、口をうっすら尖らせながら困ったように眉根を寄せ何ともまぁ絶妙な表情が繰り出されている。
「……私が言ってもどうにもならなくない?」
「そうかもしれないな」
「何をして欲しいとも自分でわかってないし、そんな状態で話をしても困らせるだけだし」
「困らせてやればいいじゃないか」
私があっけらかんに言うと、セリはぱちくりと目を丸くする。
「一人が一人の行いで困っているのなら、それを相手に告げることは決して悪いことじゃない。私なら、一緒に悩める相手だと信頼されているのだなと、聞く耳を持つ相手だと考えてくれているんだなと、嬉しくなったりするかもしれない」
特にセリは自分と他人の関係性の中で喘いでいるのだから、自分の中だけで結論づけるのは時期尚早といったものだろう。すこし強い言い方だと、傲慢とも言い換えられる。自分が我慢をすれば良いだなんて結論づけるしかない関係は、健全なものだとは到底言えるまい。
私とクロウのように殴り合えとは言わないが。
「前にも似たことを言ったかもしれないが、寂しいなら寂しいとぶつけてやればいい。それでクロウが何か納得の出来ないことを言ったなら私が出るさ。絶対ボコボコにすると誓おう」
「……ぼこぼこにはしなくていいけど、でも、うん。ありがとう」
多少なりとも心がほぐせたのか、ふわりとセリが笑う。
正直なところこんな表情を真正面から見せられて愛でるなというのも酷な話だが、きちんと正面から向き合ってくれたあの日の彼女の意志を蔑ろにするわけにはいかない。あんな風に、私を否定しながらも真正面から向き合ってくれた人はどれだけいただろうか。それが、どれほど嬉しかったことかセリはきっと今でも知らないし、知らないままでいいと思っている。
「何なら今から行ってくるのもいいんじゃないか?」
「えっ。えー……いや、心の準備を……するから」
「じゃあ実習日までに一度話し合うように」
「いきなり期限切る!?」
「そうでないといつまで経っても動かない気がしてね。課題だよ課題。得意だろう?」
「なんせ成績優秀者なんだから」とからかえば、「スパルタだぁ」なんて頭を抱えるセリがあまりにもおかしくて、大きく笑ってしまった。
具体的なことは知らないけれど告白を断られたり何だりで紆余曲折あった二人だから、お互いの意識をすり合わせることを覚えて、何なら結婚式に呼ばれたらその点で盛大に弄ってやろうとさえ考えているんだ。
学生の恋愛は儚いというが、いつかそんな未来が来て、そこに全員で集まれたら、なんて。
これは私のエゴだけれどね。