[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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20 - 09/21 感情吐露

1204/09/21(火) 夜

 

課題という名の建前を作ってくれたアンの心遣いを無にしないために、一日置いた上に夕食という直前インターバルまで取って第三学生寮の前まで来たわけだけれど、建物を見上げた状態で何分経ったろう。

面倒くさいやつだと思われないだろうか。しかし面倒な人間だというのをこの段階で知っておいてもらう方がお互いにとっていいのでは?でもやっぱり。

そんな思考の堂々巡りが始まってしまい、よりにもよって寮が町の端っこにあるお陰で人通りも少ないため存分に悩んでいられてしまう。いや、それでも、ここまで来たのだから、と数段のステップを昇って玄関扉に手をかけようとしたところで、キィ、と内側へ開いていく扉を察知。想定外のことに後ろへ一歩下がると、扉が開いた先でシャロンさんが笑っていた。

……誰かの気配なんかなかったけれど。

 

「いらっしゃいませ、セリ様」

 

私の驚愕を知ってか知らずか、第三の管理人であるシャロンさんは何事もなかったかのように私を招き入れる。……以前、クルーガーさんと呼んだ際、出来ればシャロンとお呼び頂ければ、と微笑みをたたえながらそっと請われたことを思い出した。

その時はぼんやりファミリーネームが嫌なのかな、と思ったけれど、そういう類の人なのかもしれないと今思い至り、うっすら背筋に冷や汗が伝う。

 

「クロウ様をお呼び致しますね」

 

私の硬直を無視しながらも、何もかにもお見通しであるという笑顔でシャロンさんは二階へ昇っていく。

えっ、いや、ちょっと待って欲しい私は私のタイミングで呼びに行きたかったしそもそもクロウに用事があるなんて一言も発していないのだけれど!VII組教官補佐なわけだから別にクロウ目的以外でも第三に来ることはあると思うのだけれど!

当たり前にも私の内心の抵抗虚しく、引き止められるわけもなく足音はクロウの部屋へ向かっていく(どうでもいいけれど気配をあそこまで隠せる人であるならばこの足音はわざと立てられているのでは?)(死刑宣告か優しさなのかどちらだろう)。

 

────一時撤退しよう。

 

急な衝撃で痛む心臓が限界だと判断して、ばたばたと階段下へ走る。こんな状態で論理的に話せる気がしない。ただでさえ情緒がぐちゃぐちゃになっているのに、心臓がびっくりしたまま本命の前へと放り出されても訳の分からないことを口走りそうで嫌だ。

 

「シャロンさん! 呼ばなくて良いです! 用事思い出したので!」

 

階上へそう声をかけて、返事も聞かず、間隙も無く、踵を返して急いで扉に手をかけたところで、ガタンと、横から飛んできた手が扉を開けることを許してはくれなかった。

 

「帰んのかよ」

 

後ろから、頭上から、声が落ちてくる。背後に直ぐのところにうっすらと体温がある。どうしよう。どうしよう。本人が来てしまった。少し息が上がっているから猛スピードで来たのだろうか。いや多分飛び降りる音がしたから階段をスキップしたんだろう。それにしたって追いつかれるなんて……第三の扉が内開きなのがいけない!

 

「か、える」

「そんじゃ夜も遅えし送るわ」

 

送らなくていい!!!!!

内心の叫びはともかく私の掠れた声に気がついているだろうに、気が付いていない風情のクロウは私の左手を勝手に取り、玄関扉を開けて引っ張るようにして外へ歩を進めていった。

騒動だと思われたのか、後ろから出てきた後輩たちの視線が飛んできて何だか気まずい。

 

 

 

 

手を引かれながらとぼとぼ歩いていると、商店街はとうに店仕舞いをしたようでとても静かになっている。煌々と灯りがついているのはキルシェぐらいか。

中央公園に差し掛かったところでベンチに座るよう促され、大人しく腰掛けるとクロウも座ってきた。繋いだ手が熱い。指すら絡んでいない繋ぎ方で、今まで散々やってきたことなのに今更ここで恥ずかしがる要素があるだろうか。ないので完全に感情に振り回されているんだろうなと、ぼんやりどこか他人事の自分が囁いた。

 

「……」

 

クロウは無言で、私も無言で、平日だからかキルシェから賑やかな声も響いてこない。かすかに虫の音が聴こえてきて、若干壊れかけなのか導力灯が一つとても緩慢に明滅して、幾分か涼しい夜風が通っていく。刺激の少ない夜だ。

暫くそんな状態が続いたところで、繋いだ手を親指でさすられたり、ちょっと頭を乗っけられたり、無言ではあるけれどちょっかいが出され始めて、くすぐったさに少し笑ってしまう。

今までの無言は圧をかけてくるものでは全くなかったけれど、それでもクロウの気配が緩んだのがわかり、私もクロウの肩に頭を預ける。やさしいやさしいわたしの恋人。

 

「あのね」

 

だから、静かな声で言葉の始まりを紡げた。

 

「……寂しくて、いきなり訪ねちゃった。ごめん」

 

あれだけあったスキンシップやコミュニケーションの時間がある時を境にすっぱりと全部消えてしまって、頭の中が結構バグっていたのだと思う。当たり前のようにあったものが突如なくなるというのは私にとってどうやら致命的らしい。……母さんや父さんがいなくなった時の私もこんな感じだったのだろうか。あるいは、それがあったからこんなことになっているのか。

兎にも角にも、そんなことに気がつくのに、これだけかかってしまった。

 

「ンな寂しくさせてるのに気付かなくて悪かった」

 

クロウのスケジュールも鑑みずに突撃してきたのは私なのに、そんな風に逆に謝られるとは思っていなくて思わず顔を見る。

 

「な、んで、クロウが謝るの」

「あ? 元はと言えばオレが下手こいたせいだろーがよ。そうじゃなかったらお前がそこまで情緒不安定になることもなかったって話だわ」

 

言いながら赤い視線が私の方へ寄越されて、何だか久しぶりに視線が交差したな、なんて。

 

「でも、私、いまクロウの勉強の邪魔してるでしょ。……単なるわがままだよ」

 

呟きながら視線が降りていき、クロウの胸元あたりまで落ちたところでそのまま視線を前へズラした。言葉を受けたクロウは、んー、と考えるような声を出して、ずるりと椅子から落ちてしまうんじゃないかというぐらい足を投げ出し、空を見上げる。

 

「オレはさ、カノジョが出来たらかわいいわがまま言われて、しょうがねーなって笑いながらそれを叶えてやりたかったんだよな」

 

……なにその欲求。

いまいち理解が出来なくてまたもクロウの方へ視線をやると、ばっちり目が合う。

 

「だからお前のお願いならなるたけ聞いてやりてえっつうか」

「……」

 

アンとジョルジュが言っていた通りである。クロウは私に甘い。甘いから、逆に甘やかされる私が自制しなければいけないんじゃなかろうかと。

 

「それにオレだってさすがに反省してっからよ、きちんと授業受けてる日もあるんだぜ」

「毎日そうやって受けるものなんじゃないかなぁ」

 

思わずツッコミを入れてしまい、クク、と座り直した隣から笑い声が落ちた。

 

「一緒に卒業、するって言ったろ」

 

左手を持ち上げられると共に指を絡められ、手の甲に、唇が。たったそれだけなのに、夜風で冷えている身体は簡単に熱くなった。

 

────クロウはずるい。私が不安に思っていることをいとも簡単に何でもないことのように言うし、私が何をされたら喜ぶのかお見通しで、表情を繕うのが得意じゃないこともとっくに把握されていて、……面倒だなんてこともぽつりとすら溢さない。無限に甘やかされてしまう。

それは良くないことだって思っていた。でも、君が、他ならない君が、それを許してくれるなら、私も甘やかしてもらいたいなんて欲望がもたげてくる。案外二人でいる時は落ち着いた声を耳に落としてもらって、やさしくでもちょっと雑に撫でられて、やわらかく肌を重ねたりして、……そうして、可能な限り一緒に歩いて。

 

「……卒業旅行とかも行きたい」

「ああ、いいな」

「クロスベルのMWLとか」

「わりかし遠いな。でもテーマパークか、いいんじゃね」

「誰にもまだ相談してないけど、五人想定だよ」

「もちろんそのつもりだっつうの」

 

そんな何気ない言葉が、すごく嬉しくて、目頭が熱くなるのがわかってクロウの肩に目元を預ける。クロウも私の行動を理解してくれたのか、よしよしと優しく頭を撫でてくれて、またさらに制服を濡らすことになってしまった。

ごめんね、本当に。こんなに面倒くさい相手で。

 

「……帰ってくるよね、二年に」

「そりゃな。その為にサラに泣きついたんだからよ」

「うん、そっか」

 

そうだよね、と安堵の言葉を呟きながらクロウの肩から頭を退けて、右手でポーチをあさってハンカチを取り出し涙を吸わせる。

 

「ありがとう、クロウ。大好き」

「……オレも、お前のこと好きだからわがまま聞いてやりてえんだよ」

 

それだけは忘れないよう肝に銘じとけ、と言われながら目尻にキスを落とされて、そうして、そのまま第二まで送ってくれたクロウと別れて玄関扉をくぐる時の私の足音は相当浮かれていたと思う。

でも、そんなの、仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セリを送って帰ったところで心配してなのか一階まで降りてきてた後輩共を蹴散らし、自分の部屋に入って背中を扉に預けて深くため息を吐いた。

 

────好きだからわがままを聞いてやりたい。

────いずれオレはお前の前から消える、だからそれまででろでろに甘やかしてやりたい。

 

それがより一層セリを傷つける的確な手段だって理解してやってんだ。このたった一ヶ月であんなことになるヤツが、オレが"ただの学院生じゃない"と判明した時にどうなるかなんてある程度分かっちまったようなもんで。

 

それに、巻き添えとはいえトワを殺しかけたことをあいつが許す筈がねえ。

亡国の復讐者で、帝国解放戦線なんていうテロリスト集団の首魁で、学院生であるクロウ・アームブラストという存在は全部フェイクだ。帝国情報局すら欺くカバーでしかない。そうでなきゃならねえ。 

 

大切な友人が死んでもいいと作戦を実行したのが自分の恋人だなんて事実が明るみに出たら、あいつはどういう表情をするんだろうか。おそらく俺はその場にいることはないだろうが、トワなりジョルジュなり……五千歩譲ってゼリカなり、誰か支えてやれるヤツがいてくれと願うばかりだ。

まぁ、その三人も存分に傷つけるんだろうが。

 

心が痛まないわけじゃない。感情がないなら俺は今ここにいる筈がねえ。あの鉄血の野郎を赦すことが出来ず、そのままこうして生き長らえちまったその理由を復讐に託してるに過ぎない。そうでもなけりゃ名門校に来ることなんてなかったろう。浮かないよう一応年齢もサバ読んでるしな。

 

そう、こんな境遇でもなけりゃあいつらには出会わなかった。それは確かだ。どっか旅先で会うにしたって会話こそすれ友人になれる気はしねえ。いっちゃん可能性があるとしてゼリカくらいか。それも何だかな。

そんな相手だっていうのに一年半つるみ続けて、友人なんてもんになっちまって、恋人になったヤツも出てきて、俺があの街に置いてきた青春と呼ばれるようなもんをこの手に乗せることが出来たような気がしてくる。所詮"オレ"はフェイクでしかねえのに。

 

そんで後輩共も楽しそうに遠慮なくオレを慕ってくる。最近は呼び捨てに慣れてきた面子も出てきて、去年のことを思い出して居心地がよくなっちまいそうというか。ゼリカは来年卒業もいいんじゃないかとか抜かしてたが、そもそもおそらく──これは単なる勘だが──そこまで平穏な時間は続かねえだろう。

まあ鉄血が動くよう俺たちもあれだのこれだのと暗躍してるわけで、その甲斐もなく平穏に過ぎていったらさすがに泣くというか。……いや、いくら羽虫だとしてもあの男が降り掛かる火の粉をそのままにするわけもねえ。潰せる機会を引き摺り出すために何かしら行動を起こすはずだ。憎いからこそ行動人格分析しなきゃならねえってのも笑えるな。

 

今月末はルーレで帝国解放戦線が崩壊したように見せかけて、一旦の結末を提供する。だけどそんなもんであのガレリア要塞を襲撃した俺たちが終わるわけがねえと踏んでくるだろうから、鉄血という名の本命を使った餌を撒いてくるのを待つことになる。

────基本的に、鉄血を殺したら俺たちの勝ちだ。それ以降は貴族派勢力が帝国を作り変えていき、ヴィータはヴィータで何かやることがあって、どっちにも付き合って俺は終わる。国のほぼトップに手を出すんだから、その行く末まで付き合うのがまぁ礼儀っつうか、自分なりの責任の取り方になる。たぶん殺した段階で抜けるヤツは大勢出てくるだろうけどよ。

それでも、帝国解放戦線がたった一人になって組織という形を保てなくなったとしても、帝国が崩壊するなり、持ち直すなり、どうにかなる先を見届けるつもりだ。

 

その先のことなんざ何にも考えてねえけど、口封じに殺されるか、偽りの英雄として祭り上げられるか、そんなところだろ。英雄になんざなりたくねえから、殺される方がマシな気もするが。

……ま、国家転覆テロリストのリーダーにまともな終わり方なんざあるわけねえか。

 

そう一人嗤って、扉から背を離した。


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