[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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1204/09/25(土)

 

今日はVII組が特別実習へ向かう日で、楽しいことがある為早くに起きて早くに朝食を食べて早くに寮を出たところで、同じことを考えていたらしいアンと珍しく分岐路でかち合った。

トワもジョルジュも今回の実習の兼ね合いで先に登校している筈だ。技術棟に行ったら集まれるだろうか。

 

「やっぱアンもあれを見に?」

「もちろん。お披露目してもらえるというのなら堪能するべきだろう」

 

教官から聞かされている例の『鉄路の代わり』は、前年度試験運用組である私たちにもよしみで情報共有してもらったので四人とも知っている。クロウはVII組なので内緒にされているのだけれど。

 

「そうだ、アン」

「うん?」

「この間は愚痴を聞いて、背中を押してくれてありがとう。何とか話せたし、たぶんもう大丈夫だと思う」

 

寂しいとクロウ本人に伝えられて、尚且つそれが迷惑じゃないって示してもらったことでだいぶ気持ちは落ち着いてくれたと思う。伝えていいんだ、会いに行っていいんだってわかったから。たったそれだけだけれど、言葉にしてもらうって言うのは大切なことだと思った。私ももっときちんと、自分の感情を伝えられたらと。

 

「そう言えば前にセリはわがままは申し訳ないといった趣旨のことを言っていたが」

「うん」

「クロウを甘やかすセリはもう少し無茶振りをしてもいいんじゃないか?」

「……そんなに甘やかしている気はしないのだけれど」

 

勉強で二人きりになってもきちんと時間は区別しているし、晩御飯だってどっちが作っても後からお互い材料費の計算をしているし、荷物を部屋に置いていかれたのだってまぁ面倒だよなって気持ちが理解出来たからだし、……アンは知り得ないことだけどセックスの時だって別に変なことはされていないと思う。

 

「自覚がないのか。将来駄目人間製造機になりそうだな、セリは」

「そこまで言う!?」

 

だけどアンは案外人間関係を俯瞰するのが上手いし、私とクロウの関係性もお互いが理解する前に理解していたらしいので、一理ある……のかもしれない。認めたくはないけれど。

 

そんなことを話していると技術棟まで到着し、いつも通り中に入るとカウンターに人影二つ。

 

「お、集まっているじゃないか」

「おはよう」

「アンと登校なんて珍しいね、セリ」

「ふふ、楽しみでやっぱり来ちゃうよね」

 

そうだねえ、と同意したところでトワがお茶の用意をし始めるので、私も棚から各々持ちよったマグカップを取り出す。ここにカップを置いておこうって言ったのはクロウだっけ。食堂行くよりいいだろ、なんて顔に機械油つけて笑ってたのが懐かしい。

簡易的な珈琲を説明書通り作り席に持っていくと、それぞれ自分の入れたいだけ砂糖や牛乳など調味料を加えていく。他人の味付けに口は出さないし手も出さない。それがふんわりとしたルールになっている。

ちなみに技術棟には作業時の一時冷却や触媒の冷却用に冷蔵庫があったりする。何がとは言わないけれどジョルジュもちょいちょい冷やしているらしい。

 

「そうだ、さっきセリがクロウを甘やかしている自覚がないと気がついたから他の二人からも言ってやってくれないか」

「えっ、その話蒸し返すの? 別に本当に甘やかしてないと思うんだけど」

「セリちゃんそれ本気で言ってる?」

「だいぶ甘やかしてると思うけど」

 

おっと、四人中三人から反対を食らってしまった。これは本当に私の認識を改めた方がいいのかもしれないけれど特に認識を改める必要性を感じ……いや駄目人間製造機と言われるのはさすがに心外だな。

 

「はい、反論があります。私もクロウに甘やかされているのでノーカンじゃないでしょうか」

「ん~、まぁ二人がお互い納得してるなら私たちが口を出すことじゃないとは思う、かな」

「それはそうだろうね」

 

よしよし。二人のその言葉が引き出せたし、アンも今回はこれ以上言わないでおくか、という表情になったので大丈夫だろう。そんなくだらないことを話しつつ、VII組の実習の話をしたり、各所にある不自然な点をまとめたりして、時間は過ぎて行った。

 

「あ、そう言えばVII組の学院祭の出し物決まったんだけどみんな聞いてるかな?」

「ああ、僕は導力楽器の手配をお願いされたからね。他にもいろいろ」

「それはつまりそういうことかな?」

「フフ、そうだろう」

 

トワから去年の動画を見せてもいいかと丁寧な許可の連絡をもらっていたし、クロウもいるからある程度そうなるだろうとは思っていたけれど、本決まりになったようだ。やっぱりレポート展示は悲しいものなぁ。

 

「今年の講堂使用は今のところI組とVII組ってことか、楽しみだね」

 

去年五人でやったライブを思い出す。あの時は少人数だったからあれで良かったと思うけれど、VII組は十一人いるから結構大きなステージになりそうだ。二組に分かれてもいいかもしれない。

 

「クラスのない私たちだったけど、こうやってリィン君とか後ろの子たちに伝わっていくのっていいねえ」

 

両の指先を合わせながらトワがそう笑って呟いた言葉に、全員で頷く。本当に。クラスという形はなかった面子でやったことが、直接の後輩とっていい彼らに受け継がれていくのはとても嬉しいことだ。自分たちがARCUSで成したこともそうだし、ARCUS以外で成したことも大切だから。

 

「あ、噂をすれば何とやらかな」

 

技術棟の外からクロウとかの気配がし始めて、その通りに扉が開けられる。

 

「おはようっ、リィン君たち」

「おはようございます」

「おいおい、勢ぞろいだな」

 

トワとリィンくんが和やかに挨拶する横でクロウが苦笑するものだから、何でだろうねえ、なんて誤魔化しながら笑ってしまった。

 

「フフ、君たちについてちょうど話していたところでね。実習前に学院祭の出し物が決まってなによりだ。さっそくジョルジュにも色々頼んでいるんだってね?」

「はい、ジョルジュ部長には導力楽器をお願いしてます」

「実習から帰るまでには仕上げておくよ。細かい役割分担もちゃんと決めておくといい」

「まあ、どんな曲をやるかもまだ決まってないしね」

 

フィーさんがもっともなことを言ったところでアンが、ふむ、と何か言いたげに腕を組む。

 

「それも大事だが……是非、エロい衣装を頼むよ。特に女の子たちにはね」

「おう、まかせとけって」

「き、着ませんからね!?」

 

何を言うのかと視線をやった時間が無駄だったと表現したくなるぐらいの戯言で重いため息をつくしかなかったというのに、クロウの返答もクロウの返答で頭が痛くなる。アリサさんの反応も至極真っ当なものだ。

 

「二人とも一回本気で怒られた方がいいんじゃないかな」

「先輩、本当にこんな人でいいんですか!?」

「正直ちょっと考え始めるかもしれない」

 

アリサさんに肩を揺さぶられてそんな風に返してしまったけど、でも結局クロウって下品な衣装は作らなかったんだよなぁ。その人が持ついいところをはっきりと打ち出すというか。だからこそステージで曲にも負けずにいられたというか。

……あれ、私の衣装って二人に比べてかなり露出度低かったけどもしかしてそういうことなのか?一年越しでようやくあの衣装へ籠められたクロウの感情を理解したかもしれない。だって前に分厚めのタイツですら難色を示されていたわけで……ああ、だから私だけショートパンツじゃなかったんだ。アンの言っていたことは的を射ているかもしれない。

 

「映像のハーシェル会長のような衣装だと目のやり場に困るな……」

「うう、アンちゃんもクロウ君も去年は強引だったんだから」

 

マキアスくんの言葉にぱっとトワが赤くなり、まぁ、あれは正直かなり扇情的と言っても差し支えはない格好だったと思う。普段とは違うヘアメイクもして、本当に可愛かった。……もしかしたらあれがあったから生徒会役員になった人もいるかもしれないと思う程度には。

 

「まあ、それはともかく──今回の実習地もなかなか難儀だね」

 

ノルティア州を治めるログナー侯の娘であるアンは、スッと表情を引き締めそう言葉を綴る。こういうところずるいよなぁ。

 

「君たちA班の向かう鋼都ルーレはノルティア州の中心地。B班の海都オルディスほどではないにせよ、領邦軍がかなり幅を利かせている場所だ。特にルーレにおいては、鉄道憲兵隊と縄張り争いを越えた険悪さで対立しているからね」

「そ、そうなんですか……」

「しかも、今は帝国の内外で緊張が高まりつつある……。確かに不安はありそうですね」

 

ノルドのこと、クロスベルのこと、いろいろ考えたら頭が痛くなる状況になってきているのは確かだ。正直、もう何がきっかけで共和国との戦争がまた始まってしまうかわからない。クロスベルが中間地点にある場合、お互いあそこを廃墟にするのはもったいないという思惑もあってこそだったろうけれど、今回の国家独立が現実のものとなればそういうわけにもいかなくなる。そういう意味でも、クロスベル市長のあの宣言はかなり重要なものだった。

……今のところ両国共に一笑に付している気配も感じられるけれど。

 

「でも、今回の配慮で少しは緩和されると思うよ?」

 

トワの言葉にVII組の面々が首を傾げる。

 

「あ、サラ教官もセリちゃんもリィン君たちに言ってないんだ?」

「だって伝えたら半減するでしょ」

「だったら我々が明かすわけにもいかないな」

 

ニッとちょっとだけ意地悪に笑ってしまう。どうでもいいけれどミヒュトさんは何が来るか知っている節があったんだよなぁ。サラ教官も頻繁に出入りしているし、たぶん情報屋とかそういった類の方なのだろうけれど、情報の確度からして仕入れ先など謎が深い。

 

「ふふ、君たちはグラウンドに呼ばれているんじゃないか? 行ってみれば分かると思うよ」

 

意味ありげに言葉を続ける私たちを見て、六人とも更に疑問符を頭の上に乗せることになっている。あんまり弄ってもあれだけど、まぁネタバラしはもうあと直ぐだからこのままで行かせてもらおう。

 

「おいおい、お前らが知っててオレには知らされてねーのかよ?」

「ごめんね、クロウ君」

「フッ、去年に引き続き楽しんでるバツさ」

「そういうこと」

「許されるなら私たちだってやりたいよ」

 

去年のことを思い出すと、本当にいろいろあった。いつかVII組の人たちに聞かれたら、たくさん話したいと思う。今はお互いそんな余裕もないけれど。

 

「まあ、先輩なんだからみんなをせいぜい助けてあげるんだね」

「ぬう、外野から好き勝手言いやがって」

「はは……とりあえずグラウンドに行ってみるか」

 

ジョルジュから言葉を投げられたクロウはすこし口を尖らせて、会話をまとめたリィンくんを先頭に技術棟から連れ立って出て行った。

 

 

 

 

────朝八時半。HRが始まる少し前、その音は聴こえてきた。

その音を皮切りに技術棟を四人で連れ立って歩いていくと、グラウンドの階段手前で青い空と白い雲を背景に飛ぶひとつの大きな影に気が付く。飛行船の風切り音を大きくいななかせ、現れ出でるは真紅の機体。

全長75アージュあり、リベールでその名を轟かせている高速巡洋艦にとてもよく似たそれ。しかし艦橋に掲げられたのは帝国の国章にも使われている軍馬に他ならない。

アルセイユII番艦・高速巡洋艦カレイジャス──勇敢なる者。それが、この艦の名前だ。

 

「わあっ、綺麗な飛行船!」

「話は聞いていたけど、目の前にすると圧倒的だねえ」

 

トワが興奮したように両の拳を握り感嘆の声をこぼすものだから、私も同意する。

 

「やれやれ、これは大したものだね」

「凄いな……聞いていたスペック以上にとんでもない性能みたいだ」

 

私たちよりずっといろんなものを見てきているだろうアンとジョルジュも、カレイジャスを前にしては驚きの声をあげるほかないようだ。いやぁ、事前情報をもらっている私たちでさえこれなんだから、VII組の面々はさぞかし驚いているだろう。現にみんなぽかんと見上げているままだ。

でもこれに乗れるのはいい経験になると思う。皇族専用艦ともなれば乗艦機会なんて平民には万にひとつもない。そういう意味でもVII組に編入したクロウが羨ましい限りだ。……レポートは読み込むし話は絶対に聞かせてもらおう。

 

そうして甲板のオリヴァルト皇子殿下は腕を開き、VII組を歓迎した。

 

 

 

 

VII組が特別実習へ行き、少しだけ静かな校内での授業が終わり帰り準備をしながら彼らに思いを馳せる。

カレイジャスのお披露目飛行は問題なく行われたようで、帝都から鋼都へ、鋼都から海都への道程も凄まじいほどの速度で難なくこなしたらしい。それでいてあの校庭という狭い空間で離着陸が可能だなんて。ジョルジュ曰く、モデルとなったアルセイユは小型ゆえ時速3600セルジュでカレイジャスは時速3000セルジュと速度ではもっと上がいると言いつつ、全長差が二倍ほどあるためかなり最先端の技術で作られていると認めていた。いやはやすごい。

中空に浮くことから積載量自体はあまり見込めないため航路や鉄路が消えることはないだろうけれど、特急で届けなければいけない品物や手紙などはそういう手段が主となっていくのだろうと思う。

 

そう言えば、基本的に実習はその土地の出身者がいれば案内役を兼ねて班編成を考慮していたのに、海都出身であるクロウは鋼都なんだなとぼんやり思い至った。まぁ帝都では出身者が固められていたし、海都がカイエン公のお膝元故にか貴族のユーシスくんがいて四大名門繋がりで海都へ行ったこともありそうだから心配することもないか。……天真爛漫なミリアムさんに振り回されていそうな気もするけれど。

 

まぁ何にせよ、今回はあの鋼都と海都という二大都市への実習だ。海都はもう完全に貴族派の街だから逆にそういった対立による案件は少ないかもしれないけれど、鋼都の方は領邦軍と鉄道憲兵隊の諍いによって何が起きるかわかったものじゃない。

……そういう意味で、装備を整えておく方がいいかもしれないな、とぼんやり考えた。

 

 

 

 

1204/09/26(日)

 

不意にARCUSへの通信音が耳に入り、飛び起きて取ったところで時刻を確認すると朝五時だ。こんな時間に誰が用事あるというのだろうかと応答開始するとアンからのものだった。

曰く、VII組が実習に行った鋼都があまりにもきな臭いからジョルジュと共に向かう可能性があるという話で。急いで身支度を整え技術棟へ向かうとトリスタにいるいつもの面子全員が揃っている。

 

「何があったって?」

「うん、昨日クロウ君からジョルジュ君に連絡があってね、ルーレで少し気になることがあるから私に調べて欲しいって」

 

ああ、そういえばもうルーレとトリスタは通信が出来るのだったっけ、と全然関係のないところで時間の流れを感じてしまった。

 

「単刀直入に言うと、RF社の第一製作所に軍の査察が入りそうという話さ。そしてその製作所の取締役はハイデル・ログナー、私の叔父であり強硬な貴族派とも言える」

「あー、なるほど」

 

それでアンが動こうとしているのか。やっぱり彼女はノルティア州のことには黙っていられない気質らしい。たとえそれに実家が関与している大きな何かだったとしても。まあ、それでこそ私が好きになった彼女だと思う。そういう苛烈な真っ直ぐさが何よりも眩しい。

 

「それで私は昨日頼まれたことをちょっと帝都に調べに行こうかなって考えてる。RF社の公式資料とかはたぶんそっちの方が手に入りやすいだろうから」

「そして私とジョルジュはバイクで向かう予定だよ」

「まあ長距離移動前のメンテナンスは行いたいから……八時か九時くらいには出るかな」

「今からバイクでルーレだと七……いや八時間ぐらいかな」

 

路面のコンディションも深く関わってくるので、短く見積もるよりは長く見積もっておいたほうがいい。飛行船で行く手もあるけれど、バイクがあった方がいいという判断もわかる。何があるか分からないし、取れる手はなるべく多い方が何かと便利だ。今からだと鉄道の積荷申請も間に合うまい。

 

「それじゃあ私はトワのサポートかな」

 

今日も学院の授業があると言うのは野暮というもので。動けるのが自分たちだけなら、その場で判断を行う。それを去年嫌と言うほど思い知らされた。

 

「ある程度の情報は出立前に通信で伝えるけど、引き続き資料は集めておくからね」

「助かるよ、トワ。セリもすまないな」

「友人が大切なものの為に立つなら助力は惜しまないよ。それに、これはVII組の案件で本来は私が行くべき話だ。でも鋼都のことなら二人の方が適任だと分かってる、だから謝罪は要らない」

 

教官補佐をやっている時だって出来るだけ授業に出ようとしている私がフケようというのだから、自分の都合で振り回しているとアンが気にするのも無理はない。でも私は強制されたつもりはないし、アンの大切なものを守る手伝いをさせてもらえるなら友人冥利に尽きるというものだ。

 

「そうか────では、ありがとう。三人とも」

 

くしゃりと少し顔を歪ませて笑ったアンに全員頷き、それぞれの役目をこなそうと席を立った。とは言っても無断欠席は良くないし、かといってほぼ無遅刻無欠席勢が急に休んだことでベアトリクス教官に寮へ具合を見にこられても困るし、どうしよう。やっぱりマカロフ教官を巻き込むべきだろうか。うん、それがいい。

 

 

 

 

「いやー、まさかあの朝の短時間でこれだけの資料を集められるとはって感じだし、よくこの資料を紐解いたね……」

 

私服に着替え開館と同時に転がり込んだ帝都図書館で指示されながら集めた山のような資料から、トワは的確に数字を読んでいき今ザクセン鉄鉱山とRF社の間で何が起きているのかというのを読み切った。

 

「あはは、実は通商会議の時に政府で作られる書類の基本形式は見慣れちゃったから」

 

トワは簡単に言うけれど、そうそう出来ることじゃないと思う。甲だの乙だのはまだ優しい方で、報告書だと言うのに言い回しが度し難いほどに難解だ。人に理解させる気があるのか正直疑問が生じてしまうほどに。……いや、私の読解能力の問題かもしれない。この分野に関しても精進あるのみだ。

それ故にもう完全に力仕事要員としての待機だったけれど、まぁトワに書類の束を持たせない方が最終的に時間の節約になったろう。もちろん士官学院に在籍している以上トワだって鍛えているのだけれど、筋肉がつかない性質なのかあまり芳しくないと前に嘆いていた。

 

さて、ザクセン鉄鉱山から算出されるという試算とRF社から提出されている数字の齟齬を伝えきったところでアンとジョルジュはとうにトリスタを発ったわけだけれど、だからといって休んではいられない。当事者となっているみんなではキャッチ出来ない情報を掴み、内容を精査しなければいけないのだから。

 

そうして、数時間ほど資料を返却棚へ持って行ったり新しいモノを運んできたり、席の確保のために昼食を交互に摂りに行ったり、忙しくしていたところでふと思い出すことがあった。

 

「……そういえば」

 

前にミヒュトさんと話そうと質屋へ入ろうとしたところでサラ教官と話しているのがうっすらと聞こえた記憶がある。確かその時に聞こえていた店はこの近くで、奇しくも私が知っている店だ。

……ミヒュトさんが情報屋だというのはほぼ確定的で、サラ教官もおそらくその筋──情報屋というより、情報を使って動く方──の方だという推測はついている。且つ、あのサラ教官が私の接近に気が付かない何てことあるだろうか。つまり、その二人の会話の中で出てきているのなら。

 

「そういうこと、かな」

「どうかした? セリちゃん」

「私は私に出来ることをしようって話。情報屋が近くにあるから、そっち当たってくるよ」

 

私が立ち上がると、机で資料と睨めっこしていたトワは表情を曇らせて私を見上げてきた。

 

「それ……危険じゃない?」

「うーん、危険はないと思うよ。駄目ならたぶん窘められて帰されるだろうし」

 

一度しか会ったことはないけれど、たぶんあの方はそういう矜持を持っていると思う。

すこし逡巡を見せたトワはしかし次の瞬間には私を見据えて頷いてくれた。

 

「わかった、セリちゃんを信じるね」

「ありがとう」

 

図書館の閲覧台にトワを残し、急いで私はその店へ急行する。そう、去年の十一月にサラ教官と連れ立って行ったあのバーだ。

 

 

 

 

"CLOSED"の看板が掛けられた紫色の、小窓のはまった扉。店の名前を再度確認し、うん、と一人頷く。ここに違いない。ふう、と息を小さく吐いてから、コン・コココン・コン、と会話に出てきていた符牒を叩く。十秒程度で、中から扉が開き例のマスターが現れた。

 

「おや、いつぞやの」

「その節はありがとうございました」

 

深々と頭を下げ、そうしてマスターを見据える。

 

「生憎ですが、本日はまだ開店前でして」

「……先程の符牒ではご納得頂けませんでしたか?」

 

門前払いをされると察知し、言葉に被せるとマスターは少しだけ瞼を下ろし、ではあなたは何者としてここにいるのですか、と問うてきた。

 

「私は──トールズ士官学院VII組教官補佐として、知りたい情報があってここに来ました」

 

情報屋に対して、馬鹿正直に自分の所属を言うものではないのかもしれない。それこそ売り飛ばされる可能性すらある。けれど、それでも、私はこの方に自分の誠意を見せなければならないと判断した。

 

「マスター、入れてやれよ。どうやら話が弾みそうだ」

「……そうですか、貴方が言うのであれば」

 

中から聴こえてきた男性の声にマスターの態度が幾分か軟化し、どうぞ、と薄暗い店内へ通される。中にいたのはカウンターに座る一人だけ。短い金色の髪に、白いコートを着た男性。見たことあるような、ないような。その方と二つ分ほど距離を取って座ると、サラの生徒だろ、と声が。

驚いてそちらへ視線を向けると、空色の瞳と目が合った。

 

「おっと、警戒しないでくれ。俺はトヴァル・ランドナー。遊撃士で、サラの元同僚さ」

 

遊撃士。元同僚。かちりぱちり、サラ教官の空いていたピースが嵌まっていく。ああ、前に昔馴染みに要請したと言っていたのはそういう類の人たちにということか、と勝手に腑に落ちた。なるほど、それなら教官のあの異常なまでの『実戦に極振りした戦闘スタイル』も納得が行くし、ナイトハルト教官とすこし折り合いが悪いのも何となく理解出来る。

 

「あー、もしかしてサラから聞いてなかったか」

「そうですね。教官の前職は聞いていませんでしたが、ある程度推測はつけていました」

「なるほど、噂通りみたいだな」

 

……噂。VII組関連ということで何か流出しているのだろうかと訝しんだところで、単純に考えてサラ教官からいろいろ聞いているというだけな可能性が高い。なんせたかが学生。トワほど目立つような功績は何も落としていないのだから。

 

「それで、何か訊きたいことがあって参られたのでしょう」

 

ノンアルコールのメニュー表を渡されながら、マスターが問うてきた。珈琲をまた頼んでメニューを返し、口を開く。

 

「鋼都と海都で、領邦軍あるいはTMPや正規軍が動いているという話はありませんか」

 

情報を欲するならもっと的を絞るべきだろうけれど、今の自分にはそういった漠然としたことしか言えなかった。けれどマスターが少し思案したところで、その情報なら俺から開示しよう、とまたもやトヴァルさんから言葉が飛んでくる。

 

「マスターの客を取って悪いが、サラの生徒に関わる話なら俺も無関係じゃ居られない」

 

言いながらトヴァルさんは注文を追加した。……ああ、なるほど。情報屋であるマスターが私に情報を話すことで得られる筈だった対価を、トヴァルさんが支払うことでチャラにするというそういう交渉技術が目の前で行われたのだ。

いやちょっと待って展開が速すぎてついていけないのだけれど。

 

「さて、鋼都と海都は昨日訪れたわけだが、お前さんの狙い通りだ」

 

その距離的に不思議さを含む言葉に内心で、ああ、と思い出した。カレイジャス艦長であるヴィクター・S・アルゼイド子爵の横についていた方だということを。さすがに一回のみ、しかも甲板上の小さな影を瞬時に思い出せるわけもないから、思い出せただけでも自分の記憶に及第点をあげよう。

 

「というと、やっぱり」

「そう、領邦軍と正規軍が表立って対立し緊張していた鋼都はもちろん、貴族派のお膝元である海都にも、今この瞬間鉄道憲兵隊が集まりつつある。それがどういうことだかわかるか?」

「貴族派の意向を無視してでも踏み込まなければいけない……つまり、帝国解放戦線ですね」

「そう、国家を揺るがすテロリストが貴族派と繋がっているというのなら、正規軍──特に宰相直属同然の鉄道憲兵隊はそれを見逃せる筈もない。何某かの証拠を掴んだか、あるいは掴めると踏んだんだろう」

 

多少の無茶は承知で動いているし、そうして起きる事件に対して対処する術として結集しているということだ。鋼都と海都。遠くの土地で同時にそんなことが起きているというのなら片や陽動で片や本命と見るべきだろうか。まるであの夏至祭テロ活動を大きく広げたような。でもそんなのもう一介の生徒に負わせていい話じゃないだろう。

ぎゅっと、私が膝の上で手を握ったところでARCUSの通信音が狭い店内に響く。私のじゃ、ない。となると。

 

「すまない。俺のだ……ああ、もしもし……そうか、わかった、ありがとう」

 

通信に出て二、三言でトヴァルさんは気難しい顔になり、さすがに聞いてはいけないと提供された珈琲に温かいミルクを入れて口をつけ始めた。

暫くしてトヴァルさんが私を見るので、合わせて視線を上げた。

 

「朗報……になるかはわからんが、鉄道憲兵隊に対して皇帝陛下から直接の調査許可証が発行されたようだ」

「────」

 

陛下直々のお言葉……つまりそれは勅言であり、領邦軍といえども皇帝陛下を敬う者にかわりはないため決して無視出来るものじゃない。いや、つまり、鋼都も海都も皇帝家が介入せざるを得ない事態まで来たということに他ならないのでは?

一気にカップの中身を飲み干し、お代を置く。もちろんチップは含ませてもらったけれど、正直相場が分からないので自分の中で出来る範囲で多めに。

 

「すみません、トヴァルさん、マスター。私、戻らないと」

 

この情報を今すぐ共有しなければ私がここに来た意味がない。

がたりとカウンターの椅子から降りたところではたと気がつき、トヴァルさんへ向き直る。

 

「自己紹介が遅れました。私はトールズ士官学院二年VI組所属、VII組教官補佐を務めているセリ・ローランドと申します。この度は本当にありがとうございました」

「ああ、もしまた何かあったらお互いよろしく頼むよ」

 

先程の報せを受けてトヴァルさんも動くのか、椅子から降りつつ私の挨拶を丁寧に受け取ってくれた。そうしてバーから走り出す。領邦軍と衝突していたTMPが動けるとなったら、おそらくVII組も動きやすくなったり、あるいは動かなくて良くなるかもしれない。

海都の面々に伝える術がないのがもどかしいけれど、とにかく今は、鋼都方面に注力しよう。

 

 

 

 

そうして帝都図書館へ駆けながら通信をかけて、鋼都と海都へTMPが集まり始めていることだけをとりあえずトワに情報共有し、これからのことを考える。

鋼都には行けない。海都へももう手遅れだ。それを理解して、私たちは次の一手を打たなければいけない。こんな状況で後悔している暇なんてないのだから。

 

図書館へ戻り閲覧台にいるトワに合流すると、顔を上げたトワはかなり青褪めていた。

手元の計算用紙やメモは出かけた時よりずっと多くなっているから、何もかにもわからなかったということはないと思うのだけれど。

 

「……何かあったの?」

「ク、クロウ君が、囚われてた鉱員の人たちを安全な場所まで送って、それで────リィン君たちのところへ戻る途中でザクセン鉱山への地下連絡道崩落に……巻き込まれた、って」

 

地下道の、崩落。

ヒュッ、と喉の奥が狭まる。そんなの、生身の人間がどうにか出来るモノじゃない。つまり、それは。瞬間的に最悪の想像をしそうになって、ぐっと奥歯を噛んで堪える。もしかしたら私が一緒にいたら予兆に気が付けたかもしれない。でもそんなたらればに意味はないんだ。

 

「トワ、私たちは、私たちにしか出来ないことをしよう」

 

膝をついて、視線を合わせて、椅子に座るトワの手を取る。指先が冷えて、震えているそれ。私もきっとおんなじ状態なんだと思う。だけど、このまま嘆き続けられるような存在じゃないんだ。私たちは。だって士官学院生だから。

 

「……うん、そうだね」

「そうだ、差し当たって重要な情報が手に入ってね」

 

学生に配られているARCUSということで通信セキュリティの問題を鑑みて伝えられなかった情報──TMPに皇帝陛下による調査許可証が発行されたことを口頭でそっと伝えると、トワの顔が幾分か明るくなった。わかる、私も聞いた時はそんな気分だったから。

 

「このことはトワが伝えてあげて。私は、ちょっと体を動かしていたいから」

 

立ち上がりながら、閲覧台を埋めている精査し終えたのだろう場所に置かれている資料を抱える。クロウが崩落に巻き込まれてる可能性があることについて、今はまだ考えたくない。少しでも深く考えてしまったら、歩む足が止まってしまいそうで。

 

 

 

 

────そうして、ザクセン鉄鉱山の一件はある種呆気なく終わった。

 

鉱山の集中管理室がある奥でVII組は帝国解放戦線と対峙し相手は高速飛行艇での逃亡を選択、そうしてTMPと領邦軍が駆け入ってきたところで行われた一斉射撃のせいか、はたまた謎の狙撃のせいか、突如機体は爆発四散し、鉱山の奥深くへ落ちていった、と。

資料を返却し終わって帰ってきたところで、トワからクロウもVII組も全員無事だったことを伝えられほっとしつつも、帝国解放戦線がそんなどうしようもない終わり方をするのがどうしても解せなかった。……杞憂であってくれたらいいのだけれど。

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