[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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※ユミル小旅行について……ドラマCD版ではクロウとミリアムはいませんが、ゲーム版ではスチルや登場人物の会話から二人は旅行に来ていたと考えています。
この作品ではゲーム版での設定を採用しました。


22 - 10/01 ユミル小旅行

1204/10/01(金)

 

「ケーブルカーって眺めいいんだ」

「ほんとに。すごい斜面だからこその風景だねぇ」

 

私が車体後方の席でぽつりと呟くと、隣にいるトワが頷いて一緒に窓の外を眺めてくれる。既に遠くなった山の麓を暫く堪能してから車内へ目を向けると、VII組と前年度試験運用組あわせて15人がぎゅうっと小さな車内にいるのでわりと圧が強いなと軽く笑ってしまった。

 

「それにしてもいきなりユミルへ小旅行とはなぁ」

「ザクセン鉄鉱山の案件を解決したVII組と私たちへ、って招待を皇帝陛下から頂いたらいくら教頭でも反対は出来なかったみたいだねえ……」

 

そう。九月の特別実習でVII組A班がザクセン鉄鉱山を取り巻く問題の一端を解決に導き、楽観は出来ないけれど帝国解放戦線も追い詰めた功績から、皇族とゆかりのある温泉郷ユミルへ一泊二日の旅行に招待されたのだ。

それに奔走した私たち前年度組も合わせて……だったのだけれど、ジョルジュはバイクのメンテナンスを完璧にしたいからと断ってトリスタに残っている。

 

「ジョルジュ君も来られたら良かったんだけど」

「私もそう言ったんだがね、時間がないからと譲ってはくれなかったよ」

「ま、オレら全員何だかんだ自分のやりたいこと曲げねえからな」

 

アンは、アンゼリカ・ログナーは、このユミル旅行が終わり次第学院を去ることが決まった。本来であればそのまま退学処理されていたものを、学院長が取りなしてくれて何とか休学扱いで終わらせてもらったのだとか。しかし事実上退学だろうと彼女は言っていた。

 

今回起きたルーレの事件は、領邦軍の態度・行動からしてあからさまなほどに侯爵家も関わっているものだという状況証拠が確認されている。侯爵家、つまりログナー侯の意向ということに他ならない。四大名門の中でも強硬派と名高いその方が貴族として行動し、最終的に隠そうとしたそれらをアンは独断で暴き切った。つまり当主の逆鱗に触れた。それはもうどうしようもない話だ。親と子が同じ思想を持っているとは限らない。

そしていくら独立した運営を心がけているトールズ士官学院だとしても、四大名門の一角の決定に逆らうなど自殺行為に等しい。むしろよく休学扱いになったものだとさえ。

 

つまりこれは、お別れとおんなじだ。だからこそジョルジュにも来て欲しかったけれど、だからこそジョルジュは来なかった。ジョルジュが工科大学で研究放棄されていたものを弄り、それにアンが興味を持って、そうしてみんなで作り上げた導力バイクを誰かに託すために。それだけは、侯爵家のモノにしないように。

 

「何か美味しそうな日持ちのするものがあったら買って帰りたいね」

「うん、探してみよっか」

 

それなら、二人の思いを否定せずお土産のことを考えよう。きっとその方が建設的だ。

 

 

 

 

「皆さん、ようこそお越しくださいました。本日の案内を努めさせていただきます、エリゼ・シュバルツァーです」

 

ユミルに到着し、いの一番に出迎えてくれたのはリィン君の妹さんだった。どうやら見た限りはあの後の後遺症などもなく健やかに過ごせているようで何よりだ。

全員でぞろぞろと奥まった右手の方へ歩いていくと、緑を基調とした建物が見えてくる。そうして左手には黄金の軍馬のエレボニア国章、右手には灰の雄鹿のシュバルツァー家の紋章が中央を挟んではためいている。国章と紋章を同じ重さで掲げているところからも分かる通り、ここは本当に皇族と縁がある場所なのだなぁとしみじみした。

過去、時の皇帝陛下より賜った逗留施設・凰翼館。以来アルノール家とシュバルツァー家は懇意にしているのだとか。貴族社会だと目をつけられてしまいそうだけれど、このいい感じに中央から遠い土地なのがそういった騒ぎを避けるのに適していたのかもしれない。抜け目ない方だったのだろう。

 

「おおー、すげえ建物だな」

「綺麗だねえ」

 

VII組の子たちも和気藹々と話しながら建物へ入り、支配人の男性に丁重に出迎えられる。今日明日お世話になることを挨拶し、案内されるがままに二階へ。

 

「わあ……」

「エリオット、上を見ながら歩くと階段から落ちるぞ?」

 

建物の雰囲気があまりにもいいからか、高揚しながら歩くエリオットくんにリィンくんがそんな言葉をかけながら昇っていく。建物の由縁を話すエリゼさんの後ろをついて行っていると、ふふふ、と後ろの方から何やら不穏な笑い声が。

 

「ここまでの道のりで見えた素晴らしいロケーション、趣のある宿泊先、そして案内役は魅力あふれるリィン君の妹君。俄然温泉に入るのが楽しみになってきたね」

「アンゼリカさん、何か邪なことを考えていませんか……?」

「アン、女性同士でも痴漢行為は犯罪だからね」

 

アリサさんと二人でツッコミを入れながら歩いていると、でもまぁ、と横からサラ教官。

 

「アンゼリカに同意するわけじゃないけど、ホントいいところね~。景色を肴に酒が進みそうだわ」

 

くいっとお酒をあおる仕草をした教官に対して、付き合いますよ、とアンが笑う。それに便乗してクロウが、オレもオレも、なんて言うものだからどうしたものやら。

 

「もうっ、アンちゃん、クロウ君、学生の飲酒は駄目なんだからね」

「無論付き合うだけさ。そうだ、心配ならお目付役としてトワもどうだい?」

「え? えっと、どうしようかな」

「トワは酔っ払いに付き合うと酷い目に遭うタイプな気がするなぁ」

 

お酒を飲まないというのも相まって最後まで正気を保ててしまう側だと思う。たぶん。

 

 

 

 

「お部屋はこの二階に用意してあります。今いる共用のロビーを挟んで左側が男性の皆さんのお部屋、右側が女性の皆さんのお部屋になります。上級生の皆さんやサラ様にもそれぞれ別室を用意させました」

 

丁寧な案内に加え、従業員の方も陛下の言付けを賜って張り切ってくださっていると伝えられて何だか不思議な気分を得る。こう、誰かに何かをやってもらうっていうのは慣れていないからなぁ。でもせっかくの機会だし楽しんでいきたい。

 

VII組は部屋に荷物を置いた後二階のロビーに集まるようなので、邪魔をしないようにしよう。ステージに関しては当日までのお楽しみにしておきたいし。

 

「セリちゃんとアンちゃんはこれからどうするの?」

 

部屋で荷物を少し整理していたところでトワに問いかけられる。朝に出立して、昼は車内でお弁当を食べ、今はもう14時だ。夕食まで自由行動とはいえあまり山道奥へ一人で出るのは褒められたことじゃないだろう。

 

「お土産屋さん覗いてみたいかな。あとはちょっとだけ山に入ったりとか」

「あ、そうだね。ジョルジュ君へのいいものが見つかるかも」

「二人が行くなら私もお供しようかな」

 

じゃあ決まりだ、と三人で連れ立ったところでVII組がロビーに集まっているのが見える。当たり前だけれどクロウもそこにいて、寂しさを感じないといったら嘘になるけど、それでもVII組の人たちと笑っている横顔もかわいいなんて思い始めているのだから現金だ。

 

「やれやれ、セリは本当にクロウが好きだね」

「……」

 

大勢いるところへ視線を投げていたというのに、的確にバレているようでアンからからかいの言葉が飛んできた。

 

「べ、別にいいじゃないですか。盗撮してるわけでもなし」

「ふふ、セリちゃんのそういうところ可愛いと思うよ」

 

ここで、可愛くない、と否定してもどうせ引き続きからかわれるだけなので、隠れる背中がないなら口を噤むのが正解だ。まぁ隠れる背中というのはつまりクロウのことなのだけれど。

 

そんな他愛のないことを話しながら凰翼館の外へ出ると、すっきりとした風に出迎えられる。山の上特有の空気の薄さ。高山トレーニングはきちんとしたスケジュールを組んでやると効果的だというのはこういうことなんだろうなと思った。

 

「えっとね、凰翼館からは足湯を挟んで反対側にお土産屋さんがあるみたい」

 

どうやら観光ガイドをコピーしてきたのか、トワがユミルの地図を広げる。用意がいい。

確かに視線をやると中央に湯気が立つ東屋と、その向こうに看板が掲げられている店舗が見える。この季節だとまだそんなでもないかもしれないけれど、冬に訪れたらさぞ気持ちよさそうだ。

 

「さすが私の愛しいトワ。それじゃあ早速行こう。何なら帰りに足湯に浸かって二人の生足を拝ませてくれても構わないのだけれど」

「あ、絶対にしない」

「考える余地もなく!」

 

あるわけがない。というか久しぶりだなアンのそういう軽口。一年と半年ぶりぐらいか。気丈に振る舞ってはいるけれど、アンも学院退学については思うところもあるんだろう。それとこれは話が別だけれども。

 

「そもそも私はタイツだから、浸かるなら一度戻って軽い服になってからの方がいいかも」

 

それもそうだ。アンはともかくとして、他は一応学院行事として制服で来ているから足湯に入りづらい服装の人も多そうな気がする。

 

「じゃあ明日の朝、ご飯前の散歩の時に浸かってみたりしない?」

「わあ、それいいね」

「散策の疲れを癒す足湯か、うん、悪くない」

 

そうこうしながら歩いていくとお土産屋・千鳥の前に到着し、扉を開くとからんからんと木製のベル音。それになんだか懐かしくなりながら店内を三人で眺めて行く。

 

「カレーの缶詰。しかもジビエのだ」

「ふむ、ジョルジュは作業に没頭してたまに料理の手を抜きたがるからいいかもしれない」

「こっちのはアイゼンガルド連峰をモチーフにしたクッキーだって」

「甘いものは特に好きだからなあ。それもアリだろう」

 

しかし自分が食べたことのないものをお土産にするというのも何だかふんわりしているので、カレーはともかくクッキーはいま買って夜にでも食べてみた方がいいかな。

うーん、と決めあぐねていると、アンは手作りリースが陳列された棚の前で、そっと一つを手に取る。木々を丁寧に処理して編まれたそれは、素朴だけどしっかりとした力があるように見えた。

 

「リースは魔除けの意味もあるから、一つ贈るのもよさそうだね」

「フフ、確かに。ジョルジュは人のことを優先して自分を疎かにしたりしてしまうから」

 

バイクのメンテナンスを優先したことを思い出しているのか、ふわりとした笑顔でそんなことを言う。でもその言葉はわりと全員に返ってくるんじゃないかなぁ、なんて。ただ口に出すのは野暮なので黙っておこう。

ジョルジュがアンを大切にしているのと同じように、アンもジョルジュを大切な相手だと思っている。それがどういう感情か私にはわからないけれど、誰に指示をされるでもなく、二人が落ち着く未来にこのままたどり着けばいいんじゃないかな、と。

 

「すみません、このクッキー缶の小さい方一つください」

「あ、決めたの?」

「いやとりあえず食べてから考えようと思って」

「セリのその食への貪欲さは一体どこから来ているのかたまに不思議になるよ」

 

せっかくなら自分が美味しいと思ったものを贈りたいと思うのはそんなに変だろうか。

 

 

 

 

そうして里のすぐのところの沢まで遊びに行ったり、夕食の前に一回広い湯船を堪能したいと大浴場に入ったり、そんなことをしていたらあっという間に夕食の時間になった。

 

「鴨の脂が絶妙に溶けてすごく美味しい……」

「確かに、こちらの野鴨は実に風味豊かだ。確か男爵閣下が仕留められたとか?」

「ああ、父さんの一番の趣味でさ。俺も何度も連れて行かれたっけ」

「えー! リィンも狩りするんだ! ボクも行きたーい!」

「お前が狩りに出たら獲物は全て逃げそうだがな」

 

狩猟というのは貴族の嗜みとは言うけれど、その場での処置なども上手くないとこんな風には行くまい。野生動物の料理は殺した瞬間から始まっていると言ってもいい。何故なら恒温動物は熱を持ち、その熱で肉がどんどん傷んでいくからだ。山間で仕留めた獲物を冷やす川があり、そも肉を傷つけず狩る技術があるからこその料理。美味しい。

家畜化されたお肉も研究を重ねた研鑽の結果だというのはわかるけれど、野生動物だと必要に駆られて筋肉が発達しているから噛みごたえがあるし味も濃い。

 

「料理に使われている野菜やハーブも、瑞々しくて彩り豊かですね。こちらはリィンさんのお母様が育てられたとか?」

「母さんの方は菜園をやっててさ、そっちはよくエリゼが手伝ってたよ」

 

ラウラさんやエマさんから家族のことを褒められて、満更でもなさそうにリィンくんが笑う。

 

「いっつも君達は……まあ去年の子達もだけど、実習でご当地料理巡りが出来て羨ましかったのよね~。今回はあたしも楽しめて嬉しいわ」

 

さすがに学生と卓を共にしているからかお酒は手元にない教官だけれど、言うほど当時は節制していただろうか。実習地に着いたら既に飲んでいた、なんてこともあったような。まぁ今年は実習が二組だったので、あっちに行ったりこっちに行ったりで忙しかったろうけれど。

 

「別にグルメ旅行をしていたわけじゃないんですが」

「そう言うサラもなんだかんだで行く先々にいたよね。どうせ裏でちゃっかり楽しんでたんだろうけど」

「わりとありそう」

 

呆れたリィンくんに続いてフィーさんがさっくり切り込むので同意すると、ぐっ、という顔を教官がするもので各所から笑いがこぼれる。

 

「そ、そんなこと言ったらセリだってちょっとは楽しんでたりとかあったんじゃない?」

「えっ」

「パルムに行ったりセントアークに行ったり……あ」

 

うっかり口を滑らせたと言わんばかりに教官が口を押さえる。いやでももう遅いだろう。

 

「パルムの同行は存じているがセントアークというと……」

「オレ達の五月の実習だな」

「えっ、先輩あの時いたんですか!?」

「僕たち全然気付かなかったねえ……」

 

旧都組であるラウラさん、ガイウスくん、アリサさん、エリオットくんが次々に反応してきてちょっと居た堪れなくなる。いたと言うかまぁいたけれど完全に見守るだけだったから何もしていないというか。

 

「……その、あの時は公都の方で問題が起きたから、旧都組について行った教官が存分に動けるようにってバックアップのつもりでね。君たちを信用していなかったわけじゃないんだけれど、教官がそっちに手を割けない以上万が一に備えて別の監督者はいた方がいいかなと」

「生徒会経由でオレ達も知ったからよ、何とか出来ねーかって話し合った結果なんだわ」

「今回のこともだが、後輩のことを気にするのは先輩としての性と言えるかな」

「セリちゃんだけじゃなくて私たちみんな関わった話だから」

 

何と言えばいいのやらと丁寧に説明していると、いつもの面子がさらっとフォローに入ってきてくれて嬉しいやら恥ずかしいやら。

 

「でも結局私の出番なんてなかったから、杞憂でお節介だったけどね」

「それでも我らを見守ってくださっていたことは嬉しく思います」

「ええ、それは本当に」

 

にこりとラウラさんを始めみんながそう言ってくれるので、よかった、と胸を撫で下ろした。

 

「ま、話を戻すとして、数日前まで実習をしていた君達も存分に骨を休めておきたまえ。戻ったらすぐに学院祭の準備があるんだろう?」

 

閑話休題だとアンが水を向けると、リィンくんたちがしっかと頷く。そしてエリオットくんは音楽が関わるとちょっとだけ容赦がなくなるらしい。

 

「えへへ……せめて学院祭は楽しいものにしてきたいね。せっかく帝国各地も落ち着いてきたところだし」

 

トワがこぼした言葉に、明るかった卓が少し静かになる。

 

「帝国解放戦線……ルーレでの事件以来、完全に姿を消したようですが」

「彼らは本当にいなくなったんでしょうか?」

 

リィンくんとエマさんが訝しげに話題に出すと、そうねえ、とサラ教官が口を開く。

 

「彼らが乗っていたとされる飛行艇は撃墜され、テロリストは主要メンバーをまとめて失ったことになる。他の幹部がいた気配もないし、事実上完全に消滅したと言っていいのかもしれないわ」

 

────それが、そうであってほしいという気休めのような言葉に聴こえるのは気のせいだろうか。学院祭に注力できるよう学生たちに安堵を与えるための。帝国時報には死体が回収されており身元照会を急いでいるとはあったけれど、あんな大胆不敵に行動をする組織がそんなお粗末な結末を迎えるとは到底思えなかった。

 

「ただ、飛行艇を襲撃した犯人は見つかっていないから、結局謎は残っているのよね」

「そうそう、クレアとかも頑張って特定急いでるんだけど上手くいってないみたい」

 

サラ教官やミリアムさんの言葉に内心で頷く。そう。TMPでもなければもちろん領邦軍でもなく、VII組でもない。加えて誰が飛行艇に積まれていた可燃物等々を的確に狙撃出来るのか、という話だ。マッチポンプを疑うべきだと思うけれど、軍や教官がそれに気付かないはずはないので『表向きそうしておく』ということなんだろう。

 

「他の問題といえば各地の貴族派と革新派の対立か。陛下が釘を刺されたこともあって収まってきてはいるようだが」

「それもあくまで表面的なものだろう。未だに帝国各地で火種は燻り続けている」

 

マキアスくんの言葉にユーシスくんが反論する。その事に対してさすがに対立する気はないようで、そうだな、とマキアスくんは素直に頷いた。

けれどマキアスくんの言うとおり、貴族派は帝国解放戦線の壊滅という建前で静かになり、革新派はクロスベル問題で忙しくしており貴族派にかまけている暇はないようで、この一瞬だけは一種の小康状態になっているとも言えた。特にクロスベルは市長が総裁を務めていたIBCビルが猟兵に占拠され、街に火の手が上がったというニュースもあって慌ただしくなっている。

まぁ、ここで気を揉んだって仕方ないのはわかっているけれど。

 

「帝国の抱える問題は、根本的に解決されたわけじゃない、か……」

「うん、だからこそ今は学院祭を盛り上げるのがいいんじゃないかな」

 

暗くつぶやいたリィンくんやみんなを励ますよう言葉を紡いだトワを見て、アンゼリカも首肯する。

 

「確かに、トールズ学院祭は貴族から平民までさまざまな関係者が訪れ、同じ空間で同じ楽しみを共有できる得難いイベントだ」

「新聞にも載るぐらい規模の大きい扱いだもんね」

「うん。それに、VII組のみんなは貴族の人も平民の人もいるんだし、そんなクラスが頑張ったら、見ている人達の認識も少し変わるんじゃないかな?」

 

貴族だからどうたら、平民だからどうたら、というこの帝国の在り方を個人の意識レベルから変えていく。草の根運動にも程があるだろうけれど、たかが人間一人が出来るのなんてその程度だと弁えておくぐらいでちょうどいいのかもしれない。

 

「我らの頑張り次第で人々の認識を変える、か。ふふ、やり甲斐がありそうだ」

「うん、だったら僕たちの手で最高のステージを作り上げなくちゃね!」

 

気合を入れ直したVII組の面々を見ながら、こんな時間が続いていけばいいのにな、なんてあり得ないことを願ってしまった。

 

 

 

 

「そういえばロビー向こうにビリヤード台があったんだよね」

「お、出来るクチか?」

「いや全然これっぽっちも出来ない。玉とかキューとかを触ったことはあるけど」

「何でンな中途半端に……あー、職人街の出だからかお前」

「そうそう。クロウは出来るの?」

「ある程度はな。教えてやってもいいぜ」

「えっ、本当? やった、嬉しい」

 

 

「あっ、このクッキー美味しい。当たりだ」

「どれどれ、おや」

「ちょっとだけあるしょっぱさが甘さを引き立ててるね」

「アイゼンガルドで採れた岩塩を使用してるんだって」

「なるほど、それで連峰を象っているのか。案外真面目な土産じゃないか」

 

 

「あら、君もまたお風呂?」

「サラ教官もですか。広いお風呂っていいですよねえ」

「フフ、結構お風呂好きね」

「寮ではシャワーだけで済ませないといけないのが残念で」

「確かに。湯船で足が伸ばせるってそれだけで贅沢を感じるわ~」

「同感です」

 

 

そうして、露天風呂もいいかもしれないと思ったけれど夜の時間は混浴だと言うので諦めて部屋に帰り、トワやアンとわいわい話しながら早めに眠りについたのだった。

 

 

 

 

1204/10/02(土)

 

「わーお」

 

どこか静かな世界に、どさり、という音が遠くから聞こえてきたのでのっそり起きて窓の外を見たら一面雪景色で驚いた。えっ、ユミルって北の方にあるけどさすがに十月に雪は降らないんじゃない?と首を傾げて時刻を確認すると朝の五時。早朝レベルだ。

時間も時間なので他の二人を起こすのはやめておこう、と服を軽く整え、階下に降りると支配人の方は起きていらした。いつ眠っているのかという疑問はあれどそれは自分が気にすることじゃないかと納得し、事情を説明して厚手のストールを借りて扉を開けると、ぴゅうっ、と冷たい風が吹きすさぶ。

玄関を一歩出ると、さくり、白いかたまりに足跡がつく。空からも白い欠片が落ち続けてきている。────雪だ。それが楽しくて、綺麗で、さくりさくりと駆け降りていき、ケーブルカーの駅舎のところまで走り抜けるとうっすら明るくなっていく山の麓にうつくしい景色が広がっていた。吐いた息は白くなり、空からはちらちらと雪が降り続けている。

寒いし冷たいしびっくりだしいろんな感情がまぜこぜになるけれど、それでもやっぱり感動が勝ってずっと空や麓を眺めてしまう。楽しい。あっ、小さい頃に読んだ絵本の雪だるまって積雪次第で作れるのでは?なんて考えていたら後ろから足音がし始めた。

 

「こんなクソ寒い中そんな軽装とか正気かよ」

 

声に振り向くと、凰翼館で借りたのか厚手のコートを着たクロウが首をうずめて歩いてくる。相変わらずではあるけれど、私の気配に聡すぎやしないだろうか。

 

「だって雪だし」

「答えになってねえんだわ」

「見るの殆ど初めてだったから」

「あー、そうか。南だもんな」

「もちろん冬は寒いけど、山とか地理的な兼ね合いもあって雪まで降ることはなかったかな」

 

だから珍しくてつい、なんて笑ったところでむぎゅっとクロウの両手で頬が包まれる。コートのポケットに入っていたせいかあったかい。

 

「あーあー、こんなに冷えちまって。風邪引くぞ」

「んー、そうだね。そろそろ戻ろうかな」

 

テンションが上がることと風邪を引かないことはイコールではないので、忠告には大人しくしたがっておこう。それじゃあ帰ろうか、と踵を返したところで片手が引かれる。

 

「……もし風呂入んなら露天風呂行かねえか」

 

朝の六時までは混浴だという話をクロウも聞いているのか、そんな誘いをされてしまった。

 

「いいよ」

「やっぱ駄目だよな」

「いいよ?」

「は?」

 

最初っから諦めていたのかクロウがため息吐いて戻ろうとするので、隣についていきながら再度肯定。するとぴたりと足を止めて私を振り返ってきた。

 

「但し、公共の場なのでいちゃついたりは駄目です。それでもよければ」

「……」

「あ、もしかして冗談だった? それなら」

「いや冗談じゃねえんだが本当に本当にいいのか? やっぱやめたって言われたら泣くぞ」

「必死だなぁ」

 

嘘じゃないよ、と笑って私たちは凰翼館に戻り、風呂支度を済ませるために一旦二階へ。

支配人さんに見送られて脱衣所に入り、髪を纏めてお風呂用品と湯着を片手に内浴場で身体を洗う。しっかり丁寧に。そうして湯着を着用し外へ出ると雪の降る露天風呂にクロウが見えた。かけ湯をして身体が冷える前にちゃぷんと熱いお湯に入り、ゆるゆると近寄っていく。

 

「早いね。ちゃんと身体清めた?」

「爆速で洗ったわ」

 

その返答が飾り気もないからこそ可愛くて笑ってしまった。

 

「まさか学生のうちにこんな旅行する日が来ると思ってなかったや」

「確かにな」

 

のんびりしながら中央にある岩に背を預けて空を見上げると、徐々に日が昇ってきていて、空の向こうが白みつつある。

 

「あと半年で卒業だねえ」

「卒業出来るように祈っててくれ。オレも祈るわ」

「いやそこは祈りじゃなくて物理的な話だと思う」

 

学院祭で先輩として縁の下の力持ちをするのもいいけど、ちゃんと単位はしっかり取ってきてほしい。まぁでも一緒に卒業っていう約束を忘れてはいないみたいなので、きっとどうにかはしてくれるだろう。たぶん。

 

「……何?」

 

視線を感じて胸を腕で隠しながらぱしゃんと肩まで浸かると、いんや、と視線を逸らされる。

 

「湯着が張り付いてエロいなって思ってただけっつうか」

「わかった、あがるね」

「思うくらい良いだろ!」

「思ってても言わなかったら見過ごしたんだけど」

 

胸を隠しながら立ち上がったところで、強い風が吹きすさんで身体が瞬間的に冷えたので直ぐにお湯の中へ舞い戻る。だけど今の一瞬で見えた外の風景はこの数十分でかなり積雪が進んでいるように感じられた。

 

「……やっぱこの天候なんか変だよねえ。綺麗だし温泉は気持ちいいけど」

「またぞろ古代遺物が何か悪さでもしてんのかね」

 

ああー、ありそう、とうんざり同意しながらクロウに目配せをすると頷かれたので、また風が吹き始める前にそれぞれ内浴場の方へ戻った。寒い寒い。

 

 

 

 

部屋に戻ると既にトワもアンも起きていて、朝風呂かい?という問いを肯定しながら制服へ着替える。さすがにこの雪の中にこの装備で山道散策はあり得ないので、足湯はまた今度にしようという話になった。卒業後、五人で集まれる日はまた来るんだろうか。いや、来るようにスケジュールを合わせよう。

 

そうして今日も昨日の夕食と変わらず美味しいご飯を食べ終え、みんなでロビーから窓の外を眺める。当たり前だけれど白一色に成り果てたままだ。

 

「窓の向こうが一面の雪景色だな」

「……いくらなんでも早すぎるだろう」

「ああ、ノルドでもなかなか見ない現象だ」

 

ユーシスくんの言葉にマキアスくんやガイウスくんが反応し、一同で非常に困惑している。雪は止むどころか積もるばかりで、こうまで降雪していった場合にケーブルカーの運行はどうなるんだろうか。雪に詳しくない私は一人首を傾げてしまう。

 

「どんどん積もってきてる。これは雪かきが必要だね」

「この勢いだと午後には相当積もるはずです。帰りに俺達が乗るケーブルカーの運行にだって支障が出る可能性が……」

 

リィンくんが懸念したところで凰翼館の玄関扉が開き、ぱたぱたと雪をはたきながらシュバルツァー男爵とエリゼさんが現れた。二人とも幾分か顔が暗い。

 

「……おはようございます、兄様、皆さん」

「一通り里を見て回ったが、山の斜面にも雪溜まりが出来てしまっている。ケーブルカーは暫く運行出来ないだろう」

「そ、そうなんですか。昼には帰る予定でしたけど……」

「となると、暫く身動きが取れなくなりそうね」

 

従業員の方や、シュバルツァー家の方々の反応を見る限り、これはかなり季節外れの降雪ということだ。より北方のノルドでも十月にこんな雪は降らないとガイウスくんも言っていた(まあ地理的にあり得る可能性もあったろうけれど、これでなくなったとも言える)。

さてどうしようか、というところで青褪めたエリゼさんがそっとリィンくんに寄り添う。二人ともどこか思い詰めたような表情。

 

「……どうかしたのか? 深刻な顔をしているが」

 

ラウラさんの問いかけに、リィンくんが先ず顔をあげる。けれどどうにも言いづらそうにしているので席を外したほうがいいかな、と一歩後ろに下がりかけたところで口が開かれた。

 

「……実は、八年くらい前にも、似たようなことがあったんだ。父さんも覚えていますよね」

「そうだったな……。ちょうど同じ状況だ。あの時は確か三日ほど雪が降り続いていたはずだが、その後、唐突に止んでしまった」

「ふむ、なにか事情がありそうだね」

「とりあえずケーブルカーが復旧次第、すぐに連絡が行くようにします」

 

領主殿から離れられる時に離れるよう言いつけられ、里の人と相談しに行くのかそのまま踵を返したところでまた戻ってきた。

 

「そうだ、リィン。これを。トールズ士官学院VII組宛の郵便物を預かって来た」

 

領主殿が差し出してきたのは、この場にいる全員が見慣れたもので、一瞬のうちに驚きが辺りへ満ちる。士官学院実習用の封筒。丁寧に封蝋までしてあり、実習と言われたら信じてしまいそうなほどよく出来ている。けれど教官も驚いていることからそれはあり得ない。

 

「どういうことだ……?」

「へえ、面白いじゃない。リィン、開けてみなさい」

 

教官に促されリィンくんが封を切り、中の紙を取り出す。その便箋も普段士官学院で使われているものだ。

 

「ええと……『VII組諸君に特別実習の課題を手配する。ユミル渓谷に赴き、季節外れの積雪を阻止せよ』……!?」

 

文面を読み上げた瞬間、またもや全員の驚愕が落ちる。

 

「し、しかも最後に『リィン・シュバルツァー同行のこと』って書いてあるよ!?」

 

手紙を横から覗いていたエリオットくんが驚愕の声で文末を読み上げた。名指し。あからさまな罠。アリサさんが、そももそも積雪を阻止せよってどういうこと!?、と驚きを言葉にする。まぁつまり自然現象ではなくことを起こしている存在がいるということだ。正直人智を超えている所業だと思うけれど、古代遺物の悪用とかでどうにか出来ないこともない範囲か。

 

文面に関して心当たりがありそうな一部面々もいて、どうするの?、と教官が問いかける。ご指名のリィンくんへ向けて。

 

「……行きます。この雪を降らせている何者かが俺達を呼び出している。しかも俺に関してはわざわざ名指しまでして。確証はありませんが確かめないわけにはいきません」

 

紙面から顔を上げ、リィンくんは力強く言い切った。そのリィンくんの言葉がわかっていたのか、VII組一同は互いに頷く。

 

「フッ、頼もしい限りじゃないか」

「去年の試験運用を思い出すね。あの時も大変だったけど……VII組は私たちの時よりずっといいチームに育ってくれたのかもしれない」

「いやいや、負けず劣らず、私たちもいいチームだと思うよ」

「クク、そこは同意しておくぜ」

 

ご指名でない前年度組……つまりトワとアンと私は里で待機しつつ力仕事などを行うぐらいだろうか。体が芯から冷えそうなので帰る前に温泉に入らせてもらえたら嬉しいのだけど。

 

「みんな、さっそく向かおう!」

「き、危険です!」

 

リィンくんが拳を握ったところで今まで耐えていたエリゼさんが声をあげた。

 

「エリゼ……?」

「だ、だって、どんな得体の知れない相手が待っているかわからないのに……! そんな場所に兄様達を行かせるわけにはいきません!」

 

リィンくんへ縋り付くように懇願するエリゼさんを、領主殿がやさしい手でそっと引き離す。

 

「エリゼ。彼らは士官学院の生徒、危機に立ち向かう術を学ぶ者達だ。お前の兄も同じ。……見守ってあげなさい」

「父様……っ、でも、……でもっ!!!」

 

かつて、彼らしか知らない何かしらの恐ろしい出来事があったんだろう。ここまでの話を統合すれば例の旧校舎でリィンくんが異貌となり彼女を守ったことと関係する何かが、と推測も立てられる。

 

「エリゼ、大丈夫だ」

 

しかしリィンくんはしっかと頷き、エリゼさんに向き直る。

 

「確かにあの時と似た状況だけど、今回はみんながいるんだ。俺はきっと、あの日を乗り越えてみせる。……だから、いい子で待っててくれ」

 

言い聞かせるように頭を撫で、エリゼさんの頬を一筋の涙が伝う。まるで御伽噺に出てくる雪の妖精との誓いのようだなとぼんやり兄妹二人を眺めていた。そうして、一瞬だけ目を伏せた彼女は涙を切り払い、前を見据える。

 

「絶対に、無事に戻ってきてください。もし戻って来なかったら……私が兄様を助けに行きますから!」

「ああ、わかってる」

 

リィンくんの言葉に続く形で、VII組がエリゼさんに頷きそれぞれの言葉で彼女に誓う。リィンくんと共に戻ってくることを。そんなクラス愛の強い姿を眺め、VII組みんなの背中を見送り、私たちは私たちで出来ることをしようと動き出した。とりあえず朝のクロウみたいにコートを借りたりしようかな。

 

 

 

 

「って、クロウ! 耳! ピアス!」

「ん? あっ、冷え!」

「凍傷になるから外していきな!!!」

「うっわ、マジであんがとな。ってことで預かっといてくれや」

「えっ、うん……ちゃんと返却させてね」

「わあってるっつうの」

 

 

「もしかしてこのスノーダンプっていうのめちゃくちゃ疲れる?」

「セリ、それは腕力というよりコツで動かすものだよ」

「さすがにアンちゃんは降雪に慣れてて頼もしいかな」

「君達、雪の中だっていうのに元気ねえ」

 

 

「昼食は凰翼館の方が作ってくださるから、本当に雪仕事してるだけかなぁ」

「皆様はお客人なのにすみません……」

「なんの、貴女のようなうつくしい方の助けになれるなら本望ですよ」

「はいはい従業員の方をナンパしてないで仕事するー」

 

 

「そういえばアンちゃん、バイクの話ってリィン君にはしたの?」

「一応したんだが返事待ちといったところか」

「あは、それは大事に思ってくれているからこその反応だね」

 

 

 

 

そうして、ちらりちらりと降る雪の中いろいろな作業をしていると、ある瞬間から空から舞い落ちる欠片が降りやんだ。外作業をしていた人間全員が空を見上げ、VII組が使命を果たしたことを理解する。

そうしてある程度まで雪を除去し、ケーブルカーも導力融雪器を動かすことで運行が暫くしたら可能になるだろうという見込みが凰翼館へもたらされた。

 

下山してきているだろうVII組の人たちには悪いけれど昼食前に大浴場に入らせてもらい、ぬくぬくぽかぽかになったところで全員が無事に帰還を。

おかえりとクロウに言えば、ちゃんと戻ってきたぜ、なんて言いながら冷え切った両手で頬を掴まれてしまった。指先は恐ろしく冷えていたけれど、でもちゃんと帰ってきてくれたからそれぐらいは許してあげようと思う。ピアスを返して、VII組たちもお風呂の方へ。

 

そうして、昼食を摂りながらことの顛末を話された。

里から続く山道奥にある石碑が異常気象をもたらしていたこと。その石碑に封印されていたと思しき氷の魔獣を討伐する羽目になったこと。それを誘発させたのはあの巷を騒がせている怪盗Bであり、身喰らう蛇と呼ばれる暗躍集団の一人だったということ。人形兵器を輸出している組織ということで完全にテロリストと繋がっているとみていいようだ。

 

 

 

 

昼食も終わり、帰り支度を済ませてケーブルカーの駅へ。多少遅れたけれど今日中にトリスタにはつけるだろう。また明日から頑張っていこう。

季節外れな雪解けの斜面を眺めていると、リィンくんが領主殿から巻物が手渡されているのが見える。八葉一刀流・中伝目録と書かれているそれ。つまりリィンくんは一つ階段を登ったということで。

それに対してアンが話しかけ、嬉しそうに顔を綻ばせる。ああ、たぶん導力バイクの話がまとまったんだろうなと理解した。あれは本当に楽しい日々が詰まったものだから、わかってくれる人に受け継がれるなら何よりだ。

 

『ケーブルカー、まもなくユミル駅を出発致します。お乗り遅れのないようご注意ください』

 

車掌さんの声がスピーカーから聞こえてきたのでそろそろかとみんなで乗り込み、想像以上にいろいろ起きたユミルの里を後にした。

さて、学院祭で何かする予定はないけれど、どうやって過ごそうか。

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