そうして、旧校舎の異変は無事解決され、学院祭二日目も開催の運びとなった。
1204/10/24(日) 学院祭二日目
朝食を食べているとジョルジュから例の旧校舎最奥にあった人形の解析作業補助をしてくれという要請があり、私も気になるので二つ返事でOKした。
急いで技術棟の方へ行くと解析用の導力器を用意しているジョルジュがいたのでそのまま台車に乗せてえっちらおっちらと運んでいく。もちろんエレベーターなどはないので手搬入だ。最近いろんなものを運ぶことが多い気がする。別に苦ではないけれど。
そうして転位装置がある最奥手前の部屋に必要な機材をすべて運び込んだところで、また台車に乗せて奥へ。するとそこには昨日と変わらず、恭しく膝をついた人形──誰かが騎士人形と称していたそれ──が鎮座していた。
「立ち上がればおよそ7……いや8アージュほどかな。セリの見立ては?」
「私も同じ。というか、アージュ単位の目算じゃジョルジュには敵わないよ」
セルジュまで行けば私の領域だけれど、リジュからアージュまではどう考えたってジョルジュの方が正確だ。まぁ、出来なくはないけれど。
灰色の騎士人形の周りには昨日のような幾何学模様で光る薄緑の障壁はなく、ただ泰然とそこに在り続けている。触れてみても特に拒絶はなく、ひやりと冷たいけれど金属とはまた違う……そう、ミリアムさんといつも一緒にいるアガートラムのような質感。
「セリ、解析用ケーブルを仕込んでくれるかい」
「うん」
機材の準備が終わったらしいジョルジュから末端で挟み込むタイプのケーブルが渡され、指示された通りの場所に接続していく。差込口があったら便利だったろうけれど、生憎千年だか数百年だか前の代物と互換性があるわけもなく。
すべて挟み込み終わったところでジョルジュが携帯型導力端末でプログラムを走らせていく。たぶん出力は端末室のものよりは劣るんだろうけど、手軽に運べるこれも最先端技術の一つだなぁ。
「古代といえば古代なんだろうけど、いわゆる"早すぎた女神さまの贈り物"とはまた違う雰囲気があるね」
七耀教会が回収をしている古代遺物はどういう機構なのかさっぱりというか、どこに導力にあたるものが仕込まれているのかすらもわからない、奇妙奇天烈なものばかりだという話だけど、この騎士人形に関しては解析すればまぁまぁいろんなことがわかりそうな風情がある。
「ああ、それは僕もそう感じているよ。古代ゼムリア文明のものではなく、もっと現代に近い……といっても暗黒時代程度には前の職人技術の気配がある、って」
「ジョルジュから見てもそうなんだ」
「……あ、僕は暫くここで解析を続けてるから、学院祭の続きでも遊んで来たら?」
私がここにいてもやることはないのかそう提案してくれたけれど、うーん、と腕を組む。
「昨日結構遊んだからなぁ」
友人と回るのもいいけれど、今はこの騎士人形を眺めているのも悪くはないと思っている。
「何かあった時用にもう一人ぐらい動けた方がいいでしょ。爆発しないとも限らないし」
まぁこの静かな佇まい的に何かそういった大きな反応が返ってくるとも思わないけれど。うん、本当に、静かで……人形と称したもののまるで眠っているかのようで。
そんな風に見上げていると、背後からコツコツと足音が聞こえてくる。クロウだ。
「おーっす」
「舞台の確認は終わった?」
「おう、バッチリな。旧校舎で練習してた時と殆ど変わんなかったから大丈夫そうだわ」
よかった、と後ろにやっていた視線を前に戻すとクロウも同じように騎士人形を見上げる形で傍に来た。遠いレグラムの地にあるローエングリン城にも似た紋様があったということは、そこにもこういった騎士人形が鎮座しているのだろうか。それとも、もっと別の形の何かが封印されているのか。
似通った青白い障壁といい紋様といい、完全に関係がないなんてことはないだろう。現代の私たちに解明が出来るかはさておいて。
「……共通項として、鐘の音が鍵なのかな」
古城でも青白い障壁が展開されている間は鐘の音が響き渡っていたというし。そして、これはあまり言葉に出す気はないけれど、リィンくんが中心のような気がする。旧校舎前で真っ先にARCUSが光を帯びたのは彼であり、また地下第四層の扉を開いたきっかけも彼と深く関係のある人物で。
考えれば考えるだけ見えてくるものもあるのに、その見えてきたものによって混乱がもたらされている部分もある気がする。
ふう、とため息を吐いたところで、ぐう、と誰かの腹の音のようなものが。ちらりとクロウに視線を寄越されるけれど、いや今回は私じゃないと毅然と首を振る。きちんと朝食食べてきたもの。ということは。
「……もしかしてジョルジュ、朝食食べてない?」
そういえば私が朝食を食べている時には既に学院にいるような雰囲気だったのを思い出す。
「あはは、早く解析を始めたくて」
「それは体に良くないよ。なんか買ってくるね」
クロウもいるから大丈夫だろうと判断し、踵を返し転位装置の方へ走った。
まず技術棟に置いてあるお盆を持ち出し、昨日買って美味しかったステーキ串に、すっきりと飲めるレモネード、ドーナツなども買い込んで旧校舎の方へ進んでいると、技術棟の前に三つの影。サラ教官にトヴァルさんにミヒュトさん。いろんなことが腑に落ちる組み合わせだ。
「おう、この間ぶりだな」
「その節はお世話になりました」
トヴァルさんが気が付いて手をあげてくださったところで、二人の視線も私の方へ。するとミヒュトさんが、よう、とにやりと笑う。
「マスターから生真面目そうな学生が来てたって連絡があったぜ」
「……やっぱりあれ、私に聞かせてましたよね」
情報屋の符牒。そんなものを一介の学生に教えていいものだろうか。しかしミヒュトさんは、何のことやら、と肩を竦めて肯定はしてくれない。ずるい大人だ。知っていたけれど。
「あんまりうちの子にちょっかい出さないでくださいね?」
と言いつつ不可抗力とはいえ符牒の盗み聞きをした私に気が付いていただろうサラ教官も同じようなものではなかろうか。
「……でも、あの時、あの場に行くことが出来たからこそいろんな選択肢の中から自分の行動をきちんと選べたんだと思います」
情報屋というのはカタギの商売ではない。学生が踏み入れていい領域ではたぶんない。それでもこの三人の方たちが私を守りながらも導いてくれたから、私はあのルーレの事件の時に待機していた自分で良かったと思うことが出来た。でなければあまりの歯痒さで悶絶死していたかもしれない。冗談だけど。
「お前さんがそう言える手助けが出来たなら、良かったよ」
「ところで、ジョルジュのところに差し入れしに行くんじゃないの? それ」
「あっ、そうでした」
トヴァルさんと二人で笑ったところにサラ教官の指摘が入り、お三方に頭を下げて旧校舎の方へ急いだ。お腹を空かせてている友人を待たせてしまった!よくないよくない!
転位装置でお盆の上のものが暴れでもしたらどうしようと一瞬思った懸念も問題なかったようで、そのまま奥へ進んでいくと話し声が聞こえてくる。声を聞くにどうやらリィンくんのようで、やっぱり彼も騎士人形が気になったんだろう。
「つーか、そろそろ切り上げて学院祭を満喫しろっつーの。何だったら三人でこれからナンパにでも繰り出すかよ?」
「クロウ、それセリ先輩に聞かせられるのか? それに俺はこれから妹を案内する予定が入ってるんだ。ジョルジュ先輩。そういうわけでそろそろ失礼します」
「ああ、楽しんでくるといい。ナンパはともかく、僕ももう少しで切り上げるかな。君たちのステージも楽しみだしね」
「そうだね、私も楽しみかな」
お盆を携えて現れると、クロウがすこしぎょっとした顔をする。うっかり癖で気配を消してしまっていたらしい。いやー、うっかりうっかり。
「ナンパがどうたらとか聞こえてきたけど気のせいだよね?」
「……気のせいだろ」
「気のせいじゃないですよ、セリ先輩」
「お前には人の心がないのか!」
「いやどうせバレてるだろこの雰囲気……」
だよねえ、なんて笑いながらジョルジュに朝食の差し入れをしたところで、ナンパは冗談だから見捨てないでくれよう、なんて言い募る背後霊がついてしまった。どうしようこれ。
まぁとりあえずナンパは未遂だったということで聞かなかったことにし、I組の小歌劇が始まるまで勝手に校内の見回りなどをしていたら時間は着々と過ぎて行く。
そんな中、どうやら理事の方々どころかオリヴァルト殿下やアルフィン殿下まで来ていたようで校内は俄かに騒然としていた。ちらりと私も見てみたら、護衛の女性にうっすら見覚えがあるようなないような。でも直ぐに見えなくなってしまったので、結局わからずじまいだった。まぁ、軍人の知り合いがいるような立場ではないので単純に人違いだろう。
13時にI組の小歌劇が講堂で始まり、ステージ向かって左翼にあるギャラリーで見ていたらトマス教官が時代考証をしたということもあってか(貴族クラスという予算のかけ方もあったろうけれど)、歌も踊りもよく出来ていてとても楽しめるものが披露された。
ギャラリーの反対側にはVII組がそれを見ていて、呆気に取られている隣にいた二人とその様子を見て笑い合い、Ⅶ組が控え室に行き舞台の準備が終わったのを見計らって、通信で連絡をくれた残りの一人と合流してそちらの方へ。
「リィン君たち、失礼するね?」
こんこん、とトワがノックし、手始めに三人で入っていく。
「なんだなんだ、陣中見舞いか?」
多少緊張している表情のクロウがそんなことを言うものだから、みんなで笑ってしまう。
「はは、似たようなもんかな」
「えへへ……サプライズ込みだけど」
「きっと喜ぶんじゃないかなって」
「──失礼するよ」
声と共にドレス姿のアンが控え室に入ってきた。みんな驚いた表情で、だけど直ぐにぱぁっと表情が明るくなっていく。友人が慕われている瞬間というのは気持ちの良いものだ、そんな感想が浮かんでくるほどの笑顔。
「何とか間に合ったみたいだね。パトリック君たちの舞台を見逃したのは残念だったが」
「先輩……来てくれたんですか!」
「何とか来れたんだ」
嬉しそうな声でみんながアンゼリカの方へ集まってきた。一時はどうなるかと思ったし、もしかして来られないかもと覚悟していたけれど、ログナー侯と見合いという名の取引をすることによってアンはVII組のステージに駆けつけられたのだ。
前に着ていた貴族用の白い制服でもなく、バイク用の革ツナギでもなく、肩と鎖骨を出した艶姿のアンはそれはそれで似合っていると思ったけど。そんな格好で来たということから見合いの会場から直接来たと容易にわかる。つまりそれぐらい、彼らを好いている。
と、そんなことを考えている間にVII組の女の子たちに無理やりハグしたりするのでジョルジュと私で引き離すなんていう悶着も起きたのは仕舞っておこう。あまりにもいつも通りすぎやしないか。
「──ま、戯れはここまでにしておこう。君たちのステージ、楽しませてもらうよ。だが気負う必要はない。今の君たちを、VII組の全てをステージにぶつければいいさ」
アンの激励でその場は引き締まり、舞台袖から出ていくみんなを見送り、トワは司会用の機材の近くへ、私たちは客席の方へ退いて行った。
そうして舞台の上で行われたステージは、ユーシスくんとマキアスくんの男性デュエットから始まり、エマさんをセンターに据えサイドをフィーさんとミリアムさんがバックダンサー兼フォローボーカルとして飛び跳ね、そして舞台をしっかりと支える楽器を奏でるみんなも自分の役割をしかとこなしていって。十人全員がとても輝いていた。
だからか、不意に、ぽろ、と涙がこぼれ落ちる。
あんなに不仲だった彼らが、あんなにぎくしゃくしていた彼らが、こんな素晴らしいステージを築けるまでの関係性を紡げたことがあまりにも嬉しくて。三月末の入学式からずっと見守らせてもらっていた私にとって、このステージは本当に贈り物のような物だとさえ。
そんな感動を胸にVII組のステージ二曲が終わり、トワのアナウンスが入ったところで客席から大きなアンコールの声。おっと、これはどうするつもりなんだろう、と眺めていたらパッと舞台の右側がライトアップされ、ステージ衣装を着たクロウがそこにいた。
……クロウは先輩として裏方に徹するつもりなのか表舞台にはいないんだな、なんて思っていたのにちゃっかり自分の衣装まで作っていたらしい。そして。
「皆さん──ご声援ありがとう。アンコールにお応えして3曲目、行かせてもらいます」
その言葉とともに始まった伴奏に、会場にいるほぼ全員がピンと来ただろう。帝国民ならお馴染みの曲だ。サビに向けてクロウが手を叩き、マイクを客席に向けてきた。
「さあ、皆さんもご一緒に──!」
煽ったマイクを戻す瞬間、舞台の上のクロウがにやりと笑い目があったような気がして、ウインクまでされてしまった。……いや、これは、自意識過剰なんだろう。たぶん。ステージで恋人がウインクしただけで別に私宛とは限らない。というか単なるパフォーマンスだ。
それでもその可愛さに赤面せざるを得なかった時点で、きっと私の負けなんだろう。
夕方、ステージが終わって閉場と共に校庭に築かれていたコースの撤去が始まってつつがなく完了し、代わりに後夜祭用の篝火をつける丸太が組まれていくのを手伝って、学院祭の終わりが近付いて来る。
VII組はまだ自分たちのクラスで脱力しているみたいだけれど、まぁそれも仕方ないか、と校庭で待っていたら先に理事の方々がお揃いに。そうして殿下たちもいらして────。
「クレアお嬢様……?」
殿下たちが気兼ねなく楽しめるようにかそっと離れた護衛の将校さんに知り合いの面影を見てしまい、そう呟いてしまった。するとそれが耳に入ったのか、透き通る水色の髪の女性が振り返って、私を見て。
「……セリちゃん、ですか?」
「ああ、やっぱり!」
殿下たちの護衛を務めていた人物は私の見間違いでも何でもなく、確かにかつて旧都に本店があった楽器店・リーヴェルト社の娘であるクレアお嬢様本人だった。
「えっ、クレアとセンパイってもしかして知り合い?」
「ええ。昔、懇意にしていた家のお嬢さんで」
「むしろミリアムさんが知り合いだったことにびっくりというか……ああいやでも名前だけは聞かされてたっけ」
まさか同一人物だとは思うまい。わりとよくある名前ではあるし。世界は狭い。
というか知り合いの楽器店の娘さんが軍人さんになっているだなんて誰も思わないだろう。少なくとも私はそこに関連性は見出せなかった。でも不思議と納得があるのも確かで。
「消息不明と聞かされていましたが、お元気そうで何よりです」
「私の方こそ、セリちゃんがこの学校に入っているなんて思いませんでした」
偶然ですねえ、と笑えば、本当に、なんて昔と変わらず微笑んでくれて何だか嬉しくなる。だけどミリアムさんと知り合いということは、つまりそういうことなのかな、とも。それでもこうして生きていてくれたことそのものが嬉しくて仕方がない。よかった。
「ただその、お嬢様という呼び方はちょっと」
「あ、すみません。気が付かずに」
リーヴェルト社が旧都から店を移すことになった経緯で、いろいろごたごたがあったからということだけは知っているのでその呼称は過去を想起させるものだったろう。軽率だった。
「おーい、セリー」
反省をしていたところでクロウの声が聞こえ、半身だけ振り返る。
「あら、男の子から呼ばれてますよ」
「あ、っと、すみません」
「私のことは気にしないでいいですから、後夜祭楽しんできてください」
「はい。────クレアさん、会えてよかったです」
「私もです」
お互いにこりと笑ってクロウの方へ走っていった。
「なんだなんだ、軍の将校さんと知り合いか?」
「んー、うん。そう。知り合いが将校になってた、って感じだけどね」
篝火の周りではもうダンスが始まっていて、思い思いに相手を誘い、理事殿たちに至ってはかなり珍しい組み合わせなのでは、と驚く二人でダンスを披露している方々もいる。
「ほら、手ェ出せよ」
差し出された手に自分のそれを置いて、腰を抱き寄せられる。校庭備え付けのスピーカーから流れてくる音楽はすこしチープな感じだったけれど、それぐらいがちょうどいいんじゃないかななんて。
「それで、単位の方は大丈夫なの?」
「あー、まあたぶん月末には戻れんだろ」
「そっか、安心した」
「ンなことより、ステージからのオレのファンサ受け取ってくれたかよ」
至近距離でそんなことを囁かれてしまい思わず、ファンじゃないですし!、なんて叫んでしまった。いやでも実際ファンではない。クロウのことは好きだけど。
「なんだよ悲しいこと言うなって」
「……でもウインクには気がついてたし受け取ってた自意識過剰じゃなかったんだと思った」
「ハハ、オレがお前以外にんなことするかっての」
「……そ、う、それは」
「顔真っ赤にしてるとこのまま連れて帰っちまうぞ」
「っばか」
そんな風に笑い合って、他の子たちとも踊って、ダンスに託けてセクハラするアンを止めて、ゆっくりと後夜祭は過ぎていき、1204年度の学院祭はいろいろな人の努力の末無事に終わりを迎えたのだった。
充足感を抱いて、そのあたたかさとともに帰路につき、眠りに落ちる。
────ガレリア要塞の消滅という報せさえなければ、そう終われたのだろう、なんて。