[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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25 - 10/26 ぬくもりを手放す日

1204/10/26(火) 夕方

 

第二寮のロビーでのんびりしていると、セリの足音がし始めて暫くしたところで本人が玄関扉から姿を現した。すると、おや、という顔をするもんで片手をあげる。

 

「クロウがこっちにいるの久しぶりだね」

 

ちょうど二ヶ月ぶりくらいだからその感想は正しい。そしてこれから言うことが自分らしくもねえことはわかってるが、それでも暫く一緒にいてほしいという気持ちもあって、天秤にかけた際に圧倒的大差でらしくなくてもいいと思ったもんだ。

 

「お前の顔が見たくて」

「……えっ?」

 

だからそんな表情をさせちまう。ただ満更でもない雰囲気もあって、ああ可愛いな、って。

 

「クロウどうしたのそんなかわいいこと言うなんて熱でもある? パン粥作ろうか?」

「熱はねーけど晩飯は一緒に食べたいんだよな」

 

シャロンさんに暫く晩飯は要らないと伝えたら、わかりました、と何もかにも見透かされてる笑顔で承諾されたのが記憶に新しい。いやたぶん実際誰とどこで食べるかなんて想像ついてんだろう。

 

「……あ、もしかして本当に私欠乏?」

「だったらどうすんだよ」

「かわいいから手料理を振る舞ってあげよう。着替えてくるからちょっと待っててね」

 

くしゃり、と頭を撫でられて、セリが階段を昇っていく。

学院祭の二日間、そこそこ一緒にいたせいか急激なそれに見舞われてくれたとポジティブに解釈してくれたらしい。さすがにメンタルにキてるもんが何かだなんて言えるわけもねえから助かった。

 

────そう、鉄血宰相暗殺の日取りを決めただなんて。

 

 

 

 

「今日は鶏のささみ肉で簡単フライだよー。何故ならコンロが埋まってオーブンががら空きだったので」

 

丸パンとフライとサラダが出されて、こいつのレパートリーもかなり増えたよなぁとしみじみする。お互いいろんな料理を教えあって、他の三人ともそうやって学院生活を過ごしてて、本当に楽しかったと思う。

でももうそれも終わりだ。終わりの日を決めた。パトロンである貴族派連中との認識のすり合わせもあったが、最終的には自分の意志で。

ガレリア要塞が原因不明の現象……しかしおそらくクロスベル側からの攻撃により消滅し、それにより帝国の目は完全に国外へ向いた。鉄血の野郎がそれに関しての演説をぶち上げるってんだからそれに合わせない手はない。表へあの男が出てくる。いまがその時だ。内側のテロリストに手を焼いている場合じゃない。

第三の真上の部屋が情報局のガキンチョだから最近の行動はかなり緊張したが、バレた気配はない。大丈夫、このままいけるはずだ。

 

「あ、そうだ」

「ん?」

「勉強で教えて欲しいとこあんだよな」

「君が今やってるの一年生の範囲じゃなかったっけ」

「いや、オレ二年に戻るだろ? つまり二ヶ月半遅れててよ」

「ああ、そういう」

 

仕方ないなぁ、と丸パンを千切りながら対面のセリが笑う。

この表情を見るのもあと数日で見納めで、だからって走り出してる計画を止めることは出来ない。その為に、この為に、俺たちは今までを生きていたようなもんだから。《G》の死を無駄にしないためにも。……なんて、それを言い訳にしたら完全にサンクコストバイアスだから言わねえ方がいいんだろうが。なんにせよ成し遂げなきゃならねえものなのは確かだ。

どんな犠牲を払っても。

 

「教本とノートは?」

「ちゃんと持ってきてる」

「じゃあこれ食べたらそのまま上行こうか」

 

当たり前のように告げられる言葉にじわりと胸が痛くなる。それでもおくびにも出さずにいられる自分は、なんというか人情がねえのかも、なんて思っちまって、ぐちゃぐちゃになりそうだ。

 

 

 

 

「……やっぱり打てば響くし理解していないわけじゃないと思うんだよねえ」

「お前の教え方がいいのもあると思うんだわ。特にハインリッヒと相性が悪過ぎんだよ」

「政経に関してはトワの独壇場じゃない?」

 

私も得意というほどではないし、なんてあっけらかんと言うセリは、満点が取れないから得意判定じゃないとかそういうレベルの話だ。いやマジでハインリッヒの野郎とは何もかにもが噛み合わない。あっちもおんなじことを思ってんだろうけどよ。

でもトールズの名を傷つけないためにという名目でVII組編入を後押ししてくれたのは目論見通りで笑っちまったが。そういうところ弱いんだよなあのオッサン。

 

あいも変わらず部屋の扉は開け放ったまま勉強を続けていく。前にちょっと頑張ってそういう雰囲気にしようと躍起になったこともあったが、完全に徒労に終わったのでこいつの精神の切り替えは強固すぎるというのを学んだ。体内時計もそうだけどどっか導力機関なんじゃねえか。その割にたまにメンタル弱いとこもあるけど。

 

「──ん、まあ今日はこれぐらいにしておこうか」

「おう、明日もよろしくな。つうか戻ってきた後もよろしく頼むわ」

「二年の勉強なら自分の復習にもなるからいいよ」

 

戻ってくることなんてないって言うのに、そんな約束を取り付ける。

 

そう、オレに関してはかなりメンタルが弱いってわかってて、それで直前にこんな勉強会みたいなことまでやって時間を取って、その上で裏切るってんだからクソ野郎にも程がある。でも刻みたい。お前の中にオレがいたことを。ずたずたに引き裂いて、治りの遅いキズにして。

だけどその反面、健やかにいて欲しいと願う自分もいる。オレじゃない誰かと結婚して、故郷に戻って、子供を作って、そうして、安寧の中で眠ってくれなんていう自分勝手で傲慢な願いもある。どっちも自分の欲望に過ぎない。

果てしなくしあわせでいて欲しいのに、オレを想ってしあわせにならないでくれなんて。

 

────でもきっと、セリはオレのことを絶対に忘れられない。その自信がある。

 

故郷のジュライではもう誰からも忘れ去られただろう存在だから、そんな律儀なやつを愛しちまったのかもしれねえ。

そんなことを考えながら荷物をしまっていった。

 

作戦決行まで、あと四日。

 

 

 

1204/10/29(金) 夜

 

セリとの勉強の時間をちっとだけ削って、ジョルジュやトワや図書館やら、いろいろ借りてたもんを精算して、そうして晩飯を食って、また部屋に行って。

 

「取り敢えず駆け足で半月分やったけど、これからは二年の勉強と並行してやっていくから忙しくなるよ? 私も頭混乱しないように気をつけるけど」

「おー、マジであんがとな」

 

明日明後日は引っ越し作業があるから今日の勉強で一段落つけるということでそんな言葉が落とされる。ふう、と床に寝っ転がるセリの頭を撫でて、もっと撫でろと言わんばかりに手に擦りついてくるのが可愛くて、オレも横に寝っ転がった。

 

「……セリセンパイ♡」

 

ハートを語尾につけながら呟くと、降りていた瞼が上がり訝しまれる。

 

「後輩としちゃ連日部屋に連れ込まれて何されんだろってちょっとドキドキしてたんスけど」

 

女の先輩が後輩の男を部屋に連れ込んでどうにかこうにかしたりされたりなんてオトコの夢いっぱいじゃね?と気が付いてそんな軽口を叩く。いや今日でもなきゃ言えねえしなこんなこと。

 

「……なるほど」

 

何かを理解したのか上体を起こしたセリは座卓に置いてあった教本類をぱたぱたと重ね持ち立ち上がる。おっとちょっと待ってくれどういう行動だそれ!?

 

「おいおいおいおい、何でそうなる!?」

「いや、後輩のクロウくんは先輩の部屋にいるのがお望みではないらしいので」

 

部屋からもう既に出かかってるセリの腰に抱きついて阻止しようと物理問答になる。ぐぐぐ、と壊さねえ倒さねえ程度に力加減をしながら力の均衡を取っていると誰かの足音が。

 

「……何やってんのあんたら」

 

ロシュの声だ。

 

「いや、クロウが私のことを先輩と呼んだり部屋に連れ込んで何する気なんですかみたいな戯言を吐くから仕方ないと安全なロビーで勉強しようか提案したのに阻まれているところ」

「あー……」

 

なるほどねえ、と呟いたところでため息が聞こえる。

 

「セリ、ちょっとその扉の淵にかけてる手、危ないから退けて」

「うん?」

 

ロシュの言葉に素直に手を離し、オレもそれに合わせて力を緩めたところで、ぽん、と何かが飛んできた。見ればドアストッパーだ。

 

「痴話喧嘩は部屋ん中でやれ」

 

その言葉とともにバタンと扉が閉じられ、ぽかんとしているセリの横からすかさず鍵をかけそのまま反転させ引っ張り「わっ、あっ、うわっ」オレの上に寝転ばせた。

 

「顎とか打ってねえ?」

「……打っては、いないけど」

 

ぎゅうっと小さな身体を抱きしめたところで観念したようにセリからも体重が預けられる。あったけえ。……ああ、そうだ。俺はずっと寒かったのかもしれない。誰からも理解されないで祖父さんが死んだことが悲しくて、ずっと、心は冬の海に生きていた。それに春を連れてきてくれたのがお前で。

 

抱きしめるセリの身体をちょっと上に持ってきて、首元に唇を寄せる。びくりと反応する胴体に、ちょっとだけ抵抗する両手。

 

「あ、明日も学院ある、んだけど」

「……だめか?」

 

服の裾に入れかかった手を止めてそう首を傾げたら、……一回だけね、と顔を赤くして観念してくれたお前がとんでもなく可愛くて可愛くて、どうしようもなかった。

ああ、本当に、愛してた。────愛してたんだ。

 

 

 

 

1204/10/30(土) 作戦決行日

 

不思議なほど、すっきりと目が覚めた朝。

不穏な空気が高まっていく帝国で、今日、宰相の演説がかまされる発表があるだろう。時刻は正午。その前に帝都へ行って、すべての準備を終える。警備の穴なんて突かなくていい。なんせそんなもんが冗談になっちまうほどの遠距離から狙うんだから。

 

いつも通り遅めにシャロンさんの朝飯を食って、トリスタの町を見て回る。一年半。愛着がわいてないと言ったら嘘になるか。まぁでも今日で見納めだ。もうこうした形で戻ってくることはねえ。

 

だらだらと歩いているところで、妙に物思いに耽ってるパトリックの坊ちゃんが駅前付近に立ってやがる。どうかしたのかと訊ねたら、貴族はこの流れでいろいろ考えることもありますよ、と返されちまった。

 

「それより、そちらはどうしてこんなところに?」

 

問われて、真実を言う必要もないってのに少しだけ悪戯心が湧く。もう計画は進行し、誰にも止められない。それでも、もしかしたら誰かが"俺"に気がつくかもしれねえ、そんな種を残していこうかと。

 

「ん~? いやあの鉄血宰相が演説するって噂があるもんだから、ちっと帝都まで足伸ばしてナマで拝聴してやろうって思ってよ」

「はあ……物好きですね」

 

そりゃ貴族には平民の考えなんざわからんだろうよ。平民にも貴族の考えなんてのはわかるわけもないんだが。守る存在なんて自分の手の届く位置にいるもんだけで、領民なんてもんに縁はない。──でも、市長である祖父さんは国民全員を守ろうとしていたんだ。それだけは確かで。

 

「そんじゃあな、リィンにヨロシク言っといてくれ」

 

そう言って、一瞬だけ寮に帰った俺は人混みに紛れるように帝都行きの列車へ乗り込んだ。

 

 

 

 

正午。遠く離れたビルの上で待機する。傍らのラジオから鉄血の野郎の声が流れ始めた。

ドライケルス広場の中央、中興の祖である大帝の像の前で、後ろにアハツェンを何台も並べてその男は演説をかましていく。

クロスベルは属州であり、独立などというのは愚行であると。この男にとってはジュライもそうなんだろうな。とっくに自分たちのものであって、噛み付くなんてのはもっての外。経済特区とは言われちゃいるが、囃し立てられたようなもんだ。

貴族が治めていない政府直轄地であるジュライが儲けた外貨はすべて帝国政府のものであり、またクロスベルも似たようなもんで。だから、クロスベルに親近感がないかと問われたら、正直若干はある。あの男に振り回されてる土地という意味で。

 

『ガレリア要塞──帝国を守る鉄壁の守りを謎の大量破壊兵器を持って攻撃……これを"消滅"せしめたのである! 諸君、果たしてそのような"悪意"を許していいのか!? 偉大なる帝国の誇りと栄光を傷付けさせたままでいいのか!? 否──断じて否! 鉄と血を贖ってでも、正義は執行されなくてはならない!』

 

鉄血の言葉は、民衆に上手く"刺さる"ように計算されている。その証拠にラジオからは割れんばかりの歓声が聴こえてくる。ああ、反吐が出そうだ。

事前に入手して頭に叩き込んでいた演説文が刻一刻と進み、その時が近づいて来る。超長距離狙撃用導力ライフルの引き金に指をかけ、スコープを覗く。

 

『帝国政府を代表し、陛下の許しを得て、今ここに宣言させて頂こう! 正規軍、領邦軍を問わず、帝国全ての"力"を集結し……クロスベルの"悪"を正し、東からの脅威に備えんことを』

「────言わせるかよ」

 

撃ち出した弾丸は寸分違わず宰相の心臓を貫き、ライブ放送をしていたラジオからは観衆の悲鳴が聴こえて来る。心臓を貫かれて生きてる筈もねえ。処置だって間に合わないだろう。

 

「呆気ないもんだな。これで一区切り……あとは最後の仕上げ、か」

 

後ろから駆け上がってくる足音を無視して広場の方を睥睨していると、バタンと扉が開き「手を上げなさい!」と女の声がした。振り返ろうとした瞬間、容赦なく頭に弾丸が叩き込まれ、素顔を隠していたヘルメットが割れる。揺れる視界の中で、軍人──氷の乙女の異名を持つ女が銃を構えてそこにいた。

クレア・リーヴェルト。ケルディックでも、ルーレでも、邪魔をしてくれたヤツだ。だがそれも計算のうちと言ったらその表情は更に歪むんだろうか。

 

「やはり、貴方でしたか」

 

諦観と復讐の炎を宿した瞳が俺を見やる。

 

「帝国解放戦線リーダー、《C》──いいえ、旧ジュライ市国出身、クロウ・アームブラスト……!」

 

構えた銃に対して、大人しく両手を上げた。

 

「やれやれ、出身は完璧に偽装出来たつもりだったんだが。アランドールあたりに嗅ぎ付けられちまったか?」

 

海都の出身だなんてとんだ嘘っぱちだ。貴族派筆頭カイエン公がいる街だから都合が良かっただけで、俺の出身が帝国だなんてそんな笑えることあるかよ。

 

「……特定出来たのは先ほどです。偽装で撹乱されなければもっと早く特定出来たのに……。よくも、よくも閣下を!」

「ま、八年前にジュライが帝国に併合された時と同じさ。気を抜いた方が負け……コイツはそういうゲームだろう?」

 

怒りに声を震わせながら、それでも銃を支える手に淀みはない。さすが鉄血の子飼いだ。笑えるほどに忠義深い。だからこそ弱くもあるわけだが。

 

「アンタの親玉が好き"だった"な」

「……!」

 

煽ってやると激情が更に増して。そんなわかりやすくてよく務まるもんだ。

 

「とにかく腹這いになりなさい! これだけの仕込み……必ずや背景を喋ってもらいます!」

「ああ、それは無理だな」

「え──?」

 

時間通り、貴族派のパトロンどもが密かに建造していた250アージュ級空中飛行戦艦・パンタグリュエルが帝都上空に飛行してきた。そうしてその船底から極秘裏に開発されていた、騎神より得たデータをベースにシュミット博士が設計図を引き、貴族連合に取り込まれたRF第五開発部が増産した人型有人兵器・機甲兵が降下してくる。

あれよあれよと帝都は阿鼻叫喚の渦で満ちていく。

 

「あ、あんなものを、帝都に……」

 

狼狽えるところで一歩、後ろへ下がるとすかさず照準をこっちに合わせ制止を求めてくる。だからって重要参考人の俺を殺すわけにはいかねえだろ、アンタ。殺していいならとっくのとうに殺してる筈だもんな。愛しの閣下を殺した犯人として。

ま、バルフレイム宮には西風のヤツらが行ってるから心配ねえし、俺がやらなきゃならねえことをしにいくとしよう。

 

「俺は俺のケジメを付ける必要があるんでね、そいつは聞けねえな」

 

一瞬の隙をつき、ビルの外へそのまま落ちる。────来い、オルディーネ!

身体が青い光に包み込まれ、パンタグリュエルに積み込まれていた相棒を呼び寄せる。

 

「────じゃあな、氷の乙女殿」

 

唖然とするそいつに言い残し背中の翼を展開、飛翔し、帝都の東へ進路を取った。

どうせアイツらが大人しくしてるワケはねえんだ。引導を渡すのも先輩の務めってな。

 

 

 

 

上空を飛行してきて、西口の方は、まぁ貴族連合軍のヤツらで何とかなんだろう。強いと言っても所詮生身の人間でしかない。だが騎神の相手は騎神でしか出来ねえ。つまり、旧校舎に眠っていた機体の相手は俺にしか務まらねえ。

予想通り東の街道に待機させ突っ込む手筈だった《S》の機体は、灰の騎神を目の前にして膝をついていやがる。しかしまぁ、よくもこの土壇場で覚醒したもんだ。それだけは褒めてやるよ。

 

「《C》──いいタイミングじゃない!」

 

《S》の声に笑いがこぼれる。ま、自分でもそう思うくらいだ。

 

『クロウ……クロウなのか!?』

「ああ、久しぶりだな──って、昨日も授業を一緒に受けてたばかりだったか。だが、ずいぶん遠くに来ちまった気がするぜ」

 

騎神に乗り込んだリィンから声が飛んでくる。うん、やっぱりお前だよな。

 

『どうして……何故こんな事を!? 宰相を撃ったのも本当にクロウなのか!? それに……その人形は一体どこで……!?』

 

矢継ぎ早に問いかけられる質問に、本来なら答えてやる義理もない。だが、まあ踏み台として使った駄賃くらいは払ってやるかと興が乗った。

 

「そもそも士官学院に入ったのは帝国解放戦線の計画のためでな。いずれ鉄血の首を狙う時の足場にするつもりだったわけだ。まあ予想以上に楽しんじまって、失った青春を謳歌しちまったが……』

 

そう話しているところに、騎神のレーダーがもう一人街道へ走り込んでくる人影を捉える。その姿、その人間は、見間違える筈もない筈のそれで。一瞬、口を噤みかけて、いやいいタイミングだと自嘲をこぼした。

いいか、ようく聞いとけよ。お前が被害者になれる一言だ。

 

「俺の本分は《C》────学院生クロウ・アームブラストは、ただの"フェイク"だ」

 

瞬間、街道入り口にいるセリと確かに視線が合った気がする。泣いて崩れ落ちるかとも思ったが、立ったまま、はっきりと、だが諦めたように笑って。ああ、そんな表情もきれいだな。

 

『ふざけるなッ!』

 

だがリィンはなおも叫んだ。諦めないと、否定する。往生際の悪いヤツだぜ。

 

『俺たちと一緒に過ごした時間も! トワ会長やアンゼリカ先輩、ジョルジュ先輩との関係も! ……あんなに大事にしていたセリ先輩とのことだって! ぜんぶ偽物だって言うのかよ!? あの学院祭のステージも──嘘だったって本気で言うのかよ!』

「それは……」

 

真っ直ぐと問いかけられた言葉。

そんなん、オレだって、自分の未来に持って行けたらいいと思う。だとしたって叶うわけもない。それなら仕方ねえだろ。

 

「ああ、その通りだ」

 

全部嘘にするしかないんだ。

その言葉を皮切りに、カメラの奥に映っていたセリがトリスタの町へ駆け出す。そうだ、それでいい。そのまま逃げてくれよ。オレみたいなクソ野郎から、ずっと遠くまで。そうして、覚悟が出来たら殺しにでも来たらいい。その時だけは絶対にタイマンでやってやるから。

 

だから、今は────この勘違いした後輩を叩きのめすとしようか。

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