[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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第二部
27 - 11/02 斥候の役目


────これは、とある二人が清濁合わせて飲み込もうとした記憶だ。

 

 

 

 

1204/11/02(火)

 

あれから三日が経った。

結局あの時に予想した通り、西街道に迎撃で出ていた教官たちの殆どは貴族連合軍に捕まってしまい、一応の責任者ということで学院長は監視を付けられた上で学院へお戻りになり、監禁された。

連合軍がトリスタへ進軍する間に学院生の幾人かはトワやジョルジュと共に脱出し、その場で脱出しなかったものの軍を目の当たりにし抜け出していく人もいた。

私はといえば、此度の騒動の中心と言ってもいい人物と懇意にしていたためなるべく目立たないように暮らしている。まぁ大体は生徒会室にお邪魔させてもらっているのだけれど。

……そして蒼の騎士人形と対峙した灰の騎士人形は北へ、VII組の行方は杳として知れない。

 

「トワ会長、大丈夫でしょうか……」

「会長なら大丈夫さ。ジョルジュ部長もついているし、きっと」

 

生徒会役員の方々は私が貴族連合軍────つまりあの人物に通じているなんて可能性は排除してくれているようで今までと変わりなく接してくれている。まぁ順当に考えたらここにいる時点で協力者なわけがないのだ。どう考えたって見捨てられたと見るべきだろう。

……悲しくは、ある。正直眠れなくて泣きもした。それでも、いま己に出来ることを考えたら地面に顔を向けている場合ではないとも。きっとこの騒動、国家内部の一勢力が政府に盾突いているのだから内戦と表現してもいいこの争いが収まったら、また泣くのだろう。だからやることがある方が考えなくて済む。

 

「そうだね。トワは強いから大丈夫だと信じよう。そして学院に残った私たちはトワが戻ってこられた時のためにも中のことを整えていかないと」

「……そう、ですね。すみません、弱音を吐いちゃって」

「いやいや、弱音は吐いていこうよ。おそらく長期戦になるだろうから」

 

この戦いがいつまで続くのか。半月か、あるいは半年か。まるで見通せない。なんせ連合軍の兵士の会話から考えると四大名門全てがこの話に関わっているようで、資金面は潤沢だろう。加えて公都実習のレポートにはアルバレア公が大量の最新型戦車・アハツェンを導入していたという報告も記載されていたはずで。

帝都には防衛部隊として正規軍一の花形である第一機甲師団が駐在はしているけれど、あの奇妙な映像からして無事では済むまい。皇族の方々に危害が及ぶとは全く思っていないというか、そもそも近衛隊は貴族で構成されているため軟禁も容易と思われる。それに正当性を主張するなら皇族という名の御旗を掲げるのが今の帝国では反感を買いづらい。

ラジオ局も検閲済みのためか貴族連合の軍正当性を主張するプロパガンダとして使われているため聞くに堪えないけれど、何が手がかりになるのかわからないため聞かざるを得ないというのが現状だ。

 

学院にいた一般市民の方々は丁重に家へと帰され、今は寮にいた人たちも含めて全員届出をしていた武器を預けた上で敷地内に留まっている。……まぁ、裏手には森が広がっているのでやろうと思えば脱出は容易だ。たかが学院生。指名手配したとしても哨戒ついでの片手間のものと考えていい。そんなに危険はないとみている。

 

「取り敢えず、サマンサさんとかも協力してくださってご飯の問題は何とか出来そうですね」

「あの食料は育ち盛りの学生を舐めてる供給量だったけどねえ」

 

とはいえ士官学院だから元より非常事態用に十分な量の、そうトリスタの全住民を学院に匿って数ヶ月籠城出来る程度の備蓄は用意してある。脱出する前にニコラスがサマンサさんやラムゼイさんと手分けして、何がどれだけあるのかというのをあらかた書面にまとめて生徒会に残してくれていたのも大きい。

しかし連合軍にはトールズ卒業生も多いだろうからそれを見越した上での供給なのだろう。最低限の施しはした、という建前のために。

 

「言質を取られたら面倒だと理解されていると思うので明言はしないでしょうが、人質……というより捕虜という扱いなんでしょう」

 

こぼされた言葉に私も頷いた。

あらゆる立場においてこの士官学院にいる人材はどこに対しても大きなカードになる。現在トリスタを占拠しているのが貴族連合といえども家のことに唯唯諾諾という生徒ばかりでもないし、いざという時のために懐に入れておきたい場所だ。

けれど、もし、この学院にいる貴族生徒が連合軍と手を組んだとしたら?いやそれはそれで生徒自治となるし、この二年間見てきた中でそこまで性根が歪んでいる生徒も……いや、現在学院に残っている貴族で一番位が高いのはあのハイアームズ侯爵閣下の御子息であるパトリックくんだ。リィンくんとぶつかることで本来彼のような立場が持つ"高貴なる者の義務"に向き合ってきている、という噂は聞こえてきているけれどこの学院自体を任せられるかというと不安が残っているというのも正直なところで。

 

そんなことを考えつつ、生徒会役員の人たちと一緒に留まっている学院生と軟禁教職員に行き渡る配給計画を立てながらまたもや日は暮れていった。

 

 

 

 

夜中。

予定通りの時間に目を覚まし、周囲を確認。講堂に持ち込んだ学院祭の名残の看板立てなどを間仕切りにして作った簡易的なブースは特に問題もなく、また起きている人もいない。

いつどんな時でも何が起きてもいいように制服で寝起きをしているけれど、さすがに身体が凝ってきた。デザイナーであるハワードさんに進言でもしておこうかな。いや、またこんな状態になることは全く歓迎出来るものではないけれど。

 

周囲に気を配りながらストレッチをし、ARCUSを起動する。結局ジョルジュの懸念通り、武器没収とともに戦術オーブメントも持っていかれた。私が別の形のものを使っていると知られていることもあって、渡す時にはかなり慎重になったけれど周囲の学院生含めて気付かれなかっただろうか。……まぁ、現状貴族連合軍から詰問はされていないので、仮に見られていたとしても問題のない相手だったんだろうと思う。私はきっと恨みを買っているから、そういう人に見られたらまず真っ先に密告されていたろう。

 

間仕切りの傍らに置いていた靴を取り、そっと中央後方にあるギャラリーへ繋がる階段まで歩いていく。周囲を取り巻く窓は嵌め込みだと思われているけれど、換気のために一部だけ開けられるようになっているとは案外知られていない。まぁ建築士が本気を出したのか周囲に溶け込むデザインになっているので仕方のないことでもある。

 

靴を履き、音を立てないようそっと窓を開け、下には木々と草地があるため気をつけながら二階相当の窓からそっと落ちた。巡回ルートは三日間で把握したからこの時間・この場所なら大丈夫。

それでも周囲の索敵は怠らず、気配感知を最大限にまで広げて頭に叩き込んだ死角ルートを通り、まず技術棟裏手に隠していた品を懐に。そのまま修練場の裏手に向かい、あらかじめ鍵を開けておいた二階のこれまた開かないと思われている窓に取りついて中へと侵入。この学院が二百年以上の歴史ある場所、つまりクロスベルのオルキスタワーのような最新鋭設備を兼ね備えていなくて本当に良かったと思う。

 

更に警戒度を上げて射撃訓練場、つまり地下への針路を。

────クリア。見張りはいない。教職員が反乱を起こしたら学院生がどうなるのか分かったものではないと言い聞かせられているのかもしれない。それを聞いて立ち上がれるほど酷い方たちではないから。だって、この学院を守るために立ち上がった人たちだもの。

 

「……」

 

訓練場は複数のブロックに分かれているため全員個室というわけにはいかないとしても、ある程度分割されているのがわかった。その中でも一番会いたい方の気配がある場所まで来て、消していた気配を僅かにこぼれさせる。さすが帝国正規軍名誉元帥であるお方、それだけでも起きてくれたようだ。

 

「ローランド君かの?」

「はい、二年VI組所属のセリ・ローランドで間違いありません」

 

ヴァンダイク学院長の声に応えながら制服の内ポケットから一本の鍵を出し扉を開ける。トワとジョルジュを送り出し、教官たちが帰ってくる前に学院長室からくすねていたマスターキーだ。見つかるかは賭けだったけれど、こういったものが必ずあるとは思っていた。セキュリティ的にどうかという話もあるけれど、責任者が入れない場所などないのだ。連合軍の方は教官室にある鍵束を使っているからまだ気付かれてはいないだろう。

 

「……なるほど、ワシの机にあった鍵か」

「お咎めは内戦が終わった後に受けさせて頂きます」

 

物が運び出されたのか殺風景な部屋に入ってから扉を閉めて二人で床に腰や膝を落ち着け、私の方は万が一に備え戦技を使って気配を遮断する。何があったとしても私がここにいるというのを悟られてはいけない。

 

「この三日間で起きたこと、私が把握していることのすべてをご報告致します」

「うむ、よろしく頼む」

 

暗闇に紛れて見えづらいだろうにそれでも学院長は真っ直ぐと私を見てそう言った。

……戦技、きちんと発動出来ているよね?

 

 

 

 

宣言通り、なるべく起きた事実そのままに努めつつ伝達が終わったところで学院長が重くも短い溜め息を。無理からぬ話だ。自分が守ると決めていた生徒たちが軟禁され、政治的に考えれば危害が加えられることはないだろうがそれも可能性が高いというだけで、この町が機甲戦に巻き込まれないとも限らない。あの帝都で起きたような。

 

「生徒たちの様子はどうかね」

「今のところ恐慌状態もなく、落ち着いています。日頃の訓練の成果でしょうか」

 

ことこの状況においてパニックが発生しないというのは、士官学院生としての心構えが出来ている……つまり平素より触れてきた教官たちの薫陶の賜物だろう。常在戦場を胸に。去年の課外活動を経て、ガレリア要塞見学を機に新たにしたその在り方はとっくに私たちに根付いているようだ。

 

「生徒会も会長不在でも的確に動いていますし、ある程度はなんとかなるかと」

「そうか。ありがとう」

 

学院長に頭を下げられ、すこし困ってしまう。為すべきことを為しただけだから感謝を述べられるようなことではない……と言いたいけれど、学院長はこの場所を、ここにいる人たちを、この町を愛している。だからその安否がわかるというだけで私はきっと何か出来たのだろうと。

 

「けれど、これからどうなるかはわかりません」

「うむ、そうであろうな」

 

何せ帝国の五大都市がすべて貴族派に占拠されている実情だ。元より海都オルディス・公都バリアハート・旧都セントアーク・鋼都ルーレは四大名門直轄地で、その中央にある帝都さえも今は連合軍の手の内に。こうなると政府直属の鉄道憲兵隊でさえも上手く動くことは難しい。

 

正規軍の駐屯地は各地にあるとはいえ、基本的に対立する派閥の敷地となるためそこまで大規模なものは造られていない。それに一番大きなガレリア要塞も半壊している(仮拠点を作る場所としては気取られないという意味では優秀だろうけれど、元々の性質上すべての場所から遠いというのが難点だ)。

 

「それでも、私たちは世の礎たれるよう動いて参ります」

 

帝国中興の祖、このトールズ士官学院を設立したドライケルス大帝の言葉を借りて自分の胸を拳で叩く。学院長が入学式に私たちへ贈ってくださったものでもある。

 

「やはり、君たちを選抜したのは間違いではなかったようだ」

「学院長にそう言っていただけるなら、何よりです」

 

努めて明るくそう返すと、学院長の眉間の皺が僅かに取れたのが見えた。

 

「頼み事をしたい」

「内容によってはお受け出来かねますが、どうぞ」

「君が危険を冒して来ているというのは承知しているが、ベアトリクス殿にも同じ話をして来てはくれぬだろうか」

 

上階に再度気を配り、問題ないと判断してその要請に応じることにした。

 

「それでは、何かありましたらこの通信機を」

 

技術棟裏手から持ってきた低出力ではあるけれど小型化に成功した無線機を一つお渡しし、私は学院長の部屋に鍵をかけて次の目的地へ。

ベアトリクス教官も学院長と同じように誰かは行動することがわかっていたのか驚くこともなく、ここ数日で外で何が起きているのかというのを端的にお伝えする。

私の言葉を受け、教官も学院長と同じように硬い嘆息を。

 

「若い貴方がたにこのような重荷を背負わせて申し訳ありません」

「……重荷だなんて、少なくとも私は思っていませんよ」

 

教官たちは多くのことから私たちを守ってくださっていた。私たちが入学する以前からずっと。そしてつい数日前の街道の戦いでも。だからこれは恩返しのようなものだ。

 

「それでは、私は行きます。そろそろ夜明けも近いですし」

 

ついていた膝を離し踵を返しかけたところで、ぱしっと片手が取られる。かさついた、年齢を思わせるその肌はどこか懐かしさを私に思い出させた。

 

「保健室に私が調合した疲労回復効果のあるハーブティーがありますから、よかったら飲んでください。皆に振る舞ってもらっても構いません」

「はい、ありがとうございます」

「────おやすみなさい。あなたに、あなたの心に、女神の加護を」

 

祈るように私の手の甲へ額を当てた教官は、静かに私の手を離し背中を押してくれた。

 

扉を再度施錠した後、気配を殺しながら上階へ達し、そのまま来た道を戻っていく。

教官もラジオから映し出されたあの映像を見たはずで、だから、私がどういう感情を得たのかというのを理解されているのだろう。恋人がまさかテロリストだったなんて。でもそれを口には出さず、けれどしっかりと慮ってくださって。

ご自身もあんな硬い床に寝具と少しの物しかない物置のような部屋に監禁をされているというのに、気にかけてくださってありがたいと思う。

 

────それでもその想いが、今の私にはすこし痛かった。

 

我儘だというのは分かっているけれど。

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