[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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03 - 04/10 これからの一年

1204/04/10(土) 夕方

 

結局気兼ねなく騒げる場所がいいと言うことで、靴を脱いで寛げる私の部屋で各自の得意料理を持ち寄って晩餐会ということになった。食堂は他の生徒たちの目もあるし、キルシェももしかしたら他の人に気を使わせてしまうかもしれない。

つまり、どういう意味であっても五人だけで食べたいというのが全員の総意だったようだ。

 

「得意料理って縛りだったけど、こうも全員バラけてると意思疎通を感じる」

「そうだねぇ」

 

狭い座卓に所狭しと乗せられている料理を見て私はそう呟いた。

クロウはピザを焼き、ジョルジュはグリルチキン、私がチーズドレッシングサラダ、アンはスープでトワがシフォンケーキ。まぁ全員ある程度お互いの得意料理を鑑みてチョイスしたのだろうけど、あんまりにも過不足なくて笑ったぐらいだ。

 

「さて、それでは、この一年に乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」

 

アンが林檎ジュースを掲げて音頭を取ったところで、各々自分のグラスを掲げ縁を鳴らし合わせた。ジョルジュが切り分けてくれたチキンを早速口に含むと、腹に詰められていた野菜がしっかり油を吸っていて、これはバゲットを焼いてくるべきだっただろうかと瞬間的に後悔する。いやでも穀物系はピザもあるし我慢我慢。

 

「鶏の火の通り加減が絶妙。最高。さすがジョルジュ」

「そう言ってもらえてよかったよ」

「アンちゃんのスープ美味しいね」

「ラーメンの出汁を取る技法を少し真似てみてね」

「このドレッシング、木の実が砕いてあんのか?」

「そうそう。マヨネーズを牛乳で伸ばして、チーズとかレモンとか胡椒とか木の実とか加えた」

 

わりとジャンクな味で美味いな、とクロウが言うので嬉しくなって笑みがこぼれる。森の恵みは熱を通さないと美味しくないものもたくさんあるけれど、生で食べられるものは子供の頃の貴重なオヤツだった。今回は折角ならと故郷のティルフィルに連絡をして材料の木の実を送ってもらったのだ。

 

「それにしてもいろいろありはしたが、やはりそこがくっついたのが一番の驚きだったか」

「よく言うぜ」

 

そこ、とアンに指差されたのはもちろんクロウと私なわけで。口をとんがらせて憎まれ口を叩くクロウの気持ちは少しわからないではない。だってアンは、私よりも、下手したらクロウ本人が気付くよりも以前にクロウの感情に気が付いていた節があるらしいのだから。

 

「うーん、でも私は結構納得するかな。戦闘でも息ピッタリだもんね」

「私生活ではセリが支えてるきらいがあるけどね」

「まあその辺は前からだろ」

「もう少ししっかりしてくれてもいいんですよクロウくん」

 

でも頼られんの嫌いじゃねぇよな、なんて言葉と共にこてんと頭に頭が乗っかってくるので、ええい邪魔邪魔、と頭で押し返しておいた。

 

「やさしくしてくんねーのかよ」

「この状態でそれを求められても困るんだけど?」

「つまり……クロウ、後で顔を貸したまえ」

「何でだっつうの! カノジョに優しくされたい願望くらい誰にだってあんだろ!」

 

人の目があるところでそんなことを言われても、ということはつまり、うん、そういうことなわけだけれど、当たり前のようにアンには真意が拾われてしまっているし、アンの発言で完全に他の二人にも理解されてしまっただろう(そうでなくても解られていたろう、というのはこの際無視をする)。

 

ああもう恥ずかしい!何か話題を変えなければと頭を回したところで先程のアンの言葉が脳裏をよぎる。そうだ。この一年ずっと不思議だったことがある。

 

「い、一番の驚きといえばさ!」

「うん」

 

強引な私の話題転換にジョルジュが乗っかってきてくれた。ごめん本当にありがとう大好き。

 

「そのー……四人はどうやって知り合ったの? アンとジョルジュが元からの友人ってのは知ってるし、トワとアンはまぁアンがナンパしたんだろうなって想像がつくんだけど」

「あはは、私とアンちゃんはその通りだね」

「クロウだけが謎すぎるでしょ、そこの面子」

 

わかりきった話として全員クラスが異なるし、クロウがトワやアンをナンパするとも思えず、かといって知り合いでもないジョルジュが取り仕切る技術部にわざわざたむろする理由はない。この中でクロウだけが浮いているのだ。

 

「あー、本校舎の二階に上がると談話スペースあるだろ?」

「あるね」

「そこでちょっとゲームで賭けたりしててなあ」

「えっ、クロウ君そんなことしてたの?」

 

咎める声音のトワに、さすがに時効だろ、とクロウは笑う。よくハインリッヒ教頭とかに見つからなかったなぁ。いや見つかったとしてもいの一番に逃げ出していただろうけれど。

 

「そしてそこに私が参戦して根こそぎ奪ったのがファーストコンタクトだったかな?」

「あん時のお前の顔は一生忘れねえわ」

 

心底嫌そうな顔をつくって言うものだから、もしかしてアンはクロウのそういう物怖じせず歯に衣を着せない態度が気に入ったのかもなぁなんて考えてしまった。だからこそ、空虚に笑うのが耐えられなかったのかもしれない。突き詰めるとエゴだ。

そうした中で私たちは課外活動というだけでなく一緒にいることを選択した。課外活動以外で接さない、という行動はきっと出来ただろうけれど選びはしなかった。

 

「いろんなところで縁が交わったんだねえ」

「むしろ私はあの日までセリに気が付かなかったのが気になるところなのだが」

「お前ほんとに初日からコナかけまくってたもんなあ。噂だけは流れてきてたぜ」

「アンはルーレでもずっとそうだったよ」

「だからいいってもんでもねえわ」

 

特定の傾向を持つ女性に敏感なアンゼリカ・ログナー嬢が私に気が付かなかった理由は、まぁ極めてシンプルだ。

 

「私が避けてたからだよ。アン個人を避けてた……こともあるにはあったろうけど、そもそも賑やかな場所を避けてたというか。アンの周りは特に人が絶えなかっただろうからね、目視できなければ知ることも出来ないでしょ。物理的に一番遠いクラスの平民なんて」

「人嫌いもそこまで行くと筋金入りだな」

 

クロウにさらりと評されて、首を傾げる。

 

「……人嫌いというわけじゃないと思う、けど」

 

人が嫌いというよりは、うっかり人目につくのが苦手だったのだ。誰かの視界内に入るということは、どこか何かのタイミングで誰かの興味をひく可能性がある、というわけで。自意識過剰の自覚はあるけれど、そもそもの試行回数を極力減らすとなったら、誰の目にも映らないというのが手っ取り早いのはまず間違いない。先天的なものか後天的なものか、もう判断することは難しいけれど、たまに私は極端にパーソナルスペースが広くなるようだ。

とはいえ、合同戦闘訓練も定期的にあったし、ARCUS試験運用の総括で学年生徒の目の前で大立ち回りをさせられたりもして、何より学院祭の講堂でライブをやったりしたので、ある程度視線に晒されることに慣れはしたけれど。

 

それに、入学以前よりもずっと、私は強くなった。

筋力的にも、技術的にも、精神的にも。ルーファス理事と面会を果たした際の、自分の不甲斐なさを思い知らされたあの頃よりいろんな側面で成長している自負が、今の自分をしっかと支えてくれている。これはきっと誇りと呼ばれるものだ。

 

「人嫌いっていうより、内側を大切にしたいからこそ外との関わりを浅くしてる感じかなあ」

 

黙って話を聞いていたトワが静かに言葉をこぼした。視線を向けると、金糸雀色の瞳がにこりと私に笑いかけてくる。

 

「あー、懐に入れたら最後、ずっと大事にしそうだもんな」

「うん。だからこそテリトリーにはいれる人が限られてる、ってイメージ」

 

トワから見えている自分は、そう、らしい。というかみんな、なるほどな、という顔をしているので的を射ている表現なのかこれ。えっ、私ってそんな感じなんだ。

他人から見た自分というのは、何だか不思議なカタチをしている。

 

「それなら、僕たちは幸せ者だね」

「ああ、そういう性質のセリと共に在れたというのは喜ばしい」

 

アンとジョルジュもそんな風に乗ってきて、ぐ、と言葉に詰まってしまった。

みんなと一緒にいられたことに対して、私の方こそ感謝したいのに。取るに足らない一般生徒である自分に斥候という任務を任せ、信頼してくれた。その信頼に応えたいと願った。そして果たすことが出来たと、自己認識できる、それそのものが宝物だ。

 

「ふふ、セリちゃん顔真っ赤だよ」

 

だけどそれをどう言ったらいいのかわからなくて黙っていたらそんな指摘が飛んできて、ぐうう、と呻きながら床へ倒れるようにクロウの背中に隠れた。ちょっと助けて欲しい。

 

「おうおう、見せもんじゃねえぞお前ら」

 

クロウのそんな声に次いで、笑い声が落ちてくる。

大切なものが増えるというのは、弱くなることだ、と表現したのは誰だったか。たしか昔読んだ本にそんなことが書いてあった。けれど私はみんなと一緒に強くなった果報者なのだ。

 

 

 

 

1204/04/16(金) 放課後

 

「すみません、生徒手帳完成の連絡を頂いたトールズ士官学院の者です」

 

生徒会の代行者として、生徒手帳の印刷を頼んでいた帝都の印刷所に引き取り証を携えて入っていくと受付の方は、ああ、と合点がいった顔で応接室の方へ通してくださった。

送付となると時間がかかるし、トリスタの外へ出る可能性がある自由行動日前には生徒手帳を全員に渡しておきたい、ということで人力で引き取りに行くのが一番早いということになったのだ。そしてこういうことにフットワークが軽いというか、行動範囲的に一番適任であるアンは今日自動二輪部の活動をしているらしく連絡をもらった段階で既に通信圏外に出てしまっていたのだとか。

 

「お待たせして申し訳ありません」

「お忙しいなか時間を取って頂きありがとうございます」

 

そうこうしていると人が入ってきて、物が机の上に置かれる。紺色のカバーに有角の獅子紋が刻まれていて、見た目だけでいえば私たちのと変わりはない。

 

お辞儀をして、改めて九人分の生徒手帳を見据えた。名前欄の部分まで印刷されているか一応簡易的に渡されていた名簿を片手にチェックして、うん問題なし。中も乱丁落丁は特にないようだ。顔写真は生徒会で貼り付けるし、その上からプレス割印とヴァンダイク学院長の代表者職印を捺してもらえばようやく渡せる形になる。なんとか17日の夕方までには間に合うだろう。

 

「わざわざ引き取りに来て頂きすみません」

「いえ、こちらが無理を通してもらっている立場ですので。来年はこういったことがないよう努めさせて頂きます」

 

梱包や受け取りのサインなどの事務手続きを終えて印刷所を出たらもう空は橙と藍が溶けあっていて、学院に戻る頃にはとっくに陽が落ちている時分になるだろうか。通信を入れてから急いで帰ろう。

 

 

 

 

帝都駅で列車を待つ間に晩御飯用のサンドイッチを買い、生徒会室へ走って飛び込んだらそこにはトワとサラ教官が待っていた。他の生徒会役員はとうに帰したのか部屋の中には二人だけ。

 

「あ、セリちゃんおかえり、ありがとう!」

「取りに行ってくれて助かったわ」

「ただいま、トワ。教官、こちらが生徒手帳です」

 

渡した品物を二人がさくさくとまたチェックしていき、すべて見終わったところで二人の顔が上がった。

 

「いやー、なんとか自由行動日に間に合ったわね」

「……間に合わせた、んですよ。サラ教官」

 

思わず出た私の苦々しい言葉にか、トワの目が丸くなる。

しかしどう考えたって原稿の作成から現物の引き取りまで、生徒会どころか教員事務員含めても満足に回せないというのはあまりよろしくないことだろう。特にこれは最終的に後輩たちが引っ被ることになるわけで、事実、生徒手帳完成の遅延は彼らの不利益になっている。筈。

 

「正式学級なんですし事務員雇いましょうよ。身分証明書の遅延はさすがに擁護出来ませんて」

「そうなのよね。トワも生徒会長になっちゃったし、事務仕事を回せる人員がいなくて」

「す、すみません」

「トワが謝る話じゃないよ」

 

ここで生徒会……というかトワに仕事を振るというのは酷な話だ。ただでさえ賢いが故に『見える』ものが多くて学院のいろいろな制度にメスを入れているというのに、それに加えて前例がほぼない特別カリキュラムの事務仕事を任されるというのはあまりにオーバーワークすぎる。

去年のことを考えると既に実習地の選定・伝達・交渉はとうに終わっているだろうけれど、それに付随する資料作成などは随時発生するもので。

 

「そうだ、君が手伝ってくれるのはどう?」

「へ」

 

君。その呼称が指しているのはもちろん(私が苦言を呈しているということからも)トワな筈はなく、そして発言者であるサラ教官を除けばこの空間には残り一人で、つまり明確に私を示していた。

 

「考えてみれば去年いろんなことを調べてたし導力端末も得意だし、ある程度どういう流れでカリキュラムが動いていくのか理解してるわけだから適任じゃないかしら」

 

いろいろ、言いたいことが、脳内を駆け巡りは、した。しかしここで自分が断ったら事務員は特に増えることもなくトワが巻き取ってしまうだろうな、というのも理解したし、彼女なら何だかんだそれをやり切れてしまうだろうとも。

 

「……わかりました。それでいいです」

「決まりね」

「セ、セリちゃん本当にいいの? 生徒会でやるよ?」

「大丈夫、決めたよ。教官には去年お世話になったから恩返しも兼ねてね」

 

課外活動できちんと見守ってくれてはいたし、放課後にナイフ投げや剣の個人指導をして頂いたりもしたし、一緒にバーに行ってもらったりもした。トワの身体も心配だし何より、赤い制服を着た彼らが学生生活に集中出来るよう奔走する一年というのも悪くないと思ったのだ。

まぁ部活動もなくなり、なかなかに時間があるというのも後押しになった。

 

「それじゃあ今月のことについて話したいから、明日の放課後は教官室に来てくれる?」

「はい」

 

生徒会室から出て行く教官を見送って、買ってきたサンドイッチでも食べながらトワの仕事終わりを待つかといつものソファに座れば、セリちゃん、と控えめな声がかけられる。視線を向けると、すこし申し訳なさそうな表情。

 

「────ありがとう」

 

けれど発された言葉はそういった類のもので。

その感情の揺らぎが、意思が、嗚呼本当に好きだなと改めて感じたのだ。

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