旧校舎前でセリは平民生徒からクロウに対する憎悪をその身に浴びることになる。
その暴力の向く先が他へ行くよりはいいと抵抗なく重ねられる暴力の果てにジャケットの前が暴かれ、硬直する精神を怒りで焼き、殺す決意を持った瞬間パトリックがセレスタンや他協力者と共にその現場へ踏み込んできた。
張り詰めていた精神の糸が切れてしまい気を失ったセリは介抱され、夜に本校舎保健室にて目を覚ます。
そこへ見舞いに来たパトリックとセレスタンを招き入れ、「自分を守る気がなかったのでは」というパトリックの指摘に口を噤むセリ。それと同時に彼の"貴族"というあり方の変化を彼女は実感する。
そうして表面上は穏やかな日々が過ぎたある日、本校舎前に蒼の騎神が何の前触れもなく降り立った。
連合軍から上がってきた報告書の中に、トリスタの、トールズについて記されているものがあった。別に選んで読んだわけじゃねえが、内容ががっつり頭に入っちまったのは未練たらしいと我ながら思う。フェイクだと言い切って、あいつらとの思い出を全部捨てて、そうして"オレ"はようやく"俺"だけに戻れたってのに。
1204/11/09(火)
「よう、久しぶりだな」
二階の談話スペースからいの一番に顔を見せてくれたそいつは、頭に包帯を巻いていて何が起きたのか如実に知らしめてくれた。そうして僅かばかり呆けた次の瞬間、腰に回した手が引き抜いたのは導力銃。しかし残念ながら撃ち出された攻撃は俺に届かない。
機甲兵は騎神を解析して作られたもんだからな。模造品に搭載されてる対戦車用結界ももちろん備わってるってわけで。
『……ジョルジュ謹製の銃も、その機体の前じゃ豆鉄砲かあ』
「そうだな」
諦めたようにまた銃を腰に戻すそいつは、怪我の様子さえなかったらあんまりにもいつも通りで笑っちまうほどだ。
つうか登録されてる武器は全部取り上げたって報告あがってたんだがなぁ。
『クロウ! アンタどの面下げて現れてんだ!』
セリの横から怒鳴り声が飛んできて、うるせえな、と耳を塞ぎたくなる。あらかた脱出したと思ってたがロシュは残ってたらしい。まぁどの面下げてってのは同意するぜ。
『それで、連合軍の重鎮だろうお方が一体どんな用事で来られたんですか?』
だからか、はっきりと境界線を引かれる。今までのようにはいられないのだと、そう。
そうして騒ぎを聞きつけてか生徒会役員やパトリックの坊やが駆けつけてきたところでタイミングがいい、と鷹揚に頷いた。
「貴族連合軍は、このトールズ士官学院を貴族生徒自治に任せる決定をした」
帝都近郊の町でうだうだしてる場合じゃねえってことだ。それに、四大名門の人間が治めるってんならそれは連合軍側の意思が介在していると表現してもいいほどで。まぁ進言したのは俺なんだが、ンなこと言う必要もない。
そしてここからは、徹頭徹尾俺のエゴだ。
「だがその担保として、学院生一人差し出してもらうことにしてな」
俺の言葉にいろんな推測を立てたのかセリの眉間に皺が寄る。いや元々深いもんが刻まれてたからより一層と表現するべきか。まあいい。
少しだけ自分の胸を叩き、喝を入れる。軽蔑なんかとっくのとうにされてんだろ。じゃあもう全部誤差だ。そう自分に言い聞かせて口を開いた。
「────セリ・ローランド、お前に決まったよ」
信じられないものでも見るようにセリが顔を歪め、その隣からロシュが散々な罵倒を浴びせてきて、足元からパトリックが異を唱えてくる。つってももう口にしちまったもんを撤回するわけにもいかねえ。一応今は上に立つ責任者だもんでよ。
それに一人くらい身柄を確保しておく方が学院生も反乱を起こしにくいだろと話はきちんと通してあるし、それを誰にするか・どうするかは俺の一存でいいって言質も取ってる。一応建前的な理由も説明しちゃいたが、ありゃたぶん聞いてねえな。ま、プロに慣れてる人間にとっちゃ学院生なんておままごとみたいなもんか。
仮にセリがいなかったとしたら、そういうことにしておいてくれ、って言う予定もしてた。
「なんだよ、お互いにとっていいことだろ? 学院側は俺に通じてるかもしれねえお前を排除出来て、その上で連合軍は手を引き、学院は自分たちの手に委ねられる」
身軽なお前がわりと派手な怪我をしてるってことはそういう話だろうしな。そして閉鎖空間内で人間一人を保護するなら、その人間に価値がなけりゃいけない。そしてその価値は俺が決定的に貶めた。つまり仮に連合軍へ盾突く際、切り捨てる方に学院内の世論を動かしやすい。
まあ、正直お前は脱出する方に入ると思ってたんだが、アテが外れたな。だがそれでも、ここにいるのは単なる停滞じゃない。確固たる意志のもとでそれを選択したんだろう。自分の身に降りかかる悪意を理解しながら。
『……60秒、だけ』
窓の縁を掴んで考えを巡らせていたらしいセリからそう言葉が落ち、次の瞬間にはロシュに抱きついていた。何かを囁いているようだが、口元は騎神の死角で、出力を上げても聞き取れないほどの極小で話してやがる。まあ、おそらくあいつが学院で担っていた働きの後釜に据えようってんだろう。
ごそり、と抱きついた身体で隠しながら制服の中から中へ何かが移動するのが見えたが、まあそれを連合軍に伝えてやる義理もない。セリが他人へ託すことを決めた事柄なら周囲へ被害が及ぶこともねえだろうしな。俺と違って。
話が終わったのかセリがロシュから離れ、窓辺から俺を見上げてくる。合わせて手を差し出せばそのまま窓を越えて直接乗ってきた。小せえ。
『セリ! アンタ本当にそれでいいの!?』
『私一人の身柄で学院の自治権がある程度戻るなら考える余地はないよ。……それが誰によって成された決定なのかは気になるところだけれど』
さすがにこの流れが俺の恣意的なもんだってのを見透かしているのか、ロシュにやっていた視線を鋭くこっちに返しながらセリはそう呟く。だとしてもこの場を収めるためにそれを飲み込んで承諾してきやがった。
ああ、そういう強さもオレが好きになったお前だよ。
「そんじゃ、行くとすっか。後から連合の人間が来ると思うから、その辺はパトリック、お前に任せたぜ」
背中の翼を展開すると同時に、セリはオルディーネの掌の上で座り、落ちないようぎゅっと中指に抱きついてくる。……騎神からのフィードバックが肉体へ返ってくるってのはもう重々承知している話なわけだが、いやまさかこんな形でそれに感謝する日が来るとは思わなかった。
「────本当に良いのか? クロウ」
「パンタグリュエルから出る時にも聞いて来ただろそれ。いいんだよ」
心配するオルディーネの気持ちも、まぁ、わからんではない。だってこいつは俺の身体情報を全部把握してる。テンションの乱高下が起きてることなんてお見通しってことだ。
現段階で学院で所在が確認できている生徒の名簿を見て、実際あいつが未だ学院にいるとヴィータからも聞かされて、だとしたって合わせる顔なんざねえって思ってたのに、結果はこのザマだ。俺が訪れるまでに居なくなっていてくれたらいいとさえ願ってたにも関わらず、生きてるのが、俺を見てくれるのが、こんなにも心臓跳ねることだなんて。
ああもうほんと、情けないったらありゃしねえ。
取り敢えず学院から離れ、連合軍が展開する駐屯地の外れに降り立ったところでさあどうしたもんだかと思案する。いろいろ思うところもあったせいで、セリをパンタグリュエルに連れて行く方法についてはノープランで来ちまった。多少の根回し的なもんはどうにでもなるが、物理的な手段として。
なんせ飛行戦艦、雲の上を飛ぶ鋼鉄の塊、高度3000アージュは下らねえ。戦艦自体はヴィータの魔術があるから甲板含めて気温確保出来てるとはいえ、そのまま飛んで行くのは凍えさすこともそうだし、落下リスクを考えると取りたい手段じゃない。
寄港地の宿に置いて食料その他の積み込みの時に迎えに行くって手もあるが、わりと馬鹿馬鹿しい。たぶん逃げるこたないだろうが、この間その手の補充はやったばっかだから早くても一週間後とかになる。そもそもここから一番近いってなると……帝都か?他はどこも均等に遠いんだよな。
『……目的地はここ?』
「ん? ああ、いや、ちっと考え事しててな。悪ぃけど待っててくれ」
周囲を見渡していたセリはオルディーネの掌から見上げてきて、『そう』とまた視線をそっちに戻した。特に暴れたり逃げ出すつもりはないようで静かなもんだ。
「オルディーネ」
「たとえ起動者の願いだとしても、それは無理な相談だ」
「だよなぁ」
核にセリを乗せられたならそのままヴィータが無理矢理作った道に接続して転位が出来るってもんだが、さすがに準起動者でもない単なる一般人を入れることも、転位をさせることも難しい。……例えば、クロスベルに現れたらしい"空間"に特化した機体であれば別なんだろうが。
『あらあら、お困りのようね。私の騎士様?』
操縦用の球から手を離して腕組みしたところで、とんでもない声が聞こえてきやがった。
「……お前の騎士じゃない。悪趣味な冗談飛ばすな」
いつの間にか足元にいたそいつ────蒼の深淵、ヴィータ・クロチルダは俺とセリを見てかころころと笑った。まったく、帝都歌劇場でトップを張ってる女がこんなことを企ててるだなんて知ったら帝都民は卒倒もんだろうな。
『ご機嫌斜めかしら? 私ならその子をパンタグリュエルへ五体満足のまま転位させることも可能なのだけれど』
その提案に口を噤む。
そりゃまあ、稀代の魔女にかかれば人間一人を転位させることなんざ朝飯前だろう。加えて魔術的な目印が築かれているとなれば尚更だ。その術式が築かれている契約期間中なら、パンタグリュエルはどこに行こうともこの女から逃れることは出来ない。
「……そんじゃ頼もうかね」
『フフ、そう』
「だが」
オルディーネに手で合図をして核から地上へ降りる。そうして目配せをしたら掌が降りてきたので座ったままのセリを受け取ると、眉間に皺を寄せつつも案外抵抗もなく俺の腕に収まった。首に腕を回しちゃくれねえが、まあ短時間だから問題はねえだろ。今はまだ。
「俺と一緒にだ。オルディーネも送ってもらうかんな」
告げた言葉に、そんなことで守った気でいるのか、と言わんばかりに妖艶な笑みを浮かべたヴィータはそれでも異を唱えることはなく、身長大ほどもある蒼い石を核とした杖を異空間から取り出し足下に法陣を描き出した。
あらゆる動作が見慣れないせいかびくりと腕の中のセリが強張ったのに対して、安心しろよ、と撫でる手を自分は持ち合わせちゃいなかった。
光に包まれた数瞬後、目を開いたらもう目の前に広がるのは白い甲板、そして柵の向こうにはただひたすらに広がる雲海。高度3000アージュの、どこにも逃げ場のない場所────貴族連合軍旗艦・飛行戦艦パンタグリュエルだ。
「……」
魔術なんてもんと一切合切関わったことのねえだろうセリは、降ろした俺には目もくれず、ふらふらと柵の方へ近寄って、下を覗く。雲以外何にも見えやしないってのに。
「嘘……」
柵を掴む手が震えるのが見えて、きっと掴んでねえと姿勢を保てないくらいショックなんだろう。ま、俺も初めてこいつの魔術を見た時は『この世界に自分の理解が到底及ばないモノが多数存在する』ことを直面させられてだいぶ頭が痛くなったもんだ。
それっくらい、俺とこいつの世界に対する知識や経験には差がある。どうしようもない溝だ。
「先ほどから気になっていたのだけど、貴方、懐に何か入れてるのかしら」
かなり超長距離移動をしたっていうのに疲労も見せずヴィータはコツコツとヒールを鳴らし、セリの胸元を指先で、とん、と軽くつつく。
「……あ、これ、ですか?」
内ポケットに入るもんなんざ限られるが、懐をあさって出てきたのは生徒手帳とかじゃなく銀色の小さな筒だった。火薬式の弾丸よりは幾分か大きめなそれ。
「ええと、これには折れた歯が」
「なるほど……それじゃあこれはサービス」
持っていた杖を一振りし、今度はセリの足元にだけ法陣が展開される。何事かと利き手を緊張させた瞬間、ヴィータは俺に対してウインクしてきた。……悪いようにはしねえから黙ってろってか。
「!?」
「はい、どうかしら?」
驚愕の表情とともに口元を手で覆ったセリに、何かされたか!?、と近寄っていったら余っていた掌を前に突き出されNOの意思表示。暫く何かを確かめるようにもごもごした後、頭の包帯を解き傷に触れる。
「……歯も、肌も、全部元通りです」
「それはよかった」
セリが銀の筒を開けると空になっていたようで、筒を振っても中身が出てくることはなかった。会話を統合するとあの銀の筒には折られた歯が入ってて、それを触媒にこいつがセリの怪我を完治させたってことか?……一体何が目的だ?
「あの、ありがとう、ございます。まさか歯まで治るなんて」
「いいのよ。前にお節介なアドバイスをしちゃったお詫びのようなものだから」
「……えっ?」
驚いたセリに、ヴィータは普段変装に使ってる赤い眼鏡をかけて笑いかけた。ああ、そういやトリスタ放送局でラジオのパーソナリティとかやってんだったか。ちょっと待ておいお前その状態でセリに接触してたっていうのか!?
「えっ、あれっ!?」
その瞬間、ヴィータの幻惑魔術が解呪されたのかセリの表情が更に驚愕へ満ち満ちていく。どん、と柵に背中がぶつかるもんだから、危ねえ、と今度こそそっと近付いた。
「ふふ、驚いてくれたかしら」
「だ、だって、蒼の歌姫であるヴィータ・クロチルダさんで、ミスティさん……です、よね?」
「ええ、そう。知っててくれて嬉しいわ」
ヴィータはどんな人間でもオトせそうな笑みをたたえ、「それじゃあね」とセリの頭を気やすく撫でてそのまま戦艦内へ歩いていった。マジで何だったんだあいつ。
「……」
情報があんまりにも多かったせいか額に手を当てて考え込むセリを暫く待ってやろうかと思ったが、こんな甲板でなくともいいだろ、と結論を下す。
「内部に入るから、もっかい抱き上げてもいいか」
「……お好きなようにどうぞ」
諦めたように肩を竦められちまって、いよいよもって好感度は地の底なことを痛感させられた。つっても内部を見せるわけにもいかねえよな、と目隠し用にセリのネクタイへ手を伸ばした瞬間、さっきのとは比較にならないほど強張った肩と表情が見える。
だから、伸ばした指先を握り込み、自分のバンダナを外してセリの頭を通し目元まで下げた。これでいいだろ。
「持ち上げるし結構な距離移動すっから、今度は掴まっとけよ」
返事はなかったが、持ち上げたところでぎゅっと首元に腕が回ってきた。素直だ。
中に入って、客人用じゃない通路を通り、メンテナンスアイルを飛び降りたりして、誰にも観測されず、且つ絶対に歩測はさせないルートを構築して貴賓区画へ足を進める。こいつならこんな状況でもそれくらいはやってくんだろ。
「……意地が悪い」
「ん~? やっぱ分かるか?」
「こんな飛んだり落ちたり、普通しないでしょ」
さもありなん。とはいえそれに気が付いたって今のこいつにはどうしようもない話で、大人しくしてるしかないわけだ。逃げたって空の上であることに変わりはないしな。だから見せてもいいのかもしれねえが、可能性は極力下げておく方がお互いにとっていい。情報を持っていると知られたら、万が一別の勢力の手に渡った時に面倒くさいことになる。……いや、俺の客ってだけでだいぶ面倒だろうけどよ。
そうしてたどり着いた貴賓区画の一室。目配せした執事が端にある俺の部屋を開けて、扉が閉まったところでセリを降ろして目隠しを取った。
「……捕虜や平民の人質に対する扱いには見えないけど?」
「そんなんじゃねえしなあ」
ただ俺が、お前を手に入れたかっただけだ。その為にタイミング的にもっともらしい建前をでっち上げた。まあ連合軍としても人間一人俺が囲ったところでどうせ痛手でもねえ。むしろ蒼の騎士が女一人で大人しくしてくれんならメリットの方がデカいだろうよ。
「そういや、例の小型銃は没収されてねえんだな?」
手の甲で銃が入ってんだろう腰の後ろを叩くと、予想通り硬い感触が返ってくる。
「届出を出してなかったから、武装として認識されてなかったんだよね」
「出してなかったのかよ。……意外だな」
だけど確かに合同訓練とかの授業でこいつがこれを使ってるところは見たことがなかったか。訓練で銃を使うこともあったろうが、それは支給された武器の中での話なわけで。
「奥の手っていうのは隠しておくものでしょ。まあ、サラ教官はもちろん知っていた筈だけど、届出を出しなさいとは言われなかったし」
なるほどな、と頷いたところで腰をあさったセリが俺に向けてその銃を差し出してくる。突きつけてきたのではなく、丁寧に持ち手を俺の方へ。
「持っていくならどうぞ」
「いや、持っとけ」
差し出されたもんを若干掌で押すと視線は訝しげなものへと変化した。
「……いいの? 私が自殺するかもしれないけれど」
そんなことを真面目に言うもんだから、俺はつい、笑っちまった。まるであの日々のように。
「お前はそんなことしない……というか、出来ねえだろ。覚悟がないとかじゃなくて、自分が為すべきことを考えたらその択は取るヤツじゃねえ」
まあ最善だと判断したら迷わずその命を絶つだろうが、自分の命に戦略上の意味が発生しない限りその選択肢を取る必要がない。それくらいの合理性をお前は持ち合わせてる。例え敵側に俺が回っていたとしても、本質はそう簡単に変わるもんじゃない。
だから、そういう意味が発生しづらいって理由でお前が平民でよかったと思うぜ。貴族で、千人の領民と自分の命を天秤にかけなきゃいけなくなっちまったら、お前その首落とすだろ。
「お前が本当にそれが必要だと考えたなら、花瓶壊してでも死ぬって分かってる。自殺武器取り上げたって意味ねえよ」
だからこれは持っとけ、と中途半端な高さにある銃を持つ手を今度は掴み上げ、ぎゅっと銃を押し付ける。お前にとって誰も彼も敵だろうこの戦艦で、ひとつくらい武器を持ってても罰は当たんねえよ。ただ、それでどうにか出来る手合いが殆どいないってところが瑕なんだが。
「ここで大人しくいい子にしててくれや」
ぐしゃりと頭を撫でて、返事も聞かず部屋を出てそっと鍵を閉めた。
ま、こんなバケモン揃いの廊下を歩きたいなんて思わねえだろうけど、後で保険をかけておかないとな。
そうして艦長室へ向かいながら、セリとヴィータのことを考える。
あの女が何もなくてあんなことをするとは到底考えづらい。であるのならば、何か関係性がある筈だ。共通点といえばまず真っ先に思いつくのは出身地か。セリはティルフィルで、ヴィータはエリンの里。どちらもサザーラント州にあって、両者はほど近い。つってもセリの方は魔女の噂は知ってても御伽噺だと思ってたんだよな。
それなら二人が知り合いって線は消してもいい。となると途端に手詰まりだが、知り合いじゃないって可能性は残るわけで。
「あら、お姫様置いてこんなところにいていいの?」
艦長室で用事を済ませ、甲板に見えた蒼い影を追いかけて来たらンな軽口を叩かれる。俺が騎士と来たらあいつは姫かよ。……似合わねえな。
「不思議なんだよな」
「何かしら?」
「どうしてお前がセリのことを気に掛けるのか。さっきの会話的にお前、俺がいないところでちょっかいかけてたんだろ」
俺が一切話しちゃいないプライベートなことに関して、こいつは首を突っ込んできたことになる。いくら俺を導いた魔女だからってそこまでやってきたことなんざ今までなかったはず。それじゃあ、これは俺起因のものじゃないんじゃないか?って結論に至るのはそう変じゃねえ。
「私だって人情くらいはあると思ってくれないの? かわいいかわいいあんな普通の女の子が、こーんな悪いオトナに騙されて、さすがにかわいそうじゃないかしら」
人を喰ったような笑み、小馬鹿にしたような台詞でヴィータは喋る。
「人情もないワケじゃないんだろうけどよ……お前、セリを一方的に知ってるな?」
問うた瞬間、目の前の相手は笑みを深くする。紫耀の瞳が昼間だって言うのに怪しげに煌めいて、ずいぶん慣れたと思ったがやっぱりこいつ底が知れねえ。
「そうね、その言い方は正確よ」
「……」
「知っての通り、私は16歳までエリンの里にいた。イストミア大森林に抱かれる隠れ里に」
「つまりそういうワケだ」
「ええ」
大森林を遊び場にする子供は、おそらくそう多くはない。南にも森は存在し、上位属性が働いてるから人払いの効果も若干あり、加えてセリ曰く魔女の聖域と呼ばれている。それでもあいつは何度となく遊び、魔女はそれを認識する。知り合いではなく、一方的な観察者として。
「あの子が迷子になって里に入って来てしまい大事になる前に私が帰したこともあるけれど、記憶は消してる。さっき治すついでに視たけれどそれは確実よ。彼女は何も知らない」
「なるほどな、ようやく腑に落ちたわ」
つまりセリは、こいつ含むエリンの里の人間が幼い頃から見守ってきた一人なんだろう。特にティルフィルは精霊信仰の強い土地らしいから、森への信仰も他の地域よりずば抜けてる。森を敬う者たちを、魔女はそっと支えて続けてきた。それには子供の安否だって含まれると。
「トリスタで見た時に、ピンと来たの。ああ、あの子だって。あんなに小さかったのに、こんな遠い町まで一人で出てきて生活しているなんて驚いちゃって。まさかクロウが恋い焦がれる相手が彼女だとは思わなかったけど」
慈しむような声音であいつのことを話すそいつはまるで"姉"のようで、すこし癪に障った。
「……あいつはお前の妹じゃねえぞ」
「そんなこと、わかっているわ」
妹弟子である委員長ちゃんがVII組に在籍してることを思い出して、目の前に出られないからってそれを他人に重ねんな、と暗に釘を刺したら、視線を落として笑われる。あいつは誰の代替品でもない。
「それにしても、"魔性"っていうのはああいう子もそうなんでしょうね」
「……なんだって?」
おおよそセリには似合わない単語が出てきて思わず顔を顰める。魔性の女なんて、あいつから程遠い単語にも程があるだろ。どっちかってえとまだVII組女子たちの方が色気があると思うんだが。
「あの子、若干ではあるけれど、一般人の部類にしては"境界侵犯"の性質を持っているのよ。自分が越える、相手を越えさせる、どちらにしてもね。たぶん、今まで面倒な手合いとやりあうことも多かったんじゃないかしら?」
それを聞いて、試験運用時の古代遺物のこと、自分があの病院で言葉をこぼれさせたこと、過去に男といざこざがあったこと、さまざまな話に合点がいく。そしてエリンの里に迷い込んじまったって言うのも、その境界侵犯の性質とやらのせいなんだろう。なるほどな、斥候に向いてるわけだ。他人の、土地の、隠したいものを暴いちまう。挑発戦技も本能による応用なんだろう。
「もちろん、"異能"と呼ばれるほどの強制力は殆どない。ほんのすこし、心が傾いた時にそれを増強する程度のもの。だから人であれば心を強く持っていれば何てことはない話なわけで……でも、心当たりがあるみたいね?」
見透かされるような言葉に無言でいたら肯定と捉えられたようで、「そう」と頷かれた。
「といっても明るいだとか、努力が出来るだとか、本当にそういう個人の性質程度のものよ。傾いている天秤を更に少しだけ後押しする。それが彼女自身にとっていいことでも悪いことでも関わらず、ね。だから"魔性"と表現するしかない」
「……それをどうにかする手立てってのはあるのか?」
「ないわよ?」
あっけらかんと言いきるその姿に、ああまたあいつはそれによって泣いたりするんだろう、なんてぼんやり他人事のように考えた。今まさに泣かせてる俺が憂うことじゃないんだろうが。
「言ったでしょう? 異能と呼べるほどではない、って。それでもきっと実生活上たくさん困るでしょうけど、こればっかりはね」
つまり深淵の名を頂く魔女に言わせても本人の鍛錬次第で制御出来るもんじゃないってことだ。耳がいいから要らんことを聞いちまうとか、鼻がいいから余計なもんまで発見しちまうとか、そういう本人にはどうしようもない領域って理解で合ってるのかね。
「在野の魔女にも一人そういう性質が強い方がいるの。でもあの方は自分のそういう性質を理解した上で割と楽しく付き合っているみたい。彼女はそういうのを面白がれる性格ではないだろうから、同情するわ」
あいつは人と触れ合うことをある程度自分から抑制していた。その上でああなってんだから、確かに本人がこれまで以上に気にしたところで実のある努力になるとも思えねえ。それなら伝える方が酷ってもんだ。
「彼女の存在を伝えた私が言うのも何だけれど、懐に置くなら大切にしてあげなさいな」
「……」
まるで何もかも見透かしたかのように笑うヴィータは、何も言えない俺を置いて、今度はどこかへ転位していった。
────大切になんて、どうやってしたらいいのかわかんねえよ。