[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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31 - 11/10 残酷な晩餐

1204/11/10(水)

 

ソファから身体を起こし、上体をほぐす。数分でも無防備な姿になるのが嫌でシャワーを浴びるのも憚られ、部屋の主がいつ帰ってくるかもわからないのでベッドで寝るわけにもいかず、折衷案として銃を抱えながらソファで寝ることにした。毛布がわりのアッパーシーツだけは予備のものをクロゼットから引っ張り出したとはいえ、多分大丈夫だろう。

肌や髪は若干気持ち悪いけれど、まぁ学院の裏手の森で一週間模擬訓練した時よりはまだマシだろうので耐えられないほどじゃない。……ご飯などを持ってきてくれる方々にどう映るのかは考えないようにしよう。

 

昨日は結局昼を吐いてしまって、晩もお願いして少なめにしてもらっていた。夜中も誰かが廊下を通るたびに目が覚めて、連続して眠れたのなんて何時間だろう。なのに朝が来ても空腹感がないというのは奇妙通り越している。身体が自分の不調を隠そうとしているんだろうか。もしそうならあまりいいことじゃない。自分の状況さえ把握出来なくなるのは瓦解の一歩手前だ。

つらつらと考え事をしながらシーツを畳んでカーテンを開くと、容赦なく陽光が目に入ってくる。そうか、雲の上だから太陽を遮るものがないんだな、と光に眩む目を慣れさせて、強制的に起こした頭で洗面台の方へ。

昨日の昼食後、暫し失礼いたします、と侍従服の女性が部屋の中を整えてくださって、歯ブラシやコップ、寝巻きなどが備えられていた。実のところ高級ホテルでのマナーなどとんとわからないので、こういうのをどう扱ったらいいのかわからない。けどまあ新しいのを使う上でそんな変なことはないだろう。たぶん。

 

朝の身支度が終わり、筋トレやアンから習った徒手空拳の型を復習するにしてもシャワーを浴びることの出来ない状態ではちょっとな、と悩んだところで机の本が目に入った。続き物の小説らしく、ナンバリングされ統一感のある背表紙が並んでいる。そっと一冊手に取って読もうかというところで部屋の外に気配。

本を机に、足を扉へ。開けると先日からこの部屋を唯一出入りしている方が立っていた。

 

「おはようございます、セリ様」

「おはようございます」

 

ワゴンで運ばれてきたのはこれ以上にないほどに完璧な帝国風朝食。オムレツにサラダにコンソメスープ。加えて珈琲も。支度が終わったらそっとその方は部屋を退出する。私が一度言っただけなのに、それを丁寧に守ってくださっていて律儀な方だなぁと感心するばかりだ。

……名前は聞いたら教えてもらえるのだろうか。いやでもこの場合、一応客である私から訊いたら答えなければならない質問にならないか?そう考えると訊くのはよした方がいいかも。

 

何はともあれ、今日も食べなければなるまい、とナイフとフォークでオムレツを切り取り口に運ぶと、卵の熱さとやわらかさにどこか元気になる自分がいた。ごくりと飲み込んで、そっと唇にふれる。ご飯が美味しい。たったそれだけなのに、今の私には嬉しさが伴って。

瑞々しい葉物も、断面が綺麗なプチトマトも、透き通って何も入っていないけれど野菜の出汁がよく味わえるスープも、ぜんぶが美味しい。一日経つことで少しは気持ちが落ち着いてくれたということだろうか。まだ頭の中はぐちゃぐちゃだけれど、身体が少しでも元気になってくれたなら思考を整理する元気も湧いてくる。きっと。

 

思っていた以上に早く食べ終え、ごちそうさまでした、と女神と朝食に携わってくださった方に感謝を捧げると、控えめなノック。私が反応すると外で待機されていた方が入ってきて、ワゴンに食器を乗せていく。珈琲はまだ飲んでいるけど、たぶん後で取りに来てくださるのだろう。

 

「あの」

「はい」

 

何か粗相をしてしまっただろうか、と声の方へ顔を向けると、両膝をついた女性と視線が合う。

 

「差し出がましいかもしれませんが、お召し物の替えは持っていらっしゃいますか?」

「……」

 

そんなに、声をかけなければいけないほどみすぼらしかっただろうか。いや、でも、学院でも満足に洗濯が出来ていたとは言えないし、さすがに殴られた時のものは全て洗われたものの替えが豊富だったというわけでもない(怪我人だから衛生的に優先、と怒られてはいたけれど)。

 

「ええと、その、いえ、着の身着のまま乗艦してしまった、ので……」

 

嘘をつくわけにもいかず正直に言うと、それでは持って参りますね、と当たり前のように頷いて、私が眠る時に使ったシーツまでさらりと回収し、ワゴンを押して部屋を出て行ってしまった。えっ?

……そうか、貴賓室というのはそういうのの対処も出来るようになっているんだなぁ、なんて、私が外で受けられるサービスの上限値をずうっと突破しているような気持ちにさせられた。いやでも服まで用意出来るってどういうことだ。

 

しかしこの分だと服を脱がせられてそのまま着せられるということも大いにあり得るので、銃とARCUSは別のところにしまっておかねばなるまい。もし所持しているのがバレたら他の人間に伝わる可能性がある。……取り敢えずはさっき小説が置いてあった机の裏でもいいか。引き出しだと単純な点検でバレそうだし。

 

ごそりごそりと机の下に潜り込んで仕舞い込み、手をはたきながら窓の外を見る。やっぱりそこは雲海だけが広がっていて、ここにずっといると気が滅入りそうだなという感想が出てきた。たまに雲の切れ間から下が見えることもあるけれど、かなりラッキーな部類だ。まあ、下が見えてもどこにいるのかわからないので現在地把握としては意味がないとも言う。でも視界が雲に占拠されているよりはいい。

 

「失礼いたします」

 

ノックの音に呼応すると、移動式ハンガーラックと共に女性が入ってきた。……どれもこれもドレスな気がするのは気のせいだろうか。

 

「セリ様に似合いそうなものを幾つか見繕って参りましたが、如何なさいましょう?」

「……あの、今私が着ているような庶民向けのシャツやズボンなどで良かったのですが」

 

すると、僅かながらにも確かに困った表情で、セリ様の体格でその形のシャツはご用意がなく申し訳ありません、と謝られてしまった。一般的な男性体格だったら良かったのかなぁ。しかしないものは仕方ないし、暗に着替えた方がいいと言われている手前、固辞するのも変な話だ。でもドレス……動きづらい服装にはあまりなりたくないのだけれど。

 

気が向かないまま用意されたものを見ていると、わりとタイトめなシルエットのものが多く、雑誌で見る皇女殿下のようなフリルがたっぷりとしたものはあまりなかった。うーん、と唸りながら、この中ならこれかな、と装飾の少ないドレスを手に取ると、こちらでございますね、と瞬時に反応が返ってくる。

 

「それではご用意させて頂きますので、その間にシャワーなどいかがですか?」

「………………はい」

 

高そうな服に腕を通すのだから、それは礼儀だろうけれど、やっぱり気は進まない。だけど私がどういう理由でここに来ているのかもきっと知らないだろう人にそんなことを言っても仕方がないし、そもそも警戒しているのが馬鹿な話なのかもしれない。そんなことすら、自分で判断が出来ない。無力だなぁ。

 

 

 

 

そうして身体を洗い、髪を乾かされ、ドレスを纏い、ヘアセットまでされてしまって(さすがに斥候としてメイクと香水だけは断固拒否をしてしまった)。まぁしかしどうせこの部屋から出られないのだしこんなことをしたって無意味の極みなのでは、とさえ思えてくる。

 

「……そういえば質問なんですが」

「はい、何なりと」

「この部屋に元々いた方って、帰って来ているんですか?」

 

昨日出て行ったっきり、部屋の外に来た様子すらない。もしかして別室で寝ているとかそんなこともあったりするのかもと。

 

「蒼の騎士様は現在、西部に出陣されておられるようですね。セリ様がここでお待ちになっていらっしゃいますから、きっとご無事ですよ」

 

西部。海都が主戦場になるわけはないから、その北だったり南だったり、沿岸の町々が被害に遭っているのだろうか。そうなると小さくない規模の街であるティルフィルは難民を受け入れる方向に走るかもしれない。そう、なると、あの二人は避難民の誘導で主戦場に突っ込んでいきかねないのでは?

 

「……」

 

嫌な考えというのは、連鎖するもので。

もし海岸沿いじゃなくて内陸に戦場が移動したとしたら、仮に街は無事でも森が傷つくかもしれない。そうなると年単位、下手したら十数年単位での損失が出る。それをなんとかするのが元締めだろうと言えばそれまでだけれど、お抱え職人のために一帯を予約している貴族の方だっていらっしゃった筈だ。それにケチがつけば補填は何百万ミラどころじゃ済まない。

ハイアームズ侯爵閣下やアルトハイム伯爵閣下に助力を仰げば資金や説得で援助をしてくれる可能性が高いとはいえ、それは結局一時凌ぎだ。根本的な解決にはならない。

この戦が終わったら授業を多少休むことになっても一度帰るべきかな、と結論を出してようやくそこで思考を一旦保留にした。考え続けても仕方ない話だと理解出来たから。

 

「蒼の騎士様はとてもお強いと兵がみな噂をしておりますよ」

 

にこりとその人は憂いなく笑う。

きっと、これは、私が蒼の騎士とやらの恋人だと思われているんだろう。まあいきなり女性を連れてきて自分の部屋に入れて世話を申しつけたらそういう反応にもなるか。……本当は、もう、そんな間柄ではないのに。

 

いや、ちょっと待ってほしい。

いきなり間接的にとはいえ恋人に絶縁を叩きつけ、己が所属する連合軍が町と学院を占拠し、かと思えば何の説明もなく学院の自治権を盾に身柄の拘束を迫り、当の本人は遠征に出かけていて何の説明もなく一日以上放ったらかしというこの状況。私はキレるべきなのでは?

そこまで一息で考えて、深くため息をつく。怒ったって結局意味のない話だろう、と。きっと徒労に終わるだけだと。そんなもののために怒るのは馬鹿らしいと。そんな風に諦める言葉が脳裏に積み上がっていく。空気を叩くような真似はしたくない。

だからこれも保留しておくことにした。きっと今はわからないから。

 

「……着替えの手伝い、ありがとうございました」

 

私が腰を折ってお礼を告げると、お綺麗です、とお世辞を残してその人はハンガーラックと共に退室してくれた。意味が伝わったようでなによりだ。

ソファに座り背中を預けて、今の自分に何が出来るのか。それについて考えてみたけれどいい案も悪い案も引っくるめて、何一つ思い浮かばなかった。出来の悪い頭を呪おう。

 

 

 

 

1204/11/11(木)

 

就寝前にシャワーを浴びたし諦めて寝巻きに腕を通したけれど結局ソファで眠ることだけは譲れずに、夜中に起きてしまうのも昨日通りで、そんな三日目の朝を迎えた。

どうやらこの艦には衣類乾燥導力器が設置されているようで、昨日いつの間にか持って行かれていた私の制服は丁寧に洗濯され、シャツとズボンはアイロンまできっちりかけられて返却されたので今日はそれを着用させてもらった。ジャケットは乾燥に時間がかかっているようだ。

 

昨日の段階で現状把握に難があると痛感したのでラジオと新聞を頼んだところ、ラジオは通信圏外で新聞は五日前に寄港した際に購入されたものしかない、と返されてしまった。どうしてこの戦艦は一週間も航行できるようなあほな造りをしているんだろう。いや造りとしては一流なのだろうけれど今の私からしたら全く歓迎できるものではない。

とりあえずそれで大丈夫です、とお願いして読んだ帝国時報の記事はどう見積もっても貴族連合軍の検閲が入っているもので大した情報は得られなかった。加えて他の地方新聞は購入していないらしい。

結局、他の人と連絡は取れず、外界の情報も仕入れられず、やることもない部屋で一人放置されているという状況を打破することは出来なかった。小説を読もうと思った瞬間もあったけれど何だかそういう気分にもなれず。

 

仕方がないので昔アンに習った東方武術の型を復習したり、室内で出来るトレーニングをしたり、そんな風に過ごすことにした。いつまでこんな時間が続くのだろう。

 

 

 

 

「失礼致します、ローランド様。ご夕食をお持ちしました」

 

シャワーを浴びて、着替えはないからシャツとズボンを再着用して、肩にタオルをかけて出たところでそんな言葉と共に入ってきたのは見慣れない方。そういうこともあるか、というのと、もうそんな時間か、と段々慣れてきてしまった自分にちょっと嫌気がさす。慣れていいものじゃないだろう、こんな生活。ずっとこんな感じだったら料理や雑事の感覚を忘れてしまいそうだ。

自分に苛立ってしまいつつもソファの近くに立ちながらいつものように配膳を眺めていると、メイン皿の保温カバーが外された時、喉が引き攣った。フィッシュバーガー。何度となく作ってもらったり作ったりして食べた、それ。私が知る人の得意料理。

 

────これを作ったのは誰ですか?

 

そう、問いかけることも出来ず、退室する音を聞いて、そっとソファに座る。素材自体は普段使っていたものより数段上等なのだろうけれど、それでも、挟まっているものや挟まっている順番や大きさや付け合わせなど、全部が全部、見覚えのあるかたちで。

食べたくない。食べたい。食べたくない。食べたい。相反する感情がぐるぐると胸中に渦巻いていく。この数日で出されたメニューと打って変わってジャンクな品。これに、"誰か"の思惑が絡んでいないとは言わせないほどの異質さ。

水を飲んで、心を落ち着かせる。

……これはなんてことない、ただの夕食だ。もしかしたら蒼の騎士の客ということで何か厨房の方が気を利かせてくれた可能性だってある。だから気構える必要なんてない。そう自分に言い聞かせてバーガーを両手で持ち、一口。

 

「……」

 

口の中に広がるのは、懐かしい味。しっかり噛んで、飲み込んで、持っていたバーガーを置いて、肩にかけていたタオルで目元を抑える。これを作ったのは、あいつだ。この艦の誰がわからなくても私にはわかる。そして、判別がつくと知っていてこれを出している。────どうして。なんで、そんなひどいことができるの。私が好きな君の気配を私の前に出してきて一体何を伝えたいの。

わからない。全くもって、わからない。だけど食事を残すのは自分のポリシーに反するし、何より負けを認めたような気になってしまうから、すべて平らげた上で、真意を問いただそう。

嗚咽を止め、涙を拭い、私はまた料理に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「眠ったみたいだな」

 

メイドが飯を持っていった時間から見計らって部屋に入ると、完食した食器の前でソファにセリが横たわっていた。起きる確率を下げたくて部屋の灯りを消し、窓から採光されるものだけに。

料理に薬を混ぜるなんざ悪党のすることだと思ったが、まぁ端から悪党だろと割り切って仕込んだわけだが目論見通りセリは全部食べ切ったらしい。わかりやすいっつうかなんつうか。これからの人生で騙されないか心配になっちまうな。俺が言うこっちゃないか。

 

用意してきたシャツワンピの寝巻きと鎖をベッドに放り出し、ソファからセリを掬い上げる。そのままベッドに横たわらせ、シャツのボタンを静かに外し、体の前面が露わになった。腹の部分が記憶より薄くなってる気がして、ああやつれたんだな、と苦しくなる自分と嬉しくなる自分が同居しているのを実感する。どうしようもない野郎だ。

シャツとブラジャーを肩から落として次は下。ベルトのバックルを外してショーツごと脱がしていく。さすがにこれからやることにこの辺は邪魔だかんな。

 

そうしてほっそりとした肢体全部が月明かりに照らされて、綺麗だな、と素直に。ヴィータが治してくれたおかげか、どう考えてもあっただろう傷跡も全部跡形も無くなって、つるりとした肌だけが残ってる。

数秒眺めたところで、風邪引くか、と持ってきた紺色のワンピースのボタンを開き、両腕をそれぞれ通し肩に羽織らせ、太ももの方まで生地を敷いたところで下から閉じていく。

胸元のボタンに差し掛かったところで手が止まり、静かに眠るセリの頭を撫でた。メイド曰く、ベッドを使ってる様子がないってこったから、ずっとソファで寝て、どうせ逐一気配察知して眠れずにいたんだろう。じゃなかったら薬を盛られたからってここまで深く眠るなんてそうそうない。そのいじらしさがかわいくて、口元が歪んじまう。

開けたままのシャツの襟を手にして、そっと鎖骨に赤い痕。

 

そんじゃあとは仕上げだな。

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