1204/11/12(金)
陽光の気配がして、ああまた朝が来たのかと上体を起こす。すこし霞む視界を振り切ったところで自分の居場所がベッドであるのが分かった。服も着替えさせられて、つけていた下着も外されている。自分の意思で行った記憶はないため誰かにされたのだろうとは容易に想像がついたけれど、そんなことをされて自分が起きなかったというのだろうか。そもそも眠る準備を行なった記憶がないのだけれど。
「お目覚めになられましたか、ローランド様」
声をかけられて窓辺へ視線をやると、逆光の中に影が一つ。声、身体的特徴、服装からみるにおそらく、女性。眩しい光に徐々に目を鳴らしていくと、ここ数日見慣れた侍従服に、昨日私の夕食を運んできてくれた方だとわかった。……いつからそこにいたのか。
「私は貴方様の世話役を仰せつかったヒエリアと申します。どうぞよろしくお願い致します」
何を、と問いかけてベッドから降りようとしたところで足に違和感が降りかかる。アッパーシーツを剥ぎ取って見やれば左足首に、鎖が繋がれた輪が取り付けられていた。伸びる鎖は部屋の中央に固定された机の根元から伸びており、床に蛇行しながら横たわっているそれは目算10アージュほど。引き千切れるほど細かい鎖じゃない。
詰まるところ、服を着替えさせられベッドに移動し鎖をつけられたということで。そんなことをされて私が起きなかったというのはあまりに不自然だ。
「ローランド様の疑問にお答えする各種返答の用意が私にはあります」
静かで透明感のある声は、無理なく私の思考の中へ入ってくる。であるのならば早く説明が欲しいと視線で促した。
「ですが、その前に朝食に致しませんか? 頭を働かせるためにも必要かと」
提案されて、すぐには返答ができなかった。だってそうだろう。この意識の欠如と不自然な状態は、どう考えても昨日の夕食に薬が盛られていたと見るべきなのだから。懐かしい味を差し出されて泣いて、これは挑戦だと受けた自分を恥じるしかない。そんな思考もきっと見透かされていたろうから、掌の上で踊らされっぱなしということだ。
「────何も、今回は何も入っておりません。だからどうか」
ヒエリアさんは毅然とした声で、そう言った。主人の命令やそれに間接的に関わる人間の命令は絶対だ。この貴族社会の帝国で、侍従職の人間が命令に否を唱えることは甚だ難しい。離職どころか親族の命の危機にさえ繋がる。
けれどこの人は命令だとしても、誰かに薬を盛るだなんて行為を見過ごすことに罪悪を抱かない方ではないのだろう。その高潔な精神を、信じてみたいと思った。
「……わかりました。用意、お願い出来ますか?」
「はい」
ほっとしたような表情でヒエリアさんが部屋を後にする。着替えるにしても足に鎖がついているのなら難しいし、そもそも着替えるものがない。顔を洗って、歯を磨いて、精々それぐらい。
じゃらりと存在感を主張する鎖を引きずって先ほどカーテンが開かれていた窓辺へ近付く。そこには初日から変わらない雲海がただひたすら広がっており、やっぱり現実感のない景色だな、という感想を落とすしかなかった。
今日の朝はベーコンエッグにサラダにミネストローネで、やっぱり簡単ではあるけれどとてもおいしそうな朝食が用意された。加えて珈琲も。そして目の前には事情をある程度知っているというヒエリアさん。ソファに座ることを最初は是としてくれなかったけれど、無理を言って座ってもらった。話す相手が立っていて自分が座っているというのは物理的にも精神的にも落ち着かなかったからだ。
真っ直ぐな金耀石の瞳と視線が合う。本当ならこれらを施した本人の口から聞きたいのだけれど要請を受けてまたどこかに飛んでいっているようで、それについてこの方に当たっても仕方ない。
「私が訊きたいことは三点あります。まず、何があったのか。何を目的とした行為なのか。そして何故昨日だったのか、です」
私を鎖で拘束するにしたって、搭乗したその日に有無を言わせずつければいい。納得はしなくとも大人しく従っただろう。こんな薬を盛ってまで不意打ちするようなことじゃない。衣服の着脱が大変になるという話なら、やっぱり今みたいに用意されたものに着替えたろう。
ヒエリアさんは私の言葉に頷き、一つずつお話しさせて頂きます、と口を開いた。
「まず、昨晩は蒼の騎士様がローランド様のお食事を作り、私はその調理補助をしておりました。そして推測されている通り睡眠薬を混入させ、ローランド様の意識をなくした上でお召し物を替えられたのだと思います」
口調から考えると、着替えは一人でやったのだろうと思う。まぁ人手がいるような服は着ていなかったし、今までの性格を考えると、誰にも見せることなくそれを終えたかった、というのもあるのかな、と。……いや、今までの性格から考えることなんて意味はないか。
「この拘束の目的は、ローランド様がこの部屋から出なければその生命を保証する、といったものだと仰っておりました」
「……?」
私はこの部屋から出るそぶりなんて一切見せていないのに、それはやっぱり何だかおかしな話だ。これが何度も脱走を試みている、とかなら理解も出来るけれど、自分でいうのも何だけれどかなり大人しくしているのではなかろうか。なのにそんなことを言われても困ってしまう。今まで以上に従順でいろと?
「実行が昨晩だった理由は二つあり、まずお召し物の入手が叶ったこと、そして……ああ、到着するようですね」
ヒエリアさんが私から視線を外し、窓の外を見る。促される形で一緒に立ち上がり、窓辺に近付いたところで理解した。ぐんぐんと高度が下がり、雲を抜け、街並みが見えてきた。この250アージュ級飛行戦艦が発着出来る空港は帝国でもかなり限られていて、主要五大都市に加えジュライ経済特区のみ。見覚えがないことから旧都と鋼都は外していい。遠くにすら海が見えないことから海都とジュライも除外だ。となると、公都バリアハート。
「お分かりになったかと思いますが、定期的な物資の積み込みが本日だったのです」
脱出する意志があるなら、今日、それを為しただろうと。そしてそれを絶対にさせないためにこんな拘束を私に施した。……そんなの、まるで、私がここから消えたら困るかのような。どうせ私一人消えたって学院に危害が及ばないようにすることなんて朝飯前だろう。仮に捕虜がいなくなって連合軍が動くにしたって、露呈させなければいい(そもそもたかが平民一人が逃げ出したところで動く気もしないけれど)。
だから、これは、あまりにも個人的な思惑すぎるのではないか。
「……説明をありがとうございました」
相手が何を考えているのか全くわからないけれど、それをヒエリアさんに問うても意味がないし、何より本人から聞くべきだと判断して頭の片隅に置いておくことにした。
「ローランド様にはご不便をおかけするかと思いますが、私が誠心誠意、お仕えさせて頂きます。何なりとご命令下さい」
隣に立つヒエリアさんは丁寧に頭を下げてくださる。そうは言っても私の脱出は手伝ってくれないだろう。まあ、もし手伝ってくれたとしてもその後どうなるのか想像もつかないから頼むことは出来ないけれど。
「よろしくお願いいたします、ヒエリアさん。……その、早速で悪いんですが」
話が話なので真面目な顔をして会話をしていたけれど、一段落ついたとみて話を切り替える。下着をつけていないというのは、こんなにも心細いのだな、なんて。
ヒエリアさんに頼んでみたらサイドで結ぶ形の下着を数セット買ってきてくれて、とりあえずその方面での問題は解決した。動いても外れない結び方の研究は必要としても、ないよりはずっといい。助かった。それに結索術は学院でも教え込まれているしそう困らないだろう(実戦より早くこんな形で使うとは思っていなかったけれども)。
彼女曰く、貴族の間ではこういった形のものが流行しているらしく、寄港地が公都であったことは不幸中の幸いだったようだ。お貴族様が何を考えているのか本当にわからないな、という気分になったのは言わないでおこう。
「セリ様は士官学院の制服を着ていらっしゃいましたが、やはり戦われるのですか?」
暇だし鎖がついていては(下着も相まって)武術の型確認等はしづらいため、お茶をしながら会話相手になって欲しい、その際に名前で呼んで欲しい、とわがままを言ってみたらヒエリアさんは多少困った表情を見せつつも応えてくれた。
「はい、両手に剣を持って前に出る人員でした。前衛が敵の注意を引ければ後衛が安全になるのでそういった役割で」
ARCUS面子以外と組むことももちろん多々あったけれど、やっぱり私にとってのチームはあの四人と組むものだった。前衛が食い止めつつダメージを蓄積させ、中衛が前後両方の補助をし、後衛が最大火力を叩き込む。教官たちが言っていた通り、とてもバランスが良かったと思う。
「ヒエリアさんはこの仕事を始めて長かったりするんですか?」
「十年ほどでございましょうか。日曜学校を終えて奉公に出て、初めてのお屋敷で沢山のことを教わりましたが奥様が亡くなられ、また別のお屋敷へ紹介状を頂いて。楽しい日々です」
「十年……」
今までの歳月を思い出してか、にこりと笑うヒエリアさんが眩しくて、きっと犯罪行為と無縁だっただろう方をこんなことに巻き込んでしまって申し訳なくなった。私があの時、あそこにいなければ彼女が後悔に苛まれることもなかったろう、と。もちろんこれは傲慢なものの考え方だというのは重々承知している。それでも無関係だと割り切れはしない。
「そういえば、セリ様はカイエン公爵閣下についてはご存知ですか?」
「ええと、名前だけならさすがに」
クロワール・ド・カイエン。ラマール州を統治する四大名門貴族の一つであるカイエン公爵家の現当主だ。帝国で二番目に栄えているとされる海都オルディスに屋敷を構え、街は大陸各地との交易で随分と賑わっているらしい。
「では申しておきますと、可能な限り接触を控えさせるよう蒼の騎士様から仰せつかっております」
……そんなに危険人物なのだろうか。いやこの貴族連合軍の総主宰と目される人物で、つまり十月末日のテロを企てた張本人ということになるのだから反政府思想という意味では十分危険人物だというのはわかる。しかも皇帝陛下から直々に爵位を賜っているあの宰相殿を殺したともなれば皇家に弓引くも同然ではなかろうかとも。
「といっても、当分この部屋から出られる気もしないですし、大丈夫だと思いますが」
「はい。そうであっていただける限り、私もそのように動けます」
これは、たぶん、本当に私の身を案じている話なんだろうと思った。ヒエリアさんにしても、この部屋の主にしても。
1204/11/14(日)
昼食を終え腹ごなし程度に筋トレをしていると、明らかに普通の人ではない気配が対面の部屋からこちらへ向かってくる。なんだろう?と首を傾げ、何があっても対応出来るよう窓際の方へ。扉の直線上じゃなければ一足でここまで入ることは難しいはず。
「《S》様、現在蒼の騎士様は不在でございます」
外で待機してくれていたヒエリアさんがそう応対してくれるけれど、ああ違うの、と女性の声。
「リーダーじゃなくて連れてこられた女の子にちょっと興味があってね」
「……少々お待ちください」
そんなやりとりが扉の外から聴こえてきて、そっと入ってきたヒエリアさんは緊張した面持ちで窓際にいる私に近付いてくる。
「その、帝国解放戦線幹部の女性の方がセリ様に面会をしたいと仰られていまして……おそらく断ることも可能ではあると思うのですが、如何なさいますか?」
帝国解放戦線の幹部の方。それは、あの八月のガレリア要塞襲撃に関わっていた人物と見るべきで、つまりどうあっても私の敵に他ならない。それでもこれはチャンスだと思った。私の知らない"あいつ"をとても知っている人。そんな方が私をわざわざ訪ねに来てくれたということは、害意はないのだろうと、思う。たぶん。おそらく。
「わかりました、準備が出来次第通してください。……大丈夫です」
本当にいいのかと視線で問いかけられたけれど私はしっかと頷き、すこし時間がかかる旨を伝えてもらい急いでシャワーを浴び、ドレスを着せてもらった。
「突然お邪魔してしまってごめんなさいね」
支度を終えて迎え入れ、共にソファに座ったところで謝られてしまった。昼間の太陽のような朱け色の長い髪の毛に、右目が眼帯に覆われた深い森の湖面のような瞳。とても綺麗な方だけれど、その歩き方や体重移動からして戦う人なのだということは如実に理解させられた。
「あたしのことはスカーレットって呼んでちょうだい」
「私はセリと申します」
相手がファミリーネームを名乗らないなら、自分も同じ重さで対応するべきだろう。
「リーダーが女の子を連れ込んでる、って聞いてお話ししてみたいと思ったの」
「……そんなに気になるものですか?」
横からヒエリアさんがお茶の用意をしてくれて、提供されたクッキーに口をつけた。するとスカーレットさんは赤いルージュを引いた印象的な唇を横に引き、妖艶に笑う。クロチルダさんも相当だったけれど、この方も随分と"こわい人"だと思った。
「だってあのリーダーがふつうの子に固執するなんて、到底考えられなかったことだもの」
それは、まぁ、理解出来る。反政府組織として地下活動をしている団体のリーダーがまさか身分工作の為に入学した先で恋人を作るどころかその本人をこんな内側まで連れてくるなんて頭がどうかしたのかとしか言いようがない。……いやそこまでは言ってないか。
「……スカーレットさんはあいつと長いんですか?」
ゆっくり飲むからと頼んだ紅茶のカップとソーサーを取りながら問いかけると、そうね、と。
「ここ数年くらいかな。貴方は?」
「私は、入学式付近からなので一年と半年ぐらいですね。……《C》だと知ったのはたったの二週間前で、全然知らなかったんだなぁって。どうでもいい相手だったんでしょうけど」
あまり自分のことを話さないとは思っていた。問いかけたら教えてはくれるけれど、いつか自分から話してくれるようになったら嬉しいと女神さまに祈っていたのに。今となっては馬鹿馬鹿しい願いだ。たとえ話されてもそれは真実じゃなかったろうし、そもそも今まで話してもらったパーソナリティすら真実であるとは限らない。
「……それはむしろ、大事にされていたんじゃない?」
その言葉に、いつの間にか液面に落ちていた視線を上げると優しげな瞳とかち合う。どうしてそんな表情をするのだろう。出来るのだろう。
「《C》が表向きの職業として学院生活を送っていたのは分かっているわよね」
「はい」
具体的なところはわからないけれど、帝国軍情報局などを欺く一環としてトールズ士官学院に入学し、平和な学生生活を送っていたのだろうことは想像に難くない。何せ学生がそんな大それたことを先導している人物とは思わないだろう。ある種舐められる為に偽装していたということだ。
「うん、だから、私たちの知ってる《C》は絶対に恋人をつくる筈がない、そんなボロが出るだろう深みにはまりにいくわけがない、そういった可能性があることすら切り捨てていた」
「……」
「別に女の子を泣かせたい趣味があるわけでもないだろうしね。それでも、《C》は貴方を選んだ。道が徹底的に重ならないと知っていても、いずれ関係が瓦解すると分かっていても、選ばずにはいられなかった」
一度断られた告白と、病院のことと、告白返しのことが脳裏によぎる────『オレは絶対にお前を傷付ける』、確かそんなことを言っていた。あれはこういうことだったんだ。
「思い当たる節があるみたいね」
「はい」
頷いたところでスカーレットさんの視線がちらりと下に寄越された。ローテーブルがあるから判然とはしないけれど、鎖のことを気にしているのかもしれない。
「不器用って言葉じゃ片付けられない精神性なのは確か。一般人の子をこんなところに引きずり込んで、あまつさえ監禁するなんてどうかしてる。正直恋愛に関してロクな人間じゃないとあたしは思うのよ」
「……ですよね」
そうはっきり言われてしまって、考える。なんで好きなんだろう。今でも残っているこの感情は単なる意地だったり、今まで支払った感情という名のコストが無に帰すのを怖がっているだけなんじゃないかとも思ったりした。だけど、好きでいた時間の分、心の整理も相応にかかる。すぐに憎しみだけに振り切るなんて器用な真似は、私には出来なかった。
────ああ、そうか。どれだけあの学院生活がフェイクだったと言われても、それがどんなに悲しかろうと、私は、"あの人"の優しさを好きになってしまったのだ。これまでの一年半のことをなかったことになんて誰にも出来ない。
「それに、貴族連中に弱みを晒してるわけだし、そこまでして?ってところも勿論あるのよ」
「どう取り繕っても生きる弱点ですね」
どれだけ自分が否定をしたくてもそれはわかる。仮に本人が大切ではないと言ったとしても周囲はそうと見做さないだろう。弱点にならないと切り捨てられるなら、そもそもここにいないのだから。弱点にならないというのなら、どうして貴賓室にあてがわれている自室に連れで込んでいるんだ、という話なわけで。
「えぇ。それでも、自分の手で守りたくて、自分の目の届く範囲にいて欲しかったんでしょうね。事情を考えると」
……だったら、初めから一緒に行くかと言って欲しかった。私がその手を取ることはきっとなかっただろうけれど、それでも私に選択肢を与えて欲しかった。あんな一方的にすべてを断ち切って、だっていうのにまた一方的に関係を結ぼうとして。私の心をこんなにもぐちゃぐちゃにして。
「それで、最初の話に戻るけど、話したら勿論計画がオシャカになる可能性が高い。でも、もし話して、貴方が賛同してくれてこの帝国解放戦線に入ったとしたら、貴方は拷問にかけられる可能性が飛躍的に高まるってことに他ならない」
スカーレットさんの言葉を静かに聞いていく。もっともな話だ。理解出来る。それでも、なお、私は、どうして、と問うてしまいたくなるのだ。
「だから、話せなかった、って思ってあげて欲しいな、私たちの不器用なリーダーを」
「……やさしいんですね」
そのやさしさが局所的なものであっても、この人が彼を案じているのはよく伝わってきた。
「リーダーには精神的に安定していて貰いたいってだけよ?」
「そうであっても、です」
だから、私は改めて線を引くことにした。
紅茶のカップをソーサーごと机に置き、真っ直ぐとその姿を見据える。その眼帯が、その肉体が、どういった経緯で傷付き、鍛え上げられたものなのか私は知らない。けれど知りたくないと否定することはしたくなかった。
「スカーレットさん、八月のあの日、何処にいましたか?」
雰囲気を変えたことに気がついてくれたのか、スカーレットさんもしっかりと私を見てくれる。
「……ガレリア要塞ね。貴方もあそこにいたの?」
「いいえ、トリスタにいました。授業がありましたし、勤勉な学生なので」
肩を竦めながら発した言葉にスカーレットさんが、ふふ、と笑い声。
思わず軽口を叩いてしまったけれど、授業が終わって、ラジオをジョルジュと一緒に聴いていた。そこに飛び込んできたノイズがかった銃撃の音は今でも耳に残っている。
「でも、私の大切な人がいたんです。オルキスタワーに」
帝国解放戦線が武装突入し、別プランとして列車砲で破壊せんとした大陸最大級の建造物。初めての西ゼムリア通商会議の場となり、彼らのターゲットであった鉄血宰相をはじめとした各国の首脳陣が集まっていた。
スカーレットさんは一瞬だけ目を伏せて、けれどまた視線を繋いでくれる。
「だとしてもあたしは謝れないわ。間違っていたとは思わないもの」
「はい、謝らないでください。幸いにもその人は生きて帰ってきてくれましたが、そもそも自陣にも死人が出るとわかっていながら行った、信念を賭した作戦でしたでしょうから。だけど私も許しません。貴方のことも、貴方たちのリーダーのことも」
そう。単なる巻き添えだったとしてもかけがえのない人の命が危険に晒されたことは間違いのない事実で、それについて許すことは多分出来ないんだろうと思う。だけどだからといって対話を拒絶するというのもまた違う。
「その上で、私は貴方をやさしい方だと思うんです。到底相容れない敵だとしても」
やさしさというのは、あらゆる方向に発揮されるものだけじゃない。正直なところ私だってとてもやさしい善人というわけではないからだ。それを突き詰めていくと、スカーレットさんのようなやさしさの在り方も自然なんだろうと感じる。
暴力で解決するというのを決して是とは出来ない。けれど、自分が持っている思想を共に大切にしてくれる相手というのはかけがえのないものだろうともわかる。許せないものを許せないと自覚しつつ、話すことは出来るんじゃないかと。……もしかしたら、この部屋の主とも。
「……なるほど、《C》が入れ込むわけだわ」
「そうですか? 私にはわかりませんけど」
お互い相手のどこを好いたのか。すこしだけそんな話をしたこともあるけれど、たとえ本当のことを言ってくれていたとしても、奥底のことは話してくれていなかったろう。それを理解するには、私はまだあの人のことを知らなすぎる。
────だから、理解したいと、願ってしまった。
好きで居続けることも、嫌悪に転じることも、どちらの道を選んだとしてもきっと疲れるし傷付くのは分かりきっている。だとしても、自分の感情を見て見ぬ振りをするのは止めよう。否定するのも止めよう。
たとえ彼が、"クロウ"じゃなかったとしても。