※性別問わずフラッシュバックの懸念がある方は、次話前書きにあらすじを記載するので今話は飛ばしてそちらをお読みください。
1204/11/17(水)
久しぶりに昼間のパンタグリュエルの自室の前まで帰ってきて、中にいるヤツが起きてんのを察知して立ち止まっちまった。
まさかこんなに酷使されるとは思ってなかったっつうか、まあ人間一人囲いたいって言ったのは俺だから大抵の要請は多少無茶でも通すつもりだったんだが、連日の戦闘から騎神の中で眠る方が霊力の回復も捗るせいでずっとそっちで眠っちまってた。
一度帰ってきてあいつの服を着替えさせたって言っても直接お互いに顔を合わせたのは一週間以上前になる。……いや、出撃は言い訳だ。欲望に忠実な行動だったことは認めるが、落ち着いた段階で真正面から対峙してどんな表情を向けられるのかが怖かった。だから近付かなかった。やろうと思えば隙間時間に会いにくることも、眠るだけでも自室に帰ることだって出来たのに。
つまり逃げてたんだ。だけど短いながら休暇を与えられたら戻ってくるしかないワケで。
「そこで立ち尽くすぐらいならさっさと入ってきて欲しいんだけど」
がちゃりと部屋の扉が開けられたと思ったら、目の前に呆れ顔のセリ。何か書き物をしていたのか右手の壁際にある机にノートと本が広げられていて、そっちへ戻っていく背中に、じゃらりと追随する鎖。
まぁ確かに立ち止まってても仕方ねえ、と部屋ん中に入って対のソファの左側に腰掛ける。特にやることもねえから作業してるやつを眺めてて気が付いたが、この間着せたワンピースに似た衣服でヴィータが着てるドレスのような煌びやかさは一切ない。ああいうのもわりと似合うと思うんだがな。胸と尻が薄いからその辺にフリルを盛ったのとかどうだろう。
「……あんまり見つめられると集中しづらい」
またも呆れ顔のセリが振り向いてきて、そりゃ悪かったな、と両手をあげる。立ち上がって近付き、椅子の背もたれに手をかけたところでちらりと見上げられたが、何も言われなかった。
「何書いてんだ?」
「この艦に置いてあったレシピ本を写してる。といっても全部じゃなくて、帰っても作れそうなものだけなんだけどね」
つまり最近食って美味かったもんとかレシピで気になったもんを下船しても作りたいっていう、食い意地の張った話らしい。全くもってこいつらしい。
カリカリカリ、と丁寧な筆致でレシピが写されていくのをただただ見下ろす。光源的に絶対俺は邪魔だと思うんだが、気にしていないのか関わりたくないのか。
「……ところで、君はシャワー浴びてさっさと寝た方がいいと思うよ」
「あ?」
ペンを動かす手を止めて、セリが見上げてきて自分の目元を軽く叩いた。
「隈出来てる」
「……俺がシャワー浴びてても文句ねえのかよお前」
「もともと君の部屋だから私が文句つける筋合いはないんじゃない?」
お前と俺が二人とも軽装になることの危険性に考えが及ばないワケねえだろ、と言外に含めて言ったってのにあっけらかんと返されて本当にこいつのことがわからねえと内心頭を抱えた。もしかして伝わってないとかあるか?
だから試したくて──知りたくて──ノートに再度落とされた視線を、ぐい、と後ろから顎を持ち上げて無理やり繋げる。少し傾けて口付けようとしたところで、掌で拒絶された。
真っ直ぐな瞳が俺を見て、その視線を受けて顔を退ける。
「私たちって、今でもそういう間柄?」
「……いや、違うな」
恋人関係は解消してる。というか、俺が一方的に破綻させた。だからセリにそういう意味で触れることは許されない。分かってたってのに、もしかしたら、受け入れられるんじゃないかって心のどこかで望んでた自分がいる。ンなことあり得るわけもねえのに。
「シャワー浴びて寝るわ」
「はい、いってらっしゃい」
そう送り出してくれるお前は、もう俺を見ちゃいなかった。
シャワーを浴びてぼすりとベッドに寝っ転がる。セリの気配が少しだけするそれに若干邪な気持ちを抱いちまった。ベッドから見えるそいつはいまだに書き物を続けてて、やることないにしてももうちょっと他になんかねえのか、と思ったところで、やることないようにしてんのは俺なんだよな、と自問自答。
しかし半月前に始まったこの内戦はどこまで続ける予定なんだったか。案外と各地の正規軍勢力の抵抗も強く完全な掌握は遅々として進んでいない。とはいえ、ガレリア要塞が生きてりゃ東西どちらも警戒しなきゃならなかったところをクロスベルの"神機"とやらで第五師団は壊滅、生き残りがいるとはいえあんなモンに巻き込まれたら当分立ち直れねえだろうってのは幸いだった。要塞責任者の司令官であるワルター中将も消えたって聞いたしな。そういう意味じゃ西部にかかり切りになれるのは楽なもんだ。
だがこっから先の話は連合軍だけじゃなくヴィータの動きも必要になってくるもんで、表と裏の連動を考えると俺が持ってる手札だけで盤面を整理し切るのは難しい。まあ、それでも年度内には終わるだろう。資金体力があるとはいえ徒らに長引かせる意味はねえし、何より早々に正規軍の心を折るために騎神みたいな人智を超えたモンが駆り出されてんだからよ。
……帝国解放戦線も人数は少なくなった。鉄血の野郎を殺すために集まった面子だからその大目標を達成した時点で半数は消えちまった。それを咎める気はねえが、俺はこれを始めた人間の一人として見届ける責任があると思ってる。帰る故郷を失くした野郎でも、それくらいの矜持は持ってると、そう。
「眠れないの?」
写し終えたのか、中断したのか、セリが立ち上がってンなことを聞いてきた。問いかけに答えあぐねていると、全部の窓のカーテンが閉められ、天井の導力灯も落とされる。もしかして灯りがあるから眠れねえと思われたんかこれ。
「お腹空いてる?」
「……いや、空いてねえ」
「ホットミルクでも頼む?」
「それも要らねえ」
「熱があるとか?」
ベッドに近付いてきたセリが畳み掛けるよう問いかけてきたもんだから全部否定して、額へ伸ばされた右手を掴んだ。びくりと跳ねる様子を無視して、力を籠める。
シャワーを浴びた俺よりずっとあったかい手。握ってると俺の方までぽかぽかしてくるような気がして、気分が微睡んでくる。もうそんな権利を持っちゃいないってのに。
逡巡の沈黙が落ちた数秒後、さらりと頭が撫でられた。
「……添い寝は、してあげられないけれど、眠るまで傍にいようか?」
どんだけ手酷いことをされたのか分かってるだろうに、それでも目の下に隈を作った男を見捨てられねえのか、セリが提案をしてきた。お前のやさしさにつけ込み続けてる最低なヤローだってのは自覚してるが、それでも、その手を伸ばしてくれるってんなら、俺はどれだけ最低でも繋いでいたい。
返事はせず、だけど手を放しもせず、ズルいだろうが沈黙を貫いていたらため息と共にベッドの端に重さが乗ってきた。繋いだ右手はセリの太ももに置かれ、腰掛けた尻に少し頭を寄せたら、空いてる左手が頭を撫でてきて思考がとろりと溶けていく。子供をあやすようなやさしい指先が肌をくすぐって、嗚呼、まるで、許されたような気分になっちまう。
お前の視界も思考もぜんぶ俺だけになればいいって、そんな欲望が首をもたげてくる。一生消えない傷を、更に重ねて、そうして。俺が死んだ後も俺に縛られてくれたらいいなんて。それでもしあわせな世界にいて欲しいと願う自分も確かにいて、馬鹿野郎だなと笑いながら意識はゆっくりと落ちていった。
────どれくらい眠ってたのか。
うっすら開いた視界にはまだ太陽の光はなく、カーテンの向こうも夜の気配が降りたまま。どうするかな、と横向きに寝っ転がったまま思考を回したところではたと気がつく。自分が何かを握っていることに。既に温度が同じになっているそれは間違いじゃなきゃ誰かの手で、自分が眠る前にやった行動を考えたら該当者は一人きりで、つまりそれは。
暗闇で目と耳を凝らしてみると、すうすう、と眠りにつくセリがそこにいた。丁寧にシーツはそれぞれ一枚ずつ体にかけられて。今日は薬も何も盛っちゃいない。それでも、俺が起きてもセリが寝てる。言ってしまえばただそれだけだってのに馬鹿みたいに嬉しくなっちまった。
だから、余計に求めたくなる。お前の世界が俺だけになればいいって。
そっと繋いだ手を離し、無防備になったその右手を左手で思い切り引っ張りながらシーツを剥ぎ、ベッドの上で仰向けにさせた。さすがにセリも起きたようで暗闇の中、俺を見ている。たぶん俺よりも夜目が利くだろうその瞳が上手く見えなくて助かった。嫌われるようなことをしでかそうとしてるってのに、軽蔑した目を見たくないってのはどんな矛盾だ。
だけどこれをやったらお前の傷は、感情は、上塗りされるだろうから。
「……何がしたいの」
眠る前に聞いた声とは似ても似つかないほど冷えた響き。完全に一線が引かれてる。だけどそれでいい。だって俺はトワを見捨てる一手を打ったんだから。あの日から完全に道が違えてることなんて知ってた話だ。
「男が女の上に乗っかるなんて、用事は一つだろうがよ」
言葉に対してセリの腕が反撃に動く前に顎を捕らえて無理やりキスをすると、びくりと身体が跳ねて、俺を押し離そうと懸命に両手が抵抗してきた。だけど結局ウェイト差ってのはこういう時に純粋な暴力になるもんで。
息が苦しいのか一瞬だけ緩んだ口元に舌を捩じ込んだら身体は可愛らしい反応を返してきた。暴れてたくしあがったワンピースの裾から覗く太ももに、するりと手を這わせると、うっすら力が抜けかけてた手にまた力が戻る。
そっと口を離すと色っぽい吐息がこぼれ落ちて、完全に勃っちまった。
鍛え続けて引き締まっているのに、それでもどうしようもなくどこかやらかい身体。この一年でようく知ったイイところをまさぐりながら、拭えない違和感を耳もとで問いかける。
「……なあ、本気で抵抗しようってんなら、マジで出来るヤツだと、思って、るんだけどよ」
股間を蹴るなり目潰しするなり喉をつくなり舌を噛むなり、必要だと思えば容赦なくしてくるヤツだと。だけどそれをしないってことは許されてるんじゃないかと勘違いしそうになる。いやまぁ抵抗出来ないよう力を上手く誘導してるところはあるんだが、それにしても覚悟してたより抵抗が薄いというか。
すると嗚咽を殺し、涙をこらえて、戦慄く声を必死に抑えるように、言葉が紡がれる。
「……そんな言い方、ずるい」
ズルい。か細い声で突きつけられたその言葉がぞくりと腰を這い回り、余計嗜虐心を煽られた気分になっちまう。口ん中に溜まる唾液を飲み下して、肩の上あたりに両手をつきすこし体を離してセリを見下ろすと、暗闇に慣れた視界がセリの目の端に浮かぶ涙を捉えた。
そうして、ついた俺の手首へ目元を隠すよう顔を寄せて、そっと指を絡ませてくる。無防備な首筋が露わになり思わず喉が鳴った。
「おねがいだから、せめて、無理矢理にしておいて」
頼むからこれを合意と見做すなと、そう懇願される。
だけどそれはつまり、お前の心のどこかにまだオレがいるってことなんじゃないか、なんて誰かが囁いてきた。俺がそうと認識しなければ、恋人同士が肌を重ねることと何ら変わりない行為になると言ったも同然で。
────もう、それが、どんな肯定よりも全てを物語っていた。
手をついたまま、静かに深く呼吸する。昂ってた感情を抑え込んで頬に指を滑らせると僅かに拒絶の気配。だけどそれを見なかったフリをして、震える小さな身体を出来る限り丁寧に抱き寄せる。俺がこんなことしても逆効果かも知れねえと思いながらそれでも力を緩めず、頭を撫でたりしていたら、躊躇いがちに背中に手が回ってきた。
こぼれる嗚咽がどれだけ怖い思いをさせたのか頭を殴ってくる。だけどそんなもん、こいつが得ちまったもんに比べたら可愛いもんだ。それだけのことをしてる。その自覚はなきゃならねえ。こいつにとって俺は居るだけで暴力だから。
どれくらいそうしてたかわかんねえけど、背中に回されてた手が小さく俺の服を握ってきた。何を言われてもいいように心構えをしつつ頭を撫でる手を少し弾ませて、言葉を促す。
「いま、きみに抱かれるのは、いや」
「ああ」
「……少し前にあったこと思い出すから、無理矢理なのは、本当はやめてほしい」
「……悪かった」
少し前。詳しくはわからねえけど、たぶんセリが傷を負う原因となった事態の際、組み敷かれそうになったってことなんだろう。まさかそんなことをしでかそうとするヤツがあの学院にいるなんて思いもしなかった。精々、単なる暴力だけだろうと。だけど想像が甘かった。
ヴィータが話していた例の境界侵犯の性質があるせいか、俺が考えられる以上にセリはいろんなもんに傷付けられてここにいる。それでもなお、お前は綺麗で。……だからその傷を上書きしたいと欲望っちまったのは、否めないんだが、それでも。
ある種軽蔑されたかったってのに身体が許されてると理解しちまったら、汚すのを躊躇うなんてどうかしてやがる。それでも最後の一線だけは踏みにじれなかった。
そんな浅ましい自分を嘲笑いながら、抱き締めあって寝転び、そのまま眠りへと。
明日の朝も、きっとお前がそばにいる。
そんな奇跡のようなことを俺のような人間が手に入れちまってもいいんだろうか。なあ。