[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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【33話 あらすじ】
疲れを指摘され眠る自分に寄り添っていたセリを、消えない傷をつけたいと組み敷いたクロウはしかし相手の薄い抵抗に疑問をいだいた。問うて返ってきた答えに『未だ自分を想う部分がある』と理解してしまい、最後の一線を踏み越えることが出来ず、共に眠る選択をする。
また朝日が昇ろうとも自分の腕の中に愛しい体温がいるというのは、あまりにも奇跡のようだとわらいながら。


34 - 11/21 ここから、また

1204/11/21(日) 昼過ぎ

 

「セリ様、《S》様がいらっしゃいましたが如何致しますか?」

 

ヒエリアさんとお茶をするにしても彼女の仕事があるため四六時中そうする訳にはもちろんいかず、どうしても暇を持て余してしまっていたところにそんな言葉がもたらされた。さすがに一瞬考えはしたけれど、お通ししてください、という選択をとってしまった自分は寂しがり屋なのかもしれない。

だけど学院じゃこんなことはなかったし、人は他者から交流を制限される生き物じゃないんだと思う。たぶんそう。だから仕方ない。

 

「こんにちは。暇してそうだから来ちゃったわ」

 

そんな風に私の状態をお見通ししたスカーレットさんは、小脇に抱えられそうなサイズの化粧箱を持ったまま笑って対面のソファに座った。

 

「……私が聞くのも何ですが、お仕事の方は大丈夫なんですか?」

「他の傭兵も動いてるもの。それに機甲兵の練度も上がってきたのもあってね」

 

機甲兵。おそらくあのクロチルダさんが見せてくれたラジオ映像で帝都の守護部隊を蹂躙し、そしてトリスタの東西街道に現れた機体のことだ。騎士人形を模して造られたのだろうというのは揃って見たから何となくピンときた。

 

「あ、機甲兵っていうのは」

「見たことあります。トリスタの東街道で」

「あら、貴方もあそこにいたのね」

 

ということは蒼い騎士人形の後ろにいた二機のうちどちらかに乗っていたんだ。まさかこんなところで顔を合わせるなんてお互い思っていなかったろうけれど。

 

「手酷く裏切られた現場に、ですけど」

「……ああ、そういえば灰の騎神のボウヤが『セリ先輩』って叫んでたものね」

 

灰の騎神。おそらくリィンくんが操縦していた機体のこと。もうあれから三週間経過しているけれどトワとジョルジュは、VII組は、どうしているだろう。トリスタは離れてから十日ほどだし、自治権が貴族生徒……おそらく一番位の高いパトリックくんに渡っているだろうからそこまでおかしなことにはならないと信じているし、彼の傍にはセレスタンさんもいる。学院長たちももう少し待遇が良くなっているといいけれど。

 

「そう、それで今日は目的があって訪ねたのよ」

 

ソファの間にあるローテーブルの上に先ほど持っていた化粧箱が置かれ、チャックを開いて中身が取り出される。色とりどりの綺麗な小瓶。数週間前まではそれなりに身近だった品だ。

 

「前に見た時にちょっと気になっちゃって」

 

丁寧に整えていた部位ではあったけれど、これだけ時間が経過したらもう随分と荒れてしまっているのは否めない。一応爪切りなどは持ってきてもらっていたけれどその程度だ。やすりがけをすることも保護ネイルを塗ることも出来ていなかった。

 

「たぶん爪を綺麗にしてる子なんだろうなって思ったから」

「そう、ですね。剣を振るったりナイフを投げるなら指先は保護しておけって教わって」

「なるほどね」

 

うんうん、と頷きながらスカーレットさんが私の横に座り直してくる。おや。

 

「でも今日はそういう実用的なものじゃなくて単にお洒落のために塗るのもいいんじゃない? 色もたくさん揃えてあるから似合いそうなの選びましょ」

 

するりと私の手を取ってきたスカーレットさんの指先は綺麗な紅に彩られていて、長い指をより一層魅力的に仕上げているのがわかった。

 

「まぁまずは簡単にやすりがけしちゃいましょうか。貴方はどれがいいか選んでね」

 

膝掛けを広げて当たり前のように手を取られ鑢が指先を掠める。どうもネイルをする人は世話焼きな人が多いのかも知れないとぼんやり思考する。アンがやってくれた時も結構甲斐甲斐しかったというか何というか。

とりあえず、言われた通り机に並べられた小瓶を眺めることにしよう。スカーレットさんに似合う色の系統から暖色系が多いけれど、たまに寒色も混ざっているので本当にラインナップが幅広い。前に私が貰ったパール質感のものもあったりして、丁寧に指先で遊んでいるんだろうなぁ、なんて。これだけあるとどれにしようか迷うのも楽しみの一つだったりするのかも。

 

「どれがいいか選べた?」

「あっ、いえ、正直どれがいいのやらと。ずっと透明なものばかりだったので」

「もったいないわねえ」

 

ここずっと構えていなかった指先が、綺麗に整っていく。何だかそれだけで大切にされているような気分になってしまい、彼女と自分の立場を考えると少し精神が摩耗する音がした。

 

「うん、これでどうかしら」

「あ、ありがとうございます」

 

だけど単にやすりがけをされただけなのに、それだけでもちょっと気分が上がる。どこの鑢使ってるんだろう。あとで聞いてみようかな。

 

「それじゃお湯を汲んでくるから、細かいのを拭ったらこれ塗り込みましょ」

 

私が足に鎖をつけられているからかスカーレットさんは有無を言う前にさっと立ち上がって浴室の方へ行ってしまう。一応お客様にそういう場所に立ち入らせるのはどうかなと思ったけれど、まぁ見られて困るものは置いていなかったと思うので気にしないでおこう。

渡されたクリーム瓶はたぶん無香料のもので、蓋を開いても香りは気にならなかった。

 

 

 

 

そんなこんなでネイルを塗る段階になって、結局似合いそうだと言われた落ち着いた橙のものを塗ることになった。色付きのネイルは剥がれた時ちょっとかなしいけれど、塗ったことのない色を塗るのは楽しみかもと心が弾んでしまう。

速乾のベースを塗ってもらい、お話をしながら乾くのを待って本命を。じっとその動作を見ながら何か思い出しそうだな、と首を傾げたところで、あっ、と思い当たることを引き出してしまった。

 

「……スカーレットさんって、誰かにネイルの塗り方を教えたことってありますか?」

 

誰かとはつまり誰かさんなのだけれど、私のその意図は過不足なく汲み取られたようで、リーダーに教えたことがあるわね、と返される。やっぱり。近所のお姉さんじゃないじゃないか。いや仕方ない話ではあるのだろうけれど。

 

「……もしかして《C》から何か聞いたことがあるのかしら」

「ええと、はい。昔塗ってもらった時にちょっとだけ」

「一応言っておくとあたしと《C》の間には何にも一欠片もそういう要素はないから」

「それはさすがに分かってます。大丈夫ですよ」

 

いろいろ嘘ばかりだけれど、その辺りの恋愛遍歴に関して虚偽申告をする理由はない、と、思う。たぶん。おそらく。見栄を張るなら真反対のベクトルだろうし。……いやでもちょっとなんか慣れてるような気配もあったりするけど、そうだったとしても本当にスカーレットさんじゃないとは、うん。あまり考えないようにしよう。

 

……今でも好きだって、認めて、だけど関係性はいまだに宙ぶらりんだ。手を握られて、弱ってるところを見て、すこしだけ優しくしたくなってしまって。組み敷かれたのだって、身体は思っていた以上に素直に反応するものだから驚いた。それでもあんな状態で抱かれたくはなかった。向こうからの感情はフェイクだって言われていたのに、まるであんな、私のことが好きみたいなことをされても困ってしまう。

性欲処理だとしたらあそこで止める意味はないし、そもそも立場的にはそれこそプロの方を呼ぶことだって出来る筈で。だからこそわからなくなる。

 

「うん、やっぱりこれ似合うわね」

 

片手が塗り終わり、すこし掲げてみる。見慣れない色だけれどかわいい。気がする。そうして残った方にも塗られて、トップコートまで手厚く処理されて、久々に私の指先は色を得た。

 

 

 

 

1204/11/22(月)

 

朝、起きてみると部屋の中心にあるローテーブルには花が一輪飾られていた。最近起床の支度をヒエリアさんがしてくれているから、彼女が用意してくれたのだろうか。それにしては突拍子もないけれど。

 

「おはようございます、セリ様」

 

タオルなどを補充してくれていたらしいヒエリアさんが浴室の方から現れ、おはようございます、と私も挨拶をする。

 

「あの、そこの花って」

「蒼の騎士様からです。今日はどうしてもこちらを飾ってくれと仰られて」

「……そう、ですか」

 

それから何事もなく身支度を済ませ、朝食の準備のためにヒエリアさんが出ていき一人になった部屋でソファに座り花を眺める。丁寧に棘を落とされた、赤いグランローズを。

 

 

 

 

本日もつつがなく終わってしまい、あとは眠りに落ちるだけというところで部屋の主が帰ってきた。もうシーツも被ってしまっているし、ベッドの端には寄っているから狸寝入りを決め込んでもいいだろうか、なんて考えながら部屋の中心側へ寝返りを打ったところで、その姿が目に入る。

月明かりが欲しかったのかカーテンを開けて、ほの明るい部屋の中、ソファに座ってウイスキー瓶らしきものをグラスに傾けるそれは、やっぱり私の知らない人だと思ってしまった。

だけど机に飾られた赤い薔薇を愛おしそうに眺めているのが見えてしまい、嗚呼、今日、今だけだと思わず体を起こして、

 

「────クロウ」

 

そう、名前を呼んだ。

 

「ん?」

 

すると君は何でもないことのように私の呼びかけに応えてこちらを見る。それだけのことに何だかとても泣きたいような気分になってしまった。ねえ、どうして。

 

「……なんで、返事、するかなぁ」

「お前が呼んだんだろ」

 

呼んだ。呼びはした。だけどそれは私の知る君の名前であって、私の知らない貴方の名前じゃない。スカーレットさんが《S》と呼ばれているから、もしかしたら偽名ではないのかもしれないけれど、それでも私は君のことを何と呼べばいいのか全くわからない。

私が知っている君は、ただの"クロウ・アームブラスト"という学院生でしかないのだから。学院生であることをフェイクだと言い切った相手に、否定をされる可能性がある名前で問いかけるのは分が悪い。

 

「ああ、もしかして偽名だと思ってたか?」

 

テロリストが偽証のために潜入してたって言うならそう考えて然るべきだと思うけれど、違う。そうじゃない。そういうことじゃない。

 

「……だって、学院生クロウ・アームブラストはフェイクなんだよね。それ以外の名前は、立場は、知らないから呼びようがない。たとえそれが、本名であったとしても」

 

《C》だとも、蒼の騎士だとも、呼びたくなかった。だって私まで君の存在をそう規定してしまったら、私の中の君を殺してしまいそうだと、怖くて、恐ろしくて。この艦に居る限り、私だけがその存在を補強できる。だけど裏腹に、クロウと呼ぶ気概もなかった。

 

「本名だな。クロウ・アームブラストの学院生としての側面は全部フェイクって話だ」

「……危ない話をあえて渡ってたってこと?」

 

私の問いかけに、相手は苦笑するだけでその口を開こうとはしなかった。ああ、これは答えてはもらえないやつだ。それがやっぱり悲しくて、ぎゅ、と思わず口を噤む。拒絶されるのは苦しい。それでも、今日、グランローズを私に贈るなら、あんな風に花を愛でるなら、その真意を私は問うべきだと思った。

 

「話をしたい。私は、君のことを知らなすぎる」

 

そう告げると、相手は氷とお酒が入ったグラスに口をつけて笑った。

 

「……そんじゃ、ここからまた始めるとすっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず、通商会議の時、君はトワがあそこにいるのを知った上で計画を実行したんだよね」

 

そっと、静かに、視線を逸らすことを許さないかのように真っ直ぐと俺を見て問いかけてくる。ガレリア要塞を襲撃し、列車砲を起動させようとした時の話だ。

俺はソファで、セリはベッドの上のまま、話をするというには離れすぎてる気もするがたぶんこれが今の俺たちの距離感なんだとも思った。

 

「ああ、そうだ」

 

確率としては、おそらく阻止される方が高いとは睨んでいた。それでも、殺してしまうことももちろん折り込んで、鉄血の野郎を殺せたら万々歳だと計画を実行した。天秤にかけてあいつの命を粗末に扱ったことは間違いない。

 

「うん、わかった」

「幻滅したかよ」

 

肩を竦めながら軽口を叩くと、「下らない問いかけをしないで」なんてぴしゃりと静かに嗜められる。ああ、そう、お前のそういうところだよ。絶対に流されてくれねえ。

セリは一つ溜息をついてから、両手を握る。身じろぎした時にしゃらりと鎖が微かに鳴った。

 

「あのね、ハッキリ言っておくと、私はことここに至っても君を軽蔑し切れていないんだ。……君の本名が真実、クロウ・アームブラストであるというのなら、私が好きになった側面を内包していると、そう、信じたい。たぶんきっとこれは愚かな選択なんだと思う」

 

俺に好意を寄せ続けることをお前は愚かだと断じながら、それでも自分の感情を吐露していく。自分が持つものを無視出来ない、否定出来ない、ただひたすらに己の状態を見据えて受け止める。それは誰もが出来ることじゃないと思った。何に対しても誠実で在り続けようという精神の賜物だ。

 

「嫌えたら、軽蔑出来たらどんなに楽だったか」

 

自嘲するように落とされた言葉。「そうだな」と思わず同意を口にする。本当に、そうであってくれたならお互いいろんなことがすっきりとしてた筈だ。たとえ苦しむとしても。

 

「大勢の人が死ぬきっかけを作り、そして何よりトワが死んでも構わないとした君を許すことはきっと出来ない。────でも、君がフェイクだと言い切った"クロウ・アームブラスト"を、私は確かに愛しているんだよ」

 

発されたのは、現在進行の形。

 

「こうして君とまた話せることをどこか嬉しく思ってしまう自分がいるのも確か。浅ましいかもしれない、トワへの裏切りかもしれない。だけど、自分の感情に嘘はつけない」

 

自分の胸に手を置いてお前はきっぱりと言い切った。その感情を認めるのだってきっと辛かったろうに、それでもなかったことにしないところが本当に"らしい"と思わず笑っちまった。

 

「まぁ99%は不服なんだけどね?」

「……でもその1%のところで俺に情があるってことだろ」

 

突っ込んでみれば、「そうだね」と何の躊躇いも含みもなく静かに微笑まれる。窓から離れてる寝台の上だから月の光もうっすらとしかなくて、その儚げなところに少しどきっとした。

その感情を隠すように酒を口に運ぶ。じりじりと喉がやける感覚が落ちていって、美味い酒だってのにこんな飲み方は失礼な気もした。

 

「ただ、君におなじように愛して欲しいなんて思わない。フェイクだったんだもんね。無理させててごめん」

 

自分と俺の感情の釣り合いは取れるものじゃないと言う。一方的なもんだって。どうしてンな結論になるのかなんて愚問だろう。

 

「……でも、フェイクだって言うなら、最後までそう振る舞って欲しいよ。なんで、こんな、まるで……私が死ぬのを恐れているみたいな」

 

それはかなり的を射てる発言だった。

貴族連合軍と政府正規軍が争う中で、そのとばっちりで壊滅した村を見てきた。トリスタもその戦火に巻かれる可能性がある。その中にお前がいるって知っちまって、どうしてもその命を掬い上げたかった。そんでもって考え得る限り俺の傍が一番安全だと思ったんだ。

 

「その通りだ。お前には死んで欲しくない」

「────っ」

 

俺の言葉は逆鱗に触れたらしく、セリは傍らにあった枕を引っ掴んで投げてきた。滅多にねえことだとは思いつつ顔面に物をぶつけられる趣味はねえから受け止めて、隣に置く。

 

「なんで、そんなこと」

 

戦慄く声で問いかけられて、「何でだろうな」と答えながら足を投げ出し、ずるりとソファから落ちるか落ちないかっていうギリギリのところまで浅く座る。

 

「俺だってわかんねえよ。お前には生きてて欲しいし、それなら俺の傍にいさせるのが一番だし、だからって俺の考えに賛同するお前は俺が好いたお前じゃねえからどうしようもねえ。……そう判断して、フェイクだって、自分に言い聞かせたんだ」

 

それにお前たちが俺に騙された純然たる被害者の扱いであって欲しいって願いもあった。ただ利用されたお人好しの集団。帝国解放戦線とは一切関係のない一般人。戦後何があっても、たとえこの内戦の果てが失敗だったとしても協力者として断罪されないよう。その程度が俺に出来る最後のことだった。

 

「だけどトリスタにお前がまだいるって知って、居ても立っても居られなくなって、あとは知っての通りだ。お前の全部が欲しくなっちまった。身体も心も、傷跡さえも」

 

まぁ、心は俺に寄せられるワケもねえと思ってたから手に入るとはこれっぽっちも思っちゃいなかったんだが。だからお前にとって最低最悪な男でいることで、残りたかった。結局日和って無理矢理抱くことすら出来なかったんだが。

 

「趣味が悪い」

「だけどそういう"分かり易い理由"があれば、お前が俺を拒むのも仕方ねえって思えるだろ」

「……?」

 

訝しげな表情に、ピリ、と空気が軋む。きっとこれもお前の逆鱗に触れることだけど、俺は臆病もんだからそんな手段を取っちまった。

 

「宰相殺しをしたのは俺の本質だ。それで嫌われてると思うよか、俺にわかりやすい落ち度を作ったならお前に嫌われるのも仕方ねえって諦められる。……誰でも自分が否定されんのはこわいだろ」

 

鉄血の野郎を殺すのは悲願だった。あの街を出てからずっとそれだけを抱いて生きてたんだ。仮にそれがぶった斬られたなら、今までの半生をもぐちゃぐちゃに踏み躙られたって感じるかもしれねえ。それをお前にされるのは、避けられなくても真正面から受け止めんのはキツいだろうなって。

 

「……話を統合すると、君は私に『奥底にある本当の自分』を否定されたくないって結論になりかねないのだけれど」

「まぁ、そだな。この間のあれをやり切った状態でお前が俺を拒否しても、その拒否の内容を"そう"だと思い込んでいられるって話だわ」

 

カバーとしての過ち。認識のすり替え。そうでもしないと保っていられないと判断して、自己防衛のためにお前を傷つけようとした。愚かな野郎の選択だ。

 

「それは、どうしようもないほど我儘だよ……」

「テロリストなんて強欲なもんだぜ」

 

グラスに残ってた酒を呷り、テーブルに置いたところで立ち上がる。

それに怯えたのか少し身体を震わせたのが見えたが、やっぱりそれも見なかったフリをして近づいて行った。緊張する相手を見下ろして、どさり、とその足元に座ってベッドのヘリに頭と肩を預ける。

 

「……フェイクだって言い切って、それで終われると思ってた。自分の感情にケリがつけられるって。だってのにお前がまだ学院にいるって知った瞬間にこの有り様だ。自分の弱点を晒すようにこんな場所まで連れてきちまって」

 

寝台の縁に軽く置かれていた手の指先に少し自分のそれをじゃれつかせて、綺麗に整えられた爪に気が付いた。こんなんやるってことはスカーレットだかヴィータだかが来たな。オレンジってことはスカーレットの方か。

 

「ねえ、違ったら遠慮なく笑い飛ばして欲しいんだけど、もしかして」

 

震える声でセリが喋り始める。指先にじゃれつくのをやめて言葉の先を待ってると、暗い部屋の中といえど確かに視線がかち合った気がした。

 

「……君は、私のことが好きだったりするの?」

 

落とされた言葉に、思わずくしゃりと笑う。まさかそんなダイレクトに突っ込まれるとは思わねえだろ。だけど、ああ、何も間違っちゃない。

 

「そうだ。俺は、ずっとお前が好きなまんまなんだ。……情けねえことにな」

 

告げると、何かが零れ落ちるのが見えた。涙。俺が手酷く裏切った時でさえ泣き崩れたりしなかったこいつが、静かに泣いている。ぎゅっとシーツを掴んで、泣き声を堪えるように。

 

「フェイクじゃ、なかったんだ……」

 

絞り出された一言に心臓が痛む。

俺がセリの心に自分の居場所はないと決めつけたように、セリも俺の言葉を真正面から受け止めて真実だとしてくれていた。

 

「口に出したら真実そうなる予定だったんだけどな。というか、そうするべきなんだ、本来」

 

そのすれ違いは、人生の最後まで解けるもんじゃなかった。誰にも理解されず、誰にも気取られず、そうして死ぬ予定だったってのに。気が向いたのかお節介な深淵の魔女にお膳立てされちまって。

 

「そうだとしても、嬉しいよ。私も、君のことを好きでいていいのかもって」

「……いいのか?」

 

こんな情けねえ中身をぶちまけて、それでもなお好いてくれるって言うのか。

くす、と笑った気配と共にまた頭が撫でられる。さらさらと髪の毛ですこし遊ぶような指が気持ちよくて、何だか泣きそうになっちまう。

 

「割りきれないままでも取り敢えずいいかなって。全肯定するだけが傍にいられる条件ではないわけだし。トワのこととかいろいろあるけど、それでも、私は────クロウが好き」

 

また、名前が呼ばれて、その響きがじわりと耳を通って頭に浸透していく。

 

「ねえ、今日は一緒に寝てくれる?」

「……おう、任せとけ」

 

返しながら膝立ちになってセリの手を引けば、泣き笑いながらもキスに応えてくれた。

絡めた舌が、あつい。

 

 

 

 

シャワーを浴びて、寝巻きに着替えて、投げられた枕は元の位置に収まって、セリが寝転んでいたベッドの上に俺もお邪魔する。そうしたら、そっと胸元に頭を預けられたもんだから、抱えるようにして抱き締めた。

 

「愛されてんなぁ」

 

こんな風にまた戻れるなんて期待すらしてなかったってのに。するとセリは、ふふ、と笑う。

 

「そう、愛してる。嫌えたらお互い辛くてもきっと楽なのにね」

 

そうであれたら、とお前は涙なくともまた泣いている。俺と世界の間で。そうして、それが酷い疵になればいいって思っちまうんだから、ああ、本当にお前は見る目がない。

それでも手放してやれるところなんてとっくに過ぎてんだ。

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