[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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35 - 11/23 過去話

1204/11/23(火) 夜

 

ここずっとクロウは出ずっぱりだったため暫くは待機という名の休養日を貰ったようで、数日は一緒に居られるぜ、と言っていた。その宣言通り、まるでこれまでの穴を埋めるかのように抱きしめられて一日が終わった。

シャワーはさすがに一人で浴びさせてもらったけれど、ベッドに入ろうとしたら当たり前のように腕を広げられたので、抵抗もせずその胸にいざなわれて今に至る。

乾かした髪の毛をさらさらとくしけづるように撫でられて、とくとくする心臓の音を聞きながら心が微睡んでいく。クロウは私があたたかいと言うけれど、クロウといるからあたたかいのではなかろうかと、なんて。

 

「なあ」

 

静かな声が落ちてきて、うん?、とちょっと眠たげな返事してしまった。それがクロウのツボだったのか笑い声と振動が伝わってきて、ごくごく軽い頭突きをお見舞いしたらあやすように背中も撫でられる。……あ、でも心臓の音が少し速い。何かあったかな。

 

「どうしようもない男の昔話、聴いてくれるか?」

 

気になって顔を上げたところで、思いがけない言葉。カーテンはきっちり閉めて、灯りもなく、隙間から入ってくる街灯なんてものはないから本当に深い暗闇の中、それでも視線があったと思った。紅耀石よりも少し暗くて深いあの紅色と。

 

「うん、聞かせてくれるなら、喜んで」

 

────いつか、クロウが私に自分のことをもっと話してくれる日が来たら、その時はどうか見守っていてください。

かつて女神さまにそうお祈りをしたことを思い出す。きっとそれが、今夜なのだと。

 

 

 

 

「前にオルディス出身だって言ったろ。あれがそもそも嘘なんだわ」

「随分と大胆な嘘だねえ」

「ま、オルディーネのこともあるし縁深かった街なのは確かだけどよ」

 

オルディーネ。単語の雰囲気からして海都オルディス繋がりの何かだろうか。……例えば、あの蒼い騎士人形とか。だけど話の腰は折るまいと一旦疑問は保留する。なんてことない声音を装ってはいるけれど、心臓の速さからしてきっといっぱいいっぱいなのだろうから。

 

「俺の本当の出身地は、ジュライ市国だ」

 

その一言で、どうしてあれほどまでにオズボーン宰相を憎むのか理解した。理解せざるを得なかった。そして私は、あのガレリア要塞でジュライの話を、クロウとしたじゃないか。

帝国内で一般人が閲覧出来るレベルの情報にはジュライ市国の内情を記したものは一切なかった。それその現状がジュライの帰属は政治的な侵略の上で行われたのだと私は判断していたのに、まさかその当事者と話していただなんて思いもしなかった。

もっと私に権限があればあの時点で本当の君を掴まえて、嘘をつかせずにいられたのだろうか。意味のない後悔がよぎる。いや、私が気がついたと察知したらその段階で姿を消していただろうけれど、それでもそんな"もしも"を考えずにはいられない。

 

「……おれはさ、市長の孫で、両親ともに早逝だったから祖父さんに育ててもらってた。それなりに友人もいて、楽しい日々を送ってたんだ」

 

ぽつりぽつりと、つっかえながらもクロウは昔のことを語り始めてくれた。

クロウのお祖父さん、アームブラスト市長は明るく楽しい方でありつつも確かな政治手腕を持っており、市民の方から厚い信頼を得ていた。ノーザンブリアが塩の杭の異変で倒れかかった時も、交易が縮小して衰退が見え始めたとしてもその手を離さなかった。レミフェリアとも協力し、共に生きる道を探っていたと。

もう、それだけでクロウがお祖父さんのことをどれだけ好きだったのか、慕っていたのか、大切だったのか、痛いほどに伝わってきた。語る言葉の端々に愛しさがあふれている。

 

「だけど十年前、帝国政府が鉄路を繋がないかと提案してきた。北方貿易は弱まっていたもんだから、渡りに船に見えたんだろうな。市議会は慎重派であった祖父さんを置き去りにして鉄路延伸を可決した」

 

それは、延命にはなるだろうとは思った。けれど大国と密に繋がると言うことはその国のあらゆるものが流れ込みやすくなるのと同義になる。人間も、商会も、裏社会も、何もかも。北方内で回していたジュライの経済は滅茶苦茶になったというのは容易に想像がつく。

病人に回復を促すなら病状に合わせて重湯から始めたりしなければならないのと同じで、経済もゆるやかに外貨が混ざっていくならともかく、急激な変化は一時は良くても長期的に見れば身を滅ぼすのと同じだ。

 

「市議会が望んだ通り、一年でかなり景気は持ち直してな、ミラ儲けでどこもかしこも沸いてやがった。────鬱陶しいくらいに」

 

国中が浮き足立つ中でアームブラスト市長はなんとか取り込まれきれないよう策を巡らしていたけれど、ある日、その要である鉄道が何者かに爆破されたのだ、と。

 

「復旧を急ぐ声の中、しかし被害国であるはずの帝国は"待った"をかけた。『ジュライはあまりにも安全保障体制が脆弱であることが判明したためこのままでは不安だ』って建前を押し付けてな。笑えるだろ。あの頃からあいつ手の内変わってねえぞ」

 

それは八月にあった西ゼムリア通商会議の内容のことを指しているのだと直ぐにわかった。あれも確かに、『クロスベルが国際会議という重要な場を守りきれなかった、だから治安維持の脆弱性は疑うべくもなく、宗主国が介入するのもやむなし』という論調で決着をつけようとしていたじゃないか。

 

「それでも、今じゃそんな使い古された手でも、ジュライにとっちゃ大打撃だった。帝国が手を引くだなんて今更考えられねえ、って。つまりそういう仕込みをしてたんだな。帝国にずぶずぶにしておいてその松葉杖をいきなり外す。上手くやられたもんだ」

「……それは、つまり、鉄路復旧と警備を交換条件に、国を……?」

「ああ」

 

そう言葉を落とす時、ぎゅっと肩を寄せられて、クロウにとって本当に辛いことなのだとその背中に腕を回した。落ち着くように、ゆっくりでいいと伝えるように。

静かに呼吸を整えるクロウは、強ばらせていた身体を徐々に解き、場違いに笑った。

 

「その上で、祖父さんに、鉄道爆破事件の容疑がかけられたんだ。あんなに、誰よりも国のことを考えて、愛し、奔走し、ずっと人生を捧げてきたってのに」

 

帝国資本は麻薬のように甘美で、逆らい難くて、だけどその蜜は手が届かないところまで引き上げられてしまった。そこに、元々鉄路延伸反対派だった市長という名のスケープゴートに適した人材がいたら、なるほど、生贄として祭り上げられるというのはあまりにも合理的すぎる。吐いてしまいそうになるほどに。

 

「市議会から責められ、市民からは詰られ、祖父さんは市長を辞めざるを得なくなった。そうして辞表の同日、ジュライは市国としての幕を降ろした。呆気ないもんだったぜ」

「……鉄道爆破の犯人は、捕まったの?」

「いんや。どころか祖父さんにかけられた嫌疑ごと有耶無耶になってな、投獄されることはなかったが、名誉が回復することもなく、半年くらいでぱたっと逝っちまった」

 

それは、どれほど悔しかったろう。悲しかったろう。辛かったろう。

帝国が大国だから享受できた安寧の中でのうのうと暮らしてきた私には、一生かかってもわからない感情かもしれない。そんな犠牲の中で豊かさを保っていた国で、安穏と暮らしていた私に何を言われても届くものはないかもしれない。だけど、それでも。

ごそりとクロウの腕の中から上側に抜け出し、枕に半分乗り上げるような体勢で半ば無理やりその頭を胸に抱き寄せた。

 

「苦しかった、よね」

 

これは徹頭徹尾私のエゴだけれど、大切な人がぐちゃぐちゃにされて、ジュライという故郷を捨てて反政府組織を結成したクロウのことを、きっと誰も抱きしめられなかったのだと思う。打倒鉄血宰相を掲げ、どう推測しても十代にして年上の幹部を率いて組織のリーダー足る男。その人は、一体いつ誰に弱みを見せられただろうか。

 

だから、抱きしめられるのではなく、抱きしめたかった。

帝国解放戦線の首魁ではなく、蒼の騎士でもなく、ただのクロウ・アームブラスト個人を。

 

「────ああ」

 

震える声と共にぎゅっと顔が押し付けられ、腰に腕がまわり、すこし荒くなる呼吸。十年分の涙とまではいかなくても、クロウのやわらかい場所ふれた上で、少しでも優しくできていたらいいと、そう。

 

 

 

 

「……お前の話も聴きてえな」

 

さらりさらりと頭を撫でると同時に手で髪の毛を梳いていたら、ぽつりとクロウがそんな言葉をこぼした。胸元で文章を話されるとすこしこそばゆい。

 

「それこそ帝国ならどこにでもあるような話だよ」

「だとしても、お前の人生はひとつっきりだろ」

 

……相手の中心にクリティカルな言葉を選べるというのは、稀有な才能じゃなかろうか。ああ、もしかしたらこういう風に人たらしをして人を集めていたのかもしれない。それはアンとはまた別のベクトルで、だけど確かにカリスマと呼ばれるものなんだろう。

 

「私の両親が亡くなっているのはもう知ってるよね」

「あぁ」

 

ARCUSの適性に関するレポートでいつもの面子は全員お互いに家族構成をうっすらと知ることになった。クロウは出生地は別だと言っていたけれど結局のところご両親が亡くなっていることに変わりはなかったし。

 

「二人が亡くなったのは帝都での導力車による事故で、事故を起こしたのは貴族だったんだよね。巻き込まれつつも守られた私は幼かったから、名前を教えてはもらえなかったけど」

 

今度帰省した時、復讐云々ではなく、叔母さんと叔父さんに訊いてみようか。今の私なら受け止められる気がするから。友人や後輩や教官に恵まれて、肉体的にも精神的にも強くなれたと思う。きっと二人も教えてくれるんじゃないかな、なんて。

もしかしたら人生でいつか交わってしまう可能性もあるし、それなら知らないより最初から知っていた方がいい。そうであれば、心を殺すことだって自分で選べる。整理の時間だって取れるだろう。

 

「で、まぁ見当はついてると思うけど、なかったことにされた話だった。今でこそ多少緩和したとはいえ、帝国は圧倒的な身分制度が根付いているから貴族というのは絶対なもので、仕方ないんだけれど。でも私にとってそれは決してなかったことにはならない。世界が崩れて、それなのにどうしてか世界は当たり前のように回り続けている」

 

それがずっと、今でも納得出来ていない。理解はしている。だけど、腑に落ちているわけじゃないんだ。燻り続けている炎はいつか私を燃やすのかもしれない。それでも私は私を信じてくれた人たちに顔向けできないようなことはしないと女神さまに誓えるから、本当、いろんな人に生かされている。

 

「あぁ、それでか」

 

合点がいったようにクロウが言葉を発するものだから軽い疑問符を出してしまった。

 

「いや、新聞部だったのは"なかったことにさせない"ためなのかって、いま思ったんだが」

「ああ、うん、そうだね。猟兵襲撃騒ぎの時も私の名前で記事を出すことは止められて、だけど帝国時報に提供することを勧められて是としたし」

 

自分の名前が残る残らないじゃない、ただあったことをなかったことにさせない、それだけが私にとっての原動力だった。記者としては落第だろう。それに、記事に起こされたからって"あった"とは限らないなんてことも重々承知している。それでも声を上げなければ誰にも気付かれないんだ。特に平民は。

だから帝国時報にお誘い頂いているというのは日照りに雨なんだと思う。たとえそれが荒事のためだったとしても、勤めていればチャンスにはいくらでも巡り会える。着実にキャリアを積み上げていけばいつか、帝国という概念を解体する日も訪れるかもしれない。

 

「こんな話、お前と出来る日が来るなんて思っちゃいなかった」

「あは、クロウからしたら本当にそうだろうね」

 

自分の正体を明かすまでは嘘をつき続けるしかなくて、正体を明かした後はお互いの心のうちを晒せる距離にいるわけがないとそう確信していたろう。自分だけが一方的に知っているという重さをずっと抱えて。

私がもっと聡ければ、この人にこんな重さを背負わせ続けることもなかったんだろうか。……いや、帝国きってのエリート集団である鉄道憲兵隊や情報局のエージェントでさえ気付けなかったものを私が察知出来たなら、なんてのは烏滸がましい。そんなことは出来なかった。たらればに意味はない。

ただ今ここに、私の胸に、クロウがいてくれている。それは真実だ。

 

「ねえ、クロウ」

「ん?」

「今すごくキスしたい」

 

抱えた頭の髪の毛を指先で遊びながら告げると、一瞬だけ止まったクロウによってずりずりと体が下へ引きずられる。暗闇の中で両手で顔を探り当て、唇に片手の親指が当たる。それをガイドにして自分のを押し当てて、唇を食むように啄んで、舌を差し出したら、ぬるりと絡め取られた。おなじ部位なのに、大きさも分厚さも全然違う。

腰は抱きとめられ、足は絡められ、身動きの出来ない状態でただただ気持ち良さだけが降ってくる。服越しに感じる手のひらのあたたかさでさえ今の私にはゆるやかな刺激だ。

 

「……いいか?」

 

お互い横向きだったのにいつの間にか押し倒されていて、熱が籠ったクロウの声が問いかけてくる。……どうしよう、別にそんなつもりじゃなかったのに、シたくなって来てしまった。だけど昨日の今日でさすがにどうかと思う自分がいるのも確かで。いやそもそもその前に。

 

「スキン、あるの?」

「あ」

 

あ~~~、と嘆きながらぽすんとクロウの頭が鎖骨あたりに降ってくる。密着するとクロウの身体ですごく主張する塊を如実に感じてしまい、どうしたものだかと赤くなってしまうのがわかった。暗闇でよかった。

 

「……実はその辺、対策してるって言ったらどうするよ」

「ほう」

 

ここ最近ずっと人間の人智を超えているものを目の当たりにさせられ続けていたので、もしかしたらそういうのかな、と好奇心がもたげてそんな声を出してしまった。

 

「それはやっぱり魔術的な?」

 

どういうプロセスを踏んだら結果的にそうなるのか。魔術もプログラミングの技術で理解出来たりしないだろうか、なんて。でも結局のところ法陣による出力と結果の話なんだからわりと何とかなるようなならないような。さすがにならないか。

 

「……いややっぱ今のなし。すげえカッコ悪ぃ」

 

この期に及んでいまだに格好つけるところがあるらしいことに内心少し驚いてしまったのだけれど、まぁそれは完全に本人の意識の問題なので突っ込まないようにしようと心の中で一人頷いた。

 

「お前なんか失礼なこと考えてね?」

「いやまさかそんな」

 

バレバレの誤魔化し方にクロウが笑って、私も笑って、そんな風に夜は更けていった。

いつかまた、君と肌を重ねる日が来るんだろうか、なんて安穏とした思いを抱えながら。

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