[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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38 - 12/某 転がる酒瓶

侵入者騒動があった夜、帰ってきた当初から右奥壁際の机の位置が若干ズレてるように見えたもんで、セリから聞いた立ち回りから数アージュ以上離れたそこが動くのは奇妙に感じた。

身体を拭ってセリを寝かしつけた後、何となく調べてみたら裏からジョルジュに作ってもらったっつう例の導力銃に、ARCUS。最新鋭の戦術オーブメントを没収したって報告はなかったから持ってるとは思っちゃいたが、こんなところに隠し込んでたとはな。

まぁ俺は取り上げるつもりもねえし、と戻そうとしたところで少し好奇心がもたげた。

 

導力が落ちているARCUSを立ち上げ、戦術器がセリと今でも繋がっていることを確認。そうして床に放り投げてたコートから俺のを取り出して、リンクの接続を────。

 

「……繋がらねえか」

 

両方とも再起動しても、どう操作をしても、俺とセリのARCUSが同時に青く光ることはなく、ただただ虚しい白の点滅を繰り返すだけ。リンク出来る相手がいない時の挙動だ。眠ってる相手とでもリンクの切断・接続は試したことあっから、タイミングの問題じゃないことだけは明白だ。

どれだけ言葉を交わして、肌を重ねることさえ許されても、深層心理はこのARCUSが示している通り。裏切ったこと……いや、トワを殺しかけたことを、許せちゃいないんだろう。それでも俺の傍に居たいと泣いてくれたお前が本当に愛しくて、胸が痛む。

 

ため息を吐いてセリのARCUSの導力を落とし、元々隠してあった場所へ押し込みベッドの方へ。腰掛けたところで、んん、とむずかる子供のように小さく声を出したから、宥めるようにその頭を撫でる。

 

「手放してやれなくて悪ぃな」

 

心底、手放せると思ってた。そうしなきゃならねえと心の準備もしてた。だけど、またお前の手を掴む道筋が見えて誘われてこんなトコまで。内戦が"その段階"へ至った際に俺もお前もどういう選択を取るかはまだわかんねえけど、今はまだ、こんなぬるま湯も悪くねえって、そう。

 

セリがくるまるのとはまた別に用意したシーツに潜り込み、さらさらと指通りのいい髪の毛に小さく口付けて俺も寝ることにした。

 

 

 

 

1204/12/某日 夜

 

『よう、クロウ』

 

オルディーネに乗って帰艦したところで甲板にいるマクバーンから声がかけられた。相変わらず空とプラムが混ざったようなけったいな髪の毛をピンであちこち止めてるが、不思議と似合ってるんだから大したもんだと思う。

 

「珍しいな、アンタがここにいるなんて」

 

大体において結社とやらの命令を一応は聞きつつ、やる気が出なければそのまま行方をくらましたりして、ペアを組まされてるデュバリィがやたらと腹を立ててんのを見るのが日常だったが。それに熱くなれる戦いを求めるヤツでもあるから、こんな戦いと無縁のパンタグリュエルに寄りつく理由は殆どない。

 

核から降り立つと、マクバーンはオルディーネを見上げてる。

 

「なあ」

「言っとくがオルディーネと戦いたいって要望なら聞かねえぞ」

「なんだよ、つれねえなあ」

 

生身で騎神と戦いたがるヤツと戦りたいかってえと、これからのすべてをふいにされる可能性を天秤にかけたらそんなんNOに決まってる。そもそもここで本気でやったら甲板が融解するなり何なりして戦艦ごと落ちかねねえぞ。

……いや、案外とマトモな感性を持ち合わせてっから場所を移すくらいはしてくれそうではあるが。たとえそっちの方が気にせず力が振るえるって理由だったとしても、だ。

 

「ま、今回に限っちゃ本題はそっちじゃなくてな」

 

肩を竦めたそいつは何かを飲むジェスチャーをして合点が行った。

 

「いいぜ。俺も最近あんま飲んでなかったから付き合って欲しかったとこだ」

 

部屋行くまでにツマミとか頼んじまうか、なんて話しながら俺たちは貴賓区画の方へ歩を進めた。どうせ来ることなんざ伝えてねえだろうが、まあ空き部屋くらい借りられんだろ。

 

 

 

 

塩茹でされたピーナッツを放り込みながら、スタインローゼを注いだ脚の短いグラスを素手であっためるように飲んでると、横でモルトウイスキーのケルデダランをストレートでぐいぐいと飲むヤツがいる。うっかりこいつのペースに合わせると潰されんだよな。

 

「なぁ、マクバーン」

「あん?」

「アンタ、人を好きになったことはあるか?」

 

俺の問いかけにえらく渋面を作った相手は一瞬口を閉ざしてから、あのな、と。

 

「俺に恋愛相談はさすがに頭がトチ狂ってると言わざるを得ねえぞ」

「振っといて何だけどさすがに俺も思ったわ」

 

得体の知れねえ何かを"裡"に溶かし込んだようなヤツに訊くことじゃなかったな、と内心で反省する。訊くならせめて《V》……は頼りにならねえだろうから、やっぱ《S》辺りか。ヴィータはヴィータで参考になりそうにねえしな。というかどっちかっていうとセリの肩を持ってもおかしくねえ。いやそれくらいの方がバランスいいか?

 

「まぁしかし、変な女を好きになったもんだよな」

「……どういう意味だ?」

 

セリは部屋から出ちゃいないし、偶然会ったのだってオーレリアくらいでこいつと顔を合わせる機会は万に一つもないだろうに。それにセリだってマクバーンの異質さは肌感で理解出来るから、たとえ頼まれたって顔を出すことはない筈だ。

 

「分かってねえのかよ、面倒くせえな」

 

だるそうに頭を掻いてソファに背を預けたそいつはちらりと扉側、いやもっと言うなら完全に対角線上にある部屋を見ていた。貴賓区画内でここから一番遠くに割り当てられてる俺の部屋。

 

「あんな弱っちいのに、部屋の前を通るとたまに引き摺られる感覚があんだよ。それが気持ち悪ぃっつうか」

 

引き摺られる感覚。到底聞き逃せない表現だった。

 

「────境界侵犯」

「お、何だ知ってんじゃねえか。説明させんなよ」

「いや、ヴィータからあいつはそういう性質をほんの僅かだけ持ってる、って説明されただけだ。アンタみたいなのの内側を引っ張るようなもんじゃねえ……と思うんだが」

 

魔術結界の中に常時いるもんだから、それがセリの性質に拍車をかけたかあるいは変質させたって可能性はあるのか?いやでもそれならある程度気にかけてるらしいヴィータが気が付いて勝手にどうにかしてそうなもんだが。

 

「ああ、そりゃ俺のナカが強すぎるからで、その言葉は間違っちゃねえぞ。ただちっとだけでも珍しいって話だ。分かってて傍に置いてるなら酔狂だな」

 

"己が自覚していない己まで引き摺り出される可能性"。そういう話をしてんだろうが、まぁそんなんこの一年でたんと味わってきたことでもある。そしてセリのそう言うところまで含めて、俺は好ましいと感じていることも自覚してんだ。

あの秋晴れの日、つい口からこぼれた言葉は、そりゃ確かにセリの何かに反応したことは拭えねえ。誰も確かめようがない。だけど、なかったことにしないと決めたのは俺自身だ。傷つきやすいクセに相手のことを慮ろうとするあいつを好きでいたいと、その感情を表明した上で傍にいたいと、他の誰よりも傍にいることを許されたいと、欲望いを。

だから酔狂だなんだと言われても特に思うことはねえ。

 

「まあ、アンタと酒を飲む程度にはそうだろうよ」

 

そんな軽口を返すと大声で笑って、違いねえ、とグラスを掲げて来たので返しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食の後ぐらいだっただろうか。クロウが得体の知れない気配と一緒に歩いていたのは。特に殺気のようなものも敵意のようなものも感じられなかったので、帝国解放戦線のお仲間かな、とちょっと複雑だけれどクロウにとっては大切だろう相手とみて見送った。

 

のだけれど、帰ってくる気配がない。飲んでいたらそのまま潰れて転がされているという大人は何人も見たことがあるし、もしかしてクロウもそうなっているのかな、と心配になってしまった。とはいえ私にはどうすることも出来ない。物理的にも、人間関係的にも。

恋人だからといって入れない関係性というのは存在する。何もかにも知っていなければいけないということもなく、また開示しなければいけないということもない。私だってクロウに言っていないこと・踏み入って欲しくない場所なんて幾らでもあるわけで。

 

一応ヒエリアさんには冷蔵庫へ多めに水を入れておいてもらったけど、このまま寝てしまおうか、と思案したところでクロウの近くにある大きな気配が、動き始めた。ざわりと心臓が畏れで脈打つ。ルグィン伯爵の前でだってこんな反応は見せなかったというのに。

ぎゅ、とTシャツの上から握り込み、呼吸を殊更丁寧に整える。こわい。稀にうっすら感じていたものではあるけれど、こんなに近くになったことは今までなかった。というかやっぱり貴族連合軍ってだいぶヤバい面々と繋がっている。それこそ国家を裏からひっくり返せるような。

 

段々と近付いてくるそれを固唾を飲んで窺っていると、ぴたりと部屋の前で立ち止まった。肌が粟立つ感覚がひっきりなしに止まらない。どうしようもないほど、こわい、存在。ヒトではない。ナニか。

すると、ゴンッ、と扉の足元付近から音が鳴った。……え、いや、まさか。

 

「おい、クロウが潰れたから持って来てやったぞ」

 

あっ、ノックだ!ノックで合ってたんだ!

急いでそのことを飲み込み、もう寝る準備をすっかり終えていた寝台から飛び降りて部屋の扉を開ける。その先には、明るい廊下の光を背負った派手な髪色の、おそらく、男性がクロウに肩を貸しながら立っていた。

 

「ほらよ」

 

赤い顔でぐにゃりとしたクロウが渡され慌てて支えると、連れて来てくれたのだろうその人は、よし、と満足げに笑って去っていってしまった。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

私の声が聞こえているのかいないのか。まぁさしたる問題ではないか、と気持ちを切り替え、ぐにゃぐにゃになったクロウを懸命に引きずってベッドの方へ仰向けで転がした。

これ私が士官学院生でなかったら潰れていたと思う。……いや、士官学院生でもトワだったら絶対に無理だったと思うから、それなりに筋肉がつく体質であったことに感謝して欲しい。

 

そんな横道に逸れた思考を追い払い、じっと寝台の影を見て検分する。バンダナつけたまま、コートも着たまま、辛うじて手袋は脱いでいるけれどポケットの膨らみからしてそこに手袋が入っているんだろう。

そしてさっき見えた赤い顔、アルコールの匂い、ふにゃふにゃして眠っている本人。推定、飲み過ぎ。お水を飲んでいたのかも怪しいけれど、とりあえず服を脱がそう、とひとり頷いた。

 

バンダナを外し、脱がせる最中に引っ掛けたら危ないかとピアスの方へ先に手を伸ばす。……スタッド型のはいいけれど、このフープ型のやつってどうやって外すんだろう。裏に何かあるとか?と困惑しながらよくよくピアスを見てみると、針の根元が可動式になっているのが分かったのでそっとすべて外し、無くさないよう洗面所にある小皿を持ってきてローテーブルへ。

 

そうして、ぎし、とベッドの上に乗り上げ、クロウを腰辺りで跨いでベルトだのコートの留め具だのを外していく。やっぱり体つきがいい。私もこれぐらい筋肉があれば、と考える時もあるけれどそれはそれで今のようには動けていなかったろうし、ARCUSの試験運用面子に抜擢されたかどうか怪しくなるので今の状態でよかったのだと思う。

 

かちゃり、かちゃり。

妙に多いベルト群を緩め、スナップを外し、ずるりと引き抜く。もしかしたら適当な場所に仮止めしておいて後でガバッと着るとか本人の流儀があったかもしれないけれどわからないので仕方ないとしよう。黒いコートも脱がし、中の厚手の赤いシャツも脱がせていく。寝顔がかわいい。黒いタートルネックは、ちょっと諦めた。

 

お次にズボンのベルトも外したはいいけれど、仰向けだと脱がしづらいのでちょっとまたころんと。まだ起きない。ここまでされて起きないのか。いや、でも、戦いに身を投じると覚悟を決めて訓練をしてきていたであろう人が起きないというのは、なんだか最上の表現のような気がして勝手に照れてしまった。

 

今度は太もも辺りに股がるようにして、上から手を鼠径部に潜り込ませ腰を浮かせてからズボンをぐいっと引き下ろす。そこからちまちま裾を起点に手繰り寄せていき、そこそこの時間をかけてようやくズボンが脱がせられた。そこまでに脱がせた他のものもまとめて皺にならないよう軽く畳んでソファに置き、ベッドの上に戻る。すると下着の上からだけれどなかなか引き締まったいいお尻が月光に照らされているのが見えた。一瞬悩んで、構わないような気がしたので手を伸ばす。

 

もに。もに。

うーん、やっぱりクロウの身体のあちこちが好きかもしれな「えっち」い。

 

弾かれたように音の発生源へ顔を向けると、下半身はうつ伏せのまま、顔と肩だけすこし捻って寝転がったまま紅い瞳が私を見ていた。

 

「………………この程度が嫌だとはまさか言うまいね」

 

それであるならば、この男はそんなことを私にしているということになる。普段眠っている私の脚だの尻だのへうっすら手を這わせていること、知っているのだからね。眠いし害はないからそのままにしているだけで。

 

「いやいや、セリから触って貰えるのは大歓迎だぜ」

 

いたずらっ子のように小さな笑い声をあげて、ベッドの傍らに立ち尽くしていた私へどうぞと言わんばかりに胸を開け両腕を差し出してきた。すこし止まって、まぁいいか、とその胸に飛び込んだ。これだけ軽口をハキハキと叩けるなら水はそれなりに飲んでいたんだろう。たぶん。

胸に顔を寄せるとすこし汗くさくて、生きている証であるその匂いにすこしぐっとくる。

 

「脱がせてくれてあんがとな」

「……まぁ私が寝づらいからね」

 

嘘じゃない。あんなコートで寝かすわけにはいかないし、それに隣で寝ている私をたまに眠ったまま抱き寄せてくるのだから、自分の安眠のために動いたというのも建前じゃなく本音だ。

クロウにはその本音同士の比重はとうに看破されているのだろうけれど。

 

足の方に避けていたシーツを再度かけられ、ぽん、ぽん、とゆっくりとしたリズムで軽く背中を叩かれる。ゆるりと聴こえる心臓の音とあいまって、私は、ほどなくして眠りに落ちたのだ。

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