[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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04 - 04/18 実習準備

1204/04/18(日) 自由行動日

 

九時頃にトリスタを出発し、鉄道沿線で揺れる秋蒔きのライ麦が輝く風景を車窓から眺めながら一時間。VII組初めての実習地の片割れであるケルディックに到着した。目的地は工房オドウィンだ。

 

マカロフ教官曰く、オドウィンはARCUSの先行提携店ではないようで、VII組のサポートのために一度実物に触りたいという要請があったらしい。パルムの方はハイアームズ侯爵閣下のご厚意により、旧都にいるARCUS先行提携店の技術者が派遣されるらしいので、トリスタに近いケルディックは学院の方で案件を巻き取った、ということで。

であるのならば派遣するのはジョルジュが適任なのではと言ったのだけれど、ジョルジュはジョルジュで忙しく手が離せなかったようだ。なので、つい先日からVII組担当教官補佐になってしまった私が駆り出されている。簡易的な整備であればさすがに自分で出来るようにはなっているとはいえ、いいのかなぁ。

 

そんな経緯のため学院代表として赴くので制服着用の上で一応武器を携行しているけれど、ARCUSを預ける以上は町の外に出るつもりもない。さすがに過剰武装だったかと駅舎から出て一歩、そう痛感した。

 

新聞売りの少年の元気な声、観光に来たのであろう人々の足音、そうして町の中心から軽やかに伝わってくる賑やかさ。東の交易地と名高いケルディックの大市。

大穀倉地帯として帝国にとっては外せないのはもちろん、帝都・公都・貿易都市を結ぶ中継地点として発展してきた場所でもある。農作物から始まり、公都の職人通りで磨かれた宝石類にミンクの毛皮、果ては大陸諸国の輸入品までも商われるため、大市の横にクロイツェン領邦軍の詰め所が構えてあるのは当然のことと言えよう。

そんな領邦軍のお膝元で武器を持っているというのは、逆に心細いというものだ。

 

一応自分も軍関係者とはいえ、一介の学生というのも確かなので目をつけられないうちにさっさと用事を済ませてしまおうと内心で頷いた。

 

地図を確認してから駅を出て右手の方に歩いていくと程なくしてそれらしい看板が見える。ギィ、と年代を思わせる重い樫の扉を押すとカランカランとベルが鳴り響き、カウンターに若い男性、奥の方に鍛治仕事をしている老年の男性がいた。

 

「いらっしゃいませ」

「こんにちは、初めまして。本日伺うと連絡を入れていたトールズ士官学院のセリ・ローランドと申します。サムスさんでよろしいですか?」

「ああ、貴方が。ありがとうございます」

 

サムスさんが置いていたARCUSの仕様書を奥から持ってこようとしている間に、私は足につけているポーチから自前のARCUSを取り出した。

 

「これが最新戦術オーブメント、ARCUSですか」

「はい。スロットの開閉などは従来品と同じですが、回路が少し複雑になっています」

 

元々仕様書は読み込んでいらっしゃったようで、疑問は既に箇条書きにしてくれていたため読んでみると自分にわかることばかりだったから、一時間半ほどで当初の疑問は解消できたと思う。その上で触ってみるのも肝要だとARCUSを預けて二~三時間ほど町をぶらつかせてもらうことにした。

私は私でここで質問されたことはしっかり持ち帰ってマカロフ教官やジョルジュと共有しなければならない。ARCUSが汎用品として広く普及する際に、仕様書の穴を埋める形に使われることだろう。

そして投げかけられた質問から考えると、おそらくサムスさんはARCUSの仕様についてかなり深く理解されていると感じた。だからこそ預けることに不安はなかったし、これなら来週の特別実習での調整もお任せして大丈夫だろう……なんて言い方は傲岸不遜かもしれないけれど、ARCUSを理解するのは難しいというのを私たちは身をもって体験させられているのだ。最新技術というものは得てしてそういうものかもしれないけれど。

 

「宿泊先も一応見ておこうかな」

 

大市の屋台でご飯というのもいいかもしれないけれど、かなり長時間喋っていたせいか活動時間の割には空腹度合いが強い気がする。となれば、宿酒場に行かない理由もない。

幸い風見亭は工房近くにあり、そのまま流れるように扉を開けた。ふわりとバターのいい香りが漂ってきて、昼時ということで店内も賑やかで楽しさが溢れている。大荷物を持った商人らしき人から、地元の方らしき人まで。

一人ということでカウンターに通され、メニューにおすすめだと書かれているオムライスとサラダを頼む。地の物である新鮮な卵やバター、自家製ケチャップなどから作ってくれるようで、料理の音まで含めていい店だなと出来上がってくるまでぼんやりカウンター内を眺めていた。

 

 

 

 

「士官学院の子かい?」

 

少し多めの昼食を食べ終え、水を飲みながら一息ついたところで女将さんからそう言葉が。まぁ肩に校章もついているし、分かる人は分かるだろう。特にここはサラ教官が懇意にしているお店のようだし。

 

「はい、トリスタから来ました」

「来週うちで実習やるからその兼ね合いかね?」

「いえ、宿泊先についてはサラ教官が既に段取りをつけているという話だったので、単純に美味しそうな匂いに釣られました。実習の準備で町を訪れたというのは間違い無いですが」

「そうそう、サラちゃんから連絡が来てね。男女同室で部屋を用意出来ないか、って言われたんだけど……本当にいいのかねえ」

 

男女同室。記憶にあるなぁ、それ。ちょうど一年ぐらい前のことを思い出して少し笑ってしまう。

 

「士官学院生ですから、入隊すればそういうこともあるでしょうし、よければそのまま是非」

「そうかい?」

「二年生である私もそういった訓練をしたこともありますから」

「なるほど、じゃあ本当に構わないことなんだね」

 

本当に気を遣ってくださっていることが伝わってきたので、サラ教官の言葉を後押しする。

これは私たちがそうだったからそうする、という経験の話ではなく、眠りを預けられない相手に背中を預けるというのは難しいというのがある。まぁそもそも、トールズに入学出来て尚且つVII組に所属することを選んだのだから、自分からそういった方向性の不和を招くようなことはしないだろう。男女ともに。

 

「はい。来週は後輩たちをよろしくお願いいたします」

「任せておくれよ」

 

気のいい笑顔を見せてくれた女将さんにお礼を言って、会計を済ませて外へ出る。時刻は十二時半。ARCUSを回収しに行くにはまだ早いし大市でも見てまわろうか、と思案しながら駅前まで戻ると周辺地図の看板が目に入った。そうしてとある一点に視線が吸い寄せられる。

────ルナリア自然公園。ヴェスチーア大森林の一部を整備・管理し、一般人でも散策できる場所として公開されている森林区域だ。

 

「……」

 

ARCUSは、ない。けれど、そもそも士官学院に入る前、地元で魔獣と戦う時は戦術オーブメントなんて持っていなかった。この辺りの街道に出てくる魔獣程度なら、ARCUSのサポートがなくても大丈夫ではなかろうか。

考えれば考えるほど、そんな内なる声が聞こえてくる。

 

数分考えて、私はその心の声に折れることにした。

 

 

 

 

楽観的に考えた通り、導力車の通りもそれなりにあり、魔獣よけの街道灯も機能しているおかげか殆ど魔獣と遭遇することなく公園へ続いている坂道の下まで順調に来ることができた。

のだけれど、遠目に見ても公園入口の門は閉まっているように見えて、一抹の不安が胸をよぎる。そんなまさかと思いながら近づいて行くと、門の傍らに見知ったような気がする銀髪が。

 

「──クロウ?」

 

人違いだったら恥ずかしいな、と思いながらも声をかけてみるとARCUSを見下ろしていたらしい視線が私に投げられ、驚きの形に。やっぱり私服のクロウだ。

 

「なんでお前こんなとこにいんだよ。しかも制服で」

「私は来週のVII組実習の補佐でちょっと教官に駆り出されて」

 

なんで君がここにいるのか、なんて私の台詞でもあるのだけれど。

 

「あー、なるほどなぁ。そういえばンなこと言ってたか」

「で、クロウは?」

 

今日も今日とて帝都に行くとかしているのならばわかるけれど、こんなところに用事があるとは到底思えない。公園散策が趣味だというのは一度も聞いたことがないし、事実そういうわけでもないだろう。いや、そうだったっていうのなら嬉しくはあったりするけれど。

 

「……」

 

どうにも気まずそうな顔をするので、言いたくないなら別にいいよ、と言いながら門に近づいて行く。取っ手を掴んで引っ張ってみるも、かしゃん、と金属が擦れる音がするばかりで開く気配はまるでない。やっぱり閉まっているらしい。

 

「管理の都合上、少なくとも今月いっぱいまでは閉まってるみたいだぜ」

「そうなんだ。残念」

 

ため息を吐いて踵を返したところで、クロウも一緒についてくる。てくてくてくてく。妙に沈黙が続いていたけれど襲ってきた魔獣は特に問題なくいなしたところで、クロウが銃を腰に収めながら顔を顰めるのがわかった。

戦術リンクがないとはいえ怪我をするような要素はなかったと思うけれど、何かあっただろうか。

 

「……リンク、決裂してんのかこれ」

「え?」

 

重々しく繰り出された言葉の意味を一瞬取り損ねて疑問符を返してしまったけれど直ぐに、ああ、と足のポーチを開けて中身を見せた。

 

「ARCUS持ってないんだよ、今」

「忘れたのか?」

「いや、工房の人から実習対応のために実機触りたいって要請があって」

 

歩きながら一通り経緯を説明すると、なるほどな、と事態把握の言葉が落ちる。

 

「繋がった感覚ねえから焦ったわ」

「あー、特にクロウはリンク決裂の感覚知ってるもんねえ」

「お前もだろ」

「私はARCUS持ってないから未リンクの感覚はないよ」

 

とは言っても、みんなと──クロウと一緒にいる時は誰かしらとずっと繋がっていたから、戦闘で違和感が全くないと言ったらたぶん嘘になる。それでも、リンクが繋がっていなくたってこの程度の敵であるならクロウが何を求めているのかぐらい経験則でわかるというもので。それはクロウもおんなじだろうことはさっきの戦闘で明白だ。

だから非リンク状態というだけでそう狼狽されるとは思わなかった。

 

「……さっき何で公園にいたのか言わなかったせいで呆れられたのかと」

「え、いやいや。別に。誰しも言いたくないことってあるだろうし」

 

その程度で呆れるならクロウに恋などしていないと思う。

そう。これはクロウは知らないことだろうけれど、この数ヶ月、考えてみればみるほど、私はクロウのことを何にも知らないということに直面しているのだ。あまり昔の話をしないから、私から聞いていいものかどうか判断もつかなくて、進んで保留している自覚すらあるほどに。

 

「……いや、言いたくないっていうよか」

「よか?」

 

首を傾げてちらりと顔を覗き込むと、何かが恥ずかしいのか少し頬が赤らんでいるのが見えた。陽の光がまだ高いこの時間でそんな表情を拝めるのは大層珍しいので、えっ、と逆に私が狼狽えてしまう。

 

「お前はこういう公園とか、好きだろ。だから」

 

────だから。ええと、つまり?

 

発された言葉や態度から頭を回してみて、導き出された答えはあまりにも自分に都合の良いもので、いやこれ本当にそうなのか?と問い質してみたくなるものだった。二度三度問い質して、逆算して、それでもやっぱりそういうことなのでは、と。

 

「……デートの下見、とか?」

 

クロウから答えが聞こえてこないので、恥を忍んでそう問いかけてみると、先ほどから既に緩んでいたクロウの歩みがついに止まった。振り返ると、手のひらで目元を押さえて俯く姿。それでも赤い耳は確かに銀灰色から覗いていて。

 

「そ、ういうことだな」

 

観念した声音とともに顔を見せてくれるクロウがあまりにも可愛くて、ああこのまま時が止まればいいのにと一瞬でも本気で考えてしまった。

 

「って、なんでお前まで赤面してんだよ」

「いや、まさか、そんな可愛いことしてくれているとは思っておらずですね」

 

二人して顔を真っ赤にしてしまった昼下がり。どちらからともなく、また足が動き始める。

明らかに沈黙の色がさっきとは打って変わったものになっていて、どうにも心が落ち着かない。それはクロウもそうなんだろうなというのが、案外とわかるもので、ARCUSがなくてもそれなりに心情って伝わってくるものなんだなぁ、なんて場違いなことを考える。

でもそれはきっと、相手がクロウだからなのだろうけれど。

 

「あのさ」

「ん?」

「公園、再開したら二人で来たいな」

 

するりと手を取ると、呼応するように指が絡められる。指が長くて、少し骨張っていて、私の大好きな手。カタチを辿るように繋いだ手の親指で甲を撫でると、同じようにさすられる。

 

「そだな」

「だから今日は私の用事が終わった後、大市デートで手を打ちませんか、クロウくん」

「……乗った」

 

お互い顔を見合わせて、ふっと噴き出して笑ってしまった。

デートというには私服と制服ですこしちぐはぐだけれど、君がそう笑ってくれるなら私たちの在り方はこれでいいのだろうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口から出た言葉は、十割嘘だった。

自然公園に来た理由は帝国解放戦線の作戦用で、別にセリのためなんかじゃなかった。パトロンである領主側から協力を要請された大市掌握用の小作戦……というより小細工って言った方がいいような気もするが、それのためだ。どう事態が動いても他のことにも繋げられるだろうから了承した。

こういう時、俺は流れるように嘘をつけるんだって思い知る。ただの一欠片も自分を見せちゃいない、なんて驕ることは出来ねえけど、それでも見せてない部分の方が多いのは確かだ。

 

「あ、このストール、パルムのだ」

「パルムでは毎年職人同士が競い合う春の染め上げという行事があるんですが、そちらは今年の優勝候補の方の作品なんですよ。織り方を工夫して光の当たり方次第ではビロードのような光沢を持つのに、軽く薄く、これからの季節にぴったりの一枚かと」

「一枚あると結構華やかでいいんじゃねえか? お前シンプルな服ばっかだし」

 

だっていうのに、お前は俺がでっちあげた理由を察してデートの下見なんていう言葉で飾って信じて、顔真っ赤にして、改めて二人で来たいだなんて言う。

繋いだこの心を絶対にいつか離さなきゃならねえのに、いつかこの関係は破綻するってわかってるのに、それでも、そんなことをされちまうとお前を俺の未来の先に連れて行きたいなんて欲が首をもたげるんだよ。テロリストの隣にお前がいる未来なんてあるわけねえのに。

 

「う、確かに柄物は……合わせるのちょっと苦手かも。クロウはその辺上手いよね」

「まぁな。ようはどこに焦点合わせるかって話で、銃と似てんだよ」

「その発想はなかったなぁ。なるほど……銃」

 

そういう、本当にそういうところなんだよお前。自他境界がかなりはっきりしてやがるクセに、すぐに人の……オレの言葉を信じるっていう、そういうところが、どうしようもねえ。かわいいって言葉はこういう時に使うんだろうなって。たぶん直接言ったなら、クロウだから信じるんだよ、なんて少し口を尖らせて返してきたりすんだろうがよ。

発言の精査をしなくていい範疇に入ってる、その信頼が、信用が、たまに痛い。

 

「織物って一期一会ですよね」

「そうですね。同じ柄でも、何となく雰囲気が異なるのは事実です」

「うん、これ買います」

 

会計を手早く終わらせて、太陽光を布が反射してなめらかにあわく光るそれを抱えたセリがオレに振り向いた。

 

「ね、今度これに似合う手持ちの服、出かける前に見繕ってよ」

「それお前の服をオレが選んでいいってことかよ」

「うん? こっちが頼んでるんだけど……もちろん、いいよ」

 

自分の領域に、当たり前のようにオレを置く。

嗚呼、それが本当に。

 

 

 

 

いとしくて、くるしい。

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