[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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39 - 12/09 好きの理由

1204/12/09(木)

 

クロウは今日も外へ出る。

朝食を一緒に摂って、黒いコートを羽織って、ベルトを締めて、手袋を嵌めて。戦支度をする。対して私は鎖に繋がれたまま、寝巻きから部屋着に着替える程度しか出来ず、可能なことなんて扉の前で見送ることぐらいで。

 

「いってらっしゃい」

 

クロウが何をしているのか、知らないわけじゃない。分からないわけじゃない。誰かを傷付けて、誰かを殺して、ここにいる。戦というのはそういうものだと割り切れてはいないけれど、それでも無事に帰ってきて欲しいという願いはあまりにも強く、私の心はずうっとぐちゃぐちゃなままだ。

だけど戦へ出るのだろうクロウに『女神の加護を』と初めて言葉を掛けた時、ほんのすこし口許を歪んだ形にして私の頭を撫でただけだった。おう、とも、ああ、とも返事をせずにそのまま外へ。

だから私は確信をしたのだ。君は本当に女神さまが嫌いなんだって。けれどその一方で、私に対してそれを取り繕う選択肢を外してくれたんだと、そう感じる自分がいたのも確かで。

 

 

 

 

こうしている間、どうしても時間はたっぷりとあるからいろいろなことを考えてしまう。思考を巡らせることが出来てしまう。考える暇もないほどに忙しければ良かったのに、現状がそれを許してはくれなかった。

女神さまを嫌いであることと、女神さまを信じていないことと、女神さまを否定することはすべて似ているようでとても違う。クロウは一体どう考えているのだろう。この大陸、少なくとも西ゼムリア大陸……帝国をはじめとしリベール王国、レミフェリア公国、ジュライ、ノーザンブリア、オレド、クロスベル、ノルド、そしてカルバード共和国に至っても、七耀教会が奉じる"空の女神"を信じている。東の大部分だって、名称は違えど『同じ神を信じている』とされている。己の魂がいつか導かれることを願って。

────信仰というのは、その人の思想だ。生き方であり、規範とするモノであり、それを信仰しているからこそ、人の道に反した行いはしないだろうという信頼関係を構築するものでもある。だから、女神を否定し、別のものを信仰するというのは邪教に他ならない。共和国などでかつてそういった大きな騒ぎがあったと私が知っているぐらい、それはあってはならないこと。

もしくは、何も信じていないのかもしれない。己の外に規範がない存在。それはきっと今までの私であったなら恐ろしかったと思う。理解が出来なかったと思う。だけどたとえそうであったとしても、クロウなら愛していられると感じてしまう。

 

私たちが、女神の加護を、と唱えていた時、共に発していた君は何を考えていたのか。

そして、女神を信仰する私を、どうして君は愛してくれたのだろうと。

 

 

 

 

 

1204/12/10(金) 夜

 

「……おかえり」

 

次にクロウが帰ってきたのは私がもううとうとと眠りに入ろうとしていたところで、シャワーを浴びてベッドへ入ってきたところでそう声をかけたら、ぎゅっと抱き竦められてしまった。何かあったのか、そう思わせるには十分な行動だったけれど、きっと問うても答えてはくれないのだろうなともわかったので、その背中をゆるく叩くだけに留めておいた。

とくりとくりと耳元を叩く鼓動はどこか私の心を緩やかにしていく。

 

「ねえ」

 

クロウの手がすこし背中をまさぐって来たりして余裕が感じられるようになったので、その手を軽くはたきながら声をかけたら、ん?、と応答が。

 

「……クロウっていつぐらいから私のことを好いてくれていたの?」

「話が唐突だな」

 

君にとってはそうかもしれないけれど、私にとってはわりとずっと心の中にあった疑問だ。こんなこと自分から聞くべきじゃないのかもしれないけれど、でも待っていてもクロウは絶対に自分から話してはくれない。だったら知りたい私は踏み込むしかないんだ。

すり、と胸元に顔を強く寄せると頭を撫でられて、その指先に安堵する。拒絶じゃない。あのどうしようもない笑顔をこんな時でも見せられたらどうしようと考えていたのに。

 

「自覚しかけたのは、ルズウェルの課外活動の時だな」

 

去年の六月。猟兵とも言えないお粗末な傭兵騒ぎがあった時だ。私がクロウに無茶振りをした記憶はさすがに残っているけれど、心をこんな風に動かすようなことをしたつもりは全くないので疑問符が飛び交ってしまう。

 

「案外早かった」

「悪ぃかよ。お前ほんとにただ嬉しいってだけで抱きついてきたろ。あん時の目が……」

 

さらさらと髪の毛に指が通り、聴こえる鼓動は少し速くて。それを如実に感じる私もすこしつられて心臓が速くなって来たような気がする。発端が自分だというのに恋人から聞く自分の話というのは、どうもとてもどきどきするモノらしい。

 

「やっぱ恥ずかしいからナシ」

「えっ、そこでナシとかひどい」

 

思わず顔を上げると、暗闇の中で視線が合う。私の好きな紅耀石よりすこし暗い紅。じんと脳の奥が痺れるような色だと思う。ああ、もう随分とこの色に魅せられている。

 

「そっちはどうなんだよ。俺だけ話すのもアンフェアだろ」

 

不貞腐れたように唇と言葉を尖らせて、ぎゅっとまた抱きしめられるので押しつけられたクロウの胸板で少し呼吸をしてクロウを吸う。シャワーを浴びていたけれど、疲れていたのかおざなりなせいですこし汗の匂いがした。

 

「私は……学院祭前にあったあの出来事で、君が手を引いてくれた時、かな」

「遅くねえか」

 

あっ、これはわりと真面目にドン引きされた声だ。

 

「まぁ自覚したというか言語化出来たのがその時ってだけで、たぶんもっと前からクロウのことは好きだったよ。初めての模擬訓練で対峙したときの瞳とかまだよく覚えてるし」

「あー……」

 

チーム戦だったっていうのに、結局お互いのチームメイトは二人とも倒れ、真正面から対峙することになったあの時の鮮烈な視線は今でも私の宝物と言ってもいい。もちろん、恋愛感情ではなかったろう。だけど強い感情を得たというのに間違いはない。友愛も恋情も、そういうところから始まるのだろうと今なら思う。

それと、あの時のことを思い出すと自分にとって不利な状態だったなと理解する。相手が目の前の自分にだけ注意を払えばいいという状態は自分の戦闘スタイル的によろしくない。だから突っ込むのだとしてもそれを理解していなければならなかった。一対一になるのなら、注視させない方向に舵を切るべきだったと。

 

「もっと早く自覚してたら、ロシュに頼まれたあの写真はあんなスムーズに撮れなかったよ」

「それはそうだろうな。俺は内心もうどうにでもなれ早く終われって叫んでたわけだが」

 

そんなことを考えていたのか。ふふ、と笑うと、笑いこっちゃねえんだわ、と軽く頭をはたかれる。まぁクロウにとっては本当に勘弁してほしい感情だったろう。

 

「いやでも、俺も今考えれば六月がきっかけってだけで、あぁ好きだなってなったのは……」

「なったのは?」

「八月、の、活動でだな」

 

ひどく言いづらそうに言うクロウの言葉に一瞬飲み込みが遅れてしまう。

 

「……私の故郷へ行った時では?」

「……」

「えっ、私なんかそんな変なことしてた!?」

「まず変なことで俺が惚れたと思うなよ!」

 

だけど君の気を引くようなことをしていたとは本当に一切思えないので、真面目にそうとしか言えない。ティルフィルでの活動で結構浮かれてはいたと思うから、その辺をかわいいと思ってくれたとか……?自分で言うのもなんだけれどだいぶ変な趣味では?

 

「でも、だって、好いてもらえるようなこと何もしていないような」

 

私が反論するとちょっと頑なになった雰囲気を感じたので、ぎゅっと身体を寄せると、すこし綻んでいく感情が見えて嬉しくなる。クロウ、私のこと好きすぎやしないか。いや私も好きだけど……。

 

「……街を紹介するときにすげえ楽しそうにしてただろ」

「そう、かな」

 

実際楽しかったのは事実なのだけれど、見てわかるほどだったのか、とちょっと恥ずかしくなってしまう。

 

「それに、あの明け方、自分の故郷が本当に愛しくてたまらないって笑って、そこにオレたちといられるのが嬉しいって、誰に憚ることもなく言い切ったお前が……かわいいと思った、思っちまったんだよ」

 

肩に腕が回ってきて、また強く抱きしめられる。

────嗚呼、そうか。クロウは、故郷を捨てた人だ。自分を育ててくれたお祖父さんを見捨てた街を見限って飛び出した。だから故郷を愛した私に強い感情を抱いてくれた。それはどこかが掛け違っていたら帝国民である私のことを恨んでも良かったのに、クロウはそうしなかった。

その事実がどこか痛くて、きっとクロウも自分の故郷を愛していたかったんだと、そんな風に思った。愛していた人が愛したものを斬り捨てるのは、苦しいんじゃないかって。

そして私の言葉をそう受け取ってくれたクロウの心が、本当に嬉しい。

ああ、やっぱり、たとえ君が女神さまのことが嫌いでも、憎んでいたとしても、内戦への引き鉄を引いたのだとしても、規範のない無秩序な人だとは到底思えない。私が好きになった君は、確かにここで生きている。

 

「……つまり、私が振られたのって君が《C》だったから、だよね」

「傷付けると明らか分かってる未来に引きずり込むのはクソ野郎だろ。さすがにな」

「いい隠れ蓑になったのに」

 

学生らしいカップルの姿で、安穏と学院生活を送るのに大層役立っただろうと思う。あんな計画群を立てるクロウにそういう計算が出来なかったとは到底思えないので、きっとそれも誠意の形のひとつだ。

 

「そういう風に使いたくなかったって話だ。結局はそうなっちまったがな」

「……愛されてるなぁ、私」

 

呟くと、おう愛してるぜ、と目尻にキスを落とされて、私たちはまた笑い合って眠りに落ちた。

 

 

 

 

1204/12/12(日)

 

部屋の中で出来る程度に身体を動かしていたら、戦艦の高度が下がったような気がして窓の外を眺めると、雪化粧な景色が近付いて来ていた。どこか見覚えのあるようなそれに首を傾げたけれど、私の中にある『見覚えのある雪景色』というのは少なかったので直ぐに心当たりに行き着く。

温泉郷ユミルの近く。十月の頭に皇帝陛下に招待され行ったばかりの場所だ。

だけどユミルは山間にあるためこんな飛行戦艦が着陸する場所なんてないわけで。搭乗者の誰かが湯治のためにここに来た、ということもあるまい。何せ今は戦中だ。貴族といえどもシュバルツァー男爵が今回の内戦に与しているとも考え難い。

残念ながら私がいる部屋からではユミルの里自体は見えなかったので、何が起きているのやらと気を揉むしか出来なかったのだけれど。

 

 

 

 

そうこうしているといろいろ一悶着も終わったのか、夜になってソファでのんびりしているところで貴賓区画に誰かが入って来たのがわかった。……この歩き方は、おそらくリィンくんだ。八葉一刀流にまつわる癖なのか、それともリィンくん個人の癖なのかは今の自分には判別がつかないけれど、歩く時の地面への足の付け方がとても特徴的なのだ。

そうして、ため息を吐く。

 

リィンくんは灰色の騎士人形……クロウやクロチルダさんの言葉を借りれば灰の騎神とやらの乗り手なのだろう。そして蒼の騎神を擁している貴族連合軍からしたらそれを勧誘しない手はない。だってそれだけでこの戦争に勝つ算段がつくほどだろう。

だけどクロウ自身は、リィンくんが貴族連合軍に協力する筈はないとわかっているだろうに。それでも選択肢を提示するのは、優しさだったりするのかな。

 

程なくしてクロウが部屋に戻って来たので、隣にいるのリィンくん?、と尋ねたら、さすがに分かっちまうか、と苦笑した。

 

「後輩いじめるの、あんまりいい趣味じゃないと思うな」

「別に趣味じゃねっつの」

 

心外だとでも言うかのように表情を歪ませるので、まぁ懐柔できたら儲けもの程度の話なのだろうと頷いた。

対面のソファにクロウが座るので、どうやら時間があるようだ、と会話を続ける。

 

「クロウはリィンくんが連合軍につくと思ってる?」

「思っちゃいねえよ。ただ、そういう道もあると分かった上で自分で選べってだけだわ」

 

あれほど完膚無きまでに裏切ったというのに、そういうところがあるんだからこの男は酷いと思う。あくまで自分で選んだという意識を明確にリィンくんへ持たせる。それは、これからの帝国で生きていく上でとても重要なものだ。それをわざわざ示してあげるだなんて、敵に塩を送るようなものだろうに。

 

────それでも、そんなことをしたくなる相手なんだというのが強く伝わってくる。蒼の騎神と、灰の騎神。帝国に古くから残る伝承である、巨いなる騎士と目される存在。その乗り手。数日遅れの新聞を読む限り、他の色の騎神は現れていないようで、つまり現状における対になる二人だとも言える。

お互いがお互い、戦場で唯一対等に戦える立場。もちろん技量差というのは存在するだろうけれど、そもそもの機体のスペックというのは戦況に大きく関わってくる。

だから、騎神を駆るクロウの前に立ちはだかることが可能なのは、現状リィンくんだけ。

私がどれだけ願っても、その立場は叶わない。

 

「ま、アイツがどういう立場を取るのか、楽しみにさせてもらうとするぜ」

 

妙に楽しげなクロウを見ながら、どこか暗い感情が灯るのを私はただただ傍観していた。

 

 

 

 

1204/12/13(月)

 

「セリ様、本日のお召し物についてご相談が」

 

ヒエリアさんがそんなことを言うだなんて滅多にないことで、私は(早朝にベッドを抜け出したクロウを見送った後の)二度目の起き抜けに首を傾げてしまった。

 

「本日は貴賓区画に特別なお客様を招いており、もしかしたらその方がこちらへいらっしゃる可能性があるとのことです。故に普段の簡単な装いではなく、ドレスを着用されることをお勧め致します」

 

なるほど。この区画に通されているということで、リィンくんはある程度の自由は認められているということだ。そして、この区画に今日いる面々が錚々たる存在感を放っている人たちであるというのはそれに影響しているのだろう。

連合軍の内情を知った上で、懐柔できると踏んでいる。少なくとも主宰であるカイエン公は。

 

「わかりました。ヒエリアさんが選んでくださった物を着用します。持ってきて頂けますか」

「はい。朝食後、ただちにご用意致します」

 

私は、こういった場面に適した衣装というのがおそらく的確に選べはしないので、ヒエリアさんの勧めに従う方が失敗はないだろうと踏んだ。リィンくんなら気にしないかもしれないけれど、扉を開いた時に他の人に目撃でもされたら面倒だ。

 

ヒエリアさんが退室し、静かになった部屋でため息をついた。

きっと今日を境に何かが大きく変わるだろうと、そんな予感を覚えさせられてしまったから。

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