[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

44 / 51
43 - 12/18 蒼嵐との邂逅

1204/12/18(土)

 

運動が見込まれている服装とはいえ、さすがに制服で戦艦の甲板で走っていると不気味だろうと言われたので、大人しくクロウが用意してくれた長袖長ズボンの運動に適した服で走っていた。

こんなところで誰が見るわけでもないのにご苦労なことだとちょっと思わないでもないけれど、まぁ固辞するほどこだわりがあるわけでもないので素直に受け入れている。

甲板はクロチルダさんが魔術防壁を施しているのか、特に寒くもなく暑くもなく、快適だ。

 

それにしてもただ走ることが出来るというのがこれほど開放感を伴うとはなぁ、なんて。部屋では走っても何千周とかしなければならないし、そもそも鎖が絡まる。スピードも出し辛く目も回るだろう。その意味で、この雲海しか見えない景色だったとしても空の下でのびのびと速度を上げられると言うのは、思った以上に私の心を癒してくれた。たとえ振り切れない監視の目を感じるものだったとしても。

いや本当にストレスだったんだな、あれ。繋がっている時はそう感じないよう努めて意識をしないようにしていたから。

それにこの雲海も、一ヶ月も見ていればわりと表情があることに気がついてしまった。相変わらず地上を見下ろせるのは一瞬だけれど、雨雲の種類や風の向きなど、上から見ているとくるくると変わっていく様子が一目瞭然で。部屋の窓もそれなりに大きかったけれど、やっぱり情報量は甲板上とは雲泥の差だ。

 

「……」

 

そして、いまクロウは艦橋の方に行っているのか例の蒼の騎神が甲板で膝をついている。一息ついたところで近付いて、灰の騎神より少し大きいかな、と目測して頷いた。

この騎士人形もリィンくんが駆るという灰の騎神と似たような場所に安置されていたのだろうか。するとクロウは、リィンくんたちが遭遇したという試練を一人で成し遂げてここにいるのかもしれない。もしそうだったなら、クロウは何を考えて彼らとあの旧校舎の中へ入って行って、何を感じたろう。

たった一人で向き合わなければならなかった自分の境遇を目の当たりにしなかっただろうか。

 

「あなたは、それを知っているのかな」

 

ぽつりと言葉を零した途端、騎神の頭部だろう部位に光が灯り、"視線"は私へと向けられた。

 

「それとは何を指している?」

 

頭上から降ってきた音に対応出来ず、思わず口をつぐむ。すると次いで、どうかしたのか、と再度問いかけが落ちてきて、ああやはりこれは白昼夢などではないのかと思い知らされた。

 

「しゃべ」

「私は自律意思を持つ」

 

じゃあ、クロウは戦場で一人ではないんだ。それは本当によかった。

きゅっと心を改め、胸に手を当て、真っ直ぐと蒼の騎神殿へと視線を返す。

 

「失礼しました。私はセリ・ローランドと申します。よろしければあなたの名前を教えて頂けますか」

「我が名はオルディーネ。クロウを起動者(ライザー)として頂く騎神だ」

 

オルディーネ。クロウの口からたびたび出て来ていた単語はやはり蒼の騎神の名前だったらしい。海都オルディスに眠っていた、蒼の騎神。ドライケルス帝が築いた士官学院に眠っていた灰の騎神。であるのなら、ローエングリン城の紋章も同じものの可能性は高いのでは?槍の聖女の騎神、なんてさすがにそれはお伽話が過ぎるだろうか。

 

「……っ」

 

急に風が吹いて少しよろけたら、支えるように大きな掌が私の傍に。大きな指だ。

 

「あ、ありがとう、ございます」

「甲板の端は危険だ。用事も終わったのなら早く帰るといい」

 

無骨ではあるけれど確かに私を心配してくれるその言葉は、どこかクロウにも似ている気がした。いや口調とかは全くもって違うんだけど。なんというか、世界への在り方というか。

 

「……オルディーネさんは、帝国に伝わる巨いなる騎士のお一方なんですか?」

 

この国の古い伝承にある、帝国を平定する巨いなる騎士と目される存在。それが目の前にいるというのは私の好奇心を刺激して止まなかった。

 

「呼び名も口調も、そう構えなくてもいい」

 

言われながらすっと掌を上に向けるように私の傍らへ手が降りてきて、ちらりと上を見上げれば頷かれる。数瞬迷って、その掌に腰を下ろしたところでもう片手が合流してきて、落ちないようお椀の形に作られた手を眼前まで持ち上げられた。

……もしかしてずっと見上げ続けていたから首を心配されたのかもしれない。

 

「質問に関しては、そう呼ばれているようだな」

「……随分と、その、簡単に答えてくれたのだけれど、いいの?」

「秘するようにという行動指針の登録などは特にされていない」

 

そうなんだ。じゃあやっぱり槍の聖女が騎神を駆っていたなんてことはなかったんだろう。さすがに250年前とはいえ歴史を綴る人は多くいたろうから、もし今回のように出現していたら歴史書あたりに残っているはずだ。特に獅子戦役なんていう、今の帝国を語る上では決して外すことの出来ない歴史の転換点に於いては観測者も多かったと残された書物が証明している。

 

「あなたはクロウとは長いの?」

「魔女クロチルダにクロウが導かれ、私の前に現れたのは三~四年ほど前だったか」

 

三~四年前。今年20歳と言っていたから、それが本当なら16歳や17歳の頃。スカーレットさんもその頃に会ったと言っていたから嘘ではないと思う。やっぱりその頃がクロウにとっての運命の分岐路だったんだろうな、なんて。

 

「だが、我が起動者はそなたと出会ってから、苦しくも楽しそうだ」

「え?」

「誤算とも言っていたし後悔もあるかもしれないが、それでも憂いは無いように見える」

 

偽物の学院生活。私のことを一度断った行動。きっと誰のことも好きになる予定なんてなかった。それを私が壊してしまって、あの交通事故がすべてをぐしゃぐしゃにして、クロウは何を考えたのか私を受け入れることにした。誤算という言葉はそれらを端的に表現している。

 

「だからこれからも、可能であればクロウのことを頼みたい」

「────もちろん」

 

私に出来ることがあるのかはわからないけれど、私よりもずっと長く傍にいた方からそう言ってもらえるなら心強い限りだ。

 

「……む」

「あ」

 

お互い甲板へ出て来た馴染みのある気配に顔を向けると、その通りの人物が多少早足でこちらへ向かってくるのが見えた。半身振り向いたままオルディーネの指に手をかけ、顔が良く見える距離まで二人で待つことに。

 

「何やってんだよ、お前ら」

「……お話?」

「単なる世間話だな」

 

問われたのですこし顔を見合わせてから言うと、話すだけでなんで持ち上げられてんだって話だわ、と頭が痛いのかクロウが少し嘆くように言葉を吐く。

 

「セリが話しづらそうだったのでこうしたまでだ」

「という厚意に甘えました」

「ったく、物怖じしねーヤツ。もしオルディーネが力加減間違えたらとか思わねーのかよ」

「クロウが信頼してるなら大丈夫だろうって」

「あー……、そうだよな。お前はそういうヤツだった」

「訂正を求める。現在の出力の参照元は以前、クロウがこの者を掬い上げた時のものだ。当時は全身を緊張させてはいたが操作を誤らないよう細心の注意を払っていたことは身体データからはっきり読み取っている。私もそれを踏襲して扱っているといったことは伝達しておこう」

 

呆れたようなクロウに対してオルディーネは容赦なく曝け出すものだから、ほんの僅かだけ固まったものの次の瞬間には顔を隠すように蹲ってしまった。つむじがはっきり見えて、どことなくかわいい。

 

「……愛されてるなぁ、私」

「しみじみ言うな!」

 

 

 

 

夕方になり、クロウは呼び出しを食らって西部の方へ飛び立っていった。

暇になった私は艦内をうろつくならドレスの方がいいとヒエリアさんからアドバイスを受け、その通りに以前のとはデザイン違いの蒼いドレスを着用して散歩をしている。もう夜になってしまったのでそろそろ部屋に戻ろうか。というところで後ろから人の気配。

振り返るとラマール流の豪奢な装いをした人物がそこに立っている。その姿から、それが誰なのかは容易に想像がついた。クロワール・ド・カイエン公爵。貴族連合軍の総主宰を務める人物で、クロウへ一番最初についたパトロンだ。クロウがこの内戦を引き起こすことに力を貸した直接の人物。

 

「おや、もしかすると、蒼の騎士殿の花ではないか」

「────カイエン公爵閣下。この艦に乗船を許可して頂いている身にありながら、ご挨拶もせず申し訳ありません」

 

スカートをつまみ、淑女の礼をして廊下を譲ろうとしたところで、公爵は私の前に立ち止まった。嫌な予感しかしない。

 

「いや、構わんよ。何せ君は蒼の騎士殿の客人だ。私にとっても大切な相手と言えよう」

 

そんなことをのうのうと抜かせるのだから、大した人物だと思う。先ほど私のことを蒼の騎士の花と、そう言ったというのに。つまるところ添え物で、人質で、ここにいる存在が誰であってもそう規定されていれば構わないのだろうに。

 

「いやしかし、確かにうつくしいご令嬢だ。蒼の騎士殿が部屋から出したくないというのも頷ける話であろう」

 

そっと、顎に指をかけられ、顔を上へ向かせられた。

その行為に全身の肌が粟立ったけれど、まさか突き飛ばすわけにもいかず、さりとてどうしたら無礼にならずこの場を切り抜けられるのかもわからない。仮に無礼を働いて私が打首になる程度ならまだいい。クロウには危害は及ばないだろうけれど、私の実家に手を出されないとは限らない。ハイアームズ侯爵閣下の領地とはいえ、もしかしたら、あるいは、そんな可能性を考えないわけにはいかない。だって相手は四大名門の当主の一人だから。

 

それにまさか総主宰ともあろう人間がこんな"一般人と同じような気配"しかないだなんて思わなかったし、護衛の人間も連れていないだなんてそんなことあり得るだろうか。かのルーファス公子が武人としてもただならぬ気配をしているものだし、ルグィン伯爵閣下も見ていたせいで総主宰と聞かされていたカイエン公もてっきりそういった類の人間だとばかり。

そして、いま、この艦にクロウはいない。本当に、抜かったとしか言いようがない。

 

「お戯れを、カイエン公爵閣下。わたくしのような者には分不相応な言葉です」

「いや、そなたは気がついておらぬようだが」

「────カイエン公」

 

すると私の顔を近距離で覗いて来ているカイエン公爵の背中側、私にとっての完全な死角から、姿は見えずとも聴き慣れた声が飛んできた。敵意を隠そうともしないモノで。

 

「……これはこれは、蒼の騎士殿のご帰還か」

 

笑いながらカイエン公爵が私から離れる。ぞっと、背筋に汗が流れていく。

 

「フフ、騎士殿の不興を買うわけにはいかない。私はこれで退散するとしよう。それでは、よい空の旅を」

 

こつりこつり、踵を返したカイエン公爵とすれ違うようにクロウが足早に私の傍へ来てくれる。そうして有無を言わさずに横抱きで持ち上げられ、そのまま何も言わずに部屋へ連れて行かれた。

部屋に入って直ぐぼすんとベッドの上へ放られ、靴を脱ぎたいと上体を起こしたところへ覆いかぶさってきて顎を持ち上げられ、首筋を入念に観察される。

 

「────何もされてないか?」

 

今度は顔を横に向けさせられ、耳の裏までチェック。

 

「うん、距離は詰められて顎も持ち上げられたけど、そこで君がきてくれたから」

 

今度は反対側を。簡易チェックは終わったのか、ため息を吐いてクロウが隣へうつ伏せに寝転んできた。今度こそ靴を脱いでクロウを軽く横断しながらベッドの下へヒールを下ろし、私も寝転んだ。

ドレスは皺になってしまうだろうからヒエリアさんには謝ろう。今はクロウの傍にいたい。

 

「焦った。めちゃくちゃ焦った」

「……ごめん、油断してた」

 

さらり、銀色の髪の毛を撫でる。

あぁ、というか、なるほど。クロウの位置関係だと上手く見えなかったのだ。私へ屈むあの男の姿しか。なんというか、あそこでクロウが来てくれていなかったらどうなっていたことか、と本当にぞっとする。私に告げ口をさせない方法なんて幾らでも持っているだろうから。

 

「いや、まさか全員が出払ってるとは思わなかった。俺のミスだ」

 

出払っていなくても誰が助けてくれるのかと言ったらだいぶ疑問じゃなかろうか。スカーレットさんはどうしてだか私に良くしてくれているので、もしかしたら牽制してくれそうではあるけれど。あとは……正直、ちょっと想像がつかない。

 

「でも今回のでカイエン公爵の気配は覚えたから、今度からはエンカウントしないようにもっと上手くやれると思う」

 

ドレスでどれだけやれるかはわからないし、艦内構造もきちんと把握し切れたわけではないけれど、会わないようどうにかするぐらいは出来る、たぶん。

シーツを掴むクロウの手にそっと自分のを絡めてそう誓うと顔を横を向いてくれて、視線が繋がった。

 

「……お前のそういうスキルは昔っから信頼してるぜ」

「ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」

 

きっと私の戦闘能力は、学院生という枷を外したクロウには到底及ばない。それでもそう言葉にしてくれるのだから私も頑張ってみようと思う。

そっとやわらかい銀色の髪にキスを落として、私たちは束の間の微睡みに耽ることにした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。