[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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45 - 12/23 空下の昼食

1204/12/23(木)

 

今日も今日とて甲板を走っていてそろそろ昼前かなという時間帯、視界の端でテーブルが運び込まれたりそこに椅子が添えられたり、何だかちょっと不思議な空間が出来上がっていっているのを横目に認識しながら気にしないように日課分の距離を走り、クールダウンまで終えたところでいつの間にか蒼いドレスを纏った女性がそこに居た。

 

「セリちゃん」

 

優雅な微笑みと蕩けてしまうような声音で名前が呼ばれ、本能かあるいはそれに近いような場所で逃げる判断は許されないことを理解した。最近多いなそういうこと。いや別に何か用事があるだとか嫌だとかでは全くないのだけれど、何かあった際、咄嗟に逃げる算段を考えてしまうのは最近ついてしまったクセのようなものかもしれない。

 

「たまには太陽の下でお昼ご飯もいいと思わない?」

「……ええと、お邪魔でないのなら」

「ふふ、良かった」

 

お邪魔でないどころか明らかに私を招くために甲板に机やら椅子やらが置かれていたのだろうと言うことは理解していたけれど、一応。

何処にあったのか完璧にセッティングされた屋外用のテーブルセットの一脚に腰掛けると対面にクロチルダさんが座る。しかし、こうしてきちんと真正面から見たらどう見たって蒼の歌姫であるし、あのラジオ放送の不可思議な映像に映っていた姿だって今考えればそうとわかるのに、あれらを見ていた私たちはそんな簡単なことにすら気が付けなかった。たぶんきっとミスティさんと同一人物だと判断出来なかった時のような、認識を逸らす魔術か何かが使われていたのだろうけれども。

気が付くことが出来ないというのは恐ろしいなと改めて。だって気が付けなければ意識することだって出来やしない。それは致命的な隙に繋がりやすいものだ。

 

注がれた水に口をつけながらクロチルダさんに視線を送ると、私を見返すその紫耀の瞳は輝く青空の下であってもどんな思惑をも隠す深さが眠っているようだった。

 

「風、気持ちいいわね」

「そうですね」

 

ゆるやかに吹く風へ豊かでうつくしい髪を遊ばせている姿は、うっかりすると魅入ってしまいそうなほど。そんなに歳も違わない筈だけれど、数年でこんな風になれる気はしないのでクロチルダさんの努力や資質によるものなんだろう。さすが帝都歌劇場で頂点を取りながら同時にこんな計画を進行させていた人だ。とんでもなく忙しかったろうに。

 

「……あれ?」

 

会話も少なく、かといってそれが苦しいというわけでもなく、なんだかのんびりしていたところで甲板へ出てくる見知った影が見えた。片方だけ見える青い瞳が私を捉えると、足早にやってくる。

 

「セリちゃん、ここにいたのね」

「はい、あれ何か約束とかしてましたっけ」

「ああ、違うの。ちょっと気乗りのしない任務が入ったから、出る前にお話ししたいなって」

 

……これは、その、薄々そうではないかと思っていたけれど、クロウが弟だとするなら妹のように思われているのでは?胆力が違いすぎる。いやそれぐらいでもないとやっていけない立場というのはそう。たぶん。

 

「ええと、誘ってもらえるのは嬉しいんですが」

 

ちらりとクロチルダさんの方を見ると、好きにしてくれていいわよ、といった雰囲気を確実に伝わるような笑い方をされたので、スカーレットさんも一緒にどうですか、と昼食を誘うことにした。いやしかし変な面子だ。

 

 

 

 

「そういえば、リーダーとは普段どういう話をしてるの?」

 

三者三様に用意された昼食で、私に提供された赤身肉のステーキへナイフを入れていたところにスカーレットさんからそんな疑問が飛んできた。どういう……?

 

「……学院生時代は戦闘訓練の反省会とか、勉強一緒にしたりとか、カードゲームで遊んだり、チェスを教わってボロ負けしたり、そんな感じでしたよ」

「じゃあ今は?」

 

どうやらクロチルダさんも面白そうだと思ったのか話に乗ってきてしまい、これは選択をミスったのでは、と後悔がちらりとよぎる。

 

「あんまり話さないです。抱きしめたり抱きしめられたりで、ただまどろむだけの時間が多いかなって」

 

そも活動場所の違いと機密事項のせいで共通の話題がないというのが大きいのだろうけれど、それはそれとして別に話さなくてもぎゅっとされているだけでわりと、まぁいいかな、という気持ちにさせられてしまうのだ。

そのふれあいがいかがわしい方向に進むこともなくはないので一長一短ではあるが。本人曰く可愛い彼女が腕の中にいたらこうなるのは男の性だとかなんとか力説していたけれどその辺は理解に苦しむ。だってそうでない時もあるのだし。

 

「案外静かですよ」

 

二人でいる時のクロウが他の誰かといる時よりちょっとやわらかく笑うのが好きだけど、そういう情報は私だけが知っていればいいと思う。独占欲が強いというのはもういろいろと思い知っているので自分の感情とはうまく付き合っていきたい。

 

「……なんか甘酸っぱさに訊いたこっちが赤面しそうになるわね」

「《S》に同意するのは少し癪だけど同じ気分よ」

 

そんな反応をされるようなことは言っていないと思うのだけれど。……いや、前にクロウからお前は全部顔に出ると言われたからわかる人にはわかるのかもしれない。だとしたら表情で判断が付きづらいと言われた幼い日々は何だったのだろうか。学院生活で情緒と表情筋が育ったのかもしれない。遅すぎる。

 

切ったお肉を口に運びながら、なんか逸らせる話題ないかな、と脳内を検索して前々から気になっていたことがあったことを思い出した。

 

「そういえば前に、黒いうさぎの耳の服を着た女の子や、甲冑を纏った女性や、胡散臭い貴族風衣装の男性とかを見かけたんですが、猟兵という雰囲気もないですし、もしかしてクロチルダさんと同じところに所属している方々なんですか?」

 

あとは泥酔したクロウを運んできてくれた男性とかもそうか。

……あれ、でも黒いうさぎ耳の彼女はミリアムさんと似たような戦術殻と共にいた。彼女が結社に属する人物であるのであれば、ミリアムさんは一体何者なんだ?一応情報秘匿作業が施される前の書類では政府機関に所属していた筈だけれど。

 

「あら、どうしてそう思うの?」

「この戦争に結社と呼ばれる暗躍組織が関与しているというのがこちらの見解だったので」

 

ミリアムさんのことは一旦置いておくにしても、八月のガレリア要塞や九月の鉄鉱山などで結社が開発・運用していると噂されている機械魔獣が惜しげもなく投入されていたのは事実だ。そして帝国解放戦線が貴族連合軍と繋がっているのなら、帝国解放戦線に機械魔獣を提供していた結社が現在の内戦に関わっている可能性は高い。

そして本物の猟兵というのを目の当たりにした今、そことは明らかに一線を画している面々だというのも肌感で理解した。

 

「ええ、そう。セリちゃんが上げた人たちは大体結社・身喰らう蛇に所属する者よ。一部ちょっと所属が複雑な人もいるのだけれど概ね合っているわ」

 

身喰らう蛇。通称、結社とだけ呼ばれるその組織は帝国だけではなくゼムリア大陸において裏の世界を牛耳るものの一つらしい。VII組補佐でもなければそんな話を知ることはなかっただろうけれど、見れば何となくなるほどという気配もある。猟兵以上に浮世離れしている……というよりそのことに頓着していない、と言うべきか。

そして所属が複雑な人、という表現をされた以上うさぎ耳の彼女がそうであるという推測も成り立つ。これはさすがに想像に想像を重ねているから論理的ではないけれど、でも仮にそうでなかったとしても帝国情報局とも貴族連合軍とも繋がりのある『何か』がいるというのは確実だ。まぁ、戦においての武器商人のようなものだからそこまで疑問視するものでもないかもだが。無論彼女たちがそうであるというのではなく、比喩として。

 

そこまで考えたところで思考をシフトする。猟兵がカタギではないとはいえ表の世界に属する存在であるとするなら、結社という裏の世界の人材も惜しげなく投入されているこの状況。

 

「クロチルダさん、加えて質問いいですか?」

 

パンを千切ってお皿に残ったソースをぬぐい、相手の返答を待つ。クロチルダさんは更に笑みを深くして頷いてくれた。

 

「答えられるかはわからないけれど、構わないわよ」

「ありがとうございます。それでは────もしかしてもう終わりが近かったりしません?」

 

私がこの場において、戦争を始めた帝国解放戦線に属するスカーレットさんではなくクロチルダさんに問うことの意味。新聞によるとクロスベルの方でも不可解な現象が起きているようで、こんな同時期に大陸西方の近しい場所で表の人智から離れた出来事が起きているということに一切何の関連もないなんてことはないだろう。であるのなら、長くは続かない。

その状態が長期間続いた場合、世界情勢的に共和国や法国が割って入ってくる可能性が高いからだ。戦場の盤面は参加者が多くなれば多くなるほど指数関数的に先を見通すのが難しくなる。それが大国とも重要国ともなれば尚更。参加者として取れる択が無限に等しい故に。

 

「ええ」

「……誤魔化したり隠したりはしないんですね」

 

無論、真実を言っているとも限らないのだけれど。

 

「そこに行き着いたご褒美として受け取っておいて。それに、クロウに幸せになって欲しくないわけじゃないのよ、私も」

 

その表情に嘘はない気がしたので、返答ありがとうございます、と頭を下げる。

そういえばここに居るのは意味は違えど全員クロウに魅せられた人間ばかりなのか。そういう観点でいくと一番の新参者は自分だけれど。

 

「十二月の晦日、その日にあらゆるものが動く──クロウには私が言ったとは内緒よ?」

「わかっています」

 

私がそのことを知っていると知られたら何が何でも下ろし、確実に干渉出来ないようにするだろう。それは都合がよろしくない。それに情報提供してくださった方の安全を守るというのは受けた側の最低限の誠実さだ。

 

十二月末。あと一週間。こんなところにいる私に何が出来るわけもないけれど、それでも身体を鍛え、女神さまに祈ることぐらいはしよう。クロウが安心して帰る場所になれるように。

 

 

 

 

「あ、渡り鳥ですよ」

「あら、本当ね」

 

昼食も終わり、食後のなんてことない会話を楽しんで、そろそろ中に入ろうかというところで雲海の上に鳥が見えた。黒い嘴が特徴的なそれらはおそらくレンチョウヅルだろう。確かアイゼンガルド連峰を越えていく数少ない渡り鳥と何かに書いてあった。ユミルで実際に山々を見たおかげか強く印象づいている。

 

「こんな雲の上まで飛んでくるんですね。凄いなぁ」

 

柵に手をかけ、鳥の群れを視線で追いかけていく。生存のために、種を残すために、彼らはこんな上空まで飛び、山を越える。人間とは全く異なる生き物。鳥になりたいとは思わないけれど、自分の意志で隣に飛んで行けたらとは、思ってしまう。

戦場で果てる可能性のあるあの人の横へ。

 

「スカーレットさん、クロチルダさん」

 

名前を呼ぶ時、声が震えなかっただろうか。私が二人を見ると、それぞれ色彩は違うのに表れている表情は似ていて、ああやっぱり私が言いたいことなんて看破されているんだろうな、と心の中で苦笑した。だけど口に出さなければいけない。

 

「クロウのこと、よろしくお願いします」

 

表の内戦は長引くかもしれないけれど、決定的なことはもう直ぐその日が来る。そしてきっと私はその場に居られない。もちろん正直な話をすれば誰かになんて託したくないけれど、計画のことを知らない自分が計画の中心だろうクロウの場所に行ける見込みなんて殆どないから。

クロチルダさんだって訊いてもそこは教えてくれないと分かる。なら自分のプライドや嫉妬なんて全てかなぐり捨てて、安全を確保する方に舵を切ろう。それが一番生存に繋がると信じて。

 

「えぇ、任せて。最も、私の方は同じ戦場で戦うことが作戦に組み込まれたらの話だけど」

「私は蒼の導き手として、今幕の語り手として、最大限のことをするわ」

 

お二方のそんな頼もしい言葉を聞いて、私はまた感謝の言葉を紡いだ。そして同時に空を仰いで女神さまへ祈りを捧げる。

 

────どうかあなたと一緒に、あの町へ帰れますように。

 

 

 

 

そして、双龍橋を陥落せしめた正規軍駐留を良しとしたケルディックが、領を守護する筈のクロイツェン領邦軍主導による焼き討ちに遭い、それにより元締めが亡くなり、オーロックス砦に詰めていたスカーレットさんがリィンくんに敗れ正規軍鉄道憲兵混合部隊に拘束されたという報せが届いたのは、三日後のことだった。

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