[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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46 - 12/31 拳の会話

1204/12/31(金)

 

目が覚めて体を起こした瞬間に事態をある程度把握し、ふざけている、と思った。

何が何でもあの男を殴り倒さないと気が済まないと心に誓い、ヒエリアさんが作り持って来てくださっていた朝食のサンドイッチを食べ始める。

 

「……ということで、クロウ様は帝都に残られ、パンタグリュエルが空域警戒として戦闘参加をすることになりました。故に海都近郊にある私の邸宅、もしくは必要であれば船を使って国外までセリ様をお連れする予定というのはご理解頂けましたか」

「はい、概ね」

 

私の目の前に座っているラマール領邦軍の軍服を身に纏った女性──シャロナ・ヴェンデットさんはラマール州に領地を持つ伯爵家の人のようで、今回私の護衛という名の監視・移送任務を命ぜられたようだ。そういえばたまにパンタグリュエル内でも見かけていた顔のような気がする。ああそうだ、そして、私を遠くから監視していた。その視線には覚えがある。

 

考えてみれば昨日の夜中に起きていたクロウから勧められ、紅茶を飲んだのが敗因だったのだろうと思う。まんまと深い眠りについてしまい、起きたら二人に囲まれた寝台のある特別客室へ詰め込まれていたというのが現状だ。

ちらりと窓の外を見れば季節は違えど帝都とグレンヴィル市への鉄道路線の道中に見えた。少なくともリーヴスは越えているはず。グレンヴィルから帝都までは一時間半ほど。鉄道の時速を1200セルジュほどだとするなら距離1800セルジュ。私はARCUSの身体能力強化を加味しても平均時速200セルジュ程度しか出せない。今は午前六時前。ぶっ通し走り続けて九時間、十五時着。距離としては、まだ十分現実的な範疇だ。体力もなんとか保たせられるだろう。但しクロウが携わる計画に間に合うかどうかはわからない。

時間短縮をするなら鉄道を使いたいところではあるけれど、新聞によると貴族以外の乗降は数日単位で時間のかかる許可制になっているようであまり現実的じゃない。密乗も発見された時のリスクが高すぎる。

そもそも帝都で降りただけで留まり続けているかも不明だ。だけど裏の世界だの霊力だのうっすらと言葉の断片を聞いていて思ったのは、儀式というのは『見立て』も重要なのじゃないかと。その意味でこの国の中心地である帝都でことを為すというのは、なんとなく、意味が通るように思えた。だからそこに賭ける。

けれど。

 

「ああ、罷り間違っても逃げ出そうなどと思わないで下さいね。私も斬りたくありません」

 

現役の軍人。私がどれだけ今鍛えていようとも、クロウが私につけることを選択しているという段階でかなりの腕前というのは前提として理解するし、事実そうだろうというのがわかる。きっとこの人はあえて力量の差を隠さないようにしている。私の戦意を殺すために。

 

「……換気のために窓を、開けてもらってもいいですか」

 

シャロナさんは横についていたヒエリアさんに視線を飛ばし、しずしずと窓が開けられる。最低限の動きで意図を汲む姿を見ると、ヒエリアさんが特によく出来ている方なのか、あるいは知り合いの可能性に思い至った。

まぁ今更人間関係を考察してもどうにもなるまい、と脱出経路の方に思考をシフトする。窓は縦にスライド式。留め具は螺子。閉められてしまえば咄嗟に跳ね上げて外に飛び出るということはしづらい構造だ。

 

「走行中の列車から落ちることは死を意味しますよ」

「わかっていますって。別に逃げ出そうとなんてしていないじゃないですか」

 

サンドイッチを食べ終わったのもあって両手を降参の形にあげると、失礼致しました、と謝罪の言葉が届いた。もしかしたらクロウから何か言われているのかもしれない。おそらく逃げ出そうとするから油断するなよ、とか何とか。逃げ出すと思っているのならこんな不意打ちで遠ざけるのをやめて欲しい。

……もし、正面から離れていてくれと頼まれたら、私はそれを飲むつもりだった。元々パンタグリュエルかどこかでクロウの帰る場所になりたいと願っていたのだから。だけど人の意思をないものとするのなら私にだって意地がある。

 

「着替えます。監視として目を離すわけにはいかないでしょうが、私も気にしませんよ」

「ええ。むしろ申し訳ありません。ただ武器の方はこちらで確保させて頂きます。ARCUSだけは通信が出来るよう念のためお持ち下さい」

 

用意されていたある程度動きやすそうな服に腕を通し、机の裏から見つけられていたARCUSも中を確認し導力をONにしてからポーチに入れる。着慣れた服ではないから少し動きが鈍くはあるけれど、走れないほどじゃない。ARCUSがあるなら最低限どうにかはなる。

そして服をすべて着用し、姿見を眺めてわかった。これはクロウの趣味じゃない。いくら服への興味が薄いからといって並べて見ればわかる。あの日からクロウが用意した服やドレスをそれなりの頻度で着ていたのだから。わざわざ他人に用意させた服。時間がなかったのなら今までの手持ちや、ジャケットを抜いた制服との組み合わせでいい。だからこれは敢えてだ。

着替え終えたところで渡されたボディバッグの中には相変わらずの財布と、国際銀行のカード。さすがにIBCでは差し障りが発生しているせいか別の銀行のもの。

服も、財布も、後から本当に合流してくる予定ならこんなもの要らないだろうに。おそらく予防線のひとつ、そこに行き着いた一瞬思考がチリついた。

 

深く呼吸を吐き、意識を落ち着かせる。ボディバッグに財布を戻してハンガーラックにかけ椅子に戻る。座る時にヒエリアさんと視線があったような気がしたけれど、彼女は申し訳なさそうな顔をして私から視線を逸らした。

 

グレンヴィルまではあと二十分といったところだろうか。

 

 

 

 

「グレンヴィルに着きますね。ヒエリア」

「はい」

 

名を呼ばれた彼女は窓を下ろし、キィキィと少しだけ掠れる金属の音を鳴らしながら窓の螺子をも締め────いや、半分締めたところで再度上げるようにして、いなかったか?

視線からシャロナさんに気取られないようあくびをして腕を組み、目を閉じながら考える。もしかしたらヒエリアさんは私の味方なのかもしれない。アイコンタクトなどで意思疎通することは出来ないけれど、おそらく、たぶん、そっちの確率が高い。……我ながら何とも自信のない。でも、二対一じゃないのであれば。

 

そうしてグレンヴィルに到着し、乗降・荷物の積み下ろし作業などが終わったようで動き出し、駅を抜けるその瞬間、脚に力を入れ窓に飛び付き枠を跳ね上げる。さすがの反射神経でシャロナさんの手が爪先にかすりはしたけれど初速で抜けきった私に追いつけるわけもなく、そのまま肩から落ちるようにしてホームへ転がり出た。

辺りに人はいたけれど幸運なことに人にぶつかることはなく、そして速度を上げていた列車も止まることなく線路の向こうへ過ぎ去っていく。しかし切符も持っていない私が改札から堂々と出るわけにもいくまいと、騒ぎを聞きつけて駅員がこちらへ来る前に線路へ降りそのままサイドから街道へ抜けることにした。

 

さあ、走ろうか。

 

 

 

 

季節が極まる十二月の晦日ゆえに厚着をしているとはいえコートがないとさすがに走っていても寒いけれど、鉄道沿線というわかりやすい街道敷設のおかげで道に迷う不安もなく、思考のリソースを別のことに割けることに安堵しながら走り続けて二時間ほどしたところ。

導力車の音が聴こえ始めた。この街道は真っ直ぐで、音が聴こえる程度になったら既に視界内に入っているも同然。振り返って見えたのは導力車を駆るシャロナさんだった。

 

「────!」

 

丘もない、森もない、しかも直線は不利!現状振り切るのは無理だと理解して体を反転させ拳を構えた。時間をかけるわけにはいかず、かといって格上相手に武器もなく対峙を強いられ、時間を気にして意識をそぞろにすることは決して許されない。

矛盾した条件を達成しなければどうしようもない場面で笑ってしまう。

しかしさすがに導力車で私を撥ねるつもりはないようで車は少し離れたところに停止し、中から出てきたその人の手には剣がしっかと握られている。

 

「逃げないのですか。武器もない貴方が私に勝てる見込みはないというのに」

「だとしても、一切の抵抗もせず目的をただ諦めるよりはマシでしょう」

 

私の言葉を受けた後、相手はすらりと得物を抜き、鞘を車の天井へ置いた。陽光を反射する曇りなきその刀身は明らかな業物。腕の一本程度、落としても綺麗にくっつけられそうなほどの鋭さだ。

 

「────では」

 

剣を構えた刹那、シャロナさんが突っ込んできた。とんでもない迅さ……ではあるのだけれど、十日ほど前に馬鹿みたいな鍛錬をさせられていたせいで目が、足が、淀みなく思考についてくる。だから何とか切っ先が私の身体を襲う前に回避出来た。

シャロナさんの視線が笑うのが見える。初動を避けた私の評価を上げてくれたのだろうか。普段であれば嬉しいかもしれないが、今回においては弱い護衛対象だと侮ってくれていた方が良かったのに。ああ、でも甲板での鍛錬を見られていたなら力量は把握されていると判断するべきで、であるのなら私の抵抗の意志の強さを見るための突進だったかもしれない。

 

そうしてまたシャロナさんが走ってくる。受け手に回ってばかりいては駄目だと脳が鳴らす警鐘に応じ、剣を避けながら拳を振るえどしかしそれも当たらない。お互い速さを得意としているのなら制限時間のある私の分が圧倒的に悪い。何ならシャロナさんは海都まで連れて行けなくとも私をここに足止め出来ていればそれでいいのだから。

 

剣の腹を撃ち上げ、足技を使い、戦技を使っても、シャロナさんが行動不能になる一撃を入れられない。何だかんだ鍛錬は裏切らないおかげで想像以上に手応えはあるけれど、やっぱり主軸にしている武器がないっていうのは辛いものだ。誰も通らない街道で続く戦闘音は一体いつまで鳴り止まないのかと思う。

お互い一旦飛び退いたところでシャロナさんが剣の先を下ろした。

 

「すこし、問答をしませんか」

 

血が滲み始めた拳を構えたまま状況を把握する。進行方向にはシャロナさん、車をパンクさせるなりで逃げるにしても車に対する距離も向こうのほうが近い。圧倒的に有利な状態で剣先を下げる理由がない。油断を誘うためのものか?いや、誘わなくていい油断だ。じゃあこれはなんだ。

 

「────セリ様」

 

私が黙っていると静かな声が耳に届いた。

 

「貴方の心の安寧は、どこにありますか?」

「……?」

「外の国ですか? 帝国内ですか? あるいは、誰かの傍であったりは、しませんか」

 

意図が理解出来ずに眉を顰めると、ふっ、と柔らかくその人は笑い、胸に片手を当てた。

 

「実を申しますと、私は一ヶ月ほど前から直接の護衛騎士に任じられておりました」

 

一ヶ月前。侵入者が入り込んだ時がちょうどそれぐらいだった記憶にある。半月ほど前に鎖が取れてからこの人を見かけるようになったけれど、それ以前から私の護衛としてあの区画にいたらしい。あそこを出入りする気配は覚えるようにしていたし、言われてみれば極端に薄い気配が一つあったような気がする。害意もないからあまり気に留めないようにしていたけれど。

しかし考えてもみれば私が部屋に人がいるのか、下手すれば誰がいるのかさえ分かってしまうのなら、他の人間にそういう芸当が出来てもおかしくはない。そして今日、ようやく人物の顔と視線が合致したとはいえ、彼女の視線を薄々と感じ取っていたのも事実だ。

 

「ですから誤解を恐れずに言えば安心した次第です」

「え?」

 

思わず反応を返してしまうと、やわらかな表情のまま相手は続ける。

 

「短い間ではありますがここずっと貴方を見ていましたし、元々ヒエリアから報告も受けておりました。その印象としては、セリ様はとても芯がお強く、また深くクロウ様を愛しておられるのだと」

「……そんな風に見えていましたか?」

「はい。そして甲板で走り、剣を振るい、体術の型を確認し、鍛錬を欠かさない姿から、武器を取り上げられたとしても貴方はその想いを果たせる力があることを自覚している」

 

正直なところ、私はこの感情が、本当は単なる意地だったりするのかもしれないと感じていた。負けず嫌いの延長線上にあるものだと。恋人だからとか、相棒だからとか、そういう関係性の話ではなく、ただただ私が蔑ろにされたことに端を発しているのではないかと、そう。

 

「ですから、抵抗しないのであれば静かに精神が壊れてしまった可能性をも考えました」

 

そこでシャロナさんは車の方へ近づき、天井に置いていた鞘へ完全に剣を収めた。戦気の消失。

 

「安全の保証とは、もちろん貴方様の命の話です。それには自殺という自己を害する懸念も含まれて然るべきでしょう。けれど力無き者を死地へ送るのも是と出来るものではありません」

「……」

 

そんなことは、考えてすらいなかったけれど。そもそも女神さまはその行為を認めてはいらっしゃらない。……でも、そうか、なるほど。時に敬虔な信徒でさえそういう手段を選ぶこともある。だから私が取ることもあり得る、というよりどうしたって零にはなり得ない。

 

「……私の心の安寧は、クロウのそばに」

 

構えていた拳を下ろし、最初の質問への返答をする。

 

「裏の用事が動くからその過程で命を落とすかもしれない、それを心配するのはわかります。それだけ愛されている自覚もあります。だけど、私はそれでも、クロウを殴らないといけないんです。この手で、今すぐにでも。死地へ向かい、生存出来る程度の強さは認めてもらえますか?」

 

自分が死ぬ可能性があるとわかっていながら私を遠ざけるそのふざけた思考を、誰でもない私が叩き割る必要がある。それが、友人であり、恋人であり、仲間であり、相棒たる私の役目だ。

 

「承知致しました。貴族連合軍の末席に身を置くものですが、今だけは、時代錯誤であっても貴方様の騎士となりましょう。それとこの車はミルサンテにいる古くからの友人より借りた物のため、少々慣れず運転が荒いやもしれませんがご容赦下さい」

 

助手席の方の扉を開けたシャロナさんに回復魔法を施されつついざなわれ、私は車の中へと乗り込む。

 

「参りましょう、帝都ヘイムダルへ」

「────はい」

 

車体は反転することもなく進み、街道の風となり走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パンタグリュエルからセリを下ろし鉄道に乗せ、俺はといえばバルフレイム宮の地下で最後の準備をしているところに場違いな通信音が鳴り響いた。

 

「はいよ、ルーファスの旦那か?」

『セリです』

 

聞き違える筈のない、だけどあり得ることもない声が耳の側で発されて思わず俺は自分の頭を疑った。

 

「……海都も通信可能圏域だったか?」

『もしかしたらそうかもしれないね』

 

いやそもそも帝都から海都までは少なくとも九時間程度はかかる。到着するにしても昼過ぎから夕方前。だっていうのに今はまだ昼にもなってない時間だ。仮に海都に帝都直通の通信網が敷かれていたとしたってその道中で通信出来るわけがねえ。

 

『ただ、この通信は帝都から行われているよ』

「振り切ったっていうのかよ」

『現役軍人相手にそんなわけないでしょう。協力してもらった、ただそれだけ』

 

途中で街道を塞ぐ大型魔獣が出たし開戦直前だからか陣を張ってた軍勢のこともあって私だけ隠れて森を走ることになったけどね、と笑いながら注釈が入ったが俺は全然笑えねえんだよ。

 

『で、どうしたら君に会いに行ける? とりあえずドライケルス広場の前なんだけど』

「……なんで俺がお前に会うと思うんだよ」

 

バルフレイム宮の地下、許されざる存在は入れない場所に俺はいる。俺はこいつを戦場に連れて行かねえって決めた。だからお前も退いてくれよ。頼むから。

 

『別に気が向かないなら会いに来なくてもいいけど、君がここに居るってことは計画の中心地が帝都なのは間違いないよね。だとしたら激戦地だろうし巻き込まれて死ぬかも』

 

コイツとうとう自分の命を盾にしやがった。もしかしてそういう手法で説得したんじゃねえだろうな!?

 

「…………わかった、とりあえずそっちには行く。広場の方だな?」

『そう。じゃあ待ってる』

 

通信を切って、いつの間にか近くにいやがった魔女の方へ視線を向けると明らかに愉しそうに笑って俺を見て。

 

「……お前、気付いてたろ」

「あら、何のことかしら」

 

計画がうまくいきやすいよう帝都に"自分"の霊力を張り巡らせてる女が言う台詞じゃねえ。嗚呼、畜生。だから現役軍人を見張りにつけたっていうのに。せめてこれ以降は計画通りに行ってくれ。

ただひたすらにそう願いながら廊下を走るしかなかった。

 

 

 

 

皇居を囲む堀を突っ切る長い長い橋を渡りきり、近衛兵が引き上げられ閑散とした広場へ走っていくと、真正面に足を肩幅に開いて立ち睨んでいたセリが唐突に地面を蹴り拳を振り上げて来やがった。

 

「……っと。何のつもりだ?」

 

腰につけた武器を抜く様子はないものの、拳を収める気もさらさらないようで第二第三の攻撃が飛んでくる。

 

「っるっさい! いいから殴らせろ!」

 

怒り心頭の拳というのは得てして避けやすいもんだが、それでもその拳の鋭さは怒りに我を忘れているものじゃなかった。的確に、しっかと見て、相手のクセを知り尽くしていなけりゃ避けられる攻撃じゃねえ。

それでもこの一年以上、ずっと後ろからこいつの戦い方は見てきた。きっと誰よりも知ってる。

 

「君は! あんな別れ方が望みだっていうのか! 私が望むとでも! そう!」

 

時折混ぜられる足技が以前よりも鋭さを増している。そういや西風と昼飯食って鍛錬にも付き合ってもらったとか言ってたか。そいつらに思うところがないわけじゃねえが、成長を目の当たりにできたのはどうしようもなく、たまらなく嬉しかった。

そんで肩へ僅かに当たり始めてくるもんで。この数瞬の遣り合いで即修正してくるその貪欲さにぞくぞくするほど。

 

「ンなわけねえだろ! ただ、生きていて欲しいってだけだ! 俺の! エゴだ!」

「私はそれにずっとそれに振り回されっぱなしで! 最後までそんなんとか! アリナシでいったらナシだわ!!!」

「そこは悪ぃと思ってるけどよ!」

「というかむしろ別れたいって遠回しな意思表示だったりする!? ならハッキリ言え!」

 

叫びに一瞬気を取られ、腹に一発、重いのがぶち込まれた。……ここまで中心捉えて殴られたのは訓練含めても初めてだな。げほ、とたたらを踏み追撃に構えたところで、それはこなかった。あー、これ、意識引っ掛けられたな。くそ。

 

「私は……君が、リィンくんと決着をつけるその場に居たい。何が出来なくても」

 

見れば数歩下がったセリはぶち込んできた拳をゆっくりと下ろし、悲痛な声でそう呟く。だけどそれだけは、どれだけ望まれても叶えてやる気にはなれねえ。

 

「俺は嫌だ。んな危ないところに連れて行けるかってんだ」

 

カイエン公もいる。緋の騎神・テスタ=ロッサもいる。何が起こるかわかりゃしねえ。むしろクロスベル方面に現れた零の御子とやらが顕現させた碧の大樹──人が到達しうる"奇跡"の到達点みたいな代物をこの帝都でもぶちかますってんなら、『どんなことでも起こり得る特異点』にだってなる場所だ。

 

「……シャロナさんは問うてくれたんだ」

 

不意に、護衛につけていた軍人の名前が出てくる。

 

「『貴方の心の安寧はどこにありますか』って。私の身の安全というのは、私の命の話で、自死からも守らなければらない、だから貴方は今どこに行きたいのですか、って」

 

胸の中心を、心の臓を上から押さえつけて、セリは淡々と告げる。ああ、だからこいつはここにいる。本当に逃げ切ってきたわけじゃないらしい。

全く、これも境界侵犯の力ってことかねえ。勘弁して欲しいぜ。

 

「君はそれを何も聞いてくれない。自分のことばかりで、私の願いなんてどうでもいいみたい」

「それは……」

 

否定、出来なかった。だってお前に生きていて欲しいってのはどうしようもない俺のエゴだ。わかってる。んなこと。お前を説得出来る気もしなくて、逆に説得されかねないそれが怖くて。だから対話する道すら飛ばして有無を言わさずに押し込んだ。

 

「君が私の希望を聞いてくれないのであれば私が君の要望を聞いてやる義理もないんだよ」

 

真っ直ぐとした視線でもって、高らかに宣言される。ああ、俺が惚れ込んだ目だ。

 

「君が私をここで追い払ったって何とかして事態の中心へ潜り込むよ。そして君の知らないところで果てる可能性に困ればいい」

 

おそらく生きているだろう、から、もしかしたら死んでいるかもしれない、への転落。それを天秤にかけてきやがって。つまるところ脅迫だ。いや、こいつがそんなすぐに死ぬとは思えやしないが、それでも煌魔城は異界とも言っていい場所だ。

そんで、トワと連絡が取れればリィン達と合流することだって難しいことじゃない。やると言ったらこいつは間違いなくやる。

 

「……俺は……オレは、お前にだけは生きてて欲しいんだ」

「うん。去年もそんなことを言ってたね。ようやく意味が理解出来たよ」

 

離れていたセリが近付いてきて、そっと俺の身体を抱きしめた。とくりとくりと心臓の音が伝わってくる。きっと俺の音もセリに伝わっていってるんだろう。

 

「君が私の生存を願ってくれるように、私も君に生きていて欲しい」

 

だから。

 

「ね、一番近くで見ててよ。きっとそれがお互い一等安心だから」

「……わかった。降参だ」

 

俺に腰が入った重い一発を当てて来やがったし、戦闘能力も心配ないと証明されちまった。

だからここまでついて来てくれた愛しい存在を傍らに置こう。国家転覆に手を貸したテロリストでもそんくらいは許されてもいいだろ。差し出した手を、躊躇いもなく掴んでくれるヤツがいるのは、きっと、おそらく、幸せと呼ぶんだろうから。

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