[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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47 - 12/31 紅の晦日

1204/12/31(金) 昼

 

クロウに殴りかかって観念してもらったところで、皇宮に進んだと思ったらまさかの地下に昇降機で降りることになった。ルーレで見たようなエレベーターでもなければ、作業用機械の昇降機でもない、どう考えたって今稼働している技術の数段上のもの。

思っていた以上にヤバい場所に来てしまった。

 

「もしかして、想像より恐ろしいことに首を突っ込んでしまった、と思っているかしら?」

 

クロウが騎神の起動者となる導き手を務めたらしいクロチルダさんが、グリアノスと呼ばれる綺麗な蒼い鳥を介して空間に映した姿で妖艶に笑いかけてくる。

 

「……いえ、思っていないです」

 

それでもここで強がならなければいつ強がるのだと思って真正面からそう言い切ると、それでもクロチルダさんは、ふっ、と笑って体温も形もない手で私の頭を撫でるのだった。

 

 

 

 

案内された場所は広く、明るいのにどこか薄暗い空間で、中央には緋い機体が埋め込まれた柱が屹立していた。蒼、灰、ときて緋。やっぱり七体いるのだろうか。

 

「なんだ、来たのか」

「はっはー、騎士サンが折角遠ざけてたのになあ」

 

レオニダスさんとゼノさんが私を見るなりそう言って、他の面々の視線もこちらに向く。自分がどうしようもなく場違いだというのは理解しているから、せめてその視線に臆さないでいようと思った。

クロウの後ろについて行き、オルディーネの横に立つとようやく少しだけ呼吸がしやすくなったような気がする。肌がひりつくこんな環境で和んでいる暇なんてないだろうけれど。

 

そうして改めて見回し、帝都の地下にこんな空間があるだなんて、という感想がこぼれてしまう。どうしようもなく禍々しさを感じる緋は、見方を変えれば封印されているようにも見えた。

 

「いいか、セリ。基本軸としてお前は戦闘に参加するな。自分の身を守ることだけ考えてろ」

「…………わかった。それは、約束する」

 

リィンくんたちがここへ辿り着いた時、それと対峙するパートナーとしてはクロウの横にクロチルダさんがいるんだろうと何となく理解した。だって他には誰もいない。《V》と呼ばれた人も、ノルドにいた《G》と名乗った幹部も、スカーレットさんも。ARCUSの戦術リンクを使うならお互いを深く知っていれば知っているほど戦闘能力は飛躍的に高まる。だから、クロチルダさんなのだ。

それを見るのはきっと辛いけれど、それでも見届けるという意志を持ってここに来た。私の命を気にしてクロウのパフォーマンスが落ちるなんてあってはならない。

 

「約束するから、クロウは私のことを気にせず戦ってね」

「騎神同士の戦い以外であれば、私も傍にいよう」

 

オルディーネが膝をつき、私に寄り添ってくれる。

正直なところ計画のことが何もわからない自分にとって今回の戦いで、クロウに勝って欲しいのか、リィンくんに勝って欲しいのか、判断をつけることは難しい。だけどクロウがずっと気にしていたリィンくんとの戦いは、何の横槍もなく、また憂いもなく、決着がつけばいいとは思っている。

 

「そんじゃ、お前が惚れた男の最後の仕事を見守っててくれや」

 

クロウはいつものように笑って、私の頭を優しく撫でた。

 

 

 

 

「────ッ」

「お、始まったか」

 

カイエン公が目隠しをされたセドリック皇太子殿下を緋い騎神の前に差し出したと思ったら、殿下は酷く身体を痙攣させ苦しそうに苦悶の声を上げるのが見えた。まるで構図は供物のよう。

 

「そうだ、それでいい! "愚帝"に打ち砕かれし祖先の野望、今こそ叶えてみせよう──!」

 

そして殿下に対して臣下である筈のカイエン公は意に介した風もなく、むしろ予定通りと言わんばかりに両手を広げ、妄言とも取れるような言葉を放って事態を眺めていた。

 

「────悪ぃな、殿下。全ての決着が付くまで少しばかり我慢してもらうぜ」

 

クロウが懺悔するように呟いた瞬間、ぐにゃり、と空間が歪み、殿下を軸にして空間の全てが"書き変わって"いく。緋から流れ出すように、殿下を導力源にするかのように、それらは足元を通り過ぎ、部屋をあかく染め上げていく。

 

西風の方々や結社の方々も知らされていなかったのか驚愕の声をあげ、振動と共に内部構造が変化していくのがわかる。まるで、足元が急激に上昇しているような錯覚さえ覚えるほど。

ここは皇宮地下──魔術というのはあんな巨大建造物までどうにかしてしまうものなのか。

 

そうして振動が一段落したところで中央の歪みは収まり、何事もなかったかのように殿下と騎神はそこにいる。けれど何もなかったなんてことはあり得ない。外はどうなっているんだろう、と辺りをもう一度見回したところで階段の下に法陣が光り始め、数瞬後にはクロチルダさんが立っていた。

 

「よお、上手くいったみてーだな?」

「ええ、煌魔城は成立した。あとはどう転んでも目的は達成される筈よ」

 

階段を昇ってきたクロチルダさんは私に笑い、杖を軽く振る。そうしてあのラジオ映像のように中空に映し出されたのは、帝都であるのに帝都ではない姿。バルフレイム宮が存在する場所に、全く知らない別の城が建っていた。空もまだ昼過ぎだっていうのに、赤黒く、闇が落ちている。

……これが煌魔城と呼ばれる場所、なんだろう。いま、私たちがいるこの場所がそう成った。

 

「では、各自持ち場に着くのだ!」

 

緋の騎神へ続くよう組み立てられた足場の上からカイエン公がそう叫ぶと、その場にいた方々はクロウとクロチルダさんを除いて昇降機に乗って下の階へと歩を進めていく。全員でかからないのにもおそらく儀式的な意味があるんだろう。そして最終的にリィンくんをここに寄せ、クロウの騎神と戦うことがトリガーとなる。

 

それを引き金にして、一体この人たちは何をしようとしてるんだろう。

本当に私は、何も知らない。

 

 

 

 

幾度か階下で轟音が響き渡るのを聞いて、どれぐらい経っただろう。

階下へ繋がる昇降機が起動し、稼働音を鳴らし始めたところでクロウとクロチルダさんが階段の方へ移動する。始まるんだ。勝っても負けても、今まで通りではいられない勝負が。

戦闘の邪魔にならないようオルディーネの足元に寄ると、彼は大きな手で抱き寄せてくれた。そして心をどこに置けばいいのかわからないまま、リィンくんたちが昇降機に乗って姿を現す。

 

「……来たか」

「フフ……ようこそ、物語の終焉へ」

 

鷹揚にVII組とサラ教官を迎え入れる彼らは、全ての覚悟を決めている人たちの目だった。それに対峙する彼らもまた同じ光を灯している。

 

「来たよ、クロウ」

「白銀の戦艦以来か」

「どいつもこいつも一丁前の顔になりやがって。修羅場を潜り抜けてきただけはあるみたいだな?」

 

VII組の彼らと会話をしていても、学院にいたころのクロウの軽薄さはもうとうにない。だけど仲間として、あの旧校舎の異変を解決してきた相手として一目は置いていたんだろう。たとえそれが自分一人で解決したものと同種だったとしても。

 

「ああ……不本意ではあるが。だが、そうでもしないと先輩には追いつけなかった」

「共に在り、強くなる事で我らもまたこの場に辿り着けた。ならばこれも良き巡り合わせだろう」

「わたしも一応、自分のケリは付けられたし。少しは成長、出来たかな」

 

どうやら西風の面々とフィーさんは会話が出来たようで、彼女の顔は前に見た時よりもずっと晴れやかで、それは本当に良かったと思う。あの昼食の時にゼノさんとレオニダスさんが彼女を気にしていたのは事実で、慈愛だったから。

それらを受け、まったく、とクロウは困ったように笑って。

 

「──それと、先輩たちの想いもちゃんと受け取ってきた」

「……」

「何としてもクロウとセリ先輩を取り戻して一緒に卒業をさせる──そう約束してきたよ」

 

卒業。それは、きっと叶わない話だ。だってクロウは明らかな国賊で、この戦いが連合軍側の勝利に終わったとしても自分の罪を清算するつもりがあったろう。それは平和な学院生活とは真逆のもの。それを彼らが理解していないはずないのに。

……それでも、リィンくんにその想いを託すことを選んだ。私はそうは在れない。

 

「……冗談だろ。それがあり得ないことくらい、いい加減判ってるだろうが。現実逃避か?」

「違うわ、クロウ」

 

うんざりしたような声で反論するクロウにクロチルダさんが笑いながら言葉をかける。

 

「数多の困難や現実を前にただ立ち竦むのではなく……ある一つの想いを抱いて明日へ続く道を歩んでいく。────それを、"夢"と言うのよ」

 

ああ、そう。そうだ。夢と表現して差し支えのないほどに、現実味がなくて、青臭くて、馬鹿馬鹿しくて、だけど、そうであって欲しいという魅力がある。そんな未来が、来たらいいのになんて空に願いたくなってしまう。

 

「……その通りです」

「私たちは未熟で、若い。でも、だからこそここまで辿り着くことが出来たと思うの」

「誰一人欠けることなく、みんなの想いも受け取りながら。これって何気に凄いことだよね?」

「ならば、困難な明日を夢見るくらい構わないだろう。可能性が零であるとは誰にも言い切れないのだから」

 

みんな、そんな明日が来ることを諦めていない表情でそこに立っている。私もそんな風に真っ直ぐで在れたなら、こんな事態も回避出来たんだろうか。そんなことを考えずにはいられない。たらればに意味なんてないというのに。

 

「此度の経緯を考えれば俺もまた危うい立場にある。自分一人が特別だとは思わぬ事だ」

「ボクの立場も何気に微妙な感じだしねー。細かいことは後から考えればいいんじゃないの?」

 

好き勝手言う彼らに、呆れたようにクロウが笑う。まるでそれは、あの日々の延長線上にある微笑みだった。

 

「目くらましのつもりだったんでしょうけど。トールズ士官学院、しかもVII組に潜り込んだのはアンタの失敗だったみたいね? そこにいるセリのことも含めて」

「ああ────とんだ見込み違いだぜ。まさかここまで祟ってきやがるとはな」

 

サラ教官が私に水を向けたせいか、階段下にいる彼らの視線が私に向く。

 

「先輩、預かった言葉は伝えました。トワ会長たちが心配してましたよ」

「……そっか、三人には悪いことしちゃったかな」

 

海都で降ろされた時に手紙を書けたら書きたかったけれど、流石にどこにいるかも分からない巡洋艦に手紙を書くというのは無茶が過ぎる。だから、まぁ、仕方のないことだ。

 

「でも、あんな目に遭ったとしても、私はクロウの傍にいたいから。君たちと合流する選択肢を取らなかったのは謝らないよ」

 

クロウがどうしても私と会わないと頑として意志を曲げなかったらそういう未来もあったかもしれないけれど、結局のところクロウは私を手放しはしない。それを分かってて口にしたところはある。

 

「……わかりました。やっぱり、あの日俺に言った言葉は今も変わりないんですね」

「うん」

「だったら、やっぱりセリ先輩も俺たちが取り戻します」

 

そんな、うっかりすると熱烈な告白に聞こえてしまう台詞をリィンくんが発したところで、気のない拍手が背後から降ってきた。そこにいるのは殿下とカイエン公だけだから、自ずと誰のものか分かってしまう。

 

「いやはや、美しくも愛おしき光景だ。見果てぬ夢を共に追い求め、一時の情熱に酔いしれる……これも若さゆえの特権だろう」

 

明らかに侮蔑を含んだ言葉に全員が嫌悪感を露わにしたところでマキアスくんが目を見開いた。

 

「……その、紅くて大きなものは……」

「緋の騎神・テスタ=ロッサ──永きにわたり帝都に封印され、幾度も災厄をもたらした存在」

「"千の武器を持つ魔人"とも伝えられているわね。250年前、獅子心皇帝と槍の聖女に封じられたはずだけど……」

 

マキアスくんの疑問に対してエマさんと……猫、が、喋っている、ような。たしかよく学院の敷地内に潜り込んでいた猫のように見えるのだけれど。ああ、うん、グリアノスみたいな存在がいるのだから猫が喋ったって今更不思議じゃないか。

……いや不思議だと思う。VII組の人たちとクロチルダさんはともかくクロウすらも突っ込んでいないからやっぱり自分って何も知らないんだななんてことを改めて思い知ってしまった。

 

それから、カイエン公は語り始める。

緋の騎神を起動出来るのは皇族アルノール家の血筋のみだということ、それゆえに殿下に協力を要請(という名の拘束を)していること、そしてカイエン家にはあの帝都を支配したもののドライケルス皇子に討ち倒され、後の世では偽帝と呼ばれしオルトロス帝の血が流れていることを。皇帝の血が流れるカイエン家が帝都を支配するに相応しく、それが悲願であると。

故に、緋の騎神と煌魔城を自身が手に入れるのは当然の権利であると高らかに。

けれどクロワール・ド・カイエンには緋の騎神は動かせなかったらしい。直系でないと動かせないというのなら、やはりカイエン公にはその資格はないのではなかろうか。その事実から目を逸らし、殿下を使い潰すつもりであることに帝国臣民として怒りを覚える。

 

それに対し、リィンくんは真っ向からカイエン公の望みを否定する。ただただ、大切な家族を取り戻したいという皇太子殿下のご兄姉からの望みを果たすために、殿下の解放を誓って。

そこまで聞き、クロウとクロチルダさんが一歩、前へ出る。

 

「……もはや言葉は尽くしたでしょう」

「約束通り、この場は俺たちに任せてもらうぜ?」

「フン……まあよかろう。儀式完了までの余興だ。せいぜい愉しませてくれたまえ」

 

クロウは双刃剣を、クロチルダさんは蒼い水晶石の嵌った杖を構え、VII組を睥睨するその姿を見て一歩下がる。オルディーネの掌の限界まで。

 

「とっとと騎神に乗り込んでもいいがそれじゃあ芸がねぇだろう。前座と言っちゃあなんだが、まずは全員、相手をしてやるぜ」

「私も相手をさせてもらうわ。紫電のバレスタイン……少しばかり反則でしょうからね?」

「あら、光栄ね。悪名高き深淵の魔女に言われたくない気もするけど」

「フフ……それは失礼。────エマ、全力で来なさい。このまま魔女として全てを背負っていく覚悟があるか確かめてあげるわ」

「姉さん……判ったわ。与えられた使命ではなく、私なりに見出した可能性を姉さんに証明してみせる!」

 

エマさんの宣言を聞き届け、クロウとクロチルダさんの間に戦術リンクが浮かび上がる。

その光景が、どうしても強く私の胸を痛ませた。私がもっと強かったなら、私がクロウの思想に賛同できたなら、あそこに立っていられたのだろうか。味方面じゃなくて、本当にただひたすらにクロウを支えられる存在になれたんじゃないか、って。

そんな問答に意味はないというのに。

 

「帝国解放戦線リーダー、クロウ・アームブラスト────組織最後の一人として活動を締めくくらせてもらうぞ!」

「使徒第二柱・蒼の深淵、ヴィータ・クロチルダ────"終焉"への導き手として君たちを案内させてもらうわ」

「────VII組総員、迎撃準備! 全力をもって目標を撃破する!」

 

 

 

 

そうして宣言通り十一人を相手取り、さすがの二人も一瞬退かざるを得ない状況にまで陥った。……すごい、全員の戦術リンクが二ヶ月前とは比べものにならないほどに向上してる。

何より、リィンくんの刀はしっかとクロウに届いていた。

 

「これは……驚いたわね」

「だから、言っただろうが。あんまり俺の級友どもを甘く見るんじゃねえってな」

「なるほど……」

「ええい、痴れ言を! 万が一このまま敗れたら契約を……!」

「るせえ! アンタは黙ってろ! ────さあ、終幕だ。ケリをつけるとしようぜ?」

 

クロウはカイエン公を一喝し半身こちらに振り返る。それは合図。私の傍に待機していたオルディーネは顔をあげ、自身の起動者を待つ。

 

「来い────灰の騎神、ヴァリマール!」

 

リィンくんは拳を掲げて天高く叫び、轟音で空を裂きながら騎神が階下から飛び立ってくる騎神の中へ恐れることなく搭乗する一人と一匹。

それを見て走ってきたクロウは双刃剣を私へ預け、オルディーネの中へと吸い込まれる。

 

階段下のホールで二体の騎神は相対し、お互いの得物を抜いた。リィンくんが抜いたその刀身は、戦場だというのに見惚れてしまいそうな輝きを放っている。

 

『ゼムリア鉱石の太刀……なかなか大したシロモンだな。どうやら今回ばかりは手加減をする必要はなさそうだ』

『……』

『……? なんだ、今更ビビってんのか?』

『ああ……そうみたいだ。勝つにせよ、負けるにせよ……これが最後になると思うと何かが変わってしまいそうで……多分……それが怖いのかもしれない』

『────甘ったれんな!』

 

何かが変わるなんて、そんな当たり前のことを憂うリィンくんにクロウの叱咤が飛ぶ。

ああ、そういうところ、本当にクロウらしい。

 

『"今"を踏ん張ってこその"未来"だろうが! 俺の首根っこを引っ掴んで卒業させるんじゃねえのか!?』

『……そうだな。だったら俺も、全てを出し切ってみせる。今回ばかりは、皆の想いも、帝国の命運も関係なく』

 

迷いを振り切り決意を固めるよう灰の騎神は太刀を構え────確かに笑った。

 

『クロウ、お前とただ対等に渡り合うために!』

『……上等だ』

 

それに呼応する形で蒼の騎神も腰の後ろへ双刃剣を構える。

 

『騎神は"力"、"想い"は逆に動きを鈍らせる。刀匠が己の持てる全てを剣に込めて鍛え上げるように……"想い"は戦いの前に自分の血肉にしておけばいい』

 

語るように、己に言い聞かせるように、クロウは言葉を紡ぐ。そうして一瞬だけ、オルディーネを介して私に視線が。────この想いが君の血肉になっているのなら、私は祈ろう。

勝つとか負けるとかじゃなく、貴方たちが、悔いなく戦い終えるまでこの場が保たれるように。

 

『さあ、始めるとしようぜ! 誰にも邪魔はさせねえ! 俺とお前の最期の勝負を!』

『ああ、望むところだ! 真っ白になるまで……互いの魂が燃え尽きるまで!』

 

蒼と灰はもうお互いしか見ず、それから────。

 

 

 

 

熾烈な戦い、歴史に残る一戦だったと思う。灰の騎神の一刀は全てが全力というわけじゃなく、流動するように運用される力の形は蒼の騎神を翻弄し、けれど蒼の騎神も長年乗っていたアドバンテージを確かに感じさせるほどの体捌きだった。それでも。

蒼の騎神の双刃剣は弾かれ、同時に灰の騎神も膝をつく……しっかと得物は持ったまま。

 

「勝負あったわ。────リィンの勝ちね」

 

サラ教官の勝敗を定める言葉を皮切りに騎神の中央部分が光り始める。クロウが出てくると察知して双刃剣を置いて走り出し、その体を受け止め一緒に膝をつく。騎神を動かすには霊力を消耗し、そして攻撃を受ければ起動者も無事ではいられない。それも同じ騎神同士なら尚更だろう。

 

「……はは、最後にカッコ悪いところ見せちまったか」

「ううん、格好良かったよ、すごく」

 

負けたとしても、クロウが懸命に戦ったことは誰に笑われることじゃない。自分の信念を貫こうとして戦った結果がこれなら、それはもう仕方のないことだ。

 

「……無理しない方がいいわ。だいぶ霊力を消耗している」

 

クロチルダさんがそう言葉をかけてきた。クロウを導き、ここまで連れ添った蒼の魔女。その彼女が言うのなら間違いないことだ。ぎゅ、っとクロウの服を掴む。

 

「ったく、何が『皆の想いは関係ない』だ。騎神でのARCUSのリンク……完璧に使いこなしてたじゃねえか」

 

────騎神で、ARCUSの戦術リンク。ああ、そうか。VII組のみんなは旧校舎に入って、その果てにあの灰の騎神を見つけた。おそらくその過程で何らかの起動者に準じる契約者となったのだろう。故に、騎神戦闘でもその力をリィンくんに貸せた。

 

「悔しいな、それ」

「……ん?」

「私もクロウに力を貸せたら良かったのに」

「なんだ、そんなことかよ。お前にはずっと前からいろんなもんを貰ってるっつうの」

 

たまらないほど優しい声音でそんなことを言うものだから、私の心臓はまたもやぎゅっとなってしまった。ぼろぼろになってそんな表情でそんなこと言うのはずるいと思う。

 

「……すまねえな、ヴィータ。いろいろ借りを作ったのに期待に応えられなくてよ」

「気にする必要はないわ。正直、想定外だったけど……これはこれでアリかもしれない」

 

クロチルダさんが主導する結社の計画において、蒼と灰の決着はどちらでも良かったということなのだろうか。……まぁ、それは、そうか。蒼の勝ちを絶対とするならばここまでにVII組の何人かを、命を散らすまで行かずとも戦闘不能にまで追い込んでおけばいい。それをしなかった時点で『戦う』という行為そのもの自体に意味があると考えていいだろう。

 

「ふ、巫山戯るなあああッ!!!」

 

そこまで考えたところで、カイエン公が叫んだ。クロチルダさんを糾弾するも、しかし結社の目的としては騎神の勝負を見届けること以外に興味はないと斬り捨てられる。するとカイエン公は苦虫を噛み潰したような顔で緋の騎神の前に建てられた足場を駆け上がっていく。

まさか────!

 

クロウから体を離し、腰のナイフへ手を回しながら二度跳躍して振りかぶったその時にはもうカイエン公の手は皇太子殿下の首にかかっており、笑いながら殿下の御体を緋の騎神の胸へと沈め込んだ。

 

「セリ、今直ぐ離れろ!」

 

クロウの言葉が聞こえた瞬間、力場が発生し木端のように吹き飛ばされた。階段下まで落とされ何とか着地だけは出来たけれど、殿下を飲み込んだ騎神のあまりの威容に息を呑む。

 

「あれが、緋の騎神を核に250年前にも現れた……」

「紅き終焉の魔王────」

 

その緋は全てを叩きつけるかのように威圧だけで全てを薙ぎ倒し、クロチルダさんとエマさんが結界を瞬間的に構築してくれはしたものの、その圧倒的な力はこちらを明確な敵と見做し圧し潰そうとしてきている。

 

「……ヴィータ、隙は作れるか?」

「隙──あの強化術式ね?」

「ああ、三年前の試練で突入前にかけてもらったアレだ。出来るか?」

「……やってみましょう」

 

それまで苦しそうに膝をついていたクロウが立ち上がり、にやりと笑った。

 

「俺とヴィータでアイツの隙を作ってみせる。その間、お前たちで凌げるだけ凌いでみせろ。騎神の霊力を回復させて皇太子が取り込まれた核さえ取り出せれば、起動者を失った騎神になって、こっちのモンだ!」

「ええ、それならこの次元には顕現できなくなるはずです!」

 

クロウの提案に対しエマさんの力強い言葉に作戦が決まる。さすがに私も武器を抜いたところで昇降機の方からおどろおどろしい叫び声が聞こえ始めた。

見れば魔王に傅く為にか、階下の形容する言葉すら見当たらない全く見たことのない魔獣たちがこちらへ向かってきているのが見える。

 

「チィッ、後ろからもか!」

「……いや、あれらは私一人で何とかしよう」

「正気ですか!?」

 

ユーシスくんの焦りに私が答えるとマキアスくんが叫び、私もクロウのように笑った。ここで笑えなければ先輩として恥ずかしいというものだ。

 

「正気も正気だよ。多対一は私の得意分野だからね。────クロウ、任せてくれるかな」

「……ああ、お前になら、背中を任せていられるってもんだ」

 

ふっとお互い笑い、そうして各々、自分の戦場へ駆け出した。

 

 

 

 

力が劣っていたことが、いつも悔しかった。

私一人では敵を引きつけることは出来ても戦闘を畳むことは難しく、それ故に補助要員として走り回って。別にその役割が嫌だったわけじゃない。敵の目を欺いて、挑発して、私を信じてくれた仲間であるみんなが倒し切ってくれるそのことは誇りにさえ思っていた。

その上でもっと強くなりたいと願って、いま、この場に立っている。

 

「あっちに比べたらこっちなんて大したことないね。いくら来ても通しはしないよ」

 

前を見据えれば対峙したことのない大勢の敵。相手に挑発が効くかも分からない。だったとしても、私の──最高の相棒が任せてくれたこの戦場で遅れをとるわけにはいかないんだ。

 

 

 

 

激しさが増していく戦場を走り、VII組のみんなが、クロウとクロチルダさんが、魔王だけに集中出来るよう、全てを切り裂いて。

 

『クロウ!?』

 

悲痛なリィンくんの声が聞こえ、思わず後ろへ振り返った瞬間、そこには胸を貫かれた蒼の騎神の姿があった。

 

『……カスっただけだ! 立ち止まらず前を向いて、お前にしか出来ない事をやれ!』

 

その言葉を受けて灰の騎神は刀を振り上げ、幾太刀もの攻撃を浴びせ続けたところで騎神の核が露出し、緋い緋い美しく輝くそれを灰の騎神は奪取した。

同時に風が吹き荒れ、周囲のあらゆるものを吹き飛ばす衝撃波に抵抗しながら、階下の魔獣たちが散っていくのが見える。まるですべての役割を終えたかのように。

その光が弾け飛んだ時、ホールは私が来た時のような静寂さを取り戻していた。

 

「────!」

 

中央の柱へ続く階段の下で、蒼の騎神が膝をついているのが見える。武器を納め必死に走って、胸が穿たれている騎神の足元に縋りついた。そこはクロウが騎神へ乗り込むときにいつも光が溶ける場所。

傍らから殿下の無事が聴こえてきて喜びたいけれど、それどころじゃない。

 

「クロウ! ねぇ! お願い、出てきて! オルディーネ、聞こえる?!」

 

────騎神のダメージは起動者にフィードバックされる。

さっき理解した事柄がぐるぐると脳裏を駆け巡る。それじゃあ、核を壊された騎神のダメージは?嫌な予感を振り払いたくて、蒼銀に輝く鋼鉄の身体を叩く。ごめんなさいオルディーネ。痛くはないかもしれないけれど、それでも、ごめんなさい。だけどどうしても今、クロウの顔が見たい。

すると騎神の胸元で常より弱々しい光が発生し、地上へ。弾けた光が生み出した胸を押さえた影は足元から駆け寄った私に倒れ込んできた。支えようと踏ん張った瞬間、摩擦係数が低かったのか背中から転んでしまったところで、ぬるり、手をついた床に妙な感触があった。

 

「……わ、りぃ」

 

体を離してみると、だばだばと黒衣から溢れる鮮やかな赤色。それは容赦なく私の服を染め上げていく。

 

「いや、いやだ、クロウ……!」

 

仰向けに寝かせてみても、それが軽くなることすらなかった。私が学院で習ってきた応急処置なんてまるで意味がない。だって、だって、心の臓が穿たれているのだ。

私の悲鳴が聞こえたのか、ばたばたとVII組のみんなが集まってきて、リィンくんが向かいに座り、エマさんが傷口に手を当てて何かを唱える。私は、クロウの頭を膝に抱きながら、だたそれを眺めているしかできなかった。

 

「……鉄血と同じ……場所、とはな……これも、因果応報、ってやつか……」

「やだ、喋らないで、ねえ、クロウ、お願いだから……!」

 

胸に当てた手からだぱりだぱりと、止めどなく血が流れていく。

 

「……悪いな、リィン……約束、守れなくしちまった……。……一緒に……卒業を……」

「いい、それはいいんだ!」

 

リィンくんが空いているクロウの手を握り締め叫ぶ。その横でクロチルダさんが杖を構えようとして、諦めたように首を振った。痛みを取り除くしかもう出来ないと、そう。

蒼き深淵の魔女、結社と呼ばれる組織の中でも特に魔術に秀でているのだろうその方から落とされた言葉は、私の涙腺を決壊させるには十分なものだった。

 

「だ、駄目……これ以上は……」

「委員長ちゃん、黒猫も……ありがとな……おかげで……最期の挨拶ができる」

 

さいご。最期。いやだ、やめて、そんなこと言わないで。

それでもクロウは喋ることを諦めず、みんなへの言葉を紡いでいく。ぼろぼろと涙が溢れて止まらない。あぁ、この人は、ほんとうにしんでしまうのだ。顔を伏せても、膝の上にいるクロウには丸見えで、そっと涙を拭うように頬を撫でられる。ぬるりとした感触にまた涙がこぼれた。

 

「……リィン、これから先……色々あんだろう……。……俺は、立ち止っちまった……だがお前は……お前ら、は、まっすぐ、前を向いて……」

 

おねがい、女神さま。この人を連れていかないで。願う私にクロウの紅い視線が寄越された。

 

「セリ……本当は、偽の学院生活で……大事なものなんて、つくる、べきじゃ、なかった……それでも……おまえをすきになった、おれのよわ、さを……ゆる…………」

「────クロウ?」

 

落ちる手。降りた目蓋。吐息が聞こえない。さっきまで、あんなに耳をつんざくように聞こえていたのに。

 

「クロウ?」

 

ねぇ、起きてよ。それで、いつものように、抱きしめて、頭を撫でて、あなたの体温を感じて抱きしめ返したいのに。

 

「あっ、ああ、うぁ、あ……っ」

 

今までの生活が脳裏を過ぎる。

ARCUS試験運用でみんなに出会って、勉強をみたり帝都へ行ったり、実習で危ない目に遭ったりして、君に恋をして。二年生になって、君がVII組に行って楽しそうにしているのを聞いて嬉しくて、すこし寂しくて、遠隔魔術の映像の《C》を知って心臓が凍りついて、パンタグリュエルでの日々だって嫌なこともあったけど過ごした日々はかけがえのないもので、それで────。

 

「愁嘆場はそこまでだ!」

 

ハッ、と意識を揺さぶる声に仰ぎ見れば、カイエン公がナイフで皇太子殿下を拘束していた。

 

「あれだけ目を掛けてやった恩も忘れて我が大望を妨げるとは……! 許さん、許さんぞ……! ……亡国の浮浪児ごときが!」

 

クロウは、国賊には違いない。それでもその叫びは、いま、たったいま、命を落としたこの人を愚弄するもので、逡巡もなく私の手は腰の導力銃を抜いていた。照準を────額に合わせて。うん、いける。前衛といえども伊達にこの二年訓練はしていない。どうか、一発で仕留められるよう、動かないでほしい。

 

「……およしなさい。あなたのすべてを、クロウは守ろうとしていたのだから」

 

引き金に指をかけたところで、そっとそんな声が聴こえてきた。"この場に命を持って存在する意味"を"銃"に見出しかけていた私を、引き止めるように、その女性はうつくしく笑ったのだ。

 

「……っ」

 

銃が両手から床へこぼれ落ち、そのまま崩れるようにクロウの頭を抱きしめた。もう、赤い血潮さえ噴き出ない、静かになった身体。

私を愛して、死ぬのが怖くなって欲しかった。私は────貴方の楔でいたかったのに。

 

 

 

それから、恐るべきことに心臓を貫かれた筈の鉄血宰相が姿を現し、その懐刀と呼ばれる鉄血宰相の子供達と呼ばれる面々がこの場を収めるに至る。

私は、"戻ろうとする"煌魔城からクロウの遺体を抱き上げて駆け下り、降りる前に連絡していたトワたちと合流してその遺体をジョルジュに託すことにした。

 

葬儀は、二日後に執り行われる。

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