[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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48 - 1205/01/03 森薫る街の涙

「生年は1184年なんだって。一歳歳上だったみたいだよ」

 

 

 

 

1205/01/03(月) 朝

 

昨日、帝都近郊ヒンメル霊園でクロウの葬式はつつがなく執り行われ、私の手には喪主を務めてくださった教官から渡された墓の管理者を示す銅板が残された。

お祖父さんが眠るだろう場所の近くに埋葬するどころか、故郷であるジュライへ遺体を送ることすらも政治上許されず、それなら全員がアクセスしやすい霊園にしようという話になったのだ。その管理証を私が預かることにいろいろ思うところはみんなにあったと思う。

亡き恋人に縛られ続けることを選ぶのか、と。墓を預かるということは一生のものだ。それでも私は、クロウから迂遠とはいえ告げられた婚約を了承した人間だから、きっと誰と添い遂げることも選ばないだろう。見晴らしのいいあの丘、君の横で歳をとっていく予定だ。

 

「セリちゃん、どこか行くの?」

「ああ、うん。学院も暫く休みだし、西部……特に内陸の方は結構戦闘が激しかったみたいだからティルフィルに一旦戻ろうって」

 

寮の部屋から出たところでトワとかちあい、二人で階下に向かう。

鉄血宰相殿の懐刀であったルーファス公子主導のもと、内戦が収まりつつある中で自分の地元へ戻っている生徒は多いのか寮はいつもより閑散としていた。まぁ、長期休暇中だと思えばむしろ人はいるぐらいなのかもしれないけれど。

 

「そっか、心配だよね。叔父さまと叔母さまによろしくね」

「うん」

「……セリちゃん。疲れてるだろうし、もし何なら」

「授業開始頃までには帰ってくるよ。勉強しないと」

 

いつまでも落ち込んではいられない。クロウだって前を向いて歩いていけと言っていた。

帝国という概念を解体するには、私には知らないことが多すぎる。そして、知らないことを認識するには、まずは勉強しかない。学院の勉強で足りないことなんて山ほどあるだろうけれど、基礎がなければ知識に当たる算段すら思いつけないのも事実で。

 

「それじゃ、行ってきます」

「いってらっしゃい、気をつけてね」

 

 

 

 

トワに見送られ、帝都行きの列車に乗り込む。事実上貴族しか乗れなくなっていた鉄道は即日規制が解除され、昨日と一昨日はすごい人出だったらしい。だけどそれも落ち着きつつあるのか早朝にしては多いにしても満員には程遠い。

どうせ一駅だと扉の前で三十分待ち、そのまま旧都行きの列車へ乗り込んだ。帝都は始発駅だから絶対に座れるのが楽だなと思う。

眠ろうか考えたけれどどうも眠気がないので風景でも眺めていようと視線を向けた窓に映る自分の顔があまりに酷く、トワに心配されるわけだ、と苦笑するしかなかった。

 

ため息を吐き、前に抱えた荷物を抱きしめる。

 

────彼が迷わぬよう、みなで送り出そう。

────戦乱の中で失われし魂が、女神の下で安らかに眠らんことを。

 

昨日、クロウの葬式で司教さまがそう言葉を贈ってくださった。定型句ではあると分かってはいるけれど、女神さまを信じていない人の魂は何処に行くのだろう、と気になった。精霊信仰が強い土地の生まれとはいえ自分が信仰する宗教のことを何も知らないんだな、と己の愚かさを嘆きそうになる。そういうことも今のうちに勉強していきたい。

 

「……」

 

オズボーン宰相は、生きていた。つまりクロウは復讐を果たすことは出来ていなかった。なら、彼があんな結末を迎える必要なんて本当はなかったんじゃないかと思わないではいられない。

時には軽口を叩きながら、ある時からは想いを寄せながら、みんなと走ってきた一年と半年。その間に憎しみで満ちていた器を、私たちは代わりに別のもので満たすことはできなかった。かけた年月のことを思えば、それを覆せたかもしれないと考える方が傲慢だろうけれど。

不幸中の幸いというのなら、クロウが息を引き取ってからあの宰相殿が現れたことぐらいか。そうでもなければ死んでも死にきれない。死んでいて欲しかったというわけではないけれど、生きていて欲しかったと言えるかというと微妙な立場だ。だって宰相殿が生きていようが死んでいようが、クロウが大勢の命を奪ったことに変わりはない。

 

……一旦考えるのをやめにして、暫く目を閉じることにする。それだけでも削れた何かが少しは回復してくれるかもしれないから。

 

 

 

 

しかし目を閉じてじっとしていれば案外と眠れるもので、旧都直前のアナウンスで目が覚めた。降りる準備をして西街道の方へ。けれど待合場は道が破壊されていたり、そもそも馬車を駆る人が居なくなっていたりなどで運行中止をしているらしい。

疲れてはいるけれど、徒歩で行けない距離じゃない。途中に深い谷底があるわけでもないので道が壊れていてもある程度迂回すれば到着の見込みは十分ある。計算と見通しを終え荷物を肩に抱え直し、私は慣れた道を歩き始めた。

 

 

 

 

旧都側だからか壊れた道に遭遇することは少なく、この分なら街は大丈夫かな、と思ったところでその姿が見えてきた。パッと見た感じでは、壊れてはいない。

叔母さんも叔父さんも心配しているかもしれない、と足早に街へ入り家へと急ぐ。いろんな人に声をかけられそうになったけれど、ごめん急いでるから、なんて返事を繰り返し自宅まで。去年の八月の短期休暇では帰ってこなかったからちょうど一年ぶりの我が家。

鍵を開けて中へ入ると、何だか埃っぽかった。

 

「ただいまー」

 

声をかけても誰が来ることもなく、気配を辿ってもここ最近この家に入った人はいないようだと首を傾げる。ここが住居として機能していたのかどうか確かめようと台所の冷蔵庫を覗くと、干からびた野菜だけが残っていた。

……まさかどちらかが怪我をして旧都の大きな病院に運ばれているとか?いやいや、他の町や村の支援で暫く家に帰れていないだけかもしれない。

嫌な予感を抱えつつ、家を出て教会の方へ。元締めである叔父さん叔母さんに何かあれば教区長さまが聞いている筈だ。

 

走って教会へ入れば、そこには会いたかった教区長さまが居てくださった。よかった、忙しくて席を外している可能性もあったから。

 

「教区長さま」

 

私が声をかけると、何かの指示をしていた人が振り返り、ああ帰ってきたのですね、と安堵したように笑う。

 

「はい、それで、叔母さんと叔父さんが今何処にいるのか知りませんか?」

「……」

「家には、誰もいなく、て……」

 

教区長さまのお顔が、周りにいる人の顔が、暗く澱んでいく。それは、みんな、駄目になってしまった木材をお腹に抱えたかのようなもので、嫌な予感が加速していく。

 

「セリ、こちらへ」

 

有無を言わさない案内で執務室の応接席へ座らされ、そのまま教区長さまは奥に進んだと思ったら二つの壺を抱えて戻ってくる。ごとりと丁寧に置かれたその壺には、二人が肌身離さず身につけている、結婚時にグウィンさん手ずから作り贈った揃いのペンダントがかけられていた。どうして、こんな、縁起でもない。

 

「……アルデ殿とエッタ殿は、先月亡くなりました」

 

────亡く、な、った?

 

「この街は被害に遭いませんでしたが、近隣では激戦区になってしまったところも多く、そちらの避難誘導をしている際に巻き込まれ、暫く身元不明者として扱われていたそうです」

 

そこにこの街を出入りしている商人さんが訪れ、遺体は既に火葬されていたけれど残されたペンダントから身元が判明しこの街へ運ばれてきたのだと。

教区長さまが、何を、言っているのか、分からなくて──理解したくなくて──耳を押さえそうになる。だって、そんな、わたし、八月には帰らなくていいかなって、一月に会ったっきりで。

 

「通信網が復活し学院の方へ連絡を入れたのですが、入れ違いになっていたようですね」

 

叔母さんと、叔父さんが、亡くなった。ああ、そうか。街の人たちが私に話しかけてこようとした理由がわかった。そして、普段なら立ち止まるのに私がそれに対して軽く返事をしただけで足を止めなかった理由もわかった。

みんなの表情が、声が、言葉が、二人が亡くなったことを間接的に報せて来ていたから、見たくなくて、見えないふりをして、家へと帰ったんだ。本能的に拒否をして。

 

「今日のところは、これくらいに」

 

教区長さまがやさしさからかそんなことを言うけれど、私はかぶりを振って先を促した。細切れに話されるより、もう、いっそ、一気に話してほしい。

 

「……骨はまだ砕いておりませんが、もし無理であるのなら」

「やります」

 

反射的に、そう言葉がついて出た。固く、震えすらない、自分からこんな声が出るのかと場違いに驚きそうになるほどの。

 

「わたしが、やります」

「……わかりました。道具はこちらから貸し出しましょう」

 

教区長さまは立ち上がり、すり鉢やすりこぎなどを乗せた台車を私の横へ置く。それが酷く恐ろしいものに感じてしまったけれど、悲鳴と嗚咽を飲み込んで、二つの壺を隣に並べた。傾けた時にからりと音が鳴り、置いた時にはかしゃんとペンダントが陶器に当たった音がする。

私は黙ったまま、お礼も言えないまま、ただ頭を下げて台車と共に教会を後にした。

 

がたん、ごとん。石畳の道を歩いていくと、道行く人たちが作業帽を取って頭を下げてくれる。この街の誰もが知っている。世界に、私の大切な人たちがもういないことを。

 

家につき、鍵と扉を開けて、壺を二つとも抱える。重かったけれど、生前の二人であればこんな風に私が同時に抱えるなんてことは出来なかった。小さくなってしまった。

腕と肩を駆使して、二人が寛ぐときによく使っていたリビングのローテーブルへ。

 

「……おかえり、叔母さん、叔父さん。おつかれさま」

 

そう言葉をかけた途端、感情が目からあふれ、ぼたぼたと涙がこぼれる。絨毯の上に崩れ、喉が引き攣り、掠れた声が喉の奥から落ちる。それを、もう、止められはしなかった。

────大好きだった。私を大切にしてくれた。愛してくれた。長く長く一緒にいて、家族というものをまた教えてくれた。戦で混乱する中それでも周囲の人たちへ手を差し伸べ、それが自分のやるべきことだと信じた、そんなやさしい人たちを、内戦が、奪っていったのだ。

 

 

 

 

どれくらいそうしていただろう。

顔を上げたらもうとっくに日は暮れていて、意識を呼び戻した音が──ドアノックがコンコンコン、と玄関の方からまた鳴っている。来客。私が帰って来たと知って弔問にいらした方だろうか。今は応対出来る精神状態ではないのだけれど、それでも立ち上がり、玄関へ。

 

「はい、どちらさ、ま」

 

扉を開けたら、そこには。

 

「……トワ?」

「ご、ごめんね、セリちゃん。いきなり押しかけて」

 

ステップの下に制服姿のトワが立っていた。

どうして、こんな、驚くほど田舎の私の故郷にトワがいるのかわからなくて、夢なのか、それとも現実逃避に自分に都合のいい幻覚でも見ているのか、そんな可能性しか思いつかない。

 

「あの後、サラ教官が走ってきて、セリちゃんの保護者の方の……訃報が学院に入ったって。だから、わたし」

「……まさか、それで、来てくれたの……?」

 

どれだけ遠いかなんてもうとっくに分かってる場所に、乗合馬車も動いていないから徒歩で、こんなところまで。

問いかけた私の言葉に一拍置いて、金糸雀色の瞳がしっかりと私を見据え。

 

「うん、そうだよ」

 

その言葉が耳に届いた瞬間、私は目の前の彼女を引っ張り上げ、扉を閉めると同時に強く強く抱きしめていた。感情の抑制も出来ず、当たり前のように力の加減なんてものも全然出来ず、それなのにトワは一瞬の呻き声も出さず、背中を撫でるあたたかな手のそのやさしさを私は、こぼれる涙をそのままにただただ享受するしかなかったのだ。

 

 

 

 

夜は、買い出しに行くのも億劫で、地下の食糧庫に仕舞い込んでいた缶詰をいろいろ使って終えることにした。内陸の私の家は魚といったら缶詰で、ほぐした身が入ったあったかなスープは今までのことを思い出してしまって、やっぱり私はまた泣いてしまった。

それからお風呂に入って、私の部屋で布団を二組。いつかの夜のように横で寝転んで。

 

「アンちゃんはルーレの方に喚ばれて、ジョルジュ君も技術方面で忙しくなったみたいで、私が代表して来たんだ」

 

灯りも消した中でトワの声が静かに届く。

 

「セリちゃんをひとりにしたくなかったから」

「……ありがとう」

 

どうやら私の涙腺はちょっと壊れてしまったみたいで、もうそれだけで涙があふれこめかみを伝っていく。涙が耳に入りそうだったからごろりと横向きになった。

 

「トワは、いつまで居られるの?」

「一週間は外出届出してきたよ」

 

そんな長期間の外出、トワのことだから実家の方にも連絡をしているのだろう。ただそれが私を刺激する可能性があると理解して端的な伝達のみで終わらせる。その気遣いが、本当に細やかで。

 

「じゃあ、明日、ちょっと、付き合ってくれる? 午前はやることがあるから、午後辺りに」

「大丈夫」

 

そのために来たんだもん、なんて静かに笑ってくれて、どうしようもなくトワのやさしさに溺れそうになるけれど、今は、その身体を掴ませていて欲しい。

 

 

 

 

昨日食事をして分かったのが現在私が固形物を咀嚼することが難しいということで、今日も朝食はスープの形にした缶詰だ。トマトだの豆だのヤングコーンだの、いろんなものを入れてみたけれどなかなか食べやすくて良かった。

 

「……見てて楽しいものじゃないよ?」

「うん、でも、一緒にいたいな」

 

リビングのローテーブルの前、汚れるからと絨毯も巻いて傍に避け、ソファにも座らずトワが横にいる状態で私はすり鉢をあぐらの間に置いている。最初にペンダントを外した叔父さんの壺の蓋を開け、小さなスコップで中身をすり鉢に。灰色になって、ところどころ崩れている人の骨。それを、すりこぎでぐしゃりとすりつぶしていく。生前ガタイがよかった人は骨もしっかりとしているから崩すのに体力がいるとは昔誰からか聞いたけれど、叔父さんも森林地帯の元締めの例に漏れずかなり骨の形が残っている。

 

がしゃり、ごしゃり。あらかた潰したところで別の器に入れ、また壺から未破砕の骨を取り出し、それをただただ繰り返していく。トワは何も言わない。私も何も言わない。それでも、ひとりじゃなくてよかったと思った。たったひとり、この静かな家でこの作業を自分だけでやるとなると、宣言通り出来はしても苦しかったろう。

 

暫く続けていくと叔父さんの壺が空になった。粉になったそれを壺に戻し、中を拭って今度は叔母さんの方に手をつける。女性だからか、慣れたのか、さっきよりは幾分か楽だな、なんて感じながら作業を続けていった。

 

そうして昼になり二人分の骨砕が終わったところで、お昼出来てるよ、といつの間にかいなくなっていたトワから声がかけられる。自分だけだったら食べずに出掛けていたかもな、とありがたさを覚えながら叔母さんの壺の蓋を閉め、服をはたいて、手を洗ってから食卓についた。

 

 

 

 

午後になり二人で作業着に着替え、教会に道具を返すついでに顔を出して教区長さまとお話をしてから山の方へ向かった。ポケットに自前のスコップを突っ込んで叔父さんの壺を私が、トワが叔母さんのを持ってくれている。

 

「ティルフィルは火葬文化で、しかも灰撒地域なんだよね」

「灰が肥料になるから?」

「うん。私たちは森に生かされているから、最後はそこに還るんだ」

 

教区長さまと話していた地点に辿り着くと、そこは森の中でも一際光が差し込む特別な場所。二人とも、ここが好きだった。

 

「はい、スコップ」

 

ポケットのものをトワに渡し、私は軍手をはめた後に壺を開け手で粉を少し掬う。

 

「これぐらいの量を撒いて徐々に円を作っていくんだけど、ちょっと足りなくても大丈夫だから気楽にやってね」

 

他人の骨粉を撒くなんて気が進まないだろうに、トワはわかった、と頷いて私の外をついてくるようにして一緒に撒き始めた。

さらり、さらり。細かくなった骨は風にさらわれたり、軍手にくっついたりしながら、長い時間をかけてひとつの円になろうという段階までくる。そこで一旦止まって、深呼吸をした。

 

「────ティルフィルにはね、『灰で生者を囲んではいけない、その人を連れていってしまうから』っていう言い伝えがあるんだよ」

 

あと50リジュで完成する円。一歩踏み出して閉じてしまえばそれは成立する。

 

「セリちゃん」

 

ここに来て初めて、咎めるような声でトワが私の名前を呼んだ。

 

「大丈夫、まだ生きていたいから」

 

だったら話さなければよかったけれど、こうして咎めてくれる人がいるから、私はこの一歩を踏み出さないと誓えるんだとも思った。他者への誓約は呪いにも、支えにもなり得るから。

壺の底に残った粉を掻き集めて、また円を作り始め、最終的に逆さまにした壺をコンコンと叩いて終わらせ、私が外へ出たところでトワも円を閉じてくれた。

 

壺を足下に置き、軍手を取って両手を組む。

────どうか、二人の魂が迷わず女神さまの下へ行けますように。

 

暫くそのままに、組んだ手をほどいて光射す場所をぼうっと眺める。どこか現実感のないその光景は、しかし代々の街の人々が作った場所で、その一端を私も担った。

 

「……懺悔、していいかな」

「うん」

 

唐突な私の言葉に対してトワは間断の隙もなく肯定してくれる。そのありがたさに少し笑いながら、口を開いた。

 

「十年……もう十五年以上か。ずっとお世話になった人たちでさ、本当に愛してもらっていたと思うし、助けられるなら助けたかったって、思うのに、どうしても内戦の引き金を引いたクロウのことを憎み切れない自分もいるんだ」

 

内戦がなければ二人はきっと命を落としはしなかった。

ずっとこの街で、一筋縄じゃいかない職人さんたちを相手にしながら、大変なこともたくさんありつつ、それでも笑って、長く生き続けられた人たちだったって、そう。

そしてその内戦を始めたのは私の恋人で、その事実はどうしようもないほど感情をぐちゃぐちゃにしていく。

 

「それで、そのことをトワ話すってことは、慰めて欲しいと同義だなって思う自分もいて」

 

だって、私の友人はやさしいから。私が自分を責めたらきっと慰めてくれる。それを分かりながら言うのは卑怯だ。それでも、この思考を自分の中に押し込んでおけるほど強くなくて。だから。

 

「……セリちゃんは、クロウ君を憎みたいんじゃなくて、相反する大好きな人たちを両方とも大切にしたいことを我儘だと思ってて、それを求める自分が許せないんじゃないかな」

 

トワは、静かに、そしてはっきりと物事の核心を突くのが上手い。それを、私は、とっくのとうに知っていた筈なのに。

いつの間にか自分の手の甲に爪を立てていた両手を取られ、視線を合わせられる。陽光を浴びたトワの瞳はきらきらと光って、すごく綺麗。

 

「でもね、その想いは我儘じゃない。好きな人たちを大事にしたいって思うのは当たり前のことで、とても大切で、それは個別に考えてもいいことだとわたしは思う。……だから、クロウ君のことを好きでいてもいいんだよ」

 

────ずっと、罪悪感があった。

国賊である男を、好きでいることに。そして私の大切な人を奪った内戦を始めた存在を今でも好きでいることに。間接的にとはいえ親友を殺しかけた相手であるとも分かっていたのに。

懇願して預かった銅板。渡された形見のピアス。それらをきっと私はこれからずっと手放せない。だけどそうであることが、まるで裏切りのようにも感じていて。

 

「……なん、で、トワは、わかるのかなぁ」

「わかるよ。ずっと一緒にいたんだもん」

 

ぼろりとまた涙を流す私を抱きしめて、トワはずっとそこにいてくれた。

ねえ、トワ。本当にありがとう。大好き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三月ぐらいまで、ここに残ることを決めたよ」

 

壺を教会に返して、買い物をして、スープをメインにだけどサラダも作ったりした夕食時。セリちゃんはそう呟いた。

 

「元締めがいなくなって、私に代行が出来るわけもないけれど、書類とかはこの家にあるから私がいた方が何かと動きやすいだろうし、だから」

 

私はセリちゃんが学院を出発する前、療養の意味でティルフィルに残ることを勧めたけど、自分にしか出来ないことを見つけてそれを果たそうと決めたみたい。うん、やることがあるなら大丈夫かな。

 

「いいと思う。セリちゃん元々成績優秀だし、何かあれば私の方で調整しておくから」

「ありがとう。合間に勉強もちゃんとしておく予定だし、何とかなればいいな」

「手紙送るね。忙しかったら返事はしなくていいけど」

「あは、きっと忙しくて弱音吐きたくなるだろうし私にも送らせて」

 

もしひとりでここに残るだけだったら、私は連れて帰ってたと思う。クロウ君とセリちゃんの噂は学院でざわざわと一人歩きはしてるけど、それでもそういう悪意からも私は護れると思ってる。だけどこうしてあの十月末のように自分が為すべきことを、と定めたセリちゃんがまた見れたから。

 

「応援してる」

「うん、頑張るよ」

 

涙で腫れて赤くなった目元だけど、そう笑うセリちゃんは眩しかった。

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