[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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05 - 04/20 実習当日

1204/04/20(火) 放課後 端末室

 

「……この班分け大丈夫なんですか?」

 

端末室で資料片手に初回の特別実習について聞きながら清書用にキーボードを叩いていたところで、メンバー一覧を眺めて眉を顰めてしまった。

 

「まぁちょっとしたスパイスにはなるんじゃないかしら」

「スパイス通り越して爆竹にならないといいですけど」

 

ケルディック組はそもそも噂が流れてくるような人物がいないので特に感想はないのだけれど、パルム組は二年生の私のところにでさえも伝わってくるほどの犬猿の仲が含まれているのだ。これを分けずに一緒のグループにするところがサラ教官らしいというか何というか。

 

「ま、最終的に殴り合って解り合うとかじゃないかしら?」

「別にクロウとアンは殴り合って和解したわけじゃないですから」

 

あれはいろんなピースがあの瞬間にハマったのだ。あの猟兵とは到底言えない傭兵たちの案件に巻き込まれたことを決して是とは出来ないけれど、あのタイミングであの事件がなかったらクロウとアンはいつ雪解けをしたのだろうとたまに考えたりはする。特に意味のない話だけれど。

 

「そうね。君たち全員の賜物ね」

「まあ、三ヶ月かかりましたけど」

「じゃあ少なくともそれくらいは見守ってあげましょ」

「了解です」

 

二人で、ふふ、と笑いながら手書きの資料をめくると、何故か私の名前が書かれているのが一瞬見える。と言ってもこんな実習関連のメモ書きに自分の名前が載るようなことはないと思うので、すわ見間違いかともう一度注視する。B班案内人、セリ・ローランド。

 

「教官?」

「……」

「教官?」

 

資料を両手で持って、窓際で黄昏ているサラ教官に訊ねる。これはどういうことなのかと。するとようやく、五回目ぐらいで困った風に笑った教官が両手を合わせて小首を傾げて来た。

 

「パルムってもう行くだけで一日……いや下手すると二日仕事じゃないですか」

「そう、だからお願いしたいのよ」

「それならケルディックを私に任せて教官がパルムへ行くべきじゃないですか!?」

「そうなんだけどB班ってほらちょっとこう」

「その班分けしたのは教官ですよねえ!」

 

駄目だやっぱりスパイスどころか爆竹というか発破かもしれない。そしてそれを理解して私に任せようという教官の意図が……掴めないこともないところが正直ある。

 

「パルム、行ったことあるでしょ?」

「そりゃ、まあ、ありますよ」

 

パルムは帝国随一の織物産業を誇る町だ。おなじサザーラント州で職人を抱える街として交流があるというのは確かで、私も叔父さん叔母さんについてパルムの元締めであるガラートさんと会ったことは何度もある。でもそれとこれはまた別で。

 

「白の小道亭って宿を取ってるんだけど」

「シチューとチキンパイが美味しい店ですね」

 

パルムは観光地も兼ねているため何軒か宿屋があって、白の小道亭は特に美味しいのでアタリだと思う。というかやっぱりご飯の美味しさで宿屋を決めているのではないだろうか。モチベーション維持としては正しい選択なのだろうけれど。

 

「そうなのよ、これがお酒と合わせると本当に!」

「ってつまり教官も行ったことあるじゃないですか」

「おっと」

 

さも口が滑ったという風情だけれど、本当に言うつもりがないならこの人は言わないでいられる人だ。だからこれは戯れ。なればこそ私は考えなければならない。

 

VII組を見守りたいという気持ちは、嘘じゃない。私たちを礎として更に研鑽を重ねてARCUSが飛び立ち、その最中に今はいがみ合っている者同士がかけがえのない仲に発展したらそれは素晴らしいことだ。けれどそれを私たちが操作するわけにはいかない。あくまで見守る立場なのだから。

そしてサラ教官がケルディック組につくというのはそれだけ意味のあることだとも思う。ケルディックは交易の要衝。領邦軍の詰所があるということからもわかる通り、アルバレア公が見放すことはまずない。でもケルディックは貴族が直接統治する町ではなく、商人たちが創り上げ、現在は平民の元締めを中心として成立している場所だ。であるのなら、大市を何とかコントロール下に置きたいと考えることも?

そしてこの視点だとパルムはサザーラント州、つまり賢主と名高いハイアームズ侯爵閣下が治める土地だ。生徒同士の諍いはともかく、受け取った課題が大事になる可能性は極めて低い。ああ、だから"パルム"なのだ。あの二人が。

仮にトールズの現理事でもあるレーグニッツ帝都知事閣下の息子さんが四大名門筆頭であるアルバレア家が管理する土地で何か問題を起こす……あるいはでっちあげられたなら、それは政治的な介入の口実になる。たとえルーファス公子が同理事といえども、止められないものになる可能性だって十二分にある。そしてアルバレア公爵家の人間がいることで"建前上解決出来てしまう"という初めての実習で濁りが生じる懸念も理解できるところだ。

 

故にサラ教官はケルディックへ赴き、例の二人はパルムを実習地とする。

つまり、理に適っている。

 

「……欠席点にはなりませんよね?」

「そこはあたしがなんとかするわ」

 

土曜の時間割は、導力学・栄養学・数学・歴史学。各教科の教官に土曜日の範囲を再度確認、自己学習し、わからないところがあれば後日聞きに行き欠席日のレポートを出すというところで該当日の理解を認めてもらえるだろうか。まあ、個人的に一番授業を受けておきたい軍事学と、煩いハインリッヒ教頭の政治経済がなかったのは不幸中の幸いか。

そして土曜は諦めるにしても、日曜の授業は夜行列車を使ってでも絶対に出たい。それぐらいの予算は出して欲しい。自腹で個室にグレードアップはさせるかもしれないけれど。

 

「初回のこれっきり、ですからね」

 

さすがに初めての実習で知らない土地に説明役もなしで放り出すというのは、あんまりにもあんまりな対応だ。久しぶりに、試験監督として袖通した学院支給のスーツを着ることになるかもしれない。トワから学院腕章一つ借りられないか交渉しておこう。青いやつじゃなくてもいいし。

 

「うん、ありがと。さすがに貸しにしておいてくれて構わないわよ」

「あは、じゃあいざって時に使わせてもらいますよ」

 

教官に貸しが作れたのなら、儲けたと思っておこう。

話し合いが決着したので、レジュメを作りながら開示していい情報を確認し、教官は差し当たって明日の実技テストに向けて、私は土曜に向けて各々準備することにした。

 

さてさて、初めての実習はどうなることか。

 

 

 

 

1204/04/24(土)

 

早朝、ジャケットと一泊程度の荷物を持って一階へ降りる。さすがにこの時間に活動している人は少ないので台所は広々としていた。食堂の適当なところに荷物を置いてエプロンをつけ、パンを焼いてベーコンエッグを作りサラダを盛り付ける。昼は列車内で迎えることになるから、久々に車内販売で軽食でも買おうか。

 

朝食を摂りながら今日のスケジュールについて考えていると二階から人が降りてくる気配。トワだ。食堂の扉が開いたところで視線が合う。

 

「セリちゃん、今日は実習の付き添いだよね」

「うん」

 

どうやら見送りに来てくれたのか、対面席にトワが座った。

 

「今日の欠席届は受け取ったけど、明日は授業受けられるの?」

「たぶん帝都で一泊するからね。旧都行き最終に乗って、そこからは定期飛行船で帝都ってルートにすればぎりぎりまでパルムにいられるし、帝都からなら一限間に合う計算でいるよ」

 

帝国の中央にある帝都駅は始点であり終点だ。旧都で迷うことはまずないし、列車と飛行船の時刻表の兼ね合いから可能だという計算もした。そしてトリスタは帝都から30分程度だし、そもそも入寮せず帝都から通いの生徒もそれなりにいる。寮に一旦帰らなければならないので、通いの生徒よりは早く出なければならないだろうけれど大した違いでもない。

 

「……宿は取れてる?」

「んー、いや、でも飛行船の到着時刻に合わせて飛び込みで入れる宿は何軒か見繕ってる」

 

こういう時にクロスベルの導力通信で予約が出来るシステムというのが、きっと便利なんだろうなと思う。だけどそもそもパルムを出立できるか、というのもあるので、あまり気は進まないけれど行き当たりばったりを良しとした。もしかしたら夜行に乗る可能性もあるわけだし、何ならチームの雰囲気によっては明日の授業も急遽欠席するかもしれない。

いろいろなことを考慮して、『決めない』ということを決めた。

 

「そっか。……あの、セリちゃんさえ良ければなんだけど」

 

そう切り出してきたトワの提案はまさしく日照りに雨と言ってもいいもので、少し迷った末に頼むことを決めた。トワも忙しいだろうに申し訳ないなぁ。

 

 

 

 

ひとまずまだ腕章はつけないまま二番ホームの端で待っていると、列車が来るとほぼ同時に目当ての団体が連絡橋を渡って降りてくる。直接眺めていると視線などに敏そうなガイウスくんに悟られてしまうので、気配だけで四人の様子を確認。やっぱり例の二人はいがみ合っているようだ。

 

ため息をついて乗り込み、腕章をつける。殆ど端と端だったため、VII組を見つけた時には男性の怒鳴り声が上がったところだった。早朝とはいえ他の乗客が全くいないわけではなく、急いで近づいて行くと背の高いガイウスくんが私を見つけたようで少し驚いた表情に。

それに笑いかけながらボックス席の前で立ち止まる。すると言い合っていたらしきユーシスくんとマキアスくんは訝しむ表情を惜しまずさらけ出してきた。

 

「初めまして、トールズ士官学院一年VII組の皆さん。教官から聞いているかはわからないけれど、本日皆さんと同行する二年のセリ・ローランドです」

 

青い腕章を軽く叩きながらそう自己紹介をすると、セリ先輩がですか、とガイウスくんから言葉がこぼれる。

 

「お知り合いなんですか、ガイウスさん」

「ああ、入学直後に少しな」

「それで、僕たちに同行を?」

「はい。最初の実習ですし、不慣れな土地であると思うので、基本的な流れと質問を受け付ける教官の代理……ナビゲーターみたいなものですね」

 

隣の空いていたボックス席に自分の荷物を置いて席に座ると、ガイウスくんが首を傾げた。直接関係のある話ではないけれどフィーさんはすっかり寝ている。まぁその辺も含めて仲間内でサポートするだろう。

 

「監督……というわけではないんですね」

「そうだね、基本的には私の価値判断で貴方たちの行動を是正することはないかな」

 

命の危険があったなら介入する心づもりではあるけれど、まぁさすがに今日中にそういったことにはならない……と思いたい。過保護でありすぎてもよくないし、かといって介入が遅いというのは論外だ。薄皮一枚の判断をする可能性を改めて心に刻み、全員の顔を見渡して一呼吸。

 

「この実習はかなりの自由意思が認められていることをあらかじめ把握しておいてください。現状私からは以上です」

 

そうして現時点で発生する少しの質問に答えた後、妙に重い空気を携えたまま帝都に降り立ち、パルム支線直通の列車へ乗り込んだ。

 

 

 

 

「あの、セリ先輩」

「ん?」

 

昼食も食べ終え勉強の気分転換にパルム行きの列車の最後尾デッキで風景を眺めていると、鈴蘭のような声に名前を呼ばれる。振り返るとそこには夜明けのような色合いの髪を持つエマさんが立っていた。

 

「個人的な質問になるのですが、よろしいでしょうか」

「答えるかは内容によりますがとりあえず構いませんよ」

「ありがとうございます。その、ご出身はどちらか聞いても?」

 

出身。意外な質問だったので面食らってしまったけれど、さてどうしたものだかと考える。実習に必要そうなら答えることに抵抗はないけれど、わざわざ出身を聞かれる理由がまるで思い当たらない。とはいえ隠すほどのものでもないかと結論づけた。

 

「ティルフィルという、旧都の西南西、イストミア大森林の南にある街ですね」

「ああ、だからB班に同行してくださったんですか」

「はい、パルムは何度か訪れたことのある町ですから」

 

それ以外にもいろいろ要素としてはあるけれど、それを全て開示するほど私は優しくはない。

それでも犬猿の仲な二人を含めるという班分けの思惑に巻き込まれた三人に対して、何も感情がないと言えばそれは嘘になる。ある程度はカリキュラム運用側の事情だからだ。

 

「その、二人のことはもちろん、初めての実習で大変かもしれませんが、他の方とも協力して何とか課題と向き合ってください。実習の成功を私も祈っています」

 

なのでそう言葉をかけると、エマさんはゆっくりデッキの柵に手をかける。

 

「きっとまだお互い知らないことが多いため、こういったことが起きているんだと思います。想いはいつか伝わると私は信じていますから」

 

そう微笑む彼女と共にしばらく景色を眺めながら風を浴びて、ゆるりと席へ戻った。

 

 

 

 

16時。ようやくパルムへ到着し、駅から露天通りを抜けて予約していた宿酒場へ。扉を開けると夕食にはまだ早い時間のためかお客さんの姿はない。そうした店内のカウンターにはベルトランさんがいて、入ってきた私に気が付いたようで手を挙げてくれた。

 

「セリ嬢ちゃんじゃねえか、久しぶりだなぁ!」

「ご無沙汰しておりました、ベルトランさん。今日はトールズ士官学院として予約を入れていましたが、部屋の案内を頼んでも大丈夫ですか」

「ああ、あれか。もちろん。男女同室って話だったよな。用意してるぜ」

 

はい、と応えようとしたところで、男女同室!?、と叫びが背中側から聞こえてきた。振り返るとマキアスくんが口を戦慄かせている。

 

「ただでさえ鼻持ちならない男と同班だというのに、女子と同室というのは酷すぎませんか!」

「これはA班B班共通の実習内容です」

「だ、だからといって……君たちは気にならないのか!?」

 

マキアスくんが振り向いた視線の先、エマさんは多少の困惑を見せつつも士官学院生ですから、と答え、フィーさんは慣れてるからとすげもなく一蹴する。そうして、ふん、とユーシスくんが鼻を鳴らすのを彼は聞き逃さずに顔を向けた。

 

「女子と同室だからといってそう狼狽えるというのは余程やましいことがあるとみえる」

「……っ、何を!」

 

明らかな内面侮辱に対し、マキアスくんが拳を振り上げかけたところでガイウスくんがそれを難なく停止させる。ユーシスくんは足捌きで回避する予定だったみたいだけれど、まぁこちらの方が穏当だったろう。

それにしても本当に、気持ちのこもっていない売り言葉だ。クロウとアンは殴り合いの末にリンク不安定に陥っていたけれどそれでも最低限、課題の迷惑にはならなかった。そういう意味ではあの二人はちょっと人間が出来すぎていたとも表現できるかもしれない。こっちの二人は可愛げがあるといってもいい。

 

「……他に部屋を取るというのはありなんですか、先輩」

 

穏やかなガイウスくんに止められたことで勢いが削がれたのか、そんな質問が飛んでくる。

 

「自費で別の部屋に泊まっても特に報告したりはしないですね」

「それじゃあ……っ」

「それも貴方たちの選択です」

 

私の言葉にマキアスくんが怯んだ顔を見せる。選択という言葉に含まれる重さを何か感じ取ったのかもしれない。

 

「ただ、そうだな……ここからは引率者ではなくお節介な先輩としての言葉なのだけれど」

 

少し言葉を崩して一呼吸。

 

「君たちは入学式のあった日、旧校舎で確かに自分の命を預け、他の命を守った。能動的な意思でVII組に所属するということは、そういったことがこれからも起こり得ることを間接的に了承したのだと私は思っていた」

「……何が言いたいのですか、先輩」

「ARCUSの試験運用は、ピンとは来ないかもしれないけれど命のやりとりをする可能性がある。その際、同じ班・同じ部屋にいることすら許せない相手に、自分の命を任せられる?」

 

去年私たちは、何度となく死にかけたと思う。もし世界線という概念があるのなら、誰かが死んだ平行世界があってもおかしくはない。そういった積み重ねを経て、私たちは全員生き残ってきた。それを可能にしたのは間違いなくARCUSで、そして何よりもお互いへの信頼だ。それがなかったなら、絶対にしなかっただろう行動がいくつもある。

彼らだから私はあらゆる選択肢の中からここに至るそれらを選び取ったし、そしてみんなの中にもそれぞれそういう選択肢があっただろうことは想像に難くない。

 

だからこそ、自分の命を預けている意識はもちろん大事で、そして誰かの命を預かっているということには特に自覚的であらねばならない。何かが起きてから、そんなこと知らなかった、では済まされないのだ。

これはマキアスくんやユーシスくんだけでなく、他の三人にもきちんと心に留めておいてほしい。

 

「仮にそんなつもりではなかったのなら、特科クラスの辞退をおすすめするよ。片方だけだとわだかまりが残りかねないのでその場合は二人とも。幸いまだ四月だから、多少浮くかもしれないけれど馴染みきれないってことはないでしょう」

 

踏み込んで、一歩。無防備であっただろう心を切りつける。

 

「ただ辞退手前の相談なら私や、私が駄目でも……例えば生徒会長であるハーシェル、技術棟にいる技術部部長のノーム、それに貴族であればI組のログナーや、平民ならV組のアームブラストとか、先輩がきっと具体的に話を聞いてくれるから、それは活用してね。それに多少面倒くさがられるかもしれないけど、導力学のマカロフ教官に、もちろんサラ教官も。ベアトリクス教官もいいかもしれない」

 

ARCUSという前提条件を課した上で、相談に乗れる面子をあげていく。相談に乗るのは別に私でなくてもいい。というより、これを言う私は信頼関係を築く相手として不適当だ。だからこそ、特に他の四人は何かを察して相談を快く聞いてくれるだろう。

……出来る限り留まっては欲しくはある。あるけれど、そんなもの人命には替えられない。私はVII組に携わる者として、はっきり言わなければならない。

 

「とは言っても、本当に、君たちの行動をコントロールするつもりはないから、これは単にお節介な言葉として受け取ってくれるとありがたいかな」

 

辞退するもしないも自由という前提の元、伝え聞いたオリエンテーションでの売り言葉に買い言葉のような形で在籍するのではなく、確固たる自分の意志でVII組に居ることを選んで欲しかった。それが伝わっているかどうかは、わからないけれど。

 

「……先輩のお考えは理解しました。取り敢えず今日のところは同室で構いません」

「はい、わかりました」

 

マキアスくんの言葉を受けてちらりとベルトランさんに視線を向けると、頷いて五人を部屋に案内してくれる。階段上へ向かう六人が見えなくなってから、荷物を床に、少しだけ崩れるようにカウンター席へ腰掛けた。疲れた。

この後は元締めと教区長に挨拶をして、実習課題の封筒を彼らに渡してもらい、今日課題をこなせずとも明日の行動指針を今日話し合えるよう時間を……この短時間で上から怒鳴り声が聞こえるのはなんでだろうなぁ。

 

彼は制服着用、つまりどこかしらに所属を果たしている自分が外部で活動することによりその所属先が丸ごとどう見られるのか、というのをまだあまり意識していないのだろう。団体への帰属意識がないというのはそういうことだ。

教頭ではないにせよ、これから先の自分の未来やあるいは後輩たちのことを考えてもう少し、誇りある姿勢でもって活動を行ってもらいたい。……なんてのは絶対に言わないけれど。こんなものは自分がそう考え始めないと意味のない話だからだ。

 

そしてその言葉の売り買いの相手であるユーシスくんに問題がないとは、思わない。けれど反応をするなというのも酷な話だし、言葉とはいえ敵意を向けられ黙って殴られ続けろというのは精神衛生上よろしくないことだ。マキアスくんにかなり強いバイアスがかかっているのは傍からだと一目瞭然だけれど、これも本人が自覚しなければ意味のないことだろう。

まあ、自分も貴族嫌悪が多少なりともあったのである程度の理解はするけれど、それでも決してあの態度を是とはできない。

 

まったく、前途多難なクラスだ。サラ教官を手伝う気になってしまうのも仕方ない。

 

 

 

 

想定以上に部屋のことで手間取っている間に駅へ走り超長距離導力通信でサラ教官に連絡を無理矢理つなげ現状の報告をすると、教官が急いでこちらへ来るということで少し早めに切り上げて帝都へ帰るよう指示を出された。おそらく飛行船ルートで来るだろうので、四~五時間ほどか。心配ではあるけれど教官がこちらへ駆けつけるのなら明日のことは問題ないだろう。

そんなやりとりをして戻ってきたところでベルトランさんから実習課題がエマさんに手渡されていた。早めの夕食を摂りながらテーブル席で話し合う五人を見届け、食べ終わったところで荷物を持って私は立ち上がる。

全員の視線が私の方へ。

 

「今回の私の役割は終わったのでこのまま戻ります。実習が本格化する明日に女神の加護がありますよう」

 

告げると、心配そうな表情でエマさんが私を見る。大丈夫だよ、と安心させるように軽く頷いてから言葉を続けた。

 

「入れ違いで教官が来ることになってはいますが、そもそも貴方たちの行動の責の一切はトールズ士官学院にあります。つまり個人で責任を負う必要はなく、大切だと思った行動は、存分に。そして無要だと感じたものを切り捨てることも自由です」

 

聞こえてきた課題内容からして、ケルディック組とはかなり課題量に差が出ていることは明白だった。なんせA班は今日から既に活動を開始しているのだから。超長距離移動ということと、特定面子が険悪になるという前提もあってか課題量はかなりゆるく設定されていることが予測出来る。B班は人間関係まで含めて課題ということだ。

 

「それでは」

「うん、じゃあねー、先輩」

 

強張った空気の中、ゆるんだ声音で初めて返事をしてくれたフィーさんに手を振り返しながら、私は白の小道亭を後にし、元締めの家へと爪先を向けた。

 

 

 

 

パルムでの挨拶回りも終え、旧都に向かいそのまま飛行船で帝都へ。

シーズンではないからかちらほらとだけ埋まる客席の端の方に予約した席を見つけ、座り込む。すると途端に、人の怒鳴り声や悪態を聞き続けたせいか、妙に疲れている感覚が襲ってきた。あれは、どうにかしないと周囲のパフォーマンスが落ちるよなぁ。特に心を砕きやすそうなエマさんが心配だ。

 

やっぱりサラ教官が来るまで待機しておくべきだっただろうか。口を出す出さないはともかくとして、同じ立場の人間以外のある種の権力を持つ存在が側にいる、という安心感は私でも提供出来た。

────でもそれは、この実習に必要なものなのか、という疑問もある。

 

「……わかんないなぁ」

 

そもそもたかが一生徒にこんなことをやらせないで欲しい、という根本的な思考から逃げるために、壁に頭を預けて眠ることにした。一時間半もすれば帝都だ。

 

 

 

 

何気に初めての飛行船は無事到着し、巨大発着場であるヘイムダル空港ならではだろう円環連絡橋を通ってロビーへ向かうと、見慣れた制服が出発ロビーのソファに座っているのがわかった。

 

「トワ」

「あ、セリちゃんお疲れ様」

 

にこ、といつものように笑いかけられて思わず抱きしめそうになったのを何とか理性で押し留めた。……なるほど、アンのああいう行動はこういう心理に基づいているのかもしれない。また一つ友人を理解してしまった。

 

「セリちゃん?」

「んー、いや、トワに癒されている」

「あはは、やっぱり大変だった?」

「そうだねえ」

 

何があったのかというのを軽く報告しながら、空港を出ると道路の脇に車が停車しており傍らには男性の影。

 

「あ、叔父さん!」

「やあ、無事に合流できたみたいだね」

「うん、迎えにきてくれてありがとう」

 

銀色に近い髪色に、柔和な顔立ちのその人へトワが駆け寄っていく。私も慌てて近寄り、背筋を正した。

 

「あの、急なお願いをすみません。トワさんの友人のセリ・ローランドと申します。一晩よろしくお願いいたします」

「ふふ、こんばんは、セリさん。僕はフレッド・ハーシェル。トワの手紙でよくお名前を見ていたから、仲のいい友達だっていうのは知っているよ」

 

フレッドさんのお茶目な言葉に、トワが少し恥ずかしそうに顔を赤らめている。

 

「さ、夜も遅いし家に帰ろう。歓迎させてもらうよ」

「ありがとうございます」

 

そう、朝にもらったトワの提案で、帝都ヴェスタ通りにある実家に今日お邪魔させてもらうことになった。それなら宿泊費は浮くし、連絡やチェックインの時間も気にしなくていいと言われたので、様々な要素を鑑みてお願いをしたのだった。

 

 

 

 

「二人ともおかえりなさい。それで、そっちの子が?」

 

車庫のある裏手の方から建物に入ると、奥からエプロンをつけた女性がぱたぱたとやってきた。トワの面影のある顔立ちに茶色の髪、すこし色合いは異なるけれど綺麗な金色の瞳。ああこの方がトワのご両親の血縁の方なのだとはっきりわかるほど。

 

「や、夜分遅くに失礼いたします。トワさんの友人のセリ・ローランドと申します」

「あはは、いいのいいの。トワが友だち連れてくるっていうだけで大歓迎だから。そうそう、あたしはマーサ。よろしくね」

 

遊びに来たというより完全に宿扱い状態なのだけれど、それでも本当にそれが真意で、つまりトワを可愛がっているというのがつよくつよく感じられた。それこそ、里心がついてしまいそうになるぐらいに。

 

「さ、お風呂入ってるから入ってきちゃいなさい」

「は、はい」

「じゃあ私が案内するね」

 

そう手を取られ、階段を昇ってトワが元々使っていた部屋に案内されて荷物を置き、寝巻きを渡されのんびりお風呂に浸かることになった。

久しぶりの湯船は、最高。

 

 

 

 

「お風呂先にありがとうございます」

「ほら、トワもさっさと入ってきなさい」

「うん。……あ、セリちゃんに変なこと言わないでね」

 

用意してもらったタオルで髪の毛を乾かしながらリビングへ行き、談笑していた三人の内の一人であるトワと入れ替わり、勧められるままに椅子へ。ことりと淹れられたミルク入りの紅茶にほっとした。

 

「その、本当にありがとうございます」

「気にしないで。今日朝イチでパルム行って、後輩たちの面倒見て、そのまま帝都まで戻ってきたんでしょ? そんな大移動してたら疲れるわよ」

 

そう言われると確かにそうかもなぁとしみじみする。パルムは帝国最南端の町なので、つまりすごく雑に計算すると中央から行って帰ってしたということは、帝国を縦断したと同じぐらいの移動距離になる。いやそう考えると本当に大仕事だ。

 

「トワがね、手紙で楽しそうに君や、ARCUS試験運用を一緒に行っている友達のことを書いてくれていたんだ」

「だからあたしたちも会えて嬉しいの。ね、よければ学院のあの子のこと、トワが上がってくるまででいいから聞かせてくれない?」

 

じんわり、その言葉に心があたたかくなる。自分の大切な人がこんなにも愛されているのを目の当たりにするという機会は、実のところあんまりない。だから、私も彼女はいろんな人から大切にされているというのを伝えたいと思った。

 

「トワとは、去年の四月に出会ったんですが────」

 

 

 

 

思い出話に花を咲かせているところでトワが上がってきて、学院生活のことだと勘付いたトワにちょっと怒られながら部屋へと。

 

「心配させるようなことは言ってないよ?」

「セリちゃんだからそこは心配してないけど……ちょっと恥ずかしいというか」

「あは、トワが愛されてることは伝わってきたかな」

 

そう返すと嬉しそうに、うん、と間髪をいれずにはにかまれ、嗚呼本当に好きなんだなぁと感じる。トワのそういうところが、とても愛しい。

 

「セリちゃんも叔父さん叔母さんと仲良いよね?」

「そうだね。愛されてると思う。それを疑うことだけは、絶対にしたくないぐらい」

 

そんな風に話しながら二人で髪の毛を乾かし合い、歯磨きをして布団に寝転んで、他愛のない話をしながら微睡んでいった。今日はもう寝てしまっている家族のことや、数年前に亡くなられたお祖父さんのことや、どんな風に育ってきたのか、いろんなことを。

VII組の実習が無事に終わりますように、とも祈って。

 

 

 

 

結局それは虚しい祈りに終わったわけだけれど。

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