1205/03/06(日)
「セリちゃん、久し……えっ?」
「これは、また、思い切ったねえ」
白いライノの花が咲き始めるトリスタの地に降りた私を迎えてくれたのは気の置けない仲間の二人だったわけだけれど、トワが私の左側をうろちょろしたり、ちょっと屈んでみてくれる?なんて言うので私は笑ってしまった。
「そんなに目立つかなぁ」
「うーん、今は透明だからそこまでだけど、左ってことはゆくゆくはアレつけるんだろ?」
「まぁね」
少し前に帝都に仕事で行った帰りにピアススタジオを見つけて衝動的に入り、その結果左の耳たぶに透明な石が嵌ったピアスが鎮座するようになっていた。穴が定着するまでケアを欠かさないのはもちろん、回復魔法をかける際には特に気をつけるよう厳重に注意された。
曰く、体が"そう"であることを認識する前に回復魔法をかけると傷だとみなし完全に塞がってしまい、うっかりするとアクセサリーを巻き込んで塞がりかねないのだとか。事故だなぁ。
「夏よりは冬の方がいいってお店の方も言ってたし、ちょうどいいかなって」
「………………まぁ、セリちゃんがいいなら、いいんだけど」
珍しくトワが渋面のまま煮え切らない言葉を落としてキルシェの方へ歩き始めるので、そっとジョルジュに近付いてゆるやかに追いかけながら声を潜めつつ話しかける。
「お疲れモード?」
「いや、形見を常日頃見える場所にっていうセリが単純に自傷に見えるんだと思うよ」
なるほど。端的に言ってくれる友人はありがたいな、と思いながら速度を上げてトワの隣に。ちらりと見上げてくる綺麗な金糸雀色の瞳を受けて、さらりと髪を上げて左耳を見せた。
「トワ、これは確かにクロウを忘れたくなくて開けたものではあるけれど、一応私自身の今後のことも考えて開けたんだよ」
「……後で教えてくれる?」
「うん。むしろ聞いて欲しいかな。ジョルジュも含めて」
「本当はアンも復学出来たらよかったんだろうけどね」
「ま、あっちはあっちで忙しいだろうし仕方ないって」
アンの父であるログナー侯が皇族への不敬を理由に自己謹慎に入ってしまい、表に出ざるを得ない仕事が息女であるアンの方に回されることとなり、結局復学は難しくなってしまったと嘆きの手紙が来ていたのを思い出す。そんな状態でも私の慣れない街の運営にアドバイスをしてくれたりして本当に頼もしかった。
「お、戻ってきたのか」
「お久しぶりです、フレッドさん。寮の片付けもしないといけないですからね」
休校もあったとはいえ三月にもなると二年生は殆ど授業がなくなるので、本当に片付けがメインの滞在になるだろう。と言っても私は単位に問題はないとしても一応試験願いを出しているので二日後に受ける手筈を整えているのだけれど。クロウが聞いたら渋面になりそうだな、と心の中で一人笑った。
三人で適当に分けられそうな料理を頼んで、運ばれてきたお冷で喉を潤す。
「ティルフィルの方はどうだい?」
「ハイアームズ侯爵閣下やアルトハイム伯爵閣下とお話をさせてもらってね、セレスタンさんも旧都の方に戻られてて、出入りの信頼出来る商人さんも交えながら何とか、ってところ。もう直ぐ代行管理者の私がいなくても回せるように役場も出来る予定だよ」
そう、穏健派と名高いハイアームズ侯爵は貴族連合軍に表立って協力はしていなかった。けれどティルフィル近郊が激戦区になってしまったり、そういう余波もあってかなり忙しくされている。サザーラント州が誇る職人街の元締めが居なくなったのもその一つだ。
「元々個人の家が回すには規模が大きくなってたし、良くも悪くもいい機会だったんだろうね」
「役場も出来るならいつか市になったりするのかな?」
「はは、そうなったら凄い街になりそうだ。僕もまたお邪魔したいな」
個人の手を離れ、侯爵閣下の手に委ねられる。きっといろいろな騒動がこれからも起きるんだろう。実際に職人さんたちとの折衝を行っていた元締めがいなくなったことで、元々出入りしていた商人以外は街に入れるな、と言う人も出てきて正直まぁまぁ荒れた。
私はローランド家の人間であるというだけで、職人さん個人との信頼関係を築いていたワケじゃない。大切に大切にそれを育んできたのはアルデさんで、エッタさんだ。だからそれを娘だからといって私が掠め取るわけにはいかなかった。一から、こつこつと。
「ハイアームズ侯爵閣下が元カイエン公みたいな人物じゃなくて良かったよ」
実は海都でオンディーヌについて話してくださった方が閣下だとは思わなかったけれど、あれは気がついた時にお互い笑ってしまった。ラマール貴族じゃないとは思ったけどさあ。
「あはは、セリちゃんには言葉の重みがあるねえ」
個人的にも迷惑がかけられたからね、とうんざりした言葉をこぼしたところで感じ慣れた気配がキルシェに向かってきているのを察知し、背凭れに肘をかけて入口の方を注視する。
残る二人がどうかしたのかといった声をかけてくるけどあと数秒でわかると思う。
「やあ、私の愛しのトワはここかな!」
そんな扉を盛大に開けながら高らかに妄言を吐くのはアンゼリカ・ログナーしかいない。感知通りとはいえもうちょっとなんとか出来ないのかその登場。
「アンちゃん!」
「驚いた、来週来るとは聞いていたけど」
「ふふ、セリが戻って来ると聞いて急いで仕事を片付けた次第さ」
「わー、それはうれしいなー」
空いていた椅子にアンが座り、そうだろうともそうだろうとも、と満面の笑みで言うものだから思わず私も笑ってしまった。
「久しぶり、アン」
「フフ、元気そうな顔が見られて安心したよ」
「いやー、その節は本当に助かりました。ありがとう」
領地ではないけれど領地運営のことなんか欠片もわからん!!!と叫んでいたのを多分思い出されているのだろうなぁ、とちょっと恥ずかしくなってしまう。
「おうおう、揃ってんなあ」
カウンターから滅多に出てくることがないフレッドさんが大きなベーコントマトピザと、頼んでいないミネストローネを置いていく。俺からのサービスだと思ってくれよ、とウインクして戻っていったのでありがたく頂くことにした。
「しかしアンの方も大変そうだったねえ」
「あの親父殿が頑として意見を曲げなかったものだからね。全く」
ログナー侯はこうと決めたら基本的に曲げない精神の持ち主だと聞かされていたし(アンはそれに対して強硬な態度を取ることで突破していたんだろう)、そもそも皇族への敬意がないどころか強い方ではあるようで、今回のことは本当に堪えたという想像がつく。元カイエン公が何か上手いこと──例えば宰相に操られている皇族を救い出そうとか──言って引きこんだ可能性もある。
それでも手を貸すと決めたのならそれに付随する責任はしっかと負うべきだ。皇族の管理下にある筈のザクセン鉄鉱山の産出品横流しを黙認していたのは事実ではあるのだし。
「ま、何にせよ、ただいまだ」
「そうだね、おかえり。そして私もただいまかな」
「うん、おかえり!」
「おかえり、無事に顔が見れて嬉しいよ」
四人だと少し多い量を注文してしまったせいでなかなかにお腹いっぱいとなり、ドリーさんが机をひょいひょいと軽やかに片付けていく。そうだ、全員揃っているならと荷物をあさって取り出したるは三つの小さな紙袋。
「これ、グウィンさんから」
「……まさか御業神グウィン氏か?」
「そうそう」
アンの質問に答えながら、まぁ開けてみてよ、と三人に渡し開封を促す。そうして出てきたのは。
「……東方の根付けに似てるな」
「あ、向こうにもそういうのがあるんだ」
「いや、これものすごいものじゃないかい?」
「こ、これ本当に貰っちゃっていいの?」
トールズ士官学院の有角の獅子紋をモチーフにグウィンさんのアレンジも加わった透し彫り、それに網紐を加えた装飾品だ。
「うん。一昨年私たちが行ってから少しずつ作ってくれてたんだって。私が二月以降帰ってなかったから渡すタイミングがなかったとか言われちゃった」
だから渡されたのは五つだ。クロウの分は先にお墓へ見せに行って、私の実家で眠っている。
「材料の木材に粘り強い性質があるから、壊れ難いと思うよ」
「では、ありがたく貰うとしよう」
いいものを貰ってしまったね、とアンが笑うから、グウィンさんも喜んでくれるよ、と。
「ああ、そうそう。お礼ってわけじゃないけど、導力バイクの方で進展があってね」
進展。ジョルジュの言葉に首を傾げるとアンがにやにや笑っている。
「RF社が再開発を検討してくれているみたいで、もしかしたらテスターとしてセリも招集されるかもしれないよ」
「えっ、それは本当に嬉しいね」
「あくまで検討段階ではあるが、かなり手応えはあったと思う」
聞くところによるとリィンくんはアンから譲られたバイクを内戦中も使っていたようで、結構な数の人に見られていたらしい。そうしてあんなものをつくるのならRF社だろう、ということでそれなりの数の問い合わせがあったのだとか。動く広告塔すぎる。
「そういえばセリはピアスを開けたのか」
「うん。そうだ、アンもいるからちょうどいいか」
こほん、と小さな咳払いをして三人を見渡す。
「実は卒業と同時に帝国内を旅しようと思ってて、先日正式に帝国時報へは辞退の旨を送らせてもらったんだ」
「セリちゃんも旅に出るんだ」
「ちょっと思うところもあってね。アンみたいに大陸一周なんて大きな話じゃないけど、そんな時間取れるのなんてもうこのタイミングぐらいかなって」
「ああ、わからないではないな、その感覚。うっかり立場ある人間になってしまったら一年放浪なんてことは出来やしないだろうしね」
何だかんだこういう突拍子もない話に一番理解を持ってくれるのはアンだなぁ、なんて一人しみじみしてしまう。まぁ本人が元々規格外というのは多分にして大いに関係しているとは思うけれど。
「ジュライやクロスベルにも行く予定でね」
「それはまた、いろいろというか、なんというか」
「で、女の一人旅だと舐められかねないからピアスを増やしていこうって」
「あ、そういう方向で繋がるんだ」
ピアスは帝都にピアススタジオがある程度にはとてつもなく珍しい装飾品というわけではないけれど、かといってネイルのように淑女の嗜みというわけでは全くない。むしろ真逆をいくアクセサリーではあるので、そういう意味で片耳に四つピアスがついている女はあんまり声をかけたくならんだろう、という方向に舵を切ったということで。別の意味で人が寄ってくる可能性はあるけれどそれはそれ。
役場の建築も終わるし、代行終了も目処がついたからちょうどいいと思う。
「セリ側の実利もあるってことか」
「まぁ形見を付けられるってだけで実利なんだけどね?」
「セリちゃんそういうところある」
きゅっ、とトワが眉間に皺を寄せるのがあんまりにも珍しくて笑ってしまった。
1205/03/12(土) 夜
頼み込んで受けさせてもらった試験も(マカロフ教官には余計な仕事を増やすなとうんざりされつつも)問題なく通り、自分の荷物は生活必需品を除く大部分を箱に収めることに成功し後は発送するだけになった。荷解きが大変かもしれないけれど、まぁ腐るものでもないし最悪放っておいても大丈夫だ。
そして残すところ、部屋の角に残っている大きな、私のではない荷物が三箱。
大したものが入っているとは思わない。第三寮にも持って行かれなかった程度のもの。だけどここに置いておくわけにもいかず、中身もわからないからこのまま発送することは輸送倫理的にNGだ。
「セリちゃん、荷造り終わった?」
「ん、ああ、大体ね。あとは……クロウの置いていったこれだけだよ」
換気のために開けておいた扉からトワが覗いてきて、それがあったかあ、と一緒に嘆いてくれる。たぶん仕分けするだけなら大した時間は要らないだろうけれど、単純に、怖いのだ。一人でやると何がきっかけで感情があふれてしまうか分からない。
前を向いて、自分に何が出来るのか知りたくて帝国を旅することを決めて、強くあろうとはしている。だけどやっぱり、忘れるなんてことは出来ないわけで。
「そうだ、リィン君に頼んでみるのはどうかな。明日自由行動日だし」
「ああ、そういえば」
リィンくんは生徒会の依頼を外部委託としてこなしている確かな実績があったな、と思い出す。だけど、リィンくん。いや彼もクロウの被害者の一人だろうし、こんな依頼を持ち込むのはわりと人道にもとるのではないのかと感じないではない。
「クロウ君、きっとセリちゃんとリィン君になら自分の荷物見られても恥ずかしがるだけで済むと思うよ」
そうかな。まぁ少なくとも私に見られて困らないものか、あるいは私が絶対に見ないという信頼を置いていたことは確かか。でなければこんな大量の私物を置いていくなんてこと考えもしないだろう。
しかし冗談みたいだけれど最大の懸念点がこの荷物には存在する。それを解消しているのかどうかというのを私は全く聞いていないし、仮に聞かされていたとしてどういう反応をすればいいのか困ったろう。
「……エロ本出てきたらどうしよう」
「……さす、がに……恋人の部屋にそういうのは置かないと思う……けど……」
トワでも断言出来ない辺りが、クロウがクロウらしいところだと私は思う。
1205/03/13(日)
今日はどうやらアンとリィンくんが導力バイクのレースをするようで、荷造りで行き詰まっていたし何より二人の勝負の行く末は見届けたいと思い外へ出た。
途中でトワと合流し街道へ行くと既に三人が集まっていて、絶好のレース日和で良かったなと心の中で女神さまに感謝する。
「トワ会長にセリ先輩……見に来てくれたんですね」
「えへへ、当たり前だよ。今日は二人の勝負をしっかり見届けさせてもらうから。ただし安全第一だからね」
「それと同じぐらい楽しむのも大事だろうけど」
「ええ、分かっています」
肯くリィンくんからアンの方に視線を動かすと、卒業と同時に大陸一周すると豪語している彼女の新しい相棒がそこにあった。リィンくんへ渡したものよりアン向けにチューンアップされているのが見て取れる。ジョルジュも器用だよなぁ。
「さて、ルールの方だが内容はいたって単純。コースに従ってスピードを競い、先にゴールに着いた方が勝ちだ」
「なるほど、シンプルですね」
「ああ、だが単に勝敗を決めるだけではつまらない。敗者はここにいる全員にドリンクを一杯ずつ奢る、というのはどうかな?」
何を賭けなくてもいいと思うのだけれど、私やジョルジュの苦言をスルーしたアンの視線にリィンくんは笑って了承した。いい子すぎる。将来悪い大人に利用されないか心配……いや、クロスベル戦線なんてものに参加させられてこの間ようやく帰ってきたのだから、もう既に悪い大人に利用されているも同然だったか。笑えない話だ。
「さあ、ではいざ尋常に勝負だ。リィン君、バイクに乗りたまえ!」
「了解です!」
だから、この勝負がリィンくんの心を穏やかにするひと時になればいいと勝手ながら願う。
「それじゃ二人とも、準備はいいかな」
「行くよ────位置について!」
ジョルジュの確認を経て、トワのカウントダウンが始まり、そうして戦いの火蓋は落とされた。
順調に走り出し消えていく二台のバイクを見送って、街道脇にいつものようにシートを広げて腰を据える。勝負のことを考えると少なくとも二十分は帰ってこないわけだし。
レースコースはケルディックに繋がる街道の途中で折り返し、ゴール地点はこの場所だ。直線もカーブも存分にあり、またショートカット出来る場所も少ないながらあるので駆け引きには持ってこいの場所なんだとか。
「クロウがここにいたら羨ましがってただろうねえ」
「そうだね、何だかんだ結構乗ってたから」
「クロウ用のバイクを組む未来もあったかもしれないね」
会話の中ではもう、思い出のように語れてしまう。努めてそうしているというのはもちろんあるけれど、それでも名前を出すだけで泣く日々は過ぎたから。
そうしてレースはリィンくんの勝利となり、だけど二人とも本当に楽しそうな顔で笑っていて、ああやっぱりこれは勝っても負けてもどっちでも良かったんだろう。世界に二台しかないジョルジュ謹製のバイクを使って勝負だなんて贅沢にも程がある。
「まさか、ここまで上達しているとはね……。本当に見事だった────私の完敗だ」
「アンゼリカ先輩こそ……途轍もないプレッシャーでした。正直、勝てたことが自分でも信じられないくらいです」
「フフ、だがそれが今の君の紛れもない実力だ。……正直、こういうのは柄じゃあないんだが、全力を出し切ったからか気分がいいよ」
バイクから降り足でスタンドを立てながら、とても清々しい顔でアンは笑っていた。それを見てトワが目尻を指先で拭ったのをリィンくんは目敏く見つけ小首を傾げる。
「何だか感動しちゃって。レースを通して、二人の真剣さがひしひしと伝わってきたから……」
「ああ、確かに素晴らしいレースだった。また機会があれば、ぜひ立ち会わせてもらいたいな」
「その時にもし私がバイクを持っていたら参戦させてもらおうかな」
三者三様の言葉ではあるけど、心に刻みつけられたのはみんな等しくおなじのようだ。うん、バイクの組み立てを手伝って、ここまで見届けることが出来たのは本当に僥倖だと思う。たった一つ欠けているものがあるけれど。
「そうですね……いつか必ず」
「ああ、リベンジできる機会を楽しみにしているよ。さてと、忘れない内に敗者の務めを果たすとするか。ドリンクの数は……六つでよかったかな」
「六つというと……あ」
私たちは、五人でチームだった。ARCUSの試験運用をしていた時も、バイクの製作をしていた時も、VII組をサポートしていた時も。仲間外れはきっと拗ねてしまうだろう。
どうやらアンも、いやみんなも同じ気持ちだったようだ。
「うん、今日はただでさえ私たちだけで楽しんじゃったし」
「何だかんだ寂しがり屋だもんね」
「ああ、それでお願いするよ」
それからみんなでアンの奢りの飲み物を飲みながら中央公園で話し、技術部へ戻っていく三人を見送る際、後で絶対に先輩の手伝いに行きますから、とリィンくんに言われたので私は寮の方へ戻ることにした。楽しかったな。
部屋で宛名書きなど自分の荷造りの続きをしていたところで特徴的な気配とともに、コンコン、と扉がノックされる。
「すみません、遅くなりました」
「いやいや、別にいいよ。忙しいだろうしね」
部屋に招き靴を脱いでもらったところで、これですか、と苦笑いのリィンくん。やっぱり人の部屋に置いていくには多い荷物だよねえ。
とりあえず重ねてあった状態から荷物を下ろし、手分けして開けることにした。……教本まで入ってるけどこれはよかったんだろうか。いやあんまり深く考えないでおこう。
「第三の方はもう片付けられてるんだっけ」
「はい。重要証拠品として押収されていったみたいで」
「それも仕方ないかなあ」
帝国を半年以上にわたって脅かした帝国解放戦線、そのリーダーが過ごしていた部屋だ。おそらく物的証拠など何も残っていないだろうけれど持っていかないわけにも行かなかったと。その点でいえば私の部屋に調査が入らなかったのは誰かの計らいかもしれないな、なんて。
この国の諜報部が本気を出せばクロウが私の部屋に荷物を置いていったことは調べるまでもなく調査が済むはずだろうから。
「……そういえば、先輩は就職されるんですか? 確か帝国時報からお誘いがあるって」
「ああ、そういうの全部断って旅に出るつもりだよ」
「えっ」
驚いたリィンくんがこっちを見るので、ちゃんと話すから手も動かしていこう、と会話を止めずに中身を取り出していく。
「保護者が居なくなった私にとって就職先があるっていうのは魅力的だけど……」
正直、この続きをはっきりと言うかどうか迷った。リィンくんを傷つける可能性があるんじゃないかと。だけど彼には、クロウのことで誤魔化すことはしたくない。
「帝国時報の今の紙面の色がね、自分と合わないだろうなって」
「それ、は」
「リィンくんが悪いわけではないんだけど、あの記事を見てるとまだちょっと辛くなるのは事実だし、ああいう記事を私が是としている、って認識されるのも困るしと思って。だから、知らない帝国を見に行くんだ。出来れば外にも足を伸ばしたいけどどうかな」
内戦終結、そしてクロスベル戦線の立役者として表に出されたリィンくんを、大人は誰も護らなかった。護りたい大人は遠ざけられ、利用する大人ばかりが周りにいたろうと。彼が悪いわけじゃない。だけどリィンくんを担ぎ上げるこの現状を、私は、私だけは、肯定するわけにはいかないのだ。
だって、もしリィンくんが救国の英雄ならば、彼はそれに逆らった反逆者になる。国家に反旗を翻したのは事実だとしても、リィンくんと分かり合える余地がなかったほどの悪党ではなかったから。過程を無視することになる結論には、賛同できない。だけど真実も言えない。
「そう、なんですね……」
「生きてればどっかでひょっこり会うかもしれないよ」
「はは、そうですね。その時はよろしくお願いします」
「うん、こちらこそ」
あらかた終わり、予備の制服を私が貰い受けたり、書き込みの少ない教本や参考書をリィンくんが自分のものにしたり、教会に寄付する用のボードゲームを端に寄せたり、捨てるものを選んだり、そうして箱の中身が大体片付いたところで一息ついた。
「ありがとう、リィンくん。私だけじゃこれだけ捗りはしなかったろうから」
特に、緑の標準制服が出てきた時は呼吸が止まったかのように思えて。
「いえいえ、結構面白かったです。最後のこれは毛布ですかね……あれ?」
奇妙な声を出したリィンくんの視線の先を後ろから覗き見ると、箱の底に封筒がひとつ。しっかりと封のされているそれをリィンくんの手が表に返したところで、今度こそ息が止まるかと思った。
────セリ・ローランドへ
たったそれだけ書かれているそれは、ずっと見てきた筆跡で、間違える筈のないもの。
「……俺、この辺のボードゲームとか全部教会に持っていきますね」
私に封筒を渡してきたリィンくんは床に置いていた選別済みのものを次々と箱に入れ、軽々と持ち上げる。捨てるものに関しては先輩にお任せしていいですか、と問われたので頷いた瞬間、それでは、と風のような速さで居なくなってしまった。
ちらり、と目線を落として"それ"を見る。私の手元に残った封筒。推定、手紙。
この荷物が運び込まれたのは確か八月頃だ。その時から仕込まれていたもの。読みたいような、読まないでいたいような、妙な感覚に感情がぐるぐるする。だって、もう、会えないと思っていた人の新しい言葉に触れられるだなんて誰が想像する?
だけどリィンくんの厚意を無下にするわけにも、と覚悟を決めて座り、封を切った。
セリ・ローランド
この手紙を読んでるのが宛名の人間じゃなく、もし別人だったらさすがに恥ずかしいので見なかったことにしてくれ。機密情報などは一切書いちゃいない、ごく個人的なものだ。
そしてこれをお前が読んでるってことは、たぶん俺は目的を果たしたんだろうとは思う。それ以降はやりたいことを為して死んだのか、それとも再編を見届ける途中で死んだのか、それはわからねぇけど、荷物を整理してくれてる傍に俺はきっといない。いたらこの手紙を真っ先に処分する筈だしな。ま、死んじゃいなかったらテキトーに流してくれ。
言う機会ももうないだろうから俺の感情について記しておく。
俺はお前に出会って楽しかった。
本当なら恋人なんて作るつもりもなかったし、それはきっと知ってたと思う。なんせ一回告白を断ったからな。だけどそれでも喪いたくなくて、手の届くところにいて欲しくて、可能なら、俺が目的を果たして関係が破綻した後に瑕になればいいまで考えていたが、どうなってるかね。
まぁその辺の話はいいか。
バレた立場としちゃどうしようもない話だが、お前や、あいつらと過ごした日々は、本当にかけがえのないものになった。全部過去に置いてきた青春みたいなもんを、少しでも取り戻せたような気分だ。
そんで、さっき書いたこととは矛盾になるかもしれねぇけど、俺のことなんか忘れて、幸せになってくれ。誰かと添い遂げてもいいし、添い遂げなくてもいい。
俺に言われるこっちゃねえと思うが、お前の幸せを追求して欲しい。
じゃあな。愛してるのは本当だったんだぜ。
クロウ・アームブラスト
ぽたり、と手紙に涙が落ちて、慌てて拭ったところで、手紙をぐしゃぐしゃにしないよう机に置いてから、慌ててタオルを手にして目元に当てる。
ずるい。こんなの、ずるい。忘れろなんて言われて忘れられるほど私が器用じゃないこと絶対に分かっている筈なのに。もちろんこれを書いた時にはパンタグリュエルであんな風に日々を過ごすことになるなんてクロウの中でも想定外だったろうとは思うけれど、それでも、こんなのってない。
涙が止まったなんて嘘だった。今でもこうして、君の心に触れただけでとめどなくあふれてくるこれを、どうやって堰き止めたらいいのかわからない。
「────私、も、」
愛してる。あなたのことを、ずっと。
零れるように呟いたその言葉を受け取ってくれる人は、もう、この世にいないけれど。