[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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06 - 05/07 相談応援

1204/05/07(金) 放課後

 

特別実習同行から二週間弱。

補佐するなら君も読んでおきなさい、とサラ教官から各班のレポートを渡されたので人のいない屋上のベンチで読み進めていると、なるほどな、といった感じでいろいろなものが滲み出ていた。

 

ケルディック側は自分たちで問題への介入を決定し、TMPの助力はあったにしろ解決の糸口を掴み切ったようで、ああまさしく特別実習の目的そのものだなと感心した。一方でパルム側はそもそも意思疎通の問題で、ARCUSの戦術リンクが上手く機能していないのが文面からでも分かりありありと疲弊を感じられるものに仕上がっている。

しかし試験運用という点ではどちらが悪いというわけではないと思う。去年も考えていたけれど、やはりリンクの決裂というのは開発部門では再現しづらいものだ。故にそのデータは被験者の想像以上に重宝される。……というのは、完全に外部側の目線だけれども。本人たちにとってはかなりのストレスだろう。

 

「仲良く……っていう話でもないんだけど、誰か気付くかなぁ」

 

正直なところ、心が繋がってなどいなくても戦術リンクは運用できるし、実習だって問題なくこなせるだろう。とはいえ活動と心情は分けられるものだが、分け切れるものでもない。バランスの程度問題なのでやっぱりこれも本人たちの心がけの話になりかねない。

とは言っても私はおそらく、アドバイスをする立ち位置としては不適切だ。あんな風に実習地で心を抉る人間から差し出されたものなんて、内容がどうであれ聞く気持ちにはならないだろう。そういう意味で私はアプローチを失敗しているけど、ああいう役も必要だったと思う。

 

体を伸ばすために後ろへのけ反りながら、はあ、とため息を吐いたところで屋上へ至る階段に誰かの気配が昇ってきた。……これは、たぶん、ガイウスくんだ。アタリをつけた通り数秒後扉から現れたのは背の高い影。

 

「────セリ先輩」

 

気分転換に来たのなら声をかけて邪魔するのは良くないかなと思ったけれど、それとは裏腹にガイウスくんは近寄ってきてくれて、隣いいですか、と。頷けば感謝の言葉とともに座られる。

 

「それは……オレたちのレポートですか?」

「あ、うん。実習補佐だからって教官に渡されて。……先月末、お疲れさまだったね」

「不甲斐ない結果でした」

 

意気消沈しているように見えるガイウスくんに対して、まぁ人間関係なんてそんな簡単に好転しないよ、と言葉をかける。元々入学初日から関係最悪だったようだし、マキアスくんの貴族嫌悪はおそらくかなりの筋金入りだろうから、たった一ヶ月周りがやきもきしたところでどうにかなるものでもないだろう。

時間は決して万能薬ではないけれど、時間がないとどうしようもないこともある。

 

「私もそういう経験あるよ。仲間内でリンク決裂みたいなね」

「その時、先輩はどうされたんですか?」

 

さすがに本人の前でレポートを読むのは良くないかな、と思って傍らに置いていた鞄に紙束を仕舞うと同時に問いかけられた。どう……どうした、という話もないのだけれど、アンと私の関係で言えばお互いの不理解を理解しあった、という感じなのだろうか。

 

「少し長くなるけど大丈夫かな」

「はい。よければ是非」

 

請われて、わかった、とベンチに深く腰掛け直しあの日々を思い出す。

 

「実はね、私も貴族嫌悪と、容姿に関する過敏さがあって、チームの一人と完全にリンクが断裂したことがあったんだ」

「先輩がですか?」

「そう。貴族だったり、私の容姿を好んだ相手と昔いろいろあって」

 

そのいろいろを、きちんと説明するべきだったのかもしれない。ガイウスくんは留学生で、帝国の外からやってきた人だから。文脈の理解というのは言葉に対する共通見解によって行われるものだ。それでも、私はまだそれについて完全に整理できたわけではないから、『いろいろ』という言葉で曖昧にくるんだ。

 

「でもね、その断裂した相手は、私と対話しようとしてくれた。私は、どうせ貴族が聞いてくれるわけもない、って諦めていたのに。彼女のその真っ直ぐさは今でも心に刺さってるよ」

 

あの時、アンは自分が傷付く可能性をわかっていただろうに、私の世界に手を伸ばしてきた。自分が傷付き、その行為で相手を傷付けるかもしれないと理解して、なおそれは私たちが置かれた試験運用活動の妨げになると切り捨てた。その強さ。その傲慢さ。私にはない光だ。

 

「話す機会を持とうとしたことについても驚いたけど、私が"そう"であるというのを伝えた時に、私の意思を尊重するとも約束してくれた。そうしてやっと、お互い相容れないかもしれないけれど、それを理解しているならやっていけるかも、って」

「そうして、リンクが?」

「うん」

 

リンクが再接続を果たして、それによってどことなくお互いハイテンションになったのか旧校舎に忍び込んで、心配して探しにきたチームの一人にしこたま怒られて。懐かしい。

 

「そうやって四人の仲間と一緒に、かけがえのない日々を送ってた」

「楽しそうですね」

「うん。他に喧嘩が絶えない二人もいて、たまに殴り合ったりして、それを止めたり囃し立てたり、まぁ退屈しない活動だったかな」

「殴り合いが、あったんですか?」

「三人で何度止めても繰り返すぐらいのがね。だからもういっそ気の済むまでやれば?ってうっかり言っちゃったり」

 

そう言えばユーシスくんマキアスくんは最終的に殴り合いにまでは発展しなかったのだっけ。理性がある……わけではなく、単純に他のメンバーがいる前でやったんだろうなぁ。私も最初のクロウとアンの喧嘩に立ち会ったならさすがに止めていたと思う。

 

「先輩が言ったんですね」

「意外?」

「はい。……平穏を尊ぶ方かと思っていたので」

「あは、それは嬉しいけど、後輩の前だからだよ。それにパルムでは結構厳しいことを言ったし」

「そんな」

 

ケアをしてくれようとしたガイウスくんの言葉をとどめて、首を振る。憎まれ役を買って出たのは理解しているから、そこは別にいいのだ。彼らから相談先を一つ消してしまったかもしれないけれど、それ以上に適任がたくさんいるのだから大したことではなかろう。

 

「だけどね、結局、そんなことがあっても今は全員リンクが繋がってる。見た目としては何ら変わりはないけれど、最初の頃よりずっと強く」

 

過去はどうしようもないけれど、付き合い方でこれからは変えられる。

相手が苦手な要素を持つからという色眼鏡を通さず、個人として対話する、というのは言うは易しだけれどやるとなったら大層難しいことだ。自分が偏見に満ちあふれている、と自覚するのはとても恐ろしいから。それでも。

 

「私たちは私たちなりにお互いと、ARCUSのリンクというものを理解していった。だから」

「はい」

「君たちにも君たちなりの関係性を模索していって欲しいな、って。それが友情か、業務的なものか、恋愛的なものか、はたまた別のものか、どういう形になるかはわからないけれど、少なくとも当事者ではない誰かが求める形なんて目指さなくていい」

 

正式カリキュラムとなったARCUS試験運用は、面子を見る限りあらゆる政治的な思惑が絡んでいることは明白だ。公爵家、帝都知事、RF社、正規軍中将、かなりの帝国重鎮の身内がここにいる。つまり、大人の意思が介在する可能性が極めて高いということ。

それでも私は、一生徒ではあるけれどVII組がVII組なりの人間関係を築けるよう、手助けしていきたいと思う。私たちがそうしてもらったように。未来がどうなるかは全くわからないけれど。

 

「結果、卒業しても連絡を取る間柄とかになったら素敵だなとは思うけど、無理に力をかけても折れてしまうしね」

「……」

 

結局、あの二人のことは現状周囲から手は出せないだろう。『お互いのことが理解出来ない、それでいい』ということに本人たちか、あるいは周囲の誰かが気がつくまでは。正式カリキュラムということは逆にそれについてだけ最低限協力して過ごす選択肢だって十分にある。一先ずそれを是としてもいいとは思うけれど、心情的に難しいかな。

 

「だから、私は君たちが選択出来る時間を取れるよう、陰ながら微力を尽くさせてもらうね」

「はい、どうかオレたちを見守っていてください」

「一筋縄では行かないと思うけど、応援してるよ」

 

二人で笑い合って、私は一人ベンチから立ち上がり両手を組み上に伸ばして肩甲骨をほぐす。ちょっと真面目に話しすぎてしまった。でも真剣な相談だったから、せめて先輩としてはおなじかそれ以上の熱量で返すというのが礼儀だろう。

 

「先輩は青が似合う方ですね」

 

座ったままの彼はそれでも立ち上がった私より少しだけ目線が下なだけだったようで、振り返るだけで普段より難なく視線が合う。それこそ、空の色の瞳が。

 

「……ARCUSの属性は風と地だけど」

 

おそらく違うだろうと思いつつも意図が上手く汲み取れなかったので首を傾げながら返すと、オレの属性も風と地です、と笑うだけで『青』の意味は特に教えてくれなかった。

 

青が似合うなんて、初めて言われたや。

 

 

 

 

1204/05/16(日) 放課後

 

「うわ」

「読むなりとんでもない声出すじゃない」

 

次の水曜日に実施される実技テストで配られる、次回の特別実習に関する資料作成でサラ教官から渡されたメモを見て、憚ることなく渋面を作ってしまった。いや、だって、これ。

 

「面子と実習地の相性が最悪すぎませんか?」

「その点に関してはあたしも結構言ったんだけどねえ」

 

先月のメンバーでガイウスくんとリィンくんが入れ替わり、それ以外は特に変動なし、というのはまぁ多少理解は出来る。レポートを見る限り、ケルディック大市の問題に首を突っ込もうと最初に決めたのは彼のようだから。

その意味で実習の目的をおなじ目線から共有する人材として、生徒会の手伝いをやっていることもあるせいかクラス内の誰よりも適当かもしれない。けれど理解出来るのはそこまでだ。

翡翠の公都バリアハート。アルバレア公爵家のお膝元に帝都知事閣下の御子息を送り込むなんて、例え彼が貴族嫌悪を持っていなかったとしても爆弾すぎる。そしてサラ教官が難色を示しているということはヴァンダイク学院長ではなく、もっと上からの思惑。

 

「……フォロー人員確保出来てますか?」

 

公都は特急を使えばトリスタから五時間程度の距離ではあるし、なんなら飛行船もあるためパルムよりはまだ交通の便で言えば行きやすい立地だ。とは言っても私もそんなに授業を休んではいられないし、そもそも前回限りということで教頭の許可をもぎ取ったに等しい。なあなあで済まされる約束に意味などない。

 

「さすがにそれは手配したわ。ちょうど昔馴染みが手空きだったみたいでね」

 

昔馴染み。そういえば、サラ教官の過去の話は全くと言っていいほど聞いたことがないなと思った。その戦闘技術の高さや顔の広さからして、何となく、なんとなーく、こうかな?というアタリはつけているけれど。

 

「ふふ、あたしの昔のこと知りたいって顔に書いてあるわよ」

「……知りたくないって言ったら嘘になりますけど、教官が話してもいいって思ってくれるまで私は待てますよ」

 

まだまだ自分は子供で、教官は大人だ。共有できない情報なんて山ほどあるだろう。だからそれを預けてもいいと思ってもらえるぐらい、私は強くなっていこうと思う。

 

「マセてるわねえ」

「そうですか? 本心ですけど」

「……そうね、きっと話したくなる日が来るだろうから、その時はよろしくね」

「はい」

 

頷いて紙面に視線を落とし、やっぱり目下の悩み事はこれだなぁと苦笑してしまう。

 

「取り敢えずこうなると故郷のユーシスは外せないし、フィーを入れて、魔法要員としてエマ、重心としてリィンね」

「マキアスくん含めて、バランスは一応取れてますか」

「あとはこの班分けが、そういった政治的介入だって生徒たちに悟られないようにしておかなきゃ」

「もしバレたら結構思考が濁りますからねえ」

 

そういった意味では去年の私たちの活動はかなり緩かったというか、重要視されていなかったというか、好きにやらせてもらっていた部分は大いにある。正式カリキュラムとして走り出している関係上、今年はかなり雁字搦めなところもあるだろう。

現に予定されている実習先は生徒の故郷であったりそれに釣り合う大都市だったり、規模が増している。つまり関わる案件が私たちのよりも大きくなるだろうことは容易に推測できる。そういう意味で経験値としてはきっと上だ。

だから、芯さえブレなければ。

 

「ま、そういうところを隠して実習に集中出来るようにするのも大人の仕事でしょ」

「それじゃあ私は格好いい大人な教官にお付き合いしますよ」

「頼んだわ。……あ、そうそう」

 

軽口で笑ったところで、教官が窓辺から旧校舎の方向を親指で示した。

 

「ちょっと後で付き合ってくれない?」

「……? あんまり遅くなりすぎなければ大丈夫ですが」

「まぁ、君とあたしならそこまで遅くはならないでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……教官とリンク繋いだの初めてですけど、凄まじいですね」

「ふふ、ありがと」

 

この一年間、ずっと見ていた生徒はそんなことを言いながらも、旧校舎の調査をするあたしに遅れることなく着いてきた。最初の頃は人と関わりたくない風情で本当に心配だったけど、今は友人も恋人もいて、町の人とも仲良くしているみたいで。よかった。

 

「うちのクラスの子とは話したことある? 実習以外で」

「あんまりないですね。ガイウスくんとはちょっと個人的に話したりしてますけど」

「ああ、君たち相性良さそう」

「なんせ属性おんなじみたいですから」

 

言われて、そういう考え方もあるのね、なんて笑ってしまった。戦術オーブメントであるARCUSを性格診断にするなんてなんというか、今時?

 

「あ、教官笑ってますけど、結構馬鹿に出来ないと思うんですよ」

「ごめんごめん。占いとかそういうの信じないタイプに思えてたから」

「占い……よりはまだ本人の気質に近しい感じがしませんか?」

 

そりゃどういう形で属性が決定しているのかは分かりませんけど、と大真面目に語る表情が年相応で可愛いと思ってしまう。そうよね、まだ今年で19歳だったかしら。

 

「すこし気にしておくわ」

「そうしてみてください。面白いですよ」

 

会話しながらも戦闘に入る挙動はスマートに。お互いの死角を上手くカバーして旧校舎を踏破していき、最奥にたどり着いて一息。まぁ、この程度であればそれぞれ個別に入っても時間の違いはあれど問題なく到着したでしょうけど、一応ね。

 

「誘われた時にも思いましたけど、教官一人で入った方が効率良くないですか?」

「万が一ってこともあるでしょ。……それに、最奥で強い敵が出たって話だったけど」

「何も出てくる気配はないですね。というか、本当に旧校舎の内部構造が置き換わってて気味悪くてそっちの違和感の方が敵だったというか」

「何度か出入りしてたものねえ、君は」

 

構造を知っているはずの場所が、見慣れている壁が、知らないカタチに変貌している、というのは思っている以上に脳にストレスがかかるものなのかもしれない。そういう意味で、変化があったということも踏まえてあの子たちに調査を頼み続けるしかないかしら。

 

「うん、今日のところは帰りましょうか」

「はい」

 

部屋から出て、報告にあった転位石に触れると直ぐさま眼前の風景が変わり、確かに入ってきた場所に移動しているのがわかる。隣を見るとセリも無事に転位出来ていたようでそこにいたけれど、転位石から離れて訝しげにそれを眺め始めた。

 

「どうかした?」

「いえ、妙な感覚に襲われた気がしたんですが……すみません、上手く言語化出来ません」

「そう」

 

例のARCUSの適性者を広げる元となったレポートを提出したこともあるし、セリがそういうのなら何かあるのかもしれないわね、と心の内に留める。言語化出来ないほど薄い感覚を、それでも手繰り寄せようとするのは本当に頼もしいというか。

 

「さ、晩御飯くらい奢ってあげるけど、何がいい?」

「え、いいんですか! じゃあキルシェのビーフシチューがいいです」

「遠慮ないとこいくわね!」

「教官が言ったんですよ。ほら、帰りましょう」

 

さっきとは打って変わった表情で出入口へ歩いていく君は楽しそうで、また笑いが溢れる。

多少危ういところもあるけれどミヒュトさんもそれなりに評価してくれているみたいだし、卒業後は誘ったりしてみちゃおうかしら、なんて。

悪い大人の考えね。

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