1204/05/29(土)
「今日明日が特別実習かぁ……」
「セリちゃん最近ずっと実習のことばっかりになってない?」
早朝、目が冴えてしまったのと同時に、どうにも落ち着かないので体を動かしていたい、誰かといたいという私のわがままを、生徒会室で作業するトワは作業を振って許してくれた。いや作業なんかしなくても居ていいとは言われたけれど、私の気が多少紛れてトワの仕事が多少減るのであれば両得だ。やらない理由がない。
「いや、だってもう明らかに何かあります・やりますって布陣だから」
「そうだね。今回サラ教官はB班の方へ先に行くみたいだし、私も心配かな」
学院長よりも上の立場から今回の打診があったのなら、それはもう理事とかそういう類の話になる。そして今回のことでいうのなら、ルーファス理事……というよりはアルバレア公爵家からのものだろう。学院長も教官も、きっと戦ってくれただろうけれど、結局のところ『何かやる』と決まっているわけではないので強く拒否出来る理由がない。
国費を投じて運営されているトールズは基本的に何者にも侵されない、権力その他から独立した組織として運営することを理念とし、そう望まれている。だから理事長職は皇室の者が担い、同時に三人の理事が存在する。現状は革新派貴族派中立派と綺麗に分かれている状態というのもバランスの良い話だ。けれどその理事筋から提案があれば、飲まざるを得ないだろう。
まぁこれで逆にユーシスくんすらも外されていたら抑止の目処がなくなるため、最良ではなかったとしても、現時点の最善にはなっていると、思う。
「一応教官が手は打ってるみたいなんだけどさ」
教官があらかじめ何か備えているというのなら、それは確かなのだろう。徒に生徒を危ない目に遭わせることは……ないと信じつつも、ギリギリまでは介入しないというのを身をもって知っているのでちょっと言い切れないところもある。
いや、それでも事態の深刻度は傭兵と公爵家を比べたなら後者の方が圧倒的に高い。一瞬の判断ミスが社会的抹殺に繋がりかねない。……長年革新派と貴族派が相争っているとはいえ、さすがに革新派筆頭帝都知事の身内をそこまで貶めることは、ないと信じたいけれど、人間というのは時に恐ろしく残酷だ。楽観できる状況では決してない。
五月の新緑が地上を飾る青い空を、生徒会室から見上げて公都と旧都に向かっているVII組全員に思いを馳せる。
一人も欠けることなく帰ってきて欲しいなんていう何でもない、当たり前のような願いで、こんなにも胸がざわつくことがあるだろうか。
とはいっても、どれだけやきもきしても結局のところ私にはどうしようもない話なわけで、取り敢えず授業が終わったところで七耀教会へ祈りに行った。
頭痛のこともあったので七耀教会に思うところがないわけではないけれど、それでも清浄に感じられる空気の中で祈るというのは、僅かばかりでも心が救われるところがある。
────どうか、VII組の人たちが、トラブルに巻き込まれることなく……いや、直面するトラブルは自分たち自身で収拾がつけられる程度のものでありますように。
そんな身勝手な願いを、それでも大真面目に手を組み合わせて心の中で呟いた。
「熱心に祈られていますね」
無意識に詰めていた息を吐いたところで声がかかり顔を上げると、パウル教区長が微笑んでいた。
魔獣討伐や薬草調達の関係でたまに顔を出していたこともあったとはいえ、あまり敬虔な信徒ではないということは既に理解されてしまっているだろうので、すこしバツが悪く感じてしまう。
「……その、現金な話ではあるのですが、後輩たちが心配で」
だとしても祈らない選択肢は自分になかった。手の届かない彼らに対して自分が出来ることなどもうそれだけだから。何かひとつ、一歩、一枝でも足りないことがないようになればいい。
「誰かの為に祈るという行いそのものが、心を豊かにすると私は考えます。気の向いた時でも構わないのですよ」
それはあまりにも都合のいい言葉で、市井に広げるための教典によるものなのではないのかと感じてしまった。だけど今の私には何よりも必要なものだったろうと、そう、心にじわりと広がるあたたかさが訴えてくる。
教えというのは、人に根付いてこそだ。
そうして教会を出る頃には18時を回っていて、祈るというのは案外と時間が経過するものだなぁ、なんて苦笑する。さて晩御飯はどうしようか、と作るにせよ食べるにせよ商店街の方に向かえば間違いないと足を向けた矢先、足につけていたポーチから着信音。
「はい、こちらセリ・ローランドです」
『お、今どこよ?』
出るなり名乗りもしないなこの男、と多少のため息をつきながら、教会出た辺りだよと返せば、そんならキルシェで晩飯食べようぜ、なんてお誘いが。私がこの二週間ほどそわついていたのなんていつのも面子にはお見通しだっただろうから、これはそういうことなんだろうな、と笑みが自然とこぼれた。
「うん、わかった。直ぐに行く」
そういうさり気ないやさしさが嬉しくなる。
ARCUSを閉じて、ちょっと浮かれた歩調で石畳の道を通り、キルシェの扉を開けたらクロウがカウンター席で手を振ってくれた。ということは他の三人は特に呼んでいないのだろう。
「グリーンサラダとクリスピーピザをお願いします。あとお冷やも」
「お前ほんっとに野菜好きだよな」
「……森育ちだし?」
果たして関係あるのかどうかわからないけれど、食べるものはお肉も穀物も野菜もすべてバランスが良くないと力が出ない、という教育を叔母さんからされているため可能な限り野菜を摂取するというのが当たり前になっているきらいはある。魚はたまに、たまーーーに出た。
とはいえ季節や年によっては野菜が高騰してその生活が崩れてしまったりしたこともあるけれど。
「んで、珍しく教会行ってどうしたよ」
頬杖をついてかけられた問いは何もかにもわかっているだろうに、あえてされたモノ。つまり私がいま勝手に感じているこれを、口に出して、背負うなり笑い飛ばすなりしてやるという意思表示なんだろう。
「祈ってたよ。VII組のみんなが無事でありますように、って。自己満足だけどね」
「祈りなんて全部そうだろうよ」
「そうかな。……そうかも」
ティルフィルは実際のところ精霊信仰が強い場所で、七耀教会があるとはいえ埋葬方法が中央の土葬と異なり火葬だったり、祈るにしても教会ではなく森の中で行うことも少なくなく、かなり土地に根付いた信仰形態をしている。教区長の方はもちろんいらっしゃったけれど、教会は信仰の場というよりは薬をもらいに行く所、という方が主だったかもしれない。
「VII組の話かい?」
カウンターから話しかけてきたフレッドさんは先に頼んでいたらしいクロウの注文である、チキンカツトマトソースがけとライスをそれぞれ置きながら会話に加わってきた。
「そうです、今年出来た新設クラスですね」
「いい子たちばっかりだと思うぜ。この間なんて調味料切らして困ってたら、黒髪の男子が学院の厨房まで交渉しに行ってくれたりしてよ」
「あぁ、そりゃリィンだな」
リィン──リィン・シュバルツァー。東方太刀を使う彼のことだ。いまだ交流がない相手ではあるけれど、実はトワとサラ教官を筆頭に噂は聞いている。それにあのレポートを読んで、すこしだけ人となりを知ることになった。ケルディックの事件に積極的に関わろうとしたのは、彼だったと。
初期段階で領邦軍が関与しているということはわかっただろうに、それでも事件解決を目指して奔走することを決めるというのは並大抵の精神力で行えるものではないと思う。人々の生活を慮り、その脅威を排除する。姿勢としては大変"善き人物"ではあるのだろうけれど、裏腹に心配になるところもあるんじゃないかと。
そういう危うさまで含めて教官は見守っていくつもりというのはさすがに私もわかるので、きちんと信じて、だけど何かあれば手を差し出せる距離にこっそりいて、VII組の歩みを教官の隣で見守っていきたい。その立場を、何の因果かゆるされている。
「おーい」
こつん、とこめかみ辺りを軽く小突かれる。視線をやると紅耀石よりも少し暗い赤が私を見て眉根を下げて困ったように笑っていた。
「心配なのはわかるけどよ、お前が参るのだってよくねえんだかんな」
「それは、わかってるよ」
サポートする側がダウンしていたら、いざという時に動き出せない。自明な話だ。
結露した水のグラスを手に取り、中身に口をつける。喉を通るひやりとした感覚が少しだけ頭を落ち着かせてくれた。
「教官より遠い距離感にいるべきなんだろうけどね」
あくまで補佐なのだからその分を侵してはいけないような気もするし、しかしであるのならこの学院にいて、ARCUSの試験運用として課外活動をしていた意味とは何だったのかと。自分で考え、必要であれば行動を起こし、その責を己で引き取る。そこまで見据えて着火することをあの一年で学んだのではないかと。
そう、自問自答を。
「そりゃ無理だろ」
けれどクロウは私の言葉を一刀両断した。
「サラはああ見えて全員のことが見えてんだろうし、実技テストもやってんなら個々の能力を把握して信用も信頼も相応に出来るようになんだろうよ。だけどお前は単なる一生徒で、VII組の連中と直接やりとりすることなんか殆どねえだろ」
「……うん」
「なら、力量もわかんねえヒヨコを手放しで安全じゃねえと思える場所に放てるかって言ったらそんなんNOなワケだ。サラが納得してても信じる本人が納得してなきゃな」
ひよこ……扱いするのは些か気が引けるけれど、言わんとしていることは理解出来る。
「だから、お前はお前の信じる道を行けよ。それを支えてやるのも悪かねえ」
────私はとても未熟で、どうしようもないことばかりで、いつもなにかに悩んでいるような気もするけれど、それでも。そうやって頼もしく背中を叩いてくれる人がいるということは何よりもありがたく、そしてそう感じられるなら、まだやれるってことなんだろう。
「ありがとう、クロウ」
「惚れ直してもいいぜ?」
「惚れ直しかはわからないけど、わりと頻繁に好きだなとは思ってるよ」
キメ顔でスプーンを少し振るものだから大真面目にそう返すと、そーかよ、なんてちょっと顔を背けて言うのでフレッドさんと一緒になって思わず笑ってしまった。かわいい。
1204/05/30(日)
『セリちゃん、マキアス君が領邦軍に拘束されたって連絡が……!』
授業が終わった昼過ぎ、帰寮準備をしているところにARCUSへトワからそんな連絡が入った。
急いで生徒会室へ行ってみると困惑した表情のトワだけがそこにいる。おそらく私がVII組教官補佐であることから情報をくれたのだろう。たぶんこの程度なら守秘義務に引っかからないだろうし、知ったとしてどうにか出来るという話でもない。
「やっぱりそういうことが起きるよねえ……」
危惧していた案件が現実のものとなってしまった。
二人で今回の件について精査していると、どたどたどた、と聞きなれた複数の足音がすごい勢いで近づいて来る。ばたんと開いた扉から顔を見せたのは案の定いつもの三人だ。
「おい、何かあったのか?」
「青褪めて走る姿が見えたわけだが」
「っていう二人に連れてこられたんだけど」
別に私は何も言っていないのだけれど、廊下を走った記憶はあるのでそこから類推されたのだろうことは想像に難くない。
まぁ来てしまったのだし、とトワと一瞬アイコンタクトをしてから概要を話すと、貴族だからかアンは露骨に眉間に皺を寄せて口元を歪ませた。
「さすがにそれは……生徒の手に余る話じゃないか?」
「そうなんだよね。それに公都組は五人ではあったけれど、公爵家の人間が傍にいる状態でそれが許されるとも思えない」
「つまり分断、有り体に言えばユーシス君は離されていると見るべきだね」
私の言いたいことを的確にジョルジュがまとめ、全員でため息をこぼす。
残る戦力は三人だ。おそらく学院側からは正式に抗議の手配を取っているだろうけれど、四大名門というのは貴族制である帝国内で特に絶大な権力を持つ。解放までに何らかの処置が施される、あるいは何らかの条件が水面下で交わされる可能性は拭い切れないだろう。それがたとえ冤罪だったとしても、表に身内の罪がばら撒かれたら政治家としては痛手を思うモノになりかねない。もちろん学院としても。
「……公都に行くか? 飛行船なら二時間もかかんねえだろ」
それは乗り込んでVII組生徒に力を貸す、ということだろうか。それとも秘密裏に私たちが動くということだろうか。でもどちらにせよ、それは意味がないだろう。VII組の経験値としても、実入り的な話としても。
「私は公都に行けない。正面的な話では補佐であって教官じゃないから行っても意味がないし、裏的には学院生徒……特に補佐として認識されている人間の関与が露呈したらこれまで以上に圧力がかかる可能性がある。そういう意味ではトワもおなじかな」
「うん……そうだね。私とセリちゃんは動き辛い立場ではあると思う。アンちゃんも」
私はトワほど立場がある、というほどのものではないけれど、『学院側がこの生徒を送り込んだのだろう』と言われたら立ち位置的に言い逃れが出来ない。サラ教官も、マカロフ教官も、最終責任者であるヴァンダイク学院長も私という存在を"そう"と定義し認識しているからだ。秘匿することは難しい。
「うん、トワの言う通り私は別の意味でだが動くのは難しいな」
生徒という意味ではなく、貴族だから、逆に首を突っ込めない。おなじ貴族派といえど他州の話に割り込んだならそれこそログナー侯が走って学院にやってくるかもしれない。下手したら退学手続きをその場で取られてもおかしくはない類の話になる。
「だから、私は旧都の教官とバトンタッチする。幸い今日は日曜だからね」
日曜は通常、普段の半分の授業数で終わる。つまり昼過ぎで解散なのだ。公爵家の方は私にはどうしようもないから、せめて教官の後顧の憂いを消すために奔走しよう。
今から旧都に行くとなれば寮の門限を破ることにはなるだろうけれど、まぁその辺は点呼があるわけでもないし管理人がいる建物でもないので玄関扉が閉まることはほぼない。閉まっていたら第二にいる三人の誰かに泣きつくか、朝方に何食わぬ顔で入っていけばいい。
「しかしよ、セントアークにお前が行く必要あるか? さすがに過保護すぎやしねえか」
クロウの指摘は尤もなもので、そうかもしれない、と軽く頷いた。
「でもVII組の実習は私たちの時より数倍規模が大きくなっているんだ。大都市になるなら、そこで偶発的に起きる問題も必然的に重くなる。何もないなら、チームだけで対処出来るなら、杞憂だ過保護だと笑い話になるならそれがいい」
前にクロウは、私が森に入って偵察する時に着いて行くのがアンじゃなくて自分ならそれを飲むと言った。大まかにはそれと同じ構造で、バックアップをするのなら手が届く場所にいなければ意味などない。
私の言葉に納得をしてくれたのか、ため息をつきながらクロウは私の髪の毛を掻き混ぜた。
「じゃあ、ま、バイクで帝都に送ってやるとすっか」
「フフ、その役目はさすがにクロウに譲るとしよう。──抜かるなよ」
「アホ抜かせ、オレがそんなヘマすっかよ」
アンは胸ポケットから導力バイクの鍵を取り出し、クロウへ投げ渡す。私としてはどちらでもいいのだけれど、何だかたまにこの二人は言外でわかり合っているのでちょっと羨ましい気分になる。こんなことを言ったなら左右から否定される気もするけれど。
「バイクはアン用に調整してあるけど、クロウならまぁ心配は要らないか」
「おうよ。たまに転がしてたかんな」
「セリちゃん、私はサラ教官と連絡取れないか試してみるね。帝都を経由するなら連絡が繋がる筈だし」
「うん、そっちの方面は任せた」
トワと二、三の確認ごとを果たしてから技術棟へ先行するクロウを追いかけて学生会館を飛び出すと、教官室にいるマカロフ教官と視線が合ってしまったような気がした。……いや、大丈夫。単に恋人とツーリングに行くだけの可能性だって残ってる。何せ授業は昼までの日曜だ。
「クロウ、私は一旦寮へ戻る。着替えて行かないと目立っちゃうし」
「あくまで裏方に徹するってワケかよ」
「メインは一年生だからね」
旧都の流行はわからないけれど、あの辺の衣服であれば多少古くても馴染むと思うしそれなら紛れられる。それに教官がいなくなったら代わりに二年生が来ているなんて、自尊心を傷付けかねないというのもあるわけだし。どういう意味でも私服で行くべきだ。
バイク動かすから先行ってろ、と言うクロウの言葉を了承して走ると、本校舎入り口辺りで声がかけられる。振り向くとヴァンダイク学院長とマカロフ教官が立っており、心臓が多少なりとも縮んだ気がした。本日学院長は見ていなかったけれど、今回のことで急遽来られたのだろうか。
「忘れもんだ」
固まる私など知らぬ存ぜぬでマカロフ教官から投げられた何かを反射的に受け取り見ると、青い腕章。もちろんトールズを表す有角の獅子紋の刺繍が施されているそれ。
落とした視線を上げると、ヴァンダイク学院長が頷いていらっしゃって。
「君のその選択を、ワシは尊重しよう」
────それは、学院の人間として動けということ。
「……っ、はい、行って参ります!」
両の踵をつけ、背筋を正し、お二方に敬礼して走り出す。
学院長に進言してくれたのはマカロフ教官だ。いつもはめんどくせえことをするななんて言っているのに、それでも私たち生徒のことを見てくれている。そうして、必要ならその背中を立場を以て支えてくれる。あの人の生徒でよかった。この学院の生徒で、本当によかった。
だから私はこうして跳べるのだと思う。
結論として、旧都組を発見した後、問題に巻き込まれはしていたけれどそれを解決するところまでただ見届けるだけに終わった。私の介入は特に必要なく、それでよかったと思う。
公都へ行った教官とは旧都を発つ夕方前に連絡がつき現状のやりとりをし、B班が直面した革新派と貴族派の問題は、程度の差はあれどA班が直面させられたものとタイプとして似通っているという結論に落ち着いた。穏健派と名高いハイアームズ侯爵閣下のお膝元でよくやるものだと嘆息するしかない。
しかしここに来て帝国内の二大派閥の確執が酷くなってきているのは偶然なんだろうか。どうも言いようのない不安が削りクズのように胸へと落ちていく。
『まぁ、何にせよ君がいてくれて助かったわ』
「私は何もしていませんよ」
事実、私はただ彼らを見ていただけだ。何をすることもなく。私が存在することで風の動きその他自然環境に何らかの変化はあったかもしれないけれど、その程度で、大勢に影響はない。はず。
『いいから、誇りなさい。あたしが動くと信じて、君は補佐として最良の動きをしてくれた。それは間違いのない話なんだから』
「教官が生徒を見捨てるわけがないなんて、一年前から知ってますよ」
私が軽口を叩くと、通信口でころころと笑われる。
『準備やバックアップや心配なんて、無駄になるくらいでちょうどいいのよね』
「それはわかります」
何かが起きてからではあまりにも遅い。未然防止にコストを割くというのは、うっかりすると意味のないものだと削減されかねないものではあるけれど、防止出来なかった時のことを考えると削るべきではないものだ。
手があったというのに自らその機会を逸し、失ってから気が付くなんてことは愚かだろう。
「では教官、また学院で」
『ええ』
1204/06/04(金)
「……公都地下水道にて領邦軍は手懐けた猫型魔獣を使って退路を、か」
教官から渡されたレポートを読んで、既視感のある文言に眉を顰めてしまう。去年、私たちがルズウェルで検挙の一端を担ったあの事件は、確かアルバレア家が巻き取ったのではなかったか。
貴族が手に入れたものをどう使うかなんていうのは平民にはどうしようもない話ではあるし、そのことについて私が罪悪感を覚えるというのはお門違いも甚だしい。
それでも自分が成したことの結果をこういった形で目の当たりにして何も思わないというのは、気質的に無理な話でもある。
嗚呼、やっぱり強くなりたい。なっていこう。
多少なりともわだかまりを消したVII組を見習って。