[完結]わすれじの 1204年   作:高鹿

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08 - 06/02 雨の季節

1204/06/02(水) 放課後

 

「雨降ってんじゃねえか」

「だから入りに来たんじゃないの?」

 

本校舎入り口で、ぱんっ、と昼から雨だろうと持ってきた傘を開いたところでさも当たり前のように左隣へクロウがやってくる。その手には傘などの雨具はなくて、というよりこの一年で傘を差している姿なんて殆ど見たことがないのだけれど。まぁ走れば10分かからず寮とは行き来が出来るのだし、その方が楽という考えもあるだろう。

他人の傘をアテにしないのなら。

 

「はい」

「おう、あんがとな」

 

開いた傘を渡せばやっぱり当たり前のように柄は右手に受け取られ、私は鞄が濡れないよう前に抱え、そうして二人で歩き出す。背の高い相手に傘を差すのは大層面倒だし、クロウ側も何だか歩きづらそうだったのでそれ以降はずっとこんな感じだ。

傘に当たる雨の音がいつもより遠い。

 

「傘絶対に持ってこないよねえ」

「持ってねえもん」

「いい加減買わない?」

「……そんなにイヤか?」

 

問われて、嫌ではないのだけれど、もし私がいなかったら別の人の傘に入るのかと考えるとちょっとそれは嫌だろうなと思う。思ってしまう。別にクロウは私と傘に入る約束をしているわけでは決してないのに。

 

「私が風邪ひいたりして欠席した日に雨が当たったらどうするのかな、とは」

「そりゃ単に走るわ」

 

走るのか。雨の日に坂道を走るのはそこそこ危ない、というのにクロウが気が付かない筈ないので理解した上でやるんだろうけれど、近しい人間としては止めるべきかもしれない。

 

「危ないよ」

「んー、じゃあ他のヤツに入れてもらうとすっかな」

「……」

 

クロウなら、それぐらい朝飯前だと思う。何だかんだいろいろやらかしているとはいえ、どうも憎めない笑顔で人の懐へ入るのが絶妙で、頼めば断られることはあんまりないだろう。そして断られない相手を見極めるのもクロウにとっては然程大変なことでもない。

────だけど、たぶん、これは、意地悪をされた。

 

坂道に差し掛かったところで歩行速度が緩み、籠る雨の音が遠くなり、生の音が近くなる。そうして傘は差し出され、また傘の雨音が。濡れた片方の肩が目に入り、そんな風に制服を汚すならやっぱり自分の傘を持ってくればいい、なんて可愛げのないことを考えてしまう。

 

「……それはいやだなぁ」

 

それでもクロウが何を私に言わせたいのかは分かっているし、仕方ないからそれに乗っかろうと鞄を強く抱き込みながらぽつりと内心をこぼす。だけどもクロウは反応を返してくれない。みなまで言わないといけないのか。

 

「クロウが、他の人とひとつの傘に入るのは、たぶん妬く」

 

それが女性であれ男性であれ、生徒であれ教官であれ町の人であれ、こんな近しい距離感で10分も20分も歩かれたくないというのが私の、本当に個人的な願望だった。

いつもの面子ならそれは思わないかもしれないけれど、ジョルジュと二人というのは物理的に難しい気もするし、アンは共に歩きたがらないだろうし、トワに至ってはどちらが傘を持ってもお互い酷い目にしか遭わないのが目に見えている。だから除外しよう。

 

「でも私にはそれを禁止する権利はないんだよ。体調崩す可能性もあるし」

 

たとえ恋人であっても、お願いこそすれ行動を制限していい理由にはならない。加えて風邪をひく可能性があるとなったら、病気しないで欲しいというのが一番の願いになる。

 

「……何その顔」

 

沈黙が続くので見上げるとクロウは何かに耐えるように、ぎゅっ、とした表情で眉間に皺を寄せておりどういう感情表現なのか全然わからない。

 

「いや、あんまりにもお前が可愛いから」

 

その物言いがどうにもこうにも癪に障って、まともに話す気がないなら帰る、とまた雨の下へ歩き出した。慌てて追いかけてくる声に耳なんて傾けてやらないと決めて、早歩きにするとやっぱりそれでも追いついてきて、そんなことを繰り返すうちに寮の扉を開いた頃にはもう殆ど走る羽目になっていた。転ばなくて良かったと心底思う。

 

ぜぇはぁと呼気を荒げながらもバサバサと傘を外に向けて雨露を払うクロウの隣で、私も必死に呼吸を整えていた。あらかた水気を飛ばし終わったところでクロウと視線が合い、緊張が解けてしまって思わずお互い笑い出す。何事かとこちらを見る寮生もいたけれど申し訳ないことに気を払う余裕なんてない。

意地の張り合いにも程があるけれど、数分前までは本気の本気だったのだ。

 

「いやー、悪い。悪かった。ちっとでも嫉妬してくれたら儲けもんだと意地の悪いことを」

「分かってたけどちゃんと言ったじゃん。応答してくれなかったのはそっちだよ」

「ほんとにな」

 

へらりと表情を崩すものだから、本当にわかっているのか疑わしい、なんて返しつつ肩に鞄をかけ直して傘を受け取り手洗い場へ。水で手を濡らし石鹸を手に取り泡立てしっかり両手を洗っていく。

 

「私たぶん、かなり嫉妬深いよ」

 

おそらくクロウが理解してくれている以上に。まぁクロウが私のことをどう考えているかだなんて推測に過ぎず、実際のところはわからないけれど。

 

「ま、それはお互いさまだっつう」

 

どうだか。返事は特にしないで備え付けのタオルで手を拭いて歩き出し、揃って階段へ。

 

「セリ」

 

すると私が三階に上がろうと方向転換した瞬間に声が聞こえ、呼ぶならもう少し早めに、と振り返ったところで掴まれた二の腕に、冷えた額へ温度。至近距離にいたクロウが顔を覗き込んできて、赤い瞳と完全に視線が交差する。心臓が完全に跳ねた。

 

「オレも、結構いろんなもんに嫉妬してんだかんな」

 

クロウは言い逃げるようにそれだけ残し、自分の部屋へと一目散に戻っていった。

……周りには、そりゃ、だれもいないけれど、三階の廊下にはすこし人の気配がある。だから顔の赤さが多少マシになるまで私は二階の踊り場に背中を預けてとどまることを余儀なくされてしまった。

かけた鞄の持ち手に、傘を片手に、両手が簡易的に塞がっている状態で額とはいえキスをしてくるなんて、やっぱりクロウはずるいと思う。私が嫌だと思わないところまで見透かされているんだろう。

 

 

 

 

1204/06/12(土)

 

「今年もこの季節が来ちまったなぁ」

 

放課後に技術棟の机を借りながらクロウ・ジョルジュ・私の三人で勉強をしているのに、クロウはといえば机に頬をつけてだらりと溶けている。初夏と呼ばれる季節とはいえ、まだまだそんなに気温が高いわけでもない。RF社は今夏に室内温度調整導力器の新型を発売するようで株価が上がっているけれど、たぶんそういうのは必要のない気温だ。まぁそんな高級品が士官学院に常設されるわけもないのだけれど。

だからこれは単にやる気が出ないという話だ。たぶん。

 

「今年もしっかりパスしてくださいよ、クロウくん」

「……努力は、する」

「一緒に卒業したいんだけどなぁ。ね、そうは思わない?」

 

煮え切らない返事をするクロウにため息をついて、その隣でノートを広げているジョルジュに話を振れば、そうだね、と頷いてくれた。

 

「仮にクロウが留年したら来年の卒業式に全員で来ようか」

「それいいアイデア」

「勘弁しろや」

 

心底嫌そうな顔してむくりと上体を起こすものだから、思わず笑うとジト目で睨まれてしまった。いやでもガイウスくんたちと並んで式典に出席するクロウは面白いからちょっと見てみたい気もする。一緒に並んで卒業する方が嬉しいから比べられないと思うけど。

 

「そういえば例のリィンくんに導力バイクの試運転頼むんだっけ?」

「そうそう。トワ経由で依頼を出す予定でね」

 

生徒会が受け持ちきれなかった生徒やトリスタでの依頼をこなしてくれるリィンくんは、校内や町で聞く評判も上々で、何なら突発的に発生した困りごとなども解決してくれている節さえあるらしい。実習地ででさえも。まるで昔のトワを見ているようだ。

 

「RF社が商業的に利益が見込めると思ってくれたら私が乗れるバイクも出るかな」

「可能性は十分あると思うよ」

「その時のために整備もうちょっと一人で出来るように……クロウ、どうしたのその顔」

 

バイクを転がしながら一人で旅をするなら、整備技能は必須だ。カリキュラムとして工学系授業もあるし、ジョルジュといういい指導者がいるのである程度の分解・清掃・交換などは出来るようになってはいるけれど、もう少しその辺の腕も磨いておきたい。のだけど。

クロウがちょっと納得のいかないような顔をしているので首を傾げてしまう。

 

「別に。お前が一人で乗れるようになったら抱きつかれることもなくなんのかって」

 

先月末のVII組特別実習の日、急いで旧都へ向かうということでクロウが操るバイクの後ろに乗せてもらったことを言っているんだろう。

 

「……並走は嫌?」

「それも悪かねえけどよ」

 

二人で一緒に風を切るというのもそれはそれで楽しいんじゃなかろうか。少なくとも私はそう思うけれど、クロウ的には私は後ろに乗せたいらしい。アンもトワを乗せたがりなので、やっぱり二人はちょっと似ている。

 

「一応アタッチメントパーツとして、サイドカーっていうのを考えてはいるけどね」

「サイドカー?」

「バイクに取り付ける一人席、みたいなものかな」

 

立ち上がったジョルジュがカウンターの方へ向かい、一冊のファイルを取り出し該当箇所を開いて渡してくれた。そこには揺り籠のようなフォルムのものがバイクに取り付けられている絵が完成ラフとして描かれている。

なるほど。これなら今の形よりも景色に集中出来るし、何なら運転手の方も多少は気兼ねなくなるかもしれない。だけど。

 

「これハンドリングの感覚結構変わるよね?」

「そう、そこが目下の調整点でね。ある程度は机上の計算でどうにかなるけど、最終的には実物作った上でまた試行錯誤かな」

 

パトロンにアンゼリカがついているからこそ出来る手法だなぁと苦笑する。でも開発人数が少ないなら実物からデータを取るというのはある程度仕方のないことだ。

 

「RF社に研究成果渡す時はちゃんと契約交わしなよ?」

「とは言ってもグエンさん……RF社の会長から研究を引き取ったものだからねえ。僕が発明したものではないし」

「それでもカタチにしたのはお前だろうがよ」

 

頬杖をついて私たちを見ていたクロウがそう口を挟んでくる。するとジョルジュは私の手からファイルを抜き取り閉じて、その表紙を撫でた。

 

「お前、じゃなくて、五人全員で、だよ」

 

静かに訂正してファイルを戻しにいく背中を見て、クロウと二人で顔を見合わせる。本当に、全員が全員を好きすぎるよなぁ、なんて。私も人のことは言えないけれど。

 

「ま、サイドカーが完成してもクロウの要望を満たすことは出来ないだろうけどね」

「話戻さなくていいんだわジョルジュ」

 

席に帰ってくると共に落とされた言葉にはやっぱり私は首を傾げるしかなく、一緒に出かけるという点で言えばバイクで並走する方がこう、機動力が上がるんじゃないかと思うわけで。すると行動圏内も広くなるのでいろんなところにいけるようになる。

ARCUSの通信機能を応用すればバイクに乗りながらでも会話とか、うん出来そう。その為にはやっぱり耳介装着式通信機の汎用度を上げる研究の手伝いをしなければ。

 

「好きな女の子を後ろに乗せて走りたいって欲求は男のものなのかな」

 

思考の淵に立っていた私の耳にするりと入り込むようにそう告げられて、クロウの顔を見て、あっそういうことかと顔の赤さが伝播する。

 

「……ご、めん」

「謝んじゃねえよ逆に恥ずいだろ」

「いやジョルジュよくわかったね」

「アンを見てるおかげかな」

 

ジョルジュの中でもその二人はわりと同列というか、同じカテゴリに入っているらしい。すごくよくわかる。私もそれを感じることがままある。

 

「じゃあクロウ、自由行動日の次の日曜日にルナリア自然公園チャレンジしよっか」

 

自由行動日の日は導力バイクの依頼があるので、出来れば立ち会いたいという気持ちがあるし、たぶんそれはクロウも同じだと思う。ジョルジュもわかってくれているので、二人で自由行動日に行ってきなよとは言わないところが何というか、安心する。

 

「VII組の実習と被ってねえか? 絶対何かあんだろ」

 

苦々しく発せられた言葉は、確かにここ二ヶ月のことを考えると十分考えられる話だ。

 

「それに関しては詳しく言えないけど、多分大丈夫だと思うよ」

 

教官補佐として来月の実習活動地まで聞かされているけれど、何せ今回は両方とも恐ろしく遠いところになる。海都オルディスとノルド高原。一つは国境越えで、一つは帝国主要都市最西端の街になる。仮に何かあったとしても私の出番ではまずない。はず。

いや先月は完全に自分で首を突っ込んだ話ではあるのだけれど。

 

「……ゼリカにバイク借りるってお前から言っとけよ」

「うん。断られたら鉄道で行こうね。それもきっと楽しいだろうから」

「仲良いねえ」

 

しみじみとした風情でジョルジュが言うものだから、こんなもんじゃない?、と返すと、わりとド直球に惚気てると思うわ、とクロウが手で顔を半分隠しながら耳を赤くして呟いた。

 

そういえば私にとっての『他者に見せていい恋人関係の距離感』というのは、もしかしたら叔父叔母夫婦なのかもしれないと思い至る。

確かにあの二人は長年見ていた私でさえも仲がいいと感じる二人に違いないので、無意識でもそれを参考にしているのだとしたらジョルジュの感想も納得のいくものになる。というか家族に見せる姿とそうでない姿ってのもまた異なるわけで。

 

「困るなら控えるようにはするけど、そういう話じゃないよねぇ」

「そういう話じゃねえなあ」

「方向性が多少修正されて何よりだよ」

 

三人で頷き合ってとりあえずこの話は終わることにした。

月末が待ち遠しいけれど、とにもかくにも今は目の前のことだ。

 

 

 

 

1204/06/15(火) 中間定期考査前日

 

「あれ、そういえば今日だっけ」

 

しとしとと雨音が外から聞こえる生徒会室は試験前ということで生徒会としての活動は"公には"停止しているため生徒会役員は居らず、トワとアンと自分だけでかなり静かなものだった。

 

「うん? 何かあったかな」

「第三学生寮にメイドさんが派遣される話があってね。学院長へ挨拶に来るとか何とか」

 

ラインフォルトの名を冠する生徒がいるせいか、RF社の会長直々にメイドを派遣するという連絡をサラ教官が貰っていた筈だ。まぁ第一でも家から侍従職の人を引き連れて来て第一で仕事をしてもらっている人も多くいる。というか大半がそうだろう。二年にいるフロラルド家の方に至っては校内でも連れ歩いている始末だ。

第二にそういう人材がいないのは単に『人を雇うことが一般的ではない』というだけで。であれば第一に降りている許可が第三で降りない道理もなく、奇妙な案件では全くない。……ただそれが理事職の人間からの通達でなければ、の話だけれど。

 

「セリちゃんの記憶通り今日だね。実際に働くのは中間試験後からみたいだけど」

「そうなんだ。試験前に生活環境変わらないようにっていう配慮かな」

 

他人が自分の生活領域に入ってくるというのは多少なりともストレスのかかるもので。それが新しい相手であるのならば尚更。

 

「ふむ、やはり第二に管理人がいないというのは些かアンバランスさを感じるな」

 

アンが腕を組みながらそうこぼす。話題に出た第二に住んでいるトワと私の視線を受けながら彼女は言葉を続けた。

 

「定期考査で概ね貴族生徒が上位を占め、平均値によるクラス順位も例年I組がトップだ。だがそれは単に貴族が優れているという話ではなく、結局のところ"注ぎこめる時間の違い"が如実に現れているだけなのでは、とね」

 

第二は基本的に自分のことやあるいは寮のメンテナンスまで含めて、寮生活で起きる大体のことは自分たちで行うことになっている。それは正直平民であれば多かれ少なかれ家のことをやってきているので変だと思ったことなどなかった。

けれど指摘されてみればなるほど。貴族生徒は身の回りや寮のメンテナンスに時間を取られない。その浮いた時間を何に使うかは無論当人の判断によるけれど、それでも平民クラスの人間よりは勉学に割ける時間は必然的に多くなると言う話だ。

 

「……そうなんだよね。第一には学院側で雇った管理人の方がいらっしゃるのも確かな話で、第二にはその役割の方がいないっていうのは今の帝国を表しているようにも見える」

 

肯定するトワの言葉。つまり、貴族と平民の不平等さ。

貴族が権力のみを持っているとは到底思わない。領地を持つと言うことは、その土地に住む領民を保護する義務が発生する。そのバランスを取って領地は運営され、平民は安寧を享受する。

けれど学院という一応平等の体を取っている生活の場でそれは通るのだろうか。あからさまに貴族生徒へお金がかけられ、平民は自分で何とかしろ、という慣習が罷り通ってそのままになっているというのは、根本的にその不平等さが空気のようなものだからなのでは、と。疑問に持つことすらない。さっきまでの私のように。

 

「ミクロに見えて結構マクロな話だねぇ」

 

それに言及するということは学院の根本的なところへナイフを刺しこむと同義だ。

例えば二百年ほど前は入学は男性のみで、特に平民は従士としてだけ在籍が許されていたわけだけれど、その従士という条件は撤廃された。撤廃の際、『従士は騎士に従い、騎士は領主に仕え、そして領主たちの上に立つのが皇帝であるべき』という帝国の伝統を重んじる意味でかなり難航したようだ。

そうして時代はさらに下って、その入学権利を女性にも広げるべきだと叫んだ生徒会長はその理念を継いでくれる相手を指名し、そうして入学条件の緩和以上に何年も何年もかけてそれを学院に認めさせた。そういう戦いの記録が何度となく残っている。

この話も管理人の有無という現実問題だけではなく、幾重にも折り畳まれ圧縮された帝国の身分社会の一端をほどくことになるだろう。

 

「うん、それでも」

 

トワは決して貴族と対立したいわけじゃない。現に、平民への見下しを隠そうともしない相手だとしても温厚に接し、最終的に毒気が抜かれているのを見たことがある。だとしても、学院という場でそれが許されていることの是非を問わなければならない、とそう。

 

「フフ、トワには貴族の隠れファンも多いから狙い目じゃないか?」

「────もう、アンちゃん! 真面目な話してたのに!」

 

固い声で視線を落としたトワに対し、いつものノリで軽口を叩いてアンは笑う。ああそうそう、こういうところ。わかってて茶化すというか。そういう意味でもクロウとアンは似ていると思う。だからこそ一年前に殴り合う羽目になったのかもなと。

 

「まぁアンの冗談はともかく、私たちも関わるよ。友人としてだけでなく、学院生として」

「冗談とは失礼な。私は至って本気さ」

 

そんな風にいい塩梅に空気が弛緩したところで、こんこん、と控えめなノックが聞こえた。

 

「はい、どうぞ」

 

トワの許可に呼応して、失礼します、と顔を覗かせたのは赤い制服を身に纏った黒髪の生徒。リィン・シュバルツァーくんだ。生徒会からこぼれた依頼を抱えて走り回ってくれているということで、トワとはそれなりに面識があるんだろう。

 

「あ、リィン君!」

「すみません、お邪魔でしたか?」

「ううん、そんなことないよ。来てくれて嬉しいな」

 

にこりと笑うトワに対して、よかったです、とリィンくんも微笑むので更に場の空気が和やかになっている。何だかふわふわと似ているこの二人をアンと一緒に眺めているというのも悪くはないかもしれないけれど、雨足が強くなる前に帰寮しよう。拾っていかないといけないのもいるし。

 

「そろそろ帰ろうかな。また何かあったら呼んで。呼ばれなくても来るけど」

 

事実今日だって生徒会が休みだというのに生徒会室へと向かうトワを見かけたから来たようなもので。生徒会に教官陣が執拗に働きかけるのも、それはそれで生徒自治組織として形骸化の一歩を辿ることになるので難しい話だ。それにトワの成績が優秀すぎて口を挟む隙がないというのもありそう。

 

「ありがとう、セリちゃん……あっ、そうだ」

 

何か思いついたようにぱたぱたと執務机から出てきたトワは私の隣に立った。

 

「リィン君、こちらがサラ教官の補佐をしているセリちゃん。もしかしたら話は聞いたことあるかもだけど、まだ面識はなかったよね?」

 

すると目の前の彼は思い当たることがあったのか、そういう表情になった。レポートに書かれていないことは確認済みなのでガイウスくん辺りから聞いていたのだろう。であれば口調もその辺に合わせておいた方がいいかもしれない。

 

「初めまして、二年のセリ・ローランドです。紹介の通りVII組教官補佐をしているけど、あんまり気負わないで貰えると嬉しいな」

「リィン・シュバルツァーです。いつもお世話になっているみたいで、すみません」

「うん? 後輩は先輩の手を借りていいんだよ」

 

とは言いつつ、私はあまり先輩という存在と交流したことはなかったけれど。なんせ一人部活だったし周りにいる面子に振れば大体何でもできてしまうので、相談するならそっちの方が近いというのもある。

まぁ私が進んで手を貸したいと思った事に間違いはないし、そういう相手の力は気にせず借りておいた方がいい。

 

「そうそう。セリは頼られるのが好きだからね」

「クロウにも似たようなこと言われたけどそんな実績はない……はず」

「ふふ、それは補佐になってる時点で説得力ないかなあ」

「トワまで!」

 

そんなに身を粉にしていた記憶もまるでないのだけれど、三人にそう評されているとなれば自覚を改める必要があるかもしれない。と呻きそうになったところで、あはは、と笑い声。見ればリィンくんが少し表情を崩している。

 

「先輩たちって仲がいいんですね」

「うん、だって去年ずっと一緒にいたもん」

「ああ、前にクロウ先輩やトワ会長が言っていた最後の一人ってもしかして」

「あの時の話題ならセリのことで間違いないよ」

 

何やら察するに他の面子がリィンくんと遭遇した時にそういう話になったようだ。まぁ四大貴族と平民の間柄で大層仲がいいのを見たら気になるだろうし、となればその辺の話題が出るのもわかる。

談笑しながらちらりと窓の外を見て、僅かではあるけれど音が強くなってきているのを確認。

 

「それじゃあクロウ拾って帰るから、私はお暇するよ」

「そっか、引き止めちゃってごめんね」

「大丈夫大丈夫。むしろ助かったぐらいだし」

「クロウ先輩なら技術棟の方にいましたよ」

「そうなんだ。ありがとう」

「足元には気をつけて帰りなよ」

 

そんな感じで三人へまとめて挨拶をして、私は生徒会室を後にした。

……本人には絶対に言わないけれど、こうして迎えに行くのはなんか、悪くないな、なんて。

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