詐欺師トレーナーはトレセン学園で信頼を集めて大勢から大金を奪うつもりのようです 作:kinmoru
特定の職業には、ならではの“臭い”がある。
例えば消防士からは黒ずんだ肌と鍛えぬかれた体によって生まれる臭いが。例えば漫画家からは誰かを常に観察する臭いが。例えば詐欺師からは人を騙すための笑顔の臭いが。
そして、刑事からは何者も信頼せず周囲を威圧させる独特の臭いがする。
私が理事長室の前を通った時、確かにそういう臭いがしたのだ。ハッキリと、色濃く。
それから思わず後ずさりするような怒声が響き、その中に紛れたしわがれた声に私の脳内細胞は敵の来襲を認識し警報を鳴らした。
私は改めて扉に近づき、耳を澄ませる。
「拒否っっ!! お帰り願いたい!!」
「良いんですかい? あんた必ず後悔しますよ」
「心配無用! たづな、この刑事さんを玄関までお見送りしてくれないかっ!」
やはりそうだ。奴だ。奴が嗅ぎつけたんだ。
扉の向こうに気配を感じたので慌てて離れる。すぐに扉が開き、トカゲのような顔つきの痩せて汚れた目の男と駿川たづなが出てきた。駿川たづなの顔も笑顔に見えるが、明らかに冷たい。
私は男の姿が完全に見えなくなったのを確認してから理事長室へと入った。
「理事長、どうされたんですか?」
「う、鵜海君……! なぜここへ!?」
「たまたま前を通りかかったら、何やらトラブルのようでしたので気になりまして」
秋川やよいには私への疑惑を感じさせる目つきは無い。どうやら奴もここまでは辿り着いていないのか、あるいは敢えて言わなかったか。
「むう……恥ずかしい所を見られた、いや聞かれてしまったな。すまない」
「さっき、刑事さんと聞こえましたが」
「確かに警察手帳を持つ本物の警察官のようだったが。しかーし! あんな不躾な警察官を私は警察官と呼びたくは無い!」
随分な怒り方だ。まあ、奴と対峙すれば誰だってそうなるだろう。私がよく知っている。
「あの刑事は突然来訪し、あろう事か学園に偽の資格を持つ者がいると言ったのだ!」
ゾワリと背骨を撫でられた気分だ。
「偽の資格……まさか、そんな事」
「うむ! 絶対にありえん! そして全トレーナーを取り調べるなどと言い出したから、決裂! お帰り頂いた!」
理事長が勢い良く扇子を開くと、同じように力強い字体で『決裂っ!!』と書かれている。
「我がトレセン学園に偽者などいない! 全員がウマ娘に対して真摯に取り組む本物だ!」
残念ながらその見立ては間違っている。私は資格を偽造して学園に潜りこんだし、ウマ娘に対して真摯に取り組むつもりもない。
秋川やよいは理想主義者だが、やはり経営には向いていない。だが、操るのには好都合だ。むしろ、私が経営を握るにも駿川たづなの方が邪魔と言える。誤った理想を見せて夢を追わせて金を使わせるのは心が痛まず利益も多い。
それはともかく、今は奴の調査と排除だ。
私は理事長の机に置かれた紙片を手に取った。それは刑事が犯罪捜査の際に配る名刺だ。裏面には携帯番号が記されている。
表面[警視庁捜査二課
裏面[080-9180-8031]
「これは……」
「ああ、あの刑事が置いていったものだ! 悪いがシュレッダーにかけてくれ!」
そのまま私は追い出されるようにして理事長室を後にした。紙切れ1枚と渦巻く暗謀を手に。
確かに、秋川やよいの言うとおりこれは確実に徹底的に“処分”しなくてはいけないだろう。
私の持つトレーナー資格、即ち中央指導員資格は当然正規の手段で手に入れた物ではない。だが完全な偽物でもない。
全く試験を受けずに資格を新規申請すれば簡単に不正がバレるだろう。だから私は既存の資格の情報を書き換えて自分の物にした。
何かの事情でトレーナー資格を売った──大抵は端金のためだが、人間は僅かにいる。そしてそういう供給と私のような需要を結びつけるのが裏社会のコンビニたる『横流し屋』だ。
横流し屋とは文字通り、拳銃から覚せい剤までなんでも横流しをする職の事をいう。横流し屋は金さえ積めばこうした資格証でも横流しをする。
では、横流しされた資格証をどうやって上書きするのか。それは実に単純で、インターネットで自動申請可能な登録変更システムを用いるだけだ。横流しの際にはその資格証だけでなく、協会の専用サイトへアクセスするIDやパスワードも付随する。私はそれを基にして名前を上書きした。そうすれば“新古品”の偽造資格証が出来上がる。
中央指導員資格はトレーナーという特異な職に関わる物なので資格証のカード自体に個人情報は記載されない。一見すると柄のついたプラスチックのカードでしかないのだ。その情報は専用の端末で読み取った時のみ現れる。なので万一紛失した場合でも即座にトレーナー個人と結びつく事がないため、その担当ウマ娘に被害が及びにくくなっている。また、仮に紛失した場合はその資格証の凍結と別の番号による再発行が行われるのでクレジットカードのような仕組みだ。ただしこの凍結による再発行にはペナルティがつくので、凍結を怠ってただのカード汚損として同じ番号で再発行する者もいる。この瞬間に有効な資格証が増える計算となっている。
世に出回る偽造中央指導員資格証はこういう出自のものが大概で、よって必要な情報は付随せずただのコレクションアイテムか或いは一時的な犯罪利用にしか用いられない。
但し、稀に本物の中央トレーナーが金のために資格証を他の情報と共に売る事がある。それが横流し屋を経由し私の手に届いたのだ。
(だとしたら柳田の野郎、どっちを崩したんだ)
柳田という狡猾な刑事と私は浅くない因縁関係にある。が、しかしそれを回顧する暇はない。
重要なのは柳田が私の喉元まで迫っているという事。まさしく生命に関わる自体だ。
しばらくして頃合いを見計らっていた私は電話をかける事にした名刺に書かれた番号を見ながらダイヤルする。
(3581……4321と……)
私は意を決して相手の応答を待った。
《こちら、警視庁代表番号総合受付です》
「わたくし、日本ウマ娘トレーニングセンターに勤務する鵜海晴希という者です」
《ウカイハルキ様ですね。お電話頂きありがとうございますご用件はなんでしょうか》
「捜査二課の柳田様をお願い致します」
《かしこまりました。少々お待ちください》
保留音が流れると共に、私はパソコンの画面を見て再度番号を確認した。警視庁のホームページに掲載されている番号と同じである事をだ。
名刺の裏に書かれた携帯番号、さらには表に書かれた番号も信用出来ない。だから安全であろう代表番号に電話したのだ。
やがて、保留音が止まり受話器を上げる音がした。私は緊張を一気に高める。
《はいよ、こちら柳田ですが……ウカイさん?》
「はい。鵜海晴希です」
《ふーん、学園のお偉いさんて感じの声じゃないね。するとあれかな、トレーナーて奴かな》
「ええ、そうですが」
《わざわざ電話してくるという事は、アンタが偽者という事で良いのかな?》
この他者を初めから犯罪者と決めつけて揺さぶりをかけ罠に嵌めるやり口、あの時と何も変わっておらず変わらず脅威だ。
「なんの話ですか?」
《まあとぼけるよな、普通はそうだよなあ》
「私はただ、理事長の所に刑事さんが何用だろうと気になっただけです。それでこの番号に電話しただけです。偽者ってなんですか?」
《この番号に、ねえ……アンタ名刺は?》
「名刺? なんの事ですか? 私は名前しか理事長から聞いていないのですが」
《ふうん……》
私は指先で名刺をクルクル回しながら次の一手を待った。こちらから動く事が出来ず、柳田に支配された空間での戦いは疲弊する。
《まあいいや。じゃあウカイさん、アンタを犯人と仮定して話を進めよう。それが俺のやり方なんだ。気を悪くしないでくれよ》
「……分かりました」
とんでもない提案だが断るわけにもいかない。今の私は国家に歯向かう事を許されない善良な一般市民を演じなくてはならないのだ。
《まあ簡単に言うとね。裏社会にはブローカー、つまり仲介人がいてさ色んなのがいるわけよ。それでこの前その中の1人を捕まえて締め上げたんだけど、面白い事にソイツ珍しい資格専門のブローカーをやっていたんだよ》
柳田の言う締め上げたとは、本当に相手の首を絞める拷問を行ったという意味だ。奴はそういう事件捜査を行う刑事なのだ。
《それでさ、ソイツが流した資格を調べたらその中に中央指導員資格があったわけよ。それで我々はアンタ、ウカイさんがその偽の資格を使っているんじゃないかって疑ったんだけどね》
これは挑発だ。無視しなくてはならない。
(横流し屋が摘発された……ならば流した奴を消すか)
中継に手が入ったなら、その元を消すのが最善だ。
「だから、理事長を訪ねたと」
《ああ。ただあのクソガキ、肩書きに酔いしれやがってさあ俺の提案を断りやがった》
恐らく、面と向かって同じような事を言ったのだろう。それが柳田の得意戦法とも知らずに秋川やよいは見事引っかかった。
基本的に、柳田に反抗するのは望ましくない。柳田は独自の人脈網を利用し国家権力を行使してくる。過去に私が奴に狙われた時、それはとある大学病院の事だった。柳田は病院内を強制捜査し私を炙り出すために、無関係の医師数名による医療ミスに見せかけた集団殺人の冤罪を作り出して病院に乗り込んできた。私は間一髪逃げ出していたが、その後病院がどうなったかは想像に固くない。トレセン学園だって同じだ。
柳田光一郎は鼠1匹を炙りだすのに山を燃やす。鼠は逃げても燃えた山は元に戻らない。
つまり“私”という詐欺師がいるという確信を持ち秋川やよいに接触した柳田は、秋川やよいの勇気ある抵抗と反抗によって山を焼く事を視野に入れ始めているのだ。
私がその脅しに屈しないと分かっていて。ただの嫌がらせじみたやりかたとして。
《そんでよ、イマイさんさ──》
イマイ、知らない名だ。間違えた? わざとなのか本当に間違えたのか、恐らく何かの意図を持って間違えたに違いない。その意図とは?
《──おっと、失礼。ウカイさんだったな》
「……はい。それでなんのお話でしたっけ」
《話も何もアンタが自白してきたんだろ?》
「あの、いつまで私は犯人扱いを?」
軽くそう聞くと、柳田はもう結構と言い捨てた。そして声のトーンが変わる。
《じゃあこっちの話をするとしよう。ウカイさんには我々の手伝いをしてもらいたい》
「手伝い……なぜ私が?」
《断るつもりなら言っておくが、俺はアンタを逮捕出来る。そうだな、私文書偽造と偽造私文書行使、それから詐欺だな》
一般人ならここで声を出す。驚くからだ。突然自分の身に降りかかった逮捕という非日常的用語に震えが止まらないだろう。
私は何かしらの罠を警戒して代表番号にダイヤルした。その方が録音等のリスクも低いと思ったからだ。しかし元より他人を信用しない柳田はこの番号すら録音する手はずを整えていたとしたら、この会話は自由に編集出来る。
(それで私を初めから犯人扱いして……!)
柳田は日頃からこうして無実の人間に逮捕という脅しをしているのだろうか。とても正義を振りかざす警察官とは思えない。
私は一般人を演じるために声を出した。
《おいおい、そう喚くなよ。俺の言うとおりにしてればアンタが逮捕される事は無い》
「何をさせるつもりなんだ?」
喉が渇く。いつも発している声がいつもと違う声に聞こえる。視界が反転しようとするのでそれを精神でねじ伏せなくてはならない。
《なーに、簡単な事だ。アンタはおれの言う通りスパイをしてくれればいい》
「スパイ……だって?」
《そうだ。アンタのお仲間に紛れている偽者を炙りだすのに協力してくれればいい》
私はその後何を言っただろうか。何かを口走った覚えもないが、普通の謝辞麗句すら思い起こせないほどに神経をすり減らしていた。
「──では、さっき伝えた番号に……」
《ああ分かったよ。また指示する》
「はい……」
《じゃあな、“山橋”さん》
瞬間、耳は沸騰し目は溶け落ち脳は蒸発した。しかしそれを悟られてはならない。取るべき行動は首を傾げる声で始まりを告げる沈黙。
山橋、それは柳田が焼いた病院で仕事をしていた時に使っていた私の偽名だ。
(どこまでも執拗で狡猾な男だ……)
そして通話は終わり、受話器から聞こえるビジートーンが私の心音と重なる。
私は今すぐに寝たかった。疲れた脳を回復させ利口な判断が出来るようにしたかった。
しかし、敵襲は終わらない。
「オメー、スパイやるのか? スゲーな!」
見上げた天井、いつもの風景、そこに張り付く不敵な笑み。不審な動き。
ゴールドシップは天井にいた。
「……何を、君は何をしているんだ?」
こちら側の声だけが聞こえていたなら問題はない。私は異常に巻き込まれた一般人だ。しかしウマ娘特有の超聴覚で柳田の声も聞かれていたとしたら? 思考する度に対応の案は無数に広がっていく。その果ては見えず終わりは無い。
「オメーもやるか? ヒードランごっこ」
「いや、断る」
「ふーん、じゃあさアタシにもスパイさせろよ」
それは悪魔の誘いか、或いは天使の微笑みか。
私はゴールドシップを信用出来ない。今までも何者も信用した事は無い。故に、罪悪感無く使用することが出来る。
「面倒に巻き込まれた。手伝ってくれると助かる。そう、君の言うとおりスパイだ」
「いいぜ、手伝ってやる。報酬はドル払いな」
「好きなのを選ぶといい」
私に何かを画策する者は1人残らず使用する。それが柳田でも、ゴールドシップでも。
「握手しようぜ、鵜海晴希」
「……ああ。よろしく、ゴールドシップ」
私達は互いに嘘めいた笑いをしていた。
気温の高まりとは反比例に体温は下降する。
→→→→→→→→→
終了時点、鵜海晴希への主要な登場人物からの信頼度(%表示)
秋川やよい75% 前話よりの変位なし
三ノ宮優歩65% 前話よりの変位なし
乙名史悦子50% 前話よりの変位なし
柳田光一郎0% (元より誰も信用しない)
サクラバクシンオー98% 前話よりの変位なし
ライスシャワー?% 信頼せざるを得なくなった
ゴールドシップ?% 協力関係?
→→→→→→→→→
オッス! オラゴルシ! 宇宙スパイゴールドシップ第1話『おしるこ』 ──銀河連邦のスパイ、ゴールドシップは全宇宙を支配せんと陰謀を働くシギーサ帝国を壊滅させるために特殊任務に従事していた。それはシギーサ帝国の地下基地にあるコンピュータにおしるこをかける事。苦難と困難と少しのラブロマンスの末にゴールドシップは任務を達成する。しかし立ち止まるな! 明るい宇宙の明日が来るその日まで走れ! いやエスカレーターでは止まれ! というわけで次回!
『詐欺師トレーナー、夏合宿に行く』
季節感? 無茶言うなよ!
絶対読んでくれよな!
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次回の更新は4月11日午前8時を予定しております