詐欺師トレーナーはトレセン学園で信頼を集めて大勢から大金を奪うつもりのようです 作:kinmoru
学園の生徒は基本的に夕食を寮で食べる事が多いらしく、開放的でモダンなカフェテリアにヒトの姿はまばらだった。豊富なメニューは食べ放題かつ料金も不要で、貧しかったあの頃であればどれ程嬉しかっただろうかと過去の記憶が蘇る。
蘇り、元々薄かった食欲はさらに薄まった。
ビュフェ形式のメニュー以外にもカウンターで注文して食べられるメニューもあり、麺料理や定食にデザートなど一通り以上の品揃えだ。
食べる物を選んで考えるのが手間で仕方なく、私は適当に目についた鯖の味噌煮定食を選んだ。注文を受けた調理師達が朗らかに笑って用意する姿は温かみがあり、そして湯気の向こうに見える追想は私に奥歯を噛み締めさせた。
受け取った定食を持って席を探す。といっても席は空いており悩む必要は無いのだが、席の数で悩む必要は無いのだが場所が問題だった。揺らつく視線の先には項垂れて箸を進める三ノ宮優歩の背中。その隣に座るか前に座るか後ろか全く別の席か、様々にシミュレーションしてみるが上手くいかない。そもそもなぜ項垂れているのかが分からない以上最適解の距離感など予測出来ない。
そもそも、相手の好感度が分からないのに近くの席にわざわざ座るというのもシチュエーションとして不自然だ。それはまるで貴方に興味がありますと言っているようなもの。もっと言えばストーキングだ。ならば通りがけに声をかけて会話する流れを構築するか、ではなんと言う? “他の方達と一緒にお食事に行かれないのですか?”などと言ってみるのも手かもしれないが、固まっていない第一印象に悪影響が出かねないだろう。
ならば、この場における最善手は──。
「あの鵜海さん、でしたよねっ」
「……はい? 私ですか?」
最善手を打つよりも、相手の行動が私のシナリオにおいて最善となった方が良い。
話しかけられたから、話す。それはとてもふへんてきでとても都合が良かった。
「あの、助けてください!」
助けを求められるというのは尚更都合が良い。その課題を解決してやる事で相手の好感度も上がり次に話すきっかけもにもなる
「私に出来る事ならなんでも」
そう言って自然に向かいの席へ座り、定食の乗った盆を机に置いて後悔した。人には助けられる事と助けられない事がある。
「これは一体……」
「私、普段生徒さん達がどんな物を食べているのか知りたくて夕食をここで摂る事にしたんです。それで私はカウンターに行って『日頃生徒さん達が食べている物と同じ量のポテトサラダをください』と頼んだんですよ。実はわたしポテトサラダが大好物で、生徒さん達が沢山食べるのはなんとなく聞いていたんですけどポテトサラダなら大丈夫かなって。でもそしたらこれが出てきて……。調理のおばさん達は減らそうかとか言ってくれたんですけど食べ物を無駄にしたくなかったので……」
例えば、50センチ近くに積み上げられた山のようなポテトサラダの完食を手伝う事は私に向いていないのだ。三ノ宮優歩の長い話を要約するとそういうお願いを私にしたいらしい。
「あの、もしかしてポテトサラダが嫌いだったりしました? そうですよね……突然こんなお願いをしてごめんなさい。えーと、私頑張りますので私の事は気にしなくても大丈夫です! アハハハ……」
また愛想笑いだ。とても、とても下手な愛想笑いで苛立ちが止まらない。
「そんなに遠慮せずとも結構です。お手伝いしますよ。とりあえず皿を2枚持ってきて少しづつ減らしていきましょうか」
「……え? 本当に手伝ってくれるんですか?」
私の仕事において好感度や信頼というのは何よりも優先すべき事だ。時には仕事相手の信頼を勝ち取るために非道な事も非情な事も行ってきた。
依頼主の敵が乗る車のブレーキに細工をするよりも、目の前にあるポテトサラダの山を食べるほうがずっと楽ではあった。
(ただ、得意とするのはブレーキに細工をする方というのは皮肉な話と言えるだろうか……)
それから2枚の皿にポテトサラダを取り分け黙々と食べる。食べても食べても減らないが、ただひたすらに食べる。されどもポテトサラダは減らず、終わりは見えない。ウマ娘というのはその代謝効率からして莫大なエネルギーが必要というのは資格試験のテキストに書いてあったが、いざそれを目の当たりにすると胃が重くなる。二重の意味で。
「私にも手伝わせて貰えないだろうか?」
突然現れたそのウマ娘は灰白い髪に灰色の耳を細かく動かして私達に投げかけた。
「ほ、本物のオグリキャップだ……!」
「そう感動されると少し……照れるな」
三ノ宮優歩の熱視線を浴びたオグリキャップはやや困り顔で苦笑しながら後ろ髪をかいた。
“怪物”オグリキャップの名はこの仕事を始める時に書店で購入したウマ娘
「君達は新人のトレーナーだな、この時期になると君達みたいに学園に慣れていない“人”が私達が食べる量のメニューを頼んでしまう事があるんだ」
顔を見合わせた私達の背中を後押しするようにオグリキャップから空腹の鐘が鳴った。
この状況における最善手は明白だった。
「お願い致します」
重なる声に頷いたオグリキャップはまだ山のようにポテトサラダが盛られた大皿を軽々持ち上げると満足そうに立ち去っていった。
そして2人の目の前には付け合わせのポテトサラダに対してメインとなる定食の盆。
ブレーキに細工する方が楽かもしれない、そんな諦めをしながら私は味噌ダレの染み込んだた鯖を箸で縦に割いて口元へ運んだ。
夜風が頬を撫でる。夜風が咀嚼に疲弊した顎を撫でる。夜風が重く膨らんだ腹を撫でる。
「オグリキャップさん、私達がカフェテリアを出る時にはもうポテトサラダ食べ終えてましたね」
「三ノ宮さん。あれ、多分2皿目です」
ポカンと口を開けた三ノ宮優歩の口を夜風が撫でて、肺へ収まっていった。
あれから苦心して皿を空にした私達は寮までの帰り道を並んで歩いていた。私は自然な人為的にこの状況を作り出そうかと考えていたのだが、以外にも三ノ宮優歩自らそれを提案してきた。私は心優しく同意するふりをしてその誘いを受けた。
半月が周りの雲を薄く虹色に照らし、歩調を合わせゆっくりと動く影が学園内の照明塔によって2つ地面を滑っていく。
「私、駄目ですよね……」
唐突なその一言に対して、私はあえて即座に返答せず次の言葉を待った。しかし待てど続きは生まれず、私は待つ間に考えた10パターンほどの会話対応から最も現実的かつ良好な答えを選んだ。
「これで生徒達の食べる量は分かったわけですし、料理も結果的に無駄になりませんでした」
「──いえ! それも、それもそうなのですが」
三ノ宮優歩は俯いて急に歩調を止めた。影も止まり時の進みが遅くなったように感じる。
「スピーチも下手で、ドジで運動も苦手で、勉強だけが取り柄で頑張って資格を取ったけど……」
恐らく『けど』の後には『三ノ宮という名前だけで判断され努力を認めてもらえない』といったニュアンスの言葉が続くのだろう。
私は愉悦で声が出そうだった。この女はかなり薄氷のように脆い精神状態で、スイスチーズのように穴だらけの心を持っている。つまりは情緒不安でそれなりの承認欲求があり、ほぼ初対面である異性の私に対して己の心をひけらかす人間なのだ。つまりとても取り込みやすいと言える。
「──! あ……ごめんなさい。今日初めて会った人に言う事じゃないですよね。また私ったら……」
そうやって不器用な救難信号を出すのは初めてではないらしい。小さく漏れた『だから私いつも嫌われるんだ』という台詞が裏打ちしている。
(便利だけど面倒だな、これは)
こういった時絶対にしてはならないのは相手を否定して追い詰める事だ。最悪死なれてしまう。深考して状況に適した言葉を作り、突発的に産まれた物として投げかけるのがマストだ。
「いえ、お気になさらず。でも三ノ宮さん、貴方はそんな自分を変えたくてここに来たのではありませんか?」
「え? 今なんて──」
「ああいや、その、ただの思いつきです。違っていたら忘れてください。そんな気がしただけで」
いつの間にか動き出した影が再び帰り道を進む。
「そう、です。そう……ここに来れば何かが変わるかもしれないと思って、変わりたくて、変わらなきゃと思っていて……だから私、頑張って……」
投げかけた言葉が相手の中にそれまで無かったとしても重要では無い。相手が信じたい事思いたい事を言えば、相手はそれを自分の中から強引に見つけ出して或いは作り出す。そうして生まれた信念や信条は強い物になる。なぜなら相手はそう思い込んで信じ込んでいるからだ。
この場合、三ノ宮優歩はトレーナーとしての経験を通じて不安定な自分を改善したいという目標を作り出した。言わば心に芯を持ったのだ。そしてそれを知っている私はその芯に絡みつくようにして信頼を得ていけばいい。実に楽な事だ。
心が通じあえているなんてとんでもない。相手の深層心理を把握しているのだから当然だ。
「頑張りましょうね三ノ宮さん」
「……はい!」
そう言って三ノ宮優歩は私に笑顔を向けた。その優しい笑顔が月明かりに混じる。純真を装った子羊の笑顔で薄い目元のシワが浮きだっていた。
「鵜海さん、聞いてもいいですか?」
「なんでしょうか」
「鵜海さんはどうしてトレーナーに?」
それは秋川やよいに近づき仕事をするため。ついでに貴方のお家ともお付き合いを。なんて言えるわけもなく予め用意しておいた模範解答を述べる。
昔からの憧れで、しかしお金が無く大学や専門学校には通えず、地方でトレーナーをする知り合いから教わりながら勉強をした、と。
話の裏を合わせるために既に地方でトレーナーをしている者へ報酬を支払って協力関係にある。高校まで遡られたとしても用意は出来ている。
そんな状況で人より思考がまどろっこしいであろう三ノ宮優歩に疑う余地などあるわけない。そんな余地を作った覚えもない。
逆に私が聞き返すと途端にその顔が曇った。
「その、多分お気づきでしょうが私の実家は三ノ宮家という大きな家です」
大きいも何も戦前どころか家歴数百年を誇る名家三ノ宮家だ。旧三ノ宮財閥の流れを組む企業や銀行は未だ多く、本核の三ノ宮グループは政財界のみらなず裏社会にも広く絶大な権力を持っている。
三ノ宮1つで戦争を興し、そして三ノ宮1つで復興させられるとまで評されているのだ。
そのご令嬢がトレーナー職とは、どう考えても忖度や賄賂があったのだろうと邪推されるのは当然と言えるだろう。私も彼女と会話しなければそう思っていたに違いない。
「私は小さい頃から家のために生きる道のみ与えられていました。とても窮屈で退屈でした。でもそんな時、家庭教師の目を盗んで見たテレビで流れていたウマ娘のレースを見て一目惚れしたんです」
私は即座に聴覚をシャットアウトした。つまらない身の上話を真面目に聞くほど利口ではない。適当に聞き流し今後に使える重要な部分のみ記憶して後は聞き入っているふりをするだけだ。
三ノ宮優歩の話を要約するとこうなる。
○昔から運動を制限されていた。
○風のように駆けるウマ娘に憧れた。
○密かにトレーナーになるための勉強をした。
○試験を受けた事がバレて家を追い出された。
○いずれ名字を捨て三ノ宮と決別したい。
どうやら家とは非常に関係が悪いらしい。本人はそれで良いと言っているが私には不都合だ。それでは三ノ宮家と仕事が出来ない。私は三ノ宮優歩だからこそ活用できるのであって、ただの優歩にはなんら興味はない。メリットがない。
私のために三ノ宮優歩は三ノ宮家と良好な関係を持っていなくてはいけないのだ。であるならばそれを計画するまで。この仕事が成功すればかけた時間も金も全て幾万倍になって帰ってくる。ただ、そのためには三ノ宮家と接触するもう1つのルートが必要になってしまった。なんにせよ時間がいる。
この計画の基幹は秋川やよいから信頼を得てその資産を手に入れる事だ。それは秋川やよいが旗揚げした新レースシリーズURAファイナルズで成績を上げる事がキーとなる。このレースシリーズには担当のウマ娘を3年間指導し一定の成果を上げる事が求められるとされている。
よって私は3年間の間に担当したウマ娘で一定以上の成果を出してURAファイナルズを制覇し、秋川やよいから資産を手に入れ、さらには三ノ宮優歩と三ノ宮家の確執を解消して三ノ宮家の資産を手に入れなくてはいけない。
(長いようで短い仕事になりそうだな)
いつの間にか話は終わっており、ゆっくりと歩いてきた私達は男子寮と女子寮へ別れるT字路に辿り着いた。三ノ宮優歩が無神経な笑みで別れを告げ、明日の再開を話す。私は完璧な応答をした。
私の企みに気づいている者はまだいない。頭上にて満遍に輝く月さえもだ。
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2話終了時点、鵜海晴希への主要な登場人物からの信頼度(%表示)
秋川やよい65% 前話からの変位:無し
三ノ宮優歩70% 前話からの変位:30ポイント↑
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オッス! オラゴルシ! 金星が月からの攻撃で壊滅しちまうなんて……くそっ! どうにかならなかったのかよ! こうなったら土星の輪の力を使って全部元通りにするしかねえ! とりあえず水星で修行だあ! って水星が氷漬け!? おいおい勘弁してくれよ! というわけで次回!
『詐欺師トレーナー、サクラバクシンオーに出会う』
絶対読んでくれよな!
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次回の更新は4月3日午前6時を予定しております