詐欺師トレーナーはトレセン学園で信頼を集めて大勢から大金を奪うつもりのようです 作:kinmoru
模擬レースというのはレース未登録のウマ娘が出走する非公式戦で、学園内にある競技場で定期的に開催される。そこは新しい担当ウマ娘をスカウトする場となっており、多くのトレーナーや生徒がその走りを見ようと競技場につめかけていた。
私はテキスト等で一通りの知識を得ているとはいえ専門の教育課程を習了した者には敵わない。なのでウマ娘のコンディションや走法について深い意見を持つ事が出来ない。よって、私は自力である程度の素質を持つウマ娘をスカウトする必要がある。そういう能力を持つ者は大抵性格面で難があったりするのだが、私にかかれば無問題だろう。
それと、ウマ娘を見る目においては活用出来る者をここ数日で私は1人確保していた。
「鵜海さん、どの娘が注目株ですかね? 例えばあの10番の娘はキレはありますけれど今ひとつ加速に欠ける気がします。あの赤いゼッケンの娘はスタミナに自信があるそうですよ。あとは──」
私が求めているのは即戦力であり、成長期待株では無い。三ノ宮優歩がそれを汲み取ってくれれば楽なのだが鈍感な彼女は気づかない。ただ、汲み取られても大変困るのだが。
《5分後に開始するのレース出走ウマ娘をご連絡致します。現時点での出走変更はありません》
アナウンスが淡々とウマ娘の名を読み上げていく。その度に隣からは熱心に書き込んだのであろう手帳を片手にした三ノ宮優歩の解説が聞こえる。そんな中、とあるウマ娘の名に観客は大きくどよめいた。どうやら相当期待されているウマ娘らしい。
「あれがミホノブルボン……! 見てください鵜海さん凄いトモですよ! カッコいい……」
私の反応が薄かったせいか、三ノ宮優歩は急に語気を強めて語り始めた。曰く彼女の脚質は本来短距離向きと言われているのだが今日出走しているのは中距離戦。つまり持久力が求められるレースだ。彼女は周囲からの短距離への勧めを断りストイックに肉体を鍛え上げ努力で持久力をつけたらしい。
私にはさっぱりだが、三ノ宮優歩からしてミホノブルボンの肢体に備わる筋肉は美しいようだ。
《──続いて7番レオデルナ、8番ミハイルワンダー、9番ライスシャワー、10番シャインコール、以上10名のウマ娘により模擬レースを行います》
全ての出走ウマ娘の名がアナウンスされ静寂が訪れる。それは不思議な緊張感を伴っていた。
《さあ、スタートしました》
ゲートが開いた瞬間、目の前を暴風が掠めた。その風は私の目が認知する前に遠くへ過ぎ去り芝の上に消えない残像だけを置いていった。
《先頭はミホノブルボン! その差は2バ身から3バ身ほど、ぐんぐん差を開いていく!》
私が出した声は第4コーナーへ差し掛かったウマ娘達への声援で掻き消され、声のみで会場が揺れていた。改めて認識するがこれは模擬レースなのだ。だから私の感じるそれは誇大な比喩表現なのだが、一応とはいえ初めて真剣にレースを見た者の反応としては適切だろう。
《ゴール!!! 一着はミホノブルボン!!!》
凝縮された時間から解放されると世界の全てが遅く感じられる。しかし現実でも経過している時間は3分に満たない。不思議な高揚感だった。
だが、スカウトには値しない。それは冷静に判断する事が出来た。理想と異なるのだ。
強ければ良いわけではない。確かにミホノブルボンは素質のあるウマ娘だ。事実、今もレース終わりの彼女に群がるようにして同期の新人トレーナーやそれを押しのけるベテラントレーナーでパドックは黒山の人だかりだ。
普通のトレーナーなら正にスカウトしたい能力と資質なのだろう。適切に指導すれば大きな結果をもたらしてくれると確信しているのだろう。だが私は指導したいわけではない。それに努力して勉強する時間がもったいない。私が理想とするのは1人で勝手に強くなってくれるウマ娘だ。いや、1人だけで最初から最後強いウマ娘だ。私は名前さえ貸せば事足りるようなウマ娘が欲しいのだ。共に切磋琢磨して努力して強くなる。そういうミホノブルボンのようなウマ娘は求めていない。
それは、果たして無茶な理想なのだろうか。それとなく意見を貰おうと思い隣の三ノ宮優歩を見てみると奇妙な事が起きていた。三ノ宮優歩は前方を見ているのだが視線が他の人間とは違っている。誰もがミホノブルボンを見る中、彼女は違うウマ娘を見ているようだった。
「誰か、ミホノブルボン“以外”に気になるウマ娘がいましたか?」
「あ、えーと……どうでしょう……」
それはやけに弱々しい疑問形だった。
「どうでしょう、とは?」
「いえその、気になるというか、目が離せないというか、離しちゃいけないというか……」
まるで言っている意味が分からなかった。詳しく聞くと混乱しそうだったので深追いはやめた。ただ三ノ宮優歩はミホノブルボンではない他のウマ娘に心を奪われた、そんな様子だった。
《さて本日、この芝2000メートルをもって最終レースとなります。3番のミセラネオンが出走取消になりましたので9人でのレースとなります》
今のところ、理想に適うウマ娘はいない。そうなる場合は多少の手間はかかるが能力の高いウマ娘を選ぶとしよう。
《スタートしました》
そう、思っていた。
《抜け出したのはサクラバクシンオー! サクラバクシンオー凄まじい速さ! 逃げる逃げる!》
先程、私はミホノブルボンの走りを見て時間が凝縮された感覚に陥った。しかしサクラバクシンオーの走りはそれを大きく上回っており、まるで時間が止まったかのようだ。世界がコマ送りされる中1人超然と駆けていく姿は圧倒の1言。
しかし、何か空気がおかしい。他のトレーナー陣の声はミホノブルボンへ向けられた物とはまるで色が違う。それは言い表すなら“呆れ”だった。
「三ノ宮さん、あのウマ娘も有名なんですか?」
「きっと自分の能力に……なら私は……」
「三ノ宮さん?」
「──え? あ、はい、すみません!」
「あのウマ娘、サクラバクシンオーは有名なウマ娘なんですか? ミホノブルボンのように」
私の問いに対して三ノ宮優歩は顎に人差し指を置いて空を見上げた。言いたい事はあるが、それに適した表現を考えている。そんな様子だった。
「彼女も結構有名な噂になっていたりするのですが1言で言うなら“もったいない”ですね」
「“もったいない”というのは?」
「今、第3コーナーに後続と差を離して先頭で入っている通り、彼女の武器はスピードです。純粋な速さだけで言えばミホノブルボンよりも上と言えるでしょう。ただ、そろそろ──」
三ノ宮優歩はそこで言葉を詰まらせた。後は見ていれば分かるとでも言いたげで、私は再びターフに視線を落とした。
ミホノブルボンよりも速い、そこに一体どんな不安要素があるというのだろうか。
《さあ! 依然として先頭はサクラバクシンオー! サクラバクシンオーだが! だが! だが厳しいか! 沈んでいくサクラバクシンオー! その横を7番リッツテールか抜き去っ──》
それからはあっという間だった。
失速したサクラバクシンオーはそのままズルズルと後退していき、最後には6バ身の差をつけられ最下位となった。三ノ宮優歩曰く、1400メートルの辺りからスピードが無くなったらしい。
「いつもあんな調子なんですか?」
「ええ、私も見るのは初めてですが……」
なんとも肩透かしなウマ娘だ。そうは思うが、それはそれとして活用法も分かりやすかった。ただ、誰にでも分かる事を実践して得意になるのは難しい。それを証明するかのように、既に彼女の周りには大勢のトレーナーが集っていた。
「お気づきかと思いますが、サクラバクシンオーが得意とする距離はどう見ても短距離です。恐らく今のままではマイルでも勝てないでしょう」
「逆を言えば、短距離ならば負けない」
三ノ宮優歩が神妙に頷いた。
「1400メートルを迎えた時点で後続との差は4バ身近くありました。勿論、他のウマ娘は2000メートルを走るつもりですから実際の短距離レースと一概に比較は出来ません。それでも──」
話が長い。私は悪意の籠もった溜め息を吐きかけてなんとかこらえた。私の知りたい事はもう分かったから後は全て蛇足でしかない。
「因みに、なぜ彼女は中距離レースへ? ミホノブルボンと違い、まだ難しいのでは?」
「それが、本人は短距離を走りたくないみたいなんですよ。いえ、走りたくないというより他を走りたいと言うべきかもしれませんが」
それを聞いてなるほどと腑に落ちた。資格を偽造する片手間で調べただけでも短距離レースの不人気さは充分知る事が出来ていた。短距離で活躍しても注目されずに終わってしまうらしい。
『短距離にはスターがいない、ドラマが無い』
そんな事を書いたネット記事すらあった。ともかく短距離というのは蔑ろにされているのだ。
「それでも多くのトレーナーは彼女を短距離の道で輝かせようとスカウトして、断られれている。というのがサクラバクシンオーだそうです」
「なるほど。あそこにいるのも、その“多く”か」
私も三ノ宮優歩に別れを告げてその群衆へと向かっていく。千載一遇を逃すわけにはいかない。
(私は唯一無二、決して“多く”じゃない)
サクラバクシンオーを取り囲む輪はまるで救世主にすがる愚かな人民のようだった。
例えば、三ノ宮優歩のように複雑すぎる精神の持ち主はそれを看破した者によって簡単に支配されてしまう。精神は編み込まれれば編み込まれる程にほつれて穴が広がっていくのだ。
一方、単純すぎる精神も支配しやすい。理由は単純明快で精神制御の条件が簡単だからだ。しかし逆を言えば条件を満たさない限りは絶対に支配出来ないのだ。その点で言えば複合的な要素が揃えば支配できる前者より面倒と言える。
サクラバクシンオーは後者だった。
「君は必ず短距離で活躍出来る」
「短距離以外では?」
「え?」
「天皇賞や有馬記念に出られますか?」
「いやあ、それはどうだろうかな」
「申し訳ありません! お断りさせて頂きます!」
聞こえないと思っているのか舌打ちをして去るトレーナー。そんな光景を私はこの数分で何度も見た。愚かでバカで低能としか表現出来ない。なぜ自分は違うと思えるのか、同じ事しか言っていないにも関わらずだ。私は笑いを堪えるのに精一杯だった。彼らは詐欺師に向いていない。
前に、三ノ宮優歩を密かに支配した時もそうだが仕事をする時のコツは相手が信じたいものやりたい事を見つけ考え肯定し刷り込む事だ。
「はーい次の方ー!」
「こんにちは、私は鵜海晴希と言います」
「鵜海さんですね! よろしくお願いします!」
「もう用件は分かっているよね」
「はい! もちろんです!」
ここまで定型文だ。お互い決められた文章を述べているに過ぎない。まるでビジネスメールの冒頭文を挿入するかのようにスラスラと話す。
「ではお聞きしますが、私をどのように活躍させて頂けるのでしょうか? お答えください!」
「どうして距離に拘るんだい?」
「──はい?」
STEP1は相手の固執を剥がして芯を壊す事。元からある拘りや心情は邪魔だ。それを無くして隙間を広くする事で取り込みやすくなる。
「もしかして距離が長いと偉いと思っているのかい? そんな訳ないだろう」
「い、いえ偉いとかではなくてですね。学級委員長としてあらゆる距離を制するのは当然です!」
学級委員長という言葉はどうやら彼女にとって重要らしい。他のトレーナーとのやり取りを見ていても自分の芯を守る理由によく用いていた。
「果たして、君は短距離を制したのかい?」
「──っ! そ、それは……。いえ、ですが短距離は必ず制します! 私はさらにその先の事を考えたいのです! 学級委員長として!」
「それを達成するには? どうしたら君は短距離の先へ進めると考えているんだい?」
STEP2はこちらに都合の良い芯、つまり価値観を与える事。但しそれは自分で決めたと思わせなければならない。サクラバクシンオーを活用するなら距離を気にするその思考は無用中の無用だ。
「……スピード、でしょうか」
「スピード、とは?」
「誰にも負けない無敵の速さがあれば、例えどんな距離であろうとも勝てます。それさえあれば私は絶対に負けません」
「じゃあ君が本当に持つべき目標は全距離制覇ではなくて最強のスピードを手に入れる事、だね」
「そ、そうです! 私は無敵の最高の驀進の速さを手に入れて最強の学級委員長になります!」
なぜ学級委員長に拘るのかは不明だが、ともかく意識の改変は済んだ。思考が単純でとても助かる。距離をスピードに置き換えるだけ。
「そうか、では頑張ってくれ」
「え、あの?」
「どうしたんだい?」
さて、フィナーレといこう。
「私をスカウトしに来たのでは?」
「私は誰かをスカウトするつもりは無いよ」
「ですが、用件は分かっていると……」
「私はなぜ君が距離に拘るのか知りたかっただけでスカウトするなんて一度も言っていない」
「そ、それでは一体私は……?」
ああどうしようか、達してしまいそうだ。今だって快感で打ち震える胸の高鳴りを抑え、鼓動の音が漏れないようにするので精一杯なのに。
やはり、この職は最高だ。
「もしも、私とさらに話をしたいのならここを訪ねるといい。私のトレーナー室だ」
渡した名刺の裏に書かれた簡易的な地図を桜の模様をした瞳が見つめている。
「では改めて、健闘を祈る」
私は悠々とターフを後にした。
最後の台詞はサクラバクシンオーに言ったものでも無く、私に言ったものでもなく、呆然と目の前で行われた事を眺めていた群衆に向けた言葉だ。
サクラバクシンオーという有用を手に入れる事が出来なかった者達への激励なのだ。
再び観覧席に戻るとそこには三ノ宮優歩の姿は無く見下ろすターフに変わりはない。校舎へ戻ろうかと通路に向かった時、柱の影にあの鈍感な背中を見つけた。どうやら誰かと話し込んでいるようで、それはよく見れば学園の生徒──今日模擬レースに出ていたウマ娘だった。
(あのウマ娘は……)
長い耳が特徴だったので名前を覚えていた。
(確かそう、ライスシャワーだったな……)
無視していいわけでもないが、急激に何か変化があるわけでは無いだろう。
それよりも今は勝利の美酒を前借りしたい気分だ。ただ学園内での飲酒は寮の部屋以外難しく、カフェテリアにアルコールメニューが追加されるよう祈るばかり。しばらくは紅茶をブランデー代わりに転がすとしよう。
それは酷く眠たいとある日の午後。
敗者達が売れ残りを惨めに争う中私は暇を持て余し読書にふけっていた。何か脳を働かせていないと意識を無くしてしまいそうだった。
ふと感じる足音、心音、息遣い、緊張の匂い。それらが混然となって扉の前にいる。
これが最も重要なSTEPだ。とにかく全ては自分の意志と決断による結果として行動させる事。私に心動かされたのは自分で、指導してほしいと思ったのも自分で、ここまでやって来たのも自分。そう信じて行動する単直さが実に素晴らしい。
「失礼します!」
それらやけに大きな声だった。まるで決意の固さを誇示するかのようだ。
「やあサクラバクシンオー。私と話したいと思ってくれたのかな? まあ座ってくれ」
「単刀直入に言います! 私をスカウトしてください! よろしくお願い致します!」
ここで空腹の飼い犬のように即座に首を振る奴は三流だ。素人より酷い。
プロは仕事に対して確証に確証を重ねる。例えば頭を僅かに上げたサクラバクシンオーに対して困った顔をして苦笑いをする事だ。そうすれば自分が迷惑をかけてしまっている事、その迷惑をかけても通したい物がある自分、より強まる意思などを認識して芯はさらに固まるのだ。
だが、私はプロと一括にされたくないのでさらに確証を重ねる。最後の一押しだ。
「君の願いは分かった。でも、私の元でどうなりたいんだい? どんなサクラバクシンオーになりたいんだ? 聞かせてくれ」
「私は……私は……」
(さあ言え、言って支配されるんだ!)
「恐れなくていい、私が君をどんな姿にでも導いてみせる。そう“保証”する」
「私は無類の無二のスピードを手に入れたいのです! そして最強を誇り、勝ちたい!」
ああ、完成した。これで『スピード』という言葉によって簡単にコントロールの出来る即戦力が手に入った。しばらくはこれで充分だろう。
私が右手を差し出すとサクラバクシンオーが確かにそれを握り返してくる。やや痛い。
「よろしくお願いします。トレーナーさん!」
「こちらこそ。私の事は好きに呼んでくれ」
改めて自己認識する。私は今の時点でも彼女のトレーナーになったつもりはない。自ら言ってもいない。私はただチェックメイトの時まで駒を使役するたけだ。指導? 教育? 冗談じゃない。楽に評価を稼ぐためにコレを手に入れたんだ。何か苦労が求められる事をするわけがない。
(まあ、建前の指導は必要だろうな)
いよいよここから始まるのだ。私の仕事が。
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3話終了時点、鵜海晴希への主要な登場人物からの信頼度(%表示)
秋川やよい65% 前話からの変位:無し
三ノ宮優歩70% 前話からの変位:無し
サクラバクシンオー100%
ライスシャワー0%(まだ対面していないため)
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オッス! オラゴルシ! 氷漬けにされちまった水星を元に戻すには火星の石が必要って、オメーそれは先に言えよ! ホウレンソウは仕事の基本だろうがよ! 崩壊、錬成、創造の3つだ! キメろ錬金術! あ? 火星の石を作るのに必要な素材が足りない? 萎えるぜ〜。 というわけで次回!
『詐欺師トレーナー、乙名史悦子と再開する』
絶対読んでくれよな!
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次回の更新は4月4日午前6時を予定しております