詐欺師トレーナーはトレセン学園で信頼を集めて大勢から大金を奪うつもりのようです 作:kinmoru
サクラバクシンオーというのは使えば使うほど便利なウマ娘だった。
学級委員長であり、真面目さしかない彼女は私の言う事を全て飲み込み実行してくれる。
毎日同じ内容が書かれた紙を渡して1人でトレーニングさせても文句を言わないくらいだ。むしろ基礎を固めるとでも言っておけば喜んで従ってくれた。ただ、わざわざ紙にせずともメールだけで事足りると思っていたが頻繁に携帯を忘れたり充電が足りなかったりとされ、それは諦めた。
と、いうのが契約を結んでから1週間の間私が行っていた行為。そして今日それについて委員会から苦言を呈された。
「鵜海君、君は確かに優秀なのだろう」
つまらないお世辞を吐いたのはベテランとされる委員の男。他の委員も軽く頷く様はとても気持ち悪い。まさに集合意識だ。
『委員』というのはトレセン学園内にあるトレーナー組合の事で、名目上は手を取り合ってウマ娘達の将来をより良くしましょう・皆で頑張りましょうなどとほざく仲良し馴れ合い組織だ。委員会に入るには委員2人以上から推薦を貰った上でその2人以外の委員における過半数から承認されなくてはいけない。ただその実態は年数ばかりつんだ者が自動的に選ばれる仕組みらしく、私を取り囲んで座る委員は全員枯れた臭いのする男女ばかりだった。
名目上は馴れ合い組織だが、その中身は馴れ合いより醜悪な同調圧力組織で、現に今私は指導方法を正されるために弾劾裁判にかけられていた。
「委員の皆様、私の何が至らなかったのでしょうか。なぜ私が呼び出されたのでしょうか」
「聞くところによれば、君は担当ウマ娘であるサクラバクシンオーに対して練習メニューの書かれた紙だけを渡して個人練習をさせているらしいじゃないか。それは本学におけるトレーナー像として相応しくない。いや、どの世界においても指導者とは呼べないだろう」
老害というのは害をなすからして老害だ。であれば、この旧規格品共は私に何も与えられていないので老害以下と呼べる。どんな組織でも言える事だが、仕事を行うコツはこうした老害以下の者共に一応は従う事。最終的にそれまでの全てを精算すればいいのだ。
だからそれまでは苦虫を噛み潰してても犬にならなくてはいけない。特に、私のような特殊な仕事に従事する人間はだ。
「……皆様のおかげで目が覚めるような思いです。いかに自分が未熟で独りよがりだったかを思い知りました。ありがとうございます」
(くたばれ。貴様らみたいに大した資産も無いのに私に手を出す奴らは嫌いだ)
「ああ、分かれば良いんだ。今後改善されればそれで良いんだよ。だから明日の取材はそういう形で頑張ってくれたまえ」
私は心の中で致死量の侮蔑を浴びせながら深く頭を下げ、勢い良く上げた。聞き逃せない言葉というのはどうしても聞いた人間の行動速度を高めてしまう。例えば全く初耳の取材予定など。
「取材……私にですか?」
「三ノ宮家の彼女には既に昨日行ったらしくてね。今年の新人代表2名に取材したいそうだ」
既に三ノ宮優歩への取材が終わっている。という事は担当ウマを見つけて契約しトレーニングを行っているのだろうか
既にその精神を手中に収め、しばらくは深く関わる事も無いと意図して会う事が無かったが、どんなウマ娘と契約したかは見ておきたい。ついでに取材内容についても聞き出しておこう。
「分かりました。取材は明日ですね」
「ああ頼んだ。まあ君は新人だから知らないだろうが、乙名史さんは凄腕だからね。大船に乗ったつもりでいるといい」
私は全身の血液が冷凍され凝固したように感じた。聞きたくない名前の出現に思い出したくない事が次々とフラッシュバックする。
「乙名史とは、
「なんだ詳しいのかい。まあ彼女はよく記事を出しているから知っていても不思議じゃないな」
もう2度とあの女には会わないと思っていた。
もしも会えば全てが狂う。下手すれば計画が終わってしまうかもしれない。
なぜだ、なぜあの女がいる? いつ新聞記者からウマ娘の雑誌記者になった?
(いや、私が悦子を新聞の世界から引きずり落としたんだったな……)
だとしたらなんて偶然なんだろうか。
もう老害以下の言葉など耳にも入らなかった。
私が三ノ宮優歩のトレーナー室へ向かう間も、私の脳内には見るもおぞましい映像が強制的に流れ続けていた。忘れたいと思っていてと強烈に残るあの日々はそう簡単に首を縦に振って離れてはくれず、私を苦しめる。
かつて悦子──乙名史悦子と私は恋人関係にあった。と言ってもそれは仕事をするための関係構築であり、向こうの思惑は知らないが私は微塵も本気では無かった。しかし、気づけば仕事を終えても私達は2人でいた。
ただそれだけなら良かった。新聞記者の恋人という駒は非常に便利だったからだ。軽い世間話をするようにして私は有益な情報を手軽に手に入れる事が出来た。名目上は恋人なので時には親密な事もして関係維持を図っていた。
だが、いつの時からか悦子は私の表の仕事を疑い始めた。そのきっかけも根拠もわからないが、まるで彼氏の浮気を疑う浅ましい女のように私の事を嗅ぎまわり始めたのだ。新聞記者は警察ほど強制力が無いが、足の広さでは他の追随を許さない。それが私の嘘を暴こうとしつつ恋人面するのだ。その程度で知られるような身分の隠し方はしていないが、限界は近くに訪れた。
囁かれる甘い言葉、まとわりつく柔らかい腕、それらが初めから私を暴くまでの時間稼ぎだったとしたら。向こうも初めから同じような理由で恋人になったとしたら。そんな稚拙な嘘に気づきながら我慢なんて出来るわけがない。
とある初夏の事だったか、私は協力者に乙名史悦子を名誉毀損で訴えさせた。当然向こうは新聞社を背後に強力な弁護団を用意したが、恋人として最も近くで素材を集めていた私に死角などなかった。結果は私の協力者側が勝訴し、その賠償請求額の一部を協力者から取って私は裁判を口実として悦子との関係を解消した。
その後悦子は新聞社を辞めたという所までは聞いていたのだが、ジャーナリズムというのを捨てきれなかったのだろう。こうして再び私の前に現れようとしているのだ。
(名前では分からないだろうが、流石に顔を見られては気づかれるだろう)
本来、こういう場合は整形してしまうのが一番効果的なのだが、今顔を変えれば周囲は疑問と不信を持つだろう。出会ってから数日で顔の変わる人間など信用されない。
(だから、今日すぐに出来る事は……)
と、いつの間にか体は三ノ宮優歩のトレーナー室から5歩ほど遠くに来ていた。考え事というのは実に恐ろしい。
「三ノ宮さん、いらっしゃいますか?」
扉を叩くアナログな音が響く。三ノ宮優歩は機械に弱いらしく、携帯を持っていないらしい。だから私は仕方なく出向いてやったのだ。
「あの……トレーナーさんは、いません」
だが扉を恐恐と開けて出てきたのはそこそこ背のある三ノ宮優歩ではなく、小柄な体に大きな耳がアンバランスチックなウマ娘。その姿は以前模擬レースの場で見かけていた。
「君が三ノ宮さんの担当しているウマ娘だね」
「あ、ひゃ、ひゃい! えーと、ライスシャワーです。初めまして……!」
「よろしく」
飼い犬は飼い主に似るとよく言うが、ウマ娘も同じなのだろうか。ライスシャワーからは三ノ宮優歩と同じ匂いがした。
「三ノ宮さん、ここにいないの?」
「はい。えっと、さっきたづなさんが来て……」
「いつ戻るか分かるかな?」
「えっと、ごめんなさい……」
まどろっこしい喋り方をするウマ娘だ。これならまだヤツの方が意志の疎通は楽かもしれない。わざわざこんなウマ娘を選ぶとは、三ノ宮優歩は何を考えているのだろうか。素人目の私にはこのウマ娘が勝つ走りをするとは思えない。
「いつ頃戻りそうかな?」
「あの……貴方は誰ですか?」
「……おっと、名乗ってなかったね。私は君のトレーナーさんと同期で、鵜海と言うんだ」
「ウカイさん……あ、あのウカイさんだ!」
「あのウカイさんて?」
その後ライスシャワーは水を得た魚のように楽しげに、三ノ宮優歩との出来事を語り出し私の名前を彼女が口にしていた事などに触れるのだが、やはり飼い主に似るのだろう。聞くに耐え切れず私の脳はダイジェストを求めた。
そもそも、しばらく三ノ宮優歩が戻らないと分かった時点で用済みだ。私は適当に分かれを告げてその場を後にした。
委員会ではトレーニング内容を改善すると宣ったが事態が事態だ。私は廊下ですれ違ったサクラバクシンオーに口頭でメニューを伝えると学園の外に出た。何せ予約無しで行こうとしているのだ、手土産程度を買っておかないを困る。
辺りには散った桜が車に踏み潰され平たく敷かれていた。まるで絨毯のように。
取材はカフェテリアで始めるらしい。私とバクはその一角に──そう、バクだ。ウマ娘の長い名前に貴重な脳のリソースを使うのは勿体無い。脳内言語は短いに越したことは無い。
バクは落ち着かない様子でソワソワと私の方を何度も見ている。
「どうしたんだいバクシンオー」
「あの、どなた様でしょうか?」
ああ、成功だ。ひとまずは出会ってすぐバレる事は無いだろう。この瞬間だけはバクが正しい。
「忘れたのかい? 君のトレーナーだよ」
「いえその、昨日とお姿が違うので」
「今日は取材だからね、ちょっと気分を変えてみようかと思ってさ」
恐らく、今の私を見て昨日の私を正確に描写できる者はいないだろう。強すぎる変化はそれまでの全てを塗りつぶすのだ。
私は昨日、馴染みの美容院にて顔を変えた。当然整形手術では無いが。髪型と眼鏡の有無で印象は大き変わる。雑然的で自然的な髪はワックスを使って整え、大きな銀縁の丸眼鏡は強烈なインパクトを相手に与えてくれる。
「取材のために、わざわざですか?」
「まさか似合ってないのか?」
「お似合いと言えばお似合いですが……」
バクは私の変化に戸惑っているらしいが、ただの戸惑いだろう。今日はもっと大切な事があるんだ。気を引き締めなくては。
「あ、すみません。お待たせしました」
悦子は昔と何も変わっていなかった。明るい色の髪を肩に垂らし、自由意志を体現するかのように歩く姿はあの頃と同じだ。
一瞬目が合うが何も起こらない。
「初めまして、鵜海晴希と言います」
「初めまして、月刊トゥインクルの乙名史悦子と申します。よろしくお願いします」
どうやら本当に私と分かっていないらしい。今日の不安材料はそれだけだった。後の取材なんてどうでもいい。事前対策は完璧だ。
なぜなら、たとえ媒体が変わろうと記者の癖は変わらない。悦子がしそうな質問に先回りして悦子の喜ぶ事を言えば済む話だ。
それともう一つ、徹底してバクには喋らせない事だ。何を口走るか分からないのに首輪を外すのは愚策でしかない。
カフェテリアでの取材もそこそこに我々はトレーニング場での練習を取材された。といっても私がいようがいまいが、ただバクに基礎的なトレーニングをさせるだけ、させるだけなのだが、それだけでいいのだ。
「す、凄い速さです……!」
「はい。これが彼女の強みです」
シンプルな速さを見せるだけで誰もが納得するだろう。知力次第ではそれらは私の手によって産みだされたとも思うだろう。
バクは語らなくて良い。走るだけで充分に私の役に立ってくれる。飼い主孝行という表現は世間的に不適切だろうが、とても自慢出来る。
全ての取材を終えてカフェテリアに戻ってきた私はその場で悦子を見送ろうとしたのだが、なぜかバクは門まで送る事を強く勧めてきた。
──せっかくオシャレしたのですから!
などと訳の分からない事を言ってきた。
──応援します!
もっと意味不明だ。
だが、私も久しぶりに悦子と会話したいと考えていた。それにまだ確かめたい事もある。
春の日暮れのは少し風が冷たく、遠くの街並みが赤と黒の2色に溶け込んで輪郭線はぼやけて地平線と混じりあう。
そんな道を悦子と並んで歩く。
「今日はありがとうございました。バクシンオーさんの脚には凄いものを感じます」
美辞麗句の会話はいらない。必要な事を言って必要な事を聞ければ充分だ。
「以前、貴方の名前を新聞記事で見かけました。政治家の汚職を追求する良い記事でした」
「──あ、私の事をご存知なんですね」
私はただ、前に新聞で見かけた。としか言っていないのだが悦子は過剰反応し過去を語り始めた。どうやら今の彼女の周囲にはそれらを知る人間は少ないらしい。故の罪悪感を持っていたので私に知られていると思い込めば口が勝手に動いてしまうのだろう。相手に寄り添うがあまり相手以上に相手に深入りしてしまう悪い癖も昔から変わっていなかった。
(だから虚偽の名誉毀損でもそれを認めてしまう。そういう所を私に利用されたんだ)
私が知りたかった事、それは今でも私に対して何を思っているかだ。
まず飛び出したのは今の仕事で感じられる喜びややりがいだ。夢を追うウマ娘やそのトレーナーに関わる事で勇気や元気を貰えるらしい。そしてそれを最初に言ったという事は、後に続く言葉の言い訳にしたいと考えているからだ。
私が期待し予想していたのは呪詛のような言葉の数々だった。しかし飛び出したのは後悔と反省。恐るべき事に、悦子は未だに虚偽の名誉毀損を真に受けているというのだ。
新聞記者にもどりたいか、と今それらを知った体で私が聞くと悦子は首を横に振った。
私の胸に微かな安心が灯る。初め、悦子の名前を聞いた時は不安と疑心に包まれたのだが、悦子が過去と決別してくれた事によって安らかに仕事を進められそうだ。
ただ、悦子が頻繁に学園を訪れる以上は私もこの格好を崩せまい。もしも再び悦子が私に踏み込もうというのならば、私はまた悦子を消さなくてはならないのだ。
元恋人の良心としてそれは避けたかった。
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終了時点、鵜海晴希への主要な登場人物からの信頼度(%表示)
秋川やよい 60% 前話より5ポイント↓
三ノ宮優歩 70% 前話よりの変位無し
乙名史悦子 50%
サクラバクシンオー 95% 前話より5ポイント↓
ライスシャワー 40%
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オッス! オラゴルシ! 知ってるか? 月の裏にはウサギがいるんだけどよ、月の表にはカニが住んでいるんだぜ! まあ、それはそれとして小惑星海賊団てアホしかいないのか? なんで自分の船を小惑星にぶつけてんだよ。それじゃあ小惑星激突海賊団じゃねあか。マジでウケル!
というわけで次回!
『詐欺師トレーナー、サクラバクシンオーをデビューさせる』
絶対見てくれよな!
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次回の更新は4月5日午前6時を予定しております