詐欺師トレーナーはトレセン学園で信頼を集めて大勢から大金を奪うつもりのようです 作:kinmoru
サクラバクシンオーの初戦が決まった。
駿川たづなからそう聞かされた私が持った感想は『どうでもいい』だ。なぜそこまで初戦に意気込むのか理解出来なかった。
また駿川たづなは更に息巻いて、勝てるかもしれませんね、などと言った。これについても理解出来ない。初戦の内容は短距離のダート戦らしく所謂サクラバクシンオーが得意とする距離だ。もしもミホノブルボンが出走するなら勝利は危ういかもしれないが、そうでないなら勝ちは安泰だ。
たまに顔を出すようになったトレーニング場においてもサクラバクシンオー程の走る素質を持つウマ娘は見られず、ライバル不在の様相だった。
勝てて当然なのだ。むしろ負けるかもしれませんねぐらいは言ってほしい所。
そもそも、駿川たづなは私のターゲットではない。ただの秘書である彼女には碌な資産が無いだろう。よって好感度を上げるために親しくする必要は全く無いのだが、メインターゲットたる秋川やよいに最も近い人物だ。人脈とはどこで誰がどうつながっているのか分からない。なので相手によって態度を変える際は注意せねばならない。
そういった理由により私は駿川たづなに対して一応の敬意を払って、聞いた内容をサクラバクシンオーに伝えるために部屋へと戻った。
道中、私は聞き馴染んだ声がしたので道を外れて声の方へと向かった。
「本当に? 本当にライスのデビューが決まったの? 本当の本当に?」
「うん、距離は1000メートルだから少し短いかもしれないけど、頑張ろうね」
咄嗟に短距離という言葉が頭に浮かび、私は冷静さを見せつけつつそちらへ駆け寄った。
「その子のデビューが決まったんですね」
「あ、鵜海さん。そうなんです、今度デビューする事になりまして。バクシンオーさんもそろそろですか? バクシンオーさんの適──」
だらだらと話す三ノ宮優歩を見ているうちに、そもそもサクラバクシンオーとは初戦が別のレースであると思い出した。よってこれ以上の会話は不要と判断し、私の興味は間に入って長い耳を壁のように立てるウマ娘へと移った。
「その子がライスシャワーですね。以前会った事がありますが」
「すみません、前に私が不在だった時ですよね? 改めて紹介します。ライスシャワーです」
三ノ宮優歩が促すと恥ずかしげな声で自己紹介が成された。ただ、それらの声には警戒心や敵対心が篭っており、長く立てられた耳も警戒を示すポーズだった。しかもそれは私個人というよりも三ノ宮優歩に関わる全てとの間に立つというような意思にも感じた。
総じて、面倒な女が面倒なウマ娘を手に入れた図であり、うんざりする思いだ。
トレーナー室へ戻るなり、サクラバクシンオーはソワソワと自分の方を見つめてきた。私はさっき聞いた事をそのまま伝えたのだが、なぜか急に項垂れ元気を無くすために私は余計な心配をするはめになってしまった。
「何が問題なんだ?」
「いえその、短距離ではない方が良かったなあと思ってしまいまして」
「まだ距離にこだわっているのか?」
「別にそんな事はありません。ただ、少し飽きてしまいまして。短距離に」
短距離に飽きた。デビュー前からそんな事を言うのはサクラバクシンオーぐらいだろう。
痺れるような傲慢さだ。嫌いじゃない。
「悪いが、もう決定事項だ」
「そうですか……」
「だが、結果次第ではその次を考えられる」
その一言に垂れていた耳も尾も上がり、沈んでいた顔が一気に明るくなる。
「では、その結果次第では……!」
「次はマイルレースに挑戦しよう」
突然鋭く手のひらが差し出された。危うく私の腹部に傷がつくところだった。
「トレーナーさん! 貴方と出会えて良かったです! 貴方も私も実に素晴らしい!」
「ああ、頑張ろう」
頑張るのはサクラバクシンオーだけでいい。私は楽に評判を稼げればそれでいいのだ。
それと、この短絡さは心配になる。今度防犯講座でも受けさせるべきだろう。いつか詐欺被害に合うかもしれない。もっとも、私のような一流に対しては無力になってしまうのだが。
(いずれ敵が現れた時のために、私の事を無闇矢鱈に話さないようコンプライアンス教育はしておこう。そういうトレーニングは得意だ)
「じゃあ、初戦までの日々も私に従って効率的にトレーニングしてくれ」
「ハイ! おまかせください!」
改めて言う。頑張るのはサクラバクシンオーだけでいい。頭脳派に汗は似合わない。
三ノ宮優歩の籠絡にライスシャワーが邪魔でしかないと悟ったのは、サクラバクシンオーの初戦が決まってから数日後の事だった。
私はトレーニングをしていた三ノ宮優歩に近寄り、休憩がてらコーヒーを飲みに行かないかと話を持ちかけた。休憩したいわけでも、水分補給をしたいわけでもない。三ノ宮優歩から有益な情報を引き出したいからだ。
だが、あろう事か三ノ宮優歩は私からの誘いを断った。理由を聞くと。ただ一言、ライスのためにもっと頑張りたいんです。と。
ライスというのは三ノ宮優歩の担当ウマ娘ライスシャワーの事らしい。
その日は諦めて別の日、カフェテリアで三ノ宮優歩を見かけたので声をかけたが、またしてもライスと食べたいからと言って軽食をテイクアウトしてどこかへ行ってしまった。
私が思うに、私への感情に変化があったわけではない。感情の円グラフに対してライスシャワーの占める割合が大きすぎるのだ。
このままではまともに会話すら出来ない。そこで私は三ノ宮優歩が仕事を終えて寮へ戻るタイミングを狙った。昔とある政治家の下で仕事をしていた時に、敵対する政治家の秘書に怪しい動きが見られたので待ち伏せし尾行し始末した事を思い出す。今現在は誰かも始末する必要がそこまで無さそうなのは精神的にプラスだ。
何やら思いつめた表情の三ノ宮優歩が出てきたので、私は電話が終わったふりをして三ノ宮優歩に話しかけた。初め、彼女は心の内を明かす事に抵抗があったが、既に私に都合よく作り変えられた精神で対抗できるはずもなくあっさりと陥落しポツリポツリと話し始めた。
「あの娘は……とても敏感な娘なんです」
「敏感、というのは?」
「なんて言うべきでしょうか、不幸体質と言うのでしょうか、周りで起こる全てを自分のせいにしてしまう節があって、それで独りになりたがるのです私が側にいてあげたいんです」
それは不幸とはいわない。自意識過剰という。
よく分かった。ライスシャワーは危険な狡猾さを持ち合わせている。早急に対処が必要だ。
「明後日のデビュー戦はどうされるんですか?」
「今のところは問題なさそうなのですが、もしも何かあれば……もしかすると……」
一体なぜそこまでライスシャワーに入れこむのか聞いてみたが、帰ってくる答えは放っておけないだの自分しか力になれないだの、まるでヒモ男を養う女の言い分ばかりだった。
そういう隙間に取り込むのが私の得意戦術だが、今はそれをライスシャワーで蓋してしまっている。その蓋は外さなくてはいけない。
そしてこれは、経験者でありその道のプロたる私だから分かる事なのだが、この症状は三ノ宮優歩自身による問題よりもライスシャワーが隙間に自分を詰め込んだ可能性が高い。
つまり今、三ノ宮優歩は知らぬ間にライスシャワーによってコントロールされている。
これは、由々しき事態だ。
何事となければいい、と病気のように呟く横顔は本物の病人さながらだった。
やはり三ノ宮優歩の恐れていたとおりだった。
この日はサクラバクシンオーの初戦でもあり、ライスシャワーの初戦でもあった。
サクラバクシンオーは中山レース場で行われるダート1200メートル戦へ、そしてライスシャワーは新潟で行われる芝1000メートル戦への出走という予定だった。どちらも15時頃の発走だ。
通常ならば、サクラバクシンオーの初戦についていくのが一般的なのだが、面白い事に本人から私の観戦拒否を申し出てきたのだ。
──どうせ簡単に、かつすぐ終わってつまらないので見に来なくても結構です。その代わり次に出るマイル戦は見に来てくださいね。
サクラバクシンオーはこの初戦を練習試合か何かと思っているらしい。中にはここで躓いて夢を諦める者もいるらしいのだが、彼女の異質な傲慢さには驚かされる。
私は二つ返事で往復のタクシー代を渡すと、足早に車で新潟へと向かった。三ノ宮優歩達は鉄道で向かうと言っていた。ならば僅かに車のほうが早いはずだ。私はタクシーの運転手に金をちらつかせてアクセルを踏み込ませた。
朝の10時前に東京を出てから約4時間。随分と長い道のりを経て、私は辺境の地へ辿り着いた。
トレセン学園の職員証とバッジを見せれば簡単に中へ入る事が出来た。そしてその慌ただしい空気の理由が何も知らないはずの私にも感じ取れた。予想が当たるというのはなんて楽しいのだろうか。それがどんな予想だとしてもだ。
私がここにいると三ノ宮優歩に知られては面倒なので密かに動きつつ、近くを通りかかった職員に声をかけてみた。念の為複数人に。答えは皆同じだった。同じ過ぎて飽き飽きするほどに。
──今日デビュー戦に出るはずだったライスシャワーというウマ娘の姿が見えない。
予めこうなる事を予想していた私は慌てふためく職員を尻目に警備室へと向かった。
「すみません! ライスシャワーのトレーナーです! カメラの映像を見せてください!」
この策は三ノ宮優歩がここを訪れていたら有効では無いが、それはありえないという予想も合っていた。三ノ宮優歩はそこに考えが至るまで時間がかかる。今頃はあちこちを駆けずり回っているのだろう。前時代的でアナログライズだ。
疑う事も無く警備員は私に映像を見せた。後はそれらを基にして、ライスシャワーの性格から紐解けばその居場所は必然として──。
「普段使われていない非常階段の上部階の踊り場……か。君は策士だね」
「どうして、貴方がいるの……」
まるで刃物のように耳がこちらへ向けられる。近づくな関わるな、そう言っているようだった。
「こうやって自分に関心を向けるのは即効性があって楽かもしれない。でもリストカットし続ければいつか腕を切り落としてしまう。心も同じだ。自分の心を傷つけるやり方は肯定出来ない」
「違う、私はそんなんじゃ……」
「信じてもらえて、待ってもらえて、嬉しかったんだろう? 初めてだったんだろう?」
「──!」
耳がワナワナと震えて、ペタリと垂れた。
こういうタイプにはこういう言葉だ。別に私はライスシャワーの何かを知っているわけでない。ただ占い師がそうするように、私も自分の経験則と一般論から相手に寄り添う事が出来る。
「私……怖いんです。今は優しくしてくれるトレーナーさんが、いつか愛想をつかしていなくなっちゃうんじゃないかなって。だから、いつまでもライスの事を心配して欲しくて……」
「下手くそだな」
「え?」
「なぜ相手に主導権を与える? なぜ自分に依存させない? 君が依存してどうする。そんなやり方ではいつか必ず捨てられるぞ」
これはオーバーな表現だが、これくらいが丁度良い。これくらいの方が危機感を煽れる。
一見して、今の三ノ宮優歩はライスシャワーに依存しているように見えるが実は違う。むしろただの同情に近い。三ノ宮優歩自身が自分は依存していると勘違いしているのだ。だから表層的な面がライスシャワーで埋められてしまう。
「つまり、トレーナーさんの方こそ私が必要なようにするって事?」
「そうだ。飲み込みが早いな」
「でも、そんなのどうすれば……」
「私に協力しろ。そうすれば三ノ宮優歩はやる」
「……貴方は、何がほしいの?」
「私が欲しい物の鍵が三ノ宮優歩だ。宝箱を開ければ鍵は不要となる。後は好きにしろ」
ライスシャワーはぐっと顎を引いて考えこんだ。そんなパフォーマンスなど不要なのにだ。
「分かった……貴方に協力する。だからトレーナーさんが私から離れない方法を教えて」
「契約成立だな」
実際はライスシャワー自身の自由意志による面が大きいのだが、契約という言葉を用いる事でそこに拘束力を生み出した。
もう、ライスシャワーは私に背けない。最初は排除するつもりだったが、有益に使える駒が手に入った。
「私はここを離れる。適当な職員にそれとなく君の場所を伝えるから、あとはそれが三ノ宮優歩に伝われば君の元へ来るだろう」
そうしたら三ノ宮優歩は心のこもったありきたりな言葉を使うはずだ。それに感動して涙でも流せば今日は問題ない。可能ならばレースにも勝利して期待に応えるがいい。
そう伝えるとライスシャワーはじっとこちらを見つめながら静かに頷いた。いい目をしている。
私は密かに安堵の息を吐いた。
帰りの車内にて私はサクラバクシンオーに電話をかけた。レースに勝利した事は掲示板などの情報で掴んでいる。それを踏まえての電話だ。
しかし着信は届かずガイダンスが流れた。恐らく電源を切っている──というよりも充電し忘れているのだろう。
因みにだがライスシャワーも初戦に勝利した。今後が楽しみだ。様々な意味で。
春の新潟はまだ寒く、スマートフォンを叩く指もかじかんで上手くいない。さっきから3回は住所入力を間違えている。
(このデリバリーアプリのUIには改善の余地が大いにあるな。実に使いずらい)
せっかくサクラバクシンオーが勝利したのだ、何か祝わなくては良心が痛む。と思って料理を注文しトレセン学園に配送しようとしているのだが心が折れそうだ。もう折れているかもしれない。
本音を言えば、私が空腹なだけでもある。
東京に到着し、小さな祝勝会を行うまでにはまだ3時間以上はかかるだろう。
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終了時点、鵜海晴希への主要な登場人物からの信頼度(%表示)
秋川やよい60% 前話よりの変位なし
三ノ宮優歩70% 前話よりの変位なし
乙名史悦子50% 前話よりの変位なし
サクラバクシンオー95% 前話よりの変位なし
ライスシャワー?% 信頼せざるを得なくなった
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オッス! オラゴルシ! いやー土星の輪で食う飯は美味えな! 宇宙ハムカツに宇宙串カツ、宇宙ペペロンチーノに宇宙トマトスライス。ん? メニューが居酒屋みたいだって? そらゃそうだろここは居酒屋なんだし。んだよ、土星の輪に居酒屋があったら変か? あんまり文句言うと宇宙タコワサ口に突っ込むぞ! というわけで次回!
『詐欺師トレーナー、ゴールドシップに急襲される!』
絶対読んでくれよな!
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次回の更新は4月6日午前8時を予定しております