詐欺師トレーナーはトレセン学園で信頼を集めて大勢から大金を奪うつもりのようです 作:kinmoru
昼過ぎのトレセン学園、その中にある人気のない空き教室。私はライスシャワーにレッスンをするために最適な場としてここを使用していた。
カフェテリアでテイクアウトしたサンドイッチを片手にロシア文学の文庫本を読んで待っていると、静かに扉が開いた。
とても周りを警戒した様子のライスシャワーが私以外誰もいない教室に恐る恐る入る。
「──速やかに入ってくれ」
「ご、ごめんなさい!」
ふと窓の外を見ればどこまでも平たく続く曇り空があり、灰白黒を基本として濃淡様々に陰影をつけている。私はこういう空が好きだ。出来る事なら窓側に座りたいのだが、万が一目の良いウマ娘に見られると面倒なので座る席は部屋の中央付近だ。調べると奴らの視力は3〜5あるらしい。
そんな風に外を眺めていると向かいの席に腰を下ろしたライスシャワーから腹の音が鳴った。私がその方を向くと慌てた様子で目を逸らした。
「なんだ、空腹なのか」
「あの……えーと……」
そしてまた腹の音が鳴った。その音に驚くかのように背中が跳ねる。ライスシャワーは小柄なくせしてかなりの大食漢らしい。以前、昼時に三ノ宮優歩と食事しているのを盗み見た時もかなりの量を皿に盛っていた。
「……これでも食え」
「え、いいんですか?」
私が打算的に渡したカモのパストラミハムのサンドイッチをライスシャワーはしげしげと眺めると、その端にかぶりついて食べ始めた。
「さっさと食ってくれ、昼休みはそう長くない」
「は、はい」
ライスシャワーが食べ終わるまで私は文庫本のページを指でなぞりながら文を追い、時折外を眺めた。欠伸が出るような退屈さだ。
それから少ししてレッスンが始まった。
「昨日のレッスンの内容を覚えているか?」
「えーと、相手に自分をリピートさせる事」
「そうだ。その必要性について教えたよな?」
「うん。それは確か──」
人気の店。飲食店でも美容院でもなんでもいいが、そういう店に足しげく通う客は何を求めているのか、人気の店の特徴とは何か。
キーワードは“感動体験”だ。なぜ人は何度も同じ店に通う、つまりリピートするのか。それはその店でしか提供されないサービスを求めているからだ。例えば大盛りで有名な飲食店があったとしよう。客がリピートするのはその大盛りを求めているからだ。また社交性の高い美容師がいる美容院があったとしよう。客はその美容師を求めてリピートする。これらは一般の店以外にも当てはまる。例えば人気の漫画がリピートされるのも、その漫画でしか味わえない絵やワードセンスを求めているから。もっと言えば宗教、特に新興的なのもこれらに当てはめられる。その宗教団体でなら自分は救われる、認めてもらえる、そうした理由で信者はその神なり教祖をリピートし、金を差し出すのだ。また、そういった信者はリピートの対象さえあれば他の事を気にしないどころか悪しき点すら無視する。さらには、その悪しき点を指摘する者に強い攻撃性を持つ。
近年、アイドルや漫画、ゲームの過激かつ妄信的なファンを信者と呼ぶが、まさに宗教化している者が多いという事だ。
だから、やや理論は飛躍するが──。
「トレーナーさんにとって私でないと味わえない何かを作って、それがあれば他に嫌な事があっても我慢出来るようにすればいい。だよね?」
「そうだ。他のウマ娘を担当していては得られないものがあれば、必然的に三ノ宮優歩は君に依存していくようになる」
今の三ノ宮優歩は『ライスシャワーには自分が必要だ』と考えている。これを『私はライスシャワーがいないと成り立たない』にする。
「例えば、君と三ノ宮優歩の間でしか行われない事や秘密があるといい。呼び名とかだ」
「呼び名?」
「何か他のウマ娘と差別化するんだ。あの女の中で君の特別感を高めなくていけない」
ライスシャワーは顎を引いて考え込み始めた。私はその間にサンドイッチをもう一つ頬張る。
「お姉さま……って駄目かな?」
「その由来は?」
「私ね、昔から好きな絵本があって。そこに出てくる優しいお姉さまとトレーナーさんがそっくりだなあって思ってたの」
「──ほう」
幼少期から読んでいた絵本の登場人物と自分を重ねて、しかも親愛な呼び方をしてくれる。それはライスシャワーを担当していなければ味わえない体験であり、承認欲求が密かに強い三ノ宮優歩にはとても有効的だった。
また、ライスシャワーは無自覚なのだろうがそのあざとさや危うさは精神不安定な三ノ宮優歩の依存性を高めてくれるだろう。
「よし、まずはそれでいこう」
「うん。ありがとう鵜海さん」
明日結果を報告する。そんな話をして私は午後のベルが鳴る中、空き教室を後にした。
昨日の空と同じ色をした曇り空がまたどこまでも広がっている。
幼い頃、都会の底に沈んだ家でたった一つだけ外が見える割れた窓から見た空も同じ色をしていた。空に終わりはあるのか、空はどこへつながっているのか、弟とそんな話をした事を思い出す。空の果てどころか、外の世界にすらいけなかったあの頃は灰色の空でも希望だった。
いつものように人気の無い空き教室の前まで行き、いつものように扉を開ける。小脇には読みかけのロシア文学とサンドイッチ。今日はサーモンマリネのサンドイッチを選んだ。
いつもと同じだった。部屋の中央、昨日私が座っていた席に座り窓の外を眺める銀髪のウマ娘以外は。それは、平穏の泉に投げ入れられた石のように異質で波紋を作っていた。
私は怯む理由も無いのでウマ娘の方へと近づいていく。女の学生にしては背が高く、その体もどこか同世代離れしていた。
「……誰だ?」
「──曇り空見るとよ、目が痛くなるよな」
私は一応の距離を取るためにその場で停止した。こういう仕事だと私を抹消しようとしてくる輩と稀に出くわす。中にはウマ娘の殺し屋だっていた。そういう危険の考えられる環境では常に迎撃出来るよう手を打っておくのだが、学生ばかりのトレセン学園でそれが起きる可能性は低いと考えていたため、私は無防備だった。
相手が人間ならまだしも、並のウマ娘相手すら銃火器無しで対抗するのは難しい。ましてや本職のウマ娘となれば戦おうとする方が愚かと言える。私は武力を金で集め、金で解決するやり方を好んでいたので自身の戦闘力に必要性を感じていなかった。今まではそれで良かった。
私の怠慢と傲慢が生んだ結末に乾いた笑いが漏れる。このトレセン学園で行っている仕事で刺客を向けられる覚えは無いが、他ではある。私を始末した後に学生の中に紛れれば安全にこの場を離れられるだろう。そうれば完全犯罪だ。
(どうするべきか? いや、考えるだけ無駄か?)
私は拷問される事も視野に入れ、自死の為の行動を取るかどうか選択を迫られていた。
「なあ、おい、聞いてんのかー?」
ただ、不思議な事にこのウマ娘からは殺気が感じられない。私は意を決して呼びかけに応じた。
「ああ、すまない。考え事をしていた」
「放置プレイか? お前マニアックだなあ」
(敵ではない……のだろうか?)
「君はこの学園の生徒なのか?」
「あん? 見りゃ分かるだろ!?」
なおも私が疑う素振りを見せたのでそのウマ娘はおもむろに学生証を取り出すと私の眼前に叩きつけた。文字通りの眼前なのでハッキリとは見えないが、確かに生徒のようだった。
そして私の顔から離れていく学生証に書かれていた名前が識別出来ると、私の中から恐怖感だけは無くなった。
「……ゴールドシップ、というんだね」
「ピスピース! ゴルシちゃんでヨロ〜!」
恐怖感は消えたが、不安感は消えていない。関わりたくない相手というのは分かった。
まもなくライスシャワーがやって来る。その前にはここから離れて欲しかったので私は事実を一部隠しながらその旨を伝えようとした。
だが──。
「ライスシャワーなら来ないぜ」
全身の毛が逆立ちし冷たい唾が胃に流れる。私は今、余裕のある表情を出来ているのだろうか。
「誰から聞いたんだい?」
「本人から」
「……ライスシャワーから?」
「そ、なんかトレーナーさんがどうしても一緒にお昼を食べたいって言ったらしくてさ。代わりに放課後またここへ来るってよ」
どうやらライスシャワーに授けた策は上手くいったらしい。
そしてそれにより昼休みにここへ訪れられないという伝言をゴールドシップに頼んだ。とも解釈できるのだが、そう楽観出来るような安心感を持てなかった。ライスシャワーはどこまで何を言ったのだろうか、このゴールドシップは何を知っているのだろうか、私はどこまで喋って良いのだろうか。全ての選択肢が自死か、それ以外に繋がっていた。どんなに安全策と保険を重ねても全てを一瞬で破られるかもしれない。一度そう思えばもう前には進めなかった。
(今取るべき最善は……)
今取るべき最善はこの場から私が離れる事だ。このままここにいてもライスシャワーはこない。私がこの場にいればいるだけ計画失敗のリスクを高めてしまうかもしれない。
何より、ゴールドシップは不気味だった。
「……そうか、教えてくれてありがとう」
「ここの席、良い席だな!」
「なんだって?」
「空がよく見える。オメーだけ独り占めするには勿体無いな! そう思わないか?」
この瞬間1つ確定した事がある。
私はライスシャワーとのレッスン中いつも空き教室の中央付近の席に座っていたが、今ゴールドシップが座っている席は昨日初めて座った。その程度の事は記憶している。だからつまり、昨日ゴールドシップは私とライスシャワーが空き教室にいるのを目撃していた。
それが何を意味するのかは考えたくなかった。深く考えるのは杞憂かもしれない。しかし、とにかく、ゴールドシップは危険だ。
私はそれを深く心に刻みつけた。
また窓の外を眺め始めたゴールドシップから視線を外して部屋を出る。
私の思考は今、これまでの全てでゴールドシップが干渉した可能性のあるものを精査しそうでないものを排除する事に注力していた。
片手のロシア文学は文庫本なのに重く、サンドイッチは固くなりもう食べられない。
空は先程と変わらず灰色をしている。
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6話終了時点、鵜海晴希への主要な登場人物からの信頼度(%表示)
秋川やよい60% 前話よりの変位なし
三ノ宮優歩70% 前話よりの変位なし
乙名史悦子50% 前話よりの変位なし
サクラバクシンオー95% 前話よりの変位なし
ライスシャワー?% 信頼せざるを得なくなった
ゴールドシップ0%
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オッス! オラゴルシ! オメーら木星人は噓つきって知ってるか? ゴルシちゃんも嘘つくけど、人を騙して泣かせる悪い嘘は嫌いだからよう。そういうの見つけるとドロップキックキメたくなっちまうんだぜ! つーわけで木星人を探しに行くぜ! というわけで次回!
『詐欺師トレーナー、秋川やよいとデートする』
絶対読んでくれよな!
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次回の更新は4月7日午前8時頃を予定しております