「あんのっ白カブト! ルインさまっ! 早く殴ってってばっ!!」
「いやぁ…。流石に、脳筋の相手は困ってしまうな」
「じゃあじゃあデミスさまっ!」
「ならん…」
「なんでよっ! いつもみたくどかーんって…あ、れ、と…んぐっ」
しずくが地団駄を踏んで声を上げる。まんま癇癪を起こした子供だった。その相手が魔神と女神でなければ、まあそういう我が儘も可愛らしくも見えたものだが、なんというかおっかない。それでも、レイは嘆息せざるをえなかった。神様二人そろって、少しは戦い方を教えてやれないものかと。デミスを呼ぶ、その効果で吹っ飛ばして殴る。単純すぎるがゆえに有効な手段ではある。だが、そんな事を毎度繰り返したものだから、地団駄を踏んだその足がよろける程度には、しずくにも余裕がなくなっていた
「はっはっはっ。さてね、ここからどうしたもんか」
「何を笑って。しずくに好き放題させるからこんな事になってんでしょうが」
ピンチはピンチ。今でこそ膠着状態を保っているが、何の拍子で崩れる分かったものじゃない。なのだけど、どうしてだかルインは騒ぐ しずくをみて愛おしそうに笑っているだけだし。デミスに至ってはよろける娘を支えつつも、困り果てたように唸りを上げるだけ
「言うがね? 君ならどうにか出来るのかい、レイ?」
「やらいでか…」
面白がられているようで気は進まないが、だからって見ているだけも出来やしない
「しずく、どうにかして欲しい?」
「許す。やってっ!」
「判断が速いな…」
それにすごく偉そうだ。まあ、神様二人を前にしたら私なんてそりゃ、ただの小娘でしょうけど。そうして肩をすくめたレイは、しずくの手札を引き抜くと口馴染んだ言葉を呟いた
「閃刀起動ーエンゲージ。X-004ハヤテっ」
瞬間、緑色の装甲を身に纏ったレイの手が、長い砲身に添えられる。ターゲットは一つ。今もなお立ち塞がる白カブト…ではなくその台座。HUDに映ったエネルギーの中心は間違いなくそこに集まっていて、それを象る彫像を叩くよりも幾らか現実的に思う。脳筋の相手なんかしてられん。ルインの言葉に習うのも癪だけれど。それは正しく、狙いすましたレイの一撃は、メガリスポータルを撃ち抜いていた
ー
「ねぇねぇデミスさま? 大丈夫? もう動いたりしない」
デミスの影に隠れたまま、しずくが そろりそろりとつま先を伸ばしていく。倒れ崩れた彫像の頭、その白兜の先を小突いては、おっかなびっくりと足を引っ込めていた
「ふ…ふんっだ。まったくもう、おどかして、びっくりさせないでよ」
けれど、完全に沈黙したと見るやいなや、今までの不満をぶつけるように、白兜を大きく蹴り上げる
「しずく…。やめなさいな、みっともない」
「だって、こいつらがっ。レイお姉ちゃんだってびっくりしてたでしょうよっ、急に動き出して」
「それも分かるけど…」
お行儀が悪いなと、レイは思う。誰のしつけが悪いのかと、それを神に問立てたとて沈黙か、笑いが返るだけなのは目に見える。メガリスに感情があるのかはともかく、それでも倒した相手を足蹴にするのは良くないと思う
「しずく…しずくちゃんってば…」
3回だ。3回は止めたぞ、私は。それでも怒りが収まらないのか、負けず嫌いの気に触れたのか、しずくは白兜をサッカーボール代わりにするのをやめなかった
なんて無防備な後ろ姿だろう。後ろにはデミスがいて、ルインがいて、他に敵らしいものは何もない。子供らしく安心しきっていて、戦いの後に昂ぶった感情を八つ当たりで吐き出してて。そこには、なんというか、耐え難い誘惑があった。年上として、あの子を諫める立場としては してはいけない事と思う。だが同時に、全くもって同じに、私の中にもああいった童心があるのも思い出す
ようは悪戯をしたくなっていた
不意に見つけた友人の背中に「わっ」と声を掛ける程度だけれど。それはきっと勝ち誇った しずくを戒めるいい薬になるだろう…とは言い訳で。驚いた あの子が騒ぎ立てる様子、そんな想像が私の胸をドキドキと逸らせていた
ー
「ありがとう」
「お礼なんて。やらなきゃやられてたでしょ」
「そうでもあるが。そっちじゃないよ」
「ああ…」
ルインの口からでた素直なお礼。それは先の戦闘の事よりも「あの子と仲良くしてくれて」といった趣のほうが強かった。破滅の美神が口にした殊勝なお願いに、レイは戸惑いながらも身の振り方が決まるまでと保留気味に答えていたことを思い出す
「これで良いのかなって…思うことはあるけれど」
単に仲良くしてくれと言われても少し困る。あの子の言動を見ていると、思わずお姉さん風を吹かせてしまうが、友人を求められているのなら、やっぱりもう少し、一緒になって遊んで上げるべきなのかとも思ってしまう
ルインと眺める視線の先。デミスが抱えたメガリスの台座を物珍しそうに眺めているしずくの背中は少々ぎこちなく、まるでそれ以上に首が回らないかのように、こっちを見ようとはしてなかった
「良いんじゃないかい? 好意的な人の関係というのには疎いものだが、悪くは見えないな」
「今しがた嫌われましたよ、私?」
「はははっ。可愛いものじゃないか、思ってもないことを口にしてさ?」
「はぁぁぁ~…。笑わないでよ、仲直りするの私なんだから」
「お姉ちゃんなんか大っきらいっ」言われてみると中々にショックだった。結構キツイなと思える程度にはあの子を可愛がっている自分がいる事に気付かされる
そろりそろりと足を忍ばせて、気づいているだろうに、デミスもルインも止めないものだから、ついついと調子に乗ってしまった部分もある。その怒らせた肩に手をおいて、小さな背中に向かって「わっ」と声を張り上げた。その結果といえば「ぎゃぁぁぁぁっ!!」と、自慢の長い黒髪が逆立つような勢いで飛び跳ねて、遁走する猫の勢いで しずくはデミスの背中に駆け込んでいった
「あははははっ。ね? 油断しちゃダメなんだから。ふふふっ…」
「へ? え? あ、レイお姉ちゃん…な、んで?」
面白かった、おかしくって、笑ってしまう。あんな大げさに驚いて、想像していたよりも可愛らしい。カタカタと震えながら顔を覗かせ、まあるく開いた瞳が私を見つけると、それは次第に頬の膨らみへと変わっていく。怒るかな、まあ怒るだろうなって。それは分かっていても、その言葉が、思っていた以上に自分の胸に影を落とすことまでは予想していなかった
「ふふっ。存外とキミも子供じゃないか」
「そりゃ、ルインみたいにはいかないよ」
「なにか、不敬なことを考えてはいないかい?」
「言えませんよ、恐れ多い…」
年増、だなんて露ほども思わず。レイは仲直りの一歩の前に、抱えていた膝を解いて立ち上がった