「だったら、アラトロンのポータルを使って。いでよ、メガリス・ベトール」
多頭の竜の彫像が首を伸ばしていた台座が裏返ると、次に開いたゲートから、悪魔の様な意匠を施された彫像が現れた。動く石像…絵本の中から飛び出しそうな存在は、何度見てもなれるものでもないが、厄介なのはその後だった
召喚と同時に撒き散らされる破壊的な閃光は、如何にも しずくちゃんの好みそうな奴で。だからそういう乱暴な戦い方を止めろと何度も言ってはいるのだけど
「くそっ! お転婆かっ!!」
「ふふっ。レイお姉ちゃんったら お口が悪いのだわ」
「しずくちゃんが言うかなっ! ええいっ、イーグルブースターっ!」
だからって対応しないわけにもいかなかった。そうは言っても有効なことに変わりはないのだ。慌ててブースターで加速して2度3度と飛んでくる破壊効果を掻い潜り「エンゲージ、カガリ!」赤い装甲を身に纏うと、レイはそのままベトールの懐まで切っ先を伸ばしていく
「甘いわ。アンフォームド・ファレグっ!」
「うっそっ!?」
閃刀がベトールを切り裂くよりも早く、彫像が瓦礫となって崩れ落ちる。それは渦を巻き、円を描き、新たな台座を作り上げると、甲冑を身に着けた白い天使の彫像に切っ先を阻まれた
「これならどう? 今のカガリでは出力が足りてないんじゃない?」
「生意気言ってっ!」
まるで勝ち誇ったように笑みを浮かべるしずくちゃん。だからこそ、その油断に付け入る隙きは十分にあった
「ウィドウアンカーっ!」
三叉の足を開き、飛び出した複数のワイヤーが天使の彫像に巻き付いていく。その身を縛り、天使を操り人形に変えると攻撃の矛先を しずくちゃんへと向けさせた
「なぁっ!? ちょっとずるいわよっ、お姉ちゃんっ! そんなのインチキなのだわっ」
「アンタが言うなっ!」
矛先を向けられた しずくちゃんが、悲鳴をあげるとその場に ぺたりと座り込んでしまう。勝った…勝てた。その実感は鼓動とともに全身へと運ばれて、耐えきれなくなった衝動が笑みを形作ると、レイの口の端を持ち上げさせていた
「よしっ」
ビビった。マジで焦った。もう少しで押し切られるかと思ったけど何とかなった。戦い方を考えろと言ったまでは良いが、言ったそばから負けていたのでは格好が付かなくなるところだった。しずくちゃんが私をどう見ているのかはともかく、この場の私は少なくともあの子の姉ではありたかったのだ
「これでわかったでしょう? そんなやたらめったら暴れ回ったって…ね、ん?」
だがおかしい。静かすぎる。負けた悔しさを堪えるよりも、吐き出すような子だと、短い付き合いながらも理解していたつもりだったが。覗き込んだその顔は「むっすー」と、如何にも不満そうではあったし、なんなら目元に光るものすらみえた
「あー、あーうーん」
そっかぁ、そう来るんだ。てっきりムキになると身構えていただけに、急に拗ねられると対処に困る。下手な慰めも なんか喜びそうにないし、私の甘さか、かと言って放っておくのも出来なかった
「大丈夫、しずくちゃん? 怪我とかしてない?」
なるべく優しく声を掛け、脅かさかないようにゆっくりと近づいていく。伸ばした手を近づけて、頭を撫でようと、もう一歩、レイが踏み出した瞬間だった
「フールとオフィエルでオーバーレイネットワークを構築…」
「へ?」
底が抜けた。文字通り、踏み場の無くなった足が奈落に掴まれて落ちていく。早送りで流れていく視界の上、私を見下ろしていたのは、ぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべる しずくちゃんともう一人。頭に大きな花飾りを載せた桃色の髪の女の子が「くすくす」と微笑んでいた
ー
大きく開いた花弁の上に女の子が二人「きゃっ、きゃっ」と、手を合わせて はしゃいでる姿は見た目からしてメルヘンではあった
「しーずーくー」
「し…ず…く?」
「そうそうっ。それが私の名前よっ」
子供に言葉を教えるように声を掛け、それが叶うと しずくちゃんは嬉しそうに顔を綻ばせる。その笑顔を真似するように、その子も笑顔を返し、取られた手を握り返してみせた。ニコニコ、ニコニコ…。桃色の髪をしたその女の子の笑顔は、一見して可愛らしくも見える。けれど、時折見える不穏な表情。こんな監視をするような真似はしたくなかったが、戯れ合いの隙間、合いの手にも満たない空白に覗く 何の感情も籠もらない無表情は、レイの気分を酷くざわつかせていた
大きな花弁をベッドにして、それこそ妖精みたいな女の子とお昼寝をする。これだけを見れば羨ましい、なんだったら私も仲間に入れて欲しいとさえ思っていた。「はぁ…はぁ…」しかし、聞こえてくるこの息遣い、熱のこもった視線。花弁の上で丸くなっている しずくに覆いかぶさるようにして、その女の子は顔を寄せていく。女の子の桃色の髪が、しずくの頬に掛かる距離。まるで花が咲いたように色づいた横顔のまま、しずくの頬を撫でた指先は、そっと首筋に降りていき
「あのさ? 友達をしてくれると言うなら、まだ見逃すんだけど、そこんとこどうなの?」
通じているかは分からない。けれど、私が発した言葉は届いたようで、つまらなそうに、あるいは能面の様に表情を消した女の子が顔を上げた。来るか? 敵意は感じられない。けど、妙にザラザラした感覚が私の気分を逆なでしていた。いつでも抜けるよう閃刀に手を掛けて、また落とされては敵わないと、ブースターの用意も抜かり無く
「ん、んぅぅぅ…? あれ、レイ、お姉ちゃん? フレシアちゃんもどうしたの?」
けれど、そんな私達のにらみ合いを遮ったのは、不意に起き上がった しずくの寝ぼけ眼だった
ー
「嫉妬かい?」
「バカ言わないで。そんなんじゃないってば…」
からかうようなルインの言葉に首を振りながらも、しかしレイには思い当たるフシも無くはなかった。じゃれ合う二人の間に感じた、あの妙なざわつき、何かが引っかかった様にザラザラした胸の内はたしかに、そう呼べないでもない感覚ではあった
「だーめー。やめてったらデミスさまっ」
「ぬぅ…」
フレシアを庇うようにして、しずくがデミスの前で両手を広げて立ち塞がっている。娘の思わぬ反抗に足を止めたデミス。しかし、のっぴきならない空気を醸し出した蠱惑魔を放っておくも事もできず、事態は膠着の様相を呈していた
「くくっ。まさか、あの子がデミスに逆らうなんてね」
「分かるけど。面白がってる場合?」
実際に何をしでかしたもんだかわからない。あれが行き過ぎた愛情表現であればまだ良いのだけど。そのせいで、しずくちゃんに危険が及ぶようなら、やっぱりデミスの対応だって間違ってはいないものだ
「ならんと…退け、娘よ」
「お願いよデミスさま、フレシアちゃんに酷いことをしたら…あ、きゃっ」
「ぬ」「ぁ…」
しびれを切らしたデミスが、強引に一歩前へ。立ち塞がる しずくを押しのけようと、加減を誤った剛腕は少女を転ばせるには十分だった。同時に漏れた声は2つ。野太い魔神の戸惑いと、可憐な少女の吐息。一瞬、罪悪感に動きを止めたデミスではあったが、どの道拭えない感傷ならと、そのままフレシアに向かって一歩を踏み込んだ時だった
すぽっ…
底が抜けた。「あ…」と、レイが声を上げる合間にも、その巨体は穴の底へと沈んでいき、その頭が落ちきる寸前、鉄棒代わりに伸ばした戦斧にぶら下がることで、かろうじて落下を食い止めていた
「…」
沈黙。誰もがその光景に声を発せなかった。目前でそれを見ていた しずくでさえ、ぽかんと口を開いたまま、穴の入り口でぶら下がるデミスの剛腕を見つめている
「くはっ! あははははははっ!!」
いつまでも続くかと思われた静寂。しかし、次の瞬間、耐えきれなくなったルインが、破裂した風船のように声を上げ、お腹を抱えて笑いだしていた
「で、デミス…なんだいそれ? それは…くく、はははっ」
「ちょっ…やめて、ルイン。そんな笑われたら、私まで…」
堪らなかった。行儀が悪い、ともすれば下品にも見える笑い方でも、美神がそれをするだけで絵になるのはズルいって思う。デミスに遠慮して笑いを堪えるレイからしたら、憚り無く笑えるルインが羨ましい。だからつい、つられてしまいそうにもなる
「だっさっ」
「ぷふっ…ちょ、ほんとに…」
俗っぽい。あまりにも私達目線なその物言いに、ついに耐えきれなくなって、噤んでいたレイの唇からは、ついに笑いが飛び出してしまった
「あ、あのね…デミスさま。その、ね?」
謝るのが先か、気遣うのが先か、どれを口に乗せるのも憚られ、恐る恐ると しずくは穴の底を覗き込む。ぶらり…戦斧に手を掛けてかろうじてぶら下がっているデミスの巨体。いつも見上げるだけだった、その頼もしい姿を見下ろしていると、なんとも言いようのない気にさせられる
「よい…が、下がっていろ」
「些事では…ないのね」
「事ではある。が、よい」
大抵を些事だと割り切っていたデミスが見せた動揺に、しずくの顔は青ざめていった。お仕置きか、お説教か、無口なデミスさまがお説教もないだろうし、あんな大きな手でお尻を叩かれたら、どれだけを痛いかを想像する程に歯が浮きそうになる
「し、ず、くぅ…んー、んぅぅぅ…」
「え、ちょっ、フレシアちゃん? ひっぱちゃ、あ、で、デミスさま、ごめんなさーい」
謝りたい…けれど、迷うしずくの気持ちを知ってか知らずか、フレシアはその手を引いて、引きずってでも離れようとしていた。抵抗しようにも その力は意外と強く、まして一旦 逃げ出したい気持ちにも押されると、一度浮きかけた しずくの体はズルズルと引きずられていった