疾れイグニース!   作:阿弥陀乃トンマージ

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第4レース(4)サンシャインノヴァVSグレンノイグニース

「……そろそろ牡竜とも本格的に走らせようと思っていたんだ。良いタイミングで声をかけてくれたな」

 

「それはなにより……」

 

 翌日、コースの内側に炎仁の騎乗するグレンノイグニースと、外側に青空の騎乗するサンシャインノヴァが並んでいる。青空が尋ねる。

 

「で、何を賭ける?」

 

「賭けるって?」

 

「おいおい、勝負事なんだ、何か賭けないと面白くねえだろう?」

 

「じゃあ俺が勝ったら、男も含め、このCクラスの連中ともっと仲良くやってくれ」

 

「あん?」

 

 青空が不思議そうに首を傾げる。

 

「そんなに変なこと言ったか?」

 

「いや、アタシは仲良くしているつもりだぜ?」

 

「あ、あれで⁉」

 

「そうだよ。見えない壁みたいなものを作っているのはむしろ向こうの方だろう」

 

「で、でも端から見れば、君に振り回されているように映るんだ」

 

「そういうものかね……」

 

「だからなんというか……アプローチの仕方を変えてみて欲しい」

 

「結構難しいことを言うな……まあ、分かったぜ。じゃあ、アタシが勝ったら?」

 

「そうだな……俺が退学するよ」

 

「んなっ!」

 

「え、炎仁⁉」

 

 青空だけでなくスタート地点でスターターを務めようとしていたレオンも驚く。

 

「どうせビリッケツ評価だ。こういうところで勝てないようじゃどうせ先が無い」

 

「思い切ったことを言うじゃねえか……気に入ったぜ」

 

「ちょ、ちょっと待て、炎仁!」

 

 レオンがラチ越えに身を乗り出して炎仁に対して慌てて声をかける。

 

「どうしたレオン?」

 

「どうしたじゃない! 君、そんなことを言って大丈夫なのか?」

 

「勝負事だから絶対大丈夫ってことはないな」

 

「おいおい!」

 

「まあ待て、俺の話を聞け……」

 

 炎仁はレオンに小声で囁く。

 

「いや……それはまあ、考え方としてはありかもしれないけど……」

 

「そんじゃ、スタートよろしく」

 

「……え、えーい! よーい、スタート!」

 

 レオンの声に反応し、二頭が勢いよく走り出す。

 

「出足はどちらも良いですわね」

 

「どちらが前を取るかが鍵になりそうです」

 

 飛鳥と海が冷静に分析する。真帆が呟く。

 

「序盤のポジション取りがどうなるか……」

 

(ふん、結構スタート良くなっているじゃねえか、どちらも差し・追込と、最後の直線で力を発揮するタイプだが……ここはアタシが前に出させてもらう!)

 

(ここは譲らない!)

 

「のわっ⁉」

 

 グレンノイグニースが前に出る。サンシャインノヴァは一竜身ほど遅れる。

 

「炎仁が前に出た!」

 

 スタート地点から皆のいるゴールまでドラゴンを走らせてきたレオンが驚く。

 

「……どう見るよ」

 

 嵐一が翔に問う。

 

「……グレンノイグニースが勝つとしたら前に出るしかないと僕も思う。脚質は差しだけど、現状の能力を見ても、先手を取って終始優勢にレースを進め、先行で押し切るという形がベストとは言わないまでもベターだ」

 

「現状の能力ってのは純粋にドラゴンの能力か?」

 

「もちろん、鞍上の技量差っていうのもある」

 

「天ノ川さん、貴方が評価するほどの方かしらね、朝日さんの手綱さばきは」

 

 飛鳥が翔の戦況分析に口を挟んでくる。

 

「確かにデタラメな部分もある……ただ、なんというか、一体どこで培ったのか、天性のレース勘みたいなものが彼女にはある」

 

「レース勘……バイクに乗ることで培ったものでしょうか?」

 

「そうかもね」

 

 海の問いに翔が頷く。レオンが叫ぶ。

 

「最初のコーナーだ!」

 

「あ!」

 

 真帆が思わず声を上げる。炎仁たちがコーナーリングに手間取り、かなり膨らんでしまったのだ。空いた内側を素早く青空たちが突き、先頭が交代する。

 

「なるほどな、あそこで即座に反応する辺りが天性のレース勘ってやつか」

 

 嵐一が納得したように頷く。翔が小首を傾げる。

 

「ん? ……いや、気のせいか……」

 

「このまま、最終コーナーを回って直線、内ラチ沿いを走って距離のロスも少ない朝日さんの優位は動かない……決まりですかね」

 

「姉……ある方から聞いた話では、ここからが紅蓮君たちが侮れないところですわ」

 

 海の冷静な分析を飛鳥が否定する。

 

(最終コーナーを回れば、アタシの勝ちだ! あっけなかったな!)

 

(まだだ!)

 

「⁉」

 

「あ、あれは⁉」

 

 ともに走る青空たちだけでなく、見ているギャラリーも驚く。グレンノイグニースが最終コーナーを滑空しながら、その途中で上にジャンプしたのである。しかも、前を行くサンシャインノヴァの頭上を一気に飛び越えるわけではなく、その外側にピタッとつけたからである。

 

「な、なにを⁉」

 

「いつも外側から追い込みをかけていた。逆の立場になるのは慣れていないはず!」

 

「ぐっ……」

 

 炎仁の言葉に青空が苦々しい顔を浮かべる。

 

「左右に誰もいない、窮屈さから解放された状態でこそ、サンシャインノヴァの爆発力ある末脚は活きる! 内側に抑え込まれているのは得意ではないだろう!」

 

「下手なコーナーリングでアタシらを前に行かせたのも罠だったってことかよ⁉」

 

「ある程度は!」

 

「なかなか面白えじゃねえか! 正直ちょっとナメていたぜ!」

 

「ここからは純粋な末脚勝負! イグニースの脚でも勝負になる!」

 

「アタシは空で、こいつは太陽だ! とらえられるかよ!」

 

「いける!」

 

「ぐっ⁉」

 

(やっぱり、イグニースは頭が良いというか、吸収力がある! レースの最中でも、サンシャインノヴァのこの爆発力ある末脚に対抗するにはどうすべきなのかと必死に考えながら走っている!)

 

「ちっ!」

 

「後はお前の頑張りに俺が答えるだけだ! いっけえ‼」

 

「‼」

 

「……クビ差でグレンノイグニース号の勝ちだね」

 

 仏坂が淡々と結果を告げる。

 

「よっしゃー!」

 

「炎ちゃん、凄い!」

 

「やったぞ、炎仁!」

 

 炎仁がガッツポーズを取り、真帆とレオンが声をかける。

 

「……へへっ、ビリッケツ野郎に負けるとはな、競竜もなかなか奥深いな」

 

 青空が笑みを浮かべる。その日の夕食……。

 

「これは……」

 

「アンタの目覚まし時計だよ」

 

「ど、どうしたんですの?」

 

「直した」

 

「直した⁉」

 

 青空の言葉に飛鳥が目を丸くする。

 

「そんなに驚くことかよ……機械いじりは好きなんだ、意外と簡単に直せたぜ」

 

「あ、ありがとうございます! 貴女、結構良い方なんですね!」

 

 飛鳥が青空の両手を取る。青空は照れ臭そうに眼を逸らす。

 

「壊しちまったのを直しただけだ……それとクラス長」

 

「はい?」

 

「筋トレが悩みだって言ってたな、効率の良いトレーニング法を教えてやるよ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「なんだ、迷惑なら良いんだぜ?」

 

「い、いえ、迷惑ではないのですが、良いのですか?」

 

「何が?」

 

「我々は同じクラスですが、合格を競うライバル同士でもあります。そんな敵に塩を送るような行為をしてしまって……」

 

「はははっ! 強敵と書いて『とも』って読むだろう?」

 

「読まないですけど」

 

「これから切磋琢磨していく相手には強くなってもらわなきゃ困るんだよ!」

 

「! そういうことですか……」

 

「そういうことだ……おお、そうだ、野郎ども!」

 

 青空は近くのテーブルに座る、炎仁たちに声をかける。

 

「ど、どうかしたのか?」

 

 青空は炎仁たちに近づくと、小声で囁く。

 

「気になる女子がいたら教えろよ、アタシがセッティングしてやるからよ」

 

「ほ、本当かい⁉」

 

「ああ、地元じゃ『暴走キューピット』って有名だったんだよ」

 

「不穏なあだ名だが、逆に頼もしい!」

 

「少し落ち着け、レオン」

 

 炎仁が興奮するレオンをなだめる。

 

「他のクラスの娘もありなの?」

 

「おおっ!これは天ノ川! 最も意外な奴が大外から食いついてきたな……もちろん大丈夫だ、任せとけ!」

 

「ふ~ん、じゃあ、考えとく」

 

「ちっ、くだらねえ……」

 

「……そういう草薙の旦那、結構他クラスの女子から評判が良いみたいだぜ?」

 

「! ……」

 

 頬杖を突いている嵐一の眉がピクッと動く。

 

「まあ、旦那はストイックだからな、その手の話は止めさせるようにするぜ」

 

「い、いや、別に話をするのはそいつらの自由だからな、好きにすればいいさ」

 

 嵐一は青空のことを横目で見ながら、うんうんと必要以上に頷く。

 

「……私、教官に報告することがありました、ここで失礼します」

 

 海が食堂を後にして、教官室に向かう。

 

「……ええっ、女子の副クラス長を朝日君に?」

 

「正式に発表する前に教官の意見を聞きたいと思いまして」

 

「君が決めたのならそれで良い……だけど、どうしてだい?」

 

「単なるトラブルメーカーだと思っていましたが、ムードメーカーとしても振舞うことが出来るのだと感じました。先ほどからの僅かな間でクラスの雰囲気は一気に好転しています。競竜とは個々の競技ですが、レースを行う上で、お互いの信頼関係も大事になってきます。潤滑油となれる彼女の存在は貴重です」

 

「ふむ……しっかり判断したのなら、それで良いんじゃないかな」

 

「ありがとうございます。では、明朝に発表させて頂きます」

 

 海は教官室を出て、食堂に戻る。青空と真帆が小声で話している。

 

「真帆よ、お前の狙いは分かっている、炎仁との距離を縮めたいんだろう?」

 

「ど、どうしてそれを⁉」

 

「見てりゃ分かるさ、待ってろ、『炎ちゃん』との距離を詰めてやるよ」

 

「は、はい……!」

 

「炎仁! 来月の東京レース場見学の際の自由行動……アタシと回んねえ?」

 

「え? あ、うん、良いけど……」

 

「なっ⁉」

 

 真帆が愕然とする。青空が振り返って悪い笑みを浮かべる。

 

「油断したな、先手必勝だよ……」

 

「ぐぬぬ……」

 

「前言撤回……やっぱり単なるトラブルメーカーかもしれません……」

 

 海が呆れた目を向ける。

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