疾れイグニース!   作:阿弥陀乃トンマージ

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第10レース(3)交流レースに向けて

「さて、今日は大事な話があるよ……」

 

 12月もいよいよ残り後数日に迫ったある日、仏坂がいつになく真面目なトーンで話し始める。皆も緊張感を感じ、無言で聞いている……一人を除いて。

 

「zzz……」

 

「天ノ川君が寝ています」

 

「……起こしてくれる?」

 

「……」

 

 海は端末を天ノ川の耳元に近づける。

 

「うわっ⁉」

 

 翔が跳ね起きる。青空が驚く。

 

「おおっすげえな! 今までバイクの爆音とか聞かせても効果なかったのに!」

 

「天ノ川君、一体何を聞いたのですか?」

 

 飛鳥の問いに翔が小さく震えながら答える。

 

「い、いや、思い出したくもないよ……」

 

「すっかり怯えている……」

 

「何を聞かせたんだよ?」

 

 レオンが怪訝そうな目を海に向け、嵐一が首を傾げる。

 

「それは秘密です……」

 

「海ちゃんだけは敵にまわしたくない……」

 

「全くだな……」

 

 真帆の言葉に炎仁が頷く。仏坂が咳払いを一つして、説明を再開する。

 

「年明けの1月7日、阪神レース場で『交流レース』が行われる。関東関西の両競竜学校の通常コース受講の三年生と短期コース受講の学生はよほどのことがなければ全員参加してもらう。さらに、各地方競竜学校の学生も何人かがゲストとして参加する」

 

「……」

 

「レースは全部で8レース、出走に関しては牝竜限定競争が一つあるが、それ以外の7レースに特に指定はない。一人で戦うも集団で戦うも自由だ」

 

「集団で戦う?」

 

 炎仁が首を傾げる。仏坂は説明を続ける。

 

「少し言い方は良くないかもしれないが、例えば逃げ竜を捨て駒として、目茶苦茶なハイペースで逃がし、そのレースの本命竜を二、三頭でブロック、自分のペースに持ち込んだこちらのエースが確実に一着を狙う……とかね」

 

「ルール違反というわけではないのですね」

 

 海が尋ねる。仏坂が答える。

 

「明らかな妨害行為など見られなければね。まあ、これは一つの考え方だ」

 

「例えば、Cクラスを二チーム四頭ずつに分けて、今おっしゃったような戦法を実行すれば、8レース中、2レースを勝てる可能性が高くなりますわね」

 

 飛鳥が顎に手をやりながら呟く。仏坂が頷く。

 

「そういうことになるね」

 

「ただ、それだと……」

 

「ん? なんだい、紅蓮君?」

 

「勝った二人しか合格の可能性が高まりませんよね?」

 

「レース内容にもよるけど、今言ったようなレース運びだったら、そうなるね」

 

「だったら、俺はその作戦には乗れません。ここまで来たんだ、このCクラス全員が合格する可能性に賭けたい!」

 

「炎仁……」

 

 翔が炎仁の方に振り返る。炎仁は苦笑いを浮かべる。

 

「分かっているよ、翔。甘いって言うんだろ?」

 

「いいや、僕も君と同じ考えだ」

 

「!」

 

 翔の言葉に炎仁だけでなく、皆も驚く。翔は仏坂の方に向き直って告げる。

 

「策を弄し過ぎてもよくないと思います……幸か不幸か、このCクラスの注目度は関西の方ではさほど高くはありません。先の東京レース場での模擬レースも展開がハマっただけのまぐれ勝ちと評価する向きもある。つまり、全国的に見て……僕らは相変わらず『崖っぷち』の集まりに過ぎないということです」

 

「げ、現実は厳しいなあ……」

 

 翔の説明にレオンが嘆く。それに構わず翔が説明を続ける。

 

「レース予想風に照らし合わせてみたら、僕らは『×(大穴)』か『☆(穴)』、せいぜい『注(注意)』と言ったところでしょう。1レースに何頭出るのかが今のところわかりませんが、せいぜい5~7番人気と言った所でしょうか」

 

「……下位の方ですね」

 

「間違っても上位ではないってことか」

 

 海の言葉に青空が笑う。

 

「『崖っぷち』クラスだからな、大方そんなもんだろう」

 

 嵐一も自嘲気味に笑う。翔が再び口を開く。

 

「僕らに出来ることは大穴竜として、文字通りレースに大穴をあけることです」

 

「それってつまり……」

 

 真帆の言葉に翔が頷く。

 

「8レースそれぞれに一人と一頭が出走、各自好走して存在感を示すんだ! 君もそういう考えだろう炎仁?」

 

「ああ、俺たちのそれぞれ培ってきたものをぶつけるんだ!」

 

「……つまり、1レースに一人ずつエントリーということでいいんだね?」

 

「はい!」

 

 全員が元気よく答える。仏坂は満足気に頷く。

 

「では芝が4レース、ダートが4レースだけど……」

 

「ちょっとよろしいですか?」

 

「ん? どうしたの、三日月さん?」

 

「私たちが勝利を目指す上で最大の障害になるのは関西競竜学校Aクラスの方々ですよね? 色々と因縁のある方もいると思いますし……」

 

「あ、ああ、それもそうだね……」

 

「相手のデータ等も踏まえて、各々出走するレースを決めても良いですか?」

 

「それは構わないけど、相手のデータなんかあるのかい?」

 

「独自のルートで入手しました」

 

「な、なんのルートかは聞かないでおくよ……」

 

 眼鏡をキラッと光らせる海に対し、仏坂は苦笑を浮かべる。海が教室の前に進み出て、モニターに様々な映像データを表示させる。

 

「ではまず……ダート1800mですが、金糸雀君にお願いしたいのですが」

 

「えっ⁉ ジョーヌエクレールがダートか、走れなくはないと思うけど……」

 

「阪神のダート1800は逃げが有利だ。ハイペースで行って構わないと思うよ」

 

「教官がそう言うなら……でも正直ちょっと不安だな~」

 

 レオンが不安そうに頷く。海が補足する。

 

「ちなみに関西はこの方がエントリーしています」

 

「え? TDLでブレイクダンスしていた気弱なマッチョさん⁉」

 

 モニターに映った男性と檸檬色の竜体のドラゴンを見て、レオンは驚く。

 

「この方は安寧乱舞(あんねいらんぶ)さん、和歌山県出身の18歳。騎乗するドラゴンは『ブトウカイノハシャ』。巧みなステップワークで竜群を捌くのに定評があります」

 

「ドラゴンはなかなか良さげだけど、この人自身は体格に似合わず、なんだか気弱そうだったしな~うん、勝てそうな気がしてきたよ!」

 

「調子の良い奴だな……」

 

 途端に強気になるレオンに嵐一が苦笑する。

 

「では、牝竜限定の芝2200mは私とミカヅキルナマリアが出走します」

 

「うん、逃げが有利とは言えないけど、ここは三日月さんに任せよう」

 

 仏坂の言葉に海が頷く。

 

「ちなみに関西からはこの方が出走予定です」

 

「おっ、この間TDLで会った、派手な姉ちゃんじゃん!」

 

 モニターを見て、青空が驚きの声を上げる。真帆が首を傾げる。

 

「この人、美人さんですね……どこかで見たことあるような……」

 

桜花華恋(おうかかれん)さん、兵庫県出身の17歳、某有名歌劇団を退団され、ジョッキーを目指している異色の経歴の持ち主です」

 

「ああ、だから見たことがあったんだ」

 

「私はそちらには疎いので気付きませんでした……それはともかくとして、騎乗するドラゴンは桜色の竜体が特徴的なこの『トキメキエンプレス』、なんというか……華のある走りが印象的ですね」

 

「対策はあるのかしら?」

 

「派手さに惑わされず、あくまで堅実にレースを進めようと思っています」

 

 飛鳥の問いに海は淡々と答える。飛鳥は笑う。

 

「三日月さんらしいお答えですわね」

 

「次はダート1400mですが……朝日さんにお願いしようかと……」

 

「アタシか? ダート?」

 

「ダート1400は意外と追い込みが来る、サンシャインノヴァの爆発力は面白いよ」

 

「教官が言うなら、それに乗っかるぜ。で、どいつを〆れば良い?」

 

 青空が指の骨をポキポキと鳴らす。

 

「関西はこの方です」

 

 モニターに黒髪短髪で、布で顔を半分隠した女性が映る。

 

「⁉ こいつもこないだTDLで会ったやつじゃねえか!」

 

蛇尾(だび)ゆとりさん、三重県出身の15歳、本物のくのいちです」

 

「い、いや、くのいちって……」

 

「真帆、いいからそういうことにしておけ……」

 

 青空が真帆を制す。海が説明を続ける。モニターに銀色の竜体が映る。

 

「騎乗するドラゴンは『メタリッククノイチ』、道中で存在感を消したかのように見せる走りが印象的ですね」

 

「そ、それは……消えるってこと?」

 

「金糸雀、そんなわけねえだろうが……アタシは後方待機型だから、後ろからは全部丸見えだっつーの。落ち着いて対処すれば問題は無えよ」

 

 レオンの疑問に青空は呆れ気味に答える。

 

「……ダート2000mは草薙さんとアラクレノブシでお願いします」

 

「そうだね、力強さが求められるコースだし、草薙君が適任だろうね」

 

 仏坂がうんうんと頷く。嵐一が尋ねる。

 

「関西は誰が出るんだ?」

 

「この方です」

 

「⁉ こいつは……TDLで会った坊主?」

 

鳳凰院金剛(ほうおういんこんごう)さん。奈良県出身の16歳。騎乗するドラゴンは『サイキョウベンケイ』、大きい竜体をしています。道中のポジション取りで負けないように……」

 

「心配すんな、その辺で後れをとるつもりは無えよ」

 

「頼もしい限りですわね」

 

 嵐一の言葉に飛鳥は笑みを浮かべる。

 

「芝1600mですが、天ノ川君とステラヴィオラにお願いしたいのですが……」

 

「果たして適正距離かなって気もするんだけどね」

 

 仏坂が首を捻る。やや間を置いて翔が口を開く。

 

「……十分適応出来ますよ。それに……あいつが出てくるんでしょ?」

 

「ええ、天ノ川渡さんとステラネーロがエントリーしています。夏合宿での因縁を抜きにしても、勝負出来るのはやはり天ノ川君かと……」

 

「あいつに勝てるのは僕くらいだろうね~」

 

「大した自信ですわね。夏は結構な差があったように見えましたが?」

 

「僕は同じ相手に二度は負けないよ」

 

 飛鳥の問いに対し、翔ははっきりと断言する。青空が口笛を鳴らす。

 

「おお~言うねえ~」

 

「芝2400mは撫子さんとナデシコハナザカリにお願いします」

 

「ラストの直線勝負になりがちだからね。撫子さんのペース配分に期待するよ」

 

「お任せ下さい」

 

 海と仏坂に向かって飛鳥は力強く頷く。真帆が海に問う。

 

「ということは、関西の方は……」

 

「ええ、撫子グレイスさんとナデシコフルブルムが出てきます」

 

「天ノ川の心配をしている場合じゃねえんじゃねえか?」

 

 嵐一がからかい気味に声をかける。

 

「わたくしは撫子家で一番、つまりジパングナンバーワンを目指しておりますの。これしきの壁、なんてことありません。軽々と乗り越えてみせます」

 

「す、凄い自信だ……」

 

 レオンが感心する。

 

「ダート1200mは真帆さんとコンペキノアクアにお願いしたいと思います」

 

「ダートですか……」

 

「阪神のダート短距離は先行が有利だ、紺碧さんで良いと思うよ」

 

「教官がそうおっしゃるなら、それを信じるだけです」

 

「ちなみに関西はこの方、火柱ほむらさんとマキシマムフレイム、追い込みの脚に注意して下さい」

 

「あの威圧感は本当に凄かったです……」

 

「なんだよ、ビビッてんのか?」

 

 青空の問いに真帆は首を左右に振る。

 

「いいえ、夏に対戦出来たことである程度のイメージは持てていますから、過度に恐れてはいません」

 

「流石、前向きですね」

 

 真帆の言葉に海も満足そうに頷く。

 

「対戦を組んだ甲斐があったかな?」

 

 仏坂も笑みを浮かべる。

 

「最後に芝2000m、炎仁君とグレンノイグニースにお願いします」

 

「ああ!」

 

「差しが決まりやすいコースだ。自信を持って大丈夫だよ」

 

「はい!」

 

 仏坂の言葉に炎仁が力強く頷く。海が補足する。

 

「関西はこの方です。疾風轟さんとハヤテウェントゥス」

 

 モニターに夏合宿で苦杯を舐めた相手が映し出される。

 

「炎仁、まさか、同じ相手に二度負けないよね?」

 

「もちろんだ、翔!」

 

「俺らの借りもまとめて返してくれよ」

 

「そのつもりだ、嵐一!」

 

「頼むよ、炎仁!」

 

「任せろ、レオン!」

 

「マイダーリン、一着でわたくしの元まで駆け抜けてくれるのを願っていますわ」

 

「ああ、期待していてくれ、飛鳥さん!」

 

「炎仁君、必ず勝って、私とのラブデータを解析して下さい」

 

「ああ、見守っていてくれ、海さん!」

 

「炎仁、熱いレースでアタシの心にも火を付けてくれよ」

 

「ああ、待っていてくれ、青空!」

 

「ちょ、ちょっと、女子陣、激励のベクトルおかしくないですか⁉」

 

 真帆が声を上げる。女子三人が顔を見合わせる。

 

「なにかおかしいことがありまして?」

 

「いいえ……」

 

「別に?」

 

「ま、まあ、今は良いでしょう……炎ちゃん、必ず勝ってね!」

 

「ああ、勝利を願っていてくれ、真帆!」

 

 炎仁は力強く声を上げる。

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