疾れイグニース!   作:阿弥陀乃トンマージ

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第1レース(2)既読スルーはやめよう

「そういえば皆とは連絡を取っているの?」

 

 食堂で真帆は真向いに座る炎仁に問う。炎仁が首を傾げる。

 

「皆? 中学のクラスメイトととか?」

 

「いや、そっちじゃなくて、あのCクラスのことよ」

 

「ああ、『崖っぷちクラス』のことか……」

 

 炎仁は思い出してニヤリと笑う。炎仁と真帆は前年春に揃って、『関東競竜学校騎手課程短期コース』に入学し、そこで『崖っぷちクラス』と揶揄されるCクラスに振り分けられた。

 

「炎ちゃんは『ビリッケツ』という評価だったわね」

 

「周囲のレベルの高さは感じたが、まさか最低評価からのスタートとはな……」

 

 笑う真帆に対し、炎仁は腕を組んで眉間にシワを寄せる。レース未経験者だった炎仁は、約三十名の受講者の中でもっとも低い評価であったが、真帆の他に、男子三人、女子三人の計七名と切磋琢磨し、なんとか全員合格を果たしたのであった。

 

「男子の皆とは話したりしないの?」

 

「いや、全然だな」

 

「炎ちゃんってそういうところあるよね……」

 

 真帆が苦笑する。

 

「悪いかよ?」

 

「別に悪くはないけどね」

 

「『最近どう?』って聞いてもしょうがないだろう。大変なのは分かっているつもりだし」

 

「まあね……でも、気にならない?」

 

「知っているのか?」

 

「馴染みの記者さん……女性の方なんだけどね。おしゃべりな人で、こちらが聞いてもないのに色々教えてくれるのよ」

 

「ふ~ん……」

 

草薙嵐一(くさなぎらんいち)さんの入った厩舎とか大変みたいよ……」

 

「ああ、嵐一……」

 

 炎仁は長身で褐色の男性のことを思い出す。クラスの中では最年長で、ぶっきらぼうだが面倒見の良い性格であった。やや頭に血が上りやすいのが欠点だが……。

 

「調教師の先生の『騎手もアスリートだ!』っていうポリシーの下、厳しい体力トレーニングを課せられているみたいよ」

 

「それは俺も聞いたよ」

 

「大変よね……まあ、あくまで噂レベルだけど」

 

「いや、噂じゃなくて本当だな」

 

「なんで分かるの?」

 

「俺もその厩舎から誘われたからな。見学にも行ったし」

 

「え⁉ そうだったの?」

 

 真帆が驚く。

 

「そういうパーソナルトレーニングはトレセンとは別のところでやるんだよ。ハードなトレーニングについてこられる人間を選んでスカウトしているらしい。騎乗技術よりも体力測定の結果を重視するみたいだな」

 

「そ、そんな厩舎もあるのね……」

 

「サッカーでさいたま市選抜に入った俺レベルにも声がかかるんだから、元甲子園球児の嵐一なんて喉から手が出るほど欲しい人材だろうな」

 

「な、なるほど……でも大丈夫かしら?」

 

「平気だろう。並のフィジカルじゃないからな」

 

「そうじゃなくて、結構先輩騎手との上下関係とかも厳しいらしいのよ」

 

「嵐一なら逆に先輩を〆ちゃいそうだな」

 

 炎仁が笑う。真帆が戸惑う。

 

「そ、そんなことになったら大事よ」

 

「冗談だって。それにそういう体育会系のノリなんて今さら慣れっこだろう」

 

「でも、本当にそんなパーソナルトレーニングに意味があるのかしら?」

 

 真帆が首を傾げる。

 

「少なくとも何らかの意味があるからその厩舎は続いているんだろう」

 

「そ、それはそうかもしれないけど……」

 

「もちろん、それが唯一の正解ってわけじゃないが」

 

「ふむ……」

 

「そういう類のトレーニングの効果ってすぐに出るもんじゃないからな、一年後……いや、半年後の嵐一に要注目かな。マッチョがさらにゴリマッチョになってそうだな」

 

 炎仁は想像して笑う。真帆が問う。

 

「金糸雀君とも連絡は取ってないの?」

 

「レオンか……」

 

 炎仁がウェーブの入った少し長い金髪をなびかせた男子、金糸雀(かなりあ)レオンを思い出す。

 

「一番仲が良さそうだったけど」

 

「まあ、都度連絡は来ているけど、大体既読スルーだな」

 

「ひ、酷くない?」

 

「だって、ほとんど下らない内容だぜ? 『トレセンで可愛い子を見かけたよ!』とか……」

 

「か、金糸雀君らしいわね」

 

「まったく……お気楽な厩舎なのかね?」

 

 炎仁が首を捻る。真帆が首を振る。

 

「そんなことはないと思うわ。彼はお父さんのところの厩舎に入ったわけでしょう? かえって特別扱いとかないから大変みたいよ?」

 

「そうか……」

 

「お母さんはフランスの名ジョッキーだし、なにかと比較されてそれなりのプレッシャーがかかっているはずよ」

 

「そういやジパングとフランスのハーフか。煙幕とか持ち歩いているから、あんまりフランス感がないんだよな、あいつ……」

 

「別に煙幕を持ち歩くのもジパング感ってわけじゃないと思うけど……」

 

「たまには返信くらいしてやるか……」

 

「そうしてあげなさい……そういうプレッシャーとは無縁そうなのが彼ね、天ノ川翔(あまのがわかける)くん」

 

「翔か……」

 

 炎仁はやや紫ががった髪色の短髪の少年を思い出す。

 

「彼もお父さんのところの厩舎に入ったわけだけど、すごい注目度の高さよ」

 

「記事はいくつかチラッと見たよ。さすがは競竜一家だよな」

 

「しかも双子の弟の(わたる)さんと同時に入ったわけだからね」

 

「ああ、関西競竜学校の方を卒業した彼か……」

 

 炎仁は翔と二卵性双生児のやや紫ががった髪色の少し長い髪の少年のことを思い出す。

 

「メディアや競竜ファンからはかなり期待されているわ。もう密着ドキュメンタリーが制作されて放送されていたわよ」

 

「まだデビュー前だろう? 随分と気の早い話だな……」

 

「それを見たんだけど……」

 

「だけど……?」

 

「天ノ川君、朝寝坊ばっかりして怒られていたわね……」

 

「相変わらずだな、あいつ……」

 

「でも調教とかではさすがの乗りこなしぶりで、天ノ川厩舎の先輩ジョッキーの方も『センスがずば抜けている』って高評価だったわよ」

 

「今年の新人ジョッキーの中ではダントツかもな……俺も負けていられないな」

 

 炎仁は笑みを浮かべる。

 

「天ノ川兄弟には及ばないけど、関西競竜学校卒業の彼も注目されているわね、疾風轟(はやてとどろき)君」

 

「あいつか、一月の交流レースでは勝ったが……やっぱりあいつの評価が俺より高いか」

 

 炎仁は薄緑色の髪色でボサボサとした頭の少年のことを思い出し目つきを鋭くする。

 

「その疾風君の記事で、好きな有名人の欄にわたしの名前が書いてあったんだけど……」

 

「単なる誤植だ、気にするな」

 

 炎仁はそう言って、食後のお茶をすする。

 

 

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