疾れイグニース!   作:阿弥陀乃トンマージ

58 / 63
第2レース(3)未勝利戦、スタート

「ふう……」

 

 レース当日、炎仁は準備を終え、ベンチに腰かける。

 

「緊張しているようだね?」

 

「は、はい!」

 

 先輩ジョッキーに声をかけられ、炎仁は慌てて立ち上がって返事する。やや茶色い髪をした人である。この人の名前はなんだっただろうかと考えていると、その先輩は笑う。

 

「わざわざ立たなくても良いって」

 

「は、はあ……」

 

「おい、三郎、早速新人イビリか?」

 

「いやだな、次郎兄さん、ちょっと挨拶をしただけだよ」

 

「今のご時世、パワハラで炎上だな」

 

「太郎兄さんまで、やめてくれよ」

 

 先輩によく似た顔だちをした男たちが声をかけてくる。そういえば今日のレースは三兄弟が同時に騎乗するって出走表にも書いてあったか……ということを炎仁は今さらながら思い出す。我ながらかなり緊張していると思う。

 

「あ、あの……」

 

「グレンノイグニース、良いドラゴンだよね」

 

「は、はい、ありがとうございます」

 

「俺も調教VTRを少し見たけど、なかなかの素質を感じさせるな」

 

「あ、そ、そうですか……」

 

「私も記事を見た。今年の二歳竜戦線を賑わせる可能性があるという記事をな」

 

「へ、へえ、そ、そうなんですか……」

 

 三郎があらためて声をかける。

 

「まあ、お互い頑張ろうよ」

 

「は、はい……」

 

 次郎が笑いながら、炎仁の肩をポンポンと叩く。

 

「おいおい緊張し過ぎだぜ、リラックスしなよ」

 

「す、すみません……」

 

 太郎が手を差し出し、炎仁と握手する。

 

「良いレースにしよう」

 

「あ、は、はい……」

 

「紅蓮騎手! よろしいですか?」

 

 スタッフが炎仁を呼ぶ。

 

「あ……し、失礼します!」

 

 炎仁は頭を下げてその場を後にする。

 

「……どう思う?」

 

「そもそもスタートがまともに切れるかどうかってレベルだろう?」

 

「警戒するに越したことはない……」

 

 三郎の問いに、次郎と太郎がそれぞれ答える。出走の時間が近づいてきた。

 

「大丈夫でしょうか、紅蓮騎手?」

 

 スタンドの関係者席で眺めていた環太郎に環が尋ねる。

 

「……面子的には苦戦はないと思うがな」

 

「そ、そうですよね」

 

 環の表情が明るくなる。

 

「もちろん、競竜に絶対はないが」

 

「そ、そうですよね……」

 

 環の表情が暗くなる。環太郎が苦笑する。

 

「お前が緊張してどうすんだよ」

 

「と、とは言っても……結構人気してますし……」

 

「三番人気か……調教の仕上がり具合もまずまず良かったしな、なんだかんだでフアンの連中はよく見ているぜ」

 

 環太郎は関係者席からスタンドを見回して笑う。そんなことを言っていると、ファンファーレが鳴る。環が胸の前で両手を合わせる。

 

「始まる! 返し竜も悪くなかったです……うん! ゲートにもすんなりと入りました!」

 

「横で実況すんな、ちゃんと見ているよ」

 

 環太郎が呆れる。ゲートが開く。環が叫ぶ。

 

「ああ、ゲートが開いた!」

 

「うるせえな!」

 

「……よ、よし! スタート出来た!」

 

 炎仁が小声で呟く。今回はスタート直後に落竜ということはなく、まずはホッとした。それにより、緊張が少し解けた炎仁はレースプランを思い起こす。

 

(思ったとおりのハイペースだ。焦らずについていって、中団で脚を溜める……!)

 

「ふふっ……」

 

「!」

 

 先ほど、声をかけてきた先輩ジョッキーが並びかけてくる。

 

「今日はちゃんとスタート出来たみたいだね?」

 

「あ、は、はい……」

 

「出遅れでもした方が良かったのにね!」

 

「‼」

 

 炎仁が驚く。先輩ジョッキーが竜体をぶつけてきたのだ。

 

(わ、わざと⁉ い、いや、これくらいの接触は普通か……)

 

「へえ、動じないね……生意気!」

 

「⁉」

 

 再び竜体をぶつけられる。炎仁は戸惑いながら、考える。

 

(さっきよりも強いが、これも普通? もう少しポジション取りを意識しないと……!)

 

 気が付くと、内ラチ沿いギリギリまで追い込まれてしまっていた。内側が有利とはいえ、これではいざという時に外に持ち出せない。炎仁は慌てて前に進もうとする。

 

「……そうはいかないよ」

 

「さすが、太郎兄さん」

 

「くっ⁉」

 

 もう一頭のドラゴンによって、イグニースの前は完全に塞がれてしまった。

 

(な、ならば、ややロスになるが、後ろに下げて……!)

 

「へへっ……どうした? レースってのは前に進むもんだぜ?」

 

「ナイス、次郎兄さん」

 

「うっ⁉」

 

 さらにもう一頭のドラゴンによって、イグニースの後ろも完全に塞がれてしまった。内ラチを含めると、四方を完全に塞がれた状態だ。

 

(そ、そんな……! 絶妙に誘導された⁉)

 

「ふふふっ!」

 

「ふっ!」

 

「ぐっ!」

 

 三度竜体をぶつけられ、さらに前方のドラゴンが強く蹴った芝が炎仁とイグニースの顔にかかる。炎仁は顔をしかめながら、後方をチラッと見る。後方にいる次郎が笑う。

 

「ふふっ! 後ろには下げられないぜ! そらっ!」

 

「うおっ⁉」

 

 やや斜め後方から次郎が竜体をぶつける。

 

「まだまだ!」

 

 隣からも三郎が竜体を細かく接触させてくる。炎仁が呟く。

 

「な、なんで……?」

 

「いや~君と紺碧真帆ちゃんには、僕らの可愛い妹たちが世話になったみたいだからね!」

 

「! あ……」

 

 炎仁は競竜学校初日の模擬レースを共に走り、ダーティーな騎乗で退学処分になった茶田姉妹のことを思い出す。そういえば、この三兄弟の苗字も茶田だ。スタンドで環が叫ぶ。

 

「こ、こんなのレースじゃありません! 抗議してきます!」

 

「待て!」

 

「え⁉」

 

 環太郎が立ち上がった環を制して呟く。

 

「まだアイツらの眼は死んでねえ……!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。