86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか 作:ぺこぽん
22,23話は何度見ても泣けるので、そろそろ涙腺おかしくなるんじゃないかな。
そこで、モチベが続く限り、書いてみようかなと。
作者は原作3巻まで流し見で、軍事関係はミリしらなので勢いよく誤魔化します。
主人公の名前すらまだ決まってない見切り発車でいってみます。
その戦場に、死者はいない。
戦場は悲惨だ。
昨日、寝食を共にし、笑いあった仲間が呆気なく失われる。
彼らが永遠に戻ってくることはない。
誰だって、誰かが失われるのは嫌だ。
でも、自分自身が死ぬ事は怖くはなかった。
"私は復讐者だから"
あの日誓った呪いは、まだ私の中で生きている。
それが死に立ち向かう恐怖を忘れさせてくれる。
戦場に立つ意味を、勇気を奮い立たせてくれる。
"私はまだやれるはずだ"
あの日からずっと。
ずっと、ずっと戦ってきたのだ。
家族を奪われた。
大事な、守らなくちゃいけなかった友達をも奪われた。
残されたのは自分だけ。
唯一残ったのは自分だけなのだ。
残された自分だけが、彼らを覚えていられる。
死ぬのは怖くない。
何度も言い聞かせるよう告げた言葉を、再び思い出す。
でも、もし……死んでしまったら。
そこが自分が行き着けた先で、終わりだ。
もう、彼らを思い出すことも嘆くことも、花を供えてあげる事も出来ない。
何より、奴らに一矢報いてやる事すら出来ない。
―――それだというのに。
自機、有人搭乗式無人機 M1A4 <ジャガーノート>は動かない。
否、動けないのだ。
<レギオン>との戦闘中。
南部部戦線第一戦区第三防衛戦隊"マンゴネル戦隊"の前衛である彼女は、突出しすぎた。
戦隊の仲間の負担を減らす為、戦隊長の命令を無視し、斥候型を先に潰そうとしたのだ。
自分は号持ちで、それだけの腕前を持っているはずなのだ。
だが、いくら凄腕でも周囲の環境までは変えられない。
自機の足を見事にレギオンの伏せ釣りに誘き寄せられ、取られてしまった。
先日の大雨で、ぬかるみとなった平地にだ。
恐らく戦前の穀倉地帯だろうが、長年の戦火がその土壌を覆い隠してしまっていたのだ。
ここには、ワイヤーアンカーを撃ち込む遮蔽物もない。
さらに、度重なる戦闘で整備が追い付かないほど、自機の脚部は脆弱となっていたのだ。
或いは、それさえなければ時間を掛けて、脱出出来たかも知れない。
或いは、無視しているある存在の言葉に耳を傾けていれば良かったのかもしれない。
或いは……。
でも、もう手遅れだ。
私が屠った幾つかの残骸を乗り越え、レギオンが迫る。
後方の仲間も、異常なほど集結してくるレギオンに囲まれ、戦闘中だ。
聞きたくもない断末魔が、パラレイドを通して伝わってくる。
こちらの援護どころではない。
「嫌……」
―――戦場に死者はいない。
言い得て妙だ。
棺桶と揶揄されるガラクタに乗り込み、戦場に赴く。
中にいるのは尊厳をほぼ奪われた、唯の人の抜け殻。
望むべくものはなく、未来もない。
死体が乗っている様なものだ。
そして今、その死が確定しようと、すぐ間近に迫って来ていた。
「動いて、動いてよぉッ!!」
ありったけの力を込めて操縦桿を動かすが、さらに前脚が沈み、接合部が呻きを上げるだけだ。
「いやっ……」
腰の拳銃に手を伸ばした。
死に方は自分で選ぶ。
そう以前、仲間と語り合った。
意思も何もない機械に殺される位なら、自らの意思で自死すると。
『目を借りる!』
ふいに声がした。
パラレイドを通した声だ。
「何……!?」
一瞬、薄暗い部屋の中、コンソールのスクリーンに映った男の姿が目に入った。
ほんの一瞬だった。
その男がまだ青年にも届かない、少年と言える位の年だという事に気付くのに数瞬。
それから、そいつが銀髪銀瞳のアルバだと認識するのに、そう時間は掛からなかった。
己が忌避する最大の存在が、自分の中にいる。
「ああ……あああぁぁあああ!!」
聴覚による同調すら受け入れ難いというのに、こいつはそれ以上の事を勝手にやったのだ。
思わず自身の左目を握りつぶそうと、片手を伸ばす。
『出ていけッ!! 私の目を! 体を返せッ!!』
怨嗟の激昂が口から漏れ出す。
『死ね、死ね、死ねッ!!』
バキッと金属音が響き、操縦桿の一部が壊れる音がした。
勢い余り尖った金属で手を切り、血が流れ出し、操縦席を赤く染める。
すぐに視界は自身のものに戻ったが、未だ視覚を同調したままなのは感じ取れる。
以前、視覚の同調は、ハンドラーが失明する恐れがある為、される事はないと聞いた事がある。
だが、その事を嬉しく思う前に、未だ嫌悪が勝った。
『返ッ……』
言い終わる前に眼前に、爆発音が響いた。
爆発が穴だらけの棺桶に、悲鳴を上げそうになるほどの熱量と衝撃を運んでくる。
何が起きたのかは、ハンドラーの言葉ですぐにわかった。
『着弾位置を確認しただけだ。……すぐに返す』
思わず目を閉じた私に、ハンドラーは言葉通り視界を返してきた。
『お前は……』
そうだ。知っているはずだ、この声。
私達、マンゴネル戦隊のハンドラーの声だ。
ハンドラーの声は、酔っ払っただみ声が大半だ。
大抵聞こえてくるのは、こちらを豚と罵る雑言か、噴き出したくなる優越性を御高説する戯言だけだ。
でも、こいつは違った。
必要以上には関わって来ないし、補給などの仕事はきちんとこなす。
エイティシックスなどと、関わりを持ちたくない高潔な部類の白豚様なのだ、と仲間は嘲笑っていた。
だから、戦闘時以外はすぐに同調を切る私には、あまり馴染みがない。
そして、そいつが今は私に直接、話し掛けてきている。
特に戦闘中にハンドラーの命令に対応するのは、戦隊長の役目のはずなのに。
それが何故……。
疑問を口にした。
『他の皆は……』
すぐに答えは帰ってこなかった。
「マンゴネル戦隊で反応が確認できるのは……あなただけだ。"ウルフスベーン"」
パーソナルネームを呼ばれると共に、空が晴れた。
阻電攪乱型が爆炎で蹴散らされ、久しぶりの青空が垣間見える。
誘導飛翔体が全てを焼き付くしていく。
空を、地上のレギオンを。
あれほど手間取った敵が、鉄屑の様に砕け散る。
衝撃で自分の機体も跳ね上がり、沼地から脱出する事が出来た。
逡巡する間もなく、57mm滑空砲を眼前に迫るレギオンに放つ。
『なんで……』
正確無比なミサイルが降り注ぐのに構わず、私は突き進み、さらにレギオンを倒す。
『なんで、今更迎撃砲なんてッ!』
あれほど仲間を殺した敵が、呆気なく壊れてゆく。
無機物と無機物の衝突。
生物である人間が入り込める隙などない。
本来、こんな場所にいなくてもいいはずだ。
すぐに壊滅の域に達したレギオンは、撤退の動きに入入り始めた。
いつだって出来たはずなのだ。
いつだって、仲間を救う事が出来たはずだ。
この白豚は。
迎撃砲の本来の役割は、エイティシックスの反乱防止だ。
だが、その他にも数年前から度々使用され始めていた。
弾薬の使用期限を超えた時だ。
数年しかもたない弾薬など、お笑い草だが。
在庫処分とばかり、偶にこちらが戦闘中にも関わらずに降り注ぐ事がある。
ハンドラーが着弾点など気にせず、使用するからだ。
隊の仲間はその事を、スコールと呼んでいた。
『答えろ!ハンドラー!!』
『あの時が、最大効率でレギオンの数を減らせれたタイミングだった』
包囲された戦隊が生き残る術はなかった。
ただ、突出して空白が生まれていたウルフスベーン以外、着弾から逃れる術はなかったのだ。
だからといって……。
『だから……!皆の上にミサイルを撃ち込んだっていうのか!?』
『すでに彼らの反応はなかった。助けられたのは、あなただけだ』
そんな事信じられるものか。
白豚のいう言う事など、全て嘘なのだから。
『誰が助けてくれなんて言った……』
絞りだす怨嗟の声を受けても、ハンドラーは何も言い返さない。
二人だけの接続となってしまった同調は、対面するだけの感情を相手に伝えてくるはずだ。
だが、繋がって届くのは、吐き気を催す嫌悪感だけ。
およそ人らしい、感情が伝わってくる事などない。
しょせん、あの白豚共はけだものだ。人間ではないのだ。
『戦闘が終わったなら早く切って。意味なんてないでしょ。……一秒でもあんたなんかと繋がっていたくなんかないッ!!』
普段、アルバに対する敵意は隠していた。
仲間の為だった。
でも、その仲間が死んだ今、その意味もない。
補給を止められようが、無意味な突撃命令で死亡宣告を受けようが知った事ではない。
言葉だけで殺せるのなら、あの白豚どもを永遠に呪ってやろう。
それこそ死ぬまで声を張り上げてやる。
『では最後に通達だけ。あなたに別戦区への移動の命が下った。ウルフスベーン』
またか。
どうでもいい。
このまま、逃げだしてみようか。
それとも、一抱えの爆弾と共に、グラン・ミュールの地雷原に突入してやろうかしら。
いや。
自分がそんな事を望んでいない事はわかっている。
それでは復讐にならない。
せめて、あの子が帰ってこられる場所を……。
『あなたの次の任地は東部戦線第一戦区第一防衛、スピアヘッド戦隊だ』
へえ、ついにここまで辿り着いたの。
思った事はそれだけだ。
追憶を邪魔された私は、歯を噛み締め音を鳴らす。
『死ね』
私は、一方的に同調を切った。
無機質なコンソールに、静寂が戻る。
戦場とは騒乱が嘘のように消え去り、ここには何もない。
幾つものケーブルに繋がれた手元の端末を動かしていた少年の手が止まる。
目を閉じ、同調していた視界に残る残像を思い返す。
それさえもすぐに消え失せていく。
パラレイドで戦場と同じく感じていた音が、爆炎が敵が。
ここにはない。
ただ、残るのは少女の声。
それだけが頭の中で、何度も楔を打つかのように反響する。
同調が切れているのを、少年は今一度確かに確認する。
「……すまない」
それから、少年は呟いた。