86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか   作:ぺこぽん

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10話 死霊の声

『何か御用でしょうか、ハンドラー・ワン』

 

 レーナはスピアヘッド戦隊に同調を繋いだ。

 涙を拭い、少なくとも平静と思える声に戻るまで数時間。

 ようやくレーナは勇気を振りしぼったのだった。

 

『……あの。少し、皆さんよろしいでしょうか……?』

 

 哨戒報告の時間でもないのに、ハンドラーが朝から繋いできたので戦隊員は不思議そうにしている様だ。

 

 レーナは深く息を吸い、吐き出した

 今更、言い出すのが怖くなってくる。

 だが、逃げてはならないと、過去の自分の言動が背中を押してきた。

 

『……今まで、本当に申し訳ありませんでした……』

 

 こちらの真摯の謝罪の言葉は、しっかりと同調で伝わったのだろう。

 戦隊員はいきなりの事で、惑うしかない。

 

『私の名前はレーナ。ヴラディレーナ・ミリーゼ、と言います。階級は少佐です。……なりたてですが。本当に、……本当に今更ですが、皆さんの名前を教えていただけませんか……?』

 

 しばしの沈黙が続いた。

 

『急にどうされました。俺達の名前なんて知る必要はないでしょう』

 

 どうでもよさそうな無関心を滲ませた、アンダーテイカーの返答。

 

『それは……私は皆さんをエイティシックス、と呼んだ事はないと、都合の良い事を言いながら、結局は私も同じ扱いをしていただけだと気付いたんです……だから』

 

 あれほど忌み嫌っていた存在と同じだったのだ。

 それも指摘されるまで、自覚すら出来ていないほどの。

 

『許して欲しいとは言いません。それでも、もし、よろしければ皆さんの事を知りたいのです……』

  

 アンダーテイカーだろう、本をパタンと閉じる音が聞こえた。

 

『何故、ハンドラーはレギオンには傍受されない同調下でもコールサインの使用が義務付けられ、人事ファイルの開示もされないか、理由を知っていますか?』

 

『はい……』

 

 プロセッサーを人として、考えない様にする為。

 しかし、それは卑怯な行いだ。

 背負わなければならないもののはずだ。

 

『はあ……。プロセッサーの年間生存率は0.1%未満。精鋭揃いのこのスピアヘッド戦隊とはいえ、いずれ誰かは死ぬでしょう。……死より酷い惨状を知るかもしれません』

 

 溜息をついたアンダーテイカーは、自らの死を平然と、滔々と語る。

 

『それでもなお、その名を聞きたいと言いますか?』

 

『はい、卑怯者でいたくはありませんから』

 

 レーナの決意を込めた言葉に、挑む様な返答が帰ってきた。

 

『あのさー、豚が自分の豚さ加減に気が付いて、謝ってきたからって何。仲良くなれるとでも? あんたは結局、壁の中にいて……』

 

 ラフィングフォックスの辛辣な言葉が、急に一人の少女の声に遮られる。

 

『私はキルシュブリューテ。カイエ・タニヤだ』

 

『……カイエ、僕が話してたのにさ』

 

『別にいいではないか、セオ。こうして歩み寄ろうとしてくれて、私は嬉しく思うぞ。実は私の方こそ、貴方の名前を知りたかったのだ』

 

 一番自分の話に答えてくれていたのは彼女、カイエだったのだ。

 それがさらに申し訳無さを、レーナに感じさせた。

 

『戦隊副長 ライデン・シュガだ。……まずは最初に謝っておく。セオの言う通り、あんたが毎晩繋いでくるのを俺達は聖女気取りのおめでたい野郎だと、ずっと馬鹿にしていた。だから、それについては詫びる、悪かった』

 

 彼らしく粗暴でありながら、どこか気遣うライデンの言葉は続く。

 

『あんたが悪い人間じゃないって事はわかってるが、その上で言っておきたい事がある』

 

 その先はラフィングフォックス、セオが引き継いだ。

 彼が話してくれたのは、共に戦った戦隊長の、アルバでありながら前線に戻ってきた人の話であった。

 

『だから、壁の中にいてあんたがアルバである以上、あんたと僕達は対等じゃないし、仲間とは認めてないって訳。それだけ』

 

 セオはその思い出をどうでもよさ気に話し、気は済んだのか口調がいつもの調子に戻る。

 

『って、もう皆僕の名前喋っちゃてるから今更だけど、僕はセオト・リッカ、セオでもリッカでも可愛いいくそ豚ちゃんでも好きに呼んでよ』

 

『ごめんなさい……本当に。ありがとうざいます』

 

 それから、次々と全員が名前を告げてきた。

 慌ててレーナは手帳に、名前を書き綴っていく。

 大切に、自分の心に刻み込む様に。

 

 そして、名前を告げる声が止まり、書き終わった所で気が付いた。

 スピアヘッド戦隊は、今は総勢22名のはず。

 まだ二人、名前を名乗っていない人がいる。

 

『あの、ウルフスベーン。貴方の名前も教えて頂いてよろしいでしょうか……?』

 

『……ヘカーテ』

 

 彼女は短く、簡素な言葉であったが答えてくれた。

 

『確か、女神と同じ名前でしたよね』

 

 何やら苦笑が沸き起こっているが、それが何を意味しているのかは、レーナにはわからない。

 

『勘違いしないで。別に私の名前を知って欲しくも、あんたの名前も知りたくもない。ただ、皆が答えてるから、私も答えただけ』

 

 ヘカーテと名乗った少女は、さらに険しい言葉を続ける。

 

『それに、あんただけを嫌ってるって訳じゃないから、安心して。私が知るアルバは、どいつもこいつも最低最悪の奴らばっかりだったから、全員を平等に嫌ってるわ』

 

 ぽつりぽつり、と憎悪が滲み出る様に、怨嗟が漏れ出すように話は続く。

 

『戦争に志願した親は帰ってこなかったし、すぐに私達も強制収容所なんかに送られたし。あんた、あそこがどんな生活か知ってる?』

 

 レーナは知らない。

 ただ一度、ヘリで上空から見下ろしただけ。 

 その時すら、それが何なのか理解していなかったほどだ。

 

『あんなのは家畜の生活よ。あいつらはその日の気分で配給を減らし、私達を気晴らしに撃ち殺した………同い年の幼馴染すら、あんた達に連れて行かれた』

 

『連れて行かれた……?どういう、事でしょうか?』

 

 殺されたのではなく、連れていかれたという言い方が気になった。

 

『乳幼児や子供が売られるという事は、収容所では跡を絶ちませんでしたから』

 

『そんな……』

 

 アンダーテイカーの補足に、レーナは息を吞んだ。

 血の気が引く思いだった。 

 その子の末路が、どうなったかなど考えなくてもわかる話だ。

 

『ああ、そう言えば。最近は私の部隊全員を迎撃砲で吹き飛ばしたハンドラーもいたわね』

 

『っ……ヘカーテ。あなたはもしかしてマンゴネル戦隊の……!』

 

 リードが嘗て担当していた部隊。

 報告書にあった、ただ一人の生き残りが彼女であったとは。

 激昂していた彼女の声が、次第に冷たく、深い井戸に落ちていくように小さく静まる。

 

『それがあんた達の本性よ。だから、あんたの事も信用しない。どうせ、あんたも上っ面だけ。目の前の現実に直面したら、きっと見て見ぬふりをするか、逃げ出すわ』 

 

 その言葉にレーナは私は違う。と反論したかった。

 でも、声には出せない。

 その経験もないくせに語るのは、再び卑怯者になると思ったからだ。

 

『だから必要なければ、私には関わって欲しくない。以上!』

 

 そう言うと、彼女に同調を切られてしまった。

 

 同胞が今まで積み重ねてきた罪を、レーナ一人で簡単に拭えるとは思えない。

 だから、行動で示していくしかないのだろう。

 いつか、許して欲しいとまではいかなくとも。

 再び、同じ人として向き合う為に。

 

『リ、ヘカーテはそう言っているが、私はこれからもお話ししてみたいのだがな』

 

『是非、これからもよろしくお願いします。タニヤ准尉」

 

『うむ、カイエで構わない。時に、どうして急に私達の名前を聞く事に思い至ったのだ?』

 

『……知り合いに聞かれたんです。彼らが亡くなった時、お墓に何を彫るのかと』

 

 彼女がいる以上、リードの名前を出す訳にはいかなかった。

 

『お墓ね。何、作ってもいい事になったの?』

 

『いえ、……申し訳ありません。それもまだ禁止されたままです。せめて慰霊碑を建てれたらと思ったのですが』

 

 セオの問いに、レーナは無力から頭を下げる事しか出来ない。

 

『どうせ作るなら、金ぴかピンで頼むぜ』

 

『どでかい銅像がつけれる奴がいいっす』

 

 ハルトがふざけ、ダイヤもそれに悪乗りし始めた。

 

『ダイヤ君、私まだ死ぬつもりはないのだけれど?』

 

 アンジュがからかい、おろおろとダイヤが言い訳を始める。

 皆が笑い出し、レーナもそれにつられてくすりと笑った。

 

『ふむ。その知り合いというのは男性だな』

 

 そこでふいに、カイエが訳知り声で言ってきた。

 

『そ、そうですけど……あ』

 

 少しレーナは慌ててしまった。 

 別に男性だとばれて、不都合などないはずなのにだ。

 

 そして、もうひとつ思い出した事がある。

 彼、リードとデートの約束をしてしまっていた事に。

 

 あの時は、呆然自失でつい、了承してしまったのだ。

 だが、こうして落ち着いてみれば、私は一体何をしたのだろうか。

 あの自分とは正反対の人と、二人で出掛けようなどと。

 

 これこそ、スピアヘッド戦隊の、彼らに対する裏切りに思えてくる。

 

『もしや、デートの約束をすっぽかしている事でも、思い出したのだろうか?』

 

『そ、そんな訳ありません!デートなんかするわけないじゃないですかっ!』

  

 むきになって否定し、カイエの戸惑った声と、面白がる女子隊員の声が重なった。

 カイエがなんの気なしに聞いた事に、レーナが過剰に反応してしまったのだ。

 

 それから、質問攻めを躱す事に数分。

 からからわれ尽くされたレーナはもう一人、最後に残った人の名前を聞くことをようやく思い出したのだった。

 

 改めて、アンダーテイカーに同調を繋ぐ。

 どうやら席を立ったらしいアンダーテイカーは、自室にいるのか一人だけの様だ。

 

『あの、まだ貴方の名前を、聞いていないのですが』

 

『ただ、忘れていただけです。失礼しました』

 

 そして、彼、シンから、レーナは忘れられない名前を思い出す事となった。

 

 

 その午後。

 レーナは、すぐに自身が誓った想いを試される事となる。

 

『少佐、レギオンが来ます』

 

 シンの声がはっきりとした声で告げてきた。

 

『どうして、まだ何の警報も……』

 

 レーナは訝しがるが、いつもシンが何らかの手段で把握しているのを知っている。

 その彼が言ったのだから、間違いはないのだろう。

 

 ブリーフィングにレーナも参加し、幾ばくかは役に立てたと嬉しく思っていた所、水を差すシンの声が上がった。

 

『少佐。今日はパラレイドは、切っていてもらえませんか?』

 

 それから続いて言われた言葉をレーナは、訝しんだ。

 シンは、黒羊が多い、と言ったのだ。

 

 それが何なのか説明はなかったが、レーナとしてはどんな理由であれ、職務放棄する訳にはいかない。

 彼らの名を聞き、自分は対等でも、共に戦う仲間でもないと知りながら、彼らの役に立つと決めたのだから。

 

『……忠告はしましたよ』

 

 

 最初に聞こえてきたノイズを聞いた時、シンが同調するなと警告した意味だけはわかった。

 

『……かぁさん』

 

『かぁさんかぁさんかぁさんかぁさんカぁさん……カぁさンかぁさんかぁさん』

 

『いやだいやだイやダ……いやだいやだいやダイヤダいやだイヤだ』

 

だけど、その意味は分からず、レーナは恐怖から悲鳴を上げる事となる。

 

『少佐!切りますよ!』

 

 シンは舌打ちをして、レーナとの同調を切断した。

 ハンドラーのいない久しぶりの戦場。

 

 それも黒羊が率いる、通常よりも手ごわい相手。

 

 犠牲は0では済まなかった。

 

 マシュー・ナナキは砲弾を食らい戦死。

 ルイ・キノは斥候型に取り囲まれて戦死。

 

 二人を失った。

 その証は今は、シンの胸ポケットに入っている。

 

 口数が少ない戦闘後の帰投中、ライデンが苛立ちを隠せていない声を出した。 

 

『リア、お前シンの命令を無視しようとしたろ。別にマシューとキノが死んだのはお前のせいじゃねえ。わかってると思うが、もし、次命令違反したら女でもぶっ飛ばす、いいな』

 

『……ちっ』

 

 舌打ちしたリアに、ライデンがおまっ、と怒鳴り、同調下の為、耳を塞いでも無駄だと知りながら塞ぎたくなる口喧嘩の応酬が響く。

 

『少佐。もう繋いでこないかな』

 

 そんな中、セオが漏らした言葉に誰も返答はなかった。

 

『…………』

 

 シンすらも否定も肯定もしなかった。

 ようやく子供じみた口喧嘩は終わったライデンが言う。

 

『あの声を聞いて、繋いできた奴はいねえからなぁ』

 

 しかし、思い出した事があった為、否定し直す。

 

『ああ、いや。一度だけ繋いできた奴がいたっけな。そいつもそれっきりだったが』

 

 カイエは、常に隣りにいる小隊長に声を掛けた。

 

『リア、本当の名前を言わなくても良かったのか? これでお別れかもしれないんだぞ』

 

『リアだけずるいー。あれなら私も、言わなきゃよかった』

 

 クレナがぶーたれている。

 リアの返答は意地悪をする子供の様に、素っ気ないものだった。

 

『死ぬまで間違えてればいいのよ、あんな奴。それが私の復讐』

 

『それは……なんというか、みみっちいとしか言いようがないな』

 

 カイエは呆れたように嘆息する。

 それから、悲しむ様に、名残惜しむ様に小さく呟いた。 

 

『せっかくお互いを知り合えたというのにな……』

 

 

 

 

 

 あツい、イやだ……イやだ。ままママ……しにたくない……しにたくない!

 

『や、あっ……嫌ぁああああああ……っ!』

 

『少佐!切りますよ!』

 

 レーナは頭を抱えたまま、管制室で一人、床の上で丸まっていた。

 

 ……今の声は……何?

 

 同調しているプロセッサーの声でも、知っている誰かの声でもない。

 

 ……死霊の声。

 

 スピアヘッド戦隊就任前におじ様から聞いた噂、そしてそれが事実である衝撃。

 レーナは体の震えを抑えきれず、恐怖から逃れる様に目を瞑ってしまう。

 

 だから、スクリーンに自軍の二機に戦死マークが出ている事に気が付いたのも、しばらく後の事だった。

 

 

 

 損害報告……、書けない。

 

 夜、自室にてペンを握りしめたまま、レーナは顔を歪ませた。

 私のせいで、名前を聞いたあの二人がもういない。

 私が管制を放棄したから……。

 

 私のせいだ……。

 

 もう一度同調するのがつらい、申し訳ない。

 それ以上にあの声を、断末魔を、愛する人を最後に呼ぶ声を聞くのが恐ろしかったのだ。

 

 一体、あの声は……。 

 

 "ミリーゼ少佐は、声を聞かれました?"

 

 朝の会話が呼び起こされる。

 

「シュタット少佐……」

 

 少佐は、あの声の事を知っていたのだろうか。

 




時系列をいじったら、レーナが僅か半日で誓いを破った人みたいになっちゃいました。

次回、レーナのどきどきデート大作戦
1.リードとデートに行く
2.シンに声について聞く
3.ハンドラーを辞めて、研究部に行く
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