86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか   作:ぺこぽん

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13話 共和国工廠

 その後、リードとの間に特に会話はなく、車に揺られ続けられ数時間。

 寝不足のレーナが眠気覚ましに足をつねる事に、耐えられなくなっていた頃。

 ようやく目的地に到着した様だ。

 

 その頃になるとはっきりと、違いが分かる様になっていた。

 

 所狭しと乱立された集合住宅に、景観というものは存在しない。  

 所々、崩れ落ちた箇所もあり、幌を被せてその中で暮らしている者が大勢見える。

 通りには鉄くずなどのゴミが散在し、そのすぐ横で焚火を起こしてる人々の服装は薄汚れていた。

 

 じっとレーナが乗る車を、目線で追ってくる大勢の白系種の人達。

 誰もが今までレーナが見た事がない程、淀んだ目をしていた。

 

「少佐、あまり顔を出さないで下さい」

 

 リードは窓に顔を寄せていたレーナに忠告してくる。

 どういう意味か問いただす前に、リードはハンドルを切り、ある敷地に入って行った。

 

 両脇に立つ門には、共和国工廠と書かれた古びた看板がかろうじてぶら下がっている。

 座り込んだ警備兵らしき人物が、手を上げて挨拶をしてきた。

 

 その周りには、子供達が集まり、何やら食べ物を分けてもらっていたようだ。 

 擦り切れた服を着た子供達の白い髪は、誰もが汚れ、清潔とは程遠い。

 

 車が止まり、ようやく地面に降りたレーナは、まずは匂いに顔を抑える事になった。

 

「っ……」

 

 ただ、臭いのとは違う。

 本能的に健康を害しそうとわかる化学成分を含んだものだ。

 

「後でわけてもらえるから、大人しく待ってろって」

 

 荷台を振り返ると、リードが子供達に取り囲まれていた。

 その集まりをかき分ける様に、リードは荷台に上り、木箱を一つ抱える。

 

「さあ、行きましょうか、あの工場の奥にヴァンデュラム社があります。寄り道しますけど、危ないですからちゃんと、付いてきてくださいね」

 

「わ、わかりました」

 

 子供ではないのだ。

 そんな言い方をされると、むっとしてしまう。

 しかし、その意味はすぐにわかる事となった。

 

 工場の中はレーナが今まで体感した事がない様な汚さだった。

 様々な機械が動き、耳を塞ぎたくなる騒音を立てている。

 見た限りだが、何らかの部品を製造する自動生産工場なのだろう。

  

 ただ、自動工場といっても、誰も人がいないわけではなかった。

 レーナが目を逸らしたくなる恰好で、汗を流しながら大勢の男性が働いている。

 奥の作業机にも、幾人もの年配の女性達が細かな部品を手を動かして磨いていた、

 

「おやっさん!!」

 

 その中の一人の壮年の男性に、リードが声を張り上げた。

 思わず身を引きたくなるほど、むわっとする臭いを漂わせた熊の様な人がやってくる。

 

「リード! てめぇは、またきやがったのか! 誰が入っていいって言った!!」

 

「まあまあ、そう言わずに。また、トラックでありったけ持ってきましたんで。皆さんで分けて下さい」

 

 リードのにこやかな笑みに、おやっさんと呼ばれた人物は禿げ上がった頭を掻く。

 

「あ、ああ。いつも助かるな」

 

 リードへの何かの礼もそこそこに、今度はレーナの方を向いた。

 じろりとした剣呑な視線に、レーナは挨拶すら出来なくなるほど委縮してしまう。

 

「こんな嬢ちゃんを連れてきて、どういうつもりだ?」

 

「うちの会社に用事があるだけですから。すぐに抜けます」

 

 リードがレーナの前に立ち、猛獣から庇う様な格好になっていた時、誰かが物を落としたのだろう。

 けたたましい金属音が鳴り響いた。

 

「こら、てめぇ!何してやがるッ!!」

 

 レーナが自分が叱られたと思い、びくつくほどの怒声だ。

 しかし、対象の相手は後ろ。

 操作盤で、クレーンを動かしていた若い男だった。

 

「俺は散々言ってるよなぁ!! エイティシックス共がへまして死ぬのはあいつらの勝手だが、俺らが作った部品のせいで死んだと言われる気はねぇってな!!」

 

 その余りな言い様もだが、何より内容がレーナは気になった。

 ここの人達は、無人であるはずの戦闘機に人が乗っている事を知っているのだろうか。

 

「あまり長居してると、あの人の怒声で鼓膜が破れますよ」

 

 リードは耳を抑えて苦笑し、勝手知ったる様子で工場内を進み始める。

 慌ててレーナも追いかけ始めた。

 

 そしてすぐに働く人達の誰もが、自分を睨みつける様に見ているのに気が付いた。

 知らない場所という事もあり、思わずリードに身を寄せる。

 まさか、彼が自分をわざと危険な目に会わせようとしているとは考えたくはないが。

 

 騒々しい工場を抜け、雑草が生えた裏手に出ると、ようやくレーナは一息付く事が出来た。

 

「あの、ここはジャガーノートの生産工場なのでしょうか……?」

 

「ええ、そうですよ。共和国工廠は大部分の自動生産工場を、当時前線近くだった85区の外周部に作ったんです」

 

 リードは遠目に、黒い煙を吐きあげている工場群を見やる。

 その外観も、当然すぐ傍の工場も錆びだらけで、その役目を果たせているのか不安になる。

 それをリードもわかっているだろう。

 呆れる様な口調で、肩をすくめた。

 

「すでにどれも、自動工場とは名ばかりのものばかりですよ。生産性を度外視した稼働もですけど、7年もまともに改修が行われてませんからね」

 

「では、ここの人達は……」

 

「共和国工廠に雇われている人達です。主に補修や部品交換、後は完全に動かなくなった機械の代わりも務めています。中央にいる奴らは認めやしないでしょうがね。自分達の工場が半自動工場と化してるなんて」

 

 リードはそこで後ろを振り返った。

 

「それにあの言葉、気付かれたでしょう? ここの人達は操縦席の組み立てにも関わっているんです。無人式自律戦闘機械などと謳っている機械に必要であるはずがないものを」

 

「やはり、そうなのですね。なら……」

 

 知っているというのなら、あんな発言をしなくてもいいものを。

 

「ミリーゼ少佐。別にわかっていてなお、ここの人達は86区の人々に優しく出来るわけではないのです。彼ら自身、日々の生活で精一杯ですから」

 

 それはここに来るまでに目にしてきた光景で、レーナにもわかった事だ。

 中央とこの外周部では、あまりにも生活水準が違いすぎる。

 勿論、前線や強制収容所とは比べるべくもないが、それを第一区に住むレーナが言えるはずもなかった。

 

「ですが、中には自分の仕事に誇りを持ち、その役割をきちんと果たしている人もいるのですよ」

 

 リードの言葉にレーナは頷いた。

 さっき、あの人が怒鳴った理由もそれなのだろう。

 あの怠惰を体現した共和国軍と比べれば、ここの人達の方が何億倍も人らしい。

 

 それからリードが辿り着いたのは、巨大な倉庫だった。

 正面の巨大なゲートの横には勝手口。

 横着にも木箱で両手が塞がっているリードは、足でその扉を蹴って開けた。

  

「ひっ……!」

 

 そして、床に倒れ伏している人物を見てレーナは悲鳴を上げた。

 対して、リードは冷静にその白衣を纏った人物の横腹を足で小突く。

 

「ベクタ博士ー、死ぬならベットでお願いします」

 

 リードの冷淡な声に死骸、いや眠っていただけの人は体を起こす。

 

「違う……あの理論は駄目だ!こうして、ああ……くそっ、あやつさえいれば……」

 

 ぶつぶつと、唸り声を上げて飛び起きたのは、髭を蓄えた初老の男性だった。

 目にも止まらぬ速さで、リードが持つ木箱からリンゴを奪うと、すぐに傍にあるデスクの端末に向きなおる。

 

「ちゃんと、食事は取ってくださいよー」

 

 リードの言葉を無視し、老人はレーナから見れば、眩暈がしそうな数列を打ち込み始めた。

 呆れた様にリードは薄暗い部屋の電気を点けると、テーブルに木箱を置き、溜息をつく。

 

「あのこちらのご老人は?」

 

「ベクター・ランドル博士です。数年前、資金援助の代わりにヴァンデュラム社の名ばかりの社長に招いたんです」

 

 ああ、そう言えば資料に書いてあった様な。

 

「彼は元々、大学で人工知能の研究をしていまして、7年前、無人式自律戦闘機械の開発にも携わっていたのですよ」

 

「じゃあ、ランドル博士は今も開発を!?」

 

 人工知能が開発されたのなら、シン達は戦わなくてすむ。

 本当に、人の犠牲のない戦場が実現するのではないか。

 レーナは期待の眼差しでリードに詰め寄ったが、彼の表情はおもわしくはなかった。

 

「そう……出来てたら良かったんでしょうね。残念ながら、当時国家総動員でも完成させられなかったプロジェクトを俺達だけで達成するのは、予算的にも人員的にも不可能なんです」

 

「……それは、本当に残念ですね」

 

 レーナは肩を落とした。

 

「もし共和国に慧眼があり、良心というものが残っていたなら完成させられたかもしれませんけどね」

 

 リードが本当に惜しむような声を上げる。

 

「どういう事でしょうか?」

 

「強制収容所に送られた方の一人と博士は、共同研究をしていたそうなのですよ。そして彼が最もその根源に近かったそうです。ですが、共和国はその英知も、研究成果も全て亡き者にしてしまった。まあ、呆れた話です」

 

 そんな愚かな話はないと、レーナも憤りを感じる。 

 共和国は自らの首を絞め、取り戻しがつかない選択をしてしまったのだ。

 もし、その過ちがなければ今どんな世界が広がっていただろう。

 

 声と名前しか知らない彼らと並んで歩く日常があったのだろうか。

 




やっぱりオペレーション・ハイスクールは尊いですよね。
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