86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか 作:ぺこぽん
ベクター博士のキーボードを叩きつける音で、レーナは現実に引き戻された。
「今、博士の方にはジャガーノートのOSの改良をしてもらっているのですよ。その成果………と言える程のものではないですが、まあ、お見せましょう」
そして、リードは先ほどから見えていた窓の先を指さした。
博士の部屋を出て、ジャガーノートが立ち並ぶ倉庫に足を踏み入れる。
「ここは元々、ジャガーノートの試作機をテスト運用する場所だったのですが、ここ数年ただの予備機の倉庫となっていたので、俺が貰い受けました。元々、シュタット家が共和国工廠に貸与していた土地を返してもらっただけですけどね」
50機はあるだろうジャガーノートには、作業服を着た人達が張り付き整備をしている。
その中の幾つかのジャガーノートは、レーナが見た事がない形をしていた。
黒塗りされた機体や、足回りが改良されているのか太い脚部を持つ機体。
さらに奥には普通のジャガーノートの倍以上ある機体もあった。
主砲の口径は120㎜だろうか、何故か機体の後方にまで機銃が装備されている。
「ああ、あれは開発当時の試作機で名前もなく、製造されたのも一機だけの代物ですよ」
レーナが足を止めたのを見て、リードは隣に立ち説明を始める。
「ちょうどレイドデバイスが完成しようかという時に、あるアホな将校が発案したんですよ。搭乗員2名で、2人の視界を同調して、前後同時に見えるようにすればいいと」
レイドデバイス。
長期間の接続や、過度の同調はハンドラーに死を招くほど危険な代物だ。
「その将校は、同調の危険性についてわかっていなかったのでしょうね」
「ええ、普通の人間は脳が負荷に耐えられず死にますからね。武器管制と操縦を別々に行うという発想は珍しくもないのですが、レギオン相手の戦闘では、その思考ロスは命取りだ」
それはレーナ自身も管制をしていて理解していた。
何故、履帯式戦車が廃れてしまったのか。
その理由は、レギオンの進行速度だ。
同じだけの物量をぶつけない限り、自らの破壊を厭わない機械相手では足の遅い戦闘機では飲み込まれてしまう。
そして、物量戦を可能とするだけの生産設備を共和国は有していない。
その点、ジャガーノートは身軽だ。
4脚歩行とワイヤーアンカー使用し、市街地では三次元的な戦場をも展開出来る。
それでも、なんとか拮抗出来ているレベルだが。
そしてそれは、おびただしい死者の上に成り立つ彼らが受け継いできた戦果だ。
「中距離での戦闘が主になっている今、レギオンの攻勢を止め、味方の損害を抑えるには機体の性能を更に向上させるしかないと考えました」
それは指摘の通りだ。
誰もがシンやリアの様な戦闘機動が可能となれば、より一層被害を減らせる。
しかし、その機動に中の操縦者が耐えられるかどうかはレーナは頭になかったが。
「そこで、その現状を変えようと俺達はここで第5改修型ジャガーノートを試作しています。とはいっても予算も生産設備もないないづくしですけどね」
ここでも、またもや予算の話か。
「シュタット家の財産も俺が全部自由に使えるならいいんですけど、親戚がうるさいですからね。そこで、これまたお偉方を騙して、なんとか生産に漕ぎ着けようとしている所です」
「今度はどんな内容の話を?」
レーナは少し呆れた声を上げた。
迎撃砲使用の件といい、こんな事をしていて彼は大丈夫なのだろうか。
「凱旋式で今のみすぼらしいジャガーノートでは示しがつかないでしょう、と。それで予算をぶんどりました。で、立派ながわだけ作ればいいという言い分は無視して、性能証明を逆に落として報告しているんです。財務報告書なんて出したら、役人は血相を変えるでしょうね。ま、誰も現場を見に来る中央の人間なんていませんから、問題ないですけど」
それはまた無茶苦茶な。
「生産設備の方も、今ではRMIから一部借りる事が出来ていますが、なかなか量産に進めませんね」
「その、RMIに新しく生産設備を作ってもらう事は出来ないのですか?」
「無理でした。大量生産の弊害です。おいそれと仕様を変更しようとすれば、莫大な資金もいりますし、何より今の生産に支障が出ますからね」
「では、現場への配備はまだ先なのですね……」
レーナが悔し気に倉庫に並ぶジャガーノートを見渡す。
試作機とはいえ、現行のジャガーノートより確実に、性能は上のはずだ。
それを彼らの元に届けたい思いは、レーナも同じだ。
「実機は、まだですがOSのアップデートは現行の機体にも何度もこっそりと行っていますよ」
リードの言葉に、レーナは視線を彼に慌てて戻した。
「で、では。戦場での死者数が減少傾向にあるのは……」
レーナが戦術を組み立てるに当たって、調査したデータがその兆候を示していたのだ。
数年前の過去の傾向と比べ、前線での死者数が少しづつ減少している。
その代わり、重症者の割合が増加してはいるのだが。
「博士の自立戦闘支援プログラムの成果でしょうね。特にその統計を、新兵の中の死傷者だけに絞ると、さらにその割合は減少していると思いますよ」
「新兵のみですか?」
「ええ、実は操縦者の熟練度に対し、OSが操縦補助を行えるようにしているんです。まあ、熟練者には逆に邪魔となりますから、そこは臨機応変にオンオフするような仕様にしてあります」
そこまで出来ているとは。
「ちなみに俺達は、そのプログラムをアンダーザヘッドとか、アンダーヘッドって呼んでます」
頭より下。
つまり、頭脳がないという意味だろう。
ということはやはり。
「操縦者が必要ないとまではいかないのですね……」
「そうですね、せいぜい親機に随伴する移動砲台ぐらいにしかなりませんし、現場の士官が戦闘中に操作する事は困難です。しかし、かといって現場が見えないハンドラーからでは指示を出せない」
どっちつかずの中途半端か。
あの博士が頭を抱えていた理由もわかるというものだ。
それほどまでにレギオンを作った帝国の技術と、共和国の技術は乖離している。
「まあ、それでも今の所、操縦者が気絶しても基地に帰還するお掃除ロボットぐらいの動きは出来ますよ」
「そうですか……」
そしてようやく倉庫の端に辿り着くと、壁際に机が並べられていた。
その上には乱雑に書類が置かれ、付箋がいくつも張られたPCは画面が見えない程だ。
「では、お約束のラグア・イリノスとご対面と行きましょう!」
そう言いリードは笑顔で手を広げたが、今はデスクに誰もいない。
「えっと、どちらに?」
「ラグア・イリノスはここにいますよ」
さらに二、三度がばっと目の前で手を広げてくるが、やはりリード以外誰もいない。
「シュタット少佐……からかうのも」
拳を握ったレーナは、語気を強めた。
今までも散々振り回されて、レーナにはストレスが溜まっているのだ。
さっさと言え、という雰囲気を感じ取ったのだろう。
「すみません……実は、ラグア・イリノスという人物は架空の人物なんです」
「架空……」
「情報統制局の熱心なお怠けのお陰で、ダークウェブ、ネットの奥底では、隠れて今の政府を批判する人も大勢います。彼らは表立って声を上げる事はありませんが、少しでもと、手を貸してくれる人もいるんです」
あまりPCに詳しくないレーナでは知らぬ情報だった。
「勿論、全員が全ての真実を知っているというわけではありませんが、政府のいう事を丸のみするのを嫌う陰謀論者ってのは、一定数どこにでもいますから」
そこでPCに通知があったらしくリードは、手を伸ばす。
リードはPCをいくつか操作をした後、再びレーナに向き直った。
「そこで、そういう人達の協力を得るのに、その名前を利用しているのですよ。少佐もその口で、この会社に辿り着いたのでしょう?」
「じゃあ、あのゲームもシュタット少佐が?」
「ええ、あれも俺と、賛同してくれた人々が作ったものです。名前を残したのも、あの真の意味に気付いた人が連絡をしてくるようにです」
「そういえば私はシュタット少佐に、その名前を言った事はないはずでしたよね」
電話した次の日、リードがすぐに接触してきたのは偶然ではなかったのだ。
逆探知とでもいうものだろうか。
レーナの動きはリードに筒抜けとなっていたわけだ。
「ばれてます? あの時は嘘をついてすみませんでした。それにしても肝を冷やしましたよ。いきなりあんな場所で堂々と体制批判をするとは……。貴方はカールシュタール准将に守られている様ですけど、俺はおいそれとキャラを崩すわけにいかなかったので」
「やっぱり、少佐は猫を被っておられたんですね」
リードの昨日の澄ました顔よりも、今日の同年代の様な子供じみた表情の方がレーナにとっては好ましい。
といってもちょっとだけ好感度が上がったというレベルだが。
「ということは、あのゲームには本物の戦闘データが使用されているのですね」
「ええ、大元はこいつでして」
そう言うとリードは壁際の大型の装置を指さした。
「これは……なんですか?」
その装置は巨大な筐体にいくつも油圧式のパイプが取り付けられ、どうも前後左右、更に回転まで筐体を動かすことが出来るテスト装置の様に見えた。
「ジャガーノートの戦闘シミュレーターです。操縦をまだ共和国軍人が担うべきだと考えていた人がいた時代、生産された数台の内、唯一現存する最後の一台です」
そんなものがあるとは知らなかった。
「ミリーゼ少佐も乗ってみます?」
「いいのですか!?」
レーナは色めき立った。
別に彼らと同じ戦場に立って、戦いたいという訳ではない。
ただ、知る事が出来るのなら知ろうと思ったのだ。
併設されたデッキを登ると、少佐が操作盤でシミュレーターを開いてくれた。
中は狭く、ジャガーノートの実機とそっくりの操縦席にレーナが入ると、目の前のスクリーンに文字が見えた。
No.1 Y・R 900点
誰だろうか、と思う間もなくリードが手を伸ばしてきて、手垢で擦り切れた操縦桿を操作する。
「では、新兵訓練用のプログラムからやってみましょう」
すると眼前の三面スクリーンが変化し、廃墟を主とした戦場の風景となった。
遠くに出現するレギオンの姿も嘗て見たものと同じ。
「ベルトはして、絶対に口を開けないでくだいさいね。慣れてないと舌を噛みますから」
「え?」
質問をしようとする間もなく操縦席は閉じられてしまった。
すぐに動き始めた。
本当はゲームセンターにおいてあったのが、少し動くくらいだろうと安易に考えてしまっていたのだ。
なにせ、普通の少年が高得点を叩きだしていたくらいだ。
だが、それはすぐに間違いだと悟る。
座る人の事を考えていない座席は、ただ移動するだけで疲労を操縦者に与える。
スクリーンは決して見やすいとは言えず、圧迫されるような感覚は棺桶の様だ。
更に急加速、急旋回、砲弾発射時の衝撃。
目前に着弾するレギオンの攻撃。
シミュレーションという事を忘れ、思わず目を閉じ身構える。
レーナ自身が操縦せず、誰かの戦闘データを追体験しているのを踏まえても、強烈な体験だった。
またもや何度か目の胃を振り回されるような加速がレーナに襲う。
「き……っ!」
悲鳴を上げれば舌を噛むとわかっているのでひたすら耐えるしかなかった。
「お、終わった……」
シュミレーターがようやく終わりを告げ、コックピットが開かれた時にはレーナはぐったりとしていた。
なんとかベルトを外し、デッキを降りると、リードが待ち構えていた。
「どうでしたか?」
にこやかな笑顔で、ゲロ袋代わりだろうかごみ箱を掲げて。
レーナは青ざめた表情で、揺れる頭に吐き気を感じつつ、リードを睨んだ。
まさか、彼はこうなるとわかっていたのだろうか。
生まれたての小鹿の様な足取りで、レーナはふらつく体をなんとか起こす。
「はい、散った散ったー」
すぐ傍ではさっきまで作業していた人達が、声を張り上げている人にもお金を渡していた。
悔しそうな声を上げている人の会話が耳に入ってきる。
自分が吐くかどうかを賭けの対象にされていたのだ。
意地でも絶対に吐くかと、誓ったレーナであった。
リードはごみ箱を地面に降ろすと、満面の笑顔を浮かべる。
「ちなみにアンダーテイカーの操縦データもありますが、こちらも体験してみます?」
悪魔か。
書きたい事は書ききってると思いますが、何か抜けてるような。
気をつけていないと、レーナがどうしてbotになりますし。
それとなく読み取って貰えると恐縮です。