86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか 作:ぺこぽん
そして、自走地雷の三体がダイヤの機体に飛び付いた。
『ッ……』
時限信管が作動し、自身の死を簡単に予想が出来たダイヤは口を開く。
待ってくれ……。
せめて、あと少しだけ。
自分が想いを寄せる女性の名前を呼ぶ事ぐらい……!
『動くな!ブラックドック!!』
しかし、そこにリアの叫び声。
視線を向ければリアの機体が迫っていた。
ダイヤの機体に衝突する勢いで突撃するリアの機体が展開するのは高周波ブレードだ。
僅かな操作の誤りで、ダイヤの首を斬り落とすほどの距離。
『らあああぁッ!!』
気迫の声と共に一閃。
上部に取り付いていた二体の自走地雷を、組み付き用のアンカーを残し、遠くに吹き飛ばした。
だが、もう一体が残っている。
リアは一瞬でベルトを外し、機体の警告を無視。
そのままジャガーノートのコックピットを開き、機体の勢いを受けたまま、外に飛び出す。
その手に握るのはライフル。
抱えた想いは一つだけだった。
―――今度こそ、救ってみせる!
戦隊一の身体能力と怪力で振りかぶったライフルの銃底は、残った一体に命中。
そのまま弾き飛ばす事に成功した。
だが、それは止まる事の出来ないリアも一緒だ。
慣性のまま、投げ出され、共に落ちていく。
『駄目だ!』
そこにダイヤが残った脚部で無理やりに機体をねじ込ませた。
リアを庇う様に、少しでも爆発から逃れるように。
そして、爆発が起きた。
『ウルスフベーン!ブラックドック!』
カイエは爆炎に向けて叫ぶが、応答はない。
レッカに迫る斥候型を排除した所で、救援を呼ぶ。
『ファイドにバーントテイルの保護を。私は二人の所に行く!』
『……ごめん、キルシュブリューテ』
機体から脱出したレッカを身を隠すのを見届けた所で、カイエを止める声がした。
『キルシュブリューテ、デンドロアスピスがやられた。第四小隊を率いて第五小隊と戦車型の足止めをしろ。スノウウィッチ、ブラックドックの代わりに指揮を……いけるか』
『……ええ』
アンジュの噛み締めるような声を聞き、カイエも従う他なかった。
『キルシュブリューテ、了解』
リアの救助に今すぐ向かいたい。
だが、それは他の戦隊員を危険に回す行為だ。
今でさえ、リアが抜けた穴を埋めるのは並大抵ではない。
カイエは、今は小隊を預かる身としてこれ以上、独断行動をとるわけにはいかなかった。
『レウコシア、ガンメタルスコール。済まない、すぐに戻る』
カイエは辺りの自走地雷を機銃で吹き飛ばすと、後ろ髪を引かれながら前線にと戻っていった。
戦闘は終わった。
損傷した阻電攪乱型が群れに戻れず、蝶の様に飛び交う中、スピアヘッド戦隊の面々は帰投の準備に入る。
持ち帰るものは来た時と同じ、弾丸の消費で軽くなった自機くらいなものだ。
そして戦死した者は置いていく。
それが戦場での、エイティシックスの定めだ。
だか、それは助からない傷を追った者も同じで、彼らをレギオンにさせない為にも、成さねばならない事がある。
『少佐、同調を切って下さいと言ったら応じてくれますか……?』
『それは……』
シンの前にはダイヤの機体があった。
左半分は爆発の熱で黒焦げ、その中の搭乗者も当然被害を受けている。
ダイヤの左半身は焼け爛れ、およそ全身の四分の一程度の損傷。
左脇から首、そして左頬の辺りにまで、その熱傷は届いていた。
「っ……ぁ……シン」
まだ意識はあり、こちらを認識する事も出来ている。
だがシンには、多くの戦友の死を見届けてきた死神にはわかっていた。
例え、今ここでダイヤを助けたとしても……その後は。
―――長く苦しませるくらいなら、いっそここで。
『待って……シン』
拳銃を引き抜こうとした手が、ある声で止まる。
『ウルフスベーン!生きていたのですかっ!』
ハンドラーの嬉しそうな声を煩わしそうに同調を切り、リアはシンに懇願する様に、再び口を開いた。
「お願いだから……」
カイエに支えられて歩くリアも怪我を負っていた。
しかし、ダイヤに守られたお陰で、そこまで爆発に巻き込まれる事はなかったらしい。
ただ、その長い黒髪は焼け落ち、背中には軽い火傷を負っていた。
『……ハンドラー・ワン』
『何でしょうか……?』
シンは拳銃から手を離し、必死に走ってくるアンジュに目を向ける。
『損害報告です。デンドロアスピス、グラディアトルの両名は戦死。ウルフスベーンは軽傷、ブラックドックは……重傷です』
レーナの息を吞む音が聞こえた。
前線基地に帰還した彼らは、ダイヤに出来るだけの手当を施した。
しかし、所詮は最前線で病院も、軍医すらいないこの場所では出来る事に限りがあるのだ。
体を拭いてやり包帯で巻き、後は本人の回復に頼る他はない。
「そのポンコツをファイドに捨てるように言っとけ!」
ライデンが苛ついた声で、メディカルユニットを足で蹴とばした。
ダイヤの状態を三度熱傷と診断したこの機械は、それ以上の治療をする事なく停止したのだ。
「ライデン君……」
「……悪ぃ、外の空気吸ってくる」
ダイヤが横たわるベットの傍に座るアンジュは目を伏せ、それにライデンは首に手を当て、部屋の外に出た。
何も死を見慣れていないという訳ではない。
戦場で嫌というほど見てきたのだ。
ダイヤよりもっと酷い状態すらも。
手足が吹き飛び、内臓が飛び出し、殺してくれと懇願する戦友達を。
だが、彼らは死んでいった。
戦場で戦って死ぬ事を、自分達エイティシックスはそういう生き方を進むと決めたのだ。
それが、唯一残された自分たちの存在証明。
だが、運悪く生き残っちまった奴はどうなる。
戦う事も出来ず、仲間に取り残され、ただ死を待つばかり。
―――そこに誇りなどあろうはずもない。
「リア……」
そんな事を考えていたせいだろうか、気付くと手が動いていた。
治療を終えて部屋から出てきたリアの頬を平手で叩く。
思いの外、力が入りすぎていたのだろう、歯に当たったリアの唇から血が一筋流れる。
「言ったよな、次命令違反したら殴るって。お前が勝手に部隊を離れたから、シュリとオーチは死んだ。助けたダイヤもあの様だ」
何に対して苛ついているのか、わからないわけではない。
だが、止められなかった。
「一人救って二人死んだ! 釣り合わねえだろうが!」
リアはいつもの様に言い返して来なかった。
ただ、黙って唇を噛み締め、流れた血はそのまま床に落ちる。
「ライデン、責めるなら私もだ。リアと同じく私にもその責もあるはずだ」
カイエがそこで、リアの隣に立つ。
確かにカイエも、リアに連れだってレッカの救助に向かった。
だが、それは小隊長であるリアにこそ負うべき責任のはずだ。、
「ライデン、黙認したのは俺だ。文句があるなら、まず俺に言え」
そこでシンがライデンの肩に手を置き、淡々と言葉を続ける。
「それに今日の戦闘では誰が死んでもおかしくなかった。結局は今日死ぬか、明日死ぬかの違いでしかない。そうだろ」
「……ああ、そうだったな」
いずれは平等に訪れる死だ。
だが、それに至る道は様々でダイヤもリアも、結局は自分で選んだだけなのだ。
それを他人がとやかく言うことではない。
そして、シンがそう認めるのなら、副長である自分が出る幕ではなかった。
「俺は少佐に今日の事を報告してくる。……喧嘩するなら騒がしくないように裏でやってくれ」
そう言うとシンは自室の方にと戻っていった。
そして、その物言いのせいか、ライデンの頭に上った血が急に去っていく。
「らしくねぇ……熱くなっちまってた。一発は一発だ、やれよ」
ライデンはある法典の通り、片頬をリアに差し出した。
そして振りかぶられる手。
「ぐはっ……!」
ライデンは吹き飛ばされ、壁に背中を叩きつけられる事となった。
リアが降り下ろした手の形は拳。
「グーパンかよ……」
「私、シンの所行ってくる!」
恨めし気に呟いたライデンなどリアは無視し、シンの後を追いかけて行った。
尻もちついたままのライデンにセオが近寄り、不思議そうに眉根を寄せる。
「何でリアに、そんな突っかかんの? 何、好きなの?」
「ちげーよ」
ライデンは呆れたように吐き捨て、去っていくリアの姿に目をやる。
暗闇に溶けていく黒髪。
我らが死神とよく似た髪色。
「死にたがりは二人もいらねぇんだよ……」
似ているのはそれだけではないのだ。
きっと過去の何かに、逃れる事の出来ない呪縛に。
ずっと囚われている所が。
損害報告……戦死者三名、至急隊員の補充を求む。
東部戦線第一戦区第一防衛隊スピアヘッド戦隊、管制官。
ヴラディレーナ・ミリーゼ少佐
「っ……痛ったー!」
リアは涙目になりながら、裸で頭からシャワーを浴びせられていた。
火傷の治療を済ませた背中には水が掛からない様にしてあるものの、体中にいくつもついた擦過傷には染みる。
「ほーら、動かないの!」
シャワー室で同じく裸のレッカがリアの頭を後ろから抑える。
カイエが微妙に片腕である部分を隠しながら、リアの髪に手をやった。
「まだ黒いのが出てくるぞ。うわ、取れた。す、すまない、リア!」
「え、何!? 何が取れたって? 私の髪どうなってるの!?」
カイエの髪には熱で縮れたリアの黒髪が纏わりついている。
残念ながら戦隊の中でも羨ましがられていた艶のあるリアの髪は、無惨にも失われていた。
なんとか汚れを全て洗い流した後、リアは濡れた猫の様に大人しく体を拭かれるままになっている。
「あんたって、ほんと……なんでもない」
リアの上半身を拭いていたレッカが、戦慄した表情で引き攣った笑みを浮かべている。
それから、乾かし終わった後は、洗面台の前の椅子にリアを座らせた。
全員かなり疲れてはいるが、このままリアの髪を放置しておく事など女子のプライドが許さなかったのだ。
「ほら、真っ直ぐ前を向いていろ」
カイエの指示に嫌そうに身震いするリアだったが、ハサミで髪を遠慮なく切り始めると睡魔が襲いかかり、船を漕ぎ始めた。
「カイエ、どうしようっか」
そこで、女子隊員の髪のカットを常に受け持っているレッカが困った声を上げた。
カイエも後ろに回り込み、レッカと同じく悩み出す。
「これは……。リア、どうやら覚悟してもらう必要がありそうだ」
「うーん……別に……坊主、でも…いいわよ」
リアは眠気を堪えながら、途切れがちに言い返す。
「それは却下だ。……しかし、折角綺麗な黒髪だったのにな。惜しい限りだ。好きで伸ばしていたんだろう」
「ううん……。ただ、お母さんに……言われただけ。髪の毛ぐらい……伸ばしとかないと、婿の貰い手が……ないって」
「それを言うなら、嫁の貰い手だな」
カイエは苦笑し、眠気のせいかいつもより口が回る親友を面白そうに見つめた。
「……ヨナも綺麗だって……言ってくれたから」
ああ、確かリアの幼馴染の名前だったか。
戦隊結成の時に、一度だけ聞き覚えがないかと全員に訪ねた人。
ヨナイス・ラングレイだったか。
強制収容所でアルバに連れて行かれた幼馴染の男の子か。
どこに連れて行かれたかはわからず、今も手掛かりはないらしい。
運が良くて他の収容所に移送されたか、最悪人体実験など為に連れ去られたか。
それでもよほど大事な思い出なのだろう。
その名を口に出すリアの表情は、今まで見た事が無いほど穏やかだった。
「それに……約束……したから」
レッカがハサミを動かす手を止める。
「約束って、どんな?」
その質問にリアが答える事はなかった。
頭がだらりと下がり、規則的な寝息が代わりに聞こえてくる。
「もうっ、教えてくれてもいいのに」
少し興味があったらしいレッカは唇を尖らせながらも最後の仕上げに入る。
約束の内容を一度だけ聞いた事があるカイエは、そのことには触れず、ただ優しく微笑んだ。
「さ、終わりっ!」
レッカは答えてくれなかった意趣返しか、リアの両肩を思いっきり叩きそう告げた。
「ふわあっ!」
慌てて飛び起き、リアはしげしげと鏡で自分の姿を確かめる。
「……ありがとね、レッカ」
「どういたしまして」
ベリーショートとなった髪を撫で回すリアお礼に、腰に手を当てたレッカに満足気な顔だ。
「さ、夜食を作ってアンジュの所に持っていってやろう。彼女も休まないと」
カイエは手を打ち鳴らし、提案をする。
「賛成、クレナにも声掛けてくる」
レッカがご機嫌で出ていって、カイエも続こうとするとリアが声を掛けてきた。
「ねえ、変……じゃないかな」
坊主でもいいといった割にこういう所を気にする辺り、可愛らしいな思うレッカであったが、当然その事を口にする事はない。
「私は好きだぞ、その髪型。リアらしい」
とまあ、そういう風に返すとリアは、嬉しそうに笑みを浮かべた。
しかし実際の所、戦隊内での評判は他の女子は苦笑い、男子は絶句であったが。
感想、評価など貰えるとモチベゲージが回復します。
よろしくお願いします。