86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか   作:ぺこぽん

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21話 声の主

 ぱちぱちと独特な小さな音を立てて、火花が目の前で踊っている。

 暗闇の中で、その小さな光だけがカイエとリアを淡く照らしていた。

 

 ふと、遠くで微かに花火が打ち上がる音が、カイエの耳に届いた。

 今頃は、居残り組以外の他の皆はサッカースタジアムで打ち合げ花火を楽しんでいるのだろう。

 

「たーまやー、かーぎやー」

 

 ふと、そんな言葉がカイエの口から無意識に漏れた。

 

「それって、どういう意味?」

 

 すっかり短くなった髪にはまだ慣れないのか、リアの後ろ髪を触ろうとした手は空を切る。

 

「あ、いや。実は私は知らないんだ。昔、革命祭の花火を見ていた時、父がよく口ずさんでいた言葉なんだ」

 

 その意味を聞く前に父はいなくなってしまった。

 少し感傷に浸った顔をリアに見られる前に、線香花火は終わってしまう。

 

「カイエも、皆と行ってきたら良かったのに」

 

「リアが行かないなら、私もここにいるさ。アンジュの傍にいてあげた方がいいだろうしな」

 

 そこでカイエはもう二本線香花火を取り出し、リアに片方を渡し、自分の物に火をつける。

 リアはゆっくりと、遠慮がちに手を伸ばしてくる。

 アルバからの贈り物なんていらない、と言っていたリアだったが、この小さな花火くらいいだろうと説得した所、応じてくれたのだ。

 

「私、花火は嫌い……」

 

「また、どうして?」

 

「すぐに消えるから。ぱっと光ったと思ったらすぐに終わっちゃう」

 

 それは線香花火を長持ちさせる方法を知らないからで、殊更リアはじっとしておくという事が苦手だからだ。

 カイエはくすりと笑うと、自分の線香花火を近づけ、リアのそれと合わせた。

 すると二つの火球が合わさり、さっきよりも大きな火球となる。

 

「ほら、こうやってじっとしていると長持ちするし、二つに合わせればさらに大きくなる」

 

「あ、ずるい」

 

 自分の分の火球カイエに奪われたリアは、拗ねたような声を出し、今度は自分から花火を手に取った。

 他の花火もそうだが、確かに線香花火の寿命は短い。

 いくら長持ちさせようと頑張ろうとも、一瞬で明るく輝き、いつかは燃え尽きる。

 自分のマークの桜と同じ様に、僅かな間に潔く消えていく。

 

 それは自分達の行末を示している様で、カイエはぽつりと声を漏らした。

 

「リア……もしこれから先、私が死ぬ事があればお願いがあるのだが、いいだろうか」

 

「なんでそんな事……!」

 

 リアは勢いよく顔を上げ、その衝撃で線香花火は短くも終わりを告げる。

 

「私はよく戦えたよ。この戦区でここまで生き残れたのは奇跡だと思う。それはきっと隣にリアがいたからだ」

 

 リアの僚機として行動する事の多いカイエはそう分析した。

 実際の所、エイティシックスの死亡率は男性よりも、女性の方が高いのだ。

 

 男性よりも体力が劣る女性。

 特に小柄で、前衛を務める事もあるカイエにとって、その差は命取りだ。

 まあ、リアの様な規格外は偶にいるが。

 

「そんな事ない。カイエがいたから私もここまで……」

 

「ああ、皆のお陰でここまで来れた。そしてこれから先も……例え、死んだとしてもきっとシンが連れて行ってくれる」

 

 だから、とカイエは前置きして、リアの揺れる瞳を見つめた。

 

「その時は、私が死んだ事で彼らを恨まないで欲しい。その事をリアが抱える必要はないんだ」

 

 未練がないという訳ではない。

 恨みがないという訳でもない。

 ただ、その重みまでリアにこれ以上背負って欲しくないだけなのだ。

 この放っておけば自分を傷つけ、消えてしまいそうな少女に。

 

「約束して欲しい。その時が来てもその後も。私の事で想うのは、こうして一緒に花火を楽しんだ思い出だけにして欲しいんだ」

 

「……わかった。でも、……そんな事にはならない、させないから」

 

 膝を抱えたリアは、決意を秘めた表情でカイエを見返していた。

 そこに風が吹き、二人の花火を掻き消していく。

 だが、同時に営舎の窓から顔を出したアンジュが声を掛けてきた。

 

「っ……ダイヤ君が」

 

 一瞬、二人は最悪の事態を予想するが、アンジュの目に浮かんでいるのが喜びの涙だと気が付き、力を抜いた。

 

 

 結論から言うとダイヤは助かった。

 

 レーナが送ってきた特殊弾頭とは、別のコンテナの特殊装備。

 その中に入っていた遠隔操作可能な改良型メディカルユニットに、バッテリーで冷却されて届いた人工培養皮膚によって。

 

 無事メディカルユニットを立ち上げた所、アルバの医者と思われる男から通信が繋がり、手術の助手をやれという命令で、アンジュ以下手先の器用な者が手伝う事となったのだ。

 なんで私がエイティシックスなどを助けにゃならん、とぶつくさ言っていた割に、その医者はきちんと移植手術をこなし、プライドからか手を抜く事はなかった。

 

 しかし、こんな不衛生な場所に加えて今後の術後処置も出来ない訳で。

 助かっても酷い跡が残るだろうと言われたが、命が助かるのなら対した問題でもなかった。

 

 そして、薬の効果で熱も引き今まで眠っていた所、ダイヤは目を覚ましたのだった。

 

「……ごめん、アンジュ。全然……大丈夫じゃ、なかった」

 

「ほんっとに……どじなんだから、ダイヤ君は」

 

 なんとか笑みを浮かべたダイヤに、アンジュは大粒の涙を流す。

 カイエがレーナを含めて全員に同調を繋ぎ、その吉報に歓声が上がる事となったのだった。

 

  

 だが、その喜びに浸る時間はあまりなかった。

 彼らは戦場にいて、助かる命よりも多くの命が奪われる。

 それは変えられようのない事実だった。

 

『アンダーテイカー、報告を』

  

『戦隊各員、これよりレギオンの前進拠点の制圧に掛かる』

 

 レギオンの前進拠点の攻撃任務が下され、スピアヘッド戦隊は囮とわかっていながら、その任を拒否する事など出来ようもなかった。

 周囲の伏兵を気にしながら市街地へと、各機進軍していく。

 

『嫌な感じがするな……』

 

 ライデンがぽつりと漏らした言葉に同意する者が数名。

 そして、その予感は的中する事となる。

 

『全機停止。……一機来るぞ』

 

 シンの声に各機散開し、周囲の警戒を行うが、それより気になったのは一機という言葉。

 何故たったの一機。

 

『―――帰ル』

 

 そして、ぞっとする様な低い男の声が聞こえた。

 同調を、シンの異能を通しての声。

 レギオンの亡霊の声だ。

 

『なんだありゃ……』

 

 そして姿を現した敵に対するライデンの声に同意する者は全員だった。

 見た事がないレギオンだ。 

 

 太い四脚の脚部を持ち、獅子に似た一対の鬣、敏捷性を思わせる白銀の鋭利な機体。

 今まで見てきたレギオンとは、基本設計から異なる姿。

 最も長く戦ってきたシンですら、一切の情報がない敵だった。

 

 まだ、彼らはそれがいずれ高機動型と呼ばれるレギオンの試作機である事を知らない。

 

『どうしました!? アンダーテイカー報告を』

 

『敵の新型です。……声は把握していたのですが、まだ遠くにいたはず。移動速度が尋常じゃない。……ッ!』

 

 シンの表情が一変する。

 敵がその姿通りの敏捷性を生かして、突進してきたのだ。

 

『帰リたイ……帰ル帰る帰るカえる帰ル帰ル帰るカえる帰ル!』

 

 全機すぐに砲撃を開始するが、その機体は遮蔽物を巧みに利用し、左右に機体を振り避ける。

 高起動型と呼ぶにふさわしい動きだ。

 

『あいつの相手は俺がする。どうやら敵は待つ事に飽いたらしい』

 

 シンが声を聞き届けるまでもなく、続々と周囲に隠れていた敵が集結してきていた。

 とてつもない速度で接敵する新型に、ライデンが焦燥感を滲ませながら答える。

 

『指揮は任されたが……無茶すんじゃねえぞ』

 

『どうやら、無茶で済むような相手ではなさそうだ』

 

 ライデンは小隊毎に命令を与えながら、シンの機体を見送った。

 

『ウルフスベーン!?』 

 

 そこにカイエが声を上げている。

 見れば、リアが先程与えた指示から動いていない。

 

『確かめ……なきゃ……』

 

 リアの震える微かな声は、動揺を必死で抑えようとしている。

 

『私も……行かなきゃ』

 

 あの新型に向けてだろう、機体の向きを変えようとした所にライデンは吠える。

 

『馬鹿野郎、あいつの邪魔だ。それにお前がいなくなったら誰が前線を支えるってんだ!』

 

 リアならシンの動きについていく事は可能だろう。

 だが、高速戦闘下では、お互いが邪魔になりかねない。

 

『……また仲間の命を危険に晒すのか』

 

『ッ……了解……』

 

 言いたくもない言葉をライデンが吐き出した所、リアはなんとか言葉を絞り出し、包囲してくる敵機に向かって行った。

 

 

 

『アンダーテイカー!』

 

 再び何度目かのレーナの悲痛な声。

 管制モニターではシンと新型のレギオンは、ほぼ重なりあう様に表示されている。

 

 速すぎる!

 

 意識が奪われる程の高速戦闘を繰り広げながらシンは、なんとか敵に喰らいついていた。

 すでにレーナの声も、周囲で戦う仲間の声すら遠く、届かない。

 余計なものをそぎ落とし、瞬き一つ惜しんで命を繋ぐ。

 

 すれ違いざまに高周波ブレードと敵の高周波チェインブレードが金切り音を立て、激突した。

 もう一対のチェインブレードが迫る前に、シンはワイヤーアンカーで廃墟に飛び込む。

 

 一瞬の攻防だ。 

 しかし、シンには恐ろしく長い時間に感じていた。

 何分経過したか、残弾数を数える余力すら全て捨て去り、敵のみに集中する。

 

 未だ命があるのは、こちらに地の利があり、敵に遠距離攻撃手段がないからだろう。

 敵の武装に機銃やミサイルといった類は存在しない。

 自分と同じく、近接戦闘を主として作られているのだ。

 

 今まで、これ程の起動を可能とするレギオンは存在しなかったはず。 

 それだけの性能を有す中枢処理装置をレギオンは保有していなかったからだ。

 

 しかし、夢幻でなく現にシンはその敵と交戦中だ。

 いかに黒羊とはいえ、これだけの機動を可能にするとは、余程元の素体が優秀だったのだろうか。

 

『っ……』

 

 再びの攻撃の回避で左後脚部のアクチェーターが限界を迎えた。

 もう一度の戦闘で、恐らく動けなくなるだろう。

 ついでに左の高周波ブレードも根本から叩き折れ、ワイヤーアンカーも作動しない。

 

 そして、長年の戦闘経験からシンはいとも容易く悟ってしまった。

 

 ―――この機体では勝てない。

 

 残された手段は一つしかない。

 自分を囮に、部隊に援護砲撃を要請し、廃墟を質量兵器として崩落させるしかない。

 うまく釣れるか、それとも巻き込まれるのは自分だけか。

 どちらにせよこいつをここで逃がせば、全員の命はない。

 

『こんな所で……』

 

 残した思いを捨て去る為に、唇を噛み締め、シンは決意する。

 自分を残して、全員に撤退を命じようとした時、急に新型が動きを止めた。

 その機会を逃すかと、最後の残弾で廃墟の上階から狙い撃ちするも、新型は見事に避け切りこちらを補足する。

 だが、追撃はなくブレードを尻尾の様に地面に一度叩きつけると、反転し去って行った。

 

『敵が撤退していきます』

 

 レーナの安堵の声にシンは、違和感を覚える。

 撤退行動に移行するほど、レギオンの声は減っていないはずだ。

 

 違う。

 これはなにか別の。

 

 突如、レーダーの警告と共に砲弾が降ってきた。

 回避行動に移れた者は僅か。

  

 阻電攪乱型を突き破り、回避不能な砲撃が地面を抉る。

 第一、第二と着弾する仲、唯一並外れた反射神経で反応出来たリアが、カイエの機体を押しのけ、砲撃から逃れた。

 

『バーントテイル!』

 

 しかし、その砲撃の余波でレッカの機体が瓦礫にぶつかり、激しい衝撃で同調が切断された。

 同じく吹き飛ばされたチセの機体も沈黙したままだ。

 そして再び、二つの砲撃が落下し、被害は拡大する。

 

『か、解析出ました!発射位置、東北東百二十キロ、推定初速は……秒速四千メートルっ!?』

  

 全機必死に回避行動を取る中、レーナの報告が入る。

 

『今まで確認された事のない、超長距離砲です!……そんな、少佐の読みは正しかった。……ッ作戦中止!撤退して下さいッ!!』

 

『……了解』

 

 シンが答えると同時に、リアからの声も上がる。

 

『まだ、バーントテイルとグリフィンが!!』

 

 砲撃に直撃され、崩落に巻き込まれた他の四名とは違い、この両名はまだ生きている可能性がある。

 しかし、このまま放置して撤退すれば、すぐにレギオンは戻ってくるだろう。 

 そんな事は出来ない。

 

『彼らは私が引き受けます!』

 

『少佐……?』

 

 どうやってというシン疑問には答えず、リアは管制コンソールに急いでコードを入力した。

 先日、ヨナに教えられた通りの方法で。

 

<system under the head start>

 無機質な数字の羅列を無視し、レーナは急いで設定を終える。

 

『バーントテイルとグリフィンの親機をヴェアヴォルフに設定。ヴェアヴォルフ、彼らを頼みます!』

 

 すると二体の機体は操縦者の動作なしに立ち上がり、ライデンの機体の動きをコピーするかのように後ろについた。

 恐らく今もレッカとチセの意識は失われたままだ。 

 

『っこんな隠し玉持ってんなら、早く出してくれよな』

 

『すみません、先日導入されたばかりシステムなんです。余り無茶な機動はしないで下さい。随伴機能くらいしかないので、不安定な場所では転ぶかもしれません』

 

『了解した』

 

 それから、以前花火をしたサッカースタジアムまで退避を完了した。

 追手は振り切り、あの高機動型も砲撃の後は鳴りを潜めたままだ。

 

『損害報告を……お願いします』

 

 震える声でレーナが尋ねる。

 無事に辿り着けたジャガーノートはわずか10機。

 先ほどの戦闘で4機失われ、ついにここまで隊員が減ってしまった。

 

 ライデンに随伴してきた二人の無事をすぐに確認する。

 レッカは頭を強く打ったらしく、血が出ていたので応急処置として包帯を巻いた。

 さっきまでは意識を取り戻し、話せていたのだが、今は気分が悪いと言い横になっている。

 

 頭部の負傷はまずい。

 頭をぶつけた者が、一緒に飯を食べ、次の朝にはベットで冷たくなっていたという事は珍しくもない。

 

 そして、チセ。

 機体の脆弱な装甲を突き破ってきた破片は、彼の腹部を貫通し、操縦席は血の海だった。

 つまり……すでに事切れていた。

 

「リア……?」

 

 取り乱した様子のレーナと、落ち着いて報告するシンの声を聞きながらリアは顔を歪ませていた。

 カイエの心配する声も耳に入らない。

 

 頭が痛い。

 昔の記憶を掘り返すのがつらい。

 

"彼を守ってあげるんだ。私が帰ってくるまでの約束だ”

 

 そう言って二度と帰らなかったあの人を。

 思い出すのが。

 

 今、シンがレーナに自分達、エイティシックスの行き着く先を話している。

 でも、リアにはそんな事はどうでもよかった。

 彼女は良い人で、仲間の為に動いてくれたけれども、結局は彼女はアルバだ。

 同情も、憤りも全てが無意味。

 

 そしてライデンが語る誇りも、リアには未だ理解する事が出来なかった。

 例え白豚と同じ場所に、それ以下に成り果てようとも復讐を果たしたい。

 皆には悪いと思っているが、自分にはあの子を、家族を奪われた事を、そんな理由だけで放棄する事など出来なかった。

  

 何よりあの声……。

 

 忘れるわけがない。

 そして、あの声が聞こえる意味を、リアすでにわかってはいるのだ。

 認めたくないだけで……。

 

「……っ」

 

 その言葉を声に出すのは久しぶりで。

 口の形を変えようとするも、錆び付いた機械の様に重かった。

 

「……お父、さん」

 

 そして、そう呟いた。

 




明日死ぬからって今日首括るまぬけがいるかよってセリフすご好きです。カットしましたけど。

ちなみに登場したレギオンの新型は、原作4巻でシンが地下で戦った相手です。
試作機という設定なので、性能も下で、光学迷彩なんてインチキも存在しません。
それでも普通、ジャガーノートじゃ勝てないでしょうね。
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