86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか 作:ぺこぽん
ライデンは感心した表情を浮かべている。
視線の先は念入りな整備をされ、汚れを落とされたジャガノートの列だ。
セオが描き直したマークはどれも真新しく、それを順に見ていく。
「7人、か。ハルトの奴は惜しかったよな。もう少しで楽しいハイキングに行けたのにな」
「あのさ、人を死んだみたいに言わないでくれる?」
ライデンの残念がる声に、当の本人から突っ込みが入った。
「ま、死んでるようなもんだけどさ」
ハルトはそう言うと、松葉杖を掲げる。
負傷したのは特別偵察任務が下される前の戦闘。
長距離砲兵型に足止めを喰らっている間に、近接猟兵型の一撃を受けたのだ。
何故か発生した急減速によって、命は助かったが半身に機体の破壊の余波を受けてしまう事となった。
右大腿骨骨折に右前腕骨折。
他にも背部に機体の破片が幾つか突き刺さる大怪我を負ったのだ。
またもやアルバの医者の愚痴を受けながらの遠隔手術を受け、今は回復を待つばかり。
その際、きちんとした設備の整った病院で細かな破片を取り除かなければ、いずれ歩けなくなると脅されたが、その予定など当然ない訳で。
つまりは、特別偵察任務にも同行する事も叶わない。
「これからハルト達はどうなるの? シン、少佐から何か聞いてない?」
セオが機体のマークに手を添えていたシンに聞く。
「いや、負傷者は強制収容所の病院に戻されると聞いただけだ」
「病院? 何それ、それって大丈夫なの?」
セオの怪訝な表情に、シンは首を振る事しか出来ない。
レーナは信頼出来る人に預けると保証してくれたが、果たしてどうなることやら。
その不穏な雰囲気を察したのだろう、ハルトはわざと明るい声を上げる。
「なんとかなるっしょ、ダイヤとレッカもいるし、二人の為なら、あいつらに三回まわってワンって言うぐらいやってやるって。なんならプロセッサーが無理なら整備の方でやっていけないか、少佐にお願いしてみるし」
「ああ~、以外とハルトそういうの得意だしね」
以前、罠で巨大な猪を見事に捕えてきたのをセオは思い出す。
「でも……ほんとはついて行きたかったな」
ハルトが吐露した本音にああ、と全員が微かに答える。
皆、同じ気持ちだ。
部隊に配属された時は総勢24名で、その内10名が生き残った。
それに関しては上出来だ。
だが、まさか置いていく者が三人も出るとは思わなかった。
「その内、俺達も後を追うよ。一緒には行けなかったけどさ……必ず」
「……ああ」
シンは首肯し、じっとハルトを見た。
その奥にある兵舎で眠っているであろう二人にも思いを馳せる。
一緒に連れて行くという約束は果たせれなくなってしまった。
彼らは再び部品として使われるのかもしれない。
それとも、使い道がないとされ破棄されるのかもしれない。
ーーーどちらにせよ彼らを置いて、自分達は進まなければならないのだ。
「これ、一応渡しとく。レッカの了承は取れなかったけどさ、きっと同じ気持ちだから」
そう言ってハルトが差し出したのは三つの金属片。
三人の機体の装甲の一部を切り取ったものだ。
「いつかシン達が行き着いた先に追い付けたらって思ったんだけど。やっぱこの隊じゃなきゃ、絶っ対そこまで辿り着けそうにないしさ」
緋鋼の瞳を揺らし、ハルトはにししと笑った。
「だから、シンが持っといてよ」
「わかった」
名前を刻む事はないし、同じ場所に収めるわけにもいかない。
それでも一緒に行こうと、シンは大切に受け取り、ポケットに入れた。
「んじゃ、俺達はお前らを待っといてやるから、ゆっくり後から追い付いて来いよ」
ライデンが同じ様に笑みを浮かべた。
湿っぽい別れは自分達には必要ないとばかりに。
「それにしても女性陣は遅いねー。何やってんだろ」
そこでセオは頭の上で腕を組んで、兵舎に視線を向ける。
姿が見えるのは、いつもの花壇の場所にいるカイエとリアだけだ。
「これで、この花たちに水やりをするのも最後か」
たっぷりと水をやりながらカイエは声を漏らす。
折角綺麗な花を咲かせているのだが、いずれ誰も世話をしなくなれば枯れていく事だろう。
それもまあ仕方がない。
次に配属された隊員が同じ様に世話をしてくれるとは限らない。
これほど自由な時間があったのはシンがいるスピアヘッド戦隊だったからだ。
「そういえば先程、執務室で何をしていたのだ?」
カイエは隣で、しゃがみ込んで青い花の匂いを嗅いでいたリアに尋ねる。
こそこそと執務室から出ていくリアの姿をカイエは目撃したのだ。
「内緒」
リアはいたずらを終えた猫の様な顔で笑い、立ち上がった。
そこでじょうろの水が切れ、これでもう思い残した事はなくなってしまった。
後は出発するだけだ。
「もうすぐクレナとアンジュも降りてくるだろうし、行こうか」
「うん、行こ!」
二人が上階を見上げるとカーテンが風で揺れていた。
「じゃあ、私行くね。ダイヤ君」
「……待って、アンジュ!」
立ち上がったアンジュにダイヤは手を伸ばそうとして、激痛に顔を歪める。
別れが来るのなんてとうにわかっていた。
でも、今になってもうその姿を、綺麗な髪も顔も見ることも出来ないなんてと思うと、耐えられなくなってしまった。
ダイヤは痛みを抑えて、なんとか声を絞り出す。
「俺は君の事を……」
しかし、アンジュは振り返りその言葉を遮る。
「その続きは……もし、ダイヤ君が私達に追い付いて、その時私が生きてたら……聞かせて、ね」
アンジュは穏やかな月の様な笑顔をダイヤに向け、一度だけ大きく微笑んだ後、踵を返した。
「待って……ッ」
ダイヤはベットから落ち、痛みに呻く声を上げるが、それにアンジュは振り返らなかった。
振り返ったら、二度と離れたくないと思ってしまうから。
最後に見せるのは笑顔のままで別れたかったから。
「行ってくるね、レッカ」
クレナはベットで眠ったままの親友に別れを告げた。
以前の頭部の負傷で目眩を訴えていたレッカはついに、起き上がる事すら出来なくなってしまったのだ。
今も眠ったまま、クレナに返事をする事はない。
「……今まで、ありがとう」
シンに対する恋愛相談に乗ってくれて。
殆どからかわれてばかりだったけれど。
髪の手入れや、おしゃれの仕方を教えてくれた事を忘れない。
いつか自由になれたら思いっきり好きな服を買って、好きなだけ着ると語り合った日々を忘れない。
「本当に大丈夫かな……っ」
シンはあの少佐がなんとかしてくれると言ってくれた。
自分にはあの白豚共がちゃんと約束を守ってくれるとは思えないけれども。
でも、シンが言うのなら……少佐を信じてみてもいいのかもしれない。
クレナは涙を拭って、最後にレッカの手を握り、なんとか踵を返した。
何度も振り返りつつ。
振り返った時に彼女が目を覚ますんじゃないかと思いつつ、見えなくなる最後まで目を離さなかった。
そして7人全員がようやく揃い、ジャガノートに乗り込み。
別れの選別を受け取り、ハルトとサングラスをとったアルドレヒトのおっさん、そして整備クルーの全員と別れを告げた。
『……行こう』
シンの号令で7機のジャガノートは動き始める。
後ろには一ヶ月あまりの物資が載っている追加コンテナを繋げたファイド続く。
死ぬまで死地を進むという、目的地も何もない決死行がついに始まった。
―――だが、それを遮る者が待機状態から目を覚ます。
『シィィィィィィィィィィィィィィィィィン!』
進路に真っ向から立ち塞がったレギオンの群れ。
羊飼いが統べる第一戦区のレギオンに相当する数だ。
その中の重戦車型から、最低の同調率でありながら、内蔵を揺さぶるかのような絶叫が全員に届いた。
それをリアは耐えながらさらに耳を済ませる。
重戦車型の少し前。
以前、シンと交戦した新型がそこにいた。
そして聞こえてくる父の声。
生前とは似ても似つかぬ怨嗟の声を再び聞く事となった。
『帰ル、カエる帰ル帰ルカえる帰る帰る帰ル!』
シンとリアの機体がそれぞれの相手に向き直る。
『お前ら……!?』
『先に行け、ライデン。その間の指揮はまかせる』
シンは残る全員に森を抜けてやり過ごせと伝える。
それはつまり、自分とリアを置いて逃げろという命令に過ぎない。
リアには何も言わないのはすでにわかっているのだろう。
彼女が倒すべきと定めた敵の正体を。
そして、新型を足止めしなければ誰もここから生きて逃げれないという事を。
『ざけんな……誰が聞くか』
ライデンは低く唸り、その命令を断った。
『そうだ。お前たちを置いて行くなど出来るはずもない』
カイエがリアの隣に機体を並び進める。
『カイエ……』
『どの道、あの二人を倒さなければ自由にはなれないのだろう』
言葉足らずの二人を察するカイエに、ライデンは嘆息した
『そういうことだ。他は支えてやるから、とっとと片付けろ!』
『……馬鹿だな』
『……馬鹿』
シンとリアの小さく呟く声に、全員が苦笑を返す。
『お互い様だ。……死ぬなよ、二人とも』
そして、長距離砲兵型の砲弾の発射と共に、戦闘は開始された。
二機が突出して先行し、残りの5機はそれぞれの支援する相手の為に散開する。
リアは、レギオンの群れを高速で突っ切り、突出して来る新型を迎え撃った。
57mm滑腔砲を新型に向けて砲撃するも、その足元のみに着弾。
衝突する余波など、意にも返さず新型は直進してくる。
元々、砲撃で仕留めきれる相手とは思ってもいない。
だから。
高周波ブレードを展開し、新型の前にリアは立ち塞がった。
新型は無視して先に進もうと、リアはそれを許さない。
『お父さん……また遊んでよ』
新型は苛立つようにチェインブレードを振りかざした。
『おかしいわ。私達をシン君から引き離そうとしている』
アンジュが画面を埋め尽くす敵性マークの動きを見ながら、焦燥感を滲ませて言った。
対戦車型の砲弾が降り注ぎ、斥候型がこちらの動きを制限しているのだ。
『これ、レギオンの戦い方じゃないよね』
『あの羊飼いの指示だ……やっと兄弟水入らずだからな』
ライデンは一瞬、すでに遠く離れた味方機、シンのいるマークに目をやった。
そして、それから離れた森の中にリアとカイエの機体もいる。
あの新型を足止めしてくれているのだろう。
『二人とも離れちまったな。クレナ、そっちから狙えるか!?』
『無理!速すぎて追えないし、巻き込んじゃう!』
新型が木々を薙ぎ倒している為、リアが新型と綱渡りの戦闘を繰り広げているのが垣間見える。
カイエの姿は見えないが、中距離から近づく敵の排除と援護砲撃を行っているのだろう。
『リロード、援護頼む!』
そこで荒い息でセオが叫び、ファイドの補給を待つ。
群がる敵はそれなりに倒したが、すでに一基のコンテナを使い切ってしまった。
リアが破れ、新型になぶり殺されるのが先か。
弾薬が尽き、抵抗する手段を失うのが先か。
『大丈夫。もう少し数を減らせれば!』
アンジュがその数をだいぶ減らした敵性マークを見て、疲労を滲ませながらも淡い希望を浮かべた声を上げた。
そうすれば、シンとリアの援護にもすぐに行けれるはずだと。
『あああッ!!』
だが、そこにカイエの悲鳴が響いてきた。
『カイエ!』
ライデンが声を飛ばすも、意識がないのかカイエとの同調は切断されてしまった。
巨大な土埃が巻き起こっている所を見ると、新型の一撃に巻き込まれたか。
『ッ……!』
そして息を吞む。
次に見えるのは画面を埋め尽くさんばかりの、終結してくるレギオンの後続集団。
誰もが、覚悟を決める他なかった。
『上等じゃねえか!やってやろうぜ!』
そして、無謀とも言えるライデンの怒声に答えたのは、思いもよらない相手だった。
『シュガ中尉、左目を借りますよ!』
『え……なッ!!』
ライデンの眼前の空が赤く炎に染まり、阻電攪乱型を焼き尽くす。
燃料気化爆弾の一撃で、ぽっかりと開いた空の空白に続けて誘導飛翔体が飛来してきた。
『着弾します!備えて!』
レギオンの集団に向けてそれが直撃し、レギオンの群れを破壊し尽くした。
見る間に数を減らしたレギオンを見ながら、ライデンは苦虫を潰したような声を出す。
『あんたか……ミリーゼ少佐』
『ええ、私です。遅くなってすみません。戦隊各員』
その何事もなかった様なレーナの言葉にライデンは拳を握る。
『ッ本物の馬鹿か!あんた一体何やってんだ!視覚の共有なんてハンドラーが失明するからやらねぇって知らねぇのか!?それに迎撃砲の許可なんて下りてんのかよ!?』
迎撃砲の使用に関してはなんとかしたのかもしれないが、これほどの数をどうやって許可をとったというのか。
『だから何ですか!失明なんていつかの話。それよりもっと凄い事をしようとしてる人もいます!迎撃砲の使用も今更許可なんているものですか!!』
レーナはライデンの気を削ぐほどの怒声を飛ばし、今までの清廉潔白な姿からは想像もつかない勢いで共和国の事を吐き捨てる。
『どうせ共和国だって道理を弁えていないんです。だったら私もそれに従う謂れはありません!』
その勢いにライデンは笑ってしまい、セオとクレナ、アンジュも同じく笑みを浮かべる。
何にせよ、レーナのお陰で後続のレギオンは減り、後顧の憂いはなくなった。
残された敵は自分達の近くにいる奴らだけで、後はいつもの様に戦うだけだ。
『すみませんが、第一陣の方は貴方達に近すぎて支援は出来ません。あと少しだけ持ちこたえて下さい』
『ああ、こっちはまかせてくれ。それよりあっちの二人はなんとかなんねぇのか?』
ライデンはこちらの同調に答える暇などなく戦っているリアに意識をやった。
さすがに迎撃砲を撃ち込む訳にはいかないが、この少佐が以前報告した新型への対処をしてこないはずがない。
『大丈夫です。そちらには別のハンドラーが対処しています。それに……どうやら騎兵隊が到着したようですから』
『何っ……?』
ライデンが浮かべた疑問は、突如増えた10機の味方機のマークに掻き消える。
自分達の後方から、ジャガーノートの主砲と同じ57mm滑腔砲の砲撃音が響いてきた。
森に中でリアと新型は向き直っている。
遮蔽物のない平地では相手にならない為、木々の間に誘い込んでなんとか渡り合えていた。
『カイエ! 聞こえる!?』
リアの声にカイエからの返答はない。
先程、変幻自在に動く高周波チェインブレードの可動域を欺いていた新型が、本来の性能で隠れていたカイエを木々毎吹き飛ばしたのだ。
その安否を確かめたいが、その暇などあろうはずもない。
シンの言ったとおりだ。
まるで獣の様な予測不能な動き。
黒羊故の、およそ人間の思考とはかけ離れた故の動きだ。
父ならばそんな動きをするはずがなかった。
いつも飛びついても軽くいなされていた昔の父であったならば、当の昔に殺されていただろう。
だが、獣じみた動きなら自分にはある程度予測はつく。
そういった戦闘スタイルは自分が好んで使っていたからだ。
それでもこっちの機体性能には限りがあるのだ。
リアの人間離れした反射能力でなんとか渡り合えているに過ぎない。
反撃の一手を考える余力すらもない。
―――いずれは限界が訪れるのは明白だった。
再びワイヤーアンカーを木に付き立てその勢いで、新型の飛び付いてきた攻撃を跳び退り躱す。
こちらの反撃を警戒して、うろうろと彷徨く新型から一時の間だけ木々の間に隠れる。
汗が吹き出し、目に入る汗を拭う暇すらなく今まで忘れていた呼吸を喘いでした。
「ここまで……かな」
自分の限界が近づいているのを自覚した時、知らない相手からの同調が繋がり、リアは耳を疑った。
『こちらハンドラー・ツー』
『あんた……』
そのアルバの声を忘れるわけがない。
忘れられるはずがない。
何故、こいつがこのタイミングで同調してくるのか。
『今、あんたに構ってる暇なんてない!』
リアはその訳などどうでもよく、すぐに同調を切断しようとした。
だが、そいつは気になる言葉を投げ掛けてくる。
『あの声の主を葬ってやりたいのだろう』
『っ、そうよ……なんで』
その事を知っているのか。
『では、これからする事に協力して欲しい』
『何を……!』
質問する時間すらなかった。
後ろに死神の鎌が迫る背筋の凍る気配。
『ッ……!』
操縦桿をなぎ倒し、機体を急旋回してその場から飛び退く。
チェインブレードで倒された木の向こうに立つのは新型だ。
見つかった。
見渡せば近くの木は全て薙ぎ倒され、逃げ場もほぼない。
『今のままではこいつに勝てない。ここで貴方が負ければ全滅するぞ。泣き言も恨み言も後でいくらでも受けよう!……だから!』
『……っわかったわよ。何でもいいから、やれるというのならやってみせなささいよ!』
焦燥感を滲ませていた相手の声に、リアは自棄っぱちで叫んだ。
どうせこのままでは敗北は明白だ。
父を弔ってやる事すら出来ない。
ならば、こいつの言う事を聞いてみよう。
どうせこちらが抑えている間に迎撃砲をここ一面に撃ち込む作戦だろう。
それで倒せるのならカイエには悪いが、自分も共に犠牲になろうと覚悟を決める。
『わかった。感謝する』
だから、次に続く言葉にリアは戸惑うしかなかった。
『同調対象、ウルフスベーンに限定!』
そいつは噛みしめるように声を張り上げる。
『制限解除!同調率……60%!』
そして、そいつはそう叫んだ。
ようやく主人公とヒロインが再会しました。
これから先、オリジナル設定で作者がやりたい事がわかる人はいるんじゃないかと思います。
ヒントは電池です。