86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか 作:ぺこぽん
時は少し前。
レーナの脅迫に近い説得、いや罪悪感からレーナに協力し、付き従うアネットは廊下で足を止めていた。
管制室の前で待つ思わぬ人物に、抱えた端末を落としそうになる。
「ちょっと、協力者って!……あのお坊っ、シュタット少佐!?」
「そうよ、言ってなかったかしら」
動揺するアネットに比べ、レーナはどこ吹く風だ。
何故だ。
そもそも彼はエイティシックスを迫害する第一人者のはずで。
それこそレーナとは相反対する立場で、協力などしてくれるわけが……。
「あんた、一体どんな手を使って……まさかっ!」
アネットは以前、自分がレーナにアドバイスした言葉を思い出す。
そして革命祭のパーティでも、何やら二人が親しげな雰囲気を醸し出していた事も。
つまり、レーナがようやく気付いた自らの容姿すらも武器に、彼をついに篭絡したのかと思い至ってしまう。
「……悪魔」
「違うわよっ!」
思わず口に出た言葉に、レーナは首を振り全力で否定してきた。
その赤く染まったレーナの頬を見て、アネットは親友の貞操の危機に安堵する。
だが、それならば何故という疑問が未だ残ってしまう。
「事情は後で。今は時間がありませんから」
しかし、ヨナはアネットの疑問を打ち切り、レーナが代わりに別の質問をした。
「あちらの方はどうなりましたか?」
「なんとか間に合いそうです。だいぶ貸しを消化してしまいましたけど」
レーナとヨナはアネットには理解出来ない会話をしながら、管制室に入っていく。
アネットも続いたが、さすがに三人も入るとこの場所は狭すぎる。
なんとか入口付近に端末を広げ、準備を進めているとヨナが近づいてきた。
「ベンローズ大尉。迎撃砲管制システムの侵入は俺が引き受けます。以前にもやった事がありますし。それより、これを見てもらってもいいでしょうか?」
「え、ええ。……なにこれ」
ヨナに場所を奪われたアネットは、代わりに渡されたヘッドセットの様な物をじっと観察する。
別の端末でその機器の情報を確認して、アネットは驚きの声を上げた。
「これって……同調下での、一方向の感覚の遮断!?」
既知の技術ではない。
今までの知覚同調では、お互いの感覚を強制的に繋げてしまうのだ。
だが、この技術があれば相手の感覚だけを一方的に手に入れる事が出来る。
「ちょ、ちょっと!こんなのどうやって……いえ、そもそもなんで!?」
アネットは驚愕し、すでに迎撃砲の発射コードの入手に取り掛かっているヨナに詰め寄った。
だが、ヨナは答える暇も惜しいとばかり、ウインクをして呟く様に返答してくる。
「企業秘密です。それに……それがなきゃ、視覚同調時、こっちは目を閉じて管制しなきゃいけないじゃないですか」
「視覚……って」
ざっと確認した所、この機器は確かにその目的を果たせるだけの機能は有しているようだ。
だが、さっきこの男が言った視覚の同調というのは、ハンドラーの失明のリスクがあり、危険すぎる行為だ。
それを、以前ハンドラーをしていたこの男が知らないはずはないのだが。
「よしっ、最終的な調整は任せます。俺は隣の管制室に行きますので」
そこでヨナは手を止め、端末をアネットに返してきた。
場所を代わるも、ほとんどの作業は完了してしまっている。
相変わらずこの男は天才ぶりを発揮しており、自分よりも速いだろうその手腕に、思わず舌打ちしてしまいそうになる。
「あと、これも一応目を通してもらっていいですか」
そう言ってヨナが差し出したのはチョーカー部がほつれ、使い古されたレイドデバイスだ。
管制室に入ると言ったからには、用意しているとは思ったが。
しかし、レイドデバイスは機密情報の漏洩防止でハンドラー以外には配備されておらず、ハンドラーを辞めたのなら没収されているはず。
一体、どこで手に入れたのやら。
「はいはい、今度はなんでしょうか……って」
投げやりに受取り調整状態を確認して、どう驚かせてくるのやらと考えていたアネットは色々な意味で期待を裏切られる。
「あんた、……正気?」
アネットは驚愕のまま声に出した。
新型は鉄条を周囲に振り回し、咆哮する。
中枢処理装置に収められた脳構造の元の人物は、ただ一つの想いを叫んでいる。
―――帰りたい。
自分が何者で、何故ここにいて、何の為に戦っているという存在理由すら、すでに彼にはない。
ただ、目的は帰る事だ。
それだけが残された最後の残滓。
そうだ。
敵を倒しさえすれば、帰る事が出来る。
あの子が待つ、あの場所に帰る事が出来るのだ。
その為には命令通り、敵を倒さなければならない。
残る五人の敵を殺さねばならない。
一人はさっき倒したはずだ。
特に目障りなのは、この眼前の一人だけ。
だが、そこで逃げ場のない場所に追い詰めたそいつに初めて振るった攻撃を躱された。
おかしい。
青い花を装甲に描いたこの機体。
先程までの反応速度では、躱せるはずがない一撃だ。
それをまるで、最適解を得たとばかりに、すれすれの機動で避け切ったのだ。
新型はこの敵を全霊を持って、倒さねばならない相手だと定めた。
『どうなってるの……これ』
リアは呆然と呟いた。
先ほど、高速で迫るチェインブレードを掻い潜り、新型の背後に回り込んだ動き。
到底、自分の能力では成し遂げれない機動だ。
別に、機体の性能が急に上昇したという訳ではない。
疲労が回復したり、敵が攻撃の手を緩めた訳でもない
―――ただ、わかったのだ。
"右"
まるで時が止まったかの様な速度で、新型が鉄条を再び振るってくる。
刻一刻、ゆっくりと迫るその動作を完璧に把握する事が出来た。
次にどんな攻撃がくるのか予測する事が可能なのだ。
そして何より、この停滞した時間の中ですら、自身の反射神経ならば活路を切り拓ける。
右のワイヤーアンカーの精密な一射で鉄条を払い落とし、直ちにトリガーを引く。
砲撃。
新型が大きく横に跳び退った場所を先読みし、高周波ブレードを右脚部に叩きこんだ。
『ちっ……!』
だが、ジャガーノートでは決して成し得ない高機動性能で躱し切る新型に、リアは苛立つ。
そこに、そんな余計な感情に構っている暇などないと思考が告げてくきた。
この考え……自分のじゃない。
何かがおかしい。
普段の同調とは全く違う感覚にリアは恐怖を感じる。
まだ父の声は聞こえているから、シンや他の皆との同調は維持されているのだろう。
だが、その声も殆ど聞こえないほど、何かがリアを占め、変革をもたらしていた。
きっと、あいつが何かをやったのだ。
『あんた、一体何やって……』
何故、急にこんな事が、出来る様に……。
いや……そうか。
その問に自分の物ではない誰かの思考が応じてきた。
異能を使ったからだ。
未来の自分の思考を覗き、極限まで停滞化した現実を解する力を。
ああ、あいつが何をやったのかわかった。
すでに自分はその事を知っている。
―――視覚と思考の同調だ。
知覚同調。
つまり聴覚の同調や、視覚の同調するという事。
それは人類種族の潜在意識、集合無意識にアクセスして、お互いの脳の未使用領域へと道を繋げる代物。
要はそれが意味するのは、脳の神経構造の同調だ。
聴覚ならば側頭葉、視覚ならば後頭葉。
ならば、思考の同調を果たすには。
ただ、思考を司る前頭葉まで同調範囲を広げればいい。
レイドデバイスの制限を解除し、同調領域を限界まで拡張したのだ。
でなければ、この新型を倒す事など不可能だからと。
『戦闘に……っ、集中しろ』
あいつが苦しそうな声を発するのが聞こえた。
余計な思考をしているが余力はないと、頭の中で声が響く。
この同調状態は長くは続かないのだと判った。
『言われなくたって……っ!』
リアはそこで初めて自分が、その思考の同調を受け入れている事に驚愕した。
自分だけの思いを白豚に、それもあいつに知られ、全く知らない思考を自分のものと勘違いさせられている事に嫌悪感を感じていない事に。
きっとそれは自分の感情よりも、あいつが主張が勝っているからだ。
この新型はここで倒さなければならないと。
ジャガノートに対する高機動性の優位をレギオンが学習する前に、こいつを倒さなければ共和国は終わると。
だが、リアにはそんな事は知った事ではない。
ただ、今も戦っている仲間の為に、父を解放する為に何としてでも倒さなければならないという思いだけはあいつと一致していた。
『いいわ……やってやる!』
余計な思考を、感情を放棄し、リアは吠えた。
父を葬ってやる為ならば、悪魔にだって魂を売ってやろう。
「っ……気絶していたのか」
カイエは頭に手を当てて、首を振った。
あの新型の攻撃で吹き飛ばされてから、どれくらい経ったのか。
数秒か、数分か。
「お前たちは……」
そこでカイエは、両隣に立つジャガノートに気付く。
その両機はカイエの機体に乗っていた巨木を退かそうとしてくれている。
脚部が強化され、装甲が幾らか分厚くなっている見た事がない機体だ。
「救援感謝する。貴方達は一体、どこの……」
どこの所属かと、尋ねようとしてカイエは口を閉ざした。
理由はまず、同調が切断されている事。
そして、味方を示すマークのどれにもアンダーヘッドと記されている事に気が付いた。
確か、レーナが以前言っていた自動操縦プログラムの名称だったか。
つまり、こいつらは無人機というわけか。
「リアは……」
何故ここにそんなものがという疑問は捨て、まずはリアの安否に意識をやる。
良かった。
まだ戦闘音は続いている。
だが、リアの機体の機動は以前とは別人の様だった。
新型のチェインブレードを近距離で掻い潜り、超近距離での砲撃とブレードの一撃を繰り出している。
機体性能の限界を引き出しているかの様な綱渡りの攻防だ。
リアに一体何が……。
[こちらハンドラー・ツー。キルシュブリューテ、貴方の目を借りたい]
そこにデータ通信での文章がスクリーンに表示された。
「ハンドラー・ツー……?」
データ通信は敵に補足されやすく、何故同調で連絡してこないのかと疑問も湧く。
そして、同調しようとしてもこのハンドラーには聴覚の同調は繋がらない。
それはリアも同じだった。
代わりに今も戦っているライデン達に繋がり、お互いの無事に安堵の声が上がる。
そして救援としてレーナが来てくれた事をカイエは知った。
そういう事か……。
このハンドラーはきっと常々噂していたレーナの影の協力者なのだろう。
出なければわざわざ、特別偵察任務に出た私達を救おうとする者はいないはずだ。
「いいだろう、ハンドラー・ツー」
となると何かしらの理由があるのだろう。
あのリアの動きも、聴覚の同調を繋いでこない事にも。
カイエの了承が届いた訳ではないだろうが、誰かに自分の視界を覗き見されている感覚をカイエは覚えた。
それから作戦がスクリーンに表示される。
コンソールに垂れた鼻血をヨナは拭い去った。
あまり時間はない様だ。
やっている事はアネットが驚愕した通り無茶苦茶だからだ。
ウルフスベーンとの視界と思考の同調。
そして、キルシュブリューテとの視界の同調をしながら、さらに自分の視界で無人機の遠隔指示を行っている。
複数の視界同調は脳が過負荷で焼き切れるという定説の中、ヨナはその負荷に耐えきっていた。
それでも目と鼻から止めどなく出る血が止まらず、視界が徐々に赤く染まっていく。
限界が近づいているのは明白だった。
しかし、ヨナはその激痛を耐え、キルシュブリューテに作戦内容を打ち込み送信する。
位置が敵に発見される恐れがあるとはいえ、更にキルシュブリューテと聴覚同調する余力はどこにもなかったのだ。
もっと時間があれば安全性を確保した上で、この無茶も出来るかもしれなかった。
だが、新型の出現でその時間すらもなくなってしまった。
あの新型の撃破を目指す限り、ただの試作機の応援では済まなくなったのだ。
だからこそ自分の異能と、ウルフスベーンの類まれな反射神経があれば、今の機体でも対抗する事が可能だと判断し、それを迷う事なく実行した。
例え共に同じ戦場で戦っていなくてもヨナは命を掛けて、彼らを先に進ませる覚悟でだ。
だが、このまま拮抗状態が続けばいずれは自分か、彼女の限界が訪れる。
彼女の場合は命が……。
自分の場合は、自我が崩壊するか、脳が焼き切れるか……。
"そんな事考えてる暇ある!?"
今度は意趣返しとばかり、彼女からの思考が自分の弱音を中断する。
思わず苦笑し、ヨナは笑みを浮かべる。
そうだな。
ここで死ぬつもりはない。
まだやらなければならない事が残っているのだ。
『ふ……ははは』
そこで、どちらともなく声が漏れた。
どこまででもいけるという、万能感が互いを満たす。
きっとどちらかが、その感覚に懐かしさを感じていた。
GW暇とか嘘ついてすみません。全然、筆が進みませんでした。
あと、あんまり妄想してない場面だったので戦闘シーンとか設定とかお察しレベルです。
オリ主は夜黒種と青玉種の混血で、脳の神経系が特別強化されてて、自分の思考の未来が見える感じの能力です。
それで周りの世界がゆっくりになる様なふわっとした感じですね。
でも、身体能力は普通レベルなので、要は超人薬で倒されたザエルアポロ状態です。
まあ、何を目指していたのかというと思考と反射の融合だぁ!でした。
文才なくてすみません。