86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか 作:ぺこぽん
新型とリアは互いの機体をすれすれまで接近させ、踊る様な攻防を繰り広げていた。
高周波チェインブレードと高周波ブレードが激しい金切音を上げ、衝突を幾度となく繰り返す。
均衡はしばらく崩れない。
だが、やはり性能の差が現れた。
方や製造されたばかりの新型、方や整備されたとはいえ、幾つもの戦場を経たロートル。
『っ……まず』
疲労から右の高周波ブレードが根本から叩き折れた。
次に、異音を立て左後脚物部の関節が動きを止め、機体は左に沈む。
その隙を新型が逃す事はない。
一気に必中の間合いにと飛び込んでくる。
だが、その動きを左右、そして背後から発射されたワイヤーアンカーが縫い留める。
鉄条を絡めとり、新型の機体に巻き付いたアンカーは容易には外せない。
ヨナが援護に呼んだ機影は五機。
第五改修型ジャガーノートの五機分の駆動力にて、ようやく新型の動きを止め切った。
元々、高機動を主においた新型は軽量化されている。
充分に、止めを刺すだけの時間はあるはずだった。
だが、新型は後脚で立ち上がる。
次に背部から銀の流体が堰を切ったように溢れ出てきた。
その正体は流体マイクロマシンであり、中枢に収められていたそれはある意図をもって動き出す。
空へと立ち昇り、次に鎌首を擡げるかの様にある形状を形どった。
スピアだ。
先端を円錐状に尖らせた柱が計五本。
敵を刺し貫き、破壊し尽くす意図を持った武器が各々の目標に向いた。
『なに……あれ』
リアの問いに、ハンドラーが思考で答えを返してくる事はない。
となると、あれは両者にとって未知のレギオンの攻撃手段。
硬直している暇などない。
リアは機体を、ヨナの異能で知る最も最適な場所にと回避する。
槍が定めた目標にと、高速で突き放られた。
リアは余裕を持って回避を果たす。
だが、ただの自動操縦プログラムであるアンダーヘッドはそうもいかなかった。
名ばかりの応用の効かない兵器は、指示を待つばかり。
その為、ヨナが機体制御のコマンド送信を完成させる前に槍が二機の機体を破壊した。
残る三機は辛うじて躱す時間はあるも、二機の破壊により自由になった鉄条が直ぐに差し迫る。
高速振り払われた鉄条が、脚部からかち上げつ様に逃げ延びた左右の残り二機を吹き飛ばした。
破壊された装甲が、ワイヤーアンカーの連結部が空を舞う。
さらに新型は体を震わせ背部の機体アンカーを煩わしそうに振り払った。
『帰ル、カエる帰ル帰ルカえル帰ル、帰……倒ス!』
新型は逃げた獲物に目を向ける。
すぐに木々の隙間から逃げ延びた敵の姿を発見した。
もう逃がしはしない。
あの目障りな敵を屠り、与えられた命令を完遂するのだ。
敵を倒ス。
そうすれば帰れるのだから。
猛然と駆け出した新型は、邪魔な木々をスピアで薙ぎ払い、狙う敵前に飛び掛かった。
そこに、先ほど逃がした二機が機体を投げ捨てる様に、新型の前に飛び出る。
捨て身の突撃だった。
新型は二対の鉄条でどちらも刺し貫く。
厚く改修された装甲は削り折れる事なく鉄条を絡めとり、機体は地面に無惨にも落下した。
だが、新型はその行動には目もくれない。
すでに先程の攻撃で、こいつらには人間は搭乗していない事はわかっている。
目指すは青い花を装甲に描いた、ただ一機。
真正面。
こちらを狙う砲塔から砲弾が射出される寸前だ。
その前に新型は、その機体の操縦席を刺し貫いた。
沈黙が訪れる。
そこにいるはずの人間の死への絶叫はなく、装甲が砕けた破壊音の余韻も消えていく。
ただ。
闘いの結末として、倒すべき敵が沈黙した事に、初めて新型は動きを止めた。
「リア……っ!」
それを見届けた者が一人。
カイエは親友の機体が撃破された光景に、唯々唇を噛み締めた。
耐える事しか出来ない時間だった。
ハンドラーが目の代わりとして、無人機を操作する為のただの観測機として役割を果たすだけの時間。
だが、ついにその時の終わりが来た。
強者が隙を見せるのは獲物を仕留めたその一瞬だけ。
その一瞬。
それを得る為の時間まで、カイエは指示された場所で、身を潜めている事しか出来なかったのだ。
「これで……終わらせる!」
照準を定め、トリガーを引き絞る。
雷管が発火し、五十七mm砲弾の炸薬の爆発で砲弾が、狙いを定めた砲塔から射出された。
カイエが狙う箇所は一つ。
新型の液体マイクロマシン流出口を守る装甲の少し下。
ハンドラーが指示してきた最も脆弱な箇所だ。
そこを叩けば、中枢処理装置を完全に破壊し、データリンク機能を一瞬で失わせると。
砲弾は命中した。
だが、炸裂は狙った箇所ではなかった。
残った流体マイクロマシンが砲弾の入射角を僅かに逸らしたのだ。
「そんなっ……」
白銀の背部装甲を抉ったが、その破壊は内部まで届いていない。
防がれた。
新型が頭部をこちらに向け、カイエを次の標的と定める。
それを見越した様に、一機が新型に襲い掛かった。
「リア!」
その機体を駆る無事な親友の姿にカイエは歓喜の声を上げる。
お父さんの声はいつの間にか聞こえなくなっていた。
きっとシンの方に何かが起きたのだろう。
まさか彼が死んだとは思えないけれど、出来ればもう一度だけ、父の声を聞きたかった。
もうこのレギオンを破壊したら、二度と聞く事が出来ない。
あの懐かしい父の声を。
『あああああぁぁぁっ!!』
リアは裂帛の叫びを上げ、機体を直進させた。
あの攻撃の直後、機体を無理矢理乗り換える際にぶつけた頭部から血が流れ、短い髪を赤く染める。
その髪は風圧で踊り、瞳はスクリーン越しでなく直接新型を見ている。
リアが乗り移ったのは、先ほどの戦闘で操縦席の装甲をロック毎弾き飛ばしされた機体だ。
その機体に乗り移るしか、敵を欺くのに有する時間はなかったのだ。
有する兵装は一般的な主砲と副砲の重機関銃のみ。
近接武装がないのは新型も、瞬時に把握している。
だから優先的にスピアを砲塔に、そして剥き出しとなっている操縦席に狙いを定めた。
今度こそ確実に標的を仕留める為に。
そこに、唯一残っていた一機がリアの盾となった。
流体マイクロマシンに激突し、機体の質量をもってその形を崩壊させる。
だが、すぐさま再構築。
新型は再びその機能を取り戻し、その場所四肢を地面に突き立てリアを迎えうつ。
そして再び声が聞こえてきた。
『―――帰ル』
父の声にリアは歯を噛みしめた。
操縦桿を折れる勢いで、足掻くように倒し込む。
だが、この位置からではどうしてもリアの機体は射角を得れない。
その時間すらも最早ない。
ましてや、後方のカイエからも、リアを巻き込んでしまう為に砲撃を行えない。
だから、リアは盾となった無人機に飛び乗り、右脚部を振り上げた。
先ほど鉄条が振るわれた際に折れ、鋭利な金属が剥き出しとなったそれを。
新型はリアを振り落とそうと、全力の駆動力を引き出そうとする。
しかし、ヨナがその行動をを見抜いた。
新型にとって誤算だったのは、無人戦闘機故の最後の足掻き。
機体が大破しようとも、自機の破損を厭わない無人機は砲撃を行える。
鉄条を巻き付けていた二機が主砲を発射した。
当然、狙いはこの新型には届かない。
だが、意図された方向に射出された機体には、砲撃のノックバックが押し寄せる。
その衝撃で新型は体勢を崩し、停滞した時間の中で衝撃方向を予測できた二人は新型の背部に辿り着く。
これで終わる。
だが最後の足掻きとばかり、中枢処理装置が自身の危機を察知し、流体マイクロマシンを暴走させた。
それが引き金となり、足場にした無人機もろともリアを刺し貫こうと銀色の槍が迫る。
そしてその中の一本のスピアが剥き出しとなった操縦席にゆらりと向き直った。
リアが脚部を振り下ろすのが先か、スピアがリアを刺し殺すのが先か。
そして僅かにスピアの挙動が勝ると、無情にもヨナの異能が告げてきた。
そしてそれを止めるべく対抗する手段はもうリアにもヨナにすらなかった。
ただ、残されたのは声だけ。
『お父さんっ!!!』
リアはありったけの声で叫んだ。
昔、何度もそう呼んでいた様に。
黒羊となった者はすでに人間らしい思考というものはない。
ただ、最後の残滓を繰り返すだけの部品。
だが。
ただ、一瞬。
ほんの数舜の時間だけ、新型の全ての動きが止まった。
ヨナの異能にはその一瞬で、十分だった、
リアが振り下ろした折れた脚部が中枢処理装置が埋め込めれている場所に突き刺さる。
機体が、流体マイクロマシンがさざ波を立て、一度だけ激しく振動した。
そして命令を失った流体マイクロマシンが崩壊していく。
リアの眼前で未だ形を留めるスピアも、その形を崩していく。
だが、それでもゆっくりとだが、それはリアの向かって近付いてきた。
すでに父の声は聞こえなくなっている。
この攻撃を避けなくてはリアは無駄に死ぬことになる。
それが、わかっていながらなおリアは、そしてヨナですらもう指一本たりとも動かす事は出来なかった。
そして雫を垂らしながら崩壊するそれはリアの額に到達する。
目を閉じ、覚悟を決めた。
『えっ……』
優しい感触だった。
何時の間にかスピアは手の形に姿を変えて、リアの頭に優しく触れていたのだ。
『ただいま……アリス』
それから、声が聞こえた。
『お、父さん……?』
リアは目を開けた。
脳裏にその声の持ち主の姿が笑顔で、リアを愛おしげに見つめている姿が浮かんだ。
大切そうにリアの頭を撫でる感触が続く。
それは長い様で、ほんの一瞬で。
次の瞬間には霧散してしまった。
『っ……おかえり……なさい』
リアは顔を歪めて、その言葉を掛けた相手を探すがもうここにはいない。
自分が殺してしまった。
黒羊となった父を葬ってあげたのだ。
それでも言い様のない感情がリアに沸き起こる。
あの優し気な声、出掛ける時は大きな手で頭をいつも撫でてくれていた事。
迎えに行った時には、リアを抱き抱えてくれていたあの大きな父の姿。
忘れ掛けていた記憶が連鎖する様に蘇っていく。
そして、自覚してしまった。
本当に、もう二度とお父さんを抱き締める感触を味わう事も、優しい声を聞く事すらも出来なくなったのだと。
『っ……』
更に、そこで深い悲嘆の思考が過ぎった。
父が死んだのは自分のせいだと誰かが責めている。
こんな自分が生まれなければ母は死ななかったし、父も家族と離れずこんな地で死ぬ事はなかったと責める自分がいる。
こんな吐き気を催す嫌悪感が全身を満たす様な思考は知らない。
そこでようやく未だあのハンドラーと同調したままだった事に思い至った。
『……あんた達がいなければ父は死ななかった。黒羊になる事もなかった!忘れない!例え、助けてくれたからってあんたがした事を!忘れてやる事なんかない!いつか!きっと復讐してやるッ!!』
言葉とは裏腹に、何故かこの白豚を庇いたくなる奇妙な感情が過る。
このまま別れがたい何かを感じてしまう。
そんなはずはないのに、このまま同調を切断したくない思いに駆られる。
『……ああ』
だが、あいつの悲し気に沈んだ声にリアは気が付いた。
何故、あのアルバまでもが同じように悲しんでいるのだと。
あいつが悲しむ理由など、その資格すらないはずなのに。
『お父さんの事は残念だった……』
そして、その言葉を共に、同調が切断された。
最後にあいつはアリスと、どこか安堵した様に自分の名を呼ぶ思考が伝わってきた。
ひどく久しぶりに一人に。
自分一人だけのものとなった思考に一つの名前が木霊する。
再び呼ばれたその名に、ようやくリアは瞳から涙を零した。
抑える事が出来ない想いは涙を止める事はない。
「っ、あ……あれ……」
父の姿が鮮明に脳裏によぎる。
その最後に姿を見た時の事も。
―――きっと帰ってくると約束した時の事を。
お父さんは帰ってくると約束したのだ。
だから自分もあの子と、必ず帰ってくる場所を守ると約束した。
その約束を支えに、あの地獄を生き延びてきたのだ。
でも、それはもう二度と叶う事はない。
母も戦争で死んだ。
きっと連れていかれたあの子もとうに死んでいるだろう。
何より帰る場所など、すでに白豚共に奪われてしまった。
あの帰ると誓った場所もすでに存在しないだろう。
「……っあああ」
嗚咽を堪える事が出来なくなった。
深い慟哭がリアに押し寄せ、止まらない。
自覚してしまった。
気付かされた。
父との永遠の別れに。
約束が果たす事など永遠に出来なくなった事に。
あの子がきっとどこかで生きているに違いないという希望は、ただの絶望の裏返しだった事に
今まで自分がただの愚かな妄執に縋っていたに過ぎなかった事を自覚して、リアはただ声を上げて泣いた。
「リア……」
カイエはその姿を見て、悲し気に呟いた。
初めて見るあんなリアの姿に、自分は何もしてあげられない。
寄り添って慰めの言葉を掛ける事は出来るだろう。
同じ痛みを知る自分達ならば彼女と痛みを分かち合う事は出来るはずだ。
だけど、救いにはならない。
傷の舐め合いではリアが選び、進もうとしている地獄からは救い出してあげる事は出来ないのだ。
リアが以前話してくれた約束。
あの約束が彼女の支えだったはずなのだ。
それを当の昔に全て失ってしまっていたのだとリアが気付いたのだとしたら、彼女は今までの様にいられるのだろうか。
一人でどこかに進んでしまうのではないだろうか。
カイエはその事を胸に、目を離さない様に泣き続けるリアを見詰め続けた。
主人公もヒロインもまだ、互いに気付く事はありません!
何故なら理想的なボーイ・ミーツ・ガールではないからです!