86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか   作:ぺこぽん

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このまま主人公死亡で、打ち切りにしちゃおうかと思っちゃいました……。


27話 真実

 タラップを降り、レーナは前線基地に降り立った。

 前線基地が目の前に広がっている。

 錆び付いた隊舎と整備工場を眺めながら、彼らがいたこの場所に想いを馳せる。

 

「……あんた、ミリーゼ少佐、だったか?」

 

 そこで、この工場の整備班長であろう男性に声を掛けられた。

 レフ・アルドレヒト中尉だ。

 

「ガキどもから話しは聞いてたが、まさかほんとに来ちまうたぁ、あんたよっぽどの物好きだな」

 

 言い様は呆れた風だが、彼は親切にも見て行きなと、隊舎を指差してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 そこでレーナはふと、彼の髪に混じる白系種の白銀を見遣った。 

 その事を指摘すると、アルドレヒトは自身の過去の話をしてくれる。

 彼が家族の為に、戦争に志願し、そして全てを失ってしまった話を。

 

「特別偵察の前には、俺が必ずアルバだって話すようにしてるんだ。俺達を恨んでるなら憂さ晴らしに殺していいぜってな……だが、どうも実行してくれる奴がいなくてな」

 

 どこかそれを望んでいる口調でアルドレヒトは空を見上げる。

 先に行ってしまった者の姿を追い求める様に。

 

「今回もそうだった。……今度こそはやってくれそうな奴が一人いたんだが、まぁ見逃されちまった。……あんたは、ただの口煩い整備のおっさんだってな」

 

 アルドレヒトはサングラスを掛け直し、レーナに振り返った。

 

「引き止めちまったな。……早く行ってこい」

 

「はい……、ありがとうございます」

 

 レーナは敬意を表し、彼に頭を深く下げた。

 

 

 隊舎に入ろうとすると、すぐ傍にある花壇に目が行った。

 きっと誰かがずっと大切に世話をしていたのだろう。

 綺麗な紫の花や赤い花が咲き誇っている。

 

 風に揺れるこの花達だけが、およそ文明的な生活とはほど遠い隊舎とひどく対照的だった。

 中に入ると予想通り清潔とはいえない光景が広がり、生活の残滓が幾つも残っていた。

 彼らが共に食事をしたであろう食堂と厨房を通り抜け、ガス室の様なシャワー室の様子も覗き見る。

 

 それから二階に足を運んだ。

 どの部屋にも、すでに人がいる気配はない。

 綺麗に洗濯されて、畳まれたシーツがそれを物語っている。

 

 残された三人。

 ダイヤとレッカ、ハルトもここにはもういない。

 先にヨナが手配していた便で彼らは、強制収容所にと連れて行かれたのだ。

 とはいっても、彼はきちんと約束を果たすだろう。

 

 しかし、本来であれば使えなくなった部品は廃棄される定めなのだ。

 壊れてしまったのなら、新しい部品と取り換えるのみ。

 窓からレーナと便を同じくしてやってきた新しい部隊員が写真を撮られているのが見えた。 

 

 そこで、ふと猫の声が聞こえた。

 振り返ると、前足だけが白い猫がレーナを見上げている。

 その猫に案内されるように、レーナは一番広い戦隊長の部屋にと辿り着いた。

 

 そして、その猫が何かを求める様に引っ搔いている引出しに、レーナは手を伸ばした。

 中に入っているのは聞き覚えのある著者の本。

 それを手に取り、ページをめくるとはらりと挟まれた紙片が踊った。

 

「あ……っ」

 

 折りたたまれた紙を開く。

 正面に描かれたドレスを着た豚の姿に、戸惑ったのは一瞬。

 それから、寄せ書きの様に書かれた名前と、幾つも綴られた文字に息を詰まらせた。

 

 ライデン・シュガ

 セオト・リッカ

 クレナ・ククミラ 

 アンジュ・エマ

 シンエイ・ノーゼン

 

 彼らが残していった言葉がレーナの胸を満たしていく。

 最後にカイエ・タニヤの名前があった。

 

"良かったら花壇の花をもらっていってくれ。私とリアとで大事に育てたものだ"

  

 ついに込み上げてきたものが、零れそうになる。

 シンが残していった言葉を想起させるからだろうか。

 

 彼らは何も残さずに行ったわけではなかったのだ。

 レーナがこに来ると信じて、同じ様に進んでくれると残してくれたものがあったのだ。

 

「リア……?」

 

 そこで、一人の知らない名前が書かれていたのにレーナは首を捻った。

 ふと紙を裏返してみると、裏面に書いている者が一人だけいた。

 

"もしもお墓に変な名前、彫られたら癪だから最後に教えとく アリシア・ナハト”

 

 まるで、急いで書き殴った様な乱雑な文字が躍っている。

 だが、この物言いの人物にレーナは覚えがあった。

 

 そこで、ようやくレーナは彼女がヘカーテと名乗った時の、彼らの苦笑の意味に思い至る。

 そうか、彼女は嘘の名前を名乗っていたのか。

 それから……。

 

「……ナハト」

 

 シュタット少佐、いえヨナイス・ラングレイの幼馴染の名は何と言ったか。

 レーナは息を吞み、紙片に挟まれていた写真に目を通す。

 色褪せた写真からでもわかる程、一人の少女の綺麗な黒髪が写っていた。

 

 

 

 

「……生き、てる……か」

 

 掠れた声を上げ、ヨナの意識は覚醒する。

 呟いた声は幾つも感情を乗せたものだった。

 死ぬわけにはいかないのだと安堵する様に。

 未だこの命は尽きていないのかと怨嗟する様に。

 

「少佐!? ……良かった!」

 

 レーナはベットから体を起こそうとしているヨナに気が付き、歓喜の声を上げた。

 椅子から立ち上がり、慌ててヨナの肩を抑え、ゆっくりとベットに寝かせる。

 ヨナは頭が痛むのか、苦痛の声を上げた。

 

「まだ安静にしてて下さい、少佐は五日も眠ったままだったのですよ」

 

 そんなに、とヨナは驚くもそれだけの代償で済んだというのなら幸いだ。

 レギオンの新型に対抗する為に、急拵えで作り上げたプログラムでよくぞ耐えきったものだとヨナは誇りたくもなる。

 

「あれ、今は夜ですか……?」

 

 だが、ヨナは目を開けても薄暗い視界に、戸惑いの声を上げた。

 まさか、と最悪の予想もヨナの胸に浮かぶ。

 

「いえ、目に包帯を巻いているんです……その、少佐の目の色が変わってしまっていたので」

 

「……ああ、能力を使い過ぎると目の色が戻ってしまうんですよ」

 

 ヨナは手を伸ばし、目元を覆う包帯に触れて安堵の声を漏らした。

 それからすぐに、現状の把握に意識を移す。

 

「ここは……?」

 

「アネットの研究室です。この状態の少佐を病院に運ぶわけには行かなかったので」

 

「助かりましたよ」

 

「アネットが凄く怒ってましたよ。あんな突貫で欠陥だらけのプログラムで同調しようだなんてって……一応言っておきますが、私も怒っていますからね」

 

 レーナはヨナが眠っている間に、アネットからヨナが一歩間違えば死んでいたと説明を受けていた。

 それほど危険な行為だったのだ。

 

 だが、自分も無茶をしたのだし、その事を今更とやかく言うつもりはない。

 怒っているのは、その後助けを呼ばなかった事に対してだ。

 アネットが様子を見に行かなかったらどうなっていた事か。

 処置が間に合わなければ廃人になってしまっていたらしい。

 

 ―――共に最後まで戦うと誓ったのだから、先に行ってしまわれては困るのだ。

 

「ほんと重ね重ね、すみません……でも、彼らは無事行けましたよね」

 

「ええ」

 

 ぎゅっとレーナは膝の上に置いた物を握る手に力を込めた。

 すでに、共和国の国境を越えてしまっているだろう彼らを思い浮かべる。

 ヨナの頑張りがあったからこそ、彼らは旅立つ事が出来たのだ。

 

「こっちの方はどうなってます? やはり、迎撃砲の無断使用については見つかりましたか?」

 

 当然、迎撃砲の無断使用は軍部に露見してしまっていた。

 ヨナとアネットの協力もあったとはいえ、誤魔化すだけの時間的余裕もなかったし、元々レーナもその覚悟を持って行ったのだ。

 

「ええ、上官からは音沙汰あるまで待機との事です」

 

「そうですか……俺の方はどうなりました?」

 

「少佐の事はばれていないようですが、その、無断欠勤という事で何度か技術部の方から問い合わせが、それにシュタット家の方も軍部に顔を出されていました」

 

 ああ……、とヨナは後ろめたそうに首を摩っている。

 どうして無関係なレーナに問い合わせがくるのか、最初レーナは分かっていなかったが、アネット曰く色々な所でレーナとヨナが親し気に話す姿を見られているらしい。

 そういう仲だと思われているのだそうだ。

 

「あの、ルイーゼという女性の方がとても心配していましたよ」

 

「もしかして、もの凄く怒ってました?」

 

 恐れているようなヨナの声にレーナは少し不思議そうな表情をする。

 ヨナにも恐れるような相手がいるのかと。 

 その人物は彼の正体について知っているのだろうか。

 

「はぁ……。RMIには野外で試験中の試作機が野生に帰ったと、頭の痛い報告をしなくちゃいけないですし、問題が山積みですね」

 

 そのあまりな物言いにレーナはくすりと笑みを零す。

 だが、ヨナの言う通りだ。

 彼らを見送ったといえ、レギオンの脅威は去ったわけではないし、これからなさねばならない事が山の様にある。

 

「のんびりしてる時間はないですね……っ」

 

 ヨナは再び体を起こそうとして、レーナは止めようとする。

 

「まだ、休息が必要です!それにアネットの検査を受けてからでないと」

 

「……彼らが行ってくれたというのなら、俺もそれに応えなくては」

 

「ですが……」

 

 ベットから上半身を起こしたヨナは、視界を塞がれたまま手を伸ばしてきた。

 

「俺の軍服に万が一の時用に、コンタクトレンズを縫い付けてあるので、取ってもらえませんか?」

 

「え、ええ」

 

 それぐらいならばと、レーナは壁際に掛けてあるヨナの軍服を取ろうとした。

 その際、膝の上に抱えていたものをヨナのベットの脇に置く。

 

「あれ……この香り……」

 

 ヨナが鼻を少し鳴らし、懐かしそうな表情を浮かべた。

 レーナはヨナの軍服を取った状態で、そのままぴたりと動きを止める。

 

「母が好きだった花なんですよ。どうも85区内じゃ、あまり育てられていないらしくて……本当に懐かしい……」

 

 レーナを息を吞み、ゆっくりと椅子に戻り、ヨナから離すように手紙と摘み取ってきた花を手に取った。

 

「……少佐が眠っておられた間に、前線基地に行ってきたんです。そこでスピアヘッド戦隊の方が育てていた花をもらってきたんです」

 

 レーナはぽつりぽつりと、声が上ずっていないか心配しながら説明する。

 どうか普段通り話している様に聞こえますようにと。

 

「大事に育てられてたんですね」

 

「ええ……きっと」

 

 ヨナは優しげに口元を緩めていた。

 目が見えなくとも芳醇な花の香りで、大事に世話をされていたのだとわかるほどだ。

 

「ミリーゼ少佐……?」

 

 だが、レーナの声にかすかに震えが混じっているのにヨナは気が付いてしまったようだ。

 思わず手に力を入れてしまい握った手紙がかさりと音を立てる。

 レーナは慌てて手紙を軍服にしまい込んだ。

 

 決して彼には見られない様に。

 彼が探し求めていた幼馴染を見つけた事を悟られない様に。

 彼が見送ったあの隊に彼女がいた事を見つからない様に。

 

「なんでも、ありません」

 

 レーナは歯を噛み締めて、ヨナに短く答えた。

 

 アリシア・ナハト。

 もし、彼が追い求めていた彼女があの部隊にいたと知ったら……。

 裏切者と自らを蔑みながらも戦い、その果てにその人を死地に追いやってしまったのだと知れば、彼は何を想うだろうか。

 

 だが、彼らは既に遠く離れてしまった。

 今更、呼び戻す事も出来ない。

 

 彼らはヨナが願った共和国の救援要請を受諾し、進んでくれたのだから。

 だが、そもそもレギオンの支配息を無事に抜けれられる可能性はどれだけだろうか。

 レーナはその事を一度も訪ねなかった。

 例えシンがいたとしても、その行為は薄氷の上を渡る行為だからだ。

 

 レーナとて信じたい。

 だが、現実は非情だ。 

 

 ―――希望はいとも容易く絶望にと変わる。

 

 もし、真実を知ったら彼は今まで進んできた歩みを止めてしまわないだろうか。

 探し求めているとはいえ、もしかしたらヨナはすでにどこか幼馴染の死を受け入れているのかもしれない。

 

 そこにレーナが真実を告げたらどうなるだろうか。

 彼は、彼女の二度目の死を受け入れる事が出来るのだろうか。

 

 だから、

 

「これからも共に戦いましょう」

 

 レーナはヨナに真実を告げなかった。

 

 そして、これからも告げるつもりはない。

 卑怯者と罵られてもいい。

 それでも、今彼は必要だからだ。

 

 この絶望の中一人抗い続け、今ようやくその成果が実を結ぼうとしている時に彼を失うわけにはいかないからだ。

 強制収容所の解体も、グラン・ミュールの爆破も。

 レギオンの大攻勢の時、戦力となるジャガーノートの改良も、全てにおいて彼が必要だ。

 

 だから、その為ならば人として大事なものを捨てよう。

 彼に少しばかり抱いていた形のない淡い想いも捨て去ろう。

 

 ―――私も裏切り者となろう。

 

 例えどんな手を使ってでも戦おう。

 彼らに応えるために。

 全ては最後の命尽きるその時まで。

 




連邦側の話は飛ばそうと思います。
カイエとリアがいるくらいで、後は余り変わらないので。
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